ウルトラマンティガ -揺らぐ光-   作:マイケル社長

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ー 第1話 震える光 ー パートB

 

 

 

 

 

神奈川県大和市と綾瀬市にまたがる、延べ500ヘクタールの広さを誇るGUTSジャパン基地。

 

2032年、米軍の極東展開再編事業において、旧海軍厚木飛行場を活用して建造された。

 

2030年、日本の長野県安曇野地域に「怪獣」と呼称される大型生物が初めて確認されて以降、まるで呼応するかのように世界各国に怪獣が出現した。

 

世界各国は、国家間の戦力闘争ではなく、目下怪獣と称された大型生物駆除を優先することとし、対怪獣、超常現象への対応を目的とした国際機関「GUTS」を2031年に設立。既存戦力と最新工学を駆使した対怪獣兵器の開発に邁進、人類は自力で怪獣という脅威への対抗手段を獲得し、そしてそれは成功していった。

 

2046年現在、怪獣の出現は途絶えて久しく、人類は落ち着きを取り戻しつつあった。無論それは、世界各地において局所的な国家間、組織間対立が再燃するという副作用をもたらしているのだが。

 

そんなGUTS基地に朝霧澪がやってきたのは、西日本で梅雨入りが宣言され始めた5月20日だった。

 

GUTS入隊の意思を神崎に告げてから翌日には、大学への対応(国際憲章により、GUTS入隊は大学等高等教育機関における単位取得同等とみなされる。大学も休学ではなく、在学扱いとなる)、住んでいたアパートの退去など(完全に退去するまでの猶予期間は充分に与えられた。澪自身はあまり意識していないが、GUTS入隊には多様な恩恵が生じるのである)もろもろの手続きを経て、改めての航空機や車両、銃火器などのVR訓練を4日かけておさらいし、訓練生用であるオレンジ色のツナギから、白を基調としたGUTSスーツを支給され、基地内にある隊舎の一角に用意された澪の個室に手回り品を運び込んだ。

 

ウワサにはきいていたGUTSスーツはズシリとした重みがあった。まるで背負っているものの重さを体現してあるかのようだ。

 

生地は思っていたよりもしなやかで、全身をスーツに通すと、緊張のため火照っている身体は急に快適になった。

 

摂氏2000℃、マイナス170℃までの極高温、低温にも耐え、服の内部を常時20℃に保つことができる。そして耐衝撃性能も高く、高さ10メートルから落下しても人体への損傷を軽減でき、さらに通常の拳銃弾頭なら耐えてしまうほどの頑強さも兼ね備えた、超高性能スーツだ。

 

ゴツゴツした靴は、大学のフィールドワークや農業体験で履いた安全靴よりも頑丈で、気密性も高い。このまま追加装備を加えれば、宇宙空間のような環境でも行動が可能になるとのことだった。

 

だが靴の紐を結ぶのに時間がかかった。いくらしなやかといっても、かがんだ体勢だと身体がいうことをきかないくらいにスーツは固い。そして立ち上がっても、まるで自分がロボットになったかのような、固い動きになってしまう。

 

GUTSスーツを着用した自身を、鏡の前に立たせてみる。その姿だけみればいっぱしのGUTS隊員なのかもしれないが、鏡に映っているのはひどく緊張と不安の面持ちな、冴えない見慣れた自分の顔だった。

 

専用のグローブをつけ、高鳴る心臓をどうにか鎮めようと深呼吸していたとき、ドアがノックされた。

 

「は、はい!」

 

また声が上ずってしまった。この4日間、ずっとこんな調子だったのだ。

 

 

「朝霧隊員、改めて、これからよろしく頼む。準備はできたか?」

 

スライドドアが開くと、同じくGUTSスーツに身をつつんだ神崎と二階堂が立っていた。

 

「は、はい!」

 

ダメだ、声が高くなる上に、顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。

 

「朝霧隊員、基地内ではグローブを着用することはないから、外して」

 

「ひぇっ、はい・・・」

 

二階堂の指摘に、澪はすっとんきょうな声をあげて白いグローブを外した。手袋に見えるが、たったこれだけでもGUTSが誇る技術が駆使されている。

 

「では、早速司令室へいこう。みんなを紹介する」

 

そんな新人の相手をいくつも経験してきたのだろう、神崎は落ち着いた声色で澪を案内する。カチンコチンに固まった澪は、すれ違う基地職員の目をまともに見れない。

 

ときに視線が合うが、意外にも自分を奇異な目で見てこない。まあ、緊張に震える澪を励ますような目、ややからかうような目、それどころではなさそうな目・・・他者の目を気にして生きてきた澪には、なんともいたたまれのない環境であった。

 

そもそも、20歳そこいらの女子大生を、どうして・・・?そのあたりの詳しい説明、これからしてくれるの・・・?

