呪物語   作:マクガフィン

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しょうこロック

 

 

 001

 

 

 家入硝子ちゃんは、新しい友達です。

 

 新しい、にも色々ありますが、まず単純に『最新の』という字面のままの事は間違いありません。

 

 学校という、普通の道と袂を分ってしまった私は、もう同年代の友人を作る事は不可能と覚悟していたのですが、人生とは分からないものです。

 

 そして、目新しさ、という意味でも硝子ちゃんは私の人間関係の中ではかなり特徴的、或いは特異的な存在なのです。

 

 まず前提として、千石撫子という人間は色々あった今でも、能動的か受動的かの二択で言えば、間違いなく受動的な人間であることは覆しようのない事実です。

 

 故に、私の人間関係は、基本的に自ら千石撫子に踏み込んでくる能動的な要素を兼ね備えた人物しかいないのです。

 

 月火ちゃんしかり、阿良々木暦さんしかり、斧乃木ちゃんしかり、……貝木さんだって他者からの依頼という形であちらから目的を持って近づいてきています。

 

 私は、能動的な人の受け手として、大凡の人間関係を構築しています。

 

 故に、同じ受け手気質の、所謂どちらかというと大人しい人物とお近づきになることは極めて少なかったと思います。

 

 これはよく皆さん勘違いしていますが、活発な人が、活発な人同士で絡むように、大人しい人が大人しい人同士で自然に絡むという事は殆ど無いのです。

 

 理由は至極単純。大人しい人同士だと、基本的に何も起こらないからです。

 

 だから、私は、私のようなスタンスの、所謂受動的な人とお話した事はありませんでした。私自身とは4人程お話したのですけれど。

 

 ですが、一つ屋根の下、極めて少人数の閉鎖的な環境によりこういう珍しい機会、ある意味での同業他社の方と親しくなるという機会が現れたのです。

 

 そんな私が、彼女と接して思ったことは、ある種当たり前のことなんですけど、全然違うなぁ、という所感なのでした。

 

 最終的に『大人しい人』という結果が出力されるだけで、私とはその過程や始まりまでもが全然、全く違ったのです。

 

 まず、硝子ちゃんはある程度、生きていく為の能力が一人で完結しています。

 

 とても賢い人なのです。

 

 人体に、その神秘に興味があって、その為にお医者さん(物凄く賢い!)になる道筋を建てて、自身に生来備わった反転術式という異能も、普通に最初から進路に組み入れて、自分自身が最も望む進路を組み立てていました。

 

 だから、人に頼る、ということがあまり必要ではないのです。

 

 それ故の、中立。生きることを誰かに支えてもらう必要が無いからこその独立性です。

 

 いつかも思いましたが、このあり方は前髪娘時代の、即ちおと撫子の私が理想としたあり方です。

 

 ですが、こういうあり方、孤高というあり方は、往々にして創作物に於いて、即ち私が生業とする物語において否定される考え方でもあります。

 

『人は一人じゃ生きていけない』

 

『みんなで力を合わせて』

 

『足りないものを補いあって』

 

 そんな正論は、綺麗事は、本当に一人で十分な、充分であってしまった人には、どう映るのでしょうか。

 

 

 

 002

 

 

「お前達、任務だ。非術師の間でもニュースになっているから知っていると思うが、特級呪物『殺生石』が壊れた。ことが起こったのは昨晩、事態を把握して向かった先遣隊は既に全滅が確認された。それ以外には、何一つ情報が無い」

 

「殺生石っつうとあれか、九尾か。で、封印が解けて先遣隊が尾獣玉で吹っ飛ばされたから、傑を人柱力にする為に俺らがバトルってことか」

 

 五条君がジャンプ開きながらそうぼやきました。開かれているのは『NARUTO』。

 そう、今日は月曜日の朝です。

 

「そう単純な話じゃない、話は最後まで聞け。問題なのは、この呪物が故意に壊された可能性があるということだ」

 

「なるほど、九尾を狙った『暁』のような組織が背後にいる可能性があると」

 

