俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章14 牢獄の空 ①

 

「七海ちゃんったら、こんな場所ではしたないですよ?」

 

 

 

 そこに居たのは今朝も教室で視た顏の、紅月 聖人(あかつき まさと)の妹だった。

 

 

 

「み、みらい……」

 

「はーい。みらいちゃんですよー」

 

 

 希咲は幼馴染でもあり妹分でもある彼女の姿を認め、盛大に顔を顰めた。

 

 希咲の言動を見咎めたような口ぶりだが、彼女の表情はいつもどおりの笑顔で、にっこりと楽しそうに目を細めている。

 

 

 彼女の表情を見たことで一気に頭が冷えて、それにより自分が今ここで何を口走っていたのかを正確に理解した。

 

 

 羞恥が湧きあがるよりも先に『マズイ』という焦燥感が先に走る。

 

 

「み、みらい……。あの、これは違うの……」

 

 

 よりにもよってマズイ奴にマズイところを見られたと、気ばかりが焦り弁明しようにも上手く言葉が出てこない。

 

 

 拙い言い訳を受けた紅月 望莱(あかつき みらい)希咲 七海(きさき ななみ)の言い分を特に訝しがることもなく、ただ目を細めてニッコリとしたまま口元に手を遣って、「ふふふ……」と柔らかく漏れ出る声を隠した。

 

 

「ふふふ、いいんですよぉ。大丈夫です。ちゃーんとわかってます」

 

「あ、あんた……! マジでやめてよ⁉ ホントに違うんだからっ!」

 

「えーーー?」

 

 

 何かを恐れるように強調してくる希咲と対照的に、望莱はゆるい声で語尾をあげてコテンと首を傾げる。

 

 そして今度はその顔を弥堂の方へ向けた。

 

 

「せーんぱい?」

 

「……俺か?」

 

「はい。弥堂せんぱい」

 

 

 弥堂は彼女の発音する『先輩』という言葉のイントネーションから感じる甘ったるさに思わず顔を顰めた。

 

 

「……なんだ?」

 

「わ。見て見て七海ちゃん。すっごい嫌そうな顔されました」

 

 

 見たことのない動物を発見した子供のように目をまん丸く開いて、楽し気に希咲へ報告をする。

 

 希咲はそれには反応せず、ただサーっと顔を青褪めさせた。

 

 

(ヤバイヤバイヤバイっ……!)

 

 

 この二人は絶対に関わらせてはいけないと思っていたのに、完全に油断していたと危機感に身を縛られる。

 

 暴力事件的な意味では、もう一人の幼馴染の少女である天津 真刀錵(あまつ まどか)の方が弥堂と組み合わせてはいけないと考えられる。

 

 だが、そっちはまだわかりやすい。

 

 

 それに比べて今現在、自分の目の前に居るこの取り合わせは、何が起こるかわからないという意味での危険性がある。

 

 

 一体、何のつもりでここに現れたのかと、彼女の出方を窺いつつ、紅月 聖人(あかつき まさと)の頭のおかしい妹を警戒した。

 

 

 そうしている間に望莱は弥堂にチョッカイをかけていく。

 

 

「ねー、“せんぱい”? わたしのこと知ってますか?」

 

「……紅月の妹だろ」

 

「はい。そうですよー。兄がいつもお世話になっております。苗字だと兄と区別がつかないので、わたしのことは『みらい』って呼んでくださいね? 弥堂せんぱいっ」

 

「………」

 

「わ。見て見て七海ちゃん。こんな露骨な無視、初めてされました!」

 

 

 再度クルっと希咲の方へ顔を向けて、今しがたの弥堂とのコミュニケーションの成果を報告してくる。

 

 傍から見れば、可愛い後輩――妹分が無邪気に懐いてきている姿に見えるが、希咲は彼女の笑顔に愛想笑いすら返さない。

 

 

「先輩はあんたに興味ないのよ」

 

「んま、七海ちゃんったらヒドイです」

 

「そういうのいいから。大体なんであんたここに居るわけ?」

 