 

不安いっぱいの澪は、そのまま司令室に入った。

 

中央のデスクを中心に、シネコンのスクリーンほどもある大きな画面が複数。そして中央のデスクには、キーボードを一心不乱に叩くメガネ男子と、何やら頭をかき、難しい顔をしているツンツンヘア気味の男性・・・。

 

「みんな、紹介しよう」

 

神崎が告げると、デスクのふたりはスッと立ち上がった。神崎の背後にいる澪に目を向けるが、澪は顔をうつむかせるばかり・・・。

 

「朝霧澪隊員だ。ほら、自己紹介するんだ」

 

神崎は余裕の笑みで、二階堂は「いつまで緊張してるの?」と言いたげな顔で澪を見遣る。ようやく顔をあげて、懸命に声をしぼりだそうとする澪。

 

「あ・・・朝霧、澪、です・・・よろしくお願いします」

 

顔を上げることに耐えきれず、ペコリを頭を下げる。

 

「おお!お前が新入隊員だな!待ってたぞ!」

 

ソフトツンツン頭の男性が威勢よく声をあげる。

 

「松野明人!よろしくな!」

 

顔を俯かせている澪にも臆せず近寄り、握手を求めてくる。男性の手を握ることなんて・・・いくら握手でも、澪はしたことがない・・・。

 

「なんだ、緊張してんな?わかる~オレも入隊初日は緊張しまくって昼飯吐いちまったなあ」

 

握手に応えない澪を咎めることなく、松野は笑った。

 

「松野隊員」

 

松野のノリで余計に俯いてしまった澪を見て、二階堂が言葉を発した。

 

「あー、まあ、何かわかんねーことあればいつでも何でもきいてくれよな!頑張ろうな!」

 

中学の時も、高校の時も、こういう底抜けに明るい男子がクラスにひとりはいたものだ。空気は明るくなるのかもしれないが・・・なんだか、その明るさすらも澪には強い圧に感じられてしまった。

 

「あ、えっと・・・丹沢です。丹沢、博樹です・・・」

 

今度は、さきほどまで鬼のような勢いでキーボードを叩いていた男性隊員が声を発した。眼鏡姿でいかにも理知的だが、澪と同じくらい人見知りで恥ずかしがりなのだろうか・・・視線を合わせなくても、それを感じた。そしておそらくだが、彼は自分より若そう・・・澪はそう感じた。

 

「なんだオイ、みんな明るくいこうぜ~」

 

陰キャが増えたことを嘆くように、松野は頭をかいて席に座った。

 

「松野隊員、それよりも昨日の報告書は仕上げたの?」

 

まるで空気を切り裂くように、威厳と鋭さをにじませた声色で二階堂が尋ねた。

 

「ああーっと・・・すみません、急ぎます」

 

気まずそうに答える松野。二階堂は目をつむると、自席に着いた。隊長以外は、中央の大きな円形のデスクというか、それぞれ傾斜のついたモニター完備の席に座るようだ。澪は神崎に促されて、空いている席に座った。さっきの二階堂のピリつくような圧、あれがいつか自分へ向けられることは、そう遠くなさそうだ・・・。

 

「さて、かねてからの・・・ああ、朝霧、キミは話がよくわからなくても良い、まずは一緒にきいてくれ」

 

神崎の配慮はありがたいが、これからどう慣れていこうか、そもそも慣れるのだろうか・・・いや、なんとか、慣れていこう。おそれることは多いが。

 

GUTS入隊を決めたとき、子ども食堂に通う子どもたちや小川さんを始めとする職員のみんなが、寄せ書きを書いてくれたのだ。この心細い状況において、あの寄せ書きがどれだけ澪の心を支えたことだろうか・・・。

