呪物語   作:マクガフィン

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さとるドラゴン

 

 

 001

 

 

 

「最近雑魚ばっかで、話になんねぇ〜。なんか強い奴いねぇの?」

 

「私達が退屈であることは、非術師たちにとっては良いことじゃないか、悟。今までが異常だっただけさ、そう何回も出てこないから『特級』は特殊例と区分されているんだ」

 

「つっても、もうひと月以上も二級以下の雑魚呪霊か、もっとしょーもない呪詛師しか相手にしてねーよ。撫子が6月に会ったっつう女呪詛師でも出て来てくれれば、ちょっとは楽しくなるのに」

 

 

 

 7月、呪術業界にとっての繁忙期。

 

 私達は忙しく、暇していました。

 

 矛盾している言葉を、もう少しわかり易くするならば、つまらないお仕事ばっかりなのです。

 

 仕事に面白いも退屈もない、という主張もあるのでしょうが、それは面白さを仕事にしている漫画家志望の私の前では通じないお話です。

 

 とにかく、五条君達はあの交流会以降、私は日車さんとの一件以降、文字通り話になる相手がいませんでした。

 

 セリフを発する知能を持った呪いやセリフを発するまで耐えられる呪詛師がいないのです。

 

 五条君は勿論、あらゆる攻撃を無効化し、全ての敵をワンパンします。

 

 夏油君は、動く必要すらありません。呪霊を送り込んで、放置したら仕事が終わります。

 

 硝子ちゃんは、業界全体がそんな調子なので、そのレベルの相手に傷を作る弱小術師相手に保健室の先生が処置するレベルの擦り傷治療ばかりやらされてすっかり食傷しています。

 

 かくいう私も、わざわざ取材に行く程の相手が居らず、臥煙さんからの小難しい依頼も、『羂索』という呪詛師の方からのちょっかいもご無沙汰していますので、直近二週間は部屋から出ていません。執筆が進むのは良いことですが、ここらで新たな刺激を得たいと考えてしまうのも、また人間という生き物、ままなりませんね。

 

 そんなグダグダな空気感を切り裂くように、唐突かつ突拍子もない五条君の声が響き渡りました。

 

 

「そうだ!ドラゴン、ドラゴン倒しに行こうぜ!」

 

 

 

 002

 

 

 五条君の普段なら無視される、脈絡も突拍子も無い提案は、私達全員を蝕んでいた暇という毒のせいで、即座に全会一致で可決と相成りました。

 

 因みに、全会、とあるように夏油君もなんやかんやで賛成しています。というか別に形式的ないつもの五条君との言い争い(非術師云々のお話)があったくらいで、よくよく聞いてみると反対もしていませんでした。

 

 という訳で、やってきましたのは五条君のご実家である京都の五条家の禁書庫。

 

 まず、ドラゴンなんてそういませんので、所在を調べなくては行けません。

 

「こいつなんてどうよ、『八岐大蛇(ヤマタノオロチ)』。スサノオにぶっ殺されたって有名な神話は知ってるだろうけど、実は平安に一度復活して、あの宿儺にぶっ殺されてるらしいのよ。ちな、これ外部に漏らしたら、お前ら一族郎党即死刑になるから注意しろよ」

 

 五条君はサラッと言いましたが、『宿儺』という方を知らない私からしたら理不尽過ぎるお話です。『宿儺』ってどんな方なのでしょうか?少なくとも業界の有名人の類ではありそうですが。

 

「悟、冗談が過ぎる。八岐大蛇をこの現代で蘇らせ、私達で仕留めたら、それこそこの国の国体が揺らぐ。それよりこれなんてどうだい?『(ミズチ)』」

 

 夏油君は行書体の読み方が記された本と古文書を睨めっこしながら、なんとか一体見つけたようです。私は行書体の読み方を記した本が、難し過ぎて読めないという呆れるレベルのおバカさを発揮したため、解読は諦めてフィーリングで古文書をめくっています。

 

「却下、毒蛇は撫子で食傷。私的には『倶利伽羅(くりから)』とか行ってきて欲しいな〜ド派手な火傷しそうだし」

 

 どうにも、蛟と呼ばれる龍は私とキャラ被りしているそうです。呪霊/ドラゴンとキャラ被りしてもびっくりする程、なんの危機感も感じません。どちらかと言うと、呪霊/ドラゴンとキャラ被りする様な属性を持っている自身に呆れるばかりです。

 

 そして、硝子ちゃんは、その代案としてバイオレンスすぎる願望をぶちまけています。

 

「口ぶりからして炎のドラゴンだよね、硝子ちゃん。私、相性悪過ぎて火傷じゃ済まなそうなんだけど、式神もみんな紙製品だから炎に弱いし」

 

「んじゃ、撫子はどいつ行きたいんよ」

 

 ごもっとも。

 

 いますよね、特に対案も無いのにひたすら提案を却下するだけの人。

 

 今回に限っては、私のことなんですけど。

 

「こういう時は、大体撫子案になるしね」

 

「というか、もうなんか開いてるよね」

 

 そう言って皆さんが、ワラワラと寄ってきました。案、という程のものを見つけた自覚は無いので、皆さんの行動に当惑するばかりです。

 

「ん〜、『かの龍は、無間と光を司る荒御魂』」

 

「どれどれ、『その龍は、黄昏の瞳と偏光の鱗を携える』」

 

「『名を虹龍』───って、こいつ五条家(ウチ)の龍じゃん!」

 

「うん、五条君提案の龍退治だから、五条君とこの龍で済ませるのが一番丸いかなって」

 

 口ではこう言いましたが、私は中学校中退女でございますので、さっきも回想したように行書体など読めるワケもなく、挿絵だけで良いデザインだな〜、と見ていただけというのが本当のところです。

 

「いや〜、うん、確かに問題はねぇよ?コイツ、五条家(ウチ)が領地持ってた時に、そこで信仰させてた龍神っつう(テイ)の水害管理システムだし。明治入ってから一度目の土地没収、世界大戦で日本がメリケン負けて、土地の大所有にメス、二回目の土地没収を経て、管理する土地や信仰が0になって呪霊化してるから、……ぶっちゃけただの粗大ゴミ」

 

「何でそんなモノを放置しているんだい?五条家は」

 

「何でって、そりゃ、いつか領地を取り戻すっつうみみっちい欲望があるからだろ。土地管理システム自分らでぶっ壊したら、『ここからは手を引きます』と認めたことになるらしいぜ」

 

「成る程、じゃあ祓ったら五条にとって不利になる訳だ。コイツにしよ〜」

 

 硝子ちゃんがノータイムでそう言いました。夏油君もうんうんと頷いています。日頃の行いって大事ですね。

 

「……まぁ、いっか!どうせ、傑の呪霊操術で取り込むし、壊した事にはなんねぇっしょ」

 

「て、適当すぎる。一応、当主だよね」

 

 そう、五条君は15歳にして既に家督を継いだ当主らしいのです。ここ、京都の五条君のお家の冗談みたいな規模感からして、私が先日破壊した道場の弁償が財布の小銭程度なのも納得です。

 

「しかし、悟。少し失礼な物言いになるかもしれないが……肝心のその龍は強いのかい?私達は、強敵に飢えて龍を探しているのだから、見た目だけの出オチは御免だよ」

 

「あー、書かれてるカタログスペックだけなら五条家で俺の次点は余裕。ただ、オンボロ骨董品だからなぁ〜、ぶっちゃけ殆ど機能ぶっ壊れてるのはご先祖様単位で確認してるし、直せるレベルの腕のある術師生まれんかったし、もう60年は完全メンテ抜きで放置してるから、ただのクソ雑魚カナヘビになってる可能性はある」

 

「へー、因みにその機能って?」

 

「もち、五条家の相伝術式。計七つあって、だから『虹』龍なんだと。術式持ちの式神作るだけでもオーバーテクノロジーもいい所なのに、七つも詰め込むとかわけわかんねー」

 

 成る程、七つの能力を色になぞらえているワケですね。中々にバトル漫画的な命名です。

 

