呪物語   作:マクガフィン

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なでこローチ

 

 

 001

 

 

 何だかんだで、私こと千石撫子は、首都の方の基本流儀であるらしい全編バトル・ジャンプ漫画的なボコり合いから上手く逃げて、今までのやり方で、それ即ち洒落と言葉と感情で、色々解決出来てきました。

 

 もちろん、それで解決するなら、そちらの方が望ましいでしょう。

 

 ド派手で無法なアクションの裏では地味で善良な一般市民らの地味で善良な生活が破壊されている事を忘れてはいけません。

 

 気持ちよく爆破した建物にだって、かっこよく武器として振り回されたビルにだって、毎日そこで生活していた人がいるのです。

 

 確かに、その凡百の建物の歴史に於ける瞬間的な熱量、ハイライトこそその数秒に籠っているのかもしれませんが、地味であった時間だって数万時間積み重ねれば、そこを使っている誰かにとってはその天秤がどちらに傾くかは明白です。

 

 なので無闇矢鱈に町や生活を壊すような派手なアクション行為は、アクション漫画を描くなら色々考慮して描きたい私なのでした。

 

 ですが、───ですが、それをしてでも、多少の加害を度外視してでもそうしなければならない瞬間もあります。

 

 ええ、漫画にも、"現実にも"。

 

 

 

『───私ハ、鉄ノ味、ガ好キ、ダ』

 

 

 

 相対しますは、

 

 ───漆黒にして貪食にして不浄なる蜚蠊呪霊『黒沐死』

 

 交流会の意味が、もし動物や昆虫、もう少し悪意を込めて呪霊との触れ合い会だったと誤っていたとしても、このチョイスをした人には謝って欲しいです。

 

 はい、この蜚蠊呪霊には今までのようなトンチや在り方的な相性、人間的な部分による弱点が……無い、と言い切るには早計と偏見が過ぎますが、集めた呪力、即ち恐怖の質が、「しぶとさ」「しつこさ」「すばやさ」に特化している為、悠長な、言い換えれば丁寧なやり方は些か相性が悪いというもの。

 

 という訳で、ここからは全編(おおよそ、大体)バトル、予算にしてB級映画レベル、ドッカンどっかん色々吹っ飛ぶジャンプ漫画的アクションの始まり、はじまり。

 

 

 

 002

 

 

「作戦会議ィー!!!」

 

 そういう五条君の掛け声と共に、私達は夜の学校に集まって、会を開きました。

 

 何の会かは、言わずもがなです。

 

 明日のリベンジ回の為の話し合いの会です。燃えない訳がありません。

 

「先ずは今日のスペシャルゲストの紹介、───夜蛾正道教諭!」 

 

「うむ、学生が暗くなった後に学校に集まるには、監督者が必要だからな。それを監督している過程で、俺は『偶々』生徒の話が聞こえてくるだけだ」

 

 はい、何と夜蛾先生も来てくれました。企みに乗ってくれました。

 

 普段ならゼッタイこんな不中立な事はしない人なのですが、今回は事情が特別みたいです。

 

「そう、俺は、偶々、明日の交流会の種目決めにおいて、定例通り個人戦を学長に提案するかどうか決めかねている所で、偶々監督の仕事をしているお前たちの話が聞こえてくるだけだ」

 

 はい、やっぱり今日の不意打ち、否、抜き打ちペーパーテストが良くなかったみたいで、東京校の二年、三年の先輩方は明日出場不能なレベルでズタボロになったらしいのです。

 

 で、個人戦は一対一のマッチングを繰り返していく形式。なので私達四人が全部勝ったとしても残りの学年の方々が不戦敗となると自動的に敗北になります。

 

 この不戦敗戦術に関してはれっきとした正攻法で、慣例に於ける一日目の『集団戦』で相手の中で厄介な人を呪霊討伐競争のどさくさに紛れて再起不能にし、次の日を有利に運ぶ為の布石にするのが定石です。

 

 なので、一日目の『集団戦』はただ足早に呪霊を祓えばいい訳でも無い実はとても奥の深い競技であったのです。

 

 で、京都校の皆様は、この『集団戦』の戦果の美味しいところだけ持っていきました。東京校の2、3年の先輩方を二日目出場不能、或いは疲弊でパフォーマンスを落とすような状況を作って、且つ全体の勝負としての勝ち星を上げたのです。

 

 というか、勝ち星と言えば交流会が始まった時からのそもそもの疑問なのですが───

 

「五条君、なんで京都の人たちは……言い方は悪いけど、たかが運動会の勝敗に、不正までして拘っているのかな?」

 

「わり、それは俺のせい。京都校の入学蹴って東京(こっち)来たし、アイツらにしても履歴書に(五条悟)に勝った、って書ければ呪術師として色々箔がつく。別に4級の雑魚術師の強さなんてどんぐりの背比べだから、そーゆー肩書きが飯食う上で大事なんだと。まったく、雑魚はたいへんだねぇ」

 

「全く、呪術師の世界もそんな新卒就活みたいな事になっているなんて。人間、異能を持ったくらいじゃ何も変わらないね」

 

 ええ、本当に人の性質は、どんな非日常、非常識、非常事態であっても悲しいくらいに一貫しているのは、私も知るところであります。

 

