俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章12 Out of Gate ➀

 私立美景台学園の正門前。

 

 

 放課後になってからの時間がまだ幾許もないこの場所は、部活や委員会などの学園内での用事がない為すぐに家路に着く者たちが多く通行をしている。

 

 

 やたらと疲れた顔で足早に通り過ぎる者、スマホを見ながらダラダラと歩く者、そして下校を共にする連れ合いと話しながら歩く者など、帰宅する生徒たちは何種類かに分類される。

 

 

 独り歩きをしている者たちは、自分しか居ないので当然声を発するわけもなく無言だ。

 

 割合的に別に一人の者が少数派というわけでもないのだが、耳から入ってくる情報の上ではこの場の空間は誰かと喋りながら歩く者たちの声で占められているように感じられ、余計に孤独を感じることもある。

 

 

 そういった者達にとっては、声音明るく大きな声で聴こえてくる他人のその話はやたらと楽しそうに感じられ、その一方で酷く下らないもののようにも感じられた。

 

 

 快活に笑う本人たちは盛り上がっていたとしても関係のない者にしてみれば、どこかの誰か達の線で繋がっていない瞬間的な会話内容を断片的に聴かされたとして、それを面白いと感じようはずもない。

 

 

 大きく口を開け、大きな声で、何でもないようなことを笑いあう。

 

 

 そんな彼ら彼女ら自身も、もしもまったく同じ内容をどこの誰とも知れない者たちが語り合っていたら、きっと下らないと思うか聞き流すかするのだろう。

 

 

 なのに今のこの瞬間に笑いあうのは――この時が特別なもののように感じられるのは、何が起きたか、何を話したかが重要なのではなく、やはり誰と過ごしているかという点で特別に成りえるのだろう。

 

 

 その『特別』は多くの場合において、他の誰かには無味無臭で無為で無意味なものであり、しかしそれは決して悪いことではなく、何の影響も齎さない素晴らしいものだ。

 

 

 しかし中には、本人たちは特別楽しげであっても、耳に入るだけで眉を顰めるような、不快という影響を及ぼすような会話をしている者たちも世の中には多く存在する。

 

 

 

「――だからよー、指突っこんでカキまわしてやったんだよ! したらよ、大人しくなりやがんの!」

 

「ギャハハハハッ! マジかよ“サータリ”!」

「やっぱ“サータリ”くんはサスガだよなっ!」

「ちくしょう! 俺らも行けばよかったぜ!」

 

 

 横並びに広がりながらヨタヨタと緩慢に歩いて正門から出てきて、特に意味もなく立ち止まりその場に“たむろ”し始める。

 

 

 ガラの悪い話し声と下品な笑い声をあげながら通行する女生徒を物色しつつ駄弁る彼らに、周囲の者は眉を顰め自然と話し声も萎む。

 

 

「ところでよー、ヒデェ。“カゲコー”の女どもと合コンの話はどうなったんだよ?」

 

「おぉ! 俺も気になってたんだ。いつでも空けるぜ!」

「……わりぃな“サータリ”くん。あれ無理そうだわ」

「はぁっ⁉ どういうことだよ、ヒデ!」

 

「おい、落ち着けよコーイチぃ。でも、確かにどういうこった? 絶対ぇヤレるって言ってたじゃねーか」

 

「それがよー、聞いてくれよ“サータリ”くん。あいつらイイ感じのとこまでノってきといてよー。ヒルコくんが来ねーなら行かねーとか言い出しやがったんだ」

「はぁっ⁉ どういうことだよ、ヒデ!」

「なんでヒルコくんがカンケーあんだよ?」

 

「まぁ、落ち着けよ、コーイチ。でもよ、ヒデ。おかしくねーか? 元々ヒルコくんはこの件絡んでねーだろ?」

 

「あぁ。“サータリ”くん。どうもよー、あのクソアマども俺ら利用しようとしてやがったみてーでよ。俺らどころかヒルコくんまで使って、マサトくんと繋がろうとしてたみてーなんだよ!」

 

「あぁ? マサトくんだとぉ?」

 

