ぼう、っと目の前の景色が歪む。
赤い巨人が、そこにはいた。
何かを話しかけてきている。
それが何なのか、わからない。
でも・・・すごく不安になる・・・。
わたしに・・・わたしに・・・?
わたしは・・・そんなこと・・・。
赤い巨人が、目の前に迫った。
猛烈な光と炎が、巨人を包んでいる。
わたしに、そんな力は・・・。
ふっと目が覚めた。
最近、同じような夢ばかり見てしまう。
枕もとのスマホを見ると、午前7時をやや回った頃だった。
大きくあくびをすると、朝霧澪はベッドから身を起こし、ボサボサの髪を手櫛で整えた。
だいぶ汗をかいている。さっきの妙な夢をみたときは、いつもこうだ。
カロリーメイトとパウチされたゼリーで朝食を済ませ、トレードマークであるポニーテールに髪を結わえ、簡単にメイクや身支度をすると、澪は部屋を出た。
初夏を思わせる強い日差しと温度が澪を包んだ。
日焼け止めクリームを持ちに一度部屋へ戻り、しっかり施錠をする。アパートの階段を下りるだけで少し汗ばんだ。
スマホを開いて好きな音楽を聴きながら歩いて20分ほど、目的地に到着した。
『認定子ども食堂 マドカ』
また開店前だったが、澪はスマホアプリを起動させて扉にかざした。ロックが外れる音がして、中に入る。
「おはようございまーす」
そうあいさつすると、子ども食堂運営者の小川さんが大きな鍋を運んでいるところだった。
「朝霧さん、おはよう!今日も早いね」
でっぷりと肥えた身体を揺らしながら、威勢よく返事をする。
「早起きしちゃいました」
少し照れ笑いしながら、澪は応えた。
「えらいねえ。まだ時間あるから、少し休憩してな」
「いいえ、今日は土曜日だし、ゴールデンウイーク明けですから、もう動きます」
澪は更衣室に入り、ドアを閉めた。
「ホント、マジメな子だねえ」
小川さんは独り言をつぶやく。着替えた澪が出てきて、もうひとつの大鍋を運んでくるころには、他の職員や澪と同じ大学生がやってくる。
「あ、凛ちゃんおはよー」
澪は明るく声をかけるが、相手はげっそりした顔で右手をあげるだけだった。
「おえ~、マジ気持ち悪い」
派手に染めた髪をツインテールにしている凛は、澪が通う城南大学の同級生で、澪とは高校のときからつきあいがある。
見た目通りと喩えては失礼か、今日のようにボランティアがある日でも、よく前の日遅く(あるいは活動直前)まで飲み明かすのが常だ。
当然二日酔いも甚だしく、今日ももれなく酒臭い。
「大丈夫?お水持ってこようか?」
澪はそう声をかけるが、凜は手で断りのポーズを作った。
「ダメ・・・水なんか飲んだら全部吐いちゃう・・・おええ~」
そんな顔やめてよね、と思いながら、澪は慣れた手つきで炊飯器の中のお米を皿によそう。続々と高校生や大学生のボランティアがやってくるが、休日という特殊性を考慮して一番早く動いた澪の後塵を拝している。
「まったく、みんな澪ちゃんを見習って動いてほしいもんだねえ」
よく小川さんは、そうした愚痴を職員たちにこぼしているのである。
少しは体調が優れてきたらしく、凛もお米をよそうのに取り掛かりだす。
「マジカレーわけるの無理。アレやったら中身出るから、マジ」
そうぼやいて、澪よりだいぶ緩慢な動きで皿にわけていく。
「ホレ凜ちゃん、飲みすぎも良いけど、もっと素早くわけないと子どもたち来ちゃうよ」
小川さんが背後から大声で発破をかける。
「やめて・・・マジ大声出さないで・・・」
ゲンナリした声で応じる凜。
「ねえ、みんな来るまでローズさん聴こう!小川さん、ラジオかけて良いですか?」
凜に元気を出してもらいたくて、澪は小川さんに尋ねた。
