深夜になると、GUTS基地内は照明が半分ほど落とされ、基地の外も周辺環境に配慮して最小限の照明が灯るのみとなる。
23時を回った。GUTSジャパン警備局の石井は、定期巡回業務として基地の中を歩いていた。
なにせ怪獣などを対象とした防衛チームとはいえ、GUTSも立派な軍事施設である。基地外周の警戒が厳重なので、許可を得た者以外、中へ入ることは極めて困難だ。よしんば基地内へ入れたとしても、幾重にもセキュリティか張り巡らされている基地内を自由に動き回るなど、不可能といって良い。監視カメラやモニター、センサーは休むことなくその能力を発揮しており、またフロアが変わるたびに認証が必要となるドアばかり。
それでも、基地の重鎮である神崎の進言によって、人間による警戒は実施されていた。他の拠点では警備局の人員を削減しているところばかりなのだが、二重三重の警戒に勝る安全はない、という神崎の意見が認められているのだ。
広大な基地である。巡回だけで手分けしても各々1時間少しかかるが、警備局では神崎の進言によって「リストラから救われた」という声が多い。交代で休憩しているとはいえ睡魔に襲われることもあるが、せっかく与えてくれた職務を忠実に果たそうと、石井は頬を叩いた。
そうして基地内を巡り歩いていたところ、隊員たちの自室フロア先にある、トレーニングルームに明かりが灯っていた。
もしや電気の消し忘れか・・・そう思い近づいたところ、何か音がする。
「おつかれ」
「おおっ!」
いきなり曲がり角で、同僚の警備局員である石塚に声をかけられた。
「お前、おどかすなよ。それより、トレーニングルーム、まだだれかいるのか?」
「ああ。最近入隊してきた、朝霧澪隊員だ」
「朝霧・・・おお、あのかわいい子だな」
「ここんとこ、ずっと遅くまでトレーニングしてるんだよ」
「ほう・・・」
石井と石塚はそうっとトレーニングルームを覗き込んだ。
「やってんなあ、今日も」
「しかしすげぇ音だな。サンドバッグってあんな音立てるモンなのか」
「見た目華奢なのに重たいだろうなあ、あの蹴りの一撃」
澪は警備局員に覗かれてるのも気がつかず、一心不乱に空手の突き、蹴りを繰り返している。基本通りの型打ちから、実戦的な縦、横の蹴り。そして正拳突き。汗の量は尋常ではなく、ポニーテールに縛り上げた髪の毛もびしょ濡れになっている。
「よく続くモンだよなあ。頑張ってんなあ」
「ああ。ジャージがダサいのがタマにキズだけどな」
「若い女の子はあんなもんだろうがよ。たしかあの子まだ20歳だぞ」
「すげぇよなあ、20歳で正規隊員だろ。あ、丹沢ってボウズ、あいつは17歳だったか」
「神崎隊長はどういう考えでそんな人選してるんだろうな」
「わかんねえが・・・お、そろそろ交代だ。一通り切り上げて、今日飲みいこうぜ」
「ああ。でも、オレも負けねえでトレーニング始めるかなあ。最近腹まわりついてきてなあ」
「年取ると体重落ちなくなるからなあ」
「あのねーちゃんに教え乞うか」
「お前それナンパする気じゃねえだろな」
『時刻は7時を回りました~!ヤッフゥーイ、ローズでぇす!』
かけっぱなしにしていたラジオから聴こえる、やたらとテンションの高いローズさんの声で澪は目を覚ました。いつの間にか机につっぷしていたようだ。
パソコンのモニターには、GUTSの各種マニュアルが表示されたままだ。
昨夜は日付が変わる頃まで空手の稽古をして、そのあと自室でもう一度マニュアルを熟読していたのだ。2時過ぎまでは覚えていたのだが・・・。