「だからなんで二人とも『NARUTO』用語なの……」

 

 夏油さんが五条君のジャンプを覗き込みながらそうぼやきました。肝心の漫画家志望の私は、どちらかというと80年代の漫画が好きなので最新の漫画はあまり追っていません。『NARUTO』だって精々、単行本は全巻持っているくらいです。……嘘です、めちゃくちゃしっかり追っています。流行りを追っています。

 

「いや、意外と馬鹿どものバカな言もバカにならないよ、撫子。呪霊っていうのは結局、今を生きている人たちのイメージだからね。現代に再誕した九尾の呪霊が、漫画による強烈なビジュアル化に引っ張られる可能性は0じゃない」

 

「そうなんだ、じゃあ九尾の狐が可愛くゆるキャラだとかにされていれば、とっても弱くなるとかもあるかな、硝子ちゃん」

 

「お前ら、話を真面目に聞け。任務先は栃木県の那須高原。事前情報や現地での支援はそれ以外に一切無い。この任務には、武力要員で五条悟、夏油傑、負傷者救護に家入硝子、探索要員に千石撫子、以下四人の引率としてこの私、夜蛾正道によってあたることとなった」

 

「おっ、全員出動じゃん。夜蛾センも来るならまんま遠足だな。センセー、バナナはおやつに入りますかぁ〜?」

 

「あまりふざけるなよ、悟。兎に角、本件は事件の最初から最後まで全て請け負う事になった。長丁場になるだろう、各自、おやつと言わず、後悔の無い万全の用意を揃えるように」

 

 夜蛾先生はそう話を締めて、ついでに五条君を締め上げました。

 

 

 

 003

 

 

 那須高原です。

 

 避暑地に、温泉、遊園地に、サファリパークと何でもござれな素敵な場所です。

 

 しかしらがら、私達はおちおち遊んでもいられません。

 

 そんな素敵な観光地の内の一つ、殺生石が大変な事になっているのですから。

 

 しかし、そもそも殺生石とはなんなのでしょう。

 

 名前は素人の私が危険なモノだと聞いただけで分かるくらい、「殺」という文字で非常に察せ易くて結構なのですが、ただ危険である、という情報だけでは怪異は祓えません。

 

「殺生石というのは、簡単に言えば亡骸なんだ。九尾の狐のね」

 

「言わずと知れた、有名な怪異、九尾の狐」

 

「その恐れから生まれる呪霊自体はごまんといたが、真作/ホンモノは一つしかない」

 

「呪術全盛、平安の世。絶世の美女に化け、鳥羽上皇を誑かし、その寵愛を欲しいがままにしたが、陰陽師・安倍泰成に正体を見破られ、最終的には関東で討たれた大妖狐」

 

「特級呪霊・玉藻前」

 

「死後1000年たった今もなお、その呪いの残滓を消し去る事は出来ていなかったんだ」

 

 そんなこんなで、任務詳細の書類と睨めっこしていた私に夏油さんがアブストラクトを教えてくれました。

 とっても分かり易いあらすじです。

 

「うん、何だか凄い怪異の遺体で、とっても良くないモノである事はわかったよ。でも、なんでそんな危険なモノがパンフレットに堂々と載るような観光スポットになっていたの」

 

「そりゃ、あれだろ。虫除けスプレーになるからだよ。あの石ころ一個あるだけで栃木に呪霊がポップしにくくなるし、ザコ呪霊はびびって寄ってこねえ」

 

「今、五条が言ったのは強い呪物による呪い避け、割とポピュラーな呪術だね。まぁ原理は虫除け、というよりはカカシ。そこに強い呪いがいるぞ〜っていう脅しを周囲にぶちまけて、知能の低い呪いを遠ざけるんだ」

 

 硝子ちゃんがぶっきらぼう過ぎる五条君の説明にそう補足してくれました。

 

