ウルトラマンティガ -揺らぐ光-   作:マイケル社長

5 / 5
ー 第2話 遠いぬくもり ー パートA

 

 

 

 

朝霧澪がGUTSへ入隊し、2週間が経過した。

 

初陣であった地底怪獣パゴスとの戦闘において、GUTSファルコンごと墜落したが、奇跡的に生還(と周囲には思われている)した後、澪は改めて徹底的な業務知識確認と現場履修に追われた。つい3日前、静岡県東部に現れた未知の怪獣に対してGUTSは出動、見事倒すことができた。だがその際も、澪は何もできなかった。

 

GUTSファルコンを駆る二階堂の松野の後塵を拝するのみで、ほぼ2人の活躍により怪獣を撃破した。澪がやったことといえば、機体の中で戦況確認しているのみだった。

 

「最初はそんなものだ」

 

神崎はそう言ってくれたが、知識とライセンスのみ取得しただけで、対怪獣対策の現場において、自分ができることはほぼ皆無だった。

 

そして、何より・・・。

 

パゴスを倒して以来、澪がウルトラマンになることはなかった。どうすればまたなれるのか、いやそもそも、なぜ自分が・・・あの墜落で、自分は死んだのだろうか、いまこうして存在している自分は、本当に自分なのだろうか・・・。

 

そんなことは、誰にも話すことができなかった。

 

日々痛感する自身の至らなさ、出動現場で役に立たないもどかしさ、何より、あの巨人・・・ウルトラマンの存在・・・。

 

悔しさ、重苦しさ、そして恐怖から、澪は深夜ひとり、静かに涙する日々であった。

 

そんな澪の心を読んだのかどうか・・・神崎から「朝霧、落ち着いたから少し里に下りてみたらどうだ」と提案されたのは、関東地方に梅雨入りが宣言された日だった。

 

「里に、下りる・・・?」

 

きょとんとする澪。

 

「おお、基地離れて休暇することを、ここじゃ里に下りるっていうんだよ」

 

相変わらず事務作業に頭をかきながら進めている松野が口をはさんだ。

 

「ここは特殊な環境だからな。そういう言い回しをするんだ」

 

神崎は澪の肩に手を置いた。

 

「それに、大学や子ども食堂のみんなにも、久しぶりに顔を見せたらどうだ」

 

そう神崎に言われ、澪はハッとした・・・。そういえばここ数日、訓練や履修についていくことに精いっぱいで、みんなのことを忘れていたのだ・・・。

 

「非常呼集がかかった場合、すぐに基地へ帰投し出動すること、居場所は明確にすること」

 

この条件で、澪は3日間の暇を取得できた。

 

「これは特別な休暇ではない。条件が整えば、いつでも大学へ通えるし、子ども食堂へ行って良いんだ」

 

神崎はそう話した。もともと住んでいたアパートは身の回り分以外の荷物は置いてある。すべて引き払おうとしたのだが、「GUTSだけが君の居場所ではない」という神崎のアドバイスで、そのままにしてあったのだ。

 

厚木にあるGUTS基地から、自宅アパートがある東京都町田市までそう遠くはない。休暇開始前日夜に町田へ戻り、翌日には目黒区恵比寿にある城南大学へ顔を出した。

 

だが・・・唯一といってもいい親友の凜ちゃんは、教育実習が始まったとのことで3週間不在にしていた。

 

(先に教えてくれても良かったのになあ・・・)

 

そう感じながら大学へ足を運び、専攻している人文科学研究系列の講義に出席するが・・・。

 

「アイツだよな、GUTSに入ったの」

 

「え~、見て見て!あの子だよ、GUTSに入隊したの」

 

「すごくない?」

 

「てかGUTS入ってるのに大学来てて良いの?また怪獣出たらやばくない?」

 

などど、微妙に聞こえる音量で話をされる始末・・・。

 

元来影が薄かった澪にとって、そうしたひそひそ話の対象になるのは耐えがたいことであった。講義時間中、顔を赤くして俯くしかなかった。

 

その後、入会しておりながら新年度になって1度も顔を出していない空手サークルの練習にも参加してみたが、澪をかわいがってくれた4年生はもう3月で卒業し、あまりなじみのない2、3年生と、見慣れない1年生に交じり練習するのは、なかなか緊張するものだった。