「で、撫子。今回はなんか作戦あったりするの?」 

 

「硝子ちゃん、さっきも言ったけど私を私達のブレインにするのやめよ?絶対、夏油君や硝子ちゃんの方が色々頭回るって」

 

「別にそれはそうかもしれないけど、私や夏油が考えても"面白くない"からね。無難な作戦くらいなら考えられるけど、難が無い故に相手も難なく読んでくるだろうし」

 

「つーか、何で俺の名前あげてねーのさ、撫子」

 

「それはあれだろう。君が作戦を考えると『五条悟が圧倒的な力で暴れて何だかんだで大勝利』以外の案が挙がらないからだろ。硝子の言葉を借りるなら"面白くない"を通り越して幼稚なまである」

 

 という訳でまたまた私、軍師撫子の出番です。大体いつも作戦通りに行かない軍師キャラ・先読みキャラって、物語の展開としては当然なのですが一度も綺麗に役割を全う出来ないのは不憫な感じもします。

 

 五条君と夏油君のいつものボコり合いの音を背景bgmに、状況を整理しましょう。

 

 現状、京都校の方々に先制点を一点取られている状態、おまけに全2試合の内の一点なので、どれだけ頑張っても私達はMAX引き分けにしかなれません。

 

 ……あらゆる漫画が三回勝負を多用する理由がよく分かりました。全2試合ですと、一試合目で負けた側は当然勝ち目がありません。勝ち目が無い戦い、と書くと何だか面白い展開が書けそうですが、そこに『ルール上』と枕詞がつくと途端に読者はシラけてしまいます。

 

 ですので、その不満を解消する方向、できるだけスカッとする勝ち方が望ましいです。

 

 そういう意味では、夏油君が馬鹿にした『五条悟無双』も及第点くらいではあります。一試合目で制限された圧倒的な力で敵を纏めて散らすのは大味ながら愛される定番の展開です。

 

 ですが、少し頭の回る、賢しい読者はこう思ってしまいます。『結局、頭じゃ勝てないから、馬鹿みたいな力でゴリ押しただけのおバカの集団じゃないか』と。

 

 私は兎も角、同級生の皆々様はしっかり賢く賢しいので、そんな勝ち方じゃ溜飲は下らないでしょう。

 

 やはりここは意趣返し、呪い返しでお返しするべきでしょう。ここは呪いの学校なのです。

 

「京都校の人らが、すっ飛ばした『集団戦』を二試合目にするのはどうかな?人って、折角避けたと思った嫌な事が不意打ち気味で帰ってきたら結構イヤになるよ」

 

 これは不登校になったのに、体育祭やらペーパーテストをやらされた私自身がこれ以上なく実感している事です。

 

「成る程、折角、色々不正してまで逃げた直接対決にもう一度向き合わせる訳か。しかしそれでは試合内容自体は悟の幼稚な作戦と同じになってしまうよ」

 

「はい、ですから、彼らがやったように何かルールでも邪道を通ってみたい所ですが……」

 

 相手に負けを認めさせるというのは、ことの他難しいのです。

 

 人間という生き物はとっても都合の良い生き物で、大負けしても何か隙を見つけては『〜だったからしょうがない』『相手が悪かった仕方がない』と言い訳を、ご都合をつけてしまいます。

 

 逆に勝ち誇るというのも難しくて、力でゴリ押して捩じ伏せても、不正して不意打ち気味に勝っても心の何処かに勝ちを、その勝ちの価値を認められない考えが湧き立ってしまうものです。

 

「……主催側から言わせて貰えば、済まないが集団戦を今から計画するのは難しい。得点源となるある程度飼い慣らされ、且つ危険ではあるが参加者の中で一番弱い術師の命までは取れない絶妙な呪霊の用意が無いからだ」

 

 加えて夜蛾先生がそう、現実的な意見を挟んできました。しかし、今のこの意見で最後のピースが揃ったのです。

 

 

 

「───交流戦二日目の種目は『ポケモン』にしましょう」

 

 

 

 003

 

 

 交流戦二日目・呪呪(ジュジュ)ットモンスター・ヴァンプ/ドール

 ルール説明

・この試合では、参加する術師は試験会場にばら撒かれた式神や呪骸、呪霊を仲間にして戦う。

・勝利条件はどちらかの陣営が撒かれた式神・呪骸・呪霊の総数の3分の2をあつめること。

・全プレイヤーには、初期式神が配布される。配布される式神の強さはプレイヤーの等級に反比例する。

 

 特級術師→蝿頭

 一級術師→四級呪霊相当の強さ

 準一級術師→三級呪霊相当

 二級術師→二級呪霊相当

 三級術師→一級呪霊相当

 四級術師→特級呪霊・特級呪骸

 

 初期式神のラインナップは添付したカタログを参照して下さい───

 

 

 

 004

 

 

 

 はい、徹夜明けの千石撫子です。

 

 何とか、交流会の準備を完了する事ができたのでした。

 

 思いついたのは良いのですが、思ったより大事になってしまいましたね。

 

 何せ、急遽5体の特級怪異を集めなくてはならなくなりましたから。これは京都校側の四級術師の人数です。

 

