呪物語   作:マクガフィン

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なでこカース

 

 

 001

 

 

『なでっこ、今の生活を全く変えず、上京するだけで高校を出たことになる美味しい話があるけど、やってみない?』

 

 3月の話です。

 

 一般的な中学生が、どんな高校生活が始まるのかなと高まっている中、そういう普通から脱落した私、千石撫子の話です。

 

 脱落した、というのは高校受験に失敗した、とかそんなレベルの脱落ではありません。

 

 墜落レベルです。そもそも中学生を辞めてしまいましたから。……先日、本当に飛行機ごと墜落して、西表島まで漂流したことを考えると、笑い話にもなりません。

 

 加えて、両親との関係も極めて低空飛行な現在、私の航路は目的地だけははっきりと決まっているものの、道中は未だ迷いまくっています。神様の後任者の影響でしょうか。いいえ、そんな他責思考は良くありませんね。

 

 そんな中で、このお話です。

 美味しいお話です。とても甘い誘いです。

 

 無論、人生はそんなに甘くありません。

 

 このお話は、私への専門家としての依頼であり、今の生活とは、漫画家見習いと専門家見習い、二足の草鞋を履いた今の生活です。

 

 逆に言えば、上京したらどんな状況に陥っても、どちらかの草鞋を脱ぐことは叶わないということに他なりません。これまで制服から蛇の鱗まで、色々と脱がされまくってきた私ですが、ここに来て情操的にアウトになりました。気軽に脱げなくなりました。

 

 やっぱり、すっぱだかサバイバルは些かやり過ぎてしまったのでしょうか。

 

 閑話休題、という訳で千石撫子(中学校中退)は、千石撫子(学歴詐称)へ進化するために日本の首都へ登っていったのでした。

 

 ……どうやっても、正当な進化ではありません。邪道で蛇道です。いよいよ貝木さんのことをとやかく言えなくなってきましたね。

 

 

 002

 

 

 私が入ることになったのは、専門家の為の高専でした。

 高専って、高校と何が違うのでしょう。

 

 字面だけ見れば、なんだか普通の高校より高尚そうです。

 

 何せ「専」の文字が入っています。専門家の「専」です。

 

 少し前に一流になる為の一万時間の法則で頭を悩ませていた私が冠したい文字でもあります。

  

 「専石撫子」……これじゃあ石の専門家です。石の能力者を気取っていた西表島での一幕が想起させられます。私は、絵の専門家志望であり、絵の能力者なのです。

 

「どうしたんだい、こんな場所に突っ立って。何かあったのかい」

 

 覚えのない声がかかりました。覚えは無い筈ですが直感的に1、2フレーズほど抜けていると感じました。

 

 振り向いてみると、そこにいたのは特徴的な前髪の方でした。昔は私も前髪をアイデンティティにしていたので分かります。

 

「……本当に何かあったかい、人の顔を見たまま動かなくなって。それとも、私の顔に何かついてでもいるのかな」

 

 ええ、憑いています。立派な前髪が。

 

「い、いえ!失礼致しました!私、ここに今日入学する者で、少し緊張してしまいまして」

 

 そんな失礼を通り越した発言を丸呑みにして、代わりに無難な言葉を吐き出します。

 

「うん、見れば分かるよ。制服着ているし。かくいう私も同じ立場だ」

 

「夏油傑。真夏の夏に灯油の油、傑作の傑と書いて夏油傑だ。これからよろしく、ええっと」 

 

「あっ、千石撫子です。ええっと、漢字は……数字の千に石ころの石、撫でるの撫に子供の子、で良いと思います。多分、あまりよろしくはしないかもしれませんが」

 

 そうです。まともに学校に通うつもりは毛頭ありません。ここだけ無難にやり過ごして、その後何も告げずに不登校というのもアリだったとは思うのですが、この無償の親切に対してそれはあまりにもあんまりだという訳なのです。

 

「と言うと?」

 

「私は、色々あって明日から不登校になる事が確定していまして……色々っていうのは、そんなに色々ある訳じゃなくて、私が漫画家になる為に日柄ずっと筆を取っているからというだけなんです」

 

「それで呪霊さえ祓っていればかなり緩く卒業出来る呪術高専に、か」

 

 夏油さんは興味深そうに頷きました。

 

