呪物語   作:マクガフィン

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さとるペーパー

 

 

 001

 

 

 引きこもりで出不精の私にとって、ゴールデンウィークというものの輝きは理解できないものに成り果てていました。

 

 昔は、両手を上げて喜んでいた記憶が朧げながらありますが、自分の気分か呪いの気分で休みを決められている現在となってはそのゴールドな輝きは色褪せています。寧ろ、いつもと変わり映えしない分、何だか損した気分になってしまいました。

 

 あの殺生石の件以降は取り立てて大きなお仕事は無く、小さな事件に何回かお呼ばれされたくらいです。

 

 それも現場検証や呪いの吹き溜まりのお掃除くらいで、大した事無い、というには私にとっては些か非日常すぎますが、それでも命の危機とは程遠い、ちょっとした日雇いアルバイト程度の労働だったように思えます。

 

 というのも斧乃木ちゃん曰く、臥煙さんの圧力がこれ以上ないくらいしっかり働いているらしいのです。

 

『"今の生活を変えず"って触れ込みで上京させたのに、一件目は『口裂け女』二件目は『九尾の狐・玉藻前』。どっちも普通の術師や専門家が100人いてもどうにもならない超危険案件だったからね。これ以上は臥煙さんも容認出来ないんじゃないかな。御恩と奉公って奴の原則だよ。膨大なコネクションを持っているからこそ、貸し借りの原則はしっかりしないと、撫公だけじゃなく、他の連中の心まで離れかねない』

 

 という訳なのです。

 

 なので出会った怪異も───

 

 夏油君(ちょっと親しくなって君呼びになりました!)と行った良く強風に煽られて車が転倒する高速道路にいた鼬の一級呪霊『鎌鼬』

 

 硝子ちゃんと行った不審集団食中毒の現場にいた怪鳥の一級呪霊『以津真天(いつまで)

 

 と……素人の私にはよくわかりませんが斧乃木ちゃん曰く、これでも大物にエンカウントし過ぎているそうで、臥煙さんも中々に苦心しているそうです。

 

 そもそも、そんな等級の高い名の知れた怪異なんて滅多にいない筈だそうで、基本的に偶然事件が起きた場所を人間が恐れて、逆説的に怪異が発生するのが典型的、というかもっと多くの場合では、そんな明確な怪異が発生することも少なく、ただの呪いの吹き溜まりになっていることが殆どです。

 

 ですから、これは最早、偶然事件が起きた場所に、千石撫子の任務先となったその場所に、誰かがわざとらしい怪異をわざわざ配置している、というのが臥煙さんの見方だそうです。

 

 この前、言及された頭しか無い存在とやらの仕業なのでしょうか?先日の『殺生石』の一件もその1頭身の存在の関与があった(お陰様で殺生石破壊の犯人探しは省略されました!)と聞いていますので、やはり私は、私達は目をつけられているのでしょうか。

 

 ……今は、考えても仕方がありませんね。

 

 

 002

 

 

 兎に角、そんな感じのそれなりに充実した日々の中、私にとって真に呪われた行事がやってきてしまいました。

 

 "京都姉妹校交流会"

 

 有り体に言えば、他校との合同運動会です。

 

 はい、運動会です。

 

 日本全国全ての運動音痴やおとなしめの子が呪い呪って、てるてる坊主を逆さに吊るした、あの運動会です。

 

 私も、非常に気乗りしません。というか、これはどう考えても私の契約の不登校の範囲に含んでも良いと思います。

 

 事実その旨を夜蛾先生に伝えたのですが、どうにもこうにも京都校側の姿勢が強硬らしく、五条君と夏油君だけ出して完勝、的な展開を是が非でも潰すべく、暫定足手纏いの硝子ちゃんと私を引っ張り出して勝機を見出そうとしています。

 

「っても、硝子と撫子のペアでも一級呪霊くらいなら祓えてるのに、何を勘違いしてんのかね、京都のザコ共は」

 

「一級呪霊『以津真天(いつまで)』の件は、本当にお疲れ様、撫子、硝子。にしても、一級呪霊を紙に封印して持って帰ってきた時は驚いたよ。二人にそんな直接的な戦闘力があったなんて」

 

「まーねー、私の反転術式アウトプットは呪霊特攻だし、撫子の紙に物を封じる擬似的な術式反転も非実体の呪霊には効果覿面だったから、色々噛み合って流れで倒せたって感じ」