「おぉ! あのズベ公どもハナっからマサトくん狙いだったんだよ! しかもあいつら全員オトコもちだったんだ!」

「クソッタレ! ナメやがって!」

「またマサトくんかよ……あの人モテすぎだろ……どうなってんだ……」

 

「“サータリィ”! これは俺ら“ダイコー”をナメてるってことだぜ!」

「あいつら陰で“サータリ”くんは爪が汚そうだとか、歯並び悪ぃから口が臭そうだとかでヤリたくねーって言ってたらしいぜ!」

「センパイに言ってマワしちまおうぜ、“サータリ”くん!」

 

「…………ま、まぁ、待てよ?」

 

「“サータリ”くんっ⁉」

「なんでだよっ⁉」

「イモひくのか“サータリィ”⁉」

 

「おいおい、落ち着けって。特にコーイチ、アツくなんなよ? CooooLにキメようぜ?」

 

「あぁ? どういうことか説明してみろよ。俺ぁナットクできねーぜ?」

 

「いいか? よく考えろよ。ど、どうせよ、あいつらなんかヤリ〇ンなんだよ。合コンなんかやんなくてよかったじゃねーか。オメーらもヤリ〇ンなんかとヤリたくねーだろ?」

 

「あっ! 確かに! そうだぜ、あいつらなんかヤリ〇ンにちげぇねー!」

「おぉ! オレもヤリ〇ンはヤダぜ!」

「……そうか、そういうことか!」

 

「それによ、オレぁ実は知ってたんだ。前によ、あのアマどもとボーリング行っただろ? あいつらルーズ履いてたけどよ、シューズ履き替える時に見ちまったんだよ」

 

「えっ⁉ パンツか⁉」

「マジかよ、“サータリ”くんいいなぁー!」

「オレもパンツみてーよ!」

 

「バッカ、ちげーって。俺が見たのはあいつらの靴下だよ。言ったろルーズ履いてたって。靴替える時によー足の裏が見えてよ、それがまた真っ黒でキタネーんだ! それ見た時にオレは思ったわけよ。クサソーだってな!」

 

「あぁ! それは確かにクサソーだぜ!」

「おぉ! 確かにあいつら足キタナそーだぜ!」

「ヤリ〇ンだしな!」

 

「おぉ、それよ。オレのケーケン上な? 靴下キタネー女は足がクセーんだ。そんでよ足がクセー女は〇〇〇もクセーんだよ。〇〇〇がクセーのはヤリ〇ン確定なんだよ!」

 

「おぉ! スゲー! さすが“サータリ”くんだぜ!」

「…………ま、まぁな。そういえばそういう女はヤリ〇ンだったな。ちょっとド忘れしてたぜ……」

「……あ、あぁ。“あるある”だよな……!」

 

「でもよぉ、“サータリ”くん。それならなんで合コンセッティングしろって言ったんだ?」

 

「えっ⁉」

 

「いや、だってよぉ、ヤリ〇ンだってわかってたんならそんな必要ねーじゃん? “サータリ”くん、普段からヤリ〇ンとは遊ばねーって言ってっし……」

 

「えっ……あっ……? そ、それは、だな…………い、いやよぉ……いつもオレばっか女の話してっしよ、たまにはオマエらにもいい思いさせてやりてーなって……そう思ってよ……」

 

「そ、そうだったのか⁉」

「……“サータリィ”…………オメェ……」

「……ヘッ、やっぱ“サータリ”には敵わねえな……!」

 

「ま、まぁな! ヤリ〇ンならカンタンにヤレっし、多少は多めにみてやろうと思ってたけどよ、でも限度があらぁな! オレぁよ、あんな女どもにオメーらの頭下げさせたくねーぜ」

 

「うおおおぉぉぉっ! カッケー! “サータリ”くんカッケェーよ!」

「……へっ。言うようになったじゃねーか」

「なんだかんだよ、オレらーシキるのはやっぱ“サータリ”だよな! オレぁオメーについてくぜ!」

 

「へっ……よせよ。まぁ、機会はまたいくらでもあんだろ。“カゲコー”なんて所詮テーヘンのガッコだからな。あんなとこにはブスのヤリ〇ンしかいねーよ。そ、それよりよ? なぁ、コーイチ。オメーの姉ちゃん確か“カゲジョ”出てたよな? 後輩を紹介して…………ん? なにやってんだ? ヒデ」