「しかし、素人がやって逆効果になるケースもあるのだ、撫子。変に呪物を買ってきて、呪い避けとして祀ったは良いものの、儀式が正しくないせいでかえって呪いを呼び寄せてしまう。そんな被害が全国的に多発している。田舎の学校だとかがやりがちなのだが、規模が大きくなってくると街単位、というのもある。千石が元々住んでいた街も、その被害が起こっていた一例だ」

 

 夜蛾先生がそう総括しました。成る程、呪い避けですか。そう意味では、殺生石はかつての私と同類といえます。神として祀られて、街の安定のための、見守る以外なにも出来ない、文字通りのカカシになりそうだった私の。

 

「そうそう、虫除けスプレーかけているつもりが、全身にシロップぶっかけて食べてください!ってやってるアホなパンピーたくさんいるんよね」

 

「わかってんじゃん、高専の術師。だから俺らの商売の邪魔すんなや」

 

 自然に会話に入ってきた知らない声でした。

 

 目の前に、見るからに悪役、それもどちらかというとやられ役、という方々が道を塞いできたのです。

 

「悟、傑」

 

「わーってるよ、先生。……全員術式無し、何人か呪具持ちはいるけど四級以下のおもちゃのちゃちゃちゃ」

 

「身なりから察するに、火事場泥棒の類だね。映画だったら真っ先に怪異にやられるタイプの。文化資本に乏し過ぎると、その行為が小悪党であることすら分からないとは。哀れだ」

 

「てめぇら、あまり大人を舐めるなよ、オマエら、やっちまえ!」

 

 そんな冗談みたいなセリフを吐いてかかってきましたが、残念ながら世界観のジャンルが違いました。

 

 鉄パイプにお札を一枚貼って呪い要素を演出している人は、鉄パイプごと五条君にぐにゃぐにゃに曲げられました。

 

 巻物から犬の式神を一体だけ召喚してかかってきた式神使いは、その20倍の数の呪霊に潰されました。

 

 であればと、夜蛾先生を狙ってきた人たちは、携帯についていたキーホルダーのぬいぐるみにボゴボコにされました。

 

「糞!オマエら、後ろの女共を狙え!」

 

 当然、ジャンルが違う人たちと戦っても勝ち目はないので、こうなるのは当然です。ジャンプ漫画なお三方と違って、私はどちらかというと直接戦闘力に乏しいミステリ/オカルトの住民ですし、硝子ちゃんも医療ドラマの世界観です。

 

 兎に角、不味いです。今の千石撫子は鉄パイプ一発でお陀仏の紙装甲。

 ここは同じ紙でも、神に頼りましょう

 神撫子を……。

 

「悟!」

 

「間に合わない訳ないっしょ、術式順転『蒼』」

 

 私達の方に向かってきた人たちは、全員五条君が放った蒼い玉のようなものに吸い寄せられていきました。

 

 これが、五条君の術式・『無下限呪術』

 

 無限だとか、アキレスと亀だとか、前に聞いた難しい説明はよくわかりませんでしたが、直に見てみると成る程、起こっている事はポケモンの『サイコキネシス』ですね。

 

 『まもる』も使えるらしいですし、成る程、五条君はエスパータイプであるようです。

 

 変な目隠しをして、スプーンを曲げている絵を想像してみましたが、あまり似合っていませんでした。

 

「ありがとう、五条君。怪我は……ないよね」

 

「全く、戦闘力5を抱えならがらバトるのはやりずれぇよ。硝子も撫子もクリリンくらいにはなってくれねぇと」

 

「それ結局、弱いままだよね。クリリンって元は戦闘力10だよ」

 

「済まない、悟、硝子、撫子。私のミスだ。呪霊を何体かつけておくべきだった」

 

「うん、まぁ私の希少価値を分かっていない屑共は置いといて、……コイツら何」

 

 硝子ちゃんがぱっぱと反転術式による延命処置と軽い封印術による拘束措置を施していきます。素人目にはプロの手際です。

 

「何って、そりゃ、ただのチンピラ呪詛師じゃねえの」

 

