呪物語   作:マクガフィン

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なでこパーティ

 

 

 001

 

 

 5月も中旬。私、千石撫子は一週間程でなんとか無事に退院し、学校に復帰、即ち不登校生活に復帰しました。硝子ちゃんの凄腕治療により傷一つありません。ありがたい限りです。

 

 えぇ、時間にして入学から一ヶ月半が経ちました。

 

 まだここにきてから一ヶ月半

 

 もうここに来てから一ヶ月半

 

 濃い日々の時間の感じ方は、それを過ごした人にしか形容出来ない独特のものです。

 

 過ごした人と言えば、先日、4柱全員起動してしまった過去の人、否、撫子達はそれはもう好き勝手に振る舞い始めました。入院で一週間も動けない隙を突かれました。

 

 おと撫子は、オラオラ系超絶イケメン五条悟と鬼畜系塩顔イケメン夏油傑にサンドイッチされている現状に、そのポンコツ恋愛回路がぐるぐる回り廻っています。思えば、あの頃の私が、毎晩妄想し、執筆していた夢小説ならぬ、夢漫画のシチュエーションにそれなりに近いのでさもありなんです。

 

 媚び撫子は、硝子ちゃんと速攻で打ち解けて、私が一度も裾を通していない制服を可愛く魔改造したり、大東京狂騒廻るめくショッピングにお出かけしたり(勿論、出費は私のお財布です)と私よりも余程健全に若者をやっています。

 

 逆撫子は、純粋に戦闘力を向上させる為、鍛錬の場に姿をみせたり、五条君や夏油君と一緒にゲームセンターに夜遊びにいく不良仕草を見せたりと、有難いこともしてくれていますが、私の顔でやって欲しくないこともしでかしています。

 

 そして問題の神撫子は、……意外にも実害はそこまでありませんでした。学校の特性上、ほぼ無限にあるお神酒をラッパ飲み、樽から直飲みする飲んだくれ仕草をしたかと思えば、休み時間の間や何気ない日の夜にふらっと五条君ら同級生とゲームで遊んでいるらしいです。

 

 正直、朝から晩まで基本的に全て引きこもりの出不精の私こと、今撫子が一番不健全な若者をしているまであります。今更迷ったりはしませんが、時々自分が正しい道、やりたい事をやれているか分からなくなる事もあります。

 

 えぇ、きっとこれは誰にでもある事なのでしょう。どれだけ夢に見た在り方になっても、どれだけ決意を固めても、人間ですから迷い惑うことはなくなりません。

 

 こういうときこそ、初心を、最初の気持ちを思い出すのです。

 

『幸せにはなれずとも、なりたいものになればいい』

 

 あの冬の日の、貝木さんの言葉が脳裏を過りました。

 

 ええ、分かっていますとも、なりたいものになる為に生きる。

 

 あの日の私は、そう優しく騙され、呪われたのです。

 

 それに、幸運な事に、今の私は幸せで無い、という訳でもないのでこれ以上文句をいうのはバランスが悪いというもの。

 

 わざわざ色々騒動を起こしてまで盛大に投げ捨てた筈の青春が、ブーメランの如く返ってきたのですからさもありなんです。

 

 

 

 002

 

 

 千石撫子の部屋は知り合いの溜まり場になっています。

 

 ポジションとしては、ドラえもんでいう空き地です。空き地なのに溜まっています。

 

 学校から寮に戻る時に、彼ら彼女らは自身の部屋を経由せずここに帰ってくるレベルで溜まられては堪りません。

 

 尤も、堪らなかったのは最初の一週間ほどで、その後は溜まられてもストレスは溜まらなくなりました。

 

「つーわけで、撫子退院祝い〜!」

 

「どんどん」「ぱふぱふ〜」

 

 どか盛りのエビフライが鎮座しています。敢えて堪らなくストレスが溜まった中央を、チューを、攻めてきました。

 

 安心する程いつもの同級生共です。

 