『さあ~!今日もいろんなお便り届いてるぞ~!えーラジオネーム【マックス】さん!ウルトラマンティガは人類の味方なのかってみんな騒いでいますけど、ボクはティガは味方だと思います。GUTSの人たちと一緒に怪獣を退治していたからです・・・・ふう~む、ちなみにねえ、あの巨人、そう、元々ウルトラマンて呼ばれてたね。最近SNSなんかでも、ティガって呼ばれてるけどね、どうもウルトラマンティガって名前が一般的になりつつあるんだよねえ~。ティガ、なんだかカッコいい響きだね。そしてそして~・・・ラジオネーム【ハネジロー】さん!わたしはインドネシアの言葉を話せるんですが、ティガって、インドネシアの言葉で【3】を意味します。へえ~、そうなんだね~。なんでティガなんだろーね。不思議だな~。さーて!朝イチバンの道路交通情報いってみよー!!』
ローズさんの声がするということは、そろそろ朝食を摂って朝のブリーフィングの時刻ということだ。澪はすっかり汗にまみれたジャージを脱ぎ、シャワールームに入った。
暖かいシャワーを浴びながら、澪は考え事・・・自身が、ウルトラマンティガであることについて、考えを巡らせていた。
太賀くんの一件・・・あれ以来、澪はこども食堂「まどか」に足を運んでいない。基地から離れられないこともあるが・・・今の状態で、すっかり心を閉ざしてしまった太賀くんに、会いたくない気持ちが本音である。小川さんから様子はきいていた。ごはんは食べるようだが・・・ひと言も言葉を出さず、みんなとの交流もなく、お部屋にこもりきりのようだ。
もしも、自分がもっと強かったら・・・もっとGUTS隊員らしい知識をつけ、しっかりと怪獣に対峙できれば・・・もっと、自分が強くなれば・・・。
いや、強くならなければ・・・あの一件以来、それが澪を突き動かしていたのだ。
そう、自分がもっと強くなり、GUTS隊員にふさわしい行動をとれて、ウルトラマンに変身などしなくても怪獣を退治することができれば・・・。
わけのわからない、自分でも理解できない力などに頼りたくない、だから自分がもっと努力をして、強くなるのだ。
「・・・もっと、強く・・・」
考えが至ったこと、そして眠気と疲労が身体と精神ににじんでいることで、澪は気合を入れるようにシャワーの温度を調整した。冷水は澪の思考と意識を覚醒させた。冷たさに耐え、髪の毛の泡を洗い流す。
「おつかれ~。あれ、萩原主任は?」
GUTS整備班の若手整備士である原田は、同期で同い年である整備士の堀内に缶コーヒーを手渡した。
「おう。あれ、見ろよ」
堀内が指さす先には、壮年のベテラン整備士である萩原が、GUTS隊員服に身を包んだ若い女性にGUTSファルコンの内部を見せている姿があった。
「あれ、あの子、たしか新人の朝霧澪ちゃんだよな。かわいいよな~」
「それがよ、ああしてもう何回もGUTSファルコンの内部構造を主任にきいてるんだよ」
「マジ、めっちゃ勉強熱心じゃね」
「新人隊員研修とかで一度教わってるんだけど、だいぶ深いところまできいてんだよ、あのねーちゃん」
「やる気あるな~」
「しかもさ、オレ朝飯一緒の時間だったんだけど、けっこー食ってたぞ」
「ノリノリじゃねーかよ」
そんなことをしゃべりながら缶コーヒーを口にしていると、「よぉ~お前ら」と声がかかった。
「あ、松野さん」
「松野さん、チーっス」
「チーっス。あれ、朝霧じゃねえか。なんか姿見えねえと思ったら・・・何やってんだアイツ」
「なんか、ファルコンの機体構造をウチの主任にめっちゃきいてるんですよ」
「なにぃ~?」
ちゃっかり整備班の缶コーヒーを口にしながら、松野は澪と萩原班長の元へ向かった。
「あそこまで熱心な隊員、いたか?」
「どうだろな。松野さんなんか、新人のころからけっこうテキトーで、『動かせば覚えるんだよ』とか言ってたらしいぞ」
そこへ、「エライ!」という松野の大声が響いた。
「朝霧ィ、お前えらいぞ!自分から勉強するなんてすげぇじゃねえか!」
普段から声が大きいが、松野は大きく感動したときなど、ひときわ声が大きくなる。