 

「丹沢、全員に情報を共有するんだ」

 

神崎が言うと、丹沢は全員のモニターに画像データを共有させた。だが澪の画面のみ、何も映らない。

 

「あ、えっと・・・」

 

澪が声をあげると、「どれどれ?」と松野が画面を覗き込んできた。

 

「ああ、これ。ここの隊員コード入力ってあるだろ。ここからログインするんだ。そう、それで良い。セキュリティの関係で、週に1度コードは更新されるから、都度ログインするんだぞ」

 

そうだ、GUTSライセンス取得時、このようなことを習った気がするが・・・。

 

「朝霧隊員、しっかりライセンス取得試験と、入隊前研修のことを思い出してほしいです。最初からつまづかないように」

 

二階堂の言葉はだいぶ鋭く、気迫がある。澪は身が縮こまりそうだった。

 

モニターには、四つ足の生物が映し出された。なぜ、急にこんな画像データが・・・。

 

「松野隊員による地下エコー調査及び過去の事例を基にユザレが解析したところ、最近関東一円で発生している群発地震を引き起こしているのは、この怪獣・・・パゴスと考えられます。2038年、北京市郊外に出現。当時のGUTSチャイナが地上から、そして空からは配備直後のGUTSファルコンで攻撃を仕掛け、駆除までは至りませんでしたが、大ダメージを与えることに成功しています」

 

怪獣、パゴス。険しい目に鋭い牙、そして攻撃に反応し、獰猛に当時のGUTSチャイナへ襲い掛かる様子が映し出される。

 

これは丹沢の操作ではない。GUTSの中枢となっている最新型AI「ユザレ」が、丹沢の会話を聴き取り、該当する資料などを続々と画面に用意しているのだ。

 

「当時のことはわたしも記憶している。パゴスには相当のダメージを負わせたはずだが・・・やはり、死んではいなかったのか」

 

神崎が口を開いた。

 

「群発地震の特徴などを精査した結果、ユーラシア大陸から日本列島へ向けてパゴスが地下を移動してきたのが、およそ1か月前頃です。そしてここ2週間程度、南関東一帯地下を移動しています」

 

丹沢はさきほどのコミュ障ぶりがまるでウソのように、ハキハキとしゃべる。

 

「こいつ、何か意思を持ってそうしてんのか?」

 

笑顔を封じて、松野が訊いた。事態によっては、地上に出てきたコイツが相手か・・・そんなふうな覚悟が表情に浮かんでいた。

 

「そこは・・・わかりません」

 

調査した内容以外について答えるのは苦手なようだ。急に声色が弱くなる丹沢であった。

 

「この怪獣、パゴスが地上へ出現する可能性は?」

 

二階堂が尋ねた。

 

「ユザレの解析ですと、南関東のいずれかに出現する確率は32%。なお、活動が活発だった10日前時点では、地表への出現確率は54%でした」

 

「じゃあ、確率下がってんじゃねえか」

 

松野がヤジっぽく言った。

 

「で、ですが・・・あくまで地震頻度を基にした計算式で算出した結果、ですから・・・」

 

「ああん?じゃこれ、アテにならねえじゃねーか」

 

松野は隣の丹沢のモニターに顔をグイと寄せた。丹沢は口を真一文字に結び、二の句が告げない。

 

「松野隊員、あなたは目の前のネコが次にどんな行動をとるか、完全に予測できるの?」

 

二階堂がそう尋ねた。

 

「ええーっと・・・はは、すみません」

 

答えようにも答えられない。とにかく苦笑いでごまかそうとしたが、二階堂の険しい視線に顔は下を向いた。

 

「今日はどうだ、パゴスに動きはありそうか?」

 

神崎が尋ねた。

 

「今朝6時過ぎと9時前の二回、マグニチュード2の地震が観測されています。活動が活発化したころは最大でマグニチュード6.3でしたから・・・このデータだけ信じるのなら、沈静化しているといえます」

 

「ではもしも地上にあがってきたとして・・・この南関東のいずれかに出現、と相成るわけか」

 

「隊長、そうしたら、この基地あたりに出てくるってこともあるんじゃないですか?」

 

