呪物語 作:マクガフィン
001
私は、インドアな方だという自認を持っています。
ええ、自認です。
中学校の学級委員を中学校ごと辞任してからは、親泣かせの引き篭もり。
別にそうではなくても、元々少し気合いを入れなければコンビニで買い物も出来ないレベルの人見知り。
それが、私、千石撫子という人物に対する認識です。
人間関係も、小学2年生の時に恋をしたあの人に、中学2年生の時までゾッコンだった位には更新されない閉じっぷりでございます。
そう、インドアで閉鎖的な筈です。
「新潟から飛び出して、東京、愛知、栃木、岩手、京都、沖縄……で今日からは二回目の栃木で呪霊退治」
「霊峰の定例掃除……業界用語で『大討祓戦』っつうんだが、本来、呪術高専両校、OBにOGみーんな呼んで山の中で一週間かけて呪霊掃除するイベント。まぁ、今回は俺ら4人だけだけど」
はい、インドアとしては完全にアウトでしょう。
今回は未開の山奥で友達とキャンプでございます。
ドアの外どころか、道の外。
踏み外していますねぇ。
「撫子の故郷程でなくても、行き場を失った呪いを呼び易い土地というのはあってね。それが山間部にある場合は霊峰と呼ばれているんだ」
「まぁ、おまえら屑どもなら1日で終わるっしょ。早く帰ったせいで次の仕事渡されても堪らんから、最低一泊は出来るように調整しろよ〜」
「なる、帰ってカスみたいな擦り傷の手当したくねぇと。かしこまり」
「硝子はこの繁忙期、高専にいると無限に仕事が湧いてきてしまうからね」
「深夜でも問答無用だもんね。ドン引きだよ」
私はたいてい夜遅くまで漫画を執筆しているのですが、そんな深夜、隣の部屋の硝子ちゃんがよく叩き起こされて、治療を要求されている事があるのです。
話し相手やお茶を淹れてあげようと、そのタイミングでよくご一緒するので分かりますが、大体は素人目に見ても、骨折や大きめの切り傷だとかで別に普通に処置して、日中まで待っても良い案件。いえ、業界外からみれば基本的に救急搬送レベルの大怪我ですけども、私も随分業界常識に浸かってしまいましたね。
そして、一度便利さを知ったら以前までの不便な暮らしに戻れない、耐えられないのが人間です。硝子ちゃんが来てから、高専所属の術師(OB・OGも含む)から待つ、耐える、という機能が失われているのです。
有能すぎる、頼られすぎる、というのも考えものですね。
「うん、じゃあ今回はゆったりとキャンプしよっか、硝子ちゃん。私頑張って準備するよ」
「確か撫子ってサバイバル経験あるんだったっけ?」
「……初めて乗った飛行機が呪詛師に撃墜されて、南の島に一人漂流したことが」
「ハード過ぎるね。完全未開の山でサバイバルと聞いた時は少し億劫だったけれどね、そんなレベルの経験者がいれば心強い」
「あれ?でも、その話のオチって───」
「結果から言えば、西表島の裏側に流れ着いていた事に気づいていなかっただけ。で、黒幕の呪詛師は、表側のリゾートホテルに泊まってて……筆舌し難い気持ちにはなったよね」
「なんで、撫子の話には毎回絶妙に間が抜けたオチがあるのかは謎だわ」
つらつらと撃墜談を話しながら、森を進んでいきます。
呪霊は出てきますが、五条君と夏油君がノールックで祓っていきますので本当にただのハイキング気分。こうなってくると気になる事があります。
「えっと、なんで今回は私達が派遣されたんだろ。湧いている呪霊は、正直、私単品でも苦戦しようが無いレベルだよ」
私達全員が派遣されるのは、基本的に特級案件のみ。なので、皆さん生活リズムやスケジュールがバラバラなので中々全員集合は叶わないのです。それでも、私の部屋が溜まり場になっている為か、皆の顔を見ない日は無いような気もしますが。
そんな中で、任務範囲が超広域とは言え、私達全員をこの繁忙期に投入する業界の判断は疑問ではあります。またまた、実は特級が───なんて裏話が無いとも限りません。
「あ〜、撫子、それはクズ共で麻痺りすぎ。見た感じここらの呪霊、準二級から三級程度はアベレージとしてあって、偶に二級呪霊も混じってる。先輩達の学年の最大戦力が歌姫先輩の準二級だから、そこそこ苦戦しうる。そんなんだから、この任務は高専の範囲に止まらない、呪術業界全体規模の大仕事らしいよ。それが4人で済むんだから業界としてはびっくりでしょ」
成る程、これでも充分以上にコストカットされていると。
……ところで、歌姫先輩ってどのお方でしたっけ?