 

 私も、うんうん、とあくまで偶然を強調するように相槌をうっておきます。

 

 そう、非戦闘員の私達が調査に行った不審食中毒事件の飲食店には、調査は不要と言わんばかりに屋根の上に呪霊が、バトル展開が鎮座していました。

 

 で、その後は慌てて店に逃げ込んだ私達と怪鳥の怪異『以津真天(いつまで)』との攻防戦。

 

 いつまで続くんだ、ってくらいの攻防の末、私が書いた投げやすそうなメスに正の呪力?とやらを込めた硝子ちゃんの投擲がクリーンヒットし、奇跡的にいい感じにノッキング出来たという具合です。

 

 で、夏油君が強くなることは私達の生存率にも直結するので、食中毒が発生した飲食店から鳥を手土産にして生還しました。

 

 夏油君の術式的に食中毒の現場にいた怪異の鳥を食べなければいけないので、あまりにも腹痛に苦しみそうな未来しか見えませんでしたが、本人曰く、術式の仕様的にそういうのは無いそうです。

 

 確かに、そういう仕様が無いと毒を持つ生き物がモチーフの呪霊や病魔への畏れから産まれた怪異なんかのポピュラー所の呪霊は取り込めない事になってしまいます。

 

「で、京都校の雑魚共はそんな一級呪霊を祓える術師二人組から個人戦で2勝、クソ雑魚センパイらから勝利をもぎ取れば勝てる、あとは、今年はあっちが呪霊用意する事になってる集団戦で、クソ雑魚呪霊を目の前に配置しとけば、俺らに勝てる、って寸法か。くだんねー」

 

「えっと、……集団戦だとか個人戦って何かな。種目ってことはわかるんだけれど」

 

「そっか、撫子は不登校でホームルームいなかったから正式な説明は受けてなかったね。簡単に言えば、交流会で呪術を競う為の二つの種目さ」

 

 夏油君の説明曰く、

 

 集団戦

 チキチキ呪霊討伐競争!

 森に放たれた呪霊を多く狩った方が勝ち!

 

 個人戦

 籤引きで種目を決めて、一人ずつ対戦して勝ち星の数を競う柔道なんかの試合の対戦方式らしいです。

 

 はい、分かりやすいですね。

 

「てか、ホームルームはどーせ撫子にも必要な情報なんだから放課後やればいいのに。夜蛾センも頭硬いんだから。んで、どーするよ。俺はあんな雑魚共に負けるなんてまっぴら御免だから、……マジのクソ雑魚の二年と三年のセンパイらは諦めるにしても、撫子と硝子は何とかしたい」

 

「そもそも唯一無二のヒーラーたるこの私を、オマエら蛮族の物差しで測ろうとする事に文句を言いたいんだが」

 

「そうは言っても仕方ないよ、硝子。そうでもしないと勝ち目の無い弱者の必死の足掻きなんだ。鬱陶しいけど、力を持つ側の宿命さ」

 

 皆さん、ナチュラルにまだ見ぬ京都校の方々をボロカスに貶めています。一番悲しいのは、この口の悪い環境に適応しつつある私自身でしょう。

 

「つーか、そも、撫子はバトる手段あるっしょ。強そうな調伏済み式神1柱隠し持ちやがって」

 

「あー、やっぱり五条君には見えちゃうんだね。うん、隠してもしょうがないからみんなを信用して話すね。──殺意と無邪気の塊みたいな式神を一柱、調伏済みの状態で持ってはいるんだ。でも、本当に殺意と無邪気の塊過ぎて制御出来る気がしないし、対人で使うと、お相手の命が……」

 

 "ぶっ殺すんだ!"

 

 という幻聴が聞こえてきた気がします。

 

 ええ、五条君が言っているのは、紛れもなく私の過去を写した4人の式神の中で最も強大な『神撫子』のことでしょう。

 

 ですが、頼るのは、神頼みするのは正真正銘の最終手段です。

 

 私自身とはいえ、神様に頼み事をするのですから、相応の代償を取られそうですし、神様の尺度で解決するので、人間の命なんかの細かい事を調整出来る気がしません。

 

 勿論、私自身の過去を人様に晒す、というのがそれなりに恥ずかしい、という感情もあるにはありますが、そのフェイズは彼女らとの対話でもう乗り越えています。あの過去ありて、私ありです。

 

「という訳だから私としてはまず人事を尽くしたいんだけど……」

 