 因みに、私がこの手の何か始める時のコールの先陣を切る事は、金輪際禁止となりました。私の数少ない持ちネタは封じられてしまいました。

 

「───それで、撫公はこの僕が、西表島で救命の為にマウストゥマウスしたことを頭からすっぽかして、ゴキブリが初チューだと思って絶望していたのか」

 

 はい、そうです。まずしなければいけないのは前回のオチの訂正からです。

 

 私の初キスの相手は、死体童女の斧乃木ちゃんなのでした。

 

 これで千石撫子の乙女の尊厳は守られたのです。

 

 ……………

 ………

 …

 

「いや、ほんと、ごめんなさい、斧乃木ちゃん。ほら、意識ないときに、キスされたことって、『キスされたらしい』っていう薄い印象しか残らないんだよ。お父さんだとか、お母さんに子供の頃にキスされてたらしい、というのと同列だよ。つまり斧乃木ちゃんには、それぐらいの親しさを感じでいるって事だよ」

 

 はい、こんな無礼千万をかました私に出来る事は、せいぜい無様に言葉を並び立てる事だけです。

 

「ふーん、だ。それじゃあやっぱり、あのときは撫子もほぼ死体だったし、僕も死体だからノーカンって事だね。お望み通り、撫子の初チューの相手はあのゴキブリ呪霊という事になるね」

 

 そう言って、斧乃木ちゃんはエビフライを尻尾から私の口に突っ込んできました。

 

「もがががが、キスの味」

 

 かくして、エビフライを食べる度に(キス)の味がすると言葉遊びをしなければならない呪縛は、永遠に解けない呪縛となりました。誰かキスして呪いを解いてください。

 

「やっぱり、初キスに味がある事は大事なんだね」

 

『───私ハ、鉄ノ味、ガ好キ、ダ』

 

「夏油君、エビフライを口に突っ込んだ私の前で、その呪霊を会場に突っ込むのは勘弁して欲しいです。というか、そうでなくても食事中にゴキブリ呪霊出さないでよ」

 

 そうツッコミましたが、どこ吹く風、五条君と夏油君はゲラゲラ笑っています。相変わらずの小学生センスとド畜生さに安心を覚えるまであります。

 

「で、撫子が面白い事になってるのはいつもの事だからいいけどさ。他の撫子達は好きにさせちゃって大丈夫だった?私はおでこ出してる……『媚び撫子』だっけ、とは勝手にけっこー仲良くしちゃってるけど」

 

「あー、俺らもゲームやる奴足りない時とか、自販機にパシらせたりとか、便利につかっちゃってる、撫子シリーズ。傑の呪霊でもいーんだけど、キモいし、自主性無いし、ゲーム下手だし、面白くなかったから、もう戻れんわ」

 

「悟、そこはシスターズ、ってつけた方が彼女らも喜ぶんじゃないかい?シリーズだとモノ扱い感が強くて少し不適だ」

 

「夏油君、これは私が業界人から、というかそこの斧乃木ちゃんから聞いた話だけど、自分そっくりの、或いは人型の式神ってそんな感じの過度な人間扱いすると、本人を乗っ取っちゃうのはよくある話らしいんだ。どうか勘弁してほしいな」

 

 確かに私は、属性で言ったら妹キャラっぽいですが、妹キャラ属性が原因でヒロインレースに敗走したようなものですから、はい、そうです、と認めることは出来ません。

 

 やっぱり仲睦まじく、とても可愛い"本物"の妹が二人もいるあの人に、妹キャラで売り込むのは負け筋が過ぎたのです。

 

 尤も、同級生のお二人が恋愛的にどうこうというお話は天地がひっくり返ってもありませんし、ありえませんが、また妹キャラ軍団としてキャラを立てていると、いざ誰か現れたというときに同じ轍を踏みそうじゃないですか。

 

「付け足すならそこの撫公は、自分の作った自分の姿をした式神が、ブルマ一丁で、ソッチの意味の『手ブラ』でぶらぶら徘徊したせいで、あわやお縄になるかもしれなかったんだ。そういうリスクもあるんだよ」

