屋外へ出る。
教室で水無瀬と希咲に暇を告げた弥堂の手には――
水無瀬が自分の為に作ってきたという弁当の入った弁当袋と。
今朝登校前にコンビニで昼食にする予定で購入した商品が入ったポリ袋と。
――その2つがある。
水無瀬の弁当を受け取りはしたものの。
さすがにそのまま彼女らと食事を共にする気にはなれず。
なんだかんだと理由を付けて――というか最終的には怒った希咲に追い出される形で弥堂は教室を後にした。
現在は屋外にて昼食を摂るべく、体育館裏へと向かっている。
何故体育館裏なのかというと。
『プロの高校生たるもの一人飯スポットは複数持っていて当然である』
――という持論を展開しており。
そして部員であるところの弥堂としてはその教えに従う義務があったからだ。
体育館裏はその一人飯スポットの1つだ。
日によってランダムでスポットを変えることは、敵に己の居場所を特定させないためで。
行動サイクル、それに伴う行動選択の思考パターンなどを掴ませないようにするのに、非常に効果的であると弥堂は考えている。
そもそも敵とは誰なのかという問題もあるが、それは弥堂にとってはどうでもよかった。
廻夜はしつこく自分の『スポット』を教えようとし。
また弥堂の『スポット』を聞き出そうとしてきた。
だが、万が一同席している時にヤサに突入をしかけられてしまっては、一網打尽にされる恐れがある。
また個別に捕虜とされた場合には自白を強要される恐れもあった。
弥堂はどんな尋問にも拷問にも屈さない自信はあったが、現代の進んだ化学により開発された自白剤がどの程度の効果を持つのかについては寡聞にして知らない。
そこは甘く考えるべきではないと、そう判断をするのは当然のことだ。
その為、弥堂はお互いの一人飯スポットの情報の共有を固辞した。
廻夜は心なしか寂しそうにしていたが、まさか『一緒に昼食を摂りたい』というわけでもあるまいし、それは気のせいであろう。
彼はトレードマークのサングラスのせいで表情が読みづらいのだ。
一年生校舎を通り過ぎ三年生校舎の壁沿いに歩く。
このまま北上していけば部室棟があり、その先が目的の体育館だ。
弥堂はチラリと左手に持った弁当袋を見た。
水無瀬の私物であるそれは、よく晴れた青空のような色をした布製の袋に、やたらとデフォルメされた動物のアップリケが縫い付けられている。
耳にリボンなどをつけスカートを穿いたタヌキさんとネコさん。
それらと一緒に、こちらは雄と思われるズボンを穿いたワンちゃんが、はらっぱで広げた敷物の上でなかよくごはんを食べている。
そんな風な絵だ。
このような女児が喜びそうなファンシーな袋を自分が持ち歩いている。
その事実に弥堂は眩暈を覚えそうになった。
だが、ここ数年間の自分の身に起きたロクでもない出来事のハイライトシーンを頭に浮かべ、どうにか正気を保つことに成功する。
(仔猫ではなく仔狸だったか……)
先程、彼女の異常性について考察をしていたが、それに加えてもう一つ。
自分――弥堂 優輝に対しての執着のように見えるモノだ。
冷たくされようと変わらずにニコやかに話しかけ続ける。
そんな彼女の異常性だが。
彼女がそれを向けている対象は、知る限りでは弥堂だけであった。
もちろんそもそもの話――
彼女に対して冷たくするといった対応をしているのも知る限りでは自分だけなので、それだけのことなのかもしれないが。
弥堂は頭の中で、現在弱みを握っている生徒達のリストを並べる。
彼らを使って、彼らにとっての『爆弾』を対価にして。
水無瀬 愛苗を脅迫――もしくは襲撃させるのはどうだろうか。
そこまでの行動をとらせなくても。
弥堂以外に彼女に対して『冷たい』人間を用意して、それらへの反応を観察すれば――
彼女の執着に似た何かが、自分に対してだけのものなのかどうかがわかるのではないだろうか。
弥堂は制服のポケットからスマホを取り出し、パスワードを入力してタスク管理アプリを開く。
そして直近での自分のやるべき『仕事』の予定を確認し、舌打ちした。
行動に移すにしても今すぐには無理だ。
予定が詰まっている。
水無瀬の執着のようなモノについては放置しておいていいものではないが、現状では後回しにせざるをえない。