「なんでって……ここ正門ですし。普通に帰ろうとしてるだけですけど。そしたら偶然七海ちゃんがえっちなことしてる現場に遭遇したんです」

 

「えっちなことなんてしてないから!」

 

「えーー? でもぉ……男の子に自分のパンツをリスペクトしろって強要するのはえっちですよね? わたしはそういう経験ないですし、そういう気持ちになったこともないから、よくわからないですけど……」

 

「ちがうからっ! 強要なんてしてないし!」

 

「そうなんですか?」

 

「そうよ! こいつがここで道行く女の子のパンツを無差別にリスペクトしてて、あたしはそれを止めてたの!」

 

「それは普通に性犯罪者なのでは?」

 

 

 望莱はコテンと首を傾げつつ、一方の言い分だけで判断するのは不公平なのでもう一人の当事者にも事情を伺う。

 

 

「弥堂せんぱい? 七海ちゃんはこう言ってますけど、“せんぱい”は女の子と見れば誰彼構わずにパンツをリスペクトせずにはいられない不審者さんなんですか?」

 

「そのような事実はない」

 

「なるほど。七海ちゃん? そのような事実はないそうですよ?」

 

「あんた、あたしには口答えするくせに何でそいつの言うことはそのまんま受け入れるわけ⁉」

 

「そのような事実はないです」

 

「あんたホントなまいきっ!」

 

 

 揶揄うような望莱の態度に希咲は目尻を吊り上げて怒りを露わにするが、彼女は希咲が怒れば怒るほどに笑みを深めていく。

 

 

「ところで、パンツをリスペクトってどういう概念なんですか? わたし実は全然わからないんですけど……」

 

「あたしに聞くな! あたしだって意味わかんないわよ!」

 

「ほう……では、“せんぱい”?」

 

「…………」

 

「わ。すっごい嫌そうな顏で無視されました」

 

「…………」

 

「あたしを見るな。助けないわよ」

 

 

 望莱からの質問を適当に無視しようとした弥堂だったが、まん丸く開いた瞼に埋まった黒曜石のような瞳にじっと見詰められ、また対応を押し付けようとした希咲にも見放されたので諦めたように嘆息してから重い口を開く。

 

 

「……掟だ」

 

「なるほど。掟なら仕方ないですね。よくわかりました」

 

「わかるな! それでよくわかる人間がいるわけねーだろ!」

 

「んもぅ、七海ちゃんったらプリプリしちゃって。でも、そうですね、もうちょっと掘ってみましょうか。というわけで、“せんぱい”? もう少し詳しくお願いします」

 

「……詳しくは知らん。俺自身はお前らの股間を覆う股布のことなどどうでもいいと考えている。しかし、妙齢の女性の下着については敬意を払って『おぱんつ』と呼称するように上司に強く言われている。命令ならば仕方ない」

 

「なるほど。命令なら仕方ないですね。よくわかりました。それに……わたしも若輩の身ですが、下着に関しては自分なりに拘って選んでいるので、股布などと言われては確かにリスペクトが足りないな、と思いました。ダブルでよくわかりました。せんぱいはとても効率的な人ですね」

 

「ほう。わかるのか?」

 

「ええ。ふふっ、わたしたち、もしかしたら気が合うかもしれませんね」

 

 

『効率的』というフレーズが気に入って若干気をよくした弥堂と、彼が自分との間に立てたコミュニケーションの壁を若干下げてくれたことを感じ取って気をよくした望莱が和やかに向かい合う。

 

 目の前のその光景を見た希咲は盛大に顔を顰めた。

 

 

「みらい。もういいでしょ。さっさと帰りなさいよ」

 

「えー? 何でわたしを帰そうとするんです? 何か都合悪いことでもあるんですか?」

 

「ないわよ。こいつはろくでもないクズだから、あんたと関わらせたくないだけ」

 

「んま。七海ちゃんったら本人の前でなんてヒドイことを。“せんぱい”が可哀想です」

 

「こんくらいで傷つくくらいのメンタルだったらもう少しマシなヤツになってるわよ」

 