 

「おい、ヒデェ! ちゃんと“サータリ”の話聞いてろよ!」

「おぉ! 今みんなで盛り上がってただろ? スマホなんかイジってんじゃねーよ!」

「……ん? あ、あぁワリー、ワリー」

 

「一体どうしたってんだよ?」

 

「おぉ、ちょうど今“ゆっこ”からメッセきてよ! ちょうどいいから合コンはなしだって返してやってたんだよ!」

「“ゆっこ”?」

「あぁ、あのキンパのギャルだろ? 胸デケーよなあの子!」

 

「……へ、へぇ……? ちなみに、なんて……?」

 

「ん? おぉ! あのヤローによ! あんまナメたマネすんじゃねーぞってカマしてやろうと思ってよ! クソ! 騙されたぜ! あいつ“サータリ”くんのことちょっといいかもって言ってたのによ!」

 

「なんだとおおおぉぉぉぉっ⁉」

 

「おわっ⁉ な、なんだ? どーしたんだよ“サータリ”くん……」

 

「い、いや……なんでもねぇ……それよりなんて返したんだ?」

 

「おぉ! 『テメー、ヤリ〇ンだろ! テメーの〇〇〇はクセーって“サータリ”くんが言ってたぜ!』って送ってやったぜ!」

「ギャハハハっ! いいなそれ! サイコーだぜヒデェ!」

「ナメやがってヤリ〇ンがよぉ!」

 

「…………ヒデちゃん……? どうしてそんなヒドイことを……?」

 

「ん? おぉ、“サータリ”くん。ちょっと前によぉ、オレあいつとネカフェに行ってよぉ。他に部屋が空いてねーからってよぉ、カップルシート?とかってのに一緒に入ったんだよ。ほら、変なマットみてーなの敷いてある部屋あんじゃん? あれだよ。でよぉ、あそこ靴脱ぐだろ? そん時オレ見ちまったんだよ……! あいつの靴下! 爪先がちょっと黒かったぜ! 絶対ぇよ、あいつもヤリ〇ン確定だよ! あいつだけは“サータリ”くんの悪口言ってなかったから油断してたぜ!」

 

「…………………そうか…………そうかぁ…………ところで返事は……?」

 

「あぁ……? いや、返ってきてねーな。てか、もうブロックされたんじゃねーかな」

「おぉ! 女ってすぐブロックすっよな! オレもこないだイイ感じになった女がいてよ。調子にのっちまってよ、ちょっとパンツ撮って送ってくれって言ったらソッコーでブロックしやがってよ!」

「女ってマジでそのへん礼儀がなってねーよな! オレも前によ、クラスの女にちょっとオッパイ見してくれってメッセしたらブロックされたぜ!」

 

「ちくしょおおおぉぉぉぉぉっ‼‼」

 

「うわっ⁉」

「な、なんだ⁉」

「ど、どーしたんだよ、“サータリ”くん⁉」

 

「オメーらカラオケいくぞっ!」

 

「カラオケ……? 別にいーけどよ」

「行くか! テンションもアガってきたしな!」

「おぉ! 昨日も行ったけど全然かまわねーぜ!」

 

「ヤリ〇ンがナンボのモンじゃああぁっ!」

 

「ナンボのモンじゃああぁっ!」

「ナンボのモンじゃああぁっ!」

「ナンボのモンじゃああぁっ!」

 

「よっしゃぁ! いくぞおぉっ!」

 

「「「おぉっ!」」」

 

 

 

(サイッテー……)

 

 

 特別な相手と特に意味もなくスタンプを送り合っていたら、それなりに豊かな国のそれなりに高水準な教育を受けた人間だとはとても考えられないような最低な会話が漏れ聴こえてきて、希咲 七海(きさき ななみ)は酷く気分を害した。

 

 

 当然、注意を傾けて彼らの会話を聴こうだなんてつもりはこれっぽっちもなかったのだが、ちょうど親友の愛苗ちゃんからのお返事スタンプが途切れてしまい手持無沙汰になっていたため、否が応にも意識を引かれてしまったのだ。