そう、先輩です。そういえば、先輩です。
ええ、いるらしい、くらいしか言及されてこなかった呪術高専の先輩です。
生活圏自体は被っているのに、入学してから四ヶ月、一学期も終わって一般には夏休みと呼ばれる時期まで全く接点が無かったのは、我ながら怠惰と言わざるを得ません。
いえ、私の怠惰も勿論あるのですが、お仕事上の相性もよろしくありませんでした。
4月から、ここ数ヶ月、私こと千石撫子は、なんだかんだと理由をつけて、つけられて、毎回毎度特級呪霊や強力な呪詛師とマッチングしている為、下手な同行者では超特急でお亡くなりになってしまうでしょう。
故に、交流は同級生の方々としか発生せず、8月1日の現在でも2年・3年の先輩方は顔と名前が一致しないレベルです。
「硝子、サラッと歌姫のことザコ評価してるのウケる」
「撫子の麻痺も仕方のない事だけどね。4月から8月の今に至るまで、敵が大体特級呪霊だったし」
「……特級って、一番上の階級だったね。何というか、敵も味方も基本特級だから、特級がデフォルトになっちゃって」
『口裂け女』に始まり、『玉藻前』『黒沐死』『疱瘡婆』『虹龍』『重し蟹』
おまけに日常的に一緒にいる斧乃木ちゃんも特級呪骸、5月には元最強の吸血鬼もご登壇。
五条君は特級術師ですし、先日夏油君もそうなりました。
特級のバーゲンセールでございます。等級という物差しが機能していません。
「インフレ極まれりだよね、バトル漫画みたいに。漫画家的にはこういうのってあるあるなの?」
「うん。大体、新しい敵は枠の外の強敵になりがちだから、序盤で設定した強さの物差しは機能しなくなる事が多いよ」
その枠外で、例外だった強敵を超えた主人公達を超える強敵を出すとなると……枠外の枠外に行ってしまうため、どんどん物差しの意味がなくなっていきます。大体、桁数、ゼロが何個あるかで力を表現するようになったら末期ですね。
002
「残穢的にまーた特級。月一で出てこないといけねールールでもあるんか?」
適当にフィールドワークをしている時、そう五条君が天を仰ぎました。何となく予期していましたが、案の定でございます。
「はぁ、またなのかい?蟹と戦ってから一週間と少ししか経っていない。いくらなんでも節操が無さすぎる」
「節足動物だからな。───今回の敵はムカデだ。前、殺生石割れて、栃木が霊的に不安定になっただろ?これ、厳密に言うと、玉座が空いてるみてーな感じで、今までは知名度トップの狐がいるから、見つからないようにひっそりと休眠していたご当地化け物がその空白を狙って動き出したみたいなイメージだ」
「栃木で、ムカデって言うと……赤城山の神様かな」
「ピンポーン、硝子。まぁ、もったいぶる意味もねーから話しちゃうと、このムカデ、昔、男体山の蛇神と戦って負けて呪霊化した神様なのよ」
「あっ」
「そう、その蛇神との古戦場の名前が『戦場ヶ原』。で、元『蛇神』の撫子が、同じ節足動物の神に憑かれた『戦場ヶ原』という女に先日、色々な意味で完敗を喫した事で、ピタゴラスイッチ的にここのムカデが活性化した。つまり今回も撫子のせい」
「おまけに、九尾の狐を攻略したのも、自身の見た目を与えたのも撫子、か。でその撫子が『戦場ヶ原』で負けたのも大きいかもね」
「すべての責任は千石撫子に……か」
「あばばばば」
千石撫子が恋愛弱者であることが、栃木県を存亡の危機に陥れる。
書いてみるとナンセンスすぎる一文ですが、実際に起こっていることなので左うちわに構えることは許されません。
「撫子が特級をポップさせちゃうのは、いつもの事だから措いといて……なんか対策とかある?それともまたゴリ押し?」
いつもの事で、化け物を呼び寄せてしまうのは、なんかそういう呪いだと思います。お祓い行こうかなぁ……いえ、そのお祓いの専門家が私自身でしたね。
「弱点部位ならある。目、というよりは頭か。ムカデは頭を潰せば死ぬし」
「確か、故事における勝敗を分けた遠因が、猿麻呂と呼ばれる蛇神側の子孫の人間が弓でムカデの目を射抜いた事だったね。弓は私も門外漢にして不得手でね、遠距離攻撃を術式でカバーしてしまっている弊害だよ」
「得物ねぇ、……撫子、やってみたら?弓チクとか上手そう」