 そして、五条君はその辺の古紙(本当にめちゃくちゃ古い紙)につらつらと機能を描き始めました。

 

・空間を歪曲させる術式

・水を操る術式

・熱振動を小さくする術式

・水棲生物の式神を大量召喚する術式

・一瞬先の未来を予測する術式

・電荷を操る術式

・光を操る術式

 

 ……いくらドラゴンでも設定盛りすぎです、ここまで手数が多く、一つ一つの汎用性がキャラは私のようなおバカには使いこなせる気がしません。漫画に出すなら、何らかの理由で弱体化を図るでしょう。

 

 描写が難しい強キャラは、過去圧勝した事、暴れ回ったことだけ伝聞として言及し、実際に出すときは勝てる程度の出力に落とす。これ、漫画家の常套手段です。

 

「で、あと硬いし速いし、呪力量もお化け。撫子とタメかちょい少ないくらい。でも呪力効率と回復速度がレベチだから撫子よりも呪力切れはし難いかも」

 

「悟、いくらなんでも荒唐無稽過ぎないかい?これ程の化け物が全くの無名だというのは少し信じ難いのだが」

 

「そりゃ、フルスペだったのは五条家初代当主がこの式神作ったときだけだしな」

 

 五条君がそう前置きして語り始めたのは、龍の敗北と零落の歴史でした。尻尾を切り続けて、トカゲにまで零落するしか無かった不遇なドラゴンのお話でした。

 

「まずその初代様が死んでから上手く引き継げんかったっつう話ですぐに1つ、平安でさっき話した宿儺っていう術師にぶっ壊されて2つ一気に、あと御三家との内ゲバで1つ、戦国時代のバトル祭りで1つ、江戸の御前試合で禅院家のヤベー式神の自爆特攻で当主諸共潰されてまた1つ、メリケンの空爆で土地が荒れ果てて最後の1つも失って術式0のただのクソ硬いカナヘビに。で、土地没収で信仰も失った挙句、昭和とかの環境汚染とかなんやらで、根城の山と川がぐっちゃぐちゃになってるから……やっぱ粗大ゴミになってるんじゃね」

 

 先程の輝かしい能力・設定から、丁寧に最底辺まで落ちぶれています。私も一番人気から影も形もないくらい落ちぶれた事がありますので親近感がすごいです。無駄にしぶといせいで、ドン底まで落ちぶれてからもセコセコ息はしている辺りとか。

 

 というか、また『宿儺』さん出てきました。出てきた情報から察するに平安時代に生きた正義のドラゴンスレイヤーなんですかね。

 

「あー、術式無くなってる上に基本スペックも落ちてるかも、って話?環境汚染で弱るドラゴンって書くと残念感すごい。夏油がとっ捕まえてから治すとかすれば多少マシになるんじゃね」

 

「残念ながら、呪霊操術の仕様的にそれは厳しいよ、硝子。私の術式で捕まえた呪霊は、捕まえた時点で術式含め成長が止まってしまう、変化しなくなってしまうんだ。蛹の状態で捕まえたらずっと蛹だし、トカゲはレベルが上がらなくなってドラゴンに進化出来ない」

 

 ここで、呪霊操術の意外な欠点が判明しました。

 

 レベリング不可。

 

 育成RPGだと思っていたものが、ローグライクゲームだったくらいの違いを感じます。だとすると、この術式を運用するのは、中々に難しそうだなぁ、と素人ながらに思いました。

 

 何故なら、戦いの収支を常にプラスにしなければいけませんから。

 

 とても単純に考えたとして、勝って呪霊を取り込んだとしても、その戦いで呪霊が2体祓われていたら収支はマイナス、弱体化した事になってしまいます。

 

 あと対呪詛師相手だと、最善でなんの成長も無い、というのは結構嫌な感じですね。……こうやって勘定ばっかりするようになってしまうのも、この術式のデメリットかもしれません。

 

「んじゃ、傑をドラゴン使いにする為には、取り込む前に諸々治す必要があると」

 

「という事は、戦いながら、もしくは拘束しながら、という事になるね。実物を見てみないとなんとも言えないけど、自分達でだんだん敵を強くしていくのだろう?加減を間違えて祓うしか無くなったり、手に負えなくなる可能性は注意するべきだ」

 

「んなもん大丈夫だって、ウチの庭にいるペットのカナヘビに俺が苦戦するワケないっしょ。どっちかというと、俺が心配してるのは修理手段の方。五条家が無駄に千年続いてる割には、コイツを修理出来た奴一人もいねーらしいし。大体、治るのかもわからん」

 

「成る程、そこで硝子と撫子の出番か。陰気や環境汚染による穢れは硝子が反転アウトプットで切除して、撫子が術式で術式を調律する。それにしても、術式自体に介入する事なんて本当に出来るのかい?」

 

「私を襲った呪詛師の方は、そう言ってたけど、正直私にはさっぱりだよ。呪霊だったら『玉藻前』さんにやったみたいに描き直すことが出来るけど、あれは双方同意の上、命を賭ける系のかなり重めの縛りがあったから成り立っただけだしね。それにあの場合、零落する事を防いだだけで、既に零落したものを蘇らせた訳では無いから……」

 

 そう、岩手で出会った呪詛師『羂索』は、私の術式に対して何やら色々訳知りだったのです。

 

 術式を創る。

 

 確かに、私の式神達には、それぞれ呪術的特性が備わっていましたが、それはあくまで自身の『過去』という呪いを具現化させただけに過ぎません。

 

 意図して能力を付与した訳では、断じて無いのです。元々の役割は漫画執筆を手伝うアシスタントの予定でしたので。

 

「まぁ、術式の解釈を広げてみるいい機会じゃね?7つの内、1つでも治りゃ、それだけで前人未到の大成功だし」

 

 なので、五条君も無理強いも期待もせず、この程度の緩い態度。術式の使用の探求に関しては、慌てる事はありません。千里の道も一歩から、ヘビィな道のりを歩んでいくとしましょう。

 

「───というか、七つ全て直ったら、私達でも少し勝敗が怪しくなるから、それくらいふわふわした成功率が良い塩梅じゃないかな」

 

 ……。

 

「おー、夏油フラグ建築士だ」

 

 硝子ちゃん、わざわざ言語化しないでください。

 

 

 003

 

 

「術式の復旧、ね。また随分とんでもないことをしでかそうとしているね、千石撫子」

 

「うん、とんでもない事でもしないと、皆暇だったから。……でも術式を弄るって、そもそも『術式』っていうものへの理解がペラペラな私にはよく分からなくて」

 

 ドラゴン退治。

 

 決行予定日は、7月7日。

 

 七夕の夜。

 

 虹の龍であるので、七色の7という数字が盛り込まれたこの日こそ、最も呪術的に強くなっている事を期待して、短冊に願ってこの日付です。

 

 もちろん、学校にも、業界にも、無断で実行します。

 

 私もワルになったものです。すっかり同級生の皆さんに影響されてしまいましたね。……元々大概ワルだった、という訳ではない、筈です。

 

 たぶん。

 

 で、それまでに各々準備することになったのですが、私の役割は『虹龍』が持つ七つの術式の復旧。

 

 とは言っても、私には取り掛かる取っ掛かりすらありませんでしたので、業界歴が長い斧乃木ちゃんに、龍退治の事は伏せつつ、相談しているのです。

 

「術式は、脳味噌に刻まれて入る、とは言われている。でもこれは学説の一つに過ぎない。呪霊達は全身を構成する呪力が術式そのものだし、呪物が受肉した時も、受肉先によらず、その呪物の術式が使えたりもするから、仕組みは全くのブラックボックスだ」

 

「誰にも分からないってこと?」

 

「そういう事になるね。そこが分かれば、お前のような『構築術式』或いはお前のクラスの担任が持っている『傀儡操術』で人為的に術式を生み出せたりするんだけどね。今はまだ、偶然に任せるしかないんだ。業界の大御所『御三家』なんかは、この偶然に皆、人生を振り回されているレベルだしね」