「へぇー……随分“せんぱい”に詳しいんですね? わたし、今日まで七海ちゃんが弥堂せんぱいと仲いいなんて知らなかったです」

 

「別に仲良くなんてないからっ! あんたが面白がるようなことなんてなんもないし!」

 

「でもぉ、七海ちゃんはツンデレだしなー。強く否定すると益々怪しいです」

 

「その否定したらツンデレだからーで片付けるのやめなさいよ! あんたが最初にこれ言い出したのあたしちゃんと覚えてるからね!」

 

「えーー? そうでしたっけぇ……?」

 

 

 コテンと首を傾げて記憶を探る素振りをみせるが、楽し気な彼女の表情を見れば、わかっていて惚けているのは誰からも明らかだった。

 

 

「“せんぱい”? 七海ちゃんはこう言ってますけど、どうなんですか?」

 

「どう、とは?」

 

「ですからー。二人は仲良しなんですか?」

 

「こんな女と仲がいいわけあるか」

 

「あんたの言い方、ホントむかつくわねっ!」

 

「ふふふ。どうですか、“せんぱい”? 自分で仲良くないって言っておいて、“せんぱい”にもそう言われると怒っちゃうこのメンドクサイところ。ちょーカワイイって思いません?」

 

「なんでそうなんのよ!」

 

「……面倒くさい女が可愛いという概念が理解できんのだが」

 

「またまたー。惚けちゃってー。わたしにはわかります。“せんぱい”はメンドクサイ女が好きな人です。そしてメンドクサイ女にしか好かれない人です」

 

「その、ような事実はない」

 

 

 過去に思い当たる事実があるような気がしたが、気がしただけなら気のせいなので弥堂は男らしく最後まで言い切った。

 

 

「――あ! ところで、弥堂せんぱい?」

 

「……今度はなんだ?」

 

 

 パンっと手を叩いてから、何かに気が付いた、もしくは思いついたといった風に話題を変えようとする彼女の仕草が、いかにもわざとらしかったので弥堂は不審な眼を向ける。

 

 

「わたしのパンツはリスペクトしなくてもいいんですか?」

 

「結構だ」

 

「……あんた何言ってるわけ?」

 

 

 スカートの両端をつまんで僅かに持ち上げてみせながら、トンデモ発言をしてくる望莱に対して、弥堂は即答し、希咲は面倒ごとの気配を感じて警戒心を強めた。

 

 弥堂も大分アレな男だが、この後輩も何を言い出すかわからない危険性のある子だ。それを二人合わせたら何が起こるかわからない。

 

 早く望莱を帰らせなければと、焦りが募る。

 

 

「本当にいいんですかー? 可愛い後輩女子が拘って選んでる下着をリスペクトできる機会なんてそうそうないですよ?」

 

「結構だ」

 

「ちょっと、みらい! あんた何のつもり⁉ やめなさいよ!」

 

「えーー? ほら、七海ちゃんがさっき、“せんぱい”は無差別に女の子のパンツをリスペクトしたがる的なことを言ってたから、試してみたんですよ」

 

「何を試したっつーのよ」

 

「ほら、わたしって可愛いじゃないですかー?」

 

 

 そう言って自分を指差しながらコテンと首傾げる望莱へ希咲はジト目を向ける。

 

 しかし、彼女の言葉を否定しなかったのは、あざとい仕草が鼻につくものの、実際にその顔の造形が優れているのは事実だったからだ。

 

 

「その可愛いみらいちゃんがですよ? リスペクトおっけーしてるのにノッテこないのは、“せんぱい”は無差別リスペクト魔ではないということですよね」

 

「……あんた何が言いたいわけ?」

 

「つまり! です。“せんぱい”は七海ちゃんのパンツだけをリスペクトしたいってことになりますよね?」

 

「なんでそうなんのよ!」

 

「えーー?」

 

 

 楽しそうにクスクス笑いながら希咲を揶揄いつつ、望莱はまた弥堂の方へ顔を戻す。

 

 