 

 あぁ、その話をしちゃいますか。キスを忘れられた傷は深いようです。まだまだギスギスしていますね。この細やかな復讐は、受け入れる他ないでしょう。

 

 またゲラゲラと笑い声が聞こえるかと思いきや、笑ってるのはさっきは笑っていなかった硝子ちゃんだけで、五条君と夏油君は普通にドン引いていました。

 

「えっ、あの式神達って、確か過去の撫子だろ……っつうことは、さ」

 

「悟、人の趣味にとやかく言うのは良くないよ。救いようの無いものに何を言っても変わりようは無いのだから」

 

 はい、女子の方がエグい下ネタはウケやすいっていうのは本当のようで、感性小学生のお二人には些か早過ぎたのです。

 

「いや、あれは友達のお兄さんとその後輩の前で諸事情で脱いだときのヤツだから、ブルマで徘徊はしてないよ」

 

 弁護人撫子、一応、被告撫子をそう弁護してみます。ブルマも女子の先輩が常備していたものを貸して頂いただけですし、決して私の趣味ではありません。無罪を主張します。

 

「いやいや、普通は友達のお兄さんの前では、諸事情があっても脱がないし、ブルマ一丁にもならないんだよ、撫子」

 

 異議を挟む余地なく、逆転の余地なく、私はそう敗訴しました。

 

「まぁ、撫子が作者の方が18禁の漫画家になりそうなのはさておき」 

 

「さておくには致命的過ぎるけどね、硝子ちゃん」

 

「いい加減、聞くべきことを聞くとさ、撫子は……大丈夫?」

 

 硝子ちゃんは、茶化さず、誤魔化さず、真剣にそう聞いてきました。

 

「自分の分身に自由にさせるって事は、どう良く解釈しても自分の人生を、得る筈だった楽しみを、盗られるって事。多分、このままなぁなぁで式神を外に出し続けてると、私達もそれなり以上に親しみを覚えちゃうし、人として、撫子として扱うようになっちゃう。それでも、撫子は本当に大丈夫?」

 

「確かに、それは僕にとっても無視できない問題だ。お前が引き篭もって漫画を描いている間に、『おと撫子』は友達のパシリとしてパシリ業務を板につけて極め、『媚び撫子』は友達と可愛い改造制服を着こなして学校に行き、『逆撫子』は友達とスポーツに励んで青春の汗を流し、『神撫子』は友達をずっと見守っている。これはどれを取ってもお前が得られるかもしれなかった可能性だ、人生そのものだ」

 

「それを本当に」

 

「過去の自分自身とは言え、式神に」

 

「式神の僕が敢えて言うが、"たかが"式神に」

 

「分け与えてしまっても、いいのか、たった一人の千石撫子は」

 

 

 003

 

 

 もし、自分自身が増えたら、どう扱うのでしょう?

 

 一つの有名な答えとしては、『ドラえもんだらけ』です。

 

 えぇ、私も、私達もそうなったように、揉めます。

 

 殴り合いの殺し合い、ヤロウぶっ殺してやる、と怒号が飛び交います。 

 

 分かりやすいほどのアイデンティティ崩壊の危機ですね。

 

 

 

 ───ですが、もっと難しいのは、『揉めなかった』場合の方です。

 

 

 

 まぁ、取り敢えず、利害やらなんやらで、共存しなければいけない時、"取り分"をどうするか、という問題が発生します。

 

 当たり前です。社会にとっては、他の人にとっては、自分という人間はどうやっても一人しかいませんから、享受できる社会的生活は、自分が保有している人間関係は一つしかありません。

 

 そうして、増えてしまった自分達は人一人分の人生は切り分ける羽目になります。

 

 仕事担当の人、家族担当の人、etc

 

 これ以上の担当が私には思いつかずエトセトラでお茶を濁したのは、けっして私がおバカだったからではなく(無い筈!)、どれだけ頑張ってもこれ以上切るのは無理だなぁ、と思ったからです。

 

