呪物語   作:マクガフィン

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すぐるシザーズ

 

 

 001

 

 

「愛知県名古屋市の平和公園墓地の辺りで、呪いが発生した。被害者の状況や出回っている噂を見る限り、これは一級仮想怨霊『口裂け女』である可能性が高い。有名な呪いであるが故に対策は確立されているが、有名な呪いであるが故に呪力量が中々多い。この任務には、夏油傑・千石撫子の2名が協力してあたる事となった。心して掛かれ、以上だ」

 

 高専でのなんちゃって引き篭もり生活に、どちらかと言えば山籠り生活に、少し馴染んできたところに、初めての専門家としてのお仕事の依頼がやってきました。

 

 『口裂け女』です。結構なビッグネームです。

 

 マスクをつけた長身の女の人か、夜道で「ワタシ、キレイ?」と問いかけてきて何と答えようがマスクを外して、そこには真っ赤に裂けた口が───的な有名な怪談です。

 

 ええ、鉄板過ぎて怪談を語る時に話すと失笑されてしまうレベルです。

 

「初めての任務だね、撫子」

 

「あはは、今日はお日柄良く……いえ、何でもありません。よろしくお願いします、夏油さん」

 

 盛大にミスコミュニケーションをしてしまいました。

 

 コミュニケーションと言えば、期せずして始まった寮生活での不登校生活の方も、それなりに同級生と上手くやれていたりします。

 

 意外と皆さん、漫画を読まれ、ゲームをプレイしているみたいなので何とか話が合いました。

 

 てっきり呪術師(首都では、専門家の事をこう呼ぶらしいです)は、ずっと呪い呪われしていると思ったのですが、そうでも無いみたいです。

 

 言われてみれば洗人雨露子さんも、リゾートホテルに泊まって、せっせとブログを書いていましたね(Instagram?なんの事でしょう。今は2005年なのです)

 

 怪異ですら、楽しい事は同じなのですから、呪術師だけ別の生き物という事がある筈がありませんでした。

 

 いや、五条君曰く、実際に価値観が平安時代に取り残されている方々もいらっしゃるみたいなのですが、少なくとも同学年にはそのような方はいらっしゃいませんでした。

 

 という訳ですので、道中の新幹線は漫画談義です。……普通は車での送迎が基本らしいのですが、今はどなたも手が空いていないとのことらしいです。

 

「───だから、田楽マンにとっての友達は、周囲を見返して自分を愛する、自分を取り戻す為の道具でしかないんだ。それが見え透いているから、ボーボボ達は田楽マンを適当にあしらい続け、田楽マンの孤独は解決することは無いの」

 

「成る程、田楽マンには、そんなパーソナリティが。友達が欲しい人間が、実は『友達が沢山いて人気者の自分』が欲しいだけだった、そんな哀愁を感じるよ。……名古屋に着いたみたいだ。ボーボボはギャグ漫画じゃない、って言う撫子の話は目から鱗だったよ。帰りもまた、ボーボボの話を聞かせてくれよ」

 

「帰りの話をする辺りに物凄い死亡フラグを感じるよ……、でも、あれ?ボーボボという単語を挟むだけでその辺りが馬鹿馬鹿しいくらいに薄れていくから、やっぱりボーボボはギャグ漫画かもね」

 

 

 002

 

 

 というわけでやって来ました。名古屋。

 

 名古屋って何があるのでしょう。

 

 大阪、と聞くと瞬時に粉物に関西弁、グリコポーズと強烈なイメージが出て来ますし、京都は聞くだけで雅なイメージが湧いて来ます。

 

 東京は言うに及ばずですし、札幌にも、広島にも、仙台にもそれなりのイメージがあります。

 

 ですが名古屋は謎です。鯱鉾が乗っかっているお城位しか分かりません。

 

 朧げな地理の記憶を辿ってみると、県庁所在地を覚える部分で、おつむが残念な私でも、愛知県の名古屋を忘れる事はありませんでした。

 

 そう、イメージ自体は強いんです。

 