弥堂は続けてスマホを操作する。
学園の風紀を守り、時には自警団のように困っている生徒を助けることも業務に含まれる風紀委員会に所属するその男子生徒は――
同じ学園に通う他の男子生徒を脅迫して、同じ学園に通う女子生徒に嫌がらせをさせる予定を『優先度 中』のリストに入力をし、スマホを制服のポケットに仕舞った。
出来ないものは仕方ないと弥堂は切り替える。
再び左手に持った荷物に眼を向けた。
面倒だからとこの弁当を受け取ってしまったが。
実際のところあのまま彼女達と食事を共にし、もっと言うならば日々の彼女の要望にも付き合ってしまっても問題はあるのか――ということを考えてみる。
それについてはやはり――問題はある。
事実、一年生時の初期に彼女の好きにさせていた時期があったのだが、そうするとやたらと他の生徒――特に男子生徒に敵対行動をとられるのだ。
無視・暴言・私物の紛失に、時には直接的な武力行動に出られることもあった。
それが今と何が違うのかといえば――
現在の弥堂を取り巻く悪意・敵意はあくまでも『サバイバル部』、そして『風紀委員会』に所属する者としての行動の結果だ。
だから例えそれで悪意に晒されようとも、こちらは目的の成果は得ているので何も問題はないということになる。
しかし、水無瀬 愛苗と接触することによって被る被害には、対価として得られるものが何一つ存在しない。
降りかかる火の粉を払える程度の力はあるという自負が弥堂にはあるが、問題は他にもある。
去年の転入したばかりの時期ならばともかく、今の自分は風紀委員だ。
特に出世などには興味はないが、しかし自分の本分はスパイである。
サバイバル部の活動の一環として風紀委員会に潜入している以上、同委員会内で排斥されるようなことがあってはならない。
数人の高校生に襲撃されようが物の数ではないが、学内の風紀を守るべき立場の自分が自ら無用な火種になるわけにはいかないのだ。
よって――水無瀬 愛苗との距離は測らねばならない。
何故彼女と関わると襲撃を受けるのかは不明だ。
しかし、廻夜に読まされた物語などでも、学校内で人気のある容姿の優れた女生徒に構われると、他の生徒からあらゆる手段をもって攻撃を受けるという事例は多数見られた。
高校生とはそういう生態なのだろうと、現在では弥堂も納得をしている。
クラス一の美少女、学園のアイドル、あとはマドンナ……などだろうか。
廻夜の持っていた書物ではそんな表現がされることが多く、それに彼女が当て嵌まるか――といえば少々言いすぎな気もする。
だが確かに整った容姿はしていると、弥堂から見てもそう思えた。
身長が低いことも手伝って、顔立ちや言動の幼さが年齢の割に目立つようにも感じられる。
だが、周囲の生徒達の彼女の持ち上げ方から見て、これはそういうことなのだろうと判断を下せた。
マスコットと称した方が本人像と合致はし易い気もするが、そこはまぁ誤差であろう。
ただ、先に挙げた条件で当て嵌めるのならば。
彼女の方がより条件に合致する美しい少女のように弥堂には思える。
とはいえ、彼女と関わったことで何かしらの脅迫や襲撃を受けたことは今のところ一度もない。
それは彼女本人の苛烈な性格のせいなのだろうか。
彼女を恐れている生徒も少なからずいるようには見受けられる。
ふむ――と。
歩きながら思考に耽る。
しかし弥堂の歩調には乱れはない。
自分は現在『普通』の高校生だ。
そうなるべくこの学園に入学をして、それにふさわしい行動を心掛けて日々を過ごしている。
そしてそれは概ね上手くいっていると自評している。
だが、だからといって現状に甘んじているわけにもいかない。
より一層、普通の高校生として溶け込める方法があるのであれば、それを実行しない理由などないのだ。
美しい女生徒と距離の近い男子生徒を襲撃する。
それが普通の男子高校生としての生態だというのならば、自分もそうするべきかもしれない。
弥堂はそう考えた。
素早く制服からスマホを取り出し再びタスク管理アプリを起動――
『優先度 低』リストに希咲 七海と親交のある男子生徒の襲撃計画を入力しようとしていると、突然――