 

 

 その会話内容があまりに下卑たもので、おまけに酷く女性を貶めるようなものであったため、苛立ちが募った希咲はつい彼らへ抗議と軽蔑の視線を向けてしまったのだ。

 

 

 しかし、それがよくなかった。

 

 

 

「そういや、“サータリ”くんよぉ。ヤリ〇ンといえばよぉ……」

 

「ん? おぉ、ヒデ。ピンときたぜ。ちょうどオレも同じこと思いついたとこだ。昨日のことだろ? ヤリ〇ンといえば『あいつ』よぉ…………おっ?」

 

 

(――しまった……!)

 

 

 ちょうどタイミング悪く、希咲が彼らに視線を向けた時に正門前にたむろしていた連中が歩き出してしまい、その進行方向に居る希咲とバッチリ目が合ってしまった。

 

 

『ひゅ~う』などと下手くそな口笛を吹いて、奴らは下卑た笑みを浮かべた。

 

 

 歩道のガードレールに尻をのせた姿勢の希咲は素早く、かつ不自然にならないような仕草で、何も気づいていないといった風にスマホへ視線を戻し下を向く。

 

 

 だが、おそらく無駄だろう。

 

 

 複数人の男たちが道路に靴の踵を擦る音が近づいてくる。

 

 

「はぁ……っ」と隠しようもなく、苛立ち混じりの溜め息が漏れた。

 

 

 

「いよぉ、七海ぃ~」

 

 

 ピクと瞼が反応する。

 

 手の中で弄っていたスマホの画面に爪が当たりカツと音が鳴った。

 

 

 勝手にファーストネームを呼び捨てにしてくる気安さが癪に障り、反射的に睨みつけそうになるがどうにか自制する。

 

 

 こうして直接話しかけられている以上、もはや無駄な足掻きにすらなっていないのだが、ワンチャン諦めるか怒るかして立ち去ってくれないかと一縷の望みを指先に絡め、イケるとこまで無視してみることにする。

 

 

「オイっ! シカトこいてんじゃねーよ、希咲ぃっ! “サータリ”くんが話しかけてんだろうが!」

 

「おいおい、よせよヒデ。まぁ、いいじゃねーか。なぁ、おい七海よぉ~、ちょうど今オレらよ、オメーの話をしようとしてたんだよ」

 

「あ゙?」

 

 

 思わずギョロっと目玉を向けた。

 

 

 イケるところまで無視するという方針はもう台無しだが、もはやそれどころではない。

 

 

 自分の記憶が正しければ、彼らは『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女性』について会話していたはずだ。

 

 

 逸りそうになる右足の膝に手を当ててグッと押し留める。

 

 そして超速で思考を回転させて、記憶に瑕疵がないかを確かめる。

 

 

 先程のこいつらの最後の会話はこうだったはずだ。

 

 

 

「そういや、“サータリ”くんよぉ。『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女性』といえばよぉ……」

 

「ん? おぉ、ヒデ。ピンときたぜ。ちょうどオレも同じこと思いついたとこだ。昨日のことだろ? 『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女性』といえばあいつよぉ…………おっ?」

 

 

 一部の不適切な汚い言葉が検閲が入った後に適切な表現に置き換えられているが、彼らの会話はこれで間違いなかったはずだ。

 

 

 解せぬのはこれらのやりとりの後に『なぁ、おい七海よぉ~、ちょうど今オレらよ、オメーの話をしようとしてたんだよ』と言われたことだ。

 

 

 意味がわからない。

 

 

 今の話の流れからの連想で自分の名前が出てくるということは、まるで『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女性』といえば、まず希咲 七海の名前があげられる。そういうことになってしまう。

 

 

 だが、そんなはずがない。そのような事実はない。

 

 

 希咲は自分で自分が『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女子高生』ではないということをよく知っている。

 

 

 大変不本意ながらこのような誤解をうけ、事実とまったく異なる誹謗中傷をうけることは、希咲の学園生活の中でままある。

 

 そのようなレッテルを受け入れるつもりはカケラもないが、しかし慣れてきているのもまた事実だ。

 