「子どもたちきたら止めるんだよ!」
カレーの味を整えながら、小川さんは答えた。
『ヤッホーい!西暦2046年5月10日8時30分、みんなおっはよーい!ローズでぇす!』
凜が好きな歌手で、土曜朝はラジオのレギュラー番組を持ってるローズの軽快な声がスマホから流れる。
「澪、あんたわかってんじゃん。ちょっと元気出てきた」
どうやら効き目があったようだ。凜の動きに機敏さが宿った。
「ん?」
『おおっとぉ、ここで地震かなあ?なんだか地面揺れてるなあ。おおい報道センター』
凜が違和感を口にするのと、ローズがラジオを通して異状を伝えるのはほぼ同時だった。食器がカタカタ音を立て、建物が少しミシミシと揺れる。
「まーた地震?二日酔いのときに揺れんなっつーの、地球」
「なんだか最近地震多いよね~」
そんな会話をしているうちに、「少し早いけど開けるよ~」という小川さんの声がした。6、7人の子どもたちが元気に中へ入ってきた。
「澪お姉ちゃん、おはよー!」
「おはよー!」
子どもたちの元気に、普段そこまで声が大きくない澪の声も大きくなる。凜はやはり二日酔いが良くならないようで、澪に子どもたちの世話や配膳を任せ、裏の調理へ回っていった。
「みんな、さっきの地震大丈夫だった?」
カレーを配膳しながら、澪は子どもたちに尋ねた。
「へーき!こわくなかったよ」
「オレ全然気がつかなかったよー」
「澪ちゃんは、こわくなかった~?」
子どもたちの反応にニコニコ頷きながら、澪は牛乳とオレンジジュースを配膳する。朝少しはお腹に入れたのだが、やはり程よくスパイシーなカレーのかおりを嗅ぐと、早く賄いを食べたくなる。
それまで子どもたちのお世話をして、子どもたちと遊んで、しっかりお腹を空かせよう。澪はそう考えた。
そんな澪に「お客さん来てるよ」と小川さんが声をかけたのは、もうすぐ昼に差し掛からんとしていた11時過ぎだった。
澪はカレーをたっぷり食べ、なお元気いっぱいの子どもたちと施設の庭で遊んでいるところだった。
「みんな、ちょっとごめんね」
そう言って、澪は子どもたちの輪から離れた。
「え~?」
「お姉ちゃん、もっとぐるぐる回転やって~」
そう子どもたちは残念がる。後ろ髪引かれるが、澪は少し困ったように笑って手を振った。
「ごめん凜、ちょっとお願い」
ようやく配膳できるくらいまで回復してきた凜に、澪は手を合わせた。
「はあ~?あたしこの状態でグルグル大回転やんの?」
「なんか、お客さんきたみたい」
「あんたに?土曜日なのにそんなことあんだね。いいや、グルグルやんなきゃ大丈夫か~。ホラ~みんな、凜ちゃんとあそぼー」
なんだかんだ言いながら、福祉と教育の単位を取っている凜は子どもの扱いがうまい。同級生にまかせ、澪は奥の応接室へ向かった。
「ああ澪ちゃん、ごめんね」
ちょうど小川さんに声をかけられた。
「すみません、でもちょうど、お昼からの高校生もきたし、大丈夫です。でも、誰が来たんですか?」
「それがね・・・」
小川さんは急に顔をマジメにさせ、澪に名刺を見せてきた。
【Global Unlimited Task Squad GUTS 隊長 神崎 隼人】
【Global Unlimited Task Squad GUTS 副隊長 二階堂 真理】
「・・・えええ?」
澪の困惑に、小川さんもだいぶ困惑してるようだった。
「たしか澪ちゃん、GUTSライセンス持ってたよね?でも、急に訪ねてきたもんだから・・・なんにも、話とかきいてないの?」
「は、はい・・・全然・・・」
「とにかく、中にいるから、話をしてみたら?」