「それはチクチク言葉だよ、硝子ちゃん。……第一、五条君と夏油君いるし、私にも式神もいるから、これ以上は過剰火力でしょ」
弓チク上手そう、って絶妙なチクチク具合ですね。
これが「上手い」だったらただの事実評価ですし、「弓チク」でさえなければ大概の言葉なら褒め言葉になります。
「大体、そういう事を言っていると、私達も式神も居ない時にバトルしなくならないといけなくなるのがオチだよ」
「得物も得物で、それがないと戦えんっていう制約がダルいけどな。まぁ、撫子は生身でやれる事は大体やってるから、補助であってもいいと思うぜ。矢だったら、術式で作り易いだろうし。つーわけで、探すか、得物」
「えっ、高専の呪具じゃないの?」
「そりゃ、ここ、栃木よ?肖るでしょ、那須与一」
003
那須与一という人物の知名度は、絶妙な具合です。
でも、名前を知らない人でも、源平合戦で平家の扇を源氏の武士が射抜いたという逸話くらいなら、耳を掠めたことがある人もいるんじゃないんでしょうか?
源氏の知識は、しずかちゃんの苗字であることくらいしか知りませんし、平家の知識は、祇園精舎の鐘の音くらいしか分からない、歴史赤点(そもそも、赤点という概念が導入される前に学校やめました!)の私ですが、なんか弓でうちわの日の丸が射抜かれた、くらいの浅い知識ならギリギリ存在していました。
説明し出すとキリが無いので、この浅い知識の最後に付け加えるなら、この話のうちわ(扇)を弓で射抜いた人が那須与一というお方な訳です。
はい、説明終わり!語り部が千石撫子の回に、そこまで微に入り細を穿つ歴史解説を期待する方がナンセンスですとも。
「傑〜なんか呪具のアテある?」
「提案しておいて、所在を知らないのかい、悟。……呪術界では無い、一般的な情報ならば、少し知っている」
そう言って夏油君は語り始めました。やっぱりこういう解説役は彼が良いですね。私では必要な情報が削られて、自分の過ちと誤った情報が代わりに語られてしまいますから。
「弓の方は現存していないし、呪術界にあったとしても何処かの忌庫の中だろう。拝借するのは現実的じゃない」
「再現性があるのは、『矢』のほうだ」
「『蜂の恩返し』という逸話があってね」
「曰く、那須与一は那須野の原で蜘蛛の巣にかかった蜂を助けて、その恩返しに2本の鏑矢を得たそうだ。平家との合戦の折、扇を射抜いたのはこの矢と言われている」
あるあるの恩返し系のストーリーですね。日本の昔話の動物って、何気なく助けてもらった恩を物凄く即物的に返してくださいますので物分かりが良すぎます。
しかし、今回の場合、些か引っかかる点はありますとも。
「その場合、蜘蛛には恨まれない?多分、巣を壊された上で折角かかった獲物を逃がされているんだから。蜂が恩を返したように、蜘蛛には呪われないと中立じゃないよ」
「昔話にマジレスしてやがる。まぁ、呪術的にはそういう差し引きは必ずあるけどよ、気にし過ぎじゃね?」
「いやいや、意外と馬鹿に出来ないよ、悟。こういった恩返し系の故事を意図的に利用しようとしているんだ。偶然の遭遇と気まぐれの善意で助けた昔話に数多いるおじいさんと違って、見返り欲しさにわざと助けた人間は決まって酷い末路を辿る」
「表立った、見え透いた打算を嫌う、この国らしい価値観だよね〜、得られたものが同じなのに、その理由で報酬を区別するのは美徳でも何でもなく日本人の悪癖だよ」
見返りの黄金が欲しいから助けた為に黄金を得られず酷い目にあうこと、何となくの善意で助け報酬として偶々黄金を得ること。
結果的に無私の奉仕をしているのは前者であるのに、後者が美徳とされるのは『建前と本音』の歪さが顕著に現れている好例です。
『無私』である、という建前が実際に無私の奉仕をすることよりも大切にされています。
この話であってもそうです。
那須与一は、気まぐれの善意で蜂を助けるのと同時に、その気まぐれで蜘蛛に加害しています。
ここでも道徳にとって大事なのは、『気まぐれの善意』である部分で、実際に状況をよく見て適切な事をしたか、という部分ではありません。
真に中立であるのならば、バランスを取るのならば、蜘蛛側にも補填をするべきですし、その補填の為に別の虫をとってきたら結局その虫に加害していることになる為本末転倒でしょう。