 先日捕まえた『口裂け女』『玉藻前』で2体。これは夏油君を、即ち『集団戦』に於いてチートに等しい呪霊操術を縛っていること、これを相手に伝える為の施策で、これ以外にも多くの呪霊を試合の為に提供しています。

 

 『斧乃木余接』、正確には主の一人である臥煙さんと交渉して無事に『特級呪骸』の彼女も来てくれる事になりました。敵として相対することになるのは残念です。

 

 『神撫子』、……渋々ですが、ここが、こういう試しの場こそ、神様の出番でしょう。私をぶっ殺せるチャンスと聞いて、二つ返事で受けてくれました。無論、掛け値無しの『特級怪異』です。

 

 で、最後のお一人なのですが───

 

 

「かかっ。久しいのう、元前髪娘。あぁ、心配せんでも我があるじ様は大東京で逢瀬、逢引中だからのう、……東京には例の鼠が支配する王国があるじゃろう、今頃そこで浮かれておるじゃろうな」

 

「その王国は厳密には、東京には無いんだけどね。兎に角、来てくれてありがとう!忍ちゃん!」

 

 そう、鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。

 

 その気になれば十日で世界を滅ぼせたらしい

 

『キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード』

 

 "元"という言葉こそ付きますが、怪異としては無害認定を受けた今でも等級は『特級』のそれを保っています。

 

「なに、ちと業界のニューフェイスを味見しておきたかっただけじゃ。この儂を差し置いて最強を名乗っている生きの良い餓鬼がいるらしいではないか。凝り固まった軽く身体を動かすには、良い相手かの」

 

 意図せずして、彼女のご登壇により、五条君対策も完成したのです。いえ、意図自体は多分あるのでしょう。私に今は構築術式と呼ばれている蛇足のスキルの使い方を教えてくれた時のように、万が一、何かの間違いで本格的に敵対する事になった時の為の見定め、品定めである可能性が高いです。やはり最新の流行を追う耳聡さは長生きのコツですね。

 

「にしても、うぬも随分、あくせく働いているらしいではないか。流行りの都市伝説に、儂より年上の石ころ狐も祓いおって。あるじ様も、うぬが立派になっていけば行く程、気まずさが大きくなっておるから、せいぜい存分に大物になるのじゃぞ」

 

「……うん、これ以上無闇矢鱈にロリッ子にセクハラしたら、ロリコン怪異として退治する、って伝えておいて」

 

「は!」ははは!」はは!」ははははは!」

 

「これは我があるじ様も万事休すかの。吸血鬼擬き(ヴァンパイアハーフ)としてなら兎も角、そちらとして元セクハラ被害者に退治されるなら、自業自得じゃろう。文句のつけようも無いわい」

 

 

 

 005

 

 

 はい、結局、私達がやりたかったのは、相手も私達も納得尽くの、『拮抗した真剣勝負』の末の辛勝。

 

 相手の方々も特級呪霊2体、特級呪骸、神様一柱、元最強の吸血鬼まで仲間にして敗れたらぐうの音も出せず、負けを認めざるを得ないと思います。

 

「つうか、京都の四級術師共は特級連中配下にするのにビビり散らして棄権するのがオチじゃね?ガキンチョにロケラン渡すようなもんでしょ」

 

「そこに関しては、皆様、絶対に破れないような『縛り』を結んでいるから安全は確約されてるよ」

 

「いや、そういう問題では無いと思うよ、撫子。特級連中は、ただ"在る"だけで恐ろしいものだ。余程の自己肯定感か能天気さが無い限り、自分がそんな強大な存在を完全に御して、自分の力にしているなんて普通は思えない」

 

「まー、それで棄権勝ちしても私としては溜飲が下るけどね。相手が絶対負ける勝負を仕掛けてきて勝ちを盗んだ意趣返しとして、プレゼントしたかなり勝てそうな勝負を自ら手放させる、って言うのは結構良い筋行ってると思うけど」

 

「私としては、折角徹夜までして作った催しだから開催くらいはしたいよ、硝子ちゃん」

 

 そんな感じに、今回の顛末をお話ししながら、私達は現在、東京の大森林の中を移動しています。曰く、試合会場は学校の敷地内らしいです。相変わらず、東京にこんな大森林があること自体には違和感を覚えてしまう私ですが、こんな感じの、違和、非日常にはひと月の学校生活で、色々慣れました。

 

 土地にも、呪いにも、そして人にも。

 

 勘違いで思いがけず始まった異色尽くめの学校生活ですが、ことのほか、充足感を感じている事実は、否定しようがありません。

 

 強烈な個性の同級生達との呪い呪われのこの日々は、千石撫子という人物にとって代え難い経験になるでしょう。

 

「では皆さん、……皆さん?」

 

 おやおや?またまた私に対して何か企む顔をしてらっしゃいます。

 

「いや〜、ここは暫定俺らのリーダーの撫子が、始めの音頭を取るべきじゃね、って思ってさ」

 

「ここは一つ、良い感じに気合いの入る掛け声でも入れてくれないかい?」

 

「えっと、『えいえいおー』的なやつの事かな?私達の誰も、そんなキャラじゃないと思うんだけど……」

 

 うちの学年に、熱血系の人は残念ながら一人もいません。なので、こういう熱い青春あるあるは、全部他者を茶化す為の呪いとして用いられます。

 