 

空手道3段、少林寺拳法2段を取得している澪は、その経歴のみ鑑みればサークル内でも指折りの実力者なのだが、いかんせん他者と触れ合うことは苦手なうえ、まともに顔も合わせられないほどの緊張しいな性格であるため、練習もそこそこに引っ込んでしまった。

 

サークルを後にする直前、「あの2年生の子、GUTSに入ったらしいよ」というウワサを上級生がしていた。

 

「へ~、今度実践空手とか教えてくれないかな?」

 

などという話になっていたが、澪は聞こえないフリをして、赤面のままその場を後にした。

 

その後、ずいぶんと久しぶりな自宅に戻った澪は、昨日連絡したようにバイト先である『熱風酒場』へと向かった。ひさしぶりの「日常」を味わいたかったのだが・・・。

 

「朝霧、早速だがお前今日ホール頼むぞお」

 

斎藤店長は出勤するなり、ひさびさの出勤を喜ぶでもなく、そう告げた。正直なところ、「元気だったかあ!?」と、大きく声をかけてもらいたかったところなのだが・・・。

 

だが斎藤店長の素っ気なさも理解できた。17時の開店直後から、店がほぼ満席になったのだ。それもこれまでの客層とはだいぶ異なっていた。

 

これまでは地元民や駅周辺に住んでいる学生といった顔ぶれが馴染みだったのだが、いつの間にか、なじみのないサラリーマンが多くなっていた。学生客もゼロではないのだが、明らかに少なくなっている。新規客が増えて入りづらくなっているのか、あるいは・・・。

 

ひっきりなしのオーダー対応は閉店間際の22時近くまで続いた。今日は週末のハズなのだが、学生は最後まで少なかった。そして地元の住民が顔を出すことも少ない。

 

「朝霧ぃ、どうだGUTSは?しっかりやっているかあ?」

 

洗い物をしていると、そそくさと帳簿をつけながら斎藤店長が声をかけてきた。

 

「あっ・・・は、はい」

 

いつもならその熱量に引いてしまう澪なのだが、なぜだろう、斎藤店長の熱量が妙に懐かしく、また嬉しくもあった。

 

「まったく、地球の平和を守るのも良いけどよぉ、店の売上にも貢献してもらいてぇところだぞ。ま、慣れないうちはいろいろあるかもしれねえけどなあ。こうしてウチを忘れねーで働いてくれることは、ありがてぇと思わねえとバチ当たるか」

 

そうぼやいて、伝票を整理している。この店はオーダーこそモバイルだが、出てきた伝票は前時代的に店長がシコシコと帳簿に起こしているのだ。

 

「あ、あの、店長・・・」

 

澪はずっと気になっていたことを尋ねようと、声をかけた。

 

「おう!」

 

「今日、いつも見ないお客さんが多かったような気がしてるんですけど・・・」

 

そこで斎藤店長はペンを止めた。

 

「おうよ・・・こないだ、怪獣出たろ。アレのせいでいろいろ変わっちまったんだよ」

 

澪がキョトンとした顔をすると、またペンを走らせ始めた。

 

「駅前になじみの学生さんいたろ。あいつらの中で、怪獣出現心配して実家に戻っちまったヤツ少なくねえらしいんだわ。そんでな、逆に川崎の工場群あるだろ。あの辺、怪獣叩きのめす兵器や資材製造で、急に忙しくなっちまったらしいんだわ。そんで、あっちこっちから人手集めてるようでよぉ。まあそうしたリーマン連中がウチ利用してくれてありがてぇが、なじみさん入れねえのがもうしわけなくてよぉ~」

 

そう話す斎藤店長、嬉しさよりもさみしさ、もどかしさが言葉尻や声色ににじみ出ていた。

 

澪は洗い物の手を思わず止めてしまった。

 

そうか・・・わたしの仕事が忙しくなるっていうことは、こうしてみんなの生活を激変させて、こういうことが起きちゃうんだ・・・。

 

「ホレ!手ぇ動かせ」

 

斎藤店長の発破で、澪は考えるのをやめ、洗い物処理に集中した。

 

 

 

 

 

翌日になった。

 

昨夜は1時近くに戻り、シャワーを浴びて床についたのが2時前だった。だがまたあの夢をみた。

 