「マツの言う通りだ。地の利を活かせて攻撃に即対応できるが・・・人口密集地だからな。ユザレに出現時の攻撃及び避難行動をいくつかパターン化させて、我々及び警察、消防にも共有させるんだ。丹沢、頼むぞ」

 

「わかりました」

 

丹沢は即座に、神崎の指示をかみ砕いてプロンプトを打ち込み始めた。

 

「よっしゃあ、オレはGUTSファルコンの整備状況を確認してきます」

 

松野は席を立ち、司令室を出て行った。

 

「隊長、攻撃態勢に関しては、GUTSチャイナの実績を基に地上と空から両方・・・」

 

二階堂が神崎に言いかけたとき、神崎は澪を指さした。顔を真っ赤にして、まるで耳から湯気が出そうな表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

「彼女にも何か業務を・・・」

 

そう訴えた二階堂だったが、「初日から無理はさせない」という神崎の方針で、澪は1度自室で休むことになった。

 

正直、わからないながらもなんとか業務を遂行しようという気持ちがないわけではない。だが、身体も精神もガチガチに固まってしまってる上、そもそもどんな業務をまともにこなせるのか、自分でもわからない。

 

「万が一非常呼集かかったときは即座に司令室へくること。夕方、まずはパーソナルモニターの使い方などをもう一度履修するので、それまで休んでいなさい」

 

そうした神崎の配慮はありがたいが・・・ここへきて、まったく何も動けない、できない自分に、澪は忸怩たる思いであった。

 

子ども食堂のみんなが用意してくれた寄せ書きを、じっと見つめる澪。目をつむり、せめて夕方からは少しでもみんなと同じ業務をこなしたい・・・そう思っていると、個人のスマホが鳴った。

 

熱風酒場の斎藤店長からメッセージだった。

 

【朝霧!今日も店は燃えるように忙しい!お前にシフト入ってもらいたいが、GUTSの仕事も燃えるように忙しいと思う!がんばれよ!】

 

読んでるだけで画面が発火しそうな文面だ。燃えるように、忙しくない・・・いやみんなはそのくらい忙しいのかもしれないが、わたしは・・・。

 

少し涙が出た。澪は目を閉じ、デスクに突っ伏した。

 

・・・また、あの夢だ。

 

赤い巨人が、わたしになにかを話しかけてくる・・・いや、わたし、に?

 

わたしは、どうすれば・・・なにを話せば・・・あなたは、誰・・・?

 

つんざくような音が、澪のPDI(GUTS専用携行型PC。超高性能なスマホといったところだ)から鳴り響いた。そして基地全体にも同様の音が響きわたり、そして・・・大きな揺れ。

 

デスクから飛び起き、状況を把握する。PDIを開くと・・・オレンジ色だった。休息前に神崎が発した「非常呼集」が現実のものとなったのだ。

 

何をどうすれば良いか少し慌てたが、澪はとにかく部屋を飛び出し、司令室へ急いだ。

 

「朝霧隊員、急いで!」

 

司令室に入るなり、二階堂が叱責するように言った。すでにかたわらには、出動時に着用するGUTSメットが用意されている。

 

「朝霧隊員、初日から初陣になっちまったな」

 

松野なりに励まそうとしてそう言ったが、松野も顔がややこわばっている。

 

「現在マグニチュード5・・・まっすぐ東へ移動しています」

 

丹沢がユザレがはじき出す情報を読み上げる。

 

「出現地点の特定は?」

 

こんなときでも、神崎は冷静だ。

 

「・・・相模原市、舘尾山麓付近に出現します。計測だと・・・あと10分以内に」

 

「10分・・・避難間に合わねーぞ」

 

「松野隊員、ぼやいてないで支度して」

 

「は、はい!」

 

そんなやりとりをしながら、丹沢は周辺自治体や警察などへ即座に避難行動を通達させると同時に、出現時の戦術パターン複数例のうち最適解をしぼりこむ。

 

「地上と空、双方から攻撃です」

 

「よし。副隊長、GUTSファルコンで空から攻撃。マツと朝霧はデラムで地上配置。マツは攻撃、朝霧は住民の避難行動を確認だ」

 