 人間関係とは、連続性です。なので自分同士でも、相手にとって連続性が無ければ引き継げません。

 

 昨日した何気ない話、一週間前の放課後にした与太話、数ヶ月前の決して忘れられない思い出話。

 

 その全てが繋がっていないと、相手にとって、自分は自分では無いのです。

 

 しかし、そこを割り切って別人になる事もまた難しいです。

 

 どう別人になろうと、途中までは全員、たった一人の自分だったから。

 

 そんな簡単に、自分が自分である事を捨てられる人はいません。

 

 

「それで、撫子はどうするの?撫子達のこと、みんな破いてゴミ箱に捨てるの?」

 

「うんうん、わかる、分かる。友達が自分の知らないところで別の友達と楽しくしている所を見ると、とっても悲しくなるから。それが自分自身なら、なおさら許せる訳ないよね」

 

「俺様だったらブチ切れてシュレッダーに突っ込んでやるがな。まぁ、お前の好きにするといいさ、最初から覚悟の上だ」

 

「ふーん、まぁ撫子もなんでもいいよ。神様だから、そんな人間っぽい幸不幸、生き死にに興味ないし。でも眠いから、早く決めて欲しいな」

 

 緊急撫子会議です。前回開催された、脳内撫子10人全員が黙りこくったあの無様な会議とは訳が違います。

 

 全員の進退、生き死にがかかっている、重要なお話です。

 

 

 

「……ごめん、皆、羨ましかったよね」

 

 

 

 今回の真相は、当然といえば当然の、分かりきったお話です。

 

「漫画家になるために、散々否定してきた」

 

「普通の女の子としての幸福を」

 

「普通の子供としての幸福を」

 

「あなた達と戦ってまでして手放した青い春を」

 

「偶然とはいえ、後付けでセコセコと拾い直したんだから」

 

 そうです。式神達は、過去の私達は羨ましかったんです。

 

 この今が、この日々が。

 

 夢も、怪異も、日常も、全て手の内に入っています。

 

 勿論、良いことばかりでもありませんが、どう差し引いても今の私は間違いなく持ち過ぎて、恵まれ過ぎているのです、過去の私達と比べて。

 

 少しくらいつまみ食い、あわよくばがっつりいきたくなるのは仕方がありません。

 

「だから、いいよ。いいんだよ、今をちょっとくらいつまみ食いしても」

 

「出来れば、後からでいいから彼ら彼女らと紡いだお話を聴かせてほしいけど、自分だけのものにしたいなら、そっと胸の内に隠しちゃっても文句は言わない」

 

「あぶく銭、棚からぼた餅、きっと今手に入っている幸福ってそういう類のものだから、せめて気前良くいかないと」

 

 それに、きっと私一人では、この幸運を、恵まれた環境を活かしきれませんから。

 

 ───先程の『自分で自分と人生を分け合わなければいけなくなったらどうするか?』

 

 その答えは、分け合っても問題のない、というかそもそも一人では活かしきれないくらいの恵まれた大きな人生を持っているならむしろポテンシャルを引き出せて、より良い人生になる。

 

 そんな頭の悪い、贅沢な答えに帰着するのです。

 

 だいたい、たかが撫子が5人いたところで、あの強烈な同級生たちと遊び切れる気がしません。もう5人、はちょっと多いので4人欲しいくらいです。一人当たり3人の撫子の計算ですね。

 

 

「……ありがとう、私。撫子も頑張って、あの二人の好感度上げるよ」

「それはいらないよ、おと撫子。天地がひっくり返っても無いから。これ、硝子ちゃんとの共通認識ね」

 

 

「じゃあ、私は、思いっきり可愛く着飾ってあげる。後からどの写真を見返しても、あの頃の私達は綺麗だったんだって、思えるように」

「ありがとう、媚び撫子。もう無闇矢鱈に可愛いって言ってくる人もここにはいないから、思いっきりおしゃれしちゃおう」

 

 