「どうなんですか? 弥堂せんぱい」

 

「そのような事実はない」

 

「ほんとうに?」

 

「神に誓って、そのような事実はない」

 

「えーー? ほんとうかなぁ……?」

 

 

 丁寧な口調ではあるが、一切の遠慮もなく弥堂にズケズケと話しかける望莱の様子に希咲の焦りは加速する。

 

『風紀の狂犬』などという異名で呼ばれている弥堂だが、そんなものに恐れを抱くような子ではないと知ってはいたものの、このままでは非常にマズイことになると焦燥する。

 

 

「……みらい、もういいでしょ。何を勘ぐってるのか知んないけど、あんたが期待するようなことは何もないから」

 

「えーー? ほんとうですかぁ? ほらほら、わたしたちって幼馴染ではありますけど、同時に『紅月ハーレム』のメンバーであり、ライバルでもあるわけじゃないですか?」

 

「ちげーっつーの」

 

「正妻の座を狙うわたしとしては、お兄ちゃんの女が一人減るならそれに越したことはないですし? 的な?」

 

「あんたね……」

 

 

 真実味が感じられないような軽い口調でドロドロとしたことを言う彼女へ胡乱な目を向ける。

 

 

「とにかく、違うから。こいつとはたまたまここで会っただけだし、普段も別に絡みないし」

 

「ふ~~ん……そうなんですかー?」

 

「そうよ」

 

「へぇ~~」

 

「……なによ、その態度っ」

 

 

 希咲からの咎めるような視線を無視して、望莱は弥堂に問いかける。

 

 

「ねぇ、弥堂せんぱい? 七海ちゃんは違うって言ってますけど、実際のところどうなんですか?」

 

「何に対しての『違う』なのかがまずわからんのだが」

 

「こいつ絶望的にコミュ力ないから、機微みたいなの期待しても無理よ。てか、もういいでしょ。無理矢理にでも『そういうこと』にしたいみたいだけどムダだから。もう帰んなさいよ、みらい」

 

 

 希咲が望莱の肩に触れ、無理にでも帰らせようとするが、彼女はそれもにこやかな笑顔で無視して尚も弥堂に絡む。

 

 

「ちなみにです。弥堂せんぱい。もしも『違くない』って言ってくれたら、今日はもう“せんぱい”に話しかけるのをやめてあげます」

 

「『違くない』」

 

「コラーーーーーっ⁉」

 

「まぁっ! やっぱりそうだったんですね!」

 

「あぁ。キミの言うとおりだ。帰れ」

 

「ちょっと! 弥堂っ、あんたはなんで――」

 

「んもぅ、七海ちゃんったら照れちゃってー。こういうところもカワイイって思いません? “せんぱい”」

 

「そうだな。帰れ」

 

「みらい! あんたふざけ――」

 

「“せんぱい”が喜ぶかもって七海ちゃんのカワイイとこ引き出してあげたんですよ? わたしって気の利く後輩だって思いません?」

 

「キミは素晴らしいな。もう帰れ」

 

「んま。“せんぱい”ったらヒドイです」

 

 

 わざとらしく傷ついたフリをして望莱は下がっていく。

 

 

「七海ちゃんにも“せんぱい”にも帰れって言われちゃったことですし、わたしもう帰ります」

 

「ちょっとみらい! 待ちなさいよ! 違うって言ってんでしょ!」

 

「もう七海ちゃんったらワガママさん。ふふふ。大丈夫ですよ。わたしはちゃんとわかってます」

 

 

 口元を手で隠し「ふふふ」と見た目だけは上品に笑いながら望莱はフェードアウトするようにその場を離れていく。

 

 

「待てっつってんだろ! あんた何をどうわかってんのよ! つーか絶対わかっててやってんだろ⁉」

 

 

 希咲は離脱しようとする彼女を追おうとするが――

 

 

「では、な――」

 

 

 それを好機と見たか、弥堂もこの場を辞そうとする。

 

 望莱の行く方とは逆の方向へ。

 

 

「あっ⁉ こらっ! あんたなに逃げようとしてんのよ!」

 