ヒーローと呼ばれる人は、ここで迷わず自身の肉を蜘蛛に与えるのでしょうけど、その場合でも蜂にとっては蜘蛛という脅威を生かし続けた仇敵になってしまうのは変わりありません。
みんなが幸せになる方法なんて、あるわけが無いのです。
だから、この場合の誠実さは蜘蛛を害して蜂にその報酬を打算的に求める……それが害された蜘蛛へのせめてもの誠意だと、私は思います。蜘蛛にしてみても、悪というレッテルを貼られ正義や道徳というよく分からないし、ありもしない妄想を根拠に加害されるよりは、『金の為だ!』と宣言してボコボコにされる方が因果は簡潔です。
「それじゃあ、結局、那須野の原で、蜘蛛の巣に引っ掛かっている蜂を助けて報酬をせびる儀式をすれば良いの?」
「んな儀式で呪具が得られるんなら、苦労しねーよ。……今の傑と撫子の話でアテが見つかった。ソイツをシバいたらキャンプしよーぜ」
004
囲い火蜂
詐欺師の貝木さんが、阿良々木火憐ちゃんに用いた偽物の怪異。
偽物だった筈です。いえ、この場合、口に出して主張していた『偽物』という部分が嘘八百だったのでしょう。
「室町時代の怪異である事を考えるに、那須与一に救われた蜂が巡り巡って妖怪になったという説が立てられるね」
助けた蜂が、結果として人類を害する害虫になっていました。そもそも普通の蜂は助けても黄金や鏑矢を渡してこないんで、その蜂自体が元々怪異だったという事でしょう。
やはり、バランスって大事ですねー。忍野メメさんが業界では超一流(等級自体も一級らしいです)と名高い理由の一端を知れましたとも。人が残した歪みに呪いが溜まっていきますから。
ちなみに先程話に上がった貝木さんは、一級呪詛師で一級術師、という二重状態にあります。意外にも呪詛師の集団や呪術を騙る悪徳宗教を壊滅させていたりと、仕事はしていますが偽物の呪術を売り捌いて利益を上げたりと、がっつり悪事もやっています。
「結構高度な結界で隠蔽されてた所を見るに、誰かが定期的に火蜂から呪いを持ち出していたな……このレベルの呪霊と契約できるとなるとその辺のザコ呪詛師じゃねぇし、撫子が前会った『羂索』とかいう呪詛師の仕業じゃね」
「ううん、多分犯人はその前に……厳密にはコンビニ強盗呪詛師と迂路子さんがいるから……3回前に会った知り合いの詐欺師の仕業だと思う」
「また、撫子の知り合いかい。三歩歩けば怪異事を引き込む体質でもあるのかな」
「その体質があったのは、厳密には別の人。……その筈なんだけどなぁ、移されたかなぁ、火蜂の呪いじゃあるまいし。……で、この洞窟にいるの?そんなに国道から離れてなかったけど」
「六眼でもなきゃ見つかんねぇから、今までほっとかれてたのもやむなし。俺でも、『蜂』っつう検索条件があってやっと見つけられたんだぜ。……ほい、結界ブレイク」
「五条、等級はどれくらいありそ?」
「今回蘇ったムカデ程じゃねぇな。それぐらい力があったら殺生石が砕けた時の霊的空白で出張ってきてるだろうし。弱めの『特級』じゃね?」
「……もはや、特級の中で等級をつけた方がいいんじゃないかな。業界の物差しは下に刻み過ぎだよ」
洞窟に足を踏み入れると、羽音が煩くなってきました。
ブンブン、ブンブン。
栃木の地下に広がっていたのは、黄金郷でした。
赤熱した六角形で形作られた金属の街が広がっています。そう金属です。
「成る程、日本の近代化に伴って『流行病への恐怖』から、『鉱毒による公害への恐怖』へと呪いの基盤を変質させていたんだね。……やたらめったらに歴史の教科書に書くからこういう事になる」
「なる、『足尾銅山』か。確かにここ日光だし、地理的条件と歴史的条件、どっちも揃っちゃった訳だね。そりゃ日本中の義務教育を受けた人間から呪力を集めて特級にもなる」
一斉に、赤熱した銅の針が私達目がけて放たれます。五条君がいるので問題こそありませんが、攻撃の規模自体は凄まじいものです。
「傑、周囲の雑魚、取り込めそうか?呪具用に何体かは生け取りにしたい」
「無理だ、主従関係がある。……蜂だからね、やはり女王様以外には従わないみたいだ」
「なら、親玉を生け取りにすれば良いっしょ。あとオマエら、気を付けろ。呪力が付与された銅の粉が舞ってる。あんまりチンタラやっていると銅で中毒を起こすよ」