「んじゃあ俺様は、思いっきり朝から深夜まで、出来る限り遊んでやろうじゃねぇか。軟弱なお前らの代わりにな」

「深夜は勘弁して欲しいな、逆撫子。補導されたら罪に問われるの私達なんだよ」

 

 

「神様だし、頼まれたことを気まぐれで叶えるくらいはしようかなぁ。お賽銭、一回一万円からで」

「割高だよ、神撫子。いや、神様に直接話を聞いてもらえる代金としてはお値打ちかも」

 

 

 という訳で、私は式神達と縛りを結びます。

 

『私の都合だけで、式神を再び紙に戻さない』

 

 という縛りです。破った場合は、私の方が紙に封じられてしまいます。

 

 

 素人なので、この縛りを科すことで何が起こるかは、正直よくわかりません。

 というか安易にこんな縛りを結んだことは、皆さんに後で怒られてしまうかもしれません。

 

 ですが、この判断に後悔はありません。

 

 あの時の私も、あの頃の私も、あの時期の私のも、あの期間の私も、全部ひっくるめてたった一人の千石撫子なのですから。

 

 

 

 004

 

 

 

「撫子〜、飯食いにいこうぜ〜」

 

 それから何か変わったかと言えば、別段何も変わっていません。私の同級生たちは一瞬で私が5人いることに適応し、それが当たり前になったのでさもありなんです。

 強いて言えば食費は5倍になりましたが、"お給金も5倍"になった為、収入は激増しました。

 

 というのも───

 

「どの任務行っても、撫子が付いてくるのは、変な感じするな。まぁソロでいってもクソつまんねーし、暇しねーからありがたいけど。傑も硝子も今、撫子と行ってるんだろ?」

 

「うん、市街地調査系の任務の夏油君にはおと撫子と媚び撫子、少し霊的に安定してない地域への救急救命任務に行った硝子ちゃんには逆撫子と神撫子をつけた、いや、憑けたよ」

 

 漫画執筆は枠線引きすら手伝ってくれなかった彼女達ですが、専門家としての、呪術師としての業務はこれ以上無く手伝ってくれたのです。

 

 ええ、何せ『式神』ですから。本来させる業務としては、こういう事が適切なのでしょう。

 

 五条君、夏油君、硝子ちゃんはそれぞれ別々の方向に一級品の能力を持っている為、余程の大事/もしくは閑散期でも無い限り、私達4人全員が同じ任務を渡される事はありません。予算も人員も有限なので、業界はそんな贅沢なことをしている暇は無いのです。基本的にバトル案件は五条君と夏油君のペア、不審死事件の調査なんかのミステリ案件は硝子ちゃんと私のペア、とかの場合が多いですし、なんでしたら、ピンで、ソロで任務に送られることも結構多いのです。

 

 なので、任務中やそこへの移動が暇、という問題がありました。というかどれだけ強くなろうとも、呪霊がいるような所を一人で歩くのはそれなりに気が滅入ります。

 

 そこで役に立つのは、『どこでも撫子』(命名・五条君)こと私の式神らしいです。メイン用途が暇つぶし相手、雑談相手なのは式神的にはどうなんでしょうか?ううん、同じ式神で言ったら、私にとっての斧乃木ちゃんのメイン業務は絵のモデル兼雑談相手でしたので、意外と式神使いというものは、式神とは戯れてしまうものなのでしょうか?

 

「てか、そういや、俺と撫子のペアの仕事って今まで無かったよね?」

 

「うん、多分初めてだと思う。別に能力同士の噛み合わせが悪いとかでも無いのにね。強いて言えば、私がせっせと風景を写しとって判ることが六眼だと一瞥で終わるから、私が虚しくなるくらいで」

 

 はい、今撫子こと私自身は、五条君と一緒に砂場に潜んでいるらしい怪異を見つけて祓う任務に参加しています。

 

 いえ、厳密には正式にこの任務に呼ばれた訳では無いのですが、撫子シリーズを全部同級生に持っていかれた五条君が、ならばと本体の私を連れ出したという顛末です。知り合いからの扱いが式神と同レベルになるのは、式神を自由にさせた明確なデメリットなのかもしれません。いえ、五条君からの扱いは元々こんなレベルだった気もします。