 だから今更この程度のことでカっとなって声を荒げたりすることもない。ムキになっては相手の思うツボなのだ。

 

 それに、重ねて言うがそのような事実はない。ないのだ。

 

 

 ない、が。

 

 

 だが、それはそれとして可及的速やかにこいつらの下顎の骨をパキャッと小気味よい音を鳴らして粉砕してやらねばならない。

 

 

 何故だかそのような衝動に駆られて、そうしなければならないと使命感のようなものを強く感じて、希咲は腰掛け代わりにしていたガードレールから尻を離そうとする。

 

 

 そうしようとして立ち上がる寸前でハッとなった。

 

 

(いやいやいやっ! なに考えてんの⁉)

 

 

 今しがたの自身の身の内から湧き上がる衝動に任せた思考に戦慄する。

 

 

(確かにめちゃくちゃサイテーだけど! ありえないくらいサイアクだけど! だからってちょっとムカつくこと言われたから顎砕いてやるってヤバイでしょ⁉)

 

 

 あまりに暴力的で短絡的な行動を軽率に起こそうとしていた自分に驚く。

 

 

(こんなの……あいつじゃあるまいし……っ!)

 

 

 昨日深く関わって無意識下でかなり強い影響を受けていたのか、例の風紀委員のクソ野郎の顏が浮かび上がる。

 

 

(そうよ、絶対あいつのせいよ…………もうっ! なんなの……⁉)

 

 

 衝動を宥めるように胸に手を当て、気を落ち着けてから座り直す。

 

 そして何事もなかったかのようにスンと表情を落としてまたスマホを見下ろした。

 

 

 結局無視された格好の“サータリ”たちだが特に怒り出すような様子はない。ただでさえ目力の強烈な希咲がガンギマリの瞳を向けていきなり立ち上がろうとしたものだから、虚を突かれた上に気圧されて半歩身を引くような体勢になっていた。

 

 

 遅れて、自身がビビっていたことを自覚した彼らはそれを誤魔化すように若干引き攣った笑みを浮かべて口を開く。

 

 

「……へっ。な、なんだよ……聴こえてんじゃねーか……」

 

「スッ、スカしてんじゃねーよ、このヤリ――ヒッ……っ⁉」

 

「…………チッ」

 

 

 またも最低な言葉を口出しそうになったヒデを反射的に睨みつけてしまい、希咲は自分が下手を打ったことを自覚し、そして舌を打って観念した。

 

 

「なによ? 話しかけないで欲しいんだけど」

 

 

 この時点で彼らは希咲に対して若干ビビっていたが、それでも学園でトップクラスに可愛いと評判のギャルがおしゃべりしてくれたことでテンションが上がる。

 

 気を取り直して再びにやにやと卑しい笑みを浮かべた。

 

 

 性欲は時に恐怖を凌駕するのだ。

 

 

「へへ、オメーこんなとこでなにしてんだよ?」

 

「カンケーないでしょ」

 

「ツレネーこと言うなよ。オレらよー、これからカラオケ行くんだ。一緒に来いよ」

 

「イヤ」

 

「そう言うなよ。ちょっとだけだからよ。付き合えよ」

 

「絶対にイヤ」

 

 

 にべもなく断られるのだが彼らはこの程度のことではヘコたれない。

 

 

 希咲としては僅かな望みも抱かせないように分かりやすく冷たく対応するように心掛けているのだが、こと女をモノにしたいという欲望に関しては彼らはアスリート並みのメンタルを誇っていた。

 

 

「こんなとこでボーっとしてんだからよ、どうせヒマなんだろ? ちょっとくれーいいじゃねーか。試しに遊んでみようぜ?」

 

「ヒマじゃないわ。人待ってんの。どっか行ってよ」

 

「あぁ? なんだ? オトコでも待ってんのか?」

 

「カンケーないでしょ。ほっといて」

 

「オトコじゃねーなら女が来るのか。ちょうどいいじゃねーか、そいつらも一緒に連れて来いよ」

 

「…………カレシ待ってんの。勝手に期待されても合コンみたいなのには協力しないから」

 

 