 

「振り回されるって?」

 

「自分に術式があるか無いか、あったとして『当たり』の術式かどうか、さらにさらにそれが家にとって伝統的な『相伝』の術式かどうか。こんな物凄く倍率の低い籤を生まれた瞬間に引いて、その結果が一生ついて回るんだからね」

 

 出てきたのは凄まじいお話でした。凄惨な環境でした。

 

 生まれ持った才能の具合だけで、業界での一生が決まってしまうという。

 

「血筋の力で、術式を持つ赤子が産まれやすい、だとかはある程度はあるけど、あくまで『ある程度』だ。お前や夏油傑みたいに、一般家庭からでも術式持ちは生まれてくる一方、術式を持つ両親からでも、術式はおろか呪力出力さえ弱い子供が産まれてくることもザラにある」

 

「理不尽極まりないね。というか、その話の感じからすると、私や夏油君みたいな一般家庭生まれの術式持ち術師って、生まれながらの業界人にとってはそれなり以上に目障りなんじゃないかな」

 

「そうだね、それは否定しないよ。基本的に一般家庭上がりの呪術師に難癖つけてくる業界人は、そういうコンプレックスを持っている事が多い。でも、その点をお前が心配する必要は皆無だ」

 

「厭らしい言い方になって悪いけどね、お前は、お前たちはあの『五条悟』のご学友だ」

 

「業界の上下関係が分かってる連中ほど、手出ししてくる事は無いだろう」

 

「……」

 

 確かに、いやらしいく嫌なお話でした。

 

 そういう世界で、そういう能力をもって産まれた五条君が、周囲に取っている態度の理由、その一端を垣間見たのです。

 

 だから、せめてもの礼儀として、この話は聞きはしましたが、聞かなかった事にしました。

 

 彼にとって必要な時が来たならともかく、今はそういう感謝や負い目、上下を感じたら対等な友達ではなくなってしまいますから。

 

 私とて、独り立ちした業界人。かかる火の粉くらい自分で祓って見せましょうとも。

 

 

 

 004

 

 

 

 7月7日、午後7時。

 

 トリプルセブンですね。

 

 分まで揃えて四つ、秒まで揃えて五つにしても良かったのですが、4は縁起が悪い上、秒単位で揃えようとして結局4つになるのも面倒臭かったので、縁起担ぎは程々に。

 

 場所は、京の都の外れ、とある地区の廃神社。

 

 放課後、皆で仲良く新幹線に乗り込んで遥々やってきました。

 

 今宵は月は無く、天の川が流れる満点の星空。

 

 あれがデネブ、アルタイル、ベガ───

 

 なんて指をさしてみたくなるような。

 

「硝子、タバコ変えた?」

 

「ん、セッタ。私なりの験担ぎ。このタバコ吸い尽くす前に、ちゃっちゃとはじめよっか」

 

 硝子ちゃんは、未成年なのにヘビースモーカーでそれはもう、スパスパいきます。私の部屋では吸わない事には感謝の限りです。

 

 軽はずみないつもの会話は止めずに、場の空気だけゆっくりと変わっていきます。

 

「───闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 夜の帳を下ろし、私達と退屈な日常を隔離していきます。

 

 ここからは、一夜限りの非日常。

 

 私達だけの、物語。

 

 君の知らない───

 

 

 

 005

 

 

「みんな、来たよ」

 

「うぇ、ばっちぃ、60年も風呂キャンしやがって」

 

 廃本殿の奥から"這い出し"てきたのは、ヌメヌメとしたコールタール状の不定形の芋虫のような怪異でした。

 

 ドラゴンはおろか、爬虫類ですらありません。尻尾切りを続けた末に、尻尾と体の区別が無くなってしまったかのような、そんな身体。

 

 こちらへの敵意はあるようで、形容し難い粘液を飛ばして攻撃してきましたが

 

「はいはい、おじいちゃん、お風呂はいろうね〜。硝子、やっておしまい」

 

「ん」 

 

 五条君が全て防ぎ、無下限呪術の力で敵を地面に吸い付けて、硝子ちゃんが『反転術式』の正の呪力を外殻にのみ浴びせて、澱みを洗い流していきます。

 

「神業だね。普通、反転術式の正の呪力なんて呪霊に浴びせたら、中身も一緒に溶けておしまいだ。それを外にこびり着いた『陰気』や『汚染』のみ取り除けるというのは、ただの『反転術式使い』では無く───『医者』の技だ」

 

 夏油君が、硝子ちゃんを見てそう評しました。

 

 少し、私の緊張も高まります。

 

 硝子ちゃんは、『呪術師』と『医者』、二つの草鞋を履くものの先達として、その上に積み上がる技を見せました。

 

 であれば、『呪術師』と『漫画家』、二つの技を持つ私も、この道の先、その一端でも示さなくては。

 

 しかし、一旦は───

 

「んだよ!この馬鹿力!───わりぃ!傑、撫子、そっちいくぞ!」

 

 姿を取り戻した極彩色の龍。その御技を拝む番でしょう。

 

「ソニックブームか!完全制止状態から、ジェット機並みのスピードが出るとは」

 

「っ、『逆撫子』、お願い!」

 

 風が、突風が吹きました。朽ち果てた神社を、腐っていた時間を吹き飛ばすような一陣の風が。

 

 

 星を背に、それは地に臥す私達、矮小な人間を見下ろしています。

 

 白亜の鱗は、宙の光を七色に分け

 

 古びた漆喰の角は、千年の歴史を讃え

 

 黄昏の瞳は、私達の終わりを見定めて

 

 

「ヒュー、そうこなくっちゃ!」

 

「これが、『虹龍』か」

 

「わお、ダイナミック」

 

 

 そのドラゴンは、私達を消し炭にしようと夜空に慟哭しました。

 

 

「───が、本番はまだまだ。傑、まずは味見しようか」

 

「そうだね、悟。撫子、修復の準備を始めてくれ、タイミングは任せる」

 

 五条君と夏油君が前に出ます。ドラゴンの、『虹龍』の威厳に一歩も怯まないその背中は頼もしい限りです。

 

 その背中から預けられた信用に、私も答えられるよう全力を尽くすとしましょうか。

 

 7枚の原稿用紙を取り出し、時を待ちます。

 

 ドラゴン退治、その第一幕は五条君と『虹龍』の力比べから始まりました。

 

「術式順転『蒼』」

 

「さぁ、逃れてみろよ、カナヘビ野郎。この程度で潰れるのなら拍子抜けだぜ」

 

 五条君が先程のリベンジと言わんばかりに、虹龍を再び地面に吸いつけようとしています。先程のニュートラルな無下限呪術では無く、吸い込み専用の『蒼』ですから、その出力は比べ物になりません。

 

「なる、吸い込まれはしたけど、硬過ぎて潰れんかった、ってオチか。というか力比べを面倒くさがってワザと吸い込まれて『蒼』の核を潰したな、舐めやがって。その舐めプが命取りっしょ!傑!撫子!」

 

 出番です。

 

「分かった、『呪霊操術』!拘束しろ!」

 

 夏油君が今の攻防の間に、呪霊を待ち構えさせて拘束の準備をしていたのです。

 

 蛸や百足、蜘蛛に鉤虫 etc。

 

 拘束に向いたあらゆる生き物の意匠を持つ呪霊が、一斉に『虹龍』を縛り上げます。

 

 力は拮抗。しかし五条君の『蒼』でも止められなかった龍です。

 

 その拮抗は儚いものでしょう。

 

 しかし、一瞬で充分。

 

「一ページ目、『空間を歪めて危機を脱する龍』」

 

 そう言って私は、次の展開を書いた原稿用紙を玉に入れて龍の口に放り込み───

 

 瞬間、世界がひび割れました。

 

 

 006

 

 

宇守羅彈(うすらび)

 

 今の技は、そう呼ばれているそうです。

 

 かくして龍は、一つ目の力を取り戻しましました。

 

 いえ、取り戻し過ぎました。

 