 でもその中身が何かと問われると永遠に首を捻る事になってしまいます。

 

「地理じゃなくて、歴史という観点から見ると、日本の偉人では最も有名な3英傑を排出しているから、多分そのイメージが強いんじゃないかな」

 

「成る程、歴史……少し、嫌な事を思い出しちゃいました」

 

「というと」

 

「三大美人と三大ブスのお話」

 

 私は声のボリュームを下げました。

 

「三大美人が秋田美人・京美人・博多美人、三大ブスが仙台・水戸……名古屋」

 

 夏油さんも声のボリュームが下がりました。

 

 「大した話でも無いんだけどね」

 

 ───そう切って私は夏油さんに話し始めました。

 

 

 これは私が小学生の時の修学旅行、バスの中でのお話です

 

 行き先は、古都・京都

 

 退屈な移動中のバスの中のお話です

 

 添乗員さんが明るい口調であるお話をしました

 

 きっと数ある持ちネタの一つだったのでしょう

 

 そう、三大美人と三大ブスのお話です

 

 勿論、メインは行き先の京都に綺麗な人が多いという旨の話でした。

 

 ですが、生徒からこんな質問が出ました。

 

 『なんで?』と

 

 添乗員さんは最も面白い答えを持ち合わせていました。

 

 『それは歴史上の偉い人が京都に来る時に、美人を連れて来たからだ』と

 

 みんな笑いました。確かに、ここまでなら面白い答えでした。

 

 ですが、その後、蛇足を挟んでしまったのです。

 

 『逆に、名古屋ブスは織田信長・豊臣秀吉・徳川家康が美人をみーんな連れて京都・大阪・江戸に行ってしまったから不細工の遺伝子しか残らなかったからだ、と』

 

 男の子は、みんな笑っていました。

 

 女の子も、何人かは笑っていたと思います。

 

 でも、一部で、妙な空気になっていました。

 

「成る程、名古屋からの転校生が居たんだね、それも容姿にあまり優れない女の子が」

 

「うん、気まずいなんていうレベルじゃなかったよ。でも普通じゃ無かったのは、私の友達がこの後怒り狂ってその添乗員さんをぶっ飛ばしちゃった事なんだけど」

 

 月火ちゃんは今も昔も変わりません。しまいには笑った奴も同罪だ、なんていって楽しい修学旅行がかなり厳しめの学級裁判に変わっちゃった事は中々に強烈な思い出です。

 

「それはご愁傷様だね。私もどっちかと言えばそういうブラックジョークは笑ってしまうタイプだから、想像しただけでかなり締め上げられるような気持ちになるよ」

 

 夏油さんは、礼儀正しいように思えて、中身は五条君と同レベルの所がありますからさもありなんです。

 

 因みに当時の私の内心はもっと酷いものでしたから、人のことを責められない自分がいます。

 

 私は『納得』してしまったんです。あぁ、だから彼女は容姿が醜いんだ、って。

 

 声にも、表情にも出して居ませんが、誰よりも無邪気で邪悪だったと今になって思います。

 

「美醜と言えば、今回祓わないといけない呪霊も、それを拗らせたような存在だったね」

 

「『口裂け女』、確か……整形手術に失敗した女の霊、顔に強烈なコンプレックスがある人、はたまたその両方、色々聞いた事はあるよ。対処法は容姿を決して悪く言わないこと、『ポマード』と3回唱えること、ベッコウ飴を渡すこと、とかだったかな」

 

 そう、何せうちの中学では詐欺師の『おまじない』が飛ぶように売れるくらいオカルトが流行っていたのですから、これくらいは基礎教養なのです。

 

「詳しいね、撫子。……被害者は数人。いずれも『口裂け女』の問いに何らかの回答をしたあとに全身を刃物でズタズタに切り裂かれたようだ。被害者に共通の人間関係のようなものは見られず、恐らく無差別に襲っていると推測される」

 

「それは、……皆さん亡くなっちゃってる感じなのかな」

 

「ああ、全員変死体として翌朝に警察に発見されているといった具合だ」

 