テキパキと指示を出すと、神崎は背筋を伸ばして全体を見回した。

 

「GUTSジャパン、初の実戦だ。訓練通りやれば良い。しっかり行動しよう」

 

「「「ラジャー!」」」

 

GUTSでの行動規範に則り、二階堂、松野、丹沢が右手をサムズアップさせて応える。澪はハッとして、サムズアップだけさせた。

 

「朝霧隊員、ラジャーとセットで行って」

 

二階堂の早口叱責が飛んできた。

 

「ら、ラジャー・・・」

 

 

 

 

 

 

慌ただしくも、二階堂はスマートに格納庫へ向かい、GUTSが誇る有人攻撃機・GUTSファルコンへ搭乗した。格納庫から誘導員の指示に則り滑走路を進み、離陸までものの数分。二階堂はもちろんだが、整備担当や誘導担当、管制担当も驚くべき仕事の速さだった。

 

そして、松野のうしろをくっついていく形で澪はGUTSの特殊車両:デラム(トヨタ・ランドクルーザーベース)に乗り込んだ。

 

松野が緊急走行モードで運転する傍ら、澪はGUTSメットが揺れることに気づき、一度メットを脱いで大きさを合わせることに難儀していた。入隊時、しっかり頭に合わせたハズだったのに・・・。

 

「きちんと大きさ合わせておけよ。現場では、メットをしっかりかぶってるかどうかで、生死にかかわることもあるからな」

 

松野が真剣な表情と声で、澪をたしなめる。どうにか大きさを調整し、今度は澪の頭にしっかり収まった。

 

「うしろの髪の毛出てるぞ。きちんと全部メットに収めるんだ」

 

松野の指摘で、澪は慌ててメットを脱ぎ、髪の毛をまとめ直した。少しメットをかぶっただけで、ずいぶんと髪の毛が乱れる・・・。

 

「おい朝霧、だいぶ緊張してるようだが、緊張を拒否すんな。誰でもなる、自然なことだからな・・・」

 

運転しながら、松野は言った。まるで自分に言っているようにも思える。

 

「は、はい・・・」

 

「おお、やっと返事してくれたな」

 

少し嬉しそうに笑みを浮かべる松野。不思議なことに、澪にもその笑みが伝播した。いや笑みこそ浮かべることはないが、少し心が落ち着いたような気がしたのだ。

 

『気をつけてください、もうすぐ出現予想時刻です!』

 

丹沢からの通信がメット内にひびきわたる。GUTSメットは音声が内部に通知されるように設計されている。

 

道路の両端は、行政が発した避難行動に従って人々が指定された避難所へ向かっている。動きはしっかりしているのだが、いかんせん人口が多い。

 

「せめて山の中に出ろってんだ」

 

松野がぼやいたとき、アラートがメット、そしてデラム内に鳴り響いた。

 

『出現しました!予測通りです!』

 

丹沢の声が大きく響く。

 

「飛ばすぞ、朝霧」

 

松野は目いっぱい、アクセルを踏みつけた。

 

 

 

 

 

 

相模原市、舘尾山のふもとから出現した怪獣パゴス。大きくうなると、前脚で数件の住宅を踏みつぶし、大きくうなる尻尾で一帯を薙ぎ払った。

 

そこへ、轟音が空から近づく。二階堂が駆るGUTSファルコンだ。

 

ホバリング姿勢となり、ファルコンの機体先端に装着されているガトリング砲をパゴスへ向ける。だが・・・・・。

 

「丹沢隊員、避難状況が芳しくない」

 

行政から共有されている避難状況を確認すると、パゴス出現地点から半径1キロ以内の避難が完了していない。

 

『こちらでも確認してます。攻撃は避けてください』

 

声を出さず歯噛みすると、二階堂はホバリング状態のままパゴスに近寄った。上空に現れたGUTSファルコンを、獰猛なその目で睨みつけるパゴス。

 

注意を引きつつ、山間部へ誘導すべく、二階堂はそのままゆっくり前進を始めた。パゴスは注意こそ向けるものの、追いかけてくるような動きはない。

 

するとパゴスは大きく口を開いた。同時に、GUTSファルコン内にアラートが響く。

 

「っ!」

 