「傑!具合は!」

 

「私自身は、骨にヒビが入ったくらいだ。もう硝子に治して貰ったよ。ただ、拘束用の呪霊は結構やられてしまった。次からは、さっきみたいな縫い付けは基本無理だと思ってくれ」

 

「というか、話と違わない?五条の話だと空間をゴムみたいに引っ張れる術式って話だったけど、思いっきり空間ごと砕いていたじゃん」

 

「うげぇ、撫子、再現しすぎ。あの技はあの術式を結構鍛えないと出来ねぇ技だから、術式復活直後に出してくるとは思わんかったし、第一、"そんな精度で術式が復活"するとか想定外だわ。だって、漫画しか書いてないんだろ?」

 

「うん、カートゥーンみたいに、もしくは麦わら帽子を被った海賊みたいに、身体を柔軟に伸ばして危機を脱する絵だよ……もしかして、私が書いた展開が気に食わなかったから、その展開ごと叩き割った、的な感じかも。ほら、形状は玉だったし」

 

 相手がドラゴンで、こちら側には七つの目標があって、その目標に達する為に用いた手段が『漫画』で、それが叶うかどうかわからない……これはもう、オレンジ色のボールを用意するしかありません。

 

 呪術的相性は知りませんが、漫画的には相性抜群なのです。

 

「撫子の絵柄は、少女漫画風で可愛すぎるからね。畏れ慄かれるべき龍からしたら気に食わないのも無理はない───来るよ」

 

 そんな感じで、私の作品を、口に突っ込まれた事を含めて、気に食わなかった虹龍は、空を、星空を纏いながら降りてきました。

 

 私のせいでこんな事になっているこの状況で思うのもなんですが、───なんて美しい画なのでしょう。

 

 天の川を纏った虹の龍は、ただそこにあるだけで人の信仰を集められると確信できます。

 

 正直、今すぐスケッチブックを取り出したい気持ちもありますが、そこはそれ。

 

 まだまだ第二幕で、スタンディングオベーションしたら他の客から白い目で見られてしまいます。

 

「やり難いことこの上ねぇな!攻撃が当たらん」

 

「それは君に対していつも皆思っている事だよ。……『点』の攻撃の悟では、相性が悪いか。ならば───」

 

『───私ハ、鉄ノ味、ガ好キ、ダ』

 

「面で、制圧してみせようじゃないか」

 

 夜空の黒に、汚濁の黒がぶつかります。

 

 因縁の特級呪霊『黒沐死』のご登壇です。

 

(クライ)』『(クライ)』『(クライ)

 

 龍は、空間を歪めて黒い波を回避しようとしますが、四方八方全てから押し寄せるゴキブリの大進撃を止める事はできません。

 

「この地球で最も繁栄した動物は、恐竜でも人間でもない、『虫』だ」

 

「天を舞う爬虫類、見下げてみろ。出来るのならばね」

 

 相性不利。

 

 それ以上にこの戦況を表す言葉はありません。

 

 龍の美しい白亜の体は、最も穢らわしい虫に齧られてみるも無惨な姿に。

 

 星を纏っていた身体には、虫の糞尿が纏わりつき悪臭を放っています。

 

 これは、少し憐れみを覚えるというもの。

 

 先程の美しい画に魅せられたものとしては、救いたくなるのが人情というものです。

 

「やるんだね、撫子」

 

「うん、───2ページ目、水底に潜る龍」

 

 

 007

 

 

 私の我儘を聞いて頂き、第三幕が始まりました。

 

 付与したのは、水を操る『流水操術』

 

 術式効果は、自分の呪力を付与した水を操るというとても単純なもの。

 

 しかし───

 

「ホントは『龍涎操術(りゅうすいそうじゅつ)』でした、ってかぁ!メインの水害機能なだけあってハンパじゃねぇな」

 

「呪力から水を生み出しているし、水を呪力に変換してもいる。なんて事だ、原理上、水さえ有れば無限に戦える」

 

 地下水を吸い上げ、瞬く間に力を取り戻した『虹龍』は濁流を持ってして哀れな節足動物達を押し流し、再び天に舞い戻りました。

 

「傑、さっきのゴキブリ呪霊、まだ使えそうか?」 

 

「いけるとも、一度引かせて流された有機物を使って数は戻した。陽動は私がしよう。ノックアウトは悟が狙ってくれ」

 

「わーった、が、いくら『蒼』でも水を圧縮、吸い上げ続けるのは無理があるよな〜。───硝子!力貸してくんね」

 

「なる、後でタバコ1カートンな」

 

「安上がりでイイね。……撫子、すぐボコってくるから『次』も用意しとけよ。3、4を一気にだ」

 

「わかったよ、五条君」

 

 作戦会議は短く、洒落(謝礼)を忘れずに。

 

 硝子ちゃんの二回目の登壇を見送りつつ、私も次のページを用意します。

 

「───」

 

 黒い波と、濁流が次から次へとぶつかり、当然、虫が水に流されます。

 

 しかし濁流で攻勢をかけたせいで、本体が手薄に。

 

 五条君が硝子ちゃんを背負って接近していきます。

 

『蒼』を用いた高速移動、懐に入られた虹龍は術式の切り替えや空間操作の手や尻尾で空間を引っ張るという術式の仕様上の問題で、攻撃の回避は敵わないでしょう。

 

「『蒼』の吸引が間に合わないレベルの呪力を用いた無尽蔵の水の盾。俺がそっちでもそうするが───」

 

「五条、『術式』に流し込むよ」

 

「その逆の『発散』で一切合切吹き飛ばしてやるよ」

 

「───術式反転『赫』」

 

 纏った水の衣は、赤い輝きが瞬く間に、弾き飛ばされ、虹龍は山肌にめり込みました。

 

 理屈としては単純で、五条君の『無下限呪術』の機能である『吸い込み』の部分を司る部分に硝子ちゃんが『反転術式』の正のエネルギーを流し込み、『弾き飛ばし』の現象を引き起こしたらしいです。

 

 業界用語で『術式反転』と呼ばれる超高等技術だそうで、五条君の今の目標らしいのです。詳しい事はよくわかりませんが、今詰まっているのは"正のエネルギー"を作るところらしく、ならばその正のエネルギーを硝子ちゃんの反転術式のアウトプットで供給してしまおう、という作戦なのでした。

 

 結果は大成功。であれば次はまた私の仕事です。

 

 夏油君に、えっと、マンタ?エイ?……兎に角、移動用のマット型呪霊を操作してもらい、3つ目と4つ目の玉を咥えさせます。

 

「3ページ目、『開眼』4ページ目、『雷鳴』」

 

 

 008

 

 

「さーて、身体もだいぶ温まってきたし、ここからが美味しい所でしょ」

 

「温まってきたのは君だけだよ、悟。こっちは雨でずぶ濡れなんだ」

 

「すっごい雲。これ、スーパーセルってヤツ?」

 

 星空は雲で覆われて、光は雲の中の雷のみ。

 

 戦闘も佳境の第四幕。

 

「付与されたかもしれん術式は『智慧の瞳』と『雷』。で、見りゃわかると思うが『雷』は確定で付与に成功してる」

 

「成る程、『神成り』と。実際に神に成った事のある撫子が書いた呪符だから相性が良かったという仮説は立てられるね。……という事は、ここからは正真正銘、龍神との対決になる。そして神になったからには『知恵の瞳』との相性も抜群になる」

 

「『智慧の瞳』は確か、視界内のものの先を全て予測する術式だったよね。だから死角からの攻撃か回避不能の領域以外基本当たらなくなる、と。こうしてみると、五条家って無敵になる術式好きすぎ」

 

 硝子ちゃんは、そう溢しました。五条君の雑談から聞いたお話ですが、御三家の相伝術式には、それぞれ大まかな方向性があるらしいのです。

 

 五条家は、自然科学。世界の理を己が身に宿して、悟りを求める。

 

 禅院家は、人類文明。文明の進歩、文化などを取り入れて人類の代表となる。

 