小川さんは不安半分、期待半分といった感じだ。だが澪は、大きく戸惑い、そして不安を感じた。
大学1年のときにGUTSライセンスを取得したのは事実である。だが、取得すなわちGUTSへ入隊するとは限らない。というか、ライセンス取得者のほとんどはGUTSへ入隊はしないものだ。
澪としても、元々武道を嗜んでいたこと、高校時代の部活顧問や大学のゼミの教授から勧められたから取得してみただけで、よもやGUTSへ入隊しようなどとは考えてもいなかったのだ。
だいたいなんでわたしに・・・それに子ども食堂のボランティア活動中で、いまは高校時代のジャージ上下姿だ。せめて着替えてからの方が良いのかな・・・でも、お待たせしちゃってるかもしれないし・・・。
澪は応接室のドアを開けた。
「失礼します」
そういえば、面接のマナーなんかとっくに忘れていた。そんなの高校3年のときにやったっきりだし、いまのバイト先もそんなお上品なところではないのだ。思わず声が上ずり、その緊張のあまり、澪は思い切り頭を下げた。髪の毛が舞い上がり、けっこうボサボサになった。
(やっちゃった・・・)
おそらく面接指導では、明らかに落第だろう。そういえば、中にいた人を、自分はまだ見てないじゃない・・・澪はあらゆる不安と緊張が押し寄せたことで、我ながら顔が真っ赤になったのがわかった。
「朝霧さん、顔をあげてください」
低い声だが、落ち着いた声色が澪の緊張をほぐすように響いた。
慌てて顔を上げる澪。また髪がバサアっと舞い上がる。これは完全に面接失敗だ・・・。
「GUTSジャパン隊長の、神崎です」
「同じく副隊長の二階堂です」
ピリッとしたスーツに身を包んだ壮年の男性が、穏やかに声をかけてきた。表情も穏やかで、澪の不安を察して、ほぐそうとしているようだ。やや後ろに、ボブヘアをセンターでわけた、やはりピリッとしたスーツ姿の女性がいた。こちらは微笑みこそ浮かべているが、表情は凛としていて(澪の同級生ではない)、同じ女性でありながら澪は明らかに気おくれしてしまうような鋭さと気高さだ。
それでも澪は、真っ赤になった顔のまま固まっている。知らないうちに額と脇に汗がにじんできている。せめて着替えてくれば良かった・・・エプロンにジャージでなにやってんだろ、わたし・・・そんな心理状態を読み取ったように、神崎と名乗った男性は「座りましょう」とうながした。
力入ったまま座ってオナラ出ちゃったらどうしよう・・・そんな不安が一瞬よぎったものの、澪は促されるまま腰を下ろした。子ども食堂とはいっても、移転した市立幼稚園の建物をそのまま使っている状態だ。応接室も、元々は園長先生の部屋だったところに、中古の机と椅子が置かれているのみだ。
そもそも子ども食堂を訪れる客といっても、行政関係者か食材納品で取引ある業者くらいで、そんなに褒められた設備ではないのだ。
澪は緊張のあまり、拳が震えだした。どうしよう、こんなに大人の人と面と向かうことなんてないのに・・・大学2年生の澪にとって、教授とか、小川さんとか、バイト先の暑苦しい店長とか、それ以外の大人と接することなどほぼないというのに。
「朝霧さん、突然訪れてもうしわけない。ライセンスをお持ちのあなたなら説明するまでもないと思うが・・・GUTSという組織はご存じかな?」
神崎の柔らかい口調にも、澪は完全に身構えている。言葉にしようと思うが、喉が渇いて嗄れたようになっている。首を上下に振るしかなかった。
「そうですよね。そこでなのですが、単刀直入に申します。我々は現在、GUTSの隊員として働いてくれる方を募っているところなんです」
・・・・えっ?