 何気に死者が出ている事件の対処は、初めてです。

 

 私が蛇神になって、堂々と『ぶっ殺すんだ!』と宣言したあの事件でさえ、死人は一人も居ません。

 

 いえ、先日の洗人に関する事件では、貝木さんが成層圏から地上にダイブしてお亡くなりになっているらしいのですが、何となく死んでいる気がしません。

 

 絶対に騙されています。

 

 ……閑話休題、そんな私に初めてのしかかる、命の喪失です。

 

 善良な一般市民が、無差別に襲われて亡くなっているのです。

 

 正直、相手に殺意があること自体は慣れっこです。

 

 私はかつて確かな殺意を持って阿良々木暦……さんをぶっ殺そうとしましたし、当時の私を具現化した神撫子にぶっ殺そうと殺意を向けられました。

 

 ただ、殺意と殺人は違います。

 

 未遂であれば、説得→改心→贖罪→更生と色々な余地があります。後があります。失ったものも取り返しがつき、人生は終わりません。

 

 しかし、殺ってしまったら、何をしてももう取り返しがつきません。

 誰からも説得もされませんし、改心したところで意味がありません、改めてみても自分が殺してしまった事実は改まらないからです。

 無論、罪も償いきれません。償っても死んだ人は帰ってこないからです。

 永遠に憎まれ続けます。

 更に生きることも出来ないのです。

 

 未遂と実行の差というのは、こうも重くのしかかるのです。

 

 改めて、私は運が良く、恵まれていたのです。

 

 更に生きる機会が与えられていたからです。

 

 であれば、この機会を精一杯生かさない手は無いでしょう。

 

 

 003

 

 

「この地域が、該当呪霊の被害地域だ。何か感じるかい、撫子」

 

「私、あんまり怪異だとかが直接見えるタイプじゃ無いんだ。感じと言えば、嫌な感じがするくらいで」

 

「確かに、呪霊の残穢は僅かながらに感じるよ」

 

 フィールドワークです。

 

 てっきり、いきなりバトル漫画的、ジャンプ漫画的な全編バトルになると思っていたので、私的には少し安心しました。

 

 幾ら都会の怪異と言えど、そういう段取りは、田舎の怪異と同じなんですね。

 

「撫子、それはデッサンかい?」

 

「うん、私なりの、怪異に対するアプローチだよ」

 

 そう、やる事は変わりません。私に出来る事は、取り敢えずはこういう地道な作業だからです。

 

「紙の中はフィクションだから、非現実的な怪異は、紙の中に書き込まれたりするんだ。心霊写真ならぬ、心霊絵画だね」

 

 あっ、それだと呪いの絵とネタ被りしてしまいます。ホラー界隈も世知辛いものです。呪いの電話、呪いのビデオテープと、やっとこさ電子機器対応になったのに廃れてCD・メールへと移ろっていきますし、その度に怪異側も新しい機器に対応していると考えると何だか間抜けな構図です。

 

 私が思うに、貞子さんなんかの大御所怪異は電子機器に強いし、流行りに敏感なのでしょう。

 

「夏油さん、これ……」

 

「俗に言うキスマーク、のように見えるね」

 

 異変はすぐに現れました。描いた覚えのないキスマークが私のスケッチブックにつけられていたのです。

 

「念の為聞いておくけど、撫子がつけた訳じゃないんだよね」

 

「そんな訳ないよ、黒鉛もイカ墨パスタも食べてないよ。今日のお昼ご飯は駅弁だったよ」

 

 そんなボケツッコミも束の間、ヌルッと、いやネチョっとした複数の顔をアイスクリームに貼り付けたようなピンク色の不定形の怪異が夏油さんの調べた壁から、絵の中でキスマークが付いていた壁から現れました。

 

 これが口裂け女?新解釈過ぎます。

 

 或いは、ビジュアル化に失敗し過ぎています。

 

 もう少し、『らしさ』を心の何処かで期待していた私がいた事にも驚きましたが、これは流石に落胆を禁じ得ません。

 