「うーん、撫子の術式は『構築術式』だったね。執筆という天与呪縛付きの。だったら予め、呪具やら近代兵器やら作りまくって持ち込む、っていうのはどうだい?」

 

「運動音痴すぎて、多分、装備できないよ。近代兵器なんかは、中の構造とか、動作の仕組みが分かってないとただガワだけ再現した物体になるだけだし」

 

 これは忍ちゃんとの実験で分かった事です。

 

 私の構築術式の仕様は、

 

・生物由来の素材、特に食べ物はガワだけしか無理。でも布とか木材とかの加工された状態のものならある程度。

・無機物は、かなり幅広く作れる。ただし構造を理解していない機械なんかはガワだけになる。

・式神は、私自身に取り憑いたり、縁がある怪異だったり、過去の経験からくるものであれば作成可能。動物だと、白蛇とナメクジは簡易的な式神として使える。

・逆に、物質や呪いを紙面上に封じる事も可能。五条君曰く、これは擬似的な術式反転?とやららしくて、天与呪縛によって可能になっている。

・景色を写しとることにより、怪異なんかの隠された存在を暴くことが、術式反転の応用で出来ているらしい。

 

 

「こうしてみると、けっこー強そうだね、撫子」

 

「箇条書きマジックだよ、硝子ちゃん。これは私の術式の性能であって、私自身の性能が抜けているからだよ」

 

「本体ピーキーなのは式神使いのテンプレって感じだけど、もうちょい近接性能どうにかなんね?ほら、出会った初日のパンチみたいなのが打てれば、撫子の蛇毒呪力で雑魚は泡吹いて死ぬし」

 

「……」

 

 そう言えば、忘れていました。私の体は全身蛇毒に浸かった毒人間なのでした。

 今までは相手が不浄、病、毒そのものの呪霊だったのであんまり効果を実感できませんでしたが、対人相手ならこれ以上なく有効に働くでしょう。

 

 というか、私の術式で生物由来存在、特に食べ物が作れない理由もこれで説明出来ます。生き物のパーツを毒で作ったら、そのパーツは当然毒で死んじゃいますし、食べ物なんて言うまでもありませんね。

 

 加えて、よく考えたらあの時のパンチも私が出せる威力じゃありませんでした。というか、もっとよくよく考えたら、髪を切られて逆撫子化し、教室のドアを蹴破った時も、多分それなりに色々な基準を満たし頑丈な現代建築のドアが、綺麗にぶっ飛んでいきました。

 

「撫子、それが呪力を込めるってことさ。基本、術式の燃料……撫子の場合はインクかな、兎に角、それとしてしか呪力を使わない撫子が知らなかったのも無理ない話だけど、大凡の呪術師にとって呪力のオーソドックスな使い道は身体強化だからね」

 

「どんなに術式強くても、こっちをおざなりにしてると、近接でしばかれてゲームオーバーよ、撫子。才能あるし、覚えといて損はないんじゃね」

 

 

 003

 

 

 という訳で道場です。

 

 体操服、ブルマ、スクール水着、どれも持っていなかったので、借り物の和服っぽいものに裾を通しました。ジャージは持っています、というか普段着にしていましたが、運動するとなると何か着替えた方がいい気がしてしまい、こうなった次第です。

 

 ジャージ普段着歴が浅い私にはまだまだ分からないのですが、こういうのって『折角ジャージ着てるんだから、シームレスに運動始められるのがメリット!』という感じなのか、『普段着ジャージと運動着ジャージは別に決まっている!』という常識があるのかは、よくわかりません。火憐ちゃんはどうしていましたっけ?

 

「取り敢えず、一番ヤワいサンドバッグ用意したから、嫌な事や嫌いな奴の顔を思い浮かべながらぶん殴ってみろ」

 

 そういって、五条君は阿良々木家で見たことあるタイプのサンドバックを眼前に吊るしました。

 

「はぁ……」

 

 いやな奴、嫌なこと、ですか。

 

 千石撫子の人生に嫌なことも、いやな奴も事欠きませんが、相手が100%悪いとも言い切れず、どれだけ少なくとも私にも非があります。

 

 被害者が100%被害者、なんてことは無いのです。

 

 なので、イマイチ、憎いからぶん殴る、っていうのはピンとこないのです。

 

 それでも、そう綺麗事を並べても結局命には変えられません。

 

 なので───

 

「えいやっ!」

 