だが今度は少し様子が異なっていた。

 

―ティガ―

 

夢の中に現れたあの赤い巨人が、はっきりそう言ってきたのだ。

 

それも、澪に向けて。

 

それだけ意識に残り、脳内に残滓として響いたまま身を起こす。

 

「うわ・・・・」

 

気がついたら、7時を少し回っていた。

 

昨日のうちに、子ども食堂へ向かう段取りはしていた。

 

「人手増えて助かるわ~」

 

運営の小川さんはそう話してくれた。GUTSに入っても変わらず自分を受け入れてくれそうなのは、もはや小川さんと子ども食堂のみんなだけかもしれない・・・。そんなことを思いながら、澪は身支度を始めた。

 

睡眠時間は短いが、子どもたちに会える嬉しさが何より勝っていた。昨日のうちに買っておいたカロリーメイトとゼリーを口にして、少しだけメイクをすると(目の下のクマをごまかす必要があった)、澪は期待に胸を躍らせて自宅を出た。

 

昨日までの霧雨はすっかり晴れ、夏を思わせる日差しの中、しばらく歩いて子ども食堂「まどか」へやってきた。

 

「澪ちゃん!」

 

朝から食事の支度をしていた小川さんは、澪が入るなり大声をあげて駆け寄ってきた。

 

「忙しいのにありがとうね!GUTSはどう?大変じゃないかい?」

 

しっかり澪の手を握り、小川さんは泣きそうな顔で訊いてきた。

 

「え、ええ・・・なんとか」

 

苦笑いしながら、澪は答えた。たしかに業務は過酷だが、そんなことを小川さんに話して、心配をかけたくないのだ。

 

「もう、みんな心配してたんだよぉ。澪ちゃん、しっかりがんばってるかな、怪我とかしてないかなってさ」

 

とうとう小川さんは涙を見せた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

苦笑いこそするが、心底嬉しかった。こんなに自分を心配してくれるなんて・・・。

 

「みんな澪ちゃんが来るの待ってたんだよ。太賀くんなんか、昨日の夜からウキウキしててねぇ。今日はここに泊まる!ってきかなかったんだから」

 

子どもたちの中でも、特に澪へ懐いている枇々木太賀くん。今年8歳になる元気な男の子で、澪が子ども食堂にいるときは常にくっついて離れない。

 

「そういえば、ここってお泊りできるようになったんですか?」

 

子ども食堂「まどか」だが、これまでは1階のみで食堂や交流スペースを運営してきた。だが澪がGUTSに入隊した後、これまで使われていなかった2階、3階を活用し、お泊り学童保育を始めたときいていた。

 

「そうなんだよ。こないだ、怪獣出たでしょう。あれ以降、仕事が忙しくなって夜も家に帰れない父兄が増えたんだよぉ。太賀くんも、何回かお泊りしててねえ・・・ホラ、あの子のご両親、市役所に勤めてるでしょう?いろいろ、怪獣対策の体制作りとかで忙しくなってるみたいだよ」

 

「・・・バイト先も、全国から臨時で来てる工場勤務の人が増えてるって話してました」

 

「そうだろうよぉ。まったく、あたしらの生活が一変しちまってねぇ。本当は澪ちゃんに、この施設の運営を本格的に手伝ってほしいところなんだけど・・・あんた、身体だけは大事にするんだよ」

 

「・・・はい」

 

なんだか、自分がここまで期待されているのは、少しむずかゆいような、妙な照れ臭さがある。だが悪い気はしないものだ。澪は更衣室へ行き、ジャージに着替えると食事の用意を始めた。

 

今日はからあげ定食を出すことになっており、鶏肉に小麦粉をつけるなど下ごしらえを始める。子どもたちが来る前に・・・と、澪はスマホでラジオをつけた。

 

『ヤッフゥーイ!ローズでーす!さあさあ、梅雨前だけど蒸し暑いね~けど元気出して湿気吹き飛ばしちゃおう~!』

 

そういえば・・・このラジオパーソナリティが好きな凜ちゃん元気かな・・・ラジオを聴いて、澪は親友に想いをはせた。

 

