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「―――どうしたよ、兄ちゃん。急に呆けた面して」
「は?」
厳つい顔立ちの中年に声をかけられ、思わず間抜けた反応が出てしまう。
「だから、けっきょくどーすんだよ。リンガ、買うのか買わないのか」
「いや、だから俺は金がねぇんだって。カドモンさん」
「は?お前、なんで俺の名前知ってんだ?」
「は……?」
何か、噛み合わない。カドモンが気味の悪そうな目で見つめてくるが、そんな事よりも確認したいことがあった。
「皆はどうなったんだ…?」
まさか、あれから時間がたって……という事もないはず。
あの状況から生きて帰ってこられたのなら、どんな奇跡が起きたんだよ、という話である。
だとすると可能性の一つとして考えられることは……
「まさか……全部夢落ちかあーーーーっ!?」
「はあ……?」
思わず大声を出すと、通行人がぎょっとした顔で振り返るが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
だってついさっきまで確かに、
「……マジで夢なのか……?」
ぽつりと零れた言葉は、驚くほど軽かった。いや、軽くせざるを得なかった。あれを現実だと認めるには、あまりにも重たすぎた。
「はは……いや、だろうな。だっておかしいもんな、あんなの。急に異世界来て、チンピラに絡まれて、美少女に助けられて、そのまま殺し屋に遭遇して全滅って……どんなクソゲーだよ」
自分で言って、自分で納得する。うん、夢だ。そうに違いない。リアルすぎたけど、夢だ。そういうことにしておこう。じゃないと頭がおかしくなる。
「つーか俺、どこまで寝てたんだ……?あのコンビニから帰った記憶ねえぞ」
ぶつぶつと独り言を漏らしながら、あてもなく歩く。ただ、じっとしているとさっきの夢の事を思い出しそうでじっとしていられなかった。
人混みをかき分け、角を曲がり、また曲がる。見覚えのあるような、ないような路地を抜ける、そのときだった。
「……え?」
視界の先、人の流れの中に、見覚えのある銀色と桃色が混じっていた。間違いない。そこにいるのは、エミリアとラムだ。
「いや待て、夢の続き?これ。え、俺まだ寝てる?二度寝?三度寝?」
自分の頬をぺちぺち叩く。普通に痛い。じゃあ夢じゃない? だったら目の前で血を吐いて、動かなくなった―――俺の腕の中でゆっくりと冷たくなっていったあの子は?
「……ラム」
気付けば、呼んでいた。
無意識に、名前を口にしていた。
「えっ……ど、どうしてここに」
すると、ラムが驚いたようにこちらを見る。ラムの言葉は小さく、彼女もまた意図せず呟いてしまった様子だった。
―――生きてる。
普通に立ってる。普通に喋ってる。血もついてないし、苦しそうでもない。
「いやちょっと待ってくれマジで待ってくれ」
両手で頭を抱える。情報量が多すぎる。処理が追い付かない。……って言うか。
「どうして……って、こっちの台詞だぜラム。大丈夫なのか? なあ、あの後どうなったんだ……?」
ラムの口ぶりからして、やっぱり、何か覚えているのか。確認するようにラムへ尋ねると、ラムは
エミリアはきょとんとした顔で瞬きをして、
「ええっと……ラム。この人は知り合い?なんだか親し気だけど」
「……そんな、事は、ないけど」
「え?いやいや、それはねーぜ二人とも!だってさっきまで―――」
といった所で、ラムにひと睨みされる。”黙れ”と言わんばかりの眼光に、思わず怯んで口を噤んだ。
「……リアは此処で待っていて。あっちでラムもこの男と話を付けたら、直ぐに追いかけるから」
「え、ええ……分かった」
困惑するエミリアを置いて、ラムは俺の手を引いて細い路地の裏にやってきた。
「………」
「えーっと……ラム?」
何を迷っているのか分からないが、ラムは顎に手を当てて何故か困ったように考え込んでいた。
それから、小さく溜息を吐いた後に口を開く。
「……ラムとあの子は、なにも知らないわ。あなたとは今が初対面よ」
「はぁ……?何言ってんだって。既に混乱してるんだから、変な事言わねぇでくれよ!俺はお前が死んだと思って、どれだけ辛かったか……!」
「……それでも、ラムが
「なっ……!」
―――なんで忘れたフリなんかするんだ?