絹を裂いたような悲鳴が上がる。
現在地は三年生校舎が終わりに近づき、部室棟に差し掛かるあたりだ。
悲鳴はそれほど大きい声ではなく、多少くぐもったもののようにも聴こえた。
三年生校舎と西側部室棟の間の通路を右へと進めば学園内中心部の中庭と食堂がある。
この時間帯そちらは人が多いはずだ。
この学園において、校内で悲鳴が上がることなど何も珍しいことではないが――さすがに見える場所で事件が起きればすぐに騒ぎになる。
だが現在中庭方面にそんな様子はない。
中庭へは声が届かなく且つ死角になる場所。
以上のことから現場は部室棟屋内であると推測を立てた。
弥堂は素早くスマホを仕舞うと足音を殺す。
部室棟の壁へと背を付けた。
本日の昼休みは風紀委員のシフト外で勤務時間ではない。
だが、目の前で事件が起きた以上はポイントを稼いでおくのも悪くはない。
弥堂は現場を特定、状況を確認し――可能であれば独力で制圧することを決めた。
声の方向からすると、現場は恐らく1階だ。
このまま外の壁沿いに歩を進め、順に窓から室内の様子を確認していく。
慎重に1部屋ずつ作業を熟していくとそうはかからずに現場に行き着いた。
手前から3番目の部室、ラグビー部だ。
弥堂は意図せず口の端が吊り上がるのを自覚した。
所属人数の多いラグビー部は大教室を部室として割り当てられている。
大教室には窓が3つ付いていた。
弥堂は気配を殺し、一番近い窓より室内の様子を窺う。
去年、サバイバル部の活動として。
弥堂は運動部を中心に工作を仕掛け。いくつもの部活動を廃部に追い込んでいった。
そうして始末した部活動の内訳で最も多かったのが格闘技系の部活動であった。
この平和な日本社会の中でわざわざ暴力の手法を覚えようなどという連中だ。
血気盛んで気の短い者も多く、陥れてやるのは実に『イージーな仕事』であった。
特にこちらが何もしなくても勝手に弱みをそこらにばら撒いてくれることも多いし、そうでなくても奴らが練習中に乗り込んで行ってこう言ってやればいい。
「暴力行為の現行犯により制圧する」――と。
そんな雑なイチャモンでも充分であった。
後は勝手に襲い掛かってくる連中を叩きのめしてやればいい。
元が腕に自信があるという触れ込みの部活動だ。
たった一人にやられたなどとは言えず、そのまま消えてくれる。
格闘技系の部活は、数年程前に空前の格闘技ブームが国内で起きた影響もあり、この学園内にもやたらと乱立した。
顧問教師の数も足りず、その殆どが兼任という形でほぼ名前だけの監督となっていた。
そのため、実際はまともな部活動としての体裁を保てていないような部も実に多い。
その分付け入ることも、事後処理に関しても、弥堂としては楽ではあった。
しかし、その他の昔からこの学園に存在している、歴史もありどこの学校にもあるような定番とも謂える種目の部活動に関しては、そう簡単には尻尾を掴ませては貰えなかった。
このラグビー部もその中の一つだ。
弥堂は降って湧いたこのチャンスに逸りそうになる気持ちを自制する。
慎重に窓から状況を確認した。
室内には屈強な体格の男達が4名いる。
178㎝と長身な方である弥堂と比べても、二回りほど大きく見える男達だ。
その彼らに囲まれるような形で、男子生徒の制服を着た女子生徒のような体格の生徒を1名発見した。
弥堂は眼を細め、周辺の気配を入念に探る。
どうやら死角に潜ませた伏兵も、廊下に立てた見張りもいないようだ。
(――ふん、素人どもめ)
弥堂は胸中でほくそ笑み、推定被害者に眼を向ける。
小柄な男子生徒だ。
こちらからは顔は確認できないが、その手には大きめの袋を所持している。
その袋を注視すると、どうやら学園内の食堂で使用される物のようだ。
学食で販売されるテイクアウト用のランチパックを入れるのに学園側が用意している袋で、専用のロゴが入っていることが見えた。
状況としてはこうだろう――
複数のラグビー部員がその大きな体格の威容と多勢に任せ、小柄で気弱な生徒を脅迫し学食で弁当を買わせてきたのだろう。
ラグビー部員と思われる生徒の一人が、顔を真っ赤にして被害者生徒に何やらまくし立てている。