慌てて二階堂が機体を上昇させたのと、パゴスが口から光波を吐き出すのが同時だった。もしも咄嗟に機体を操作していなければ、ファルコンはあの光波が直撃していたことだろう。

 

パゴスは大きく吼えると、市街地へ向けて動き始めた。その先は地域のターミナル駅があり、人口密集地だ。そしてその駅及び線路から先は、まだ避難途中の人々が大勢存在していた。

 

『真理くん、作戦変更だ』

 

神崎の声だった。

 

『ファルコンを先の市民公園へ着陸させ、朝霧と共に避難誘導を優先してくれ。攻撃するには人が多すぎる』

 

「・・・ラジャー」

 

やむを得ない事情ではあるが、どうにかしてここでパゴスを足止め、あるいは、倒せる程度の一撃を加えられたら・・・。

 

 

 

 

 

 

一方、避難未完了区域では、松野がデラムを停車させ、緊張と焦りで顔がびっしょりになっている澪を下ろした。

 

「副隊長も合流する、しっかり避難誘導を頼むぞ」

 

そう告げて、デラムを発進させた。

 

『松野隊員、パゴスの光波は脅威です。最低でも500メートル距離をとり、建物を陰に攻撃してください』

 

丹沢の戦術指示が、口頭及び搭載しているデラムのモニターにも表示された。

 

「ラジャー」

 

搭載しているレーザー照射兵器、デグナー砲の起動をした。片方では、さきほど澪を下ろしたあたりの避難が順調に進み始めていることが見てとれた。

 

「いいぞ~、朝霧」

 

ひとりぼやき、デラムを四方に雑居ビルが囲む交差点で停車させる。ここから一瞬通りに出れば、こちらへ進行してくるパゴスの正面になる。

 

最低でも500メートルの距離を確保するということだったが、かといって1キロ以上離れていると地上攻撃の場合、照準がうまく定まらない。ましてやここは、市街地なのだ。

 

パゴスが700メートルまで接近してきた。松野はデラムを発車させ、デグナー砲の照準を確認する。

 

ピタリ、パゴスの真正面に砲身が向けられた。

 

「オラ!お天道様の下に出てきたことを後悔しろ」

 

つんざくような音がして、デラムから青白いレーザーが照射された。見事、パゴスの頭部に直撃。効き目があったのか、パゴスはひときわ大きく吼える。

 

だがこの程度の攻撃では、かえってパゴスを怒らせる結果となったようだ。獰猛に唸りながら、松野が駆るデラムへ猛進してきた。

 

「うおっ、くそ」

 

慌ててデラムを発進させ、しばらく走らせる。パゴスの動きが激しくなり、新たな攻撃をするための照準を合わせることは困難だ。

 

「おい丹沢、やっぱり上空からの攻撃が有効じゃねえか」

 

メット越しに言う松野。

 

『理解してますが、市民の避難がまだです』

 

「んなことわかってんだ。ヤローは四つ足だから高さが足りねえ、地上攻撃は難しい。ほかに手段はねえのか?」

 

『そ、そう言われましても・・・』

 

状況は極めて具合が良くない。なにせ後方1キロ先には、まだ避難中の市民が大勢いるのだ。

 

「クッソ、こういうときユザレの戦況判断も硬直するモンだな」

 

よほど、デラムを降りて携行しているレーザー銃、GUTSハイパーで近接戦闘仕掛けてやろうか、とも思ったが・・・高さがないぶん、攻撃には200メートルは近づかないとこの市街地では攻撃を当てられない。

 

「ちくしょう、配置転換で攻撃の機会をうかがうしかねえな」

 

がんじがらめのAIよりも、人間の直感だ・・・そう言いかけたとき、松野はモニターに視線を落とすと目を見張った。

 

「マジかよ・・・避難進行が素早いな」

 

 

 

 

 

 

一方、顔面が汗まみれになりながらも、澪は精いっぱい声を張り上げていた。

 

「この通りをまっすぐ逃げてください!」

 

「この先の合同庁舎地下を目指してください!」

 

この地域の避難計画や避難個所を確認すると、避難者の流れを読み、一時的に波が途切れた後、あるいは走力がある市民にそう告げていく。

 

すると、ひとりがそれに応じると、後ろから逃げてくる人々が追随して流れができるのだ。

 