教育実習とのことだったが、昨日あたりは週末だ。一緒に実習受けた学生と飲んでたのだろうか・・・いまごろ絶賛二日酔いかもしれない・・・などと考えていると、庭に子どもたちが集まり始めた。いつもなら食事の用意を他の誰かに任せて、澪が子どもたちの面倒をみるところなのだが、高校生のボランティアたちは高体連などがあり、来れない子が多いらしい。食事の支度をしながら、中から様子をうかがうようにした。子どもたちは何やら遊んだり、ひとりゲーム機に夢中になったり、さまざまだ。

 

「少し早いけど、開けるね。澪ちゃんは配膳手伝って」

 

小川さんはそういうと、施設の玄関を開放した。

 

「澪お姉ちゃん!」

 

真っ先に飛び込んできたのは、枇々木太賀くんだった。今日澪が来ることを心から楽しみにしているときいていたが、澪にそのままの勢いで抱き着いた。

 

「太賀くん、なかなか来れなくてごめんね」

 

あまりの喜びように、澪も自然と笑顔になる。

 

「澪お姉ちゃん、GUTSに入ったのに大丈夫なの?」

 

太賀くんは澪の膝に腰を下ろすようにしている。

 

「うん、今日は大丈夫なんだ」

 

「じゃあ、今日は来れなかった分まで、うーんと遊んでね!」

 

その無邪気な姿に、澪は顔をほころばせて太賀くんの頭を撫でる。

 

「太賀、お前ズルいよ~」

 

「わたしも澪ちゃんに抱っこしてもらう~」

 

他の子たちも寄ってきているが、太賀くんは決してそのポジションを離すことはない。

 

「太賀、お前澪姉ちゃんと結婚しちゃえよ~」

 

「ダメ~。澪お姉ちゃんはわたしと結婚するの~」

 

「アリサちゃん女の子だろ~」

 

すっかり子どもたちにもみくちゃにされている澪だが、玄関先に男女ふたり、立っているのが見えた。

 

「朝霧さん」

 

男性の方が声をかけてきた。太賀くんのお父さんだった。

 

「どうも、おはようございます」

 

澪は立ち上がって、ペコリと頭を下げる。

 

「お父さんお母さん、まだお出かけしないの~?」

 

太賀くんがパタパタと寄っていく。

 

「もうすぐ行くよ。少しだけ澪お姉ちゃんとお話しに来たんだ」

 

「ボクも一緒にお話する~」

 

太賀くんは無邪気にそう笑うが、両親とも微妙な表情だ。様子を察した小川さんが、「ほら太賀くん、先にご飯食べちゃおうっか」と誘い出してくれた。「良かったら奥の応接室使ってくださいね」と小川さんは声をかけてきたが、「すぐ行かなきゃいけないので」とお父さんがやんわり断った。

 

「朝霧さん、いつもうちの子が本当にありがとうございます」

 

お母さんが頭を下げてきた。何度か太賀くんの送り迎え時に話したことがあるくらいだが、改まってどうしたのだろう、と澪は怪訝に思った。

 

「朝霧さん、あなたを困らせる意図はないんですが・・・最近、子ども食堂に朝霧さんがいなくて、うちの息子がだいぶ寂しそうにしてるんです。それだけなら良いんですけど・・・」

 

「先週なんか、機嫌損ねて癇癪起こすことがあって・・・」

 

澪は息をのんだ。

 

「お姉さんはGUTSに入って頑張ってるんだよ、って諭すんですが、どうにもきかないときがあって」

 

そう言われ、澪はうつむいた。

 

「いえいえ、朝霧さんを責めるつもりはないんです。ですが、どうか今日、たくさん太賀と遊んでやってください」

 

「わたしたちも今日、都とGUTSから通達のあった怪獣災害対応の防災訓練で、1日がかりなんです。お忙しい中本当にもうしわけないんですけど・・・」

 

「・・・いいえ、大丈夫です」

 

澪が言うと、「すみません、もう行かなきゃならないので」と、ふたりは施設を後にした。

 

なんだか胸がズキズキと痛む思いだった。普段明るく元気な太賀くんだが、自分がここに来れないためにそれほど感情が不安定になっていたなんて・・・。

 

「澪お姉ちゃん、一緒にお話して~」

 

口元にご飯粒をつけた太賀くんがやってきた。

 

「・・・う、うん」

 