「洞窟で戦いずれぇ、撫子、雑魚散らしは任せた」
「分かった、『神撫子』お願い!」
「ハッチ、ハッチだ!」
神撫子が意味不明ながら、少し考えさせられる発言をしながら登場しました。
ハッチはミツバチだよ、と突っ込もうとした所、蜂の巣を突いた形になります。
『囲い火蜂』って、ミツバチかスズメバチ、どちらなのでしょう?名前の由来は、全身が蜂に刺されたように熱くなる熱病から来ているから毒を持つスズメバチだとばかり思っていましたが、『囲い火』というネーミングは、ニホンミツバチしか持たない『蜂球』という、外敵を働き蜂の発熱で蒸し殺す習性を彷彿とさせます。
……まぁ、そんな感じの適当な人間達の呪力の集合体なので、たぶん、どっちでもある、というのが本質なのでしょう。大雑把に『蜂』なのです。
閑話休題。
無駄な思考は傍に置き、戦況に戻りましょう。
夏油君の『黒沐死』ではなく、私に指名が来たのは相性の問題です。どう考えても蜂からすれば餌ですから。
別に蛇も相性が良い訳ではありませんけど、多数使役が出来る私達の持ち札の中では一番マシと判断したのでしょう。
おまけに蛇は熱を感知するピット器官というものを持っています。この赤熱し、視界が非常に悪い洞窟の中で、最も赤熱している火蜂を的確に狙えます
「雑魚散らしは上々。そろそろ本体狙うか、傑」
「『呪霊操術』『重し蟹』───この一帯の重力を変調しろ!」
洞窟で最も恐ろしいのは、崩落。
考えなしにバトル漫画的大暴れをしたら、フィールドが持ちません。
しかし、夏油君はこの問題を斜め上の方法で解決しました。
崩れるのを防ぐのではなく、落ちるのを防いだのです。その結果───
「わぁ、これが無重力状態」
「勝負あったね。なまじ重力に逆らって飛んで移動する生き物だから、飛べない生き物より重力が無い感覚で混乱している。そんなふよふよ浮いている奴らは───」
「術式順転『蒼』」
蓄えられた、築き上げられた黄金郷が滅びていきます。
蜘蛛の巣にかかったように空中に貼り付けられた蜂達は、1匹残らず蒼に落ちていきました。
そして───
「私に従え───『囲い火蜂』」
ぱくん。
最後まで残った最初の蜂は、遂に逃れていた運命に行きつきました。
005
「液体銅を操る術式に、蜂の式神を造る術式。あとは撫子と同じで、呪力性質が蜂毒と鉱毒が混合したもの、結構強い呪霊だね」
「てか最近の傑、強くなり過ぎじゃね。特級呪霊、そいつで6体目っしょ」
「撫子のお陰。せいでもあるけど」
「誠心誠意反省します……何をどう反省するかはわかんないけど」
呪霊の定期掃除に始まり、2体の特級呪霊の捜索、『囲い火蜂』との戦闘を経てすっかり夜になってしまったので今日の所はキャンプする事と相成りました。
まだ、メインの特級呪霊、───名は単純に『大百足』と言うらしいです、が残っているにも拘らず、呑気にキャンプでございます。
「寝込みを襲ってきてもヨユーで勝てるし、大丈夫っしょ」
とは五条君の言。
ちなみに、キャンプの知識なんて誰も無く、テントすら貼れない為、既に準備された状態のキャンプ一式を私が『描きました』
最初からテントが張られていますし、最初から焚き木がパチパチいっています。
風情もなにもあったものではありません。キャンパーの人から呪われるレベルの冒涜な気もします。
「カレー作ろうぜ!カレー!甘口な!」
「食材だけは紙に封じて持ってきたから、用意しちゃうね」
「私は米を炊くとしよう。飯盒炊飯か、懐かしいね」
「みんなが野菜切ってる間、私は一人で米が炊けるのを見張ってたなぁ」
「私もだわ。料理とか面倒臭かったし、他の奴らのすっとろい包丁さばきを見ているとイライラでどうにかなりそうだったから」
「……撫子と硝子で同じ体験なのに、過程が全然違うとはね。おっと、非術師あるあるトークで悟が仲間外れになっている。せめて料理くらいは経験しておいた方が良かったんじゃ無いかい?」
「俺が包丁握ろうもんなら、女中達が包丁で切腹しちまうからしょーがねぇだろ」
鉄板ネタの五条家の闇シリーズで軽く笑いながら、私達は調理に取り掛かりました。
小学生の頃にやった時はただただ面倒なだけの作業でしたが、……あれあれ?