 加茂家は、究極の個人。産まれた瞬間から個人の生物としての格を上げていく。

 

 ざっくばらん且つうろ覚えですが、こんな感じのお話でした。

 

 そんな五条家が作った式神は、自然の力を一身に宿して大暴れ。これで前情報によると完全体で無いというお話なので、一体何を目指してこんなモノを作ったのか、私には皆目見当もつきません。

 

「もう、嘘でも『粗大ゴミ』や『カナヘビ』呼ばわりは出来ないレベルだよ、これ」

 

「なにビビってんのよ、撫子。庭にいるペットがカナヘビでもワニでもドラゴンでも変わんねーよ。───首輪つけて飼ってやる」

 

「首輪をつけるのは、私の役目だけどね、悟」

 

 そう言ってお二人はかかりますが───

 

「───チッ、全部、読まれてるな。おまけに二つの術式の同時使用だとかいう神業をやってやがる。術式使って攻撃する時には、『瞳』は使えんだろうから実質死に術式だと舐めてかかってたらこのザマよ」

 

「ッ、おまけに『雷』で今まで不足していた火力が爆発的に上がっているね。少し拙い」

 

 軽くあしらわれて、戦況は若干劣勢の膠着状態に。

 

 であれば、そろそろ、私の、私達の出番でしょう。

 

 現状、玉入れしかしていませんし、漫画は龍に評判悪かったみたいですので、そろそろ活躍しておきたい所でしょう。硝子ちゃんばかりに良いところを持っていかれては敵いません。

 

 今の相手の術式の肝は智慧の『瞳』

 

 要は、目を騙せば良いのです。

 

「何気に初陣の媚び撫子だYO!」

 

「あー、それはごめんね」

 

 開幕早々嫌味とは。

 

 いえ、ゴキブリ戦の時に仲間外れにしたのが良くありませんでしたね。あれ以降、ガチバトルは中々なくて、おまけに術式の性質上、人員誘導や情報操作・収集が適役だったため、実質今回が初お披露目の式神になってしまいました。

 

 ええ、そうです。彼女こと『媚び撫子』の術式は心理系の術式。

 

心身掌握(ハートキャッチ)

 

 呪力で出来た仮想の蛇(これは私の式神の場合で、本来は手らしいです)で、相手に物理干渉する術式なのですが、その真価は触れた後。

 

 一度掴んだ心は、獲物は、決して離しません。

 

 蛇は執念深い生き物なのです。

 

 術式対象は、意識を蛇に縛られてしまいます。

 

 その人のことしか考えられなくなります。

 

 正しく、ヤンデレ御用達の術式。当時の私にこれがあったなら、迷わず使いまくって、その後、忍ちゃんにサクッとやられて人生の連載に幕を下ろしていたでしょう。

 

 閑話休題。

 

 しかし、これだけでは、視界内の未来を予測する相手には勝てません。

 

 この術式は、一撃当ててから本領発揮。

 

 ですので、一撃も当てられない、即ち恋愛的に箸にも棒にもかからない相手には弱いのです。暦お───阿良々木さんのような方には。

 

 なので───まずは視界を防ぎましょう。

 

 結局手段がヤンデレ御用達なのはご愛嬌。いえ、愛嬌ですまないから、病んでいると評されるのですね。

 

 ええい、ままよ。いけい、『おと撫子』

 

「わぁ、どらごん、ドラゴンだ!」

 

 なんだか気の抜けるセリフを言っていますね。こういう時期の私のこういうセリフってどんな意味があるのか、他人からしたら本当にわかり難いので、周りの人には苦労をお掛けしました。

 

 彼女の能力は、移動式の人避けの帳。

 

 今回使うのは、人避けの部分では無く、帳の部分。

 

 帳の見た目は、陰影すら出来ないまっ黒背景。後ろに人を隠す幕としてはこれ以上ありません。

 

 これは元々考えていた対策で、視界に映ったものの先を演算でみるのならば、視界の幾つかを虫食い……算数でなく数学で言うのなら、変数にしてしまえばよいのです。中学中退でも2年生までやれば、『変数』くらいわかります。きっと言葉の使い方はこれであっている……筈です。

 

 自信がありません。やっぱり、虫食い算にしておきましょうか。

 

 で、その視界の虫食い部分がどう動くのかは、術式に演算されてしまいますけれど、中身は『視えない』ため想定不可能でしょう。

 

 未来が見える演算系の能力者は、見えないこと、分からないことが極度にストレスになるのは、創作の定番です。ですので、この虫食いの攻撃順位は最優先となる……筈です。

 

「今だよ!」

 

 帳が破られた瞬間、龍の視界は全て蛇で覆われました。

 

「『心身掌握(ハートキャッチ)』!全力でいっくよ!」

 

 龍に、桃色の蛇が巻きつき絡みつきます。が、一瞬で身体の拘束はこちらから解きます。

 

 五条君や夏油君で止められなかった奴を私が留めておけるなんて思い上がりはしませんとも。

 

 射止めるのは、心だけで、視線だけで十分です。

 

「『こっちを向いて(キューティーハニー)』」

 

 私の大好きな漫画の一つの名前を冠したこの技は、術式対象となった相手を物理的にも精神的にも縛り上げます。

 

「おい!今撫子、マズイぜ!アイツもう二発目の放電をチャージしてやがる。このままじゃ俺様ら、電気ショックでお陀仏だぜ!」

 

 相手はドラゴン、一筋縄ではいきません。

 

「わかってる!逆撫子、私を口にぶん投げて」

 

 そしてさらに悪い事に、お相手の呪力出力は水→呪力変換がある以上、呪力出力の綱引きで意識を縛り上げるこの技を使い続けると、先に底が見えるのは私達です。であるので、ここは展開を加速させましょう。無理矢理次のフェーズに移行させ、今の苦戦を棚に上げるのです。

 

 式神達は、文字通りの紙耐久な上に(水対策として油紙に書いたりはしました)、残りの5、6、7の術式の攻略の為に手札は残しておきたい場面、一番頑丈な私が体を張る場面でしょう。

 

「5、6ページ目、見開き大コマ───

 

 『氷の堕星は深海の世を貫いて』」

 

 逆撫子に投げ飛ばされた私は、電気溜まりに飛び込んで、口に玉を2つ投げ込みました。

 

 

 009

 

 

「───子、撫子!」

 

「ッはっ!」

 

 硝子ちゃんの声でした。光に飛び込んだ辺りから記憶が飛んでいます。

 

「脈拍は戻った、手足は動かせそうかい?」

 

「うん、なんとか……」

 

「んじゃ、バトル再開。30秒も気絶しやがって」

 

「この感じの意識の失い方と目覚め方で1分も経ってない事あるんだね」

 

 普通は病院のベッドの上で、戦いは終わってエピローグに突入する場面でしょう。

 

 現に、バトル漫画では無限の耐久性を誇る服(ジャージ)すら先の過剰電圧で黒焦げ。多分、少し身じろぎしたら灰と消えて、すっぱだかリターンズです。眉ひとつ動かさない冷めた同級生達の姿がありありと浮かびます。

 

「心臓が止まったくらいで、戦線離脱出来ると思ったら大間違いだよ」

 

「呪術師ってブラック過ぎるよ、夏油君。で、『虹龍』は?」

 

「───あれ。撫子はバトル漫画家として大成するかもね〜」

 

 宇宙が広がっていました。

 

 空からは、星の氷が降り注ぎ、未だ知らぬ不気味な生き物が悠々と航行しています。

 

 正しく人の理の外、人外魔境と呼ぶに相応しい景色が現実を溶かしていきます。

 

 その宇宙の縮図となった曼荼羅の中心に君臨するのは、虹の龍。

 

「五条君、夏油君、意地とかは張らずに正直言って。今のアレに私達は勝てそう?ぶっちゃけ、怯ませる為に5、6個目の術式復活させたのは、やらかしたなぁ〜って詫びたい気分なんだけど」

 

「「半々」」

 