「済まない、少しホッとしていたんだ。根っからの呪術師ばかり集まるって触れ込みの学校だから価値観が違い過ぎてついていけないかもと、一般家庭からこの世界に入った私はこう見えても少しナイーブになっていたからね。漫画という分かり易い単語が出て安心したんだ。いや、千石さんは明日から不登校になってしまうからまだ安心は出来ないのか」

 

 成る程、産まれた時から、呪術や怪異に入り浸りな方達が入学するような場所だったんですね、ここ。

 

 そう思うと、夏油さんには悪いですが、不登校になれて少し安心しちゃいます。

 

 私の入学条件を通してくれた臥煙さんには頭が上がりません。

 

 

 003

 

 

 その後、夏油さんと共に教室に向かいました。

 

 最初で最後の通学です。

 

 日本の首都である東京の学校と聞いていたのでどんな高層ビルの中にあるハイテク学校かと考えていたのですが、意外にも山奥も山奥、私が神様をやっていた北白蛇神社と良い勝負が出来そうなくらい、と記せばその山奥具合が推して測れるというものです。

 

 東京にこんな山があったなんてカケラも知らなかった私は、やはり学校に通って地理だけでもやった方が良いのでしょうか?先日、竹富島=西表島が分からなかった私にそんな迷いが生じました。

 

 いいえ、大丈夫です。東京に山がある事が分からなくても漫画は書けます。

 

「因みに東京には常夏の島もあるよ」

 

「揶揄わないでください、夏油さん。幾ら地球温暖化が激しいからって東京に常夏の島が無い事は中学不登校の私でも分かります」

 

「それがあるんだよ。小笠原諸島っていう、地理区分的には日本で唯一のオセアニアに属する列島が」

 

 なんという事でしょう。またしても無知を晒してしまいました。恥を晒してしまいました。

 

 因みに私には、オセアニアが何かも分かりません。テレビで聞いた事はある気がするのですが。

 

「あー!オセアニア!なんかニュースで偶に政治の会議っぽい事してますよね、流石首都!」

 

「多分それは、ASEANだよ。千石さん」

 

「……」

 

 恥の上塗りです。愚か極まっています。

 

 そんなこんなで東京の山(曰く、奥多摩というらしいです)を歩いて暫し、教室にやってきました。

 

 机は4つ。雰囲気はなんだかレトロな感じです。学園ものの参考資料として使えそうなくらいには。

 

 先客は二人。

 

 一人は、何というかサバサバした知的な女の子でした。私の周りにはあまりいなかったタイプです。

 

 もう一人は、言葉では言い表せません。

 

 明らかに只者ではなかったからです。

 

 鈍感な私でも感じる圧倒的な力と何もかもを見透かすような空色の瞳。

 

 夏油さんが言っていた産まれながらの根っからの専門家とはこういう方の事をいうのでしょう。

 

 そんな方は、こちらを見て、夏油さんを見て一言こう言いました。

 

「前髪変」

 

 

 004

 

 

 入学式は、青空教室で行われることになりました。

 

 天井は愚か、黒板も机も、椅子も教卓も、なんだったら床もありません。

 

 爆散しました。文字通りに。爆散という言葉を文字通りに使う事になる日が来た事に驚きを隠せない私なのでした。

 

 かくいう私も中学の教室でひとしきり暴れたことはありますが、比べるのも烏滸がましいレベルでジャンプ漫画的なジャンル違いの戦いが目の前で起こりました。

 

 夏油さんと、五条悟さんという前述した超人の方とのガチバトルです。

 

 蛇神様だった頃の私を、あの全能感思い出しても、ちょっと勝てる気がしませんでした。

 

 ああ、それと、夏油さんの名誉の為に記しておくのですが決してあの一言のみで、この惨状になった訳ではありません。

 

 それなりに売り言葉に買い言葉がありました。売買がありました。その結果、教室にバイバイする結果になってしまっただけなのです。

 

 その下手人の二人は、喧嘩中に馬があったのか今は仲良くお話しています。男の子のこういう部分は昔から本当に羨ましく思います。一挙手一投足に気を遣っている私達が馬鹿みたいにじゃないですか。

 

「ほんと、馬鹿みたいだよね〜」

 

 隣に座ったのは、唯一の女の子の同級生。家入硝子ちゃんです。

 

 唯一といっても、私も含めて女の子は2/4。比率的には平等ですが、私にとっては唯一になります。だから数学は分かりにくくて嫌いです。

 