「いや、だから何でチンピラ呪詛師がうじゃうじゃ湧いてんの、って話。特級呪霊が復活したかもしれないのに、こんな場所ほっつき歩くなんて殺してください、っていってるようなもんじゃん」

 

「……考えられるパターンは二つあるよ。一つは、殺生石が割れた、っていうのが実は嘘っていうパターン」

 

 今のところ貢献値0点の私は、それなりの使命感を持ってそう紡ぎました、

 

「いや、それは無い。ちゃんと呪力の流れが不安定になってる」

 

 五条君が、目を光らせてそう断言しました。

 

「じゃあ、もう一つだね。殺生石が割れた、っていうことが嘘だったと嘘をつかれていたパターン」

 

「成る程、殺生石が割れた事が実は誤報であるという嘘が流布されて、存在しない一攫千金のチャンスに呪詛師が集ってきたのか」

 

「まぁザコにはわかんねぇかな、この違和感。んな訳ねえって俺は見れば分かるけど。まぁ、撫子のソレ、あるんじゃね」

 

「だとすると、どこかにその嘘をついた黒幕がいるって事。夜蛾先生、心当たりは?」

 

 硝子ちゃんがそう言うと、私は内心ある可能性に気づいてドギマギしていました。

 

 そう、詐欺師・貝木泥舟による犯行の可能性です。

 

 ……貝木さんの詐欺でないことを祈るばかりです。

 

「……兎に角、今は情報が不足している。これ以上は憶測になってしまうだろう。先ずは現場の確認を急ぐぞ」

 

 

 

 004

 

 

 

「割れてるね」

 

「割れてるな」

 

「疑いの余地も無いね、……悟」

 

「残穢はあるけど、呪力は無し。マジでただの石ころ」

 

 那須温泉神社の奥まった岩山に、しめ縄を施されていた岩は、疑いようの余地が無いくらい、綺麗に真っ二つに砕けていました。

 

「総員、各々のアプローチで現場検証をするように」

 

「あと一つ付け足し。この辺り、普通に硫化水素……有り体に言えば毒ガス、その濃度が高いから、腐卵匂がしたらあんまし近づきすぎないように。医療班からはいじょー」

 

 ふらんしゅう、って何なのでしょうか。

 

 ……蘭、だとかフランス、だとか入っているので恐らく花のような匂いなのでしょう。確かに、そんな香りがこんな岩山で突然香ってきたら何だか危険そうです。

 

「無下限でもまだガスまでは防げねぇから、まあ気をつけるか。空気のフィルタリングは呪力操作がゲロムズなんよ」

 

 五条君の面倒臭そうなそんな言葉を最後に、現場検証が始まりました。

 

 私のやることは変わりません。

 

 スケッチブックを開いて、この岩山を描くのみです。

 

 硝子ちゃんと夜蛾先生は、この施設の人や犯人、要するに人間が残した痕跡を探るアプローチを試みています。

 

 夏油さんは、呪霊による、この場所を起点にした人海戦術、ならぬ『呪海戦術』を繰り広げています。何だか字面がニアミスって感じがしますね。

 

 五条君は変わりません。その見えないモノは無い『六眼』で全てを見通しています。

 ……これ、五条君居るなら私要らなくないですか?

 探索も五条君で十分な気がします。

 

 ……いいえ、やめましょう。それを言ってしまえば極論、五条君一人で良いというあんまりにもあんまりな結論になってしまいます。

 

「悟、結構ドンパチやってるね。皆、ここを目指してお互いにかち合ってるような感じに見える」

 

「そーだな、傑。馬鹿な嘘に釣られてきた底辺呪詛師や迂闊なパンピーが、ここらに根を下ろしたい強めの呪霊のオヤツになってる。……狐の呪霊が多いな、信仰に肖って九尾に成り上がりたいとか、そんなとこか」

 

「社務所の人や呪術師側の監視員もみんな仏様。死因は圧死。普通に呪詛師か呪霊の呪術で死んでる」

 