意外と楽しいですね。
きっと、これが『普通の幸せ』という奴なのでしょう。
皮肉な事に、普通を捨てて、異常を突き詰めたようなこの日々の果てに普通の幸せがある、というのはあまりにも罠が過ぎます。
ゲームでしたらまごう事なきクソゲーです。人生はクソゲーとして名高いですが、ここまで捻くれているとは。
006
「そういえば、今回の『囲い火蜂』はどんな味だった?」
「そうだね、蜂蜜と虫の体液がかかった十円玉を口一杯に頬張るような感じかな」
「オッエ〜、出たよ、傑の呪霊食レポ。撫子も食事中にそれ聞くのやめろよ」
「蟹のときはオマエが聞いてただろ、五条」
焚き木を囲みながら、おいしくも不味くもないカレーを食べている時、そろそろ言及しておくべきお話を思い出しました。
夏油君の呪霊ボールのお味です。
これが発覚した経緯は、五月頃、私の素朴な失言が五条君の呪霊ボールつまみ食いを誘発した事に端を発します。
で、つまみ食いしておいた立場で、五条君はその場で即座に謎の逆ギレ。夏油君もこれは知られたくなかった事だったみたいで、珍しく感情的になっていましたね。
そして、入学式以来の大喧嘩に発展して、高専の建造物は半分亡くなりました。
で、肝心のお二人はそんなバトったらケロッと和解。適当ですねぇ。
以降、夏油君の呪霊食レポのコーナーは皆での食事中に開催されることが日常になりました。
ちなみに、美味しく頂こうとする試みは全て失敗に終わりました。
これは味の探求云々の問題ではなく、呪術的な差し引きの問題です。
呪霊操術は、調伏して取り込んだ呪霊を完全に操れる術式です。
加えて取り込める呪霊の量は無制限、取り込んだ呪霊は余程の例外でもなければ完全服従。
これでは、───『バランス』が取れません。
呪術において、こういった差し引きというのは怖い程に厳密です。
相手の呪霊を打ち負かしているという前提を加味しても、これでは利益が術者により過ぎています。
それ故に、『味』というペナルティが課されています。これでも十二分に破格な取引ですが、苦痛は苦痛です。
なので、私達に出来ることは敢えて食べ物を口に入れながら、その話を聞くくらい。意味があるのかどうかは、さっぱり分かりません。正直、半分茶化しですし。
「……確か、『重し蟹』の味は、アスファルト舗装された道路で車に100回轢かれた後、そのまま真夏の炎天下で二日放置したカニカマの味だったね」
「『虹龍』が一番マシで、くどくて食べられなくなったすき焼きを口一杯に頬張るような感じだったっけ」
「最低点はあのゴキブリ『黒沐死』だったな。あらゆるマズいを凝縮させて1秒の間に全てを順番に味わう、だったな。キスした撫子はエビフライの尻尾とかほざいてた分、落差がひでぇ」
「いやいや、撫子はその分ビジュアルで精神ダメージを負っているからね。『黒沐死』」
『───私ハ、鉄ノ味、ガ好キ、ダ』
「ごふっ……」
反撃されました。人を呪わば穴二つですね。
「穴と言えばさ、『囲い火蜂』がいた洞窟って埋めちゃってよかったの?」
「問題無いよ、元より鉱毒汚染が酷かったからね。制圧した所で観光洞にはならないだろう。相変わらず絵を用いた構築術式は便利だね。洞窟を全て埋めずとも入り口を岩肌に書き換えるだけで中まで全部埋まるなんて」
「どっちかというと、イメージが大事かな。岩肌だけイメージして書いたらペラペラの壁が出来るだけになると思う。……でも、流石にあの規模の洞窟を全部埋め立てるのは結構草臥れたよ」
「草臥れる程度で済んでいるのが、今までの構築術式からしたら化け物なんだけどな。執筆縛りと底なし呪力量の噛み合わせが良すぎる」
「というか、そろそろその構築術式で『矢』を作った方がいいんじゃね」
「やだなぁ、夜通しになるよね」
007
テントは一つでした。
五条君の無下限バリアの範囲的にやむなしですし、あまりにも今更で誰も何とも思わないからです。皆さん枯れてますねぇ、私もですけど。
シャワーは『虹龍』と『囲い火鉢』、あと私の執筆により、即席の温泉が出来たので解決。