『ねぇ、チューしよぉ、チューしようよぉ』

 

 セリフまで、再現度0です。最悪です。全国の口裂け女へ向けられた恐怖を返して欲しいくらいです。

 

 それに、『キス』を『ショット』する怪異であることにも些か腹が立ちます。何だか知り合いを馬鹿にされているみたいで。尤も、これは完全に私怨ですが。

 

「残念、ハズれみたいだね。どうやら、お溢れの呪力を集りにきた2、3級の呪霊だ。ささっと、取り込んでおくよ」

 

 夏油さんは、スルッと踏み込み、一、二発、バトル漫画的なパンチをお見舞いすると、該当のキス魔怪異は、小さな球のようなものに変えられて、夏油さんに食べられてしまいました。食べる勇気のある夏油さんにびっくりです。キス魔の怪異なんて、口に入れたら何だか呪われてしまいそうです。

 

「呪霊操術、知ってると思うけど、こんな感じで倒した呪霊を取り込んで使役する術式だ。撫子に実際に見せるのは初めてだったかな」

 

「ううん、入学式の日に一応見てるよ。烏賊(イカ)百足(ムカデ)をけしかけていたから、烏賊百足使いのニッチな専門家だと思っていたのは内緒だよ」

 

「いや、言っちゃってるよ、撫子。……低級の呪霊は動物の形をしているものが多くてね、その中でも、烏賊と百足は使い勝手が良い上、替えがきく」

 

 そう言って黒い靄と共に色々な呪霊を出してくれました。

 

 蝿、蛞蝓、蜂、蝙蝠、蛾、蜘蛛、鼠、蜚蠊、そして蛇。

 

 確かに、嫌われているような、それが廻って呪われているような生き物ばかりです。でも、それじゃあ説明の出来ない部分もあります。

 

「確かに百足は分かるよ。虫って嫌いな人が多いもん。でも、烏賊ってそこまで嫌われているかな、お寿司のネタだよ。替えがきくほど呪われた生き物じゃ無いと思うんだ」

 

「それは人間の負の感情、とりわけ憂鬱のイメージが、暗い水中に近いからなんだ。気怠さや動きにくさ、その暗く鈍く重いイメージはこういう烏賊だか蛸だか分からない水生生物の呪いを生み出す。個別の対象への負の感情じゃなくて、漠然とした『生への憂鬱』は現代には溢れかえっているのさ」

 

「確かに、マイナスな感情といえばパッと思いつくのは『怒り』だけど、怒りって長続きしないもんね。でも、『憂鬱』ってずっと『憂鬱』なんだもん」

 

 であれば、夏油さんが使い捨てるのに困らない程、都会に憂鬱が溢れているのはとても納得の行く事です。

 朝の満員電車の中なんて、取り放題じゃないですか。

 

 でも、私だったら、そんな『憂鬱』ばかり取り込むことが『憂鬱』になってしまいそうです。

 

 

 004

 

 

 えびふりゃーです!

 

 私でも知っています。名古屋名物です。

 

 フィールドワーク終わりの夕食の時間です。

 

「実はエビフライは三重名物で、TV番組か何かで名古屋の名物と宣伝されたイメージを名古屋の人がそのまま使っただけなんだ」

 

「私はまた一つ、名古屋が分からなくなったよ。分からないと言えば、結局『口裂け女』の居場所も分からず仕舞いだっね」

 

「残穢は見つけられたし、殺人現場に集まってきた呪霊はだいたい祓うことは出来た。大方、深夜、即ち彼女ら怪異のホームグラウンドでやり合う以外無いんじゃないだろうか」

 

「殆ど、害虫駆除みたいな感じだったね。私は弱い野生の呪霊が見えないからほぼ役立たずだったけど」

 

「等級にしたら、三級くらいから見えるようになるくらいの感知能力なんだろう。高専に戻ったら、呪霊が見えるようになる呪具を検討してみたらどうだい」

 

「それって、目が痛かったりします?」

 

「いや、『眼鏡』さ。つけると呪いが見えるようになる眼鏡。目を付け替えるより余程解決方法として合理的だ。でも、弱点もある。というか、弱点になる」

 