「い、いえ、そんな・・・でも、しっかり覚えておきたいんです」
澪は恐縮しきりな様子だが、表情は真剣だった。
「やる気あっていい子じゃねえか」
「だよな~。朝霧ちゃんだっけ?スタバ誘ったらきてくれるかな」
「どーだろうなあ、ガード固そうだよな」
「でも押せばいけんじゃね?」
「押してみるか?」
そこへ松野がやってきた。
「おいオメーら、ウチの朝霧に手ぇ出すなよ~?」
「やべ、聞こえてた・・・」
二階堂は新装備開発に関する打合せを終え、司令室へ戻った。常に司令室に詰めている丹沢が気づき、声をあげた。
「副隊長、さっき整備班の萩原班長から内線がありました」
「?・・・わかった」
萩原とは旧知の仲である。インカムをつけ、内線通信をコールしてみる。
『よおお、副隊長』
「萩原さん、おつかれさまです。ご連絡いただいたようで」
『おうよぉ、オメーんとこの若い子・・・朝霧だっけか。だいぶ勉強熱心だなあ』
「・・・はあ?朝霧が・・・何かありましたか?」
『ここんとこ、毎日のようにGUTSファルコンの内部構造を勉強しに直参してんだわ。いろいろ訊いてきて、ウチの若ぇ連中も見習ってほしいくらいだぜ』
でもよぉ、と、萩原の声色が変わった。
『いや、オレは別にいいんだ。訊かれたことには答えるし教えてやるから。そんで頑張ってるのは良いんだけどよ・・・あの子、朝霧ちゃんだっけか?このままだと壊れちまわねえか?』
「・・・・・・」
思い当たる節があった。たしかにここ数日、澪がずいぶんとマニュアルのおさらいや射撃などの訓練を重ねていることは把握していたのだが・・・。
『若ぇし馬力あるのは良いことだがよお・・・。やりすぎってか、妙な焦りを感じるんだわ。副隊長、むかしアンタにも話したことがあったかもしんねえが・・・オレたちみてぇな整備の腕で喰ってるモンはな、ネジ締めの速さを競いがちだけど、根本はそこじゃねーんだわな。急いでネジ締めて、奥まで刺さってねえとえれぇ事故につながりかねねえ。多少時間かかっても奥まで正確にネジを締めるのがコツなんだよな。まあ、オメーんとこの若ぇのに、よく言って聞かせてやってくんな』
「・・・わかりました、ありがとうございます。本人には注意します」
『注意ってーか、な。そこはしっかりわからせてやりゃ良いんだよ。ま、オメーさんも昔はだいぶおてんば娘だったから、その辺わかんだろ?お互い若ぇの育てんのに苦労するわなあ~』
じゃあな、と萩原は通信を終えた。二階堂は深くため息をつくと、自席に座り込んだ。
「おつかれ~っす」
缶コーヒー片手に松野が司令室へ入ってきた。
「あ、松野さん。頼まれてたGUTSハイパーのチャージ、完了しました」
「おお、すまねえすまねえ、ありがとな!まったく、あれこれ忙しいぜ」
松野は自身のGUTSハイパーを丹沢から受け取ると、右大腿部のホルダーに差し込んだ。
「松野隊員、自分の装備は自分でメンテナンスすること。その原則は守ってちょうだい」
二階堂が顔を上げ、ピシャリと注意した。
「はい、すみません。まあ、いろいろ忙しくてですね」
当たり前の話だが、整備班へ顔を出して油売っていたなどとは口が裂けても言えなかった。
二階堂は改めて自席につくと、大きく息をついた。GUTSの業務を一生懸命覚えようとしている澪に対して、多大に思うところがあるのだ。
「あの、副隊長?」
そんな様子を気にしたのか、松野が声をかけてきた。
「ん?」
「あ、っと、何か考えごとっすか?」
あやうく「顔めっちゃこわいっすよ」と言いかけた松野だった。
「ああ、大丈夫。ちょっといろいろ考えてたことがあったの」
多少暑苦しいところはあるが、松野は他者の行動や顔色に機敏で、妙なことがあればすぐに声をかけてくる。澪のことをしゃべっても良いが・・・この件は松野より、上官である神崎に話すべきだろう。そう考えた二階堂は、言葉を濁したのだ。