「朝霧さん、あなたは昨年、城南大学の推薦を得て、我々GUTSのライセンスを取得されましたよね」
口調こそ穏やかなのだが、副隊長と名乗った二階堂は、どこか強さ、圧を感じさせる。澪は口を強く閉じて、背筋を伸ばした。
「我々も、ライセンス取得者なら誰でも良いわけではない。朝霧さん、あなたはライセンス取得時のスコアが、平均より大きく上回っていた」
神崎がそう言うと、かたわらの二階堂がタブレットを開いた。
「機体操作、機体整備は平均かやや下ですが・・・避難対応、徒手体術、怪獣戦闘概論、特に高いスコアを出してますね。射撃や兵器戦術運用も、申し分ない成績です」
二階堂の読み上げに、神崎は頷く。
「もちろん、スコアも重要なのですが・・・。朝霧さん、少しばかり、こちらの代表である小川さんとお話をさせていただきました。あなたは高校生のときから、ここの子ども食堂でボランティアとして大きく貢献しているようですね」
「そ、それは・・・はい・・・」
そんな、大きく貢献なんて・・・そんな謙遜も言えぬほど、澪は緊張が身体から離れない。
「あなたのそうした行動、姿勢、我々は求めているんです」
「でっ、でも・・・」
思わず「でも」と口にしたが、うまく説明するには・・・そう頭を巡らせれば巡らせるほど、頭がグルグル混乱する。神崎は微笑んで二の句を待つが、二階堂の顔がほんの少し険しくなる。その兆候を感じ取った澪は、まずます固まってしまった。
「朝霧さん、結論から申し上げます。ぜひ、GUTSに入隊をしていただきたいです」
二階堂が凛とした声で告げた。しびれを切らしたようだ。だが、そんなこと言われても・・・。
「朝霧さん、組織上、招集時には呼応が義務ですが、それ以外の時間は、大学へ通うこと、こちらの子ども食堂へ行くこと、アルバイトすること、すべて認めます。厚木にある、我々の基地はご存じだと思います。そこから通うことにはなりますが、あなたの環境にも最大限配慮します。待遇も、正規隊員としてお迎えすること、規定通りの賃金、福利厚生を提供することを約束します。もちろん、正式に文書での合意を交わすことをいたします」
安心させるように、神崎がそう告げてきた。いや、待遇とか何とかじゃない、そういうことじゃないのだ・・・。
「あ、あのっ・・・」
緊張と驚きのあまり、二の句がなかなかつけない。
「どうぞ」
穏やかな微笑を浮かべて、続きをうながす神崎。
「ど、どうしてわたしなんですか?」
最大の疑問を口にする澪。
「厳正なる選考の結果、と申し上げておきましょうか」
そう答える神崎。隣の二階堂は頷きもせず、澪を凝視している。
「で、でも・・・ええっと、わたし以外にも、その、軍の人とか、そういう人の方が・・・」
その質問はとうに織り込み済だったのだろう、神崎はにこやかに頷いた。
「もちろん、そうした方にも声はかけています。戦闘等の運用、実行のみを考えれば、当然軍人、またはそれに準ずる組織を経験した人間の方が望ましい。こちらの二階堂も、前は警視庁捜査一課、特殊犯担当でしたからね」
二階堂はコクリと頷いた。
「ですが朝霧さん、わたしはGUTSについて、必ずしもそうした経験を積んだ人ばかり求めているわけではありません」
まっすぐに目を向けてくる神崎。澪はより萎縮してしまった。部屋の外では、午後からやってきた子どもたちが遊びまわるにぎやかな声がきこえてくる。