「今足されたのが『氷凝呪法』と『非幾海底都市(コール・オブ・ルルイエ)』つう術式で、熱振動をほぼ止める……要は死ぬ程冷たくする術式とキショい深海生物だか宇宙人だかわからん式神を大量に召喚するヤツで、ルルイエの方が傑の呪霊操術とほぼ同じ事が出来るからなぁ〜」

 

「問題は術式の同時使用数だね。深海生物の式神を召喚する術式は、召喚後は術式の使用枠を取らないとみて良いだろう。二つのままだったら何とかなりそうだけど、三つ使えるとなると厄介極まりない」

 

「おい、クズ共。そろそろ、ロマンを追わず祓うのも選択肢に入れといた方がいいっしょ。私はお前らと心中なんて死んでも御免被るよ」

 

「それ、どっち取っても死んでるよ、硝子ちゃん。……詫びとしては何だけど、『私達』が『領域』で削りを入れるよ。領域が解除された時の削り具合で、祓うなり、調伏を視野に入れるなり、……最後の七つ目の術式は流石に無理だと思うけど、判断はお任せで」

 

 そう言って、私は式神を4柱同時起動しました。

 

 漫画でしたら、ここは大コマでしょう。間違いなく、今の発言は命を賭ける宣言ですのに、気持ちは高まっていくばかりです。戦闘狂が移ってしまいましたね。

 

「りょーかい。俺も傑も、領域はまだ使えんし、頼んだわ、撫子。……硝子、領域が崩れた時、撫子がヤバかったら、最大出力の『蒼』で『虹龍』のところまでトバすから反転アウトプットで呪霊の核を潰せ」

 

「スイングバイの要領ね、女子の扱いがなってない〜」

 

「じゃあ、『虹龍』に接近するまでの露払いは、私と呪霊操術が請け負おう」

 

 五羽の怪鳥の呪霊が降り立ちます。今まで移動に使っていたエイや羽虫の呪霊より格段に素早そうです。おそらくは夏油君のとっておきでしょう。

 

 私の鳥は……ホトトギス(しでの鳥)ですか。色々な意味で頼もしいと言えば頼もしいですが、死ぬ程危なっかしい感じもします。

 

 月火ちゃん、元気にやってますかね……私は、今、マジもんのドラゴン退治していますよ〜、と言ったらプラチナびっくりしちゃいますかね。

 

 

 010

 

 

 流れ星の中を、未知の深海を、ぐんぐん登っていきます。

 

「『呪霊操術』『最大放出』、『黒沐死』『玉藻前』───撫子達を護衛しろ!」

 

 夏油君は、砲台のように呪霊をドカドカ発射して、凍てつく星を、深海生物を討ち払っております。

 

 私達の護衛には馴染み深い2体の特級呪霊。

 

 過去の強敵は、実に頼もしく、私達の道を開いていきます。

 

 しかして、現在の強敵はより強大になるのはバトル漫画の鉄則です。

 

「なんて……おおきい」

 

 おと撫子がそう小学生並みの感想を溢しました。

 

 空を覆い尽くすほどの、氷の星が迫りきている事に対して。

 

『氷凝呪法』『凍て星』です。

 

 

「『位相』『波羅蜜』『光の柱』」

 

「───術式反転 『赫』」

 

 

 赤い彗星が、私達を抜き去り、その輝きを以てして天蓋の星を砕きました。

 

 背中を預けてきた3人の、これ以上無い後押しに感無量です。

 

 ええ、であれば預けられた信用に応えるとしましょう。

 

「神撫子!」

 

「同業他社の龍神は潰しとかないとじゃん!───領域展開!」

 

 

『───盲操骸圧線(もうそう⭐︎えくすぷれす)

 

 

 蛇の雪原が瞬く間に広がっていきます。

 

 ですが、そこは"ご同業"

 

 新人神様の私に出来たことが出来ない道理はありません

 

 

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎───⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎"⬛︎⬛︎"」

 

 

 人の言語では無い呪詞により、純粋な星空とその星明かりより分たれた不可能を覆す象徴、夜の虹が広がって───

 

 白蛇の園と夜の虹はぶつかり、競り合い始めます。

 

 拮抗───出来れば良かったのでしょうけど、明らかに神撫子の領域が押されていて。

 

「やっぱ、信者が足りない!詐欺師の貝木さん一人じゃ無理〜!まける、神様として負ける!」

 

 ええ、北白蛇神社は立地が悪すぎて閑古鳥が鳴いている上に、掻き入れ時の元旦シーズンに初詣に来た人は貝木さんのみ。

 

 それに対して相手は、1000年続く五条家の神社、最近は廃業していたとはいえ神様歴半年VS10世紀では年季が違い過ぎるのです。

 

 であれば方針は一つ、領域が押し合えている内に残りの式神と私で『虹龍』に出来るだけダメージを入れましょう。

 

 幸い、式神の領域も、『千石撫子』の領域であるため、領域からのバックアップ効果は、式神、私、双方十全ですとも。

 

 私自身も今まで感じたことが無いくらい身体の調子が良いです。これはこちら側の強みでしょう。

 

 しかしお相手も術式効果は向上しています。

 

 術式の数は相手が『空間操作の術式』『龍涎操術』『智慧の瞳』『神鳴』『非幾海底都市』『氷凝呪法』の6つ、この領域がどの術式の領域なのかは不明ですが、少なくとも術式を二つは同時使用してきます。

 

 こちらの数は、私の『構築術式』、媚び撫子の『心身掌握』、神撫子の『白蛇操術』の3つ。神撫子は領域の維持に全勢力を注いでおりますので……実質二つでしょう。しかし、式神であるが故に術式の同時使用は容易です。

 

 ……。

 

 ……まぁ、実質、イーブンですね!たぶん!

 

「『こっちを向いて(キューティーハニー)』」

 

 戦いは、媚び撫子の術式から始まりました。同時におと撫子、逆撫子、私はそれぞれ別方向に散会します。

 

 魅了で視界を媚び撫子しかいない方角に固定し、『智慧の瞳』を無力化するのです。

 

 しかし、同じ手が通用する程、甘い相手ではありません。

 

「おらっ、どこよそ見してやが───なんだこりゃ!俺様の腕が伸びて!」

 

 視界が固定されるのなら、世界の方を無理矢理視界に納めてしまえば良い、『空間を歪ませる術式』なら容易でしょう。

 

 世界が再びひび割れました。

 

宇守羅彈(うすらび)』です。

 

「みんな、大丈夫?!」

 

「モーマンタイ、薄皮一枚!」

 

「撫子も擦りむいたくらいだよ」

 

 上から媚び撫子、逆撫子、おと撫子です。

 

 式神同士が連携していることに、些かの感動は覚えますが、状況は依然最悪。

 

 さて、どうしようかな───と焦っていると、『虹龍』の様子がおかしくなりました。

 

 泡を吹いて、一時的に地に臥したのです。

 

「あっ、『毒』」

 

 宇守羅彈(うすらび)は空間ごと相手を引き寄せて、砕く"近接攻撃"。であれば、撫子軍団やその呪力の象徴の白蛇の領域を砕いた龍が飲む毒の量は計り知れません。

 

 それに、確か、零落した一員に環境汚染もあった筈ですから効果は抜群でしょう。おまけに遅効性の毒は、一瞬先の未来を見る『智慧の瞳』で見破るのは難しいのでしょう。

 

 このチャンスを逃す手はありません。

 

「みんな!」 

 

 神撫子は掌印を結びながらも、領域の副次効果の白蛇達をけしかけ、逆撫子は『虹龍』のご尊顔にラッシュを叩き込んでいます。

 

 媚び撫子は、強大な桃色の蛇で龍の全身を締め上げて毒に浸していき、おと撫子は尻尾の先っちょの方を鉄パイプでぽこぽこ殴っています。

 

 かくいう私も火憐ちゃんの猿真似パンチを出来る限り叩き込み、出来る限り毒を入れていきます。

 

 このまま押し切れれば、夏油君の呪霊操術による降伏ラインも見えてきます。

 

「───ッ、領域が!?」

 

「えっ、わた───」

 

 口、牙、舌、吐息

 

 暗い、喰らい、砕け

 

 顎、咀嚼

 

 暗い、暗い、暗い、暗い、暗い

 

 暗い、暗い、暗い、暗い、暗い

 

 暗い、暗い、暗い、暗い、暗い

 

「オラっ、吐き出せ!」

 

 光、光?───光は不味いです!