 それにしても、「馬鹿みたい」とは彼ら二人のことか、それに比べた私達女子の人間性の面倒臭さなのでしょうか。

 

「どっちもに決まってんでしょ。撫子はそういうの分かってそうな感じがしたから。あっ、今更だけど、名前、呼び捨てでいい?」

 

 ナチュラルに読まれました。読心されてしまいした。

 

「う、うん。いいよ、硝子ちゃん、でいいかな」

 

「オッケー。まぁ、普段はあんまり会わないかもしれないけれど、会わないなりに仲良くやりましょ」

 

 硝子ちゃんは、何というか、飾らない感じの子でした。周りの人に比較的興味が無さそうで、心理的障壁は無いけど心理的に近づくのは難しいタイプの女の子です。ある意味、昔の、前髪娘時代の私が理想としていた在り方でした。

 

 尤も、私はそう中立にあろうとして、盛大に外交に失敗して全方位から加害されるという被害者な私になってしまった為、やはり中立なんて難しい事をするにはオツムが足りなかったのでしょう。

 

「あっ、知ってるんだね。私が不登校になる事」

 

「さっき夜蛾先生に聞いたんだ。漫画家目指してるんだってね。まっ、寮じゃ女子は私達二人きりみたいだし、暫くはよろしくね〜」

 

 ……えっ、寮生活なんですか?

 

「どうしたの?そんな全寮制だと知らずにこの学校入ったみたいな顔して。呪術の秘匿の為の詐称だらけの一般家庭向けパンフレットにも、そこは嘘偽り無く書いてあったけど」

 

「……」

 

 全く読んでいませんでした。臥煙さんからもパンフレット(それも情報規制が無いスペシャルバージョン)をキチンと渡されて、どんな学校か見ておくように言われていたのですが、どうせ行かないからと、怠惰にも全く読んでいなかったのです。

 

 かくして私は、全寮制の学校で不登校をかますという、とてもハードルの高いハードな生活を送る事になったのです。

 

 撫子のバカ、オタンコナス!

 

 

 005

 

 

「お前が千石撫子か」

 

「は、はい!」

 

 強面です。このあまりに強面のおじさんが、私の担任の先生、夜蛾正道先生です。

 

 とてもじゃないですけど、学校の先生というお顔ではありません。

 

 ちょっと、マイナスのベクトルが違います。

 

 学校の先生が、そもそもマイナス?なイメージというのは私の間違いなく偏見であり、強いて自分を擁護するなら運が無かったのかな、と言えるくらいの、そんな過去に起因しているのです。

 

 そう、私の知っている学校の先生は、頼り甲斐がなく、理不尽で、責任逃れをし、その上で正義だとか善意だとかを気取っていました。道徳の教鞭を取っていました。

 

 どう考えても大人が介入しなければいけないレベルでクラスが荒れても手を打つこともなく、学級委員を当時のもの言わぬ被害者に見えた撫子に押し付けて、その上で私の職務の怠慢を一丁前に責め立てていました。

 

 これは、私が中学二年生のときのあの先生は、きっと極端にダメな例であることは理屈では分かりますが、別に他の先生も、私を『可愛い』というだけで贔屓する割には、それで発生するやっかみには一切合切、気を回そうとする方はいませんでした。見逃され続けました。

 

 だから私は、心底、学校の先生なんていう存在を、嫌いを通り越して、見放していたのです。

 

 『先生』っていう人達は、皆そういう嫌な人達で、みんなこの人達の嫌がらせに上手く耐えながら、適当に凌ぎながら大人になるんだ、って。

 

 そういう私の間違いだらけの人生論で言うならば、このお方は、夜蛾正道さんはその名前と同じくらい、私にとって正しく先生と言えます。

 

 そしてそんな先生からの最初の試練は、圧迫面談のようです。

 

「何しにここに来た」

 

「えっと、先生に呼ばれましたので……」

 

「いや、この呪術高専にだ」

 

 はてさて、どうやら専門家としての心構え的な姿勢を問う問答のようです。

 どう答えましょう、なんで答えれば正解なのでしょうか。

 悩んだ末に、私はまず正直に答えることにしました。

 

「えっと、勉強せずに副業をしながら高校卒業の資格を取るために来ました。普通の勉強しなくても高校を卒業したことになるのは、知ってる限りここだけだったので。まぁ、取れなかったら取れなかったらで別に構わないのですけれど」