「まあ、今日この時点でご判断ください、ということではありません。ですが我々は、あなたに対して門を開いています。どうか、お考えいただければ幸いです」
神崎と二階堂は立ち上がった。いまの澪に、これ以上話をしても先へ進まないという判断であった。それにやってきた子どもの数が増えて、職員やボランティアの人手が足りなくなってきている。
二人は一礼すると、部屋を出た。外では小川さんが待っていて、二人に頭を下げる。後を追うように澪が部屋を出ようとしたとき、鈍い音が地面から響いてきた。続けて、さきほどよりも強い地震が建物を揺らす。
子どもたちが驚いて悲鳴をあげ、悲鳴から泣き出す子、驚いたまま、ショックで動けなくなる子、怯えて澪にすがってくる子、さまざまだ。
「みんな、大丈夫!落ちてくるものに気をつけて、お部屋の真ん中に集まって」
そんな中、澪はGUTSライセンス取得時に学んだ通りの避難誘導行動に則って、子どもたちに指示を出す。地震はすぐおさまったが、食器棚やガラスが大きく音を立てた。子どもたちも、高校生ボランティアも怯える中、澪は怪我をした子がいないか、即座に確認に動いている。
神崎と二階堂はその様子を見たのち、改めて小川さんに一礼して去っていった。
その晩、一度アパートへ戻った澪は、夕方から始まるバイトへ出かけた。駅前交差点に店を構える『熱風酒場』。澪のバイト先であった。
土曜ということもあり、17時の開店直後からお客が多い。駅近くには専門学校や隣駅の大学寮があることもあって、客層は澪と同年代、そして休日を過ごす地元の顔なじみといったところだった。
しょっぱなから生ビールの注文が相次ぐ。オーダーシステムに則り、澪は続々とビールサーバーから黄金の液体をジョッキへそそぎ、ホールへもっていく。
「朝霧ィ!今日も暑いな!しっかりオーダー確認していくぞぉ!」
熱風酒場のオーナー兼店長である斎藤が発破をかけてきた。
正直、澪はこの酒場のノリが苦手であった。お酒を飲まないことはないが、こういう陽気な場所は元来苦手なのだ。何より店長の斎藤の勢いとノリ、澪はもちろん、普段陽キャなバイト仲間でも辟易するほどだった。
「お待たせいたしましたー、生4つです」
大きな声を出すのも不得手なのだが、澪は精いっぱいの大きな声で声をかける。よく来店する専門学校の男子学生だ。
「うえーい、お姉さんも飲みましょ!」
「えっと・・・わたしは・・・」
「あー!めっちゃ照れてる!かわいいっすね」
「あんまイジんなって」
「いいから、一杯オゴりますから!ね、お姉さんも乾杯しましょ!」
「はいー!お通しお待たせえええ!!」
そこへ店長の斎藤が割り込んできた。
「兄さんたちィ!そういうのは二次会でお願いしまーす!」
ガハハと笑いながら、少し苛ついているのか大げさにお通しの皿をテーブルに置く。
「まあ、いいや。乾杯!」
「それにしても、今日の地震ビビったよな~。最近多くね?」
「二回とか反則だよな~」
「オレ今日ぎっくり腰治療の実習だったんだけどさ、地震にビビってベッドから落ちたんだ~」
などど、学生たちはビールをグイグイ飲みながら雑談に興じはじめた。
バックヤードに下がった澪だが、戻ってきた斎藤にまた発破をかけられた。
「朝霧ィ!お前はしっかり断ることを覚えろぉ!」
けっこうな大声で客席に聞こえてしまわないか気になるが、活気ある店内だ、誰も気にしていないようだ。