恐らくは購入してきた物に難癖を付け、弁当代を被害者に払わせようとしているのだろう。
卑劣な男だ。
『パシリ』と『カツアゲ』は許されざる罪だと、弥堂の上司である廻夜部長も熱弁していた。
まるで実体験があるかのような熱の入り様であった。
卑劣な犯行に晒された哀れな被害者を、風紀委員の責務に従って救出する必要がある。
状況に介入するだけの理由は充分――弥堂はそう判断した。
気の毒な被害者――まるで少女のように小柄な彼は、酷く怯えている。
膝と肩を震わせ泣いているようにも見える。
職務と校則に基づいて速やかに救出せねばなるまい。
だが――
(――まだ弱い)
これまで中々手が出せずにいたラグビー部を追い込む千載一遇のチャンスだ。
出来ればこの機会に一気に廃部まで持っていきたい。
おまけに今は新学期が始まったばかりの4月だ。
ラグビー部に割り当てられている予算は多額である。
この時期にその予算を丸ごと浮かせてしまうことが出来れば。
それを現存する部活動へと再分配する――そのような方向に持っていけるかもしれない。
(確実に仕留める――)
だがそれには昼食代程度の少額の恐喝などというしみったれた罪状では弱い。
これだけでは廃部まで持ち込むのは無理筋であろう。
このまま勢い余ってそのひ弱な男の腕の一本でもへし折ってくれないだろうか――そんな期待を寄せる。
被害者には気の毒だがこれは必要な犠牲なのだ。
心が痛む。
とはいえ、欲をかきすぎて機を逸してしまうわけにもいかない。
そんな時、犯人グループの一人が被害者生徒の胸倉を掴み上げた。
(あと20秒――)
弥堂はそうリミットを設定した。
薄く上唇を舐めると突入プランを立てていく。
(まずは部室前方の窓に石でも投げ入れガラスを割り犯人の注意を集める。直後に現在地の後方窓をぶち破り強行突入する。一手目――扉に一番近い男まで駆け抜け、奴を一撃で沈めその巨体で出入口を封鎖し退路を断つ。二手目――もう一人手近な男の膝でも蹴り割って動きを封じる。ここではまだトドメまでは必要ない。そうすれば被害者に近い男は人質をとるか考えるだろう。三手目――その間に三人目を一対一で仕留められる。あとは残った男を人質ごと壁まで蹴り飛ばしてやれば――四手で状況は終了だ)
弥堂は制服の内ポケットを服の上から探る。
手に伝わる感触から携帯灰皿を所持していることの確認が出来た。
放課後の風紀委員会の活動の一環で、学園近隣の美化と銘打って行っているボランティア活動がある。
その際に拾い集めたタバコの吸い殻がそれには入っていた。
(被害者ごと制圧してしまえば目撃者はいない。後はこれを室内にばら撒いてやれば喫煙の罪状も追加できるかもしれん。少々弱いが何もしないよりはマシか……)
学園の治安を守るはずの風紀委員の男は――
学園の備品を複数破壊した上で警告も勧告もなしに被害者の生徒ごと暴力を以って鎮圧をし、ありもしない罪を捏造することを固く決意した。
周囲に目を配って窓ガラスを割ることが可能な大きさの石――もしくは代用できる物を探す。
勤労意欲に溢れた清掃員さん達の仕事は完璧で、ゴミ一つ落ちてはいない。
弥堂は舌打ちをしかけ――たところで、自身の左手にある重みに眼がいく。
青空の下でなかよくピクニックをする笑顔のどうぶつさんたち。
その中の若干目つきの悪い犬の顔を、折り曲げた指の第一関節部で軽く叩く。
コンコンと返る音と、その感触から、中々に丈夫な鉄製の素材で中の弁当箱が造られていると思えた。
袋の縛り口の紐から、弁当箱本体へと持ち手を移す。
重さも十分だ。
弥堂 優輝は――
クラスメイトの女の子が一定期間練習をしてまで自分の為に一所懸命作ってくれたお弁当を振りかぶり、学校のガラスを叩き割るために室内に投げ入れようと――
――したところで初めて室内の男子生徒の顔が見えた。
あれは――
(山田君――だと……?)
そこに居たのは間違いなく、弥堂自身が所属をする『サバイバル部』の同僚である隣のクラスの山田君だった。
山田君はサバイバル部の名簿に記載された正式な部員であり、しかし部の集会には一切顔を出さない。
潜入工作に特化した優秀な諜報員だ。
(その彼が何故ここに……?)