 即ち、こういうやりとりもいつもの事、いつもの呪い合いです。

 

 ……まぁ、今回は幸運な事に、私には特級の持ちネタがあります。

 

 さて、さっさと呪い返しをしてしまいましょう。

 

 

 

「───せーのっ」

 

 

 

 

 006

 

 

 何とも脱力するウィスパーなスタートを切った私達の交流戦ですが、皆、ガチもガチ、ガチガチに勝ちにいっています。

 

 分担としては、忍ちゃんを五条君が抑えて、夏油君と硝子ちゃんで得点源且つ戦力源の式神、使い魔を集めます。途中から一級式神付きの三級術師の方々との戦闘、撃破もお願いしています。

 

 私の担当は、残りの4人の特級付き、否、憑きの四級術師の撃破です。

 

 この大役を任された理由は、単純に今回用意した特級ボスラッシュが大体、私の知り合い、倒した相手、若しくは私自身だからであるのです。あと、一応、"持ち札"の都合上、相性が良いというのもあります。

 

 一番厄介なのは斧乃木ちゃんですかね、長く一緒にいた分、私の考え方の癖のようなものを分かっていますから、やり辛いことこの上ありません。

 

 で、その持ち札というのも隠す程のもの、というか人でも無いのでさっさと開示してしまいますと───

 

「だから"撫子"は、背後から近づいてくるもう一人の撫子に気づかなかった!ってやれば良いんだね」

 

 はい、調伏済み式神のおと撫子です。可愛らしく鉄パイプをブンブンと振り回しています。あと、その発言だとやられて薬を飲まされるのは私です。

 

 このおと撫子には、人見知り故の人払いのスキル、五条君の業界用語説明だと、常時、半径数メートル(おと撫子の気分によって広がったり小さくなったりする)に追随式の人避けの『(とばり)』が下りているらしいのです。

 

 『帷』というものは、現代バトル漫画やニチアサアニメあるあるの、世間一般に非日常が漏れ出さない為のご都合結界、だと今まで考えていたのですが、おと撫子はそんなご都合主義を常に身に纏っている辺り、私のことながら何とも自分に都合の良い奴です。

 

 そんな私と共闘して、私は特級に憑かれた四級術師を不意打ちで倒していっちゃおうと思います。

 

 真正面から不意打ちします。

 

 それはポケモンに限らず、どんな邪悪で凶悪な敵でも律儀にルールに則って戦っているホビーアニメで皆が一度は考えたであろう作戦。

 

 お約束破りの人間へのダイレクトアタックです。

 

 私を囮にして、後ろからおと撫子が鉄パイプでぽすんとやります。

 

 あまりに卑怯で卑劣ですが、先にお約束や定例を破ったのはあちら側、これくらいの呪い返しにはあってもらいましょう。

 

「えいやっ!」

「ひでぶ」

 

「そいやっ!」

「ぐわし」

 

「どっこいしょ!」

「えっ、なn───」

 

 そうして、三人程しばき倒しましたが、残念ながら、アンラッキーながら、特級使い、即ち伝説のポケモン使いには遭遇しませんでした。

 

 ちなみに不意打ちを成功させるコツは、途中まではとても真面目にポケモンバトルに乗っかる事です。

 

 そんな感じに次の鉄パイプの犠牲者を探していると、近くにとても禍々しい気配を感じました。

 

 ついに特級使いと遭遇でしょうか───とフラフラと近づいたのが良くありませんでしたね、控えめに言っても卑劣な勝ち方なのに調子に乗っていました。

 

 そこにいらっしゃったのは、黒い群体でした。

 

 わさわさ、かさかさ。

 

 とても新聞紙で何とかなる量ではありません。

 

 スプレーがあったとしても焼石に水でしょう。

 

 火炎放射器でもちょっと心許ないです。

 

 

 

『───私ハ、鉄ノ味、ガ好キ、ダ』

 

 

 

 えっと、鉄パイプならありますんで、それで勘弁していただけないでしょうか?

 

 

 

 007

 

 

 

 どうにもこうにも、鉄の味、というのは血の味のコトらしく、私のあまりに間抜けな交渉はたわけの一言で一蹴されました。

 

 さて、この方は一体なんなのでしょう?少なくとも、用意したカタログやばら撒いた式神にはこんな呪霊・呪骸はいませんでした。

 

 夜蛾先生がこっそり足した秘密兵器でしょうか?いえ、見た目からして明らかに先生の趣味ではありません。夜蛾先生は顔に似合わず可愛いもの好きなフェルト人形師なのです。

 

 夏油君の隠し球でしょうか?いえ、そんなわけありませんね。ゴキブリ呪霊なんていう面白い存在を五条君や私達へ使わず秘匿するなんてあり得ません。

 

 となると、京都の方々の秘策でしょうか?いえ、こんな強そうな呪霊を裏で使役出来る人がいるなら、わざわざペーパーテストなんてやりません。……いえ、五条君がいる以上、この可能性は捨てきれませんね。

 

 兎に角、間違いないこととしては、私は今からこのゴキブリの方を何とかしないといけないという事です。

 

 

 そんな悠長に、構えている私をよそに。

 

 

 ───動きました。

 