澪は「はい・・・」と小さく返事をし、俯いた。
元々、去年卒業した大学の先輩に頼まれて入ったバイトなのだが、なにせサウナよりも暑苦しい斎藤がイヤで、すぐやめてしまう人間も少なくない。ノリが合わない澪もいい加減辞めたいのだが、社会人になってもこの店にお客として来店する先輩の目が気になり、なかなか辞められずにバイトを続けていたのだ。
それに、ボランティアも一緒の凜ちゃんもこの店でバイトしている。数少ない澪の友人だし、そうした意味でも、なんとか我慢しているのだ。
そんな凜ちゃんは、18時過ぎに店へやってきた。「遅ーい!!」と斎藤の怒声があがるが、「すみませーん、二日酔い治してきましたあ」と、凜ちゃんは口答えする。澪と違って、彼女は面の皮が厚いのだ。
調理場から出てくる料理の配膳準備しながら、澪は凜ちゃんと並んだ。
「ねえ澪、あんたマジGUTS入るの?」
「う、うーん・・・まだ迷ってるんだ・・・」
店にくるなり忙しさで頭から離れていたが、そういえば、店に入るまでGUTS入隊勧誘されたことで頭がいっぱいだったのだ。
「えー何迷ってんの?だってGUTSって給料良いし、住む場所も基地の中なんでしょ?それにごはんもきちんとつくなんて、最高じゃん。就活しなくて草~」
そうケラケラ笑う凜ちゃんだが、澪はイマイチ表情が晴れない。凜ちゃんも表情にしまりがでた。
「澪、でも、大学どうすんの?子ども食堂もここのバイトも、どうすんの?」
「う、うん・・・まだ、わかんない」
それをきいて、凜ちゃんは大きくため息をついた。
「おら!口じゃなくて手を動かす!」
背後からまた斎藤の暑苦しい怒声がひびきわたる。一瞬肩をビクつかせた澪は、手早く鳥の軟骨を食器に盛った。
午前1時、ラストオーダー近くまで満席のまま推移した熱風酒場。しこたま動き回った澪はくたくたになり、部屋へ戻った。
「澪、飲みいこー!」
そんな凜ちゃんの誘いも断った。もともとにぎやかな飲み会は苦手なのだが、今日GUTSの隊長、副隊長がやってきたことがどうにもアタマから離れないのだ。
入浴後スマホをいじり、ベッドに横たわった頃にはもう午前2時近くになっていた。
一瞬地響きがなり、少しだけ大地が揺れた。地震速報こそ流れたものの、震度2だ。
さして気にもとめず、つかれもあり、すぐにまどろんだのだが・・・。
また・・・あの、赤い巨人が姿を現したのだ。
これは夢、夢だという認識がある、不思議と。だが、巨人はなにかを訴えるように、澪を見てくるばかりだ。
そして、その巨人のまわり・・・ひどく崩れた地形、散乱している瓦礫、何より、黒煙をあげて燃え続ける・・・街?
どこか懐かしい光景だった。
夢はほんのわずかの時間に思えた。だが、外はとうに明るい。
スマホをみると、午前8時になろうかという時間だった。
「やばっ」
ベッドから跳ね起きたが、けっこう汗をかいている。サッとシャワーを浴びよう!そう考えて着替えを用意し、浴室へ入る。
暖かいシャワーを浴びてるとき、ふいにさっきの夢を思い出した。
「・・・ティガ・・・ん?」
そういえば・・・夢の中の赤い巨人は、何かを澪に語り掛けているようだった。だが言葉がない。何かの手段で、コミュニケーションをとっているような気がしていたのだ。
その中で、妙に頭へこびりついた単語・・・ティガ?