避難行動及び誘導のお手本通りなのだが、これを的確にこなせるかはやや事情が異なる。澪はそのあたりが長けていた。長年、人の目を気にしてきたため、他者の挙動に注意を払い、声をかけることができるのだ。

 

現場でその様子を確認した二階堂も、そして避難状況をモニターと澪のメットにつけられたカメラから確認していた神崎も、澪の動きに感心していた。

 

『朝霧隊員、この地区を頼みます。わたしは駅南口の市民を誘導する』

 

二階堂の声がメットに流れる。

 

「わかりました!」

 

『応答はラジャー!』

 

「・・ラジャー」

 

だいぶ避難者も少なくなってきた。このままこの地域のみんなが避難してくれたら、より攻撃が可能になる・・・。

 

そのとき、澪の背後で派手な炸裂音と、何かがひきちぎられるような音がした。

 

『うおおお!』

 

松野の怒声が響く。

 

『マツ!?』

 

神崎が呼びかけた。

 

『だ、大丈夫です・・・瓦礫をかぶりましたが、動けます・・・ああっ!?』

 

悲鳴にも似た松野の声と、パゴスの咆哮、そして建物が崩れる音がすべて同時に澪の耳を叩く。轟音を防ぐメット機能がなければ、鼓膜がやぶられかねないものすごい音だ。

 

パゴスが猛然と向かってきていた。いやまだかなりの距離はある。だが、あの勢いで突進すると・・・。

 

PDIを確認すると、駅の南口付近はまだ避難者が大勢いた。一度、地下自由通路をはさむ上に踏切がないため、こちらと異なり避難がなかなか進まないのだ。そして、そんな駅南口方向へと、パゴスは進んでいる・・・。

 

二階堂も察知していたが、目の前の人々を誘導することで精いっぱいだ。松野もまだ動けないらしく、必死にデラムを覆った瓦礫をどかしている・・・。

 

お腹が痛くなり、息があがってきた。このままでは・・・そこで澪は、ハッとした。やや先の市民公園に着陸している、二階堂が駆ってきたGUTSファルコン・・・。

 

気がつけば、そちらへ走り出していた。そしてコクピットのキャノピーを開けるのにやや手間取ったが、ドシンと尻もちをつくように澪はコクピットに座った。

 

大きく荒い呼吸をなんとか整え、シミュレーターとVRでやった通りにGUTSファルコンのエンジンを動かし、ホバーモードにギアをうつす。

 

『朝霧、どうした?』

 

『朝霧隊員!?』

 

神崎と二階堂が同時にしゃべった。

 

「なんとか・・・なんとか、これで誘い出してみます」

 

そう言って、左手わきのギアを引いた。轟音とともに機体が震えた。

 

『朝霧隊員、それは左翼ホバー停止です!離陸はその隣のギアです!』

 

丹沢のナビゲートで、澪は当該ギアを引いた。衝撃で少し下を噛んだが、ふわりと機体が、そして自分が浮かび上がるのがわかった。

 

『朝霧隊員、なにをやっているの!!』

 

『あわ、おいマジかよ!』

 

二階堂と松野が驚愕の声を発する。機体は順調に浮かび上がり、パゴスの目線と同等程度の高度まで上昇できた。

 

パゴスはGUTSファルコンに注意を向けた。さきほど自分を攻撃されたように、澪が駆るファルコンを天敵とみなしたのだ。

 

澪は歯をくいしばり、機体をパゴスと反対方向へ進め始めた。パゴスは咆哮をあげながら、低空低速で進む澪のファルコンを追い始めた。

 

『おい、何やってんだァ朝霧ぃ!!』

 

松野の驚きに満ちた悲鳴がきこえる。だが澪は必死だ。グローブは汗だらけで、スキマからにじむくらいだ。

 

『朝霧隊員、高度を上げてください。そのままではパゴスの光波に当たりやすい』

 

『おいバカ!お前なに冷静にナビしてんだよ』

 

『現状とパゴスの行動からして、朝霧隊員による誘導が最適解です!』

 

松野と丹沢が言い争いしている中、澪は機体を上昇させた。左翼側が妙にガタつくが、それでも高度600メートルまで上昇した。

 