那須温泉のある地ですので、風情こそありましたが、厳密には温泉ではなくただのお風呂です。露天風呂ではありますので、差し引きは0です。
あと、お風呂シーンはカットです。残念でした。
トイレは……文字通り、業界御用達の云々がありますので元より問題ではありません。あまり気持ちの良いものではありませんが。
ですので、後は恋バナ()しながら眠るだけ───といかないのが悲しいですね。
仕事です。深夜労働でございます。
「『矢』は『囲い火蜂』の式神を紙に封じて、書き換える事で簡単に出来たのは僥倖だったが……」
「おい、撫公!どこ狙ってんだ!」
「すびばせん」
「あれじゃあ、五条か夏油が撃った方がマシじゃね」
今回の業務は弓の練習でございます。当然、全く当たりません。
狙いは頭の上に日の丸扇子を飾っている五条君。
日頃の恨みを込めて、バスバス撃っているのですけども全て明後日の方向に飛んでいきます。決戦は明日だというのに、明後日にあたっては意味がありませんとも。
「……呪力が籠りすぎて、矢自体が暴走してるっつう感じか。体質的に精密射撃は向いてねぇな」
10分ほど試した末に、五条君がそう結論を下しました。
「じゃあやっぱり、射撃役は夏油君か硝子ちゃんに……」
「ムリ、呪力量が足りねぇ。撫子がさっきから適当にバカスカ撃ってる矢一発に硝子の全呪力量よりもちょい多い位が籠ってる」
「私も呪霊の出し入れで、そこそこ呪力使うから乾坤一擲の一撃を狙うには不向きだね」
「というか、そんなに呪力量多いんならさ───もはや態々狙う必要なんてなくね?」
008
大百足
山を7巻半しているとか、足が沢山あることから客足となぞらえて商売繁盛の神様やっていたりとか、前にしか進まない(私にはちょっとよく分かりませんでした、方向変えられますよね?)事から武勇の象徴として崇められることもあるそうです。
あとあと、一番有名な事として山を7巻半していたら、鉢巻を巻いた英雄に敗れたので
「俺は7巻半、奴は
兎に角、またしても神様に喧嘩を売る私達ですが、今回も変にグダグダするのを避ける為、『囲い火蜂』『大百足』の両方を業界には無断で祓います。というか片方はすでにやってしまいました。五条君曰く、腐敗した上層部を通す事で事が良くなる事は無いからだそう。
あくまで、定例の『大討祓戦』中の出来事と言い張りますとも。というか、こちらの方が余程、大きく討ち祓う戦いです。
媚び撫子や黒沐死を用いて、赤城山から人払いを済ませたらいよいよ戦の時間です。
「───闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」
昨日貼っていた感知用の結界の上に、戦闘用の夜の帳を下ろしていきます。
同時に、敵の姿が顕在化しました。
「でっけぇ」
はい、本当に赤城山を7巻半しています。
標高が1800mある山を7巻半です。
……数字を連呼していて気がついたのですが、栃木の呪霊のバランスって絶妙に保たれていましたよね。
大百足(7.5)→蜂の弓矢(8)→九尾の狐(9)
そりゃ、上二つが居なくなったら天下取る為に動き始めますよ。
という訳で、───来ました。
「……凄い量の百足の式神だ、放置したら帳が壊されかねない。こちらは私が相手をしようか。撫子の式神もこっちを手伝ってくれ」
「んじゃ、俺は本体と遊んでくるわ。硝子、『赫』使いてぇからフォローミー」
「そろそろ一人で出来るようになれよ、センスねぇー」
「はい、全式神起動したよ。あとは、トドメまで待てば良いんだよね」
こんなのばっかりなので、役割分担は驚く程スムーズに終わります。
シームレスに戦端が開き、各地でボコボコとガチバトルが勃発しました。
夏油君が特級呪霊6体を用いて、文字通り山のような百足を消し飛ばしていきますし、五条君は『大百足』相手に大立ち回り、『蒼』も『赫』も撃ちまくりです。
「……なる。こりゃ、HPが果てしねぇって感じだ。おまけに競合他社が全滅した事で余り余った栃木の呪力吸い上げてボスの癖にベホマ使ってくるし」