 ぽすっ、と柔らかい音がしました。サンドバッグはピクリとも動きません。

 

「なめてんのか」

「微塵も呪力が篭ってないね」

「思い浮かべた負の感情のリソースがアレなんじゃないの?」

 

 観客からは、非難轟々、ブーイングの嵐です。

 

 はい、無理でした。

 

 私が思い浮かべたのは、漫画家になろうとした時、あの手この手で無理難題を押し付けて、学校に通わせようとしてきた両親です。

 

 しかし、良心の呵責に負けました。

 

 というか、一人娘が数ヶ月行方不明になった後、帰ってきたかと思ったら突然引き篭もって将来は漫画家になると言い出して、漫画家とは関係なさげな詳細不明のアルバイトでお金を稼ぎ始めた、という事案に対する対応としては、まだ良心的な方だと思い至ってしまったのです。

 

 という訳で、そんな撫子パンチは呪力は愚か、普通に力すら入りませんでした。

 

「も、もう一回……」

 

 はい、両親を憎むのは、良心が痛みますので、傷まない範囲に、ある程度憎み憎まれしたクラスメイト達を思い出すのが適切でしょう。

 

 いつかの昔、蛇切縄の呪いをかけてきた男の子、なんてどうでしょうか?

 先日、その呪いを解呪した時の対応も中々癇に障りましたし、その分くらいの鬱憤を晴らしてもバチは当たらないでしょう。

 

「とぅあ!」

 

 とす、と微かな音がしました。サンドバッグはピクリとも動きません。

 

 はい、やはり彼をこれ以上呪うなんて、私には土台無理な話でした。

 やらかした悪意の分の報いは、これ以上無い形で彼に帰ってきていましたから。

 二年弱程、蛇切縄に縛られ、噛まれ続け、ずっと病院暮らしで青春を失うという苦しみは、きっと想像も出来ないくらい辛い報いでしょう。

 なのでこれ以上の差引は無く、これを騙し騙し傾けると、寧ろ私が加害者になってしまいます。

 

「女子のパンチだね」

「うーん、困ったね。どうしたものか」

「撫子のクソデカ呪力量的に、負の感情がねぇとかはありえねーんだけど。……撫公、なんか隠してね」

 

 痺れを切らした五条君が、言葉を続けます。

 

「まじで、一番イヤだったこと、なんかあるだろ」

 

「例えば───」

 

 

 

 

「ガチで狙ってた年上イケメン先輩に箸にも棒にもかからずフラれたとか」

 

 

 

 

 …

 ………

 ……………

 

 

 

「暦お兄ちゃんの───馬鹿野郎ッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 004

 

 

 

 はい、道場はお亡くなりになりました。

 

 犯人は千石撫子(15歳)自称漫画家志望の無職の女性です。

 

 犯人は、

 

『殺す気で殴ったけど、殺すつもりじゃなかった』

 

 などと意味不明なことを供述しており───

 

「───子、撫子!」

 

 夏油君です。頭から瓦礫の山に突き刺さった私を引き抜いた形です。

 

「流石にちょい擦りむいてるけど、道場一つの崩落に巻き込まれた割には奇跡的なまでに傷が少ない。やっぱりあの時起こった"アレ"の影響かな」

 

 硝子ちゃんです。触診している間に、傷が綺麗に塞いでくれる手際の良さにはいつも感謝しかありません。

 

「───ッ、ヒーッ、ダメだ、ツボっちまって、息ができねぇ。まさかマジで超典型的な色恋沙汰であそこまで呪い溜め込んでたとか、これ見よがしに"黒閃"まで出しやがって、こりゃ、後十年はネタに出来るぞ」

 

 五条君です。ゲラゲラ笑っています。ムカつきます。

 

「はい、私、千石撫子の人生はここまでです。とても弁償できる気がしませんので、遺書を書いて内臓売ったらベーリング海に蟹を取りに行ってきます。私達の戦いはこれからだ!」

 

 

 呪物語、完。

 

 

 ……はい、当事者の千石撫子です。

 

 気持ち的にも、ここで終わって欲しいです。

 

 いいオチ(爆破オチ)も着きましたし、昭和アニメのノリでアイリスアウトしても許されるでしょう。

 

 これ以上は、蛇足が過ぎるというものです。

 

 

 

 005

 

 

 

 しかし、人生というものは中々終わりません。

 

 ハッピーエンドの後も、バッドエンドの後も、

 