弥堂は動揺しかけた呼吸を無理矢理沈める。
投げ入れようとしていた弁当箱をそっと降ろし、自身も身を沈めた。
一呼吸置いて改めて室内を覗き込み、状況を整理しなおす。
山田君を注視した。
彼の様子は以前に弥堂と邂逅した時と同様、酷く怯え少女のように華奢な身体を震わせている。
男子の制服を着ていなければ少女と見紛うような可憐な面差しを青褪めさせ、長いまつ毛に覆われた大きな瞳から大粒の涙を零し泣いていた。
まるで、人間相手でも欲情をするような醜悪な魔物に囲まれ、言葉が通じないとわかっていても許しを懇願し続ける哀れな村娘のように泣き叫んでいる。
一見して絶体絶命のようにしか見えないがしかしこれは――
――その時。
あまりに山田君が五月蠅いものだから業を煮やしたのだろう。
犯人グループの男の一人が、山田君の口をその大きな手で塞いだ。
「うー、うー」と唸り声を上げることしかできなくなった哀れな山田君は必死に身を捩る。
すると、窓の外から状況を窺う弥堂と目が合った。
弥堂は山田君が反応を見せる前に自身の口の前で人差し指を立てるジェスチャーを送る。
目を見開いた山田君はそれを見て小さく頷いた。
弥堂は口に当てた手を下すと山田君の目をしっかりと見据え、安心させてやるように大きく頷いてみせる。
山田君の瞳から安堵したように涙が一筋流れた。
それを見て弥堂はゆっくりと静かに、踵を返す。
山田君の目が大きく見開かれた――
窓の外の、ザッザッと立ち去っていく弥堂の姿を見て――
山田君は「うーっ! うーーっ!」と唸り声を上げながら抵抗を一際強めた。
男達からは死角になるような位置取りに気を付けつつ、弥堂は確信を得る。
一見山田君がカツアゲをされているかのように見えるが、これは間違いない――
(――仕事中だったか)
自分を見つめ頷いた山田君。
あれは『邪魔をするな』――そういうサインに違いない。
危うく自分の早計で、彼の『仕事』を台無しにしてしまうところであった。
背後の室内からは――
「な、なんだこの野郎⁉ 急に暴れ出しやがって、大人しくしやがれ!」
――といった怒鳴り声が聴こえる。
弥堂は風紀委員の巡回報告用に作られたチャットグループに『西側部室棟周辺で騒ぎあり』と報告を入れようとして、送信ボタンに触れそうになった指を寸前で止める。
そのまま作成した文章を削除した。
(被害者に成りすまして犯行を誘発する罠なのかと思ったが、もしかしたらあのラグビー部員達はこちらのスパイで、彼らと何らかの物資の受け渡しをしていたのかもしれない……。カツアゲに見せかけて――)
思わず身震いをしそうになる己の身体を、意志の力でもって押さえつける。
もしもあれらがスパイだったとしたら――
手出しが難しいと思われていた大手部活動に既に『仕込み』を済ませていたとしたら――
弥堂は己の上司と同僚の手腕に畏敬の念を覚えた。
いずれにせよ、トラップかスパイかは現時点では弥堂には判断のしようがない。
余計なことは何もしない方がいいだろう。
ここは自分の『
高揚しようとしている自分を認め、弥堂は立ち止まる。
空を見上げた。
手に持ったふざけた弁当袋と似たような色のよく晴れた空だ。
他人の出来不出来で自身の仕事への意欲を左右するなど三流のやることだ。
しかし――
友軍が頼もしいことは悪いことではない。
予感があった。
そう遠くない未来に、必ず自分が立つべき『戦場』が訪れる。
根拠はない。しかし、何故か確信があった。
「その時は、俺の『仕事』を見せてやろう――」
弥堂は再び歩き出す。
『共犯者』――
もしもそんな者が自分に居るのであれば。
それは彼が――山田君が望ましい。
いつかの未来で――
『あの時はいい仕事をした』と酒でも酌み交わしながら――
彼とはそういう『共犯関係』でいたい。
そんな風に思った。
「なんでええぇぇぇぇっ⁉ ねえっ! なんでええぇぇぇっ⁉ たすけてよおおぉぉぉぉっ――!」
『相棒』が立ち去った部室棟では、そんな悲痛な叫びが響き渡った。