ちょうどそこへ、神崎が司令室に入ってきた。二階堂はまさしく声をかけようとしたが、神崎の表情を鑑みて身を引いた。
「全員そろっている・・・ん、朝霧は?」
「呼び出します」
すかさず丹沢が呼集アラームをかけた。基地内にいた澪は、ほどなくして司令室へと入ってきた。
「全員、聞いてくれ」
神崎がいうと、それぞれ自身のデスクに座った。
「さきほどGUTSインディアから通報があった。先日、カシミール高原でGUTSインディアと交戦し地中へ逃れ、監視下に置かれていた怪獣マグラーに動きがあった。丹沢、GUTSインディアから情報が届いているはずだ、モニターに出してくれ」
「・・・はい、確認しました」
モニターに映し出されたのは、黒く刺々しい身体に、鋭い歯を持った怪獣だった。
「地底怪獣マグラー。2036年に中央アジア・キルギス共和国にて初出現。当時のキルギス陸軍と交戦し、中央アジア一帯の地下を住処にしながら各地に出現。2040年には、GUTSロシアとウズベキスタンで大規模戦闘を繰り広げましたが、これを退けてヒマラヤへ潜伏。昨年以降、主にパキスタン国境付近でGUTSインディアと散発的戦闘を繰り広げています」
「ああ、コイツの報告書読んだな。コイツのせいで、ただでさえきな臭い印パ国境があぶなっかしくなってんだよな」
松野が口を出したが、「松野隊員、個人的見解は謹んで話をしてちょうだい」という二階堂の叱責に首をすくめた。
「うむ。このマグラーだが・・・一時間前から地中を東へ進行し始めた。それもかなりの速度でだ。GUTSインディアのシミュレートも出せるか、丹沢?」
神崎にうながされたちょうどそこへ、新たなレポートが届いたところだった。丹沢はそれをモニターに映し出した。
「なっ、マジかよ」
全員が驚いていたが、口に出したのは松野だった。
「そうだ、マグラーは日本・・・それも関東地方に出現する可能性がもっとも高いとはじき出された」
「しかし、中央アジアからヒマラヤの地下にいたコイツが、なんで・・・」
「それは不明だが・・・丹沢、次のレポートを」
「はい・・・マグラーが地上に出現する際ですが、空腹になったときに現れるようです。中央アジア、印パ国境・・・いずれも、ラクダやヤク、羊といった家畜が襲われています」
「ええ・・・一度に数万匹捕食・・・ってことは、コイツさんざん食って満腹になったらしばらく地下へ潜るんですか・・・食っちゃ寝食っちゃ寝、お気楽なヤロウだぜ」
「松野隊員の言う通りです。家畜を好んで襲い、捕食。これを繰り返しているようです。その際攻撃を加えると、かなり狂暴化して襲い掛かってくるそうです」
「うむ・・・これまでのGUTSロシアとインディアの戦闘データから、極めて有効な戦術を構築できそうだ。丹沢、日本到達までには可能か?」
「はい。本日のうちにいくつかシミュレーションパターンを構築し、もっとも有効となる戦術を算出することは可能です」
「これまでのデータからして・・・地上と空、両面からの攻撃になるわね」
二階堂の指摘に、丹沢はうなずいた。
「はい。先のパゴス戦と同様です。四足歩行で体高が20メートル程度ですと、そちらのパターンです。パゴス戦の場合は、避難者が多かったことで空からの攻撃は仕掛けられませんでしたが・・・」
「おうし!未達とはいえ戦術パターンはおさえられてんな。日本をコイツの墓場にしてやろうぜ。なあ、朝霧」
松野に声をかけられた澪は、ハッとして「えっ、あ、は、はい」と返事をした。
「朝霧隊員、いまのシミュレーターきちんと理解したの?」
すかさず、二階堂が鋭い視線を向ける。
「あ・・・も、もう一度よく履修します」