 

「無い、無い!7ページ目が!」

 

 しかし既に全ては遅く、龍は最後の脱皮を終えていて。

 

 

 

『7ページ目、虹の龍』

 

 

 

 011

 

 

 

 領域は、崩壊しました。

 

 双方どちらも。

 

『虹龍』は、一時的に領域の押し合いのみに全ての呪力を注ぎ込んだ後、私という毒物を口に含む覚悟で、最後の七つ目の玉を奪ったのです。これは恐らく、何らかの縛りを用いていますが、今の私には正確に窺い知る事はできません。

 

 その時、口に含んだ毒により、領域を維持不能レベルのダメージを負いましたが、これは非常に不味い状況である事に変わりはありません。というか、戦果が裏目に出ています。

 

 私の傷が浅く、『虹龍』が毒により大ダメージを喰らっているせいで、五条君は硝子ちゃんを飛ばしてくる判断をしないでしょう。

 

 おまけに領域展開直後で術式が焼き切れているため、五条君を以てしても術式が6つから7つに増えていると気がつくのは遅れる可能性があるのです。

 

「『呪霊操術』『降伏の儀』───私に従え!『虹龍』!」

 

 そして、そちらが動かないのであれば、動くのは夏油君。

 

 たらふく毒を煽らせて十二分に弱らせてはいますので、この降伏が成功してくれれば───と星に願いましたが、星空はあちらの味方。

 

「見誤ったか……!悟!もう少し───」

 

 ───夏油の肩を光の柱が貫きます。

 

 いえ、夏油君だけではありません。

 

 私の式神達も、硝子ちゃんも、というか私自身も、熱線に貫かれています。

 

 私は……首筋ですね。綺麗に焼かれたせいで血も出ていません。

 

 間違いありません、7つ目の術式『光』です。

 

「───お前らッ!」

 

 唯一、無事であった五条君が、即座に対応します。

 

『蒼』の複数設置による、宇宙速度スイングバイで空中に点在する私達を回収してくれました。

 

「ごめん、みんな、……失敗しちゃった」

 

「んなもん失敗でもなんでもねーよ。元々7つ全部食わせるつもりできてんだから、予定通りに決まってるだろ」

 

「それに失敗でいったら、降伏ラインを見誤った私の失態も大きい。あれで術式焼き切れ直後のチャンスを不意にしている」

 

「はい、撫子、治ったよ。……で、どうする?尻尾巻いて逃げる?」

 

「んいや、むしろ今殺さないとこの国はお終い。禅院家に『十種』使いがいればそいつの自爆技でなんとかなるけど……確か今の時代はポップしていなかったし」

 

「ああ、あの『虹龍』は元々は禅院家の『ある式神』に対抗して作られたけど、結局、拮抗すら出来ず勝てなかった、という歴史だったね」

 

「はぁ、アレで手も足も出ないって、この業界、上には上が多すぎるよ」

 

 10日で世界を滅ぼせるハートアンダーブレードさんに、この龍の他にも八岐大蛇も退治している『宿儺』さん、今言及された禅院家のつよつよ式神。

 

 天井が高すぎます。世界が遠い、という漫画のセリフをこれ以上に思い出す場面はありません。

 

 改めて、世界の偉大さを実感したところで、私達とてその末席を汚す身。

 

 もう少し、上に登っていきましょうか。

 

「こりゃ───アレしか無いな。硝子、手伝いを頼む。───傑は、戦闘後の降伏狙え、あいつゲット出来りゃ、晴れて俺達は『最強』だ」

 

「五条君、まだ何か手が残っているの?」

 

「もち、五条悟舐めんな。撫子はそうだな───記念写真を撮ってくれ」

 

 

「???」

 

 

 

 012

 

 

 第七幕。

 

 いえ、途中から数えるのをやめていたので厳密には第何幕かは知る由もありませんが、ここは盛り上がり優先でいきましょう。というか章番号ともズレているので訳がわかりませんしね。

 

 兎に角、最終幕です。

 

 ここより後はもうありません。

 

 私達には、後がありません。

 

 元は暇つぶしから始まったこの物語ですが、暇つぶしで始まったにしては(日本)潰しの終わりを迎えそうなのは、全日本国民に申し訳ない限りです。

 

 せめて、謝罪会見くらいは開けるように、ここで負ける訳にはいきません。

 

「悟お兄ちゃん、撫子、頑張るからね、撫子のこと、ちゃんと見ててよね」

 

「おー、そーかー」

 

「同級生の式神にお兄ちゃん呼びさせてるとか、悪趣味すぎ。てか、適当にあしらい過ぎ」

 

「そーそ、五条君は私達のこともうちょい丁寧に扱ってよね」

 

「そいつがパシリに甘んじてるのもよくねー気もするけどな」

 

「しゃしゃしゃしゃしゃ、蛇でヘビィな固定しといたよ、悟お兄ちゃん」

 

 急速に死にたくなるような会話をしでかしているのは、塩対応、というよりは雑態度の五条君、硝子ちゃん、そして撫子式神軍団です。ええ、式神達は先程のレーザー攻撃、"ある理由"で無事だったのです。

 

 そんな彼女達らに囲まれた五条君は計画の要、砲台の部分。

 

 その五条君を中心にして、

 

 前方におと撫子、役割は呪力出力隠しの簡易帳。

 

 左側に媚び撫子、役割はこっちを向いて(キューティーハニー)を用いた視線固定。

 

 右側には硝子ちゃん、役割は反転術式による正のエネルギーの供給。

 

 そしてその硝子ちゃんを支える逆撫子

 

 後方には、神撫子が降臨して、足場の固定やらバフやらをモリモリもっています。

 

「じゃあ、行ってくるよ、撫子」

 

「うん、夏油君。最後はよろしく」

 

 そして、今回の作戦において、私と夏油はあくまでサブ、補助です。

 

 お互いに予定通りの出番があれば最善ですが、別に無いに越したことは無い、くらいの絶妙なバランス感のお仕事があります。

 

 

『───私ハ、鉄ノ味、ガ好キ、ダ』

 

 

「……」

 

 私の護衛は、残念ながら、遺憾ながらこやつです。

 

 勿論、嫌がらせではなく、きちんと理由はあります。

 

 とは言え、ハーレムになっている五条君とはえらい落差で泣きそうになりますね。

 

 初チューがゴキブリなばかりか、心中までしてしまってはたまりません。

 

 ……絶対に勝とう、という夏油君なりのエールだと捉えるとしましょうか。

 

 

「───」

 

 

 虹龍は、宙に座して力を貯めています。

 

 私達の一切合切、その全てを吹き飛ばす破滅の光を。

 

 その色は

 

 ───最も強いの光の断片、虹の最後の光

 

 どうやら、気は合うみたいですね。

 

 

 

 

「『位相』『黄昏』『智恵の瞳』」

 

「───術式順転 『蒼』」

 

 

「『位相』『波羅蜜』『光の柱』」

 

「───術式反転 『赫』」

 

 

 

 蒼と赫、二つの星が膨れ上がっていきます。

 

 

 その狭間の色の光は───

 

 

 その刹那、五条君がちらりとこちらに視線を送りました。

 

 出番のようです。

 

 

『構築術式』

 

『術式反転』

 

 

 私は、虹龍と五条君、双方の射線上に立ちながら、白紙のスケッチブックを開きました。

 

 それと同時に、『虹龍』側から、光の奔流が放たれます。

 

 

「『出力最大』───ッツ、"焼ける"!」

 

 

 ええ、今にも焼けそうな私の体ですが、未だ焼け切っていないのは、別のものを焼いているからなのです。

 