 デットエンドを迎えるまで、続いてしまうのです。

 

「それで撫公は、鬼のお兄ちゃん憎しで黒閃を放ち、とばっちりで木っ端微塵になった建物は五条悟のポケットマネーでなんとかなったと、確かに、とんだ笑い話だね」

 

 斧乃木ちゃんは、口角一つ上げず、そうこの話を笑い話だと評しました。

 

 今回ばっかりは、斧乃木ちゃんが死体人形の怪異で助かりました。これ以上笑われるのは、さすがにストレスの許容値が限界突破してしまいます。

 

 というか、一番腹立たしかった五条君が、一番致命的な部分を助けてくれたのが本当に釈然としません。恐らく、わざとやっていますね。

 

 でも、そのわざとやる為に、わざわざ億単位のお金をポンと出すのは如何なものでしょうか。正直、普通だったら一族郎党一生服従レベルです。

 

 でもでも、実は私に変に気負わせず助ける為に敢えて爆笑して見せて───なんてことは100%あり得ないのが、五条君という人間です。純度100%の嫌がらせの為のちょっとした工作の為に、彼にとっては財布の中の小銭を払った程度の感覚なのがありありとわかります。

 

 という訳で非常に情けなくも一命を取り留めた私ですが、七転び八起き、転んでもタダでは起きません。いや、私の今回のずっこけは被害総額が億の単位なので文字通り微塵もタダではありませんが。

 

 とにかく、黒閃、とかと名付けられていたあの爆発を経験したことで色々強くなったらしいのです。

 

 まず───

 

例外のほうが多い規則(アンリミテッド・ルールブック)、弱めだよ」

 

「ぷぇっ」

 

 千石撫子は、ぶっ飛ばされて、壁を五枚くらい貫通した後に、六枚目でベジータみたいに壁にめり込みました。

 

「なんだ、まだ息があるじゃないか、撫公」

 

 はい、ご覧の通り頑丈になってしまいました。

 曰く、内側に溜め込むことしか出来ていなかった呪力が、全身に行き渡るようになったとのことです。

 

「手加減したとはいえ、普通の人間なら今ので上半身が下半身と泣き別れする威力なんだけど傷一つないね、……ないよね?」 

 

「うん、目が回っているくらい」

 

「硬くなっても運動神経がないから、結局踏ん張りが効かずふっ飛ばされるのはどうにかするべきだね。あと、本当に傷一つないよね、大丈夫だよね」

 

 斧乃木ちゃんが提案した方法にも関わらず、すごく心配そうな声色で身体中をベタベタと触っています。歪んだ、病んだ愛を感じます。最近はまたキャラ変してヤンデレがブームなのでしょうか。

 

「まぁ、いいや。で、もう一つの成長は、ある意味お前、撫公のあり方を象徴するような変遷だね」

 

「死体人形の僕に、毒は意味ないけど量くらいなら吟味できる」

 

「その僕の性格無比な計算によると……」

 

「撫公に直接手を上げる愚か者は、みんな血が溶けて死ぬよ」

 

 あまりに適当にヤンデレムーブを傍に置いた斧乃木ちゃんは、そう言葉を続けました。

 

 私の呪力は、猛毒です。蛇毒です。

 

 なので、その猛毒で全身を覆っている私に直接加害しようとした人は、蛇毒の被害者になってしまいます。

 

 文字通りの『毒婦』になってしまいました。やはり、これまでの人生は呪いのように廻りますね。

 

 私の受動的な被害者的あり方の、被害者面の象徴のようなものです。

 

 ただ被害を受けるだけで、相手をより不幸にしてしまう、というか何処かそうなる事が分かっていて、わざと被害を受け続ける。

 

 何もしなくても、相手が私に関わって勝手に自滅する。

 

 可哀想な被害者であり続ける事で相手に加害する、かつての、そして今も完全に治ったとは言い難い私の悪癖です。

 

「色々シリアスに考えてる所悪いけど、全く気にする事は無い、撫公。そもそも今のお前の人間関係は、"それ"ありきで、毒をも喰らえる連中で成り立っている。死体だから毒の効かない僕に、不死身の怪異だからどんな毒でも死ねない阿良々木月火、新しく出来た友達も、反転術式で呪力毒を容易く無効化する家入硝子、毒どころか呪いまで喰らい溜め込んでいる夏油傑、お前の毒牙が届くことすら無い五条悟。だからお互い存分に毒し毒されればいい」