「スケッチにも、狐やその痕跡は映らなかったよ。ただ……構図としてみると何だか卵が孵ったように見えるかな。こう、内側からぱりぱりって。九尾が復活しているところまでは間違いないと思う。でも、だとすると何で態々隠れたんだ、って疑問があるけど……」

 

 こういう復活した化け物って、復活直後に近くにいる人を皆殺しにしたりするところまではお約束なんですけど、その後の行動は千差万別なんですよね。

 

 めちゃくちゃ堂々と名乗りをあげて世界を脅かし始めたり、その逆に忽然と姿を消して暗躍したりするパターンもあります。

 

 今回は明らかに後者の行動をとっているので、私が漫画家だとしたら、この敵キャラをどういう動機で、どうやって潜伏させるでしょうか?

 

 まず、メタ的な話であれば、主人公達の成長を待たせるという最も大事な目的があります。始まりの村に魔王がやってきて、主人公と対決したら文字通りお話になりませんから。何かと理由をつけて、主人公を後回しにするのです。

 

 その何かと理由をつける所で、漫画家としての腕が試されます。

 

 王道であれば、慢心や弱者への嘲りから放置することです。主人公を敢えて倒さず、痛めつけるだけ痛めつけてゲラゲラ笑いながら去っていくような感じでしょうか?この手法の欠点は、上手く書かないとボスの格が少し落ちるのと、少々ご都合主義感が出てしまうこと。今時は小さい子供でも、倒せるのに主人公らを倒さない舐め腐った敵に違和感を持つ時代です。

 

 であれば、ちょっと捻って敵側も力を蓄えている最中だとか完全には復活出来ていない、だとかの理由です。こちらもこちらで難しく、この場合だと完全に復活するためにどこかから力を手に入れなければなりません。……それは即ち主人公陣営が一度は出し抜かれる必要があります。第三陣営を使ったり、そのタイミングで主人公の師匠キャラを戦死させたりと色々漫画の展開としては美味しいので、私だったらこちらで描きます。

 

 うーん、今回は敵が九尾だから、分かり易く尻尾の数が足りてない、とかでしょうか?

 

 で、完全復活のためのリソースとして、割れた割れた詐欺に引っかかった人を集めている、だとかが分かりやすいですね。

 

「五条君、呪霊って、人食べたり殺したりすると強くなるの?」

 

「もちのろん。でも撫子が考えてると思う理由は、ちょい渋め。レベル80のポケモンを最初の草むらでレベリングする的な。んな事するくらいなら割れた殺生石の上に鎮座して日本全国からの畏れを回収した方が圧倒的に効率的っしょ」

 

「……となると、逆説的に力以外の理由で、いや寧ろ、力以上に重要視している何かの為に強くなる機会を捨てているとさえ言える」

 

「九尾の狐に、玉藻前にそんな伝承はあっただろうか……」

 

「玉藻前?……夏油君、本当に今更なんですけれども『玉藻前』っていうのはなんなのでしょうか?九尾の別名的な感じしか知らなくって」

 

「玉藻前っていうのは、九尾が人間に化けて皇后……天皇陛下の奥さんにまで登り詰めた時の人としての名前だよ。曰く、何の血筋も持たない所から美貌だけで寵愛を受けたという」

 

 ……美貌、綺麗さ、可愛さ。

 

 それが持つ負の面は、私にも馴染み深いものです。

 

 時に美しさや可愛さにより、人に呪われることがあることを知っている身としては、美貌自体が呪いの一種であることをすんなり受け入れられました。

 

 ───であれば、もしかすると、もしかするかもしれません。

 

 

 

 

 005

 

 

 

「うっわ、アタリだよ」

 

「本当に、そんな理由だったとは」

 

 やってきたアウトレットモールは、ぐちゃぐちゃに荒れ果ていました。

 

「残穢まで限りなく薄くしやがって、そんなに"見られたくない"のか」

 

「呪霊の分際で、そんな"乙女心"発動されるとややこしいから勘弁願いたいね」

 

 特に酷いのは、婦人服コーナーや洋服店、そして本屋です。

 

 片っ端から、ファッション雑誌が開かれて散乱しています。

 