「眼鏡キャラが眼鏡壊されたら、おしまいってことだよね」

 

「そう、眼鏡キャラになる対価は重たいんだ。眼鏡に魂を、命を託す事になるからね。戦闘中に相手に壊されたら、それだけでほぼ自分も壊されることが確定する」

 

 数多の漫画でされてきた、眼鏡キャラ眼鏡本体イジリは間違いじゃなかったのですね。

 

 因みに夏油さんは、呪術高専に入学するためのご両親の説得に眼鏡呪具が使用されたらしいです。私は例によって、両親に許可はおろか、伝えてすらいません。家出した一人娘が表向きは胡散臭い宗教系の高専に入るとしれば、多分取り返しのつかないことになります。関係修復はまだまだ難しいようです。

 

「話が逸れたね、やはり『口裂け女』を見つける為には、実際にあちらから襲われてみるしかないと考えている」

 

「でも、問題点がある。単純に、襲われた人間に生存者が居ないことだろう」

 

「即ち、必中必殺であることだろう」

 

「となると、相手には『領域』があるかもしれないと考えるのが自然だ」

 

「領域は、付与された術式効果を必中にする呪術の極致」

 

「入った人は、踏み込んだ人は必ず当たるんだ」

 

「やられる前にやるだとか、そんな勝負にもならない」

 

「攻撃が当たった状態で、戦いが始まるからね」

 

 成る程、必ず当たる攻撃ですか。

 厄介ですね、中々の難敵です。

 漫画やゲームで言うなら、初見殺しのボスでしょう。

 

 私を、私たちを漫画の主人公として、私がこの漫画の作者ならどのようにしてこの局面を突破させるでしょうか。

 

 まず思いついたのは、味方の一人が必殺で必殺されてしまって、その人の最期のダイイングメッセージで、必中必殺の攻略ヒントが示される展開です。

 

 と、なると、ここは多分脇役で、やられた時にいい感じに顔だけで推していた読者がショックを受けそうな千石撫子がやられてしまうのが……。

 

「……って、なんてことを考えてるんだぁ!私!」

 

「ど、どうしたんだい、撫子」

 

「な、なんでもないよ、一人ノリツッコミだよ。それよりも被害者、被害者の死体の状況を教えて、夏油さん」

 

「さっき言った通りだ。切れ味のいい刃物で全身をズタズタに切られて、出血死だ」

 

「その刃物って、どういう刃物かわかる?」

 

「傷が裏表でついていることから、大きな鋏のようなものに挟まれた言われていたね」

 

 卓上の海老から、カチカチという鋏の音が、聞こえたような気がしました

 

 

 005

 

 

『ワタシ、キレイ?』

 

 それは夜道に、背後に、突然現れました。

 

 コート姿の長身の女怪人です。

 

 顔が窺えない、女怪人です。

 

 窺えない顔の口は、きっと大きく裂けているのでしょう。

 

 『口裂け女』です。

 

 しかし、予定通りなのはここまででした。

 

「っぅ……!」

 

 体が、動きません。

 

 読み違えました。

 

 必中だったのは、必ず当たったのは、金縛りだったのです。

 

 これでは何の意味もありません。おまけに動けないので夏油さんに助けを求めることも、式神を起動させることも出来ません。

 

 このまま切り刻まれておしまいです。

 

『ワタシ、キレイ?』

 

 しかし、繰り返されたのは質問でした。

 

 どうしましょう、ポマードと三回唱えましょうか。

 残念ながら、べっこう飴は持っていません。

 

 ……いえ、この局面でしたら、私の堅い『意志』を示すべきでしょう。

 

「綺麗かどうかって、そんな大事なことかな。綺麗じゃない、可愛くない女の子は呪われなきゃいけない程、罪深いものなのかな」

 

 質問に、質問で返しました。テストだったら0点です。

 

 案の定、怪人の、口裂け女の空気が変わりました。

 

 空間にキリキリと、音が響いていきます。

 