 

 

 

 006

 

 

 

 という訳で、交流会、本番です。どういう訳なのかは私にも分かりません。

 

 日程は全二日間、一日目に集団戦、二日目に個人戦、というのが定例"でした"。

 

「ハァ〜?!一日目の競技はペーパーテスト?!」

 

 五条君がそうキレ散らかしたことから、この異変は始まりました。

 

 はい、便宜上、今まで体育祭と呼び変えていたのが災いしましたね。体育祭の体育の部分を呪ったらしっかり呪い返しに合いました。

 

「確かに、交流会の競技は、双方の学長が任意の競技を提案し決定する、というのが形式上のルールだったが……ここ数十年、ほぼこのルールは形骸化、というよりある種の伝統として一日目に京都の学長が集団戦、二日目に東京の学長が個人戦を提案するという慣例になっていたんだ。まさかこんな形で不意を突かれるとはね」

 

「でも、五条がいつも散々馬鹿にしている老人たちの話から考えると、京都の連中の方こそ、そういう慣例破りを死ぬ程嫌いそうな感じだけどね」

 

 勿論、私達の教室もこんな感じで大騒ぎです。

 

 ですが、私はそれどころではありません。

 

「あのあの、私、最終学歴中学校中退の小卒女なんですけれど……」

 

 はい、かつて私が体育以上に呪い呪ったのが、『テスト』という学校行事です。

 

 なんであらゆる学校には『大人しめの子=勉強が出来る』という先入観があるのでしょう?物静かな事と勉学に明るい事って、なんの相関も無いと私は強く思います。物静かにサボってるだけのお馬鹿の方々で、声を上げなければいけませんね。……物静かだから無理なのでした。

 

 そんな感じで、相当嫌な思い出しかないペーパーテストなのですが、やはりそこは呪い呪われの学校。普通のペーパーテストでは無いようです。

 

「……なってしまったものは、どうしようもない。取り敢えず、ルールを確認しよう」

 

 夏油君がそう場を仕切り直し、皆で張り出されたルールを眺めます。

 

 

 

 007

 

 

 交流戦一日目・護符/呪符/式神作成テスト

 ルール説明

・このテストは、両校一年から三年の学年対抗制であり、勝った学年の数が多かった方の学校が勝者となる。

・テスト問題は一学年につき3問が出題される、制限時間は10時〜18時の8時間。その間は、試験官に無断での試験室外への外出を禁ずる。

・このテストでは、テストで出題される3種類の呪術儀式を用いて学生同士で呪い合うことにより勝敗を決する。

・勝敗の決定基準は、用紙上に作られて発動した呪いの効力、高度さ、そして各々の被害状況の比較により決定される。

・テスト課題による呪術以外での呪術での敵学年への加害を禁じる。

・ただし、用紙に書かれた呪いの効力により学年全員が解答続行不可能な状況になった場合、どのような場合であれその学年の敗北が決定する。

 

 

 

 008

 

 

「ったく、アイツら、大半が術式無い無能だからって術式が無い雑魚しか使わないようなみみっちい分野で攻めてきやがって。で、傑、問題はどんなんだった?」

 

「『この用紙に有効な呪符を作成して相手を呪え、ただし殺害は禁忌とする』『この用紙に有効な護符を作成して相手からの呪いを防げ』『この用紙に有効な式神を作成して相手に送る事で攻撃しろ、ただし殺害は禁忌とする』……中々に面倒だね、"解答回数に制限がないんだ"」

 

「ん〜、だからおあつらえ向けにトイレと冷蔵庫つきのプレハブに閉じ込められたんだね。こっから互いに遠隔攻撃しあえ、っていう」

 

 はい、時間は10時、ルールを飲み込んだのも束の間、テスト開始です。

 

 まず、ホッとしたのは机に縛り付けられて紙と睨めっこする方式では無い事ですね。立って歩いて話し合えるだけで、テスト感は幾分か薄れます。

 テスト感さえ薄れれば、テスト問題なんて恐るるにたり……ないことは無いですが、それでも問題解決の為の発起はしやすいです。

 

「式神なら、一応、作れます、書けます」

 

「じゃあ私は護符を作ろうかな。反転術式の正の呪力を込めた紙はっつけるだけでも、呪力由来の事象は中和されるでしょ。難しいお経は全く知らないから、審査官ウケはビミョいラインだけど」

 

「……」

「……」

 