 ありとあらゆる衣類により山が出来ていました。

 

『ミルナ、ミルナ……ミタナァァァ!』

 

 彼女は、その上に鎮座していました。 

 

 ふくよかなおたふく顔、病的に白い肌、恰幅の良い体、つやつやの黒髪、真っ黒な歯。

 

 そう、"平安基準"の絶世の美女の姿です。

 

 はい、今回の種明かしです。

 

 復活した怪異が、美貌を用いる怪異だったことがこの不可解な挙動の理由なのでした。

 

 美というものは、現代社会においては水物で、年単位でトレンド・流行が変わっていき、美しさの基準がアップデートされていきます。

 

 そんな世の中になっているのに、1000年前の最新トレンドで復活した美貌の怪異の美貌は、通用する訳がありません。

 

 夏油さんや硝子ちゃんに聞いた事なのですが、現代人が一日で触れる情報量は、平安時代の人の一生分だそうで、即ちあの怪異はそれくらい、情報が固定的な古典的世界からやってきた存在です。

 

 そんな中で、堂々と力を振るったらどうなるでしょうか。

 

 夜蛾先生曰く、呪霊とは、人のイメージから作られる生き物らしいので、千年前の美貌を呪術関係者に限るとはいえ、それなりに多くの人に見られて、広められたら、少なくとも美貌の怪異としては失墜してしまいます。

 

 そう、ビジュアル化に失敗して、人気がなくなってしまう作品たちのように。

 

 でも、それなら、日本中から集まってくる現代人の畏れやイメージで美貌の怪異として新生すれば良い、という反証もあるかもしれません。

 

 ですが、不本意ながら一応その道の専門家だった私から言わせてみれば、それは美を、即ち可愛さというもののシビアさを些か侮り過ぎています。

 

 美しさや可愛さというものは、想像の上を行かないと意味が無いのです。逆説的に誰もが適当に頭の中で想像できる程度の美貌に、人は熱狂しません。

 

 所謂、三日で飽きる美人止まりになってしまいます。

 

 それでも結局、美貌を使う怪異としては、大幅に劣化してしまうでしょう。

 

 であれば、その解決方法は───

 

「玉藻前さん!私と……私達と、取引しませんか!」

 

 

 

 006

 

 

 

 手術室にて、私は頭から火が出るほど、脳味噌をフル回転させながら、筆を動かし続けていました。

 

 硝子ちゃんは、書き上がったイラストに表情筋の動き方や関節の可動域、体としての合理的な機能に関するメモや改善案を次々に書き込んでいきます。

 

「驚いたよ、まさか美貌の怪異の美貌として昔の自分の顔を提供するなんて。撫子ちゃんが、そんな自信家、というよりナルシズムを拗らせている面があるなんて」

 

「ううん、その逆、私が漫画家として自信がなさ過ぎたのがダメだったんだよ。連載どころか、入賞すらしたことない木端漫画家のキャラクターデザイン力よりかは、少なくとも何人かの人生を狂わせた実績がある千石撫子の顔の方がデザインとして純粋に評価するなら、そっちに傾いちゃう、ってだけ」

 

 チャレンジは大事ですが、自分の身だけならまだしも、失敗できない場面、他人の何かを大きく左右するような場面で、チャレンジ精神を大切にする程のチャレンジャーにはなれません。

 

 で、その撫子デザインの方は、顔の作りは撫子から変えず、髪色だけ金糸に……あと狐の怪異なんで耳も生やしちゃいましょう。これで怪異と分かり易くなりますし、より可愛くなるから互いにとってウィンウィンですよ。

 

 でも、ケモ耳も色々あって……やっぱり王道に狐耳?ちょっと流行を先取りしてフェネック?いや、いっそ奇を衒ってロップイヤーに……。

 

「なるほど、罪悪感、というか実際に可愛さを糾弾された事があるんだ」

 

「うん、昔ね。それで呪い呪われた事があるから」

 

 たまたま可愛かっただけの女の子、それがかつての私です。

 