「そんなんじゃ困るの。みんないまの内容議論しながら履修してるんだから、しっかりついてきてちょうだい」
いつにも増してきつい二階堂の言葉に、澪は返事をせずうつむいてしまった。
「朝霧隊員、返事は!」
さらに声色が強くなる二階堂。
「は、はい!・・・あ、ラジャー」
「上の空じゃ困るの。しっかりしてください!」
二階堂はデスクを叩いた。澪の身体がビクッとなるのが見てとれた。
「隊長、整備班と投下型爆弾搭載に関して話をしてきます」
そう言うと、二階堂は司令室を後にした。
「うわー、こええ・・・おい朝霧、緊張してると思うけど、一度で覚えきれないなら何回かしっかり目を通せ。わかんねーとこあるか?」
松野は澪の肩に手を置いた。
「あっ、と・・・大丈夫です、まずは、読んでみます・・・」
「おお。なんかあったらいつでも言えよ。教えてやるから。それにしても、副隊長あんな強く言わなくても良いよなあ~」
松野は言いながら、両手を後頭部に置いてチェアにもたれかかった。
「マツ。まあ、言うな。朝霧、不明点あればしっかり尋ねることだ。そして副隊長の言う通り、そろそろ一度で戦術パターンを頭に入れる思考、行動をするように心がけてみようか」
神崎はうつむいたままの澪に微笑みかけながら言った。
「は、はい・・・あ、ラジャ・・・」
「おいいまのは『はい』でいいんだぞ。」
すかさず突っ込む松野だが、「まあ、すぐには慣れねえよな。じっくりいこうぜ、じっくり」と澪にフォローを入れ、肩をポンポン叩いた。澪はまた顔を赤くして、うつむいた。
その夜だった。
二階堂は丹沢が作成したいくつかの戦術パターンを確認しながら、ひとり司令室にいた。
今回のように怪獣出現の予兆があるときなど、隊員がこうして交代で司令室に待機することになっている。
本日は松野がその任にあたるところなのだが、二階堂が買って出たのだ。現場指揮担当として戦術を頭に叩き込んでおく必要があることもあるが、もうひとつ、気がかりになっていることもあり、落ち着かないのだ。
『このままだと壊れちまわねえか?』
日中、萩原班長が澪を差して言った言葉が、脳内にずっと反芻しているのだ。
新人ということを差し引いても、澪の引っ込み思案で思ったことを口に出せない性格は目に余るところがある。だがそれ以上に・・・伝え聞くと、どうも何かに焦っているようなのだ。
二階堂自身にも経験のあることだった。以前に比べてだいぶ女性の割合が多くなったとはいうものの、凶悪犯や粗暴犯などを担当する警視庁捜査一課に女性が刑事として勤めるのは、いささか厳しいのが現実なのだ。
刑事となりいくつか都内所轄署に勤務していたころから強行犯担当だったが、そこから警視庁捜査一課に異動となった際には、周囲からの白眼視といっても良いほどの疑念と、上層部からの妙な期待を大いに背負った、なんとも難しい空気になじめなかった。
二階堂が最初に配属された捜査一課第3係(強盗・傷害事件担当)の先輩として女性刑事が2名、在籍していたのだが、出産と家庭の事情でどちらも退職していったのだ。出産後女性が捜査一課の刑事として勤めあげることは簡単ではないこと、もうひとりは配偶者の不安があったということだが、そうした空気を作り出していたのは、他ならぬ在籍部署であったのだ。
なので、二階堂はとにかく実績をあげるべく、寝食を惜しんで勤務に励んだ。性別を理由に業務がままならない、そんな空気や慣習を打ち壊さんと考えて精いっぱい務めた。だがその努力は、本来目指すべき刑事の仕事とはまるで異なるものであった・・・。
そんなことを思いだしていたとき、司令室へ遠慮がちに顔をのぞかせる警備局の職員がいた。
「あの・・・失礼します、二階堂副隊長」
「・・・あ、何か?えっと、石井さんだったよね?」
「はい、警備局の石井です。ちょっと、見てもらいたいものがありまして・・・」