『どうしてここに』ってさっき言ってたじゃねえか。それはつまり、俺の事を覚えている証拠だろ。
脳裏に焼き付いて忘れられないあの惨状に、自分一人だけ置き去りにされたような気がして思わず叫び出しそうになる。
しかし、それを吐き出す寸前でぐっと堪えた。ラムはいつだって冷たく聞こえる言動の中に優しさを持っていた。今回も何かきっと理由があるのかもしれない。
一度大きく深呼吸をして、改めてのラムの顔を見る。その表情は焦燥に駆られている俺を、ただ心配そうに見ている顔だった。
「……悪い、何か事情があるんだよな。だけどラム、それを俺に教えちゃくれねえか?何が起こってんのか俺には良く分かんなくて……どうしていいか分かんねぇんだ」
情けない話だが、これが事実だった。
ただの男子高校生のニートであった自分にとって、あの出来事は十分に心が折れそうになる事だった。あの出来事は本当に起こったことなのか? あれはもしかして、未来に起きる話なのか?
自分はこれからどうすればいいのか?
……頭がぐちゃぐちゃになって整理がつかないのに、とにかく不安と恐怖で一杯になり、半ば縋るような思いでラムを見つめる。
すると、ラムは小さく溜息を吐いてから口を開いた。
「……分かったから。教えてあげるからそんな顔はしないで」
「お……俺そんな変な顔してた?」
「ばかね。今にも泣きだしそうな情けない顔をしてるわよ」
「シャキッとしなさい」と言うラムの表情は、不出来な弟を見るかのようにどこか優しい。俺は若干気恥ずかしくなったので、ぽりぽりと頭を掻きながら「俺も不安なお年頃なんだよ!」といつものように軽口をたたいた。
「んでラム。結局今どういう状況なんだ?」
「そう、ね……」
ラムはやはり言い淀む。それは、”言えない”というよりは”言ったらどうなるんだろう”という緊張感を持っているような態度だった。何をためらっているのか、その時の俺には全く分からなかった。
「もしかしたら薄々気づいてるかもしれないけれど……、……」
「ラム?」
「………あなたは死―――」
その瞬間。ラムが口を開くのが、何倍にも遅く見えるような感覚があった。
ゆらり、と背後から何かが伸びていく感覚がある。心臓が凍り付くような、底知れぬ恐怖感が具現化したような。
それは俺の心臓を優しく撫でまわすと、ラムの元へと伸びて行く。
―――なんだ、これ。
「に―――」
―――やばい。
「戻り―――」
―――やばい、やばいやばいやばいやばい。
「をして―――――」
―――やめろ、やめろやめろやめろやめろ。
「――――」
「……は?」
べちゃり、と湿った音がして、頬に生暖かいものが降りかかる。
―――それは、ラムの口から吐き出された真っ赤な血だった。
目の前のラムは唖然としたまま、震える手で胸を抑え、身体を小さく揺らす。
さっきまで普通に立っていたはずなのに、何もかもが唐突すぎて、現実感がまるで追いつかない。
ラムは何かを言おうと口を開くが、唇がわずかに揺れ動くだけでそこからは血液以外何も出てこなかった。ただ一度、浅く息を吐く。その仕草だけが「ああ、やっぱりこうなるのね」とでも言うように、どこか諦めたように静かだった。
「お、おい……ラム……?ラム……!」
ついに、ラムの身体がゆっくりと前に傾いた。慌てて駆け寄り、支えを失った人形みたいに崩れ落ちるその身体を何とか受け止める。
わずかに開かれた目が焦点を結ばないまま揺れていた。指先も、もう動かない。胸を押さえていた手も、力を失って滑り落ちる。
「……なんだよ、これ……」
視線が、ラムの胸へと落ちる。そこはやはり異様な形に歪んでいた。何かに内側から握り潰されたように。誰も触れていないのに、確かに壊されている。
意味が分からない。理由も、仕組みも、何一つ。さっきまで普通に話していたはずなのに、突然こうなった。その間に何が起きたのか、何も分からない。
ただ一つ分かるのは、取り返しがつかない、ということだけだった。
理解が追い付かず思考が停止しかけた直後、背後から足音がひとつ聞こえた。
「……ラム?」
「っ!!」
エミリアだ。
こちらに気づいた瞬間その足が止まる。俺の腕の中のラム、そして足元に広がる血、動かない身体――それらを見て、氷のように表情が固まった。
言葉が出てこない。それはエミリアも同じだった。
「なに……を、しているの?」
エミリアの口からようやく出た声は、震えていた。責めるというより、状況が飲み込めていないような―――否、飲み込みたくない、というような感じだった。
俺は反射的に顔を上げる。考えるより早く、言葉だけが先に出た。
「ち、違う……!俺は何もして―――」
と、言いかけてそこで止まる。
頭の中にさっきの感覚がよぎった。あの黒い“何か”。心臓を撫でるように触れてきて、そのままラムの方へ伸びていった気配。あれはなんだったのか。どうして、あんなものが現れたのか。そして、どうしてラムが―――
瞬間、再び嫌な予感がする。ラムがやたらと言い渋っていた理由。
それこそ想像もつかないが、もしかしたらどうしても言ってはならない理由があったのだとしたら?