澪は努めて笑顔を見せた。太賀くんはご飯をパクパクと食べながら、最近学校で先生に褒められたことや、塾のテストで満点とったなどということを楽しそうに話す。

 

(・・・せめて今日は、たくさん太賀くんの相手をしてあげないと・・・)

 

そう思った澪は、いつも以上に太賀くんの目を見て、少し大げさに頷いたり、頭をなでてあげることにした。

 

だが、そんな澪の健気な決意と、太賀くんの笑顔の時間は、無残にも終わりを告げることになった。

 

澪のPDIが反応した。たしかこの音は・・・非常呼集を告げる音だ。

 

「太賀くん、ちょっとごめんね」

 

澪はそう告げて立ち上がると、PDIを開いた。「これだけは常に肌身離さず持っているように」そう神崎に言われていたのだ。

 

『朝霧隊員、至急基地へ帰投してください。怪獣出現の可能性が高まっています』

 

丹沢がモニター越しに、緊迫した表情で告げてきた。

 

「・・・了解・・・じゃなくって・・・ラジャー」

 

すうっと息を吸うと、澪は答えた。事態の緊迫化と、太賀くんとの時間を過ごせないことに焦りと緊張が走る。

 

「・・・太賀くん、ごめんね。お仕事になっちゃった」

 

澪はしゃがみ込んで太賀くんと目線を合わせると、努めて暗くならないような顔色と声色で言った。太賀くんはひどく動揺したような顔をした後、黙り込んでしまった。

 

そんな太賀くんを、澪はたまらず抱きしめた。こんなにも今日を楽しみにしていてくれたのに・・・。

 

「小川さん、すみませんが・・・」

 

「大丈夫だから、いってらっしゃい」

 

すべてを察した小川さんも、澪の緊張がうつったように顔がこわばっている。澪は後ろ髪が引かれる思いで、「まどか」を後にした。

 

 

 

 

 

あわてて厚木にある基地へ戻り、隊員服を着用する澪。まだ着慣れず、ごわごわと固い鎧のようだが、どうにか支度を整えると司令室に駆け込んだ。

 

「すみません、遅くなりました」

 

そう告げるが、神崎はやや険しい表情で頷く。

 

「朝霧、先ほどPDIへ共有させた通りだ」

 

「地下2~3キロメートルの深度で断続的な振動が生じながら移動中です」

 

丹沢がモニターから目を離さず言った。

 

「そんな深いのか・・・でも動きはこないだのパゴスより激しいんだろ?」

 

松野が訊いてきた。

 

「パゴスはより浅い深度を移動してましたから、移動に伴う地震がより激しかったんです。今回の対象は地震こそ巻き起こすことはありませんが・・・それにしても、これほど急激な動きが確認されているとは・・・」

 

「で、出現予測地点は?」

 

冷静な声色で二階堂が訊いた。

 

「・・・約5分で数十メートル単位上昇、現在の進行方向は富士山宝永火山口付近から南東方向・・・ユザレは、川崎市扇島付近に出現と予測してます」

 

「扇島・・・やばいっすねえ」

 

「マツの言う通り・・・扇島には我が国の重厚長大産業の本拠地がある。地底から迫りくる以上、地上へ出現と同時に一気に攻撃する必要があるな」

 

「隊長の言う通りです。ユザレも同様の見解です」

 

「・・・副隊長、マツ、朝霧。それぞれGUTSファルコンへ搭乗。3機一体の同時攻撃で対象を攻撃、被害が出る前に対処する」

 

「「「ラジャー!」」」

 

ただちにヘルメットを装着し、格納庫内のGUTSファルコンに搭乗する。GUTSファルコンは単座式であり、GUTS隊員最大5名までの即応が可能なように常時5機が整備されている。他にも予備機はあるが、任務特性上故障損傷を見越して、比較対象可能な存在である各国空軍や民間航空会社と比較しても相当手厚い準備体制が整えられている。

 

入隊後の実地訓練で学んだ手順通り、機体のスロットルを上昇させて機体を前進させる澪。たしかにVRでも訓練をしているのだが、やはり現実とは大いに異なる。神崎や二階堂にも言われたように、「100回の訓練より1回の実戦」である。VR訓練にはなかった格納扉前の車両や整備担当者に充分注意を払いつつ、管制誘導に従って澪は滑走路へ機体を進めていった。