 

「つーか、傑も『呪霊操術』で撫子と似たようなことすりゃあ、雑魚どものデス率下がりそうなもんなんだけどな、まだまだ特級呪霊レベルを数百キロ離れた遠隔で複数を同時に精密操作するのはムズいみたい。片方の手でアクションゲーのボスと戦いながら、もう片方の手で育成ゲーの周回やって、目はノベルゲーを読んでる感覚が近いんだとよ。撫子はそこんところは、『縛り』で解決したもんな」

 

「元々自由意志の強い奴らだったからね、『縛り』によって完全に自前で呪力練れるようになったなら、私からいう事は何もないよ」

 

 はい、縛りによる式神側の対価を設定していなかった、というか考えていなかったので、強化としてはこんな感じになりました。

 

 五条君曰く、今までは私という水源から水路で水を引くように呪力を式神に送っていた為、街一つくらいなら問題ありませんが、県を跨ぐレベルになると、その水路を引く土木工事にかなり多くの呪力を使ってしまうためあまりにも遠距離での運用は現実的ではありませんでした。

 

 しかし、縛りを結んで以降、撫子5人全員が水源になりました。呪力を沸かせるようになりました。なので過去の彼女らはもう、どこへでもいけます。今の私に縛られず、未来へ行けるのです。

 

「つーか、ただでさえ撫子の呪力総量底なしなのに、本人程では無いにしろ、さらにサブプールまで用意しちまって、やっとのことで底なしの呪力枯らしたと思ったら他のプールから予備が流れ込んでくるの相手からしたらクソゲーも良いところだな。しかもその燃料の用途がそれぞれ『追随式の極小の(とばり)』『心身掌握(ハートキャッチ)』『天与呪縛のフィジギフ』『白蛇操術』、で本体の『構築術式』……あとそのまんま『毒』としても使ってるか。十徳ナイフもびっくりの便利術師になりやがって」

 

 五条が砂場にいたミミズっぽい呪霊をノールックで、『蒼』で、片手間で、捻り潰しながら珍しく私にそんなプラス評価をくれました。ノールックで呪霊祓いながら能力を讃えられても微塵も説得力がありません。というかやっぱりこの任務、私要りませんでしたよね。

 

「うん、それぞれ『おと撫子』『媚び撫子』『逆撫子』『神撫子』、あと私の術式だね。とはいっても、呪力切れ云々は五条君にだけは言われたくないよ、燃費良過ぎでしょ。というか便利云々もすぐ夏油君に抜かれるだろうし」

 

「あー、確かに、傑の術式だったらそうなるか。術式持ちの呪霊なんて滅多にいねー筈なんだが、運が良いのか悪いのか、一ヶ月半で特級3体もゲットしてるし」

 

 ええ、私が自分の人生を五等分してまで手に入れた利便性は、夏油君に多分あっさり抜かれます。夏油君が術式持ちの呪霊を5体捕まえたらそれで終わりです。呪力総量云々も、呪霊自身の戦闘はその呪霊の呪力を使うのでサブプール云々のレベルではありません。

 

 先日も思いましたが、やっぱり『呪霊操術』はチート術式ですね。五条君には悪いですが、おバカ且つ素人の私には単なるエスパー能力っぽく見える『無下限呪術』よりも余程凶悪に映ります。これだけの術式だと実はこっそり隠している縛りやデメリットがありそうなものですが……夏油君の日常生活を見てもそんな様子はなさそうです。

 

 強いて言えば、食中毒現場にいたチキン呪霊や先日のゴキブリ呪霊を口から取り込むのは、心理的にちょっとアレなくらいでしょうか?でも取り込む時は、美味しくも不味くもなさそうな黒い球になっているので見た目的な抵抗感は薄そうです。

 

 だとすると───

 