なぜだかわからない、だが、口から勝手に出てくるような、この言葉・・・。
よくわからない、何かの気のせいかも。
また地鳴りがした。夜の地鳴りよりも小さい。たぶん震度1くらいだろう。
澪は濡れた身体を素早くふき、身支度を整えた。今日もこれから、子ども食堂なのだ。
慌てて子ども食堂へ行くと、小川さん以下何名かの職員が大鍋を用意しているところだった。
「あら澪ちゃんおはよう!疲れてるだろうに、ありがとうね」
陽気な顔に、澪も笑顔であいさつする。
高校時代のジャージに着替え、今日の担当であるサラダ作りを始めたとき、手の空いた小川さんがやってきた。
「澪ちゃん、昨日きたGUTSの人に、返事したの?」
「それが・・・まだなんです」
「急にあんなこと言われてもねえ、ホント。でも、ウチのボランティアさんがGUTSに入るなんてことになったら、あたしも鼻が高いよ」
アハハと明るく笑う小川さん。澪はなんとも複雑な表情をした。本当、どうしてわたしなんだろう・・・。
「それより澪ちゃん、下ごしらえ終わったら、子どもたちの相手お願いするね!凜ちゃん、まぁた二日酔いで遅れますってLINEよこしてきて、ホントまったく・・・」
ブツクサと小川さんが口をとがらせてるうちに、子どもたちが何人かやってきた。
予定より早いが、扉を開けて子どもたちを中へ入れることにした。
「澪お姉ちゃん!」
今日は顔なじみの小学2年生、太賀くんが来ていた。
「おはよう太賀くん。今日もお父さんとお母さんはお仕事?」
「うん!だから今日のご飯は、澪お姉ちゃんに作ってもらいなさいって!」
はちきれんばかりの明るい笑顔を見せてくる太賀くん。澪は他の子たちと一緒にテーブルへ座らせ、今日のメニューであるチキン南蛮が出来上がるまで子どもたちとお話をしたり、トランプやUNOなどの簡単なゲームをして遊び相手になるのだ。
「澪お姉ちゃん、GUTSになるって本当?」
運ばれてきたチキン南蛮をほおばりながら、太賀くんが訊いてきた。
「えーっと・・・まだわかんないよ」
澪は苦笑いを浮かべる。
「え?お姉ちゃん、GUTSの人になるの?」
「すげー!GUTSの制服ってカッコいいんだよな~」
他の子たちも追随してくるが、「まだわかんないんだって」と、笑ってごまかす澪。
だがいい加減、答えを出さなきゃ・・・期限は特に伝えられなかったけれど、こういうのって返事は早くしないとダメだよね・・・などと、心の中で思っていたときだった。
【緊急地震速報、緊急地震速報。強い揺れに警戒してください】
あちこちのスマホからアラートが鳴り響いた。続いて、ドン!と突き上げるようなものすごい揺れ。
子どもたちが悲鳴をあげるのと、建物のガラスが割れるのが一緒だった。
「み、みんな!窓から離れて!机や椅子に頭をかくして!」
慌てながらも、澪は声をかける。いままでの地震よりもだいぶ強く、立っていてよろけるほどの揺れだ。
外では電線がヘビのように波打ち、異変に気づいた車両が慌てて停車し、周囲をうかがっている。
ほんの十数秒程度だったが、数分は揺れが続いたような気がした。
「みんなー、大丈夫かい!?」
小川さんが調理場から出てきた。大鍋がひっくりかえってむわっとする湯気がこちらにも伝わってくる。幸いなことに、火傷を負った人はいないようだ。子ども食堂の食器は木製かプラスチック製なので、子どもたちが怪我をするリスクは低い。
だが、落下物から子どもたちを守ろうとしていた高校生のボランティアが、額から血を流していた。小川さんが救急箱を取りにいき、消毒など応急処置をする。
だが怪我人が出たこと以上に、子どもたちがすっかり怯えてしまっていた。大声で泣く子、恐怖から固まる子、怪我をした高校生を心配する子・・・。
高校生たちも恐怖で泣いていた。
「ほら、しっかりして!」
小川さんが誰かを叱咤していた。職員の辺見さんだった。心臓に持病を抱えているとは知っていたが、さきほどの地震で軽い発作でも起きたのか、座り込んで大きく深呼吸している。
「澪お姉ちゃん・・・」
太賀くんが抱き着いてきた。服に太賀くんの涙がにじむのがわかった。
澪は太賀くん、そして倣うように寄ってきた子どもたちを抱き寄せた。
「みんな、大丈夫だよ。一緒にいるよ」
そう声をかけた。だが、慄いた子どもたちは怯えた顔のままだ。
澪は、子どもたちをぎゅっと抱いた。なにかを感じ取ったのだろう、太賀くんは泣き止んだ。不思議そうに澪の顔を見た。
「太賀くんのこと・・・みんなのこと、お姉ちゃんが守る。大丈夫だよ。お姉ちゃん・・・GUTSの人になるからね。GUTSの人になって、みんなを守る。だから、安心して」
自分でも信じられない言葉が出てきた。だが澪自身、言葉にしたことで、決意が固まった。