 

だが発進までの注意半分、そしてもう半分の澪の思考は、太賀くんのことであった。

 

またいつ会えるかわからないのなら、せめて今日はたくさん太賀くんの相手をしてあげよう・・・太賀くんに元気になってもらおう・・・そう考えていたのに・・・澪はこのような事態になってしまったこと、そしてほんの少しだけ、自分がGUTSに入隊したことを悔やんだ。

 

『・・・朝霧隊員、きいてた?』

 

メット内に二階堂の声が響き、澪は慌てて「あ、すみませんでした・・・」と声を出した。

 

『いま全体共有したけど、扇島上空ではホバリング状態のまま待機。怪獣前方はわたしがガトリング砲で注意をひくので、松野隊員と朝霧隊員は後方からファイヤーストリームで攻撃して。確実に殲滅させること』

 

『ラジャー!』

 

「・・・ら、ラジャー」

 

すっかり上の空だったのだろう、二度も同じ指示を出させないで、という二階堂の苛つきが伝わってきた。

 

『朝霧ィ、緊張してると思うけど大丈夫だ。手順通りいこうぜ』

 

誘導に従い、二階堂の機体から離陸を始めると、そこに松野が続く。離陸の直前、松野がそう言ってきた。

 

「は、はい・・・」

 

もちろん作戦行動をうまく務められるのかという不安もある。だが、どうしても澪は太賀くんのことが気になってしまっていた。もしも怪獣を一気に倒せることができたら、急いで会いにいくことはできるだろうか・・・いやせめて、明日にでもまた子ども食堂へ向かい、太賀くんに・・・他のみんなに会うことができるなら・・・そう考えていた。

 

だが、事態は非情であった・・・。

 

『扇島上空に到着。このまま待機します。丹沢隊員、怪獣の出現まであとどのくらい?』

 

二階堂が尋ねた。だが丹沢の返事がどうにも遅い。

 

『丹沢隊員?』

 

二階堂の催促からややあって、『状況が変わりました』と丹沢のひっ迫した声が響いた。

 

『たったいま怪獣の進路が変わりました。北東方向へ転身です』

 

『おい北東だって?』

 

怪訝そうな声をあげる松野。

 

『はい。たったいまです、北東に変わりました・・・そんな・・・驚異的な速度です』

 

丹沢が共有したモニター画面には、川崎市の地下をかなりの速度で移動している存在が確認できる。

 

『これ、地響きやべーんじゃねーの?』

 

『その通りです、進行が浅くなるごとに、震度が1ずつ上昇・・・このままでは、震度5を上回ります・・・』

 

事態の急変に、丹沢は焦りと驚きで言葉を詰まらせた。

 

『丹沢、いま一度出現予測地点をはじき出すんだ。このままでは、ファルコンが間に合わん』

 

『・・・相模原・・・いえ、東京都町田市付近です!もう3分弱で地表に現れます!』

 

『3分・・・?』

 

『松野隊員、朝霧隊員、急ぐよ』

 

だが澪は、顔も操縦桿を握る手も強張っていた。町田市・・・澪が暮らす街である。

 

『川崎市北部で怪獣潜行による地震発生、震度5・・・うわ・・・怪獣、出ます』

 

丹沢のオペレートが追い付かない。

 

『相模原市、町田市境付近に現出・・・これまで確認されたことのない怪獣です!』

 

『監視衛星からの映像、急いで』

 

二階堂の指示に、丹沢はすぐさま反応した。

 

『なんだコイツ・・・』

 

松野の絶句が木霊した。

 

後部が鋭いトゲで覆われ、凶悪そうな眼、前傾姿勢のまま土砂を払い、醜悪な咆哮を上げる黒い物体・・・まるでヤマアラシ、あるいはムカデが二足歩行になったかのような、全体的に攻撃的で凶悪そのもののような存在・・・。前傾姿勢で首が長く、鋭い歯と牙がギラギラしている様子は、はたまたコブラを思わせた。

 

怪獣は雄たけびを上げると、前進し始めた。怪獣接近の警告と地震による避難行動は完全に間に合っておらず、住民は慌てて逃げ惑う。出現地点がゴルフ場だったこと、故に周囲には人が少なかったことは不幸中の幸いであった。だが怪獣は、人々が上げる悲鳴を追うかのように、足を向けていた。