 早いです、展開も動きも。

 

 なにも待ってくれません。

 

 黒い波が、蜚蠊の津波が私を飲み込みます。

 

 わさわさ、かさかさ

 

 ばりぼり、ぐちゃぐちゃ

 

 ───ぽとぽと

 

『───毒カ、ソレガ、ナンダ、トイウノダ』

 

『ワレラ、汚物ヲ、死肉ヲ、ソシテ、毒ヲモ』

 

(クライ)』『(クライ)』『(クライ)

 

 第一陣は、最初にして過去最大の致死的攻撃は、全身虫刺され程度で済みました。私の身体を齧った虫はころりと地面に転がっています。

 

 差し詰め気分はホウ酸団子です。

 

 ですが、今の一撃で思い知らされました。

 

 最早、悠長に考えている暇は無いのだと、覚悟を決めかねる時間は無いのだと。

 

 それ即ち、

 

 ジャンプ漫画的な殴り合いを

 

 アクション的なアクロバティックを

 

 ジャンル違いだと思い込みたかった、逃げたかった戦闘と。

 

 この瞬間から、向き合うしかないのだと。 

 

「せいやっ!」

 

 踏み締め、踏み込み、拳を振います。

 昔見た、火憐ちゃんの見様見真似、きっと猿真似にもなっていないでしょう。

 

 そんなパンチは素早い事が恐怖の源であるゴキブリに当たる筈もありません。

 

 ヒョイと躱され、返す触腕で鉈のようなものを振るわれます。

 

 左肩が殴打され、叩き潰され、地面に叩き付けられます。

 

「……っぅ」

 

 人間、経験した事の無い痛みは、そもそも痛いと知るのに時間がかかると知りました。

 

 肩口が熱いです、ぬるぬるしたものが腕をどんどん伝っていくのを感じます。

 私の血ですね。

 

『コノ味』

 

『蛇ノ、味』

 

『鱗ノ味、牙ノ味、眼ノ味、腑の味、骨ノ味、毒ノ味』

 

『ソシテ、鉄ノ味』

 

『───私ハ、鉄ノ味、ガ好キ、ダ』

 

「……ッ」

 

 瞬間、風の鎌がゴキブリの群れを裂きます。

 

 はい、先日夏油君と捕まえた一級呪霊『鎌鼬』です。

 

 私、千石撫子は三級術師、故に初期式神は一級品です。

 

 ようやっと、思い至りました。

 

 戦うにしても、アクション的バトルにしても殴り合いだけが全てではありません。遠距離攻撃、幻覚攻撃、ギミックバトルに、───"取り巻き召喚"

 

 昨今のバトル漫画の、様々な種類の戦い方を思い起こしましょう。

 

 こんな時だからこそ、こんな命の危機だからこそ、私は私の夢、目標を意識するのです。

 

「お願い!」

 

 手持ちの一級呪霊・呪骸4体を全て使って、相手に畳み掛けます。

 

 そう、今は幸運にも、『呪霊・呪骸・式神』を集める試験中なのです。

 

 そして私は三級術師を3人倒していますので、彼ら彼女らの戦力を奪えています。倒したら消えるチェス式ではなく、己がものとする将棋式にしたのが幸運でした。

 

 私はいまだに『特級』……というか『等級』というものが、どの程度の匙加減で決められているかは分かりません。

 

 『特級』は『一級』何体分なのでしょうか?

 

 いえ、数値で測れないからこその特別扱いなのですね。

 

 ううん、こういう、等級や能力の数値化というバトル漫画の概念は苦手です。

 

 何だかテストの点数みたいですし、人や生き物の能力はどうやっても数値だけでは表現しきれませんし───どうせ覆されるのがオチだからです。

 

 ええ、覆してやりましょうとも。

 

『呪イノ、味』

 

『コノ卓、ハ』

 

『コノ宅、ハ』

 

『悪食ダ、飽ク、コト、ナク』

 

 夏油君の見様見真似でここまで集めてきた呪霊を、呪骸を、式神を使っていきます。

 

 曰く、呪霊操術の強みは『手数とゴリ押し性能』

 

 それなりに近くでいつも見てきましたから、今ならこの言葉の意味が分かります。

 

 私なりに、というか漫画家的視点でこの術式を表現するならば『塩試合製造機』です。

 

 普通、能力バトルモノにおいて『能力』は一つずつ攻略されていきます。そして初見の能力には、必ず苦戦するのがお約束、というかそのようなものでなければ『能力』ではないのでしょう。

 

 で、そこからの流れは、

 

『苦戦』→『閃き・覚醒』→『突破』→『逆転勝利』

 

 ええ、バトル漫画の黄金の方程式ですね。両さんも言っていましたが、バトル漫画はこの流れをループさせるだけで描き続ける事だけなら出来ます。

 

 しかしながら、『呪霊操術』はこのループを破壊します。

 

『苦戦』→『苦戦』→『苦戦』→『苦戦』

 

 はい、真面目に運用すれば、相手が能力を突破する前に別の能力で畳み掛けたり、凄く噛み合わせの良い能力で、構造上の問題で、相手を詰ませる事が出来るのです。

 