 五条君と夏油君が、問題配分のところでフリーズしました。

 

 でも、顔にありありと書いてあります。出来る事がありません、と。私も学校のグループワークでよく使った顔なのでよく分かります。

 

「いや、お経とか祝詞とかおぼえてねぇ〜、爺さんらや教育係がグチグチクソつまんなく話してたから全部寝てたし」

 

「私はそもそも一般家庭の出だから、行書体はそもそも読めないし、書けるわけも無いね。二人とも、頑張ってくれたまえ」

 

 あっ、開き直りました。そして五条君が、呪符の解答用紙に落書きを始めました。チームワーク終了のお知らせです。

 

「……にしても、このプレハブ、暑くないかい?誰かエアコンの温度上げた?」

 

「いえ、特には……」

 

「というか、そも明らかにエアコンがついてない、てか壊れてる。相手方の呪符が建物のエアコンを呪ったとか?おい、五条」

 

「うわっ、マジだよ硝子。みみっち過ぎて気付けないくらいしょーもない呪符の呪いで、建物に呪いかけやがった」

 

 敵方の最初の攻撃は、小規模かつ非常に地味ではありますが現代人にとってはこれ以上無いくらい嫌な呪いでした。

 

 昨今の地球温暖化のせいで、GW明けにはエアコンが生活必需品と化したこの世の中で、エアコンの無いプレハブに8時間閉じ込められるというのはギリギリ死にはしませんが、確実に動けなくなる嫌なラインを攻めています。というか万が一、これで死んでも『呪い殺した』訳では無く『熱中症』により死亡していますので、テストのルールには抵触しません。

 

 いきなり大ピンチです。取り敢えず、何としてでも部屋を冷やさないと反撃の機会はありません。

 

「夏油君、ここは肝試し形式で冷やすのはどうかな。冷たそうな、冷たい感情から生まれた呪霊を沢山出して肌寒い感じに出来たり……」

 

「確かに、水棲生物や亡霊系の呪いがわんさかいる所は、その呪霊達が生まれるような冷たい感情の呪力が作用してひんやりしているのは、経験則としてある。試してみるよ、撫子」

 

 夏油君が次から次へと、四級や業界用語で『蝿頭』と呼ばれる弱小呪霊を放出していきます。

 

 烏賊(イカ)(タコ)海月(クラゲ)(カニ)海鼠(ナマコ)(エイ)海牛(ウミウシ)海星(ヒトデ)、数多の奇形の深海魚達

 

 いつの間にかプレハブの部屋は彼らの由来となった憂鬱のような感情のせいか、水底のような要素に変容しました。

 

「なる、共通の感情由来、意匠の呪霊をかき集めて、呪霊を呪力の塊として空間に浸透させる事で擬似的な生得領域を展開させたワケね。やるじゃん、傑」

 

「『雪女』だとかがいればもっと話は早かったんだけど、そんな感じの強いというよりは便利な呪霊の調達は今後の課題にするとしよう、でここからどうするんだい?撫子」

 

「えっ、そこで私に振るの?夏油君。私、テストとグループワークは死ぬ程苦手だから駄策しか出せないよ」

 

「別にそれはこのバカ共も同じだしね〜、こういう時の突拍子もない発想による突破力は撫子が私らの中じゃ一番だよ」

 

 元に今もエアコン問題を解決したしね、と硝子ちゃんにも推薦されてしまいます。いよいよ逃げ場がありません。

 

「んじゃまぁ、俺は飛んでくる雑魚式神やみみっちい呪いをひたすらしばいてるから、皆様はテストがんばえ〜」

 

 五条君の丸投げがトドメとなり、なんとこの手のグループワークで人生初のリーダーを務める事になってしまいました。

 

 

 

 009

 

 

「えっと、リーダーの千石撫子です。文字通りの不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 わー、ぱちぱちーと一応の声援を皆さんが上げてくれました。

 

「えっと、まず考えたんですけど、素直に点数を稼ぐ事は、諦めましょう」

 

 早速、本題に入っていきます。

 

 いつもだったら彼らのレスポンスにもそれなりのリアクションをいれますが、なにぶんテスト中ですので、時間ないのです。

 

「というと?」

 

「はい、そもそもこのテスト、相手が提案してきたテストなんで、絶対相手の皆さんはテスト勉強してます。ノー勉の私達に勝ち目はありません」

 