 

 勿論、この条件には臥煙さんの口利きのお陰もありますが。ですが正直、高校卒業の資格は別にあってもなくても良いのです。今更、親に、社会に体裁を整える為に自分の体制を変える気は一ミリも無いですから。

 

 だから、強いて言えば、上京できることに魅力を感じていたのかもしれません。尤も、パンフレットを読んでいないという愚かな過ちで、東京の山に籠ることが決定してしまいましたが。

 

「……合格だ。お前は学年で一番イカれてる。呪術師向きだ」

 

 何かお眼鏡に適ったようです。しかしイカれているとは聞き捨てなりません。

 

「本当にイカれているやつは、イカれていると言われると不満そうにするというのは真実だったんだな。……よく考えてみろ、千石。いくら勉強がしたく無いから、やりたい事にとって邪魔だからといっても、普通は命をベットしてまでその問題を解決しようとは思わないんだ」

 

 ……確かにそうです。成る程、それは私がまだ子供で、命のやりとりをするようなこと、怪異と対峙することを軽く見ているからですね。無知で傲慢───

 

「いや、君は無知でも傲慢でも無い。君は命のやりとりをした事があるだろう。怪異としても、専門家としても。その上で命を賭ける事を軽く見る事が出来るから、君は異常と言えてしまうんだ」

 

 どうやら私のあれやこれやの黒歴史は全てお見通しのようです。

 

「君はもう既に、自分と、過去という自分を苦しめ続ける呪いと向き合って、自分の力で、意思で前に進んでいる。それは、大人でも、否、大人程出来ていない人が多い。過去の自分を呪うか、過去の自分に呪われているか、その二択だ」

 

「だから、私に、君の先生を名乗る資格は無いのかもしれない」

 

「でも、それでも、私は先生だ。教育者だ。教えを生業として先に生きる者だ」

 

「子供を、後に続く者を守る義務がある」

 

「であると言うのに君は、自分自身で立ち上がって前に進まないといけない程、社会に、環境に、追い込まれてしまった。……それこそが、我々大人の許されない過ちで怠慢だ。軽率に謝ることすら、烏滸がましく感じる」

 

「だから、私は君自身が少し子供に戻ってくれることを願う。……断じて、千石の夢を追う姿勢を否定したい訳では無い。ただ一人前になるには、成り切ってしまうには、まだ少し早いと、教師である俺は身勝手に考えてしまうんだ」

 

 今まで学校の先生に言われてきた事とは、真逆の事を言われてしまいました。

 

 将来の事を考えて、では無く、今のことを考えて、だなんて。

 

 これが私の両親みたいな子供らしさの押し付けだったら、私は気兼ねなく寮の部屋に引き篭もっていましたが、夜蛾先生の言葉からは不思議とそんな圧は感じません。

 

 本当に、私の事を気遣って、色々迷いながらこの言葉を言っているように感じます。尤も、いつかみたいに騙されているだけかもしれませんが。

 

「ありがとうございます、夜蛾先生」

 

 少なくとも、自然と先生と呼びたくなる、そんな人でした。

 

 

 006

 

 

「邪魔するぜ〜、千石。今から入学祝いやるけど……、って、すっげ、マジで漫画描いてるじゃん。絵上手ぇ〜」

 

「ひぅっ」

 

 五条君です。なんかもう、色々とデリカシー的なものが無さすぎて、私には推し量れません。

 

 時は初日の夜、色々あったけど、引き篭もり漫画修行生活を再開しようとした矢先の来訪でした。来訪というよりは侵入、侵略でした。

 

「悟、ダメじゃないか、女の子の部屋にノックも無しで入ったら」

 

「そういう夏油も、既に上がってるから同罪な。撫子、入っても良い?」

 

 後続できたのは、夏油さんと硝子ちゃんです。やっぱり全寮制である事を読み落としたのは、大失態だったような気がします。

 

「い、良いよ、硝子ちゃん。なんかもう手遅れだし」

 

「だってよ。許可も出たし、もう下に戻るのメンドいからここでセルフ入学祝い始めちゃおっか」

 

 何という事でしょう。私の硝子ちゃんへの入室許可は、私の部屋の全面占領許可になってしまいました。あまりにもジャイアニズムが過ぎます。気分は差し詰めのび太くんです。

 

 しかし、これでは中学の二の舞になってします。被害者である事に甘んじる、相手を加害者にするあの頃の私に逆戻りです。

 

 ここは断固として、でも事を荒立てずに、スマートに、えいやっ!