 普通は待ち合わせをしていると言えば引いてくれるものなので適当にあしらったら、思ってもみなかった方向に展開される。まかり間違っても他の女の子を巻き込むようなことにはしたくはないので方針を変えて嘘を吐く。

 

 

「あぁ? 彼氏だぁ? マサトくん来んのかぁ?」

 

「だから付き合ってねーっての。それに聖人は部活」

 

「んだぁ? じゃあ浮気かよ」

 

「なんでそうなんのよ。聖人とはカンケーないって言ってんじゃん」

 

「へへっ。まぁ、知ってっけどな。なんせ前に一緒に合コンしたもんなぁ~?」

 

「だからなによ。あれは仕方なくだから」

 

「一回やってんだからいいじゃねーか。また遊ぼうぜ」

 

「キモいんだけど……あんたもわかんないヤツね。あの時はあの子たちにどうしてもってお願いされたから仕方なく行っただけ。もう二度としないって言ったでしょ」

 

 

 以前に女友達に頼まれてこの連中との合コンに嫌々参加したことがあったのだが、その時のことが希咲には苦い経験となっていた。

 

 数合わせのつもりで行ったら、参加していた男連中のほとんどが希咲狙いだったのだ。

 

 はじっこで終わるまでボーっとしてやり過ごそうと思っていたのに、引っ切り無しに次から次へと違う男に絡まれ、必然的に他の女子たちは男連中から放置気味になり、結果として彼女らからも恨まれるハメになったのだ。

 

 

 その時の経験から、合コンなどの類にはもう二度と参加しないと心に決めていた。

 

 

「一回も二回も変わんねーだろ?」

 

「しつこい。言ったでしょ? カレシがいるって。聖人じゃなくて、別にちゃんとしたひとがいるの。あんたなんかと絡んでて変な誤解されたくないからあっち行ってよ」

 

「あぁ? おい、マジな話なのかよ。いつの間にオトコできたんだよ」

 

「カンケーないでしょ」

 

「なんだよ。絶対ぇオレの方がイイからよ? 一回試してみようぜ?」

 

「クソウザ。マジでありえねーから。キモすぎ。あんたと、とか絶対ねーわ」

 

「絶対とまで言うとは相変わらず強気じゃねーか。あんまチョーシのんなよ?」

 

「チョーシのってんのはどっちよ? 話しかけんな。つまんねーのよ、あんた」

 

 

 しつこく誘いをかけてくる連中に希咲の苛立ちは募り、口の悪さが加速していく。

 

 そしてメンタルが強かろうとも無駄にプライドの高い男たちも、生意気な女の態度に剣呑な空気を発し始める。

 

 

「……テメー。ヒルコくんやマサトくんの手前オレらが何も出来ねーとでもタカくくってやがんのか?」

 

「はぁ? 知ったこっちゃねーわよ。あんたらが勝手にあいつらにビビってるだけでしょ。ダサっ」

 

「そうかよ…………テメーがそういう態度とんならオレらにも考えがあるぜ……?」

 

「勝手にすれば? てか、いちいち報告してくんな。キョーミねーっつーのよ」

 

「……上等だよ」

 

「つかさ、あんた誰? あたし、あんたの名前も覚えてないんだけど? 知らないヤツとはあたしもう喋んないから。どっかいって」

 

「テメェ……ナメんのも大概にしとけよ……?」

 

「…………」

 

 

 言葉通り希咲はもう会話には応じない。

 

 

 目の前でスゴんでいるのにも関わらずまるで自分の周りには誰も存在していないかのようにスマホを操作し出した彼女の態度に不良たちはヒクっと頬を引き攣らせた。

 

 反射的に怒鳴りそうになるが寸でで飲み込み、代わりに“サータリ”は仲間たちに目配せする。

 

 そして彼らは再び下卑た笑みを浮かべて希咲を取り囲んだ。

 

 

 彼らへ目も向けずに宣言通り無視している希咲だが、当然そんな彼らの動きには気が付いている。

 

 

(まぁ、そうなっちゃうわよね……)

 

 

 ある意味予測通りではあるので、心中で溜め息を吐き、穏便に済ませることはもう諦めた。

 

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