 そんなふうに、妬まれ、疎まれたときにふと、子供ながらに思ったことがあります。

 

 "どうして、可愛さは分けてあげられないんだろ"って

 

 あんなにも、可愛くなりたい子たち、可愛くなろうと努力している子達に渡されなくて、対して可愛さに執着していなかった私がそれを持っているのはすごく違和感がありました。

 

「資質なんて、そんなものだよ、撫子ちゃん。持ってない人は欲しいと憂いて、持っている人は、要らないと嘆く。みんな自分が不幸で大変で苦労しているんだって周りに主張したいんだ」

 

「でも硝子ちゃんは全然そんなふうには見えないけど」

 

「控えめに言って、私は恵まれてたからね。ニッチなやりたいことをやろうとしたら、偶々その為の能力が自分の手の内にあったんだから。だから、私は他の人から足されも引かれもしなかったの」

 

「でも、それって───」

 

「うん、結局、孤独っていう呪いを抱えることになったってオチ。将来や今みたいに、働くようになってからは兎も角、成長の過程で他者を必要としなかった代償だよ。みんなで助け合い、呪い合いする社会の寄り合いに入れなかった故のね」

 

 かつて私が憧れていた在り方にも、結局呪い呪われがありました。人というのは、人生というのは、儘ならないものです。

 

「孤独を憂い、悩むタチでも無いんだけどね。今の在り方を捨ててまで、孤独(ソレ)を解消したいと思ったことも無いし」

 

「出来たら何とかしたいけど、自分の現状・体勢を崩してまで解決することでも無い、的な感じかな。やっぱり悩みって、石のように残り続けるようなものはみんなそんな感じのものになっちゃうんだね」

 

「そう、おまけに自分のやりたい事や欲望、あり方が現状の問題を固定化(ロック)しちゃうからやっぱり悩みはずっと同じ、私に関してはね……っと、こんな感じでいいんじゃない?」

 

 狐っ子となった撫子、題して(コン)撫子、完成しました。(いま)撫子と名が被っているので、撫子だらけリターンズにならないかどうか心配と言えば心配です。

 

 前髪娘時代の私の顔・髪型をベースに、髪を金糸に、後ろ髪を床につくほど長くして、耳は結局、狐耳・フェネック耳・ロップイヤーの3つを全てつける事にしました。ここが今回のキャラクターデザインで一番挑戦した点ですね。

 

 ……はい、優柔不断とも臆病とも言います。顔を自分と全く同じにすることのリスクに途中でようやっと思い至り、できるだけ頭パーツには情報量を詰め込みたくなっちゃったのが良くありませんね。

 

「耳を三つ作る作業は、私も面白く興味深いものだったよ。全部が機能するような神経や筋肉の配列を考えるのは、心が踊った」

 

 とは硝子ちゃんの言です。

 

 服はお召になっていた十二単を、シルエットが少しスマートになるように弄っただけ、尻尾はノータッチです、何もしなくても9本全部ふわふわでしたから。

 

 で、あとはこの描いた設計図を、私の構築術式?とやらを通して呪霊に投影し、肉体の細かい所を硝子ちゃんに調整して貰えば、仕事完了です。

 

 千年級の怪異に手を加えたからか、私は初めて呪力残量が少なくなり、気怠くなったのを感じます。単に、十数時間のオペでくたくたになっただけかもしれませんが。

 

 あとは、……男性陣の査定のみ。ここを突破出来なかったら、撫子の顔をした怪異が暴れ回り、指名手配書に私(の顔)が載るという展開が待っていますから、自然と心拍も上がるというものです。

 

 

 

 007

 

 

 

 『縛り』、とやらの概念は、何だか貝木さんが好き好んで使いそうだな、というのが最初に聞いた所感でした。

 

 ちゃんとした手順を踏んで結んだ口約束は、呪いになって双方を縛るだなんて、恐ろしい世の中です。

 

 尤も、今回はその恐ろしい約束を特級呪霊と結ぶという、命をあまりにベットし過ぎている感じになっています。

 