 大きな糸切り鋏のようなものが、私に当たった状態で現れて、紙で肌を切ったような痛みが、私の全身の至る所で感じられます。

 

 ですが、動きません。体の全てをロックします。助けを求めることも、式神を起動させることもありません。

 

 動かざるごと岩の如しです。どっしりと構えます。

 

「可愛くなくなったら、綺麗じゃなくなったら、それで全ておしまいなのかな。私は、……私はそんなこと無いと思うよ」 

 

 しっかりと、私の『意志』を伝え続けます。本当の『意思』を嘘偽りなく。

 

 からんからんと、音がしました。鋏の何本かが私の身体を切れずに地面に落ちた音です。

 

「確かに、私は貴方のことを何も知らない。知れなかった。知ることを怠った。綺麗さに執着する理由や人を殺しちゃうほど呪うようになった理由も」

 

 鋏の数が増えます。意思が揺らいで、肌が切れていきます。

 

「的外れで、傲慢なことかもしれない。でも、やりたくてやっている訳じゃない事だけは、私にも分かるよ」

 

「私も、容姿に呪われていたの。生まれつきの容姿に縛られて、でも肝心の人だけ、本当に振り向いて欲しかった人だけ、振り向いてくれなくて、そのことを呪ったこともあって」

 

 拙く、言葉を繋いでいきます。決して、断ち切れないように。

 

「でも、それだけが、そんなことだけが全てじゃないって言ってくれた人がいたんだ。だから私も───!」

 

 それは、大きな鉄の塊でした。身体に纏わり切っているものとは比にならない程の大きさの糸切り鋏でした。

 

 どうやら、なにか逆鱗に触れてしまったようです。地雷を踏んでしまったようです。

 

 貝木さんみたいに、上手くはいきませんね。

 

 さしもの岩も、自分より遥かに重い鉄の塊に潰されたら負けてしまうでしょう。

 

 

 

「───呪霊操術。私に従え!」

 

 

 

 006

 

 

「『千石』だから、鋏には千回勝てる、だななんて。全く、そんなふざけた言葉遊びだけで武装して、必中の領域に自ら踏み込むなんて、撫子は蛮勇にも程がある」

 

 はい、今回の種明かしです。

 

 なんのことはありません。有名な3すくみ。蛙・蛇・蛞蝓以上に有名な三つの相性補完を利用しただけです。

 

 そう、じゃんけんです。英語で『ロック・ペーパー・シザーズ』です。

 岩・紙・鋏の三すくみです。

 

 きっかけは、なんてことはありません。

 

 凶器が鋏だから、紙面上の存在の私の式神は相性が悪いなぁ、と思った事です。

 

 紙と鋏の相性が最悪な事で悩んだら、その逆、相性の良いものを探そうとするのは人間の性です。

 

 夏油さんに色々、石っぽい呪霊を見せてもらっていたのですが、いまいち口裂け女側が狙ってくれるビジョンが、画が浮かびませんでした。

 

 うんうんと、頭を捻っていると、思い出したのは入学式の日の『石の専門家』の件。

 

"あるじゃないですか、千個の石が!"

 

 灯台下暗しとは、この事です。

 

 他ならぬ私の家名に、千個の石が備わっていたのです。

 

 これが『石川』さんでも、『石崎』さんでも良かったのかも知れませんが、殊更に『千石』は相性抜群です。

 

 だって単純に千個もあるんですよ、石が。

 

 数は正義です。

 

「いや、千石っていうのは、農地の量を、土地の石高を表す苗字だ。どちらかというと農業関連の苗字だ。比較対象は『山田』だとか『多田』だとかになるんだ」

 

「加えて、必中効果も鋏じゃなくて、金縛りだったんだろう。今だから、質問に答えるまで双方不可侵にするものだって分かっているが、当時の撫子は知る由も無かった筈だ」

 

「……凶器が鋏だ、っていう事には変わりはない筈だから、ここは意地を、いや『意思』を貫くしかないかなって。今更、あたふた方針を変えようとしても私の頭じゃ無駄かなぁ、って」