「消耗戦だとこちらが先に干上がる。……撫子を除いてね」
「いっけ〜撫子、"蜂の巣"だ」
良い感じにズタボロになった所で私の出番です。
弓は弓でも、ボウガン。
狙いが絞れないのならば、見えている範囲全て蜂の巣にしてしまえば良いのです。
おバカの私では、機械弓を造る事にそれなり以上に苦戦しましたが、色々な引き寄せる部分の機構に五条君が片っ端から『蒼』を組み込んでくれましたのでギリのギリで私でも理解できるボウガンが完成しましたとも。
それでも、矢を撃ち切るまでは止まらない欠陥品です。五条君の術式の性質上、無限に続いてしまいます。
という訳で私はただ、体をしっかり固定して、『大百足』がいる方向に何となく撃っているだけです。まぁしかし、山を7巻半する程の大きさなので、しっかり蜂の巣になってくれるでしょう。大きさが仇となりましたね。
あとは、出来れば夏油君によるゲットも狙いたい所ですが、こればっかりは運ですね。
───『大百足』が荒れ狂います。
自身の概念的な弱点である
しかも相手はまたしても蛇神っぽい奴、即ち私のことなんですけども、が邪魔を企てたのです。
そりゃ、ムカつきますよね。
せめて私だけは消し飛ばそうと、やけっぱちを起こして突っ込んできました。
こういう動物っぽい呪霊って、やけっぱちをしないと思っていたのですが……八を浴びせすぎたのがよくなかったのでしょうか?
兎に角、このままでは質量差で叩き潰されてジ・エンドです。
この業界に入ってから、何度目か分からない走馬灯が流れていきます。
走馬灯も何回か見ると、見飽きるという新しい発見がありつつ、今回ばっかりは特に死を防ぐ手段が思いつかないなぁ、とのんびりと思っていたら───
───目の前に、大きな
009
「『蜘蛛の恩返し』とはね。確かに、あの蜂を祓った私達に蜘蛛の仇を打とうという意図は微塵もなかったから、物語の筋的にはこういう事も起こりうる、か」
蜘蛛糸に拘束された『大百足』を夏油が呪霊玉に変えながらそう評します。
確かに、助けられてた蜂が那須与一に恩を返したのなら、その被害者である蜘蛛の仇を討った私達に蜘蛛が恩を返す、というのもまた、バランスが取れていますね。
「俺ら十分以上に強い筈なのに、何で撫子だけ毎度毎度ギリギリになるのさ……」
五条君はげっそりとした表情でそう呆れました。
「お前ら屑共みたいに、圧勝出来ない辺りはもう、そういう呪いとしか……」
硝子ちゃんも心無しかどっと疲れています。
「ご心配おかけしました……」
「───本当にな、お前ら」
聞き馴染みはありますが、ここで聞こえる筈の無い声がしました。
「ただの『大討祓戦』、最大でも準一級レベルの呪霊しか居ない任務、正直お前らの戦力なら昨日の午前中には帰還すると踏んでいた。しかし、妙に時間がかかっていた時点で色々気掛かりになってな。こうして足を運んでみれば、この有様だ」
「……」「……」「……」「……」
「何をしでかした、言ってみろ、千石撫子」
えぇ、私ですか。完全に決めつけ極まれりです。
まぁ、いつも通りただの事実なので何の文句も言えませんが。
「───特級呪霊『囲い火蜂』『大百足』を祓いました!」
「ふむ、制裁」
「ひぎっ!」
「見つけたら一旦引いて報告を入れろ、と何度言ったら分かる!というかお前の運はどうなっているのだ!今年度に入ってから撫子が遭遇した特級呪霊は8体目だぞ、8体目。月間2体ペースだ、命が何個あっても足りん!こちらも肝が冷えすぎて頭がおかしくなりそうだ」
「悟、傑!お前らが居ながら何で毎回撫子は死にかけるのだ……」
「……雑魚の護衛より100倍は簡単な筈なんだけどな」
「……撫子のハードラックのおこぼれで、手持ちの呪霊は冗談みたいに豪華になっているのに、私自身の不甲斐なさを呪うよ」
「硝子!貴様ぐらい理性を発揮して、このアホ共を止めてくれよ」
「私が止まれって言って止まる奴らなら、友達やってませんよ」
こうして千石
千の部分が採用されない辺りに、世の理不尽を感じます。