二階堂はGUTS内でも部署問わず恐れられている(本人が意図しているのではない)ので、他部署の職員が声をかける際もおっかなびっくりなのだが、どうもそれだけが及び腰の理由ではなさそうだ。
石井の後をついていくと、VRトレーニングルームだった。そこはまだ明かりがついている。二階堂が中を覗き込むと、澪だった。VRでGUTSハイパーを握り、ひたすら射撃訓練をしているのだ。
「見ての通りなんです。ここんとこ、毎晩あんなふうに遅くまで訓練してるんです」
「・・・もうしわけない、夜遅くまで警備に余計な気を払わせてしまって」
二階堂は目を閉じて、石井に頭を下げた。
「い、いえ、そんなことは良いんですよ。ただ・・・あの、オレたちがみなさんへ口をはさむようなんですけど・・・あの彼女、もうちっと休養も大事なんじゃないかって思いまして・・・」
石井が言うと、頭を上げた二階堂の眼が強張っていた。
「あ、すみません・・・オレたちが意見することじゃないですよね」
二階堂に気迫されて慌てる石井を尻目に、二階堂はトレーニングルームへと入った。
「朝霧隊員」
よほど集中していたのだろう、澪は声をかけられるまで、二階堂が入ってきたことに気がつかなかった。やや驚いて振りかえる澪。
「あ・・・副隊長」
「こんな時間まで訓練して・・・警備局の方が心配してるわよ。交代勤務もあるんだから、ほどほどにして身体を休めなさい」
「・・・はい」
澪の返事は、言葉とは裏腹だった。思うところがある表情をしているのだ。
「そんなに自主トレーニング重ねて、どうしたの?」
腕組みをしたまま、二階堂は尋ねた。
「・・・あの、もっと強く・・・GUTSの隊員として、もっと頑張らなきゃいけないって思って・・・」
澪は視線を外した。本人なりに、思うこと感じることがあったのだろう。
「そう・・・。朝霧隊員、任務を見据えてしっかり休養をとることも大切よ。今日はもう、休みなさい」
「・・・はい」
そういうと、澪は訓練用のGUTSハイパーを仕舞い、自室へと向かっていった。二階堂はそのまま室内のデータを確認した。澪はどうやら2時間ほど、あらゆる射撃状況を考慮したトレーニングをしていたようだ。
軽く息をつくと、二階堂はトレーニングルームの照明を落とした。澪は自室へ向かったようだが・・・自室で何をしているのだろうか。
『朝霧のヤツ、めっちゃ訓練履修や進んでGUTSファルコンの機体構造学んでるようですよ!すごいじゃないっすか!』
松野がそう話していたことを思いだした。だが・・・二階堂は自身の経験を思い出していた。さすがに澪の自室へ向かい、休んだかとうかまでを確認することは憚られるが、とにかく、視野がせまくなりGUTS本来の任務や目的を踏み外したりしないように注意を払う・・・場合によっては、神崎とも相談して澪に説諭指導するべきか・・・そんなことを考えながら司令室に戻った。
ちょうど明け方だった。司令室で仮眠をとっていた二階堂は、けたたましいアラームで目を覚ました。
モニターに、怪獣接近を示す警報が表示されている。マグラーだった。AIのユザレはこのまま侵攻した場合、もう2時間以内には静岡県富士山麓付近へ出現すると予測をはじき出している。
二階堂は神崎を含めた全員に非常呼集を発した。真っ先に司令室へやってきたのは澪だった。うっすらとだが、目の下にクマが浮かんでいる。
しっかり休んだのか咎めようとしたが、神崎、続いて松野と丹沢が司令室へ飛び込んできた(松野は目をこすりこすり、隊員服をまともに着ないままやってきている)。
「隊長」
二階堂は即座に、全員のモニターへ状況を共有させた。神崎は短く頷いた。
「GUTS、出動だ」
「「「ラジャー!」」」
「・・・あっ、ラジャー」
遅れて反応した澪は、二階堂の鋭い視線に身をすくめた。