 

「成る程、撫子は『石頭』と。確かに、そこまで色々頑ななら鋏も通らないというものだ」

 

 そしてその後は簡単です。

 

 曰く、領域って物凄く呪力を消費するらしいのです。

 なので、私が鋏攻撃に耐え切った事で呪力を使い果たした『口裂け女』は夏油さんが取り込めるレベルまで出力が落ちていました。

 

 加えて、私が何らかの地雷を踏んだことで相手は『キレて』しまいました。

 

 でも、石頭の撫子は鋏じゃ切れないので、自身の領域ごとブチ切ろうと、ブチ切れたのが最後の大技です。

 

 そこで領域が切れたので、夏油さんが干渉可能になった。そんな顛末なのでした。

 

「でも、なんで『口裂け女』は最後にブチ切れたのかな」

 

「そりゃ、容姿への拗らせ、即ちモテるモテないの悩みの象徴のような怪異に『容姿なんて関係ない!』と容姿端麗な撫子がお説教をかまし」

 

「そのオチが、『そんな私にも、理解ある彼君がいます』だなんて」

 

「それこそ、───口が裂けても言えないよ」

 

 

 

 

 007

 

 

「───という訳だ。なでっこ。今回は、完全にこっちの不手際だ」

 

 臥煙さんから、不手際、なんていう言葉を聞く日が来るなんて思いもしませんでした。

 

 そう、ここからは後日談。包帯ぐるぐる巻きのマミー撫子状態で高専に帰ってからのお話です。

 

「四級術師なりたてほやほやのなでっこが、特級に繰り上がっていた相性最悪の仮想怨霊に当てられるなんて。知ってはいたが、上層部の腐敗を甘く見ていた。可能性は考慮して、五条悟や余接のどちらかが相方になるように手を打ったのだけれども、悉く緊急性の高い案件の突発的発生で阻止されている」

 

 どうやら今回の名古屋旅行は、私達の死地を名古屋にする為の任務だったようです。いきなりの殺意です。言われてみれば、任務を知らせてきたのも担任の夜蛾先生ではありませんでしたし、知らされたのも当日の朝、いきなりです。私達が初任務であるので、この性急過ぎる形式を疑うということが出来ませんでした。

 

「そう、私と同じくらいの全知具合、或いはそれ以上の知識とコネクションを持つ存在が動き始めているんだ」

 

「私が知る限り、頭に呪いを持つ私以上となると、それはもう、"頭しか無い存在"に他ならない」

 

 頭しかない、1頭身っていうことでしょうか。何だかゆるキャラのようです。

 

「目的は、……興味本位、或いは面白半分といった所かな」

 

「間違いなく、今回のなでっこの仕事ふりは完璧だ。いや、完璧以上だ。特級仮想怨霊を呪霊操術の支配下に置くことに成功したからね。しかし、理不尽にも、完璧以上だからこそ、より強くソレの目を引いてしまった可能性が高い」

 

「尤も、……今は彼女だったかな、ソレに口はあっても、目は無いんだが」

 

「とにかく、こっちも『全知』の名にかけて、万全の対策を期そう」

 

「その為に、僕がいる。こうしてついて離れなければ、万全だ」

 

 斧乃木ちゃんです。高専にすっ飛んできたかと思えば、私からべったりと離れなくなってしまいました。

 愛を感じます。重い愛です。

 

「その包帯が全部解けるまでは、僕は撫公の側を離れないぞ」

 

「割とすぐ治るらしいよ、現に利き腕の傷だけは硝子ちゃんに治してもらったし。反転術式?っていうんだっけ」

 

 今日の経験をすぐに創作にぶつけられないなら、漫画家になんてなれっこありません。

 

「……そうか、撫公に傷がある限り、僕は君の側に居られるんだね。痛いのは一瞬だよ。アンリミ───」

 

「ヤンデレキャラは今日日受けないよ、斧乃木ちゃん」

 

 ヤンデレキャラ化で人気が逝った私が言うんだから、間違いありません。

 

 

 

 

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