 契約としては、私達が現代の美を提供する代償に、呪霊操術の支配下に入る、というものです。狐をペットにする為に、命をベットするなんて、ロック極まれりですね。

 

 肝心の呪霊の方は、これを驚く程あっさり了承。やはり、ご長寿の怪異の視座は私達未成年とは離れ過ぎていてよくわかりませんね。

 

「やっと終わったか、15時間位待たせやがって。たく、女のお色直しは時間がかかる割に対して変わんねーし、これで不細工だったらその顔面凹ませて祓───うぉっ、ツラがいい〜」

 

「全く、悟もチョロくて困る。人型とは言えどこまで行っても呪霊だろう?それが分かっていて美醜を見れるとは到底───確かに、これは、そうと言わざるを得ないか。可愛さの文法で言ったらブラックマジシャンガールのそれに近いかな。よくできている」

 

「絵画と呪骸人形、ジャンル違いではあるが、同じ創作者としての視点から見ても良く出来ている。表情の動き、本来人体には無い尻尾や耳も自然に融合している。クオリティの高い創作だ。撫子、硝子」

 

 男性陣の反応は、こんな感じでした。

 

 特に五条君は特級呪霊とのバトルを直前で中止させられ、十数時間も待たされてご機嫌斜めでしたので、ヒヤヒヤしましたが、何とかなって正直、ホッとしています。

 

 ……そして、当の呪霊、『玉藻前』ご本人はというと、ずっと怪しい沈黙を保ったままです。あれあれ、もしかして『縛り』を結ぶときに何か過ちを侵したのでしょうか?

 

「いや、心配しなくていい、撫子。この手の動物が人に、特に女に化けて人の世に溶け込む怪異は口数が少ないのが基本だ。"鶴の恩返し"なんかが分かりやすいだろうか」

 

 夜蛾先生が、そんな私の不安をそう解消しました。しかし、人に化けている鳥の怪異の友人にとても溌剌とした人がいる私にとってはいまいちピンと来ないお話です。

 

 そんな釈然としない私をよそに、夏油君が呪霊操術を発動。晴れて一件落着と相成りました。

 

 因みに、玉藻前さんの顔が、私こと千石撫子と同じだと気がついた人は男性陣には一人もいませんでした。ベリーショートって偉大ですね。

 

 

 008

 

 

「───いや〜、温泉は極楽だったよ」

 

「特級任務を2日で片付けたからって、早々に温泉行脚とはいいご身分だな。いや実際に良いご身分になったか。撫公、いや、千石撫子三級術師」

 

 はい、今回の後日談です。

 

 私達の任務は、最低でも4、5日はかかると思われていた大型案件だったらしく何と時間が余るという結果に相成りました。加えて、復活した九尾の狐こと玉藻前の捕獲にも成功しています。

 

 それにより、事後処理や地域封鎖の手間や費用が大幅に浮いた為、私達の打ち上げは貸し切り温泉行脚という大層豪華なモノになったのです。みんなで徹夜でゲームしたりと中々楽しく遊べました。というか、完全に失われたと思った青春イベントを回収出来てびっくりです。

 

 あと、私の『位』もちゃっかり上がっちゃってますね。臥煙さん曰く、『一月で特級案件を二つ解決した術師を四級に留めるのは無理があり過ぎる。成果を出し過ぎるのも考えものだ』とのことで、仕事量は変わらないように調整されますが、等級自体はどうしようもないそうです。

 

「で、だ。そんななんちゃって引きこもりのご身分で、青春している撫公に残念なお知らせだよ」

 

「交流会、わかりやすく言えば体育祭がGW明けに始まる」

 

「た、体育祭?冗談だよね、斧乃木ちゃん。ここ、呪い呪われの学校だよ。そんな陽の下の元気溌剌とした行事とは程遠いよね」

 

「いいや、遠くなんかない、寧ろ近いまであるよ。現に今お前自身が、体育祭を呪っていたじゃないか」

 

 ……確かに!

 

 

 

 

 

 

 

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