 私が漫画家なら、この『能力』は上手く扱える気がしません。味方にいても、敵にいても、戦いが全て圧勝の『塩試合』、もしくは使える技を特に理由も無く使わない『ご都合主義』が見え見えになってしまいますから。

 

 漫画やアニメで苦戦しているキャラクターを見たときに、皆、一度は思った事のある意見。

 

『いや、アレ使えよ』

 

 それは最初に最強技を使わない主人公に

 

 何故か戦力を随時投入して各個撃破される敵組織に

 

 世界の命運がかかった戦いで律儀にホビーのルールを守る双方に

 

 合理的に戦わないそのご都合主義に、非難轟々でしょう。

 

 合理的ながら面白い話を、物語を作るのは大変なのです。

 

 

 ───では、もし、こんな扱いが難しい『呪霊操術』を合理的に使うならば、その次の展開はどうなるでしょうか。

 

 

(クライ)』『(クライ)』『(クライ)

 

 

 トレーナー撫子は目の前が真っ暗になりました。

 

 手持ちの呪霊が、使い魔が、式神が

 

 噛ませ犬と言わんばかりに

 

 一瞬で食らわれました。

 

 はい、先程の疑問の答えは"こんなに沢山でかかっても、敵わない"という引き立てに使われるというものです。

 

 というか、こういう引き立ては大量召喚系の能力の宿命な部分があります。

 

『私ハ、鉄ノ味、ガ好キ、ダ!』

 

 そして残るは、無防備な千石撫子ただ一人。

 

 食事の時間です。

 

 尤も、食材は、皿に載るのは、蜚蠊のほうですが。

 

 

『───蜘蛛カ!』

 

 

 ええ、アシダカ軍曹ですとも。描き下ろしほやほやです。

 

 地面から大きく土埃をあげて、血で出来た大きな蜘蛛の式神が現れます。

 

 画材は私の血、筆は指、キャンパスは地面、執筆時間は鉈で地面に叩き付けられてからずっと。

 

 それだけあれば、西表島の砂浜でそうしたように、漫画が、絵が描けます。

 

 私は、式神使いでも呪霊使いでもなく、『絵の能力者』なのです。

 

 式神や生き物は、私の呪力が毒故に作るのが難しく、縁のある怪異以外は上手く作れません。

 

 ですが、これが最初から毒のある生き物でしたらどうでしょう?

 

 結果はご覧の通り、相性バッチリです。蜘蛛も毒虫としては有名ですから。

 

『アシダカクモは、無毒な蜘蛛だよ、撫公。そこまで考えつくのに一番大事な部分が抜けてるのはお前らしいね。幸運なことに、その無知が虫をより凶悪にしたんだ。同じ陸上性の蜘蛛、巣を張らない蜘蛛で猛毒があるのは、

───タランチュラなんだから』

 

 何処からそんなツッコミが風に乗ってきましたが、それは今の私には知るよしもありません。

 

 という訳で、バトル展開中にも何とかいつものように相性の有利に持ち込めました。陸上性の大蜘蛛の主食はゴキブリなのです。

 

 しかしながら、これだけでは終われないのが今までとは違う全編バトル。

 

爛生刀(らんしょうとう)

 

 弱点を突かれたくらいではくたばらないからゴキブリは不快害虫ランキングトップの(くらい)を維持しているのです。

 

 喰われるより早く増殖しています。軍曹1匹じゃ手に負えません。

 

 タネは、あの気持ち悪い鉈でしょうか。

 

 振るわれる度に卵が振る舞われて、数秒で孵り新たなゴキブリ式神になっています。そう言えば私にも振るわれたことを思い出して一瞬血の気が引きましたが、すぐに私自身の毒で死産になっていることに思い至りました。

 

 しかし、どうしましょうか、このままではジリ貧です。

 

 いえ、ジリ貧なんて贅沢なピンチを、考える時間があるピンチを、ゴキブリ達は許してくれません。

 

「うっそぉ!」

 

 ドカンと、アウトブレイク、パンデミック、大増殖します。

 

 そうです、ゴキブリは1匹見たら100匹居ると思え、は有名な教訓になるくらい1匹から爆発的に増える生き物です。

 

 ですがまさか今までの大群が、あの呪霊にとっては『1匹』レベルだったなんて、どれだけゴキブリは日本国民に恐れられているのでしょうか。

 

 兎に角、そんなゴキブリの大群は土砂崩れや川の氾濫のように、木を、森を、山を押し流し、飲み込み、喰らっていきます。

 

 いきなりバトルの規模感が変わりすぎてついていけません。

 

「あわわわわ」

 

「オラっ、とっとと逃げるんだよ!ああん?」

 

 腰を抜かした私が、抜かしつつも何とか抜き取った次の手札は『逆撫子』

 

 ずっと逃亡用の手段として、温めていた手札を抜き放ちます。

 

 そう、いつかやられてしまった二柱の式神『媚び撫子』『逆撫子』も描き直し、そして昨晩再び調伏したのです。徹夜の原因の9割は彼女らの調伏の儀ですね。媚び撫子に納得するコーデを作ったり、逆撫子と叩いて被ってじゃんけんぽんを勝つまでやったりとそれなりに草臥れました。

 