 

二階堂を先頭に3機のGUTSファルコンが相模原市と町田市の境付近に達した。怪獣は接近するGUTSファルコンの存在を認知すると、大きく吼えた後に顔を上げたまま、口から何かを噴き出した。

 

『汚ったねえ野郎だ、何を吐いてやがる』

 

軽口を叩いた松野は、噴き出された白い液体が周囲に付着した光景を目撃して息を呑んだ。ゴルフ場の芝生、木々、そしてカートや施設・・・あらゆるものが白い泡で覆われ、徐々にその原型を失っていくのだ。

 

怪獣は白い液体を噴き出し続けたまま進んでいる。ゴルフ場から周囲の住宅やアパートなどの建物にも付着し、容赦なく溶解していく・・・。

 

『注意してください!詳細は不明ながら、ものすごく強力な溶解液です!』

 

丹沢の悲鳴にも似た声が、3機に響く。

 

『鉄筋コンクリートをわずか10秒で・・・ウソだ・・・あ、あの、決してあの溶解液を浴びないようにしてください!GUTSファルコンの装甲でも、1分もしないうちに溶解されます!』

 

ユザレによる解析をすぐに共有させる丹沢。

 

『了解。遠距離攻撃に切り替える。ふたりとも準備して』

 

二階堂が指示を出す。当初は二階堂がやや接近してガトリング砲を浴びせる手筈だったが、接近が危険となれば搭載している高熱照射砲・・・通称ファイヤーストリーム、あるいはミサイル攻撃となる。いずれも威力は高いが、この市街地で使用することは憚られる代物だ。

 

『ゴルフ場から出る前に攻撃開始。わたしが正面から・・・!』

 

だが怪獣は充分距離を取っているはずの二階堂へ、溶解液を到達させた。慌てて機体ごと回避させる二階堂。

 

『副隊長!ヤロウ、後ろからお見舞いしてやるぞ!』

 

松野が後方からファイヤーストリームを浴びせた。怪獣の背面で爆炎があがり、突然のことに驚いた様子の怪獣・・・だが、爆炎の中から何かが飛んできた。

 

『松野さん、避けて!!』

 

丹沢が悲鳴のような声をあげるのと、松野の機体に警告が響き渡るのが同時だった。

 

『どわああああ!』

 

怒声とも悲鳴ともつかない声をあげて、松野は機体を傾ける。怪獣の背面に生えている黒いトゲが二本、まっすぐ向かってきたのだ。本当に間一髪、松野のファルコンをかすめた二本のトゲは、ゴルフ場の先に広がる市街地・・・相模原市の一部に落下、直後に大きな爆発が起こった。

 

都市の1ブロック分が激しく炎上し、怪獣はその炎を背に、さらに前進。ゴルフ場から市街地に躍り出てしまった。それも、口からの溶解液を吐き散らしながら。

 

『ヤロウ・・・!』

 

回避行動から回復した松野が、怒りに歯を軋ませた。

 

『朝霧、お前後方からミサイルだ。オレは横から!飛び出すトゲに気をつけろ!』

 

丹沢からの戦術行動を即座に認知し、松野が怒鳴る。

 

「ら、ラジャー!」

 

『朝霧隊員、背面そのものを避け、側面がわから攻撃してください』

 

丹沢のアドバイスに従い、機体を滑り込ませる澪。だが・・・澪は目を見張った。

 

怪獣が吐き出す溶解液が、逃げ遅れた住民に容赦なく降り注いだ。周囲の建物や道路と同じように、住民たちも・・・。

 

『くそったれぇ!』

 

松野が叫び、ファイヤーストリームを発射した。あまりの様子に固まっていた澪も、同じようにファイヤーストリームを放射する。

 

だがたしかに怪獣へ着弾し爆炎こそあがるものの、まるでものとせず溶解液で威嚇してくる。

 

「くううっ!」

 

あやうく溶解液が機体にかかる寸前に、澪は機体を回避させた。その流れで機体を安定させ、いま一度攻撃に参じようとしたとき・・・ちょうど機体直下、市民運動公園にて、防災訓練が行われているのが目に入った。そういえば・・・太賀くんのお父さんとお母さん、市役所の人間として、あの訓練に参加していたはずだ・・・。