 

「てめーらに入室を許可した覚えはねぇよ!失せろ!」

 

 ……やってしまいました。逆撫子です。私も中々、こういう場面でのレパートリーがありませんね。

 

 言葉の勢いのまま、左右両方アッパーで夏油さんと五条君をぶっ飛ばします。

 

「ぺぷし」「ぐわし」

 

 二人とも、逆撫子モードのドスの効いた声に呆気を取られていたのか綺麗にクリーンヒットしました。硝子ちゃんから拍手喝采が送られました。

 

「まぁ、反省するんだな屑共」

 

「ぐっ、良い一撃だったよ。撫子。まだ立てないくらいには。これが撫子の術式かい?」

 

「違うんだな、傑。これは撫子の呪力自体が猛毒を帯びているんだ、お陰で俺たち顔面蒼白。やるじゃん」

 

 どういう論理か、お二人から謎に親密感を持って認められたかのように感じます。名前もナチュラルに撫子呼びに変わっています。

 

 戦った相手しか認めない武士/戦士過ぎる価値観に、野蛮すぎる友好に些かついていけません。

 

 中学と同じ轍を踏まなかった事だけは、成長と言えるのでしょうが、これは果たして正しい方向に進んでいるのでしょうか。

 

 反省の印に貢がれた、2Lコーラとポテチの山は情けなく部屋に鎮座していました。

 

 

 007

 

 

「それは、お前の呪力が、身体が、蛇毒になっているからだよ、撫公」

 

「毒手、朱砂掌と呼ばれる呪術的儀式が近いかな」

 

「武術家が、相手を毒殺する為に自分の拳を猛毒に漬け込んで呪術的に強化する手法だ」

 

「尤も、撫公が漬け込んだのは全身だけれども」

 

「蛇切縄、蛇神、蛞蝓豆腐で少し中和したけれども、その後ハブに噛まれて物理的にも毒に浸された事で再発したんだろう」

 

「尤も、その特性があの五条悟を」

 

「真にラッキーパンチだったとしてもあの五条悟を」

 

「僕が100人束になってかかっても一切合切勝ち目の無い五条悟を」

 

「ギャフンと言わせられたのだから、悪い事ばかりとは言えない、いや寧ろ業界にとっては福音とまで言える、千石撫子」

 

「えぇ、五条君ってそんな凄い人だったんですか?」

 

 入学式の翌日の土曜日。

 

 私の部屋はあいも変わらず不法侵入に遭っていました。はい、斧乃木ちゃんです。

 

「凄いなんてもんじゃ無い、どんな怪異をも見通す『六眼』と無限・無間を具現化させる『無下限呪術』どっちかだけでも100年に一人なのに、その併せ持ちだ」

 

 成る程、何やら大層な事である事しか判りません。難しい言葉はさっぱりです。

 

「撫公は今まで業界用語を抜かれて、噛み砕かれて説明してきたからそうなるのも無理は無い。でも、東京はその辺り容赦無いからね、業界用語も専門用語も噛み砕かず、丸呑みにしなくちゃならない」

 

「僕が、業界人であるこの僕が、他ならぬ撫公の為にレクチャーをつけてあげよう」

 

「でも、僕は死体だから、業界『人』とは呼べないだろうけどね」

 

 そこから始まったのは、極めてバトル漫画的な、取り分けジャンプ漫画的なジャンル違いの説明でした。

 

 呪力、術式、呪霊、呪骸、呪胎、反転術式、縛り、等級、領域

 

 私は漫画家志望ですから、勉強と違ってこの手の世界観的な用語設定はすとんと頭に入りました。丸呑みに出来ました。

 

「因みに撫公の術式は、『構築術式』だ。呪力を使って無から何でも生み出せるチート能力だ」

 

 私の蛇足の能力の業界での正式名称はそんな大層な名前なのでした。加えてチート能力らしいです。私は漫画では、こういう判りやすすぎる強い能力は余り好きではありません。ドラえもんの秘密道具で、『もしもボックス』さえあれば何でも出来るけど、的なロマンの無さを感じます。

 