「そりゃそうか、特に術式やそれに類する異能持ちの俺らは、わざわざ雑魚が使う呪術取得してねーだろ、って欠点をついてきてんだし。……てことは、京都校の奴ら全員ボコす方針になるか。そっちの方がスカッとするし、俺は異議なーし」

 

「ありがとうございます、五条君。で、話を戻しますと、その為に使う手段は、『式神』の一点ばり、つまりテスト問題中の3問の内、式神以外の2問は捨てます」

 

「確かに、点数を気にしないんだったらリソースを一極集中させた方が合理的だね。でも相手からの呪いに対する防御はどうするんだい?」

 

「そこは私達の『術式』を使いましょう。点数も気にしませんし、五条君が言ってたように、このテスト課題・テーマ自体が『弱者の呪い』なら、術式を使えば容易く祓えると……思います」

 

 これは、『術式持ち』が今回のテストのような汎用呪術を用いない事が常識っぽい業界の空気感からの推測です。

 

「考えるまでも無く余裕っしょ。奴ら、死ぬ程頑張って、エアコンの配線一本切るのが限界なんだし、出力がちげーよ」

 

「悟、油断はいけないな。いくらエアコンの配線一本切るのが限界だとは言え、それだけ出来るなら次はプレハブの一番脆い所を壊して建物を倒壊させてくるかもしれないんだから。尤も、建物の下敷きになったくらいで死ぬ奴はうちのクラスにいないけどね」

 

「で、あとは肝心の式神をどうするか、だけど、───言うまでもなくそこは撫子の独壇場だったね」

 

「はい、硝子ちゃん。……正直言って、何か見落としていないか不安になるくらい、私にとって都合の良い、相性の良い試験です」

 

「それはアレじゃね、連中、俺対策、もうちょいリソース割いてたとしても傑対策チョイしてるくらいで硝子と撫子はノーマークだっただけってオチ」

 

「確かに、等級だけ見ても、術式名だけ見ても、経歴を見ても、『構築術式』持ち三級術師の千石撫子と『六眼・無下限呪術』持ちの特級術師の五条悟のどちらをより調べ対策するかで言えば後者だろう」

 

「加えて、撫子の特異性はその術式についてる『縛り』の部分だから、そこまで調べが及ばなくとも不自然じゃない」

 

「まぁ、俺の同級生舐め腐ったオチにボコられるなら、それはそれで溜飲はくだるしな」

 

「───やっちまえ、撫子」

 

 

 

 010

 

 

 

 負けました。

 

 はい、普通に1-2で負けました。

 

 敗因は私の視野狭窄です。

 

 京都校は、ペーパーテストのインパクトに隠してもっと根本的な所で対策をしていました。

 

『学年対抗制』

 

 はい、ルールのこの部分です。

 

 "私達だけ勝っても、他が全部負けたら特に意味が無い"

 

 今回はそんなオチです。二年と三年の交流が無さすぎて未だ名も知らない先輩方も同じようにこの不意打ち、抜き打ちテストを食らってピンチになっている事に思いを馳せるべきでした。別に点数にはなりませんが、違う学年を呪う事はルールで禁止されていませんでした。勝ち筋はキチンとあったのです。

 

 因みに一年の皆様は、私渾身の力作式神、『焼き蛞蝓豆腐』のファイヤーパターンで答案用紙ごと焦がされたそうです。考えていた策としては、式神を作るときにいつかの時も入れて斧乃木ちゃんをピンチにしたというファイヤーパターンを入れまくって、相手方に用意された答案用紙全部焼き払ってくれないかな〜的な感じでしたが過剰火力だったみたいです。

 

 そもそも過剰質量・過剰体積だったみたいで式神が顕現した瞬間、京都校一年のプレハブが四散しました、これも文字通りにです。それで公的な判定としてはテスト中に教室外に出て全員失格という予想の斜め上を行く勝ち方でした。

 

 で、京都校一年のプレハブが吹っ飛んだ様子を皆んなでゲラゲラ笑っていたらこの知らせが来てこの始末です。

 

 ニタニタ笑う京都校の方々に五条君が『蒼』を叩き込みそうになるのを夜蛾先生が鉄拳制裁で止めたりだとかの一幕がありましたが、……いえ、ここは私も素直になりましょう、良い子のフリをやめましょう。

 

 皆、気持ちは同じです。

 

 ───あいつら、次の試合でゼッタイにぶっ飛ばします。

 

 

 

 

 

 

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