 そう、それは『写真』

 

 はい、今回はここまで来てようやく種明かしです。長らくお待たせしましたとも。

 

 私の術式は、基本的に紙に描いたものを具現化すること、その逆の現実の物品や呪いを紙の中に封じる2種類の運用かあります。後者は『描く』という天与呪縛によって可能になっているらしい擬似的な『術式反転』らしいのですが、詳しい原理は今回は重要ではありません。

 

 封じられるモノは、物理的な実態から体にこびり着いた蛇の呪いまで、千差万別ですが、……非術師の、いえ、誰でも紙に封じられるものがあります。

 

 それは、『光』

 

 ええ、写真です。光を紙に焼き付けて封じているのです。

 

 誰でも出来る紙の特性であるのなら、『光』と『紙』はこの現代において呪術的、概念的に相性が良いと言えると、五条君は推測したのです。

 

 紙で出来た式神達のダメージが小さかったのもこの理屈ですね。

 

 そして───こうなってしまえばもう勝負は決しました。

 

 この勝負は、ガンマンの早打ち勝負の逆。

 

 先に抜いた方が負けるチキンレース。

 

 私がこうしてビームで写真を焼いている間も五条君達は、『ソレ』の出力を上げています。

 

 

 

『九綱』

 

『偏光』 

 

『烏と声明』 

 

『表裏の間』

 

 

 

 

 ───虚式『茈』

 

 

 

 

 013

 

 

 

 目が覚めたら、髪が伸びていました。

 

 懐かしの前髪に加えて、後ろ髪からは感じたことの無い重みを感じます。

 

 見てみれば、腰ほどの長さの超ロングヘアーになっているではありませんか。

 

 記憶にある最後の髪型は、バッサリとベリーショートヘアだった筈ですので───少なくと4年は経過していて

 

 千石撫子、19歳、無職。

 

 あばばばば

 

「おっ、撫子、起きてんじゃん」

 

 どういう訳か、頭にたんこぶを作った五条君が入ってきました。制服姿です。

 

「が、学生のコスプレまでして、毎日病室に通ってくれたことには、結構ジーンときたけど、流石に重───」

 

「何寝ぼけたことを言っているんだい、撫子」

 

「撫子おはよ〜。おー、やっぱり似合ってるね」

 

 同じく、頭にたんこぶをこさえた夏油君と硝子ちゃんが入ってきました。

 

 お二人とも、制服姿です。

 

「みんな、重す「今日は、2005年7月9日だよ、撫子」」

 

「……えっ、4年後とかじゃないの?この髪は?」

 

「悟の提案でね、そう"書き足した"んだ」

 

「まぁ、嫌だったら切ればいいだけだし」

 

「だって、『前髪変』だろ、撫子。あん時は傑がすぐキレたせいで有耶無耶になったけど、ずっと違和感モリモリだったし」

 

 忘れもしません。入学初日の話です。

 

 五条君は、夏油君にだけではなく、───私にもそう言っていたのでした。

 

 五条君は言葉を続けます。続けた言葉には、この三ヶ月の交友が乗っかっていました。

 

「いや、そのヘアスタイルがオキニだとか、髪が漫画描くのに邪魔、とかだったらわかるぜ?傑のキモい前髪はその口だったし。でも、撫子、式神見ても明らかに髪長い方が好きそうなのに、なんかリスカみたいなノリで切ってるっぽいの見え見えだし、キショかったんよ」

 

 それは、とても五条君らしい理屈でした。強者の理屈でした。

 

 要するに、『ザコに迎合して弱くなってやる意味がわからん』

 

 との事です。

 

 今まで私は、自身の容姿を半ば自罰的に封じる事ばかり考えていました。

 

 私には、過ぎたモノ/力で、この力によって他人を不幸にしてしまうと。

 

 ですが、それが五条君からしたらムカついたのでしょう。

 

 "その程度"の力で、自分を、自分達をどうこう出来ると思っている私の残念な脳味噌にです。

 

 ええ、その程度、かつて私を苦しめた呪縛は、ここでは、呪いの学校では、たったその程度の話だったのです。

 

 自分でも驚くほど、自身の容姿に対して気が楽になりました。

 

「だから、紙になった君を見た時、式神を含めて皆で軽いイタズラをする事にしたのさ。最初は悟が勝手に書き込もうとしてたけど、それでは撫子は頭から昆布を生やして生きていくことになってしまうだろう?」

 

「撫子は、元々良デザだから描き甲斐があったし、いい暇つぶしになったよ〜」

 

 ええ、あの『虹龍』戦の終盤、私自身が攻撃から逃れる方法としてとったのは、自身を紙に封じて、ゴキブリの突貫工事によって掘られた地下深くに逃れる、という手段です。これでしたら、余波の光なんかは、術式を発動さえしていれば多少はなんとかなります。

 

 自身を紙に封じられる事は、式神達を自由にするときに作った縛りが正常に働いている事から確認済みでしたので、躊躇なく選択肢として用いる事ができました。

 

「って、そういえば『虹龍』、『虹龍』は?」

 

「───ふっふっふ」

 

「窓の外を見てみて、撫子」

 

 すっかり慣れてしまった病室の窓を開けると

 

 ───青空に虹を架けて、龍が空を飛んでいました。

 

「祝!『虹龍』フルスペック調伏成功───!」

 

「いえ〜い」「どんどんぱふぱふ」

 

「お気持ちは如何ですか?夏油『特級術師』」

 

「いやー、底辺呪詛師相手に特級ドラゴン使うのが楽しみですね。リアクション集作りたいです」

 

 夏油君、ナチュラルに2階級特進していますね。試験も審査もすっ飛ばして。

 

 しかし、物事というのは表裏、いいニュースばかりは続きません。

 

「───お前たち、随分楽しそうだな、反省文は書けたのか?」

 

 穏やかな声でした。穏やかながら───怒りに満ちた声でした。

 

「げっ、夜蛾セン」

 

「逃げろ〜」

 

 同級生達は、ベッドにいて初速が遅れる私を即座に見捨て、トンズラしました。安い友情ですね。

 

「相変わらず、逃げ足の早い。……撫子、具合はどうだ?」

 

「あはは、先生、そちらは"今のところ"問題ありません」

 

「ふむ、察しが良いようでよろしい」

 

 かくして私、千石撫子は人生初の物理的教育的指導をその残念な頭に賜ったのです。

 

 い、痛い。

 

「"暇だから"で、特級呪霊を起こしにいって、弱いと嫌だからという幼稚な理由で態々あの手この手で呪霊を強化して、挙句自分達で盛った強さが想定外になって負けかけて日本列島全てを危機に晒した!貴様らに比べたらどんな呪詛師だって生温いだろう!自分達のしでかした事をよく反省するように!」

 

「すびばぜん」

 

 はい。

 

 ぐうの音も出ませんね。

 

 ど正論です。これ以上無いくらいの。

 

「反省文、原稿用紙20枚、加えて始末書を───」

 

 しかしその言葉は、お叱りは、最後まで続きませんでした。

 

 窓の外から、一陣の風が吹いたのです。

 

「おーい、撫子、こっちこっち、飛び乗れ!」

 

「今から皆で沖縄に打ち上げに行くよ。もう店は予約してある」

 

「『虹龍』はジェット機よりちょい早いくらいだから……沖縄まで大体1時間くらい。便利な呪霊だね〜。というか、夜蛾センも来る?」

 

「行く訳ないだろう、俺がどれだけ事態収集の為に頭を下げないといけないか」

 

「あ〜、……じゃあ、夜蛾先生。私もお先に失礼します。反省文は後で漫画で描きますんで」

 

 私はピョンと窓から飛び出し龍の背に乗りました。

 

「反省文を漫画で描くたわけが何処にいる!待て、撫子!お前たち!」

 

 今は後ろ髪がありますので、それなりに引かれる思いはありますが、それはそれ。

 

 夜蛾先生の怒鳴り声は風に置いていかれ、私達は青空にすっ飛んでいきました。

 

 

 

 

 

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