 逆撫子のブチ切れたが故の怪力特性は、業界用語だと『天与呪縛のフィジカルギフテッド』と言うらしく、本来ならあった筈の呪力を、呪いを、"ほとんど"暴力に振り切ることで呪いを感じ、触れることすら出来なくなる事を代償に、莫大な肉体的パワーを手に入れた、とのこと。

 

 そんな圧倒的なパワーの逆撫子は私を小脇に抱えて、川を下り、森を駆け、山を疾走していきます。

 

 速度としては、斧乃木ちゃんの例外のほうが多い規則(アンリミテッド・ルールブック)には劣るものの、小回りが効き、こういった障害物の多い立地では非常に頼もしい限りです。

 

 しかしながらそこはゴキブリ、すぐに追いつき並走し、私に、私達に狙いを定めています。

 

「おい!どうする!今撫子!」

 

「取り敢えず、五条君と忍ちゃんがバトってる所まで逃げよう!ジャンル違いの中でもとりわけ別格なあの二人なら───」

 

「つっても、あの若年性白髪野郎も金髪ロリババア吸血鬼もこの辺にはいねーみたいだぞ」

 

「この辺って、どの辺?」

 

「少なくとも試合会場にはいねぇな、音が聞こえねぇ。バトってるうちに楽しくなって気づかず場外にいっちまったんじゃないか?」

 

「えぇ……」

 

 気づかずどっかに行けるような範囲の会場では無かった筈なのですが、あの二人らしいと言えばらしいですね。

 

 しかし、今はその能天気なくらいの圧倒的強さが恨めしく、羨ましいです。

 

「兎に角、味方を集めよう!夏油君に、神撫子、斧乃木ちゃん辺りがベスト!逆に弱そうな人、京都校の人や試験官の人じゃ多分どーしようもないから見かけたら逆方向に走って!」

 

「ったく、式神使いが荒い、なっ!」

 

『木ノ味、墨ノ味』

 

 逆撫子は、黒い波を躱し、ゴキブリ呪霊と拳を交えつつ、指示を聞いてくれます。

 

 因みに、呪霊が見えも触れられもしない逆撫子がどうやって呪霊とやりあっているのかというと、周りのゴキブリ達の中から不自然な『間』とやらを良くなったらしい視力で感知して、事前に持ち込み紙に封じていた籠手呪具でボコボコ殴っているとのこと。

 

 正直言って、その圧倒的頼もしさに感無量の私なのでした。

 

 しかし私も、頼りっぱなしではいけません。正直言って、今のところ全く倒し切れるビジョンが浮かばないくらいの戦力差があると直感していますが、しかしながら負けたら未来はゴキブリ撫子として、彼らの血肉となって動き回る事を考えると、もう少しマシに死にたいと思うのは、きっと贅沢ではない筈。

 

 兎に角、次誰に出会うかが、全ての鍵を握っています。

 

「よし、次の広場に強そうなのがいるぞ!」

 

 逆撫子がそう言って駆け抜けた先には───

 

 一面、真っ白な、見覚えのある景色が広がっていました。

 

 

 

 008

 

 

 

「ふふふ」

 

「ふふふh「悪いけど、その長いぶっ殺口上はカットだよ、神撫子」」

 

「ちぇっ、まぁ、いいや、殺そ」

 

 そう言ってヒョイと投げやりに投げられた毒牙を、ヒョイと躱します。

 

 私もすっかりバトル漫画の住人になってしまいましたね。

 

「えー?で、私の十八番をカットしてまでかっ飛んできた理由は何かな、神様だからそーゆことの理由くらいは聞いとかないと。さっきの無礼だから、叶える気はしないけど」

 

「願い事は、口に出すまでも無くやって来るよ」

 

 白い、白蛇の園に、汚濁の黒が落とされます、塗りつぶしていきます。

 

「!!!」

 

「キモ」

 

「キモキモキモ」

 

「キモキモキモキモキモ」

 

『私ハ、肝ノ味、モ好キ、ダ』

 

「あっそう、キモ」

 

 そんな非常にIQの低い会話と共に白と黒がぶつかります。

 

 蛇と蜚蠊が喰らいあいます。

 

 見た感じは互角、やっぱり曲がりなりにも神様、撫子の中でも出力はぶっちぎりです。

 

「おい、アイツ(神撫子)の暫定飼い主の四級野郎、お前に負けた事にして棄権するとよ」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 逆撫子、仕事が早いですね。これで神撫子の所有権は私に戻りました。一応、これはやっておかないと不意打ちでぶっ殺されかねませんからね。

 

 というか、棄権した四級の人、明らかに神撫子を御し切れていませんでした。昔の私がご迷惑をお掛けしました。

 

 しかし、お陰様で正式に神撫子とも共に戦えるというものです。

 

「私と逆撫子で、本体を狙うよ」 

 

「やってやろうじゃねぇか」

 

「しゃしゃしゃしゃしゃ」

 

 いつかの時の撫子だらけ、リターンズです。

 

 神撫子が、ゴキブリ呪霊の本体まで蛇で橋を架けて、私達二人がそこまで駆け抜けていきます。

 

 近接戦です。

 

 ダメージリソースは逆撫子の近接戦闘、眷属のゴキブリ抑える役は神撫子の白蛇操術。

 

 では今撫子の役は?