『パゴスの体高は25メートル、朝霧隊員、誘導に最適な高度はあ400メートルです。そのまま舘尾山裏まで誘導してください』

 

丹沢のナビ、そしてGUTSファルコンのモニターにも同様の情報が流れる。その通りに機体を保とうとしたとき、オレンジ色のアラートが鳴り響いた。

 

パゴスが口から光波を発したのだ。咄嗟に左翼がわに操縦桿をたおし、光波の直撃を逃れる。怒り狂ったパゴスは進行速度を早め、2発目を発してきた。

 

間一髪、それをかわした澪。高度は400メートル。定位置だ。

 

パゴスは山の斜面にさしかかり、短く吼えると光波を放ってきた。地表接近を察知したファルコンのAIにより、はからずも機体が上昇させたことで、ファルコンから外れた光波は山の山腹に命中した。

 

『山の標高と傾斜に注意してください!地面そのものが高くなりますから、地表から400メートル維持、傾斜角度に注意してください!』

 

えっ、それで何かが変わるの・・・?澪の思考が一瞬止まったとき、またオレンジのアラートが鳴った。斜面をのぼってきたパゴスの光波が、後方斜め下からせまってきたのだ。

 

「!?」

 

慌てて操縦桿を傾ける澪だったが、機体後方にパゴスの光波が直撃した。

 

「ぐううっ!」

 

機体が大きく揺れ、コクピット内に激しく火花が散った。警戒を示すアラートは、オレンジから赤に変わった。モニターは機体後方に損傷が生じたことを表示していた。

 

『朝霧隊員、脱出してください!』

 

『朝霧、脱出だ』

 

丹沢と神崎が同時に脱出という単語を発した。震える操縦桿のわき、脱出のパネルに触れようとしたとき、機体前方の先に目がいった。

 

パゴスがこれまで進行してきた地区の反対側には、また大勢の市民が道路いっぱいに広がっていた。もしもここで脱出すれば、あの市民たちにファルコンが突っ込んでしまう・・・。

 

澪はホバーモードを全開にした。機体後方から炎は出ているが、ホバーによる推進力及び飛行力はまだ生きていた。

 

『朝霧ぃ!脱出だ!朝霧!』

 

松野が叫ぶ。

 

「機体落下予想地点に、まだ避難者がいます・・・!なんとか、離脱させます!」

 

操縦桿がいうことをきかないが、ホバー移動によるヨーを駆使して機体が落ちる先を山へ向ける。これで角度さえ整えてから脱出すれば・・・いや、よしんば、不時着に成功すれば・・・!

 

『朝霧隊員!その状態でホバー移動は危険よ!』

 

二階堂が怒鳴ってきた。だが、機体は澪の思惑通り動きつつあった。少なくとも、避難者へ機体が落下する角度ではなくなった。

 

『・・・ギリギリだが、なんとか持ちこたえろ、朝霧』

 

神崎が言葉を発した。どうにか、脱出まで機体がもってくれ・・・!神崎は拳を握った。

 

『朝霧隊員、そのエリアならもう大丈夫です。脱出してください!』

 

『ラジャ・・!?』

 

突然、ガクンと機体が左側にかしいだ。コクピットすべてが、真っ赤なアラートに包まれた。

 

ハッとして、澪は機体を確認した。左翼ホバーが機能停止したのだ。まさか、さっき離陸のとき、操作を誤ったせいで・・・!?

 

必死に機体を起こそうと、澪は操縦桿を力いっぱい引き上げた。だが機体こそ水平になったものの、加速度的に地表へ向けて墜落しつつある。地表・・・山腹の林道が視界に飛び込んできた。

 

「いやああああああ!!!!」

 

澪の悲鳴は、すぐさまかき消えた。

 

GUTSファルコンは地表に激突し、炎があがった。

 

『朝霧ぃぃぃぃぃ!!!!!!』

 

松野の絶叫に続いて、『そんな・・・』と絶句する二階堂。呆気にとられている丹沢と、目を見開いて息をのむ神崎。

 

モニターの向こうには・・・黒煙をもうもうと上げて炎上するGUTSファルコン・・・いや、原形は完全になくなっていた・・・。

 

 

 

 

 

 

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