「でも、普通の『構築術式』と違って固有の縛りがある。『描く』という縛りだ。この縛りによって、普通ならキンケシ一個作ったらガス欠必至な、燃費の悪い『構築術式』を一般的な他の術式と同じくらいの呪力消耗量に抑えている」

 

「でも、撫公の呪力量は冗談みたいに多い、ほんと底なしだから」

 

「量だけなら、かのキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの全盛期の1/3強くらいのレベルだから」

 

「ガス欠を気にする必要は全く無い。式神を、お前の黒歴史を、四人も同時に具現化しても、具現化した事自体には全く疲労を感じなかっただろ」

 

「その後、人生で1、2いや、1番と2番は西表島すっぱだかサバイバルと失恋蛇神化で埋まっちゃってるから、3番目レベルでクタクタになったけどね」

 

 あの二つの経験と1、2を争うような経験がどうか現れない事を祈るばかりです。

 

 あと、余談ですが斧乃木ちゃんがサラッと言った『キンケシ』とは業界用語でも何でもなく『キン肉マン消しゴム』の略称です。確かにあのサイズ(だいたい4cmくらいの大きさでしょうか)のモノでクタクタになってしまうのであれば、私の異能は、蛇足のスキルは、真の意味で蛇足の範疇を出なかったでしょう。

 

「クタクタになったと言えば、それがあった。撫公。お前は式神を調伏しているだろう。4人のうち、『媚撫子』と『逆撫子』の二人は使って破壊されてしまったけれど、『おと撫子』と『神撫子』の二人は残っているだろう」

 

「う、うん。『媚撫子』と『逆撫子』もキチンと書き直したけどね」

 

 約束であり、約定だったその点を違えたりはしません。

 靴を、全てを、可愛く描き直すと約束したのです。

 

「その二柱はまだ未調伏だから除くとして、いいか撫公。東京の怪異・呪いは田舎よりレベルが高いし、とてもアグレッシブだ。田舎でアグリカルチャーに勤しんでいる農民より、あくせく働いている都会人の方が呪いを発しやすいからね。だから危ないと思ったら、容赦無く、躊躇なく、式神に頼れ。過去の自分に泣きつけ」

 

「その方が式神冥利に尽きるというものだ。式神の僕が言うんだから間違いない。撫公は式神使いが丁寧だから、これで悪い気がする方が少ないに決まっている」

 

「『おと撫子』の『人見知り故の人払い』のスキルと『神撫子』の純粋な無法はこの呪いに溢れる首都で撫公の助けになる」

 

「わかったよ。昨日先生にも似たような事を言われたばかりだし。うん、作戦は『いのちだいじに』だね!」

 

「いや、そこは『ガンガンいこうぜ』だろ。基本的にやられる前にやるのが、戦いにおいては最強だ。撫公が五条悟と夏油傑を、特級術師と二級術師を、格上の二人を先手必勝でぶっ飛ばしたように。因みに僕は、特級呪骸で一級術師だ。格上だ、敬え、撫公四級術師」

 

 そう、等級。格付けです。

 

 怪異も級で格付けされ、比べられるようになるなんて嫌な時代になりましたね。格付けなんてされたら私のようななんちゃって専門家は窮してしまいます。

 

「いや、撫公の等級はお姉ちゃんが気を、手を回しただけだと思うよ。別に、等級が上がっても良いことなんてこれっぽっちも無い。せいぜいお給金の桁が一つづつ増えるくらいだ」

 

「くらいだ、じゃ無いよ。これ以上ないくらい大事な位だよ」

 

「いいや、くらい、だ。断じて、『くらい』だ。忙しくなるんだよ、『位』が上がると。物も食らえなくなるくらい、お先が暗いものになるくらい」

 

「それは、漫画も描けなくなるくらい?」

 

「そんなくらいじゃ済まないよ、攻撃をくらったまま、治療無しで次の現場に向かうくらいだ」

 

 過酷なんていうレベルではありません。私にとってあくまで専門家は副業、アルバイト、パートタイムなのです。

 

「だから、撫公は万年四級術師が確定で、僕は生涯格上なのが確定なんだ。だから敬うんだ」

 

 という訳なのでした。

 

 

 

「───因みに怪異(カース)としてなら、お前は今でも掛け値無しに特級だ。即ち、僕と同格だ。仲良くやろうぜ。いえーい」

 

 

 

 

 

 

 

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