それを無理やり言わせたのは、俺か?
確証なんて何もない。だけラムが突然死んという事実だけは変わらない。何もしていないと言い切れる自信がない。さっきまで当たり前だったはずの言葉が、今はもう出てこなかった。
「……また俺の、せいか……?」
―――盗品蔵では自分が足を引っ張って。そして今度は、何か触れてはいけないものにラムを巻き込んだ。俺は何も知らなかったから、俺の所為じゃない、なんて都合のいい言い訳はできない。
路地の空気が、張り詰めたまま動かない。エミリアはすぐに反応しなかった。
しかし、こちらが何の釈明もしないまま時間が過ぎ去ると、やがて一歩踏み出した。
ゆっくりと静かに、その手が持ち上がる。
「……それ、どういう意味?あなたが……やったの?」
抑えた声だったが、震えは隠しきれていない。その瞳は、怒りの感情を必死に堪えて、それでもこっちの弁明を聞こうと理性で抑え込んでいる。
何を言えばいいのか分からない。否定すればいいはずなのに、その根拠がどこにもない。
そうしていると、エミリアの掌に、淡い光が集まり始める。冷たい気配が空気を張り詰めさせる。
「お願いだから……ちゃんと答えて」
瞳に涙が滲んでいる。その瞳を見て死にたくなるほど胸が苦しくなった。エミリアとラム、二人の間に今までどんな会話があったのか俺には分からない。だけど。
―――『うん……私にとっては、ラムもお姉ちゃんみたいなものなの。すごーく優しくて……すごーく、大好き』
エミリアがどれだけラムの事を想っていたのか、それだけはよく知っている。
今すぐにでも殺せばいいのに、それでも彼女の優しさが俺との対話を望んでいた。
だけど。
「……っ」
俺は逃げるように、後ずさった。
エミリアの憎しみと悲しみの目を、ラムの虚な目をした亡骸をこれ以上見ていたくなかった。
「待って、逃げないで……!!!」
背後から叫び声が聞こえる。その声は何処までも弱く、迷子が縋るような悲鳴のようだった。
それでも俺は、この場から一刻も早く逃げ去りたかった。
「まって、お願い、だから………う、うう、あぁぁぁ……ラムぅ……」
背後にいたエミリアは膝から崩れ落ちる。攻撃するでもなく、追いかけるでもなく、ただ、ラムの亡骸に寄り添って涙を流し、幼子に戻った様なエミリアの隣ではパックがそっと慰めるように頬を撫でている。
「リア……」
「やだよ……ラム……起きて……、私を、置いていかないで……」
聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。
走る。走る。走る。走る。
石畳を蹴り、人混みをかき分け、ぶつかりながら前へ進む。呼吸が荒くなり、視界が揺れる。それでも止まれない。止まったら崩れる気がした。
「ああ、ああああああ!ああああああ!!!!」
頭の中はぐちゃぐちゃで、何も考えたくない。ただ逃げることだけに必死だった。視界が開け、大通りに出ると、人の流れが一気に増える。それでもそのまま突っ込む。
誰かの声が聞こえた気がした。何かが迫ってくる気配。けれど止まれない。
次の瞬間、横から巨大な影が迫る。
「―――」
振り向く間もなかった。鈍い衝撃とともに身体が宙に浮く。視界が反転し、全身に激痛が走る。
―――竜車。
そう理解したときには、もう遅かった。
一瞬の激痛の後、地面に叩きつけられる。呼吸が抜け、視界が白く弾けて、音が遠のいていく。
「……あ……」
身体が動かない。視界がゆっくり暗くなっていく。
最後に脳裏に浮かんだのは、血に濡れたラムと、幼子のように泣きじゃくるエミリアの姿だった。
お姉ちゃん「」
スバル「????」←なんで死んだか分からない顔
エミリア「????」←なんで死んでるのかわからない顔
嫉妬の魔女「????」←なんで知ってるのか分からない顔