 

まさしく、訓練に参加している市民たちを、必死に避難路へ誘導している人々の姿・・・おそらく市役所の人たちであろう・・・そこへ、怪獣が向かってきているのだ。

 

「やめてええええ!!」

 

澪は叫び、正面からファイヤーストリームを浴びせる。だがそれを物ともせず、怪獣は進撃を止めない。

 

溶解液が降り注ぐギリギリのタイミングで機体を操作し、怪獣から距離を取る澪。だがすぐさま反転し、尚も攻撃に向かおうとする。

 

『朝霧、ムチャすんな!』

 

松野の呼びかけも耳に入らず、澪は攻撃を続けた。だがそれも空しく、怪獣は首をもたげてより高く溶解液を放射してきた。大量の白い液体が、さきほどまで澪が滞空していたあたりに降り注ぐ・・・。

 

そのとき、上空から何かが一気に接近してきた。機体を急上昇させ、そして急降下させていた二階堂だった。松野と澪の機体に注意を向けていた怪獣だが、上空から急接近する二階堂はまったくのノーマークであった。

 

二階堂は垂直降下のまま、ミサイルを二発発射した。直線下へ弾道が伸びていき、そのまま怪獣の頭部に突き刺さる。大きな爆発が怪獣の頭部で巻き起こった。ファイヤーストリームには耐えるほどの頑強な皮膚を持つ怪獣だったが、脳天に直撃したミサイルは効果があったらしい。仰向けに倒れ込み、そのままのたうち回っている。

 

急降下から機体を立て直し、二階堂は他の2機に通告する。

 

『好機よ、攻撃して』

 

冷静な声色だが、機体立て直しの重力に全身が、そして機体がピリついているのを二階堂は感じていた。

 

『オラあああ!』

 

土手腹を見せている怪獣に、松野はファイヤーストリームを浴びせる。澪も一拍遅れて同様に発射する。澪の方が着弾角度が深い。

 

『朝霧、気をつけろ!その機体角度は地表に激突すんぞ』

 

「はっ、はい」

 

慌てて操縦桿を引き上げる。操作通り機体は上昇した。怪獣は低く唸りながら、地面をかきわけ始めた。

 

『あっ!ヤロウ、逃げる気だなあ!』

 

『攻撃を続行』

 

体勢を戻した二階堂がファイヤーストリームを発射するが、怪獣は巨大な熊出のような爪で地面をどんどん掘削していく。最初の数発が怪獣に浴びせられただけで、他の攻撃は地表に突き刺さり、爆炎をあげるにとどまった。

 

『怪獣は深度600メートル地点まで到達・・・かなり深くまで潜っています』

 

『3人とも、被害状況確認を含めた現地確認をするんだ。あの驚異的な溶解液のサンプルを急ぎ解析する必要がある』

 

神崎の指示に、3人はGUTSファルコンをホバリングモードにして着陸させた。周囲にゴルフ場や広大な公園があることが救いだった。

 

 

 

 

 

着陸した澪は急ぎ、さきほどの市民運動公園へと走った。既に防護服に身を包んだGUTS化学調査班が到着しており、消防隊や警察と連携して運動公園を封鎖、調査に当たっている。

 

「あ、あのっ!」

 

事態が落ち着き、警察に退避を告げられながらも公園に集まった住民をかきわけ、澪は警戒に当たっている警官に駆け寄った。警官は「どうぞ」と通したが、青色の化学防護服を着用しているGUTS化学班に咎められた。

 

「おい、防護服ナシでここに入るな」

 

「あの・・・ここの公園・・・あっ・・・」

 

澪はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。怪獣が吐いた白い溶解液が、公園の広場に大きく広がっていたのだ。

 

「空気浸透はしないと判明したが、むやみに近づくな」

 

化学班の警告も、澪の耳には入ってこなかった。ただ、溶解液が誰もいない地面に付着しているだけなら・・・。

 

そんな期待は、すぐさま打ち砕かれた。公園のあちらこちらに、溶け残ったものがあった。衣服、そして・・・。

 

「警告をきけ!神崎隊長に報告するぞ!」

 

化学班の怒声もかまわず、澪は顔を覆ってしゃがみこんだ。でも、せめて、せめて・・・逃げていてくれたら・・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。