「夏油君といえばで思い出したんだけど、いつも食べてるあの呪霊ボールってどんな味なんだろ、なんか聞いたことある?」

 

「あー、確かにそういや知らねーわ。任務中で割と腹が減ってるときもバクバクいきやがって少し羨ましかったんだよな。今度横取りして食ってみるわ」

 

 はい、私の余計な一言のせいでまたしても彼らのいつもの喧嘩が確定しました。今回はどこが吹き飛ぶのでしょう。吹き飛ぶ建造物に手を合わせつつ、気になるお味の程は、後日の五条君の食レポに任せましょう。

 

 私はもう、呪霊を口に突っ込むのは懲り懲りです。

 

 

 

 005

 

 

 

「なでっこ、次のお仕事だ。岩手県盛岡市の辺りで交通事故があってね。というのも飲酒運転による死亡事故なんだけど、どうにも前情報的にはこっちの業界とは関連が無さそうなんだ。でも依頼主の事故の関係者は呪いだ、祟りだ、取り憑かれていたと大騒ぎでね。色々調べて、業界とは、怪異の世界とは"関係無い"、ただの交通事故、或いは人間関係の問題だと断じてきて欲しいんだ」

 

 危険度の高い任務を連続でぶつけられた前までの件も相まったのか、私の任務窓口は臥煙さんが直接行うようになりました。有難いと言えばありがたいですが、このお方が持ってくるお話は、だいたいそれなりに頭を捻らないと解決出来ない事が多いです。おバカの私的には、気分にもよりますが……化け物がドカンと出てきてくれた方がやり易い気もします

 

「私一人ですか?」

 

「うん、済まないが今回はその形になる。この任務は、こう言っては依頼主には悪いが、本来は四級術師、いや窓や補助監督を単身で当てるような案件だ。呪いが、"無い"ことを念の為、ダブルチェックするだけだからね。任務の場所も盛岡市市街地の中央、業務も全て日中行う上、周りは人口密集地、呪詛師も呪霊も存在する隙が無いくらい、普通で、常識で満ちている。だから、現代日本人の普通の行動感覚から逸脱する動きをしなければ何も起こりようがない」

 

「えっと、じゃあなんでそのお仕事が私に回ってきたのでしょうか?私の安全を確保するだけなら、いつもみたいにそこそこの任務を同級生達と一緒に回ればいいと思うのですが」

 

「それはね、なでっこ。一応、君にも業界のスタンダード、というか大半の業務を知っておいて欲しいからだ。普通、呪いなんて、怪異なんてそんなにいなくて、あるのは人と人の都合だ、って事を」

 

 キミは、些かホンモノの呪いに巻き込まれ過ぎてるからね。とも臥煙さんは最後に付け足しました。

 この業界でも、ホンモノの怪異は十件に一件程度らしく、それ以外は大体、怪異のせいだと思い込んでいる勘違いか、意図的に怪異のせいにしたい、人の都合らしいです。

 

 だから、業界としての大半の業務は1/10の非常識な怪異を祓うことではなく、残りの9/10の常識的な人間の揉め事を業界とは無関係と追い払う事。

 

 地味な仕事ですが、大切な仕事です。

 

 アクション漫画の主人公達が派手な敵と思う存分戦っている陰で、多くの大人達が地味な業務手続きと戦っている事を忘れてはいけません。

 

 大きな事が一つ起こっている裏では、その為の小さな事が10個は起こっていることを無視してはいけません。

 

 いつか私が、私と暴走した式神達が何の非も無い本屋をめちゃくちゃにしてしまった事を、その後処理が綺麗にされて、私自体はお咎め無しだった事を思い起こされます。いつか百万部売って、借りを返さなくてはなりませんね。

 

 兎に角、私は、そんな大人の世界を、普通の、当たり前の世界を維持する為のお仕事を少し体験してみるのです。

 

 ……こういう『呪いじゃ無い』『絶対に何もない』『簡単で地味な任務』といういやらしい程のフリがフラグ、いえ、呪言にならない事を祈るばかりです。

 

 

 

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