 

「いったぁ……」

 

 はい、盾です。

 

 あの卵が埋め込まれた鉈に対する盾が、今の私の役割です。

 

 あの鉈、一度でも当たれば、自身の血肉が蜚蠊の苗床になってしまいます。

 

 そして逆撫子は、呪力の大部分を天与呪縛で肉体パワーに変えてしまった為、私が本来持つ猛毒の呪力特性は失われています。

 

 それに対して、私のほうは実際に一度喰らって、無効化している事を確認済みです。

 

 つまりやるべき事は、鉈が振るわれそうになったら全力で当たりにいく、それだけ。

 

 あとはただの我慢比べ。

 

 どっちが先に音を上げるかの殴りあい喰らいあい。

 

 でも、私の予想だと、蜚蠊という生き物は───

 

 喰らう、啖う、暗う、昧う

 

 啖う、暗う、昧う、喰らう

 

 暗う、昧う、喰らう、啖う

 

 昧う、喰らう、昧う、───逃げる

 

「「しゃあ!」」

 

 はい、ゴキブリという生き物は、不利、というか状況が危険になり"そう"なら逃げ出して、潜伏し、力を、数を蓄える生き物です。そんなに好戦的な生き物ではないのです。

 

 撫子二人が能天気に喜んでいますが、しかしこの話の本質はその逆、ゴキブリは絶対に逃してはいけません。1匹見逃したら100倍になって帰ってきますから。

 

 だから、そのためには───

 

 

「───しかし、背後から近づいてくるもう一人の撫子に気が付かなかった!」

 

 

『ガッ、鉄ノ、味』

 

「うん、鉄パイプだから」

 

 撫子だらけ、最後のピース、おと撫子です。

 

 人見知り故の人払いの帷により、逃げ出そうとしたゴキブリ呪霊の背後を取り、ぽすんとフルスイング。元ネタがゴキブリ故に殴打に対する耐久力はそこまで規格外ではないのかぐしゃりと内容物が飛び散っていきます。

 

 後頭部を砕かれたゴキブリ呪霊が地に臥します。

 

 やりました。やったか!なんてバトル漫画あるあるの無粋な呪言は吐きません。

 

 というかどれだけ控えめに言っても満身創痍です。これ以上は───

 

『ワ、タシ、ハ、鉄ノ、"血ノ味"、ガ、スキ、ダ』

 

 頭を潰されてもなお、まだ立ち上がり、残った下顎だけで喰らいつこうと、紙である式神達では無く、血肉を持った私に喰らいついてきます。

 

 いっそ敬意まで覚えるその暴力的生命力に、私も覚悟を決めるしかありません。

 

 

 

 

 初めての味は、エビの尻尾のような味でした。

 

 

 

 

 

 009

 

 

 

「それでお前は、その毒牙をゴキブリにマウストゥマウスしたのか。いや、確かに合理的ではある。呪術の基本はイメージだ。お前の呪力毒の本質は蛇毒、だから口から、牙から注入するという簡易的な縛りの元なら毒性は数十倍にも膨れ上がる。でも、分かってても普通はやらないし、やれないよ、撫公」

 

「撫子のファーストキスはゴキブリ呪霊、撫子のファーストキスはゴキブリ呪霊、ダメだ、腹が捩れちまって息ができねぇ、ヒーッ」

 

「この話は、あるじ様には聴かせんほうが良いかの。寝てもないのに寝取られたと寝込むのがオチじゃ。にしてもお主も豪胆よのぉ、あの前髪娘がこんな風になるとは」

 

「流石の私も、君が瀕死に、仮死状態にしたゴキブリ呪霊───正式名称『黒沐死』を口から取り込む事には抵抗があったけどね、こんな顛末を聞いたら私の文句は引っ込んだよ」

 

「というかなでっこは無茶し過ぎだよ、これで君が主導して祓った特級呪霊は3体目だ。私は君の事を高く買っていたけど、それでもなお安く見積もり過ぎていたらしい。その差額といってはなんだが、治療費は勿論のこと、今後の人生に於けるありとあらゆる融通を私は約束しよう」

 

「……交流戦の方は心配しなくとも良い、撫子。『黒沐死』が出てきた時点で相手方は次々に棄権したし、出てきた時点から考えても得点勝ちしている。おまけにお前は、人寄せの性質を持つ式神(媚び撫子)を使って試験会場に居た人を誘導して多くの命を救っていただろう、どこに出しても恥じる事の無い立派な行いを、俺は教師として誇りに思う」

 

「面会時間はここまで、屑共とお客人方。……撫子、ゆっくり休んで」

 

 はい、そんな感じで、今回の顛末は病室にワラワラ集まってきた私の知り合い達が全て語ってくれました。これだけの人が私の為に集まってくれるようになったなんて、考えてもいませんでしたね。

 

 感謝を述べて感激したいところですが、しかし今の私は全身穴だらけ、あざだらけ、血だらけのマミー撫子リターンズ状態で口を開くことすらままなりません。

 

 ですので今回は蛇足は短めに、ここまでといたしましょう。

 

 ……一応、私、少女漫画/恋愛漫画/ラブコメ漫画家志望なんですけれど、その作者のファーストキスがゴキブリ相手というのは、如何なものなのでしょうか。

 

 

 

 

 

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