 

 弥堂の行動に気が付いた希咲はどちらを追うか迷い、どちらを追うことも出来ない。

 

 

「あーーーーっ! もうっ! やっぱりわけわかんないことになった!」

 

 

 逡巡し、両方を止めることは難しいと判断して取捨選択をする。

 

 そして彼女はガッと弥堂の制服の上着を背中から掴んだ。

 

 

「追わなくていいのか?」

 

「…………あんたに、用があるって、言ったでしょ……」

 

 

 色々な感情を堪えながらどうにか冷静に声に出した。

 

 

「……あたし、こんなに疲れたのに、まだ用件すら言えてないんだけど……? ほんと、なんなの? あんた……」

 

「俺に言われてもな」

 

 

 まるっきり身に覚えのない理不尽なことを言われたとばかりに、弥堂はその無表情顏に不愉快さを僅かに表す。

 

 

 希咲はそんな男の背中を掴みながら上体を折って息を整えつつ、首だけを回して振り向く彼の顏を咎めるような目でジッと見上げる。

 

 弾む息と共に疲労も身体の外へ抜けていってくれないものかと願った。

 

 

 

「それで? 結局お前は何の用なんだ?」

 

 

 まるでこれまでの出来事など何もなかったかのように促す弥堂に希咲は応えず、ただ無言でジトっとした目を向けた。

 

 

「……あんた、ホントきらい」

 

「それが用件か。なるほど、お前の気持ちは理解した。これで終わりだな? 帰るぞ」

 

「んなわけないでしょ。バカじゃないの」

 

「じゃあ、さっさとしろ。何でそんなにトロいんだ。バカじゃねえのか」

 

 

 どうしてこの女はいちいち余計な一言ばかり付け加えて先に進もうとしないのかと、いちいち余計な一言を付け加える男は苛立った。

 

 当然希咲もそれに苛立つが、先に進まないのは事実なのでガックリと肩を落とし疲労感を滲ませながら切り出す。

 

 

「……あーー、うん、そうね……用件は3つあります……」

 

「多いな。ひとつにしろ」

 

「イヤよ。ここまで疲れさせられて完遂せずに帰れるか。バカ」

 

「チッ。早くしろよ」

 

「なんなの、その態度。マジなまいき……って、もういいや。一つ目は愛苗のことです」

 

「……水無瀬だと?」

 

 

 希咲の口から出てきた名前に弥堂は眉を寄せる。

 

 

「イヤそうな顏すんな。マジ失礼」

 

「……で?」

 

「あーーと、あたしがさ、月曜からしばらく旅行でいないの知ってるわよね?」

 

「あぁ」

 

「は? なんで知ってんの? あたし、あんたにそんなこと教えてないわよね? キモいんだけど」

 

 

 肯定の意を示した途端、何故か真顔になりシラっとした目を向けてくる彼女に今度は弥堂が疲労感を表に出す。

 

 

「あのな。直接聞いてなくても周りであれだけデカい声で喋ってれば嫌でも情報は入ってくるだろうが……」

 

「ふふっ……ジョーダンよ。ちょっと揶揄っただけ」

 

「余計な口をきくな。お前が旅行に行くにあたって、水無瀬のことで俺に何を頼むというんだ」

 

「もうっ、つまんないヤツね。まぁ、いいわ。あのね……? 愛苗のこと少し気にしてあげて欲しいの」

 

「まぁ、そうだろうな。だが、俺の答えも想像ついていただろう。断る」

 

 

 弥堂にとっては決して好ましくないという意味で予想どおりの話であり、それを取り付く島もないほど端的に断る。

 

 

「もちろんそう言うと思ったけどさ。でも、お願い」

 

「……単純に面倒だからという点と、そんなこと頼まれる筋合いがないという点で断るというのを差し引いても、それ以前にまず人選ミスだろう。そもそも野崎さんたちに頼んでいただろうが、俺の出る幕などない」

 

「そんなことわかってるわよ。あんたにお願いしたいのは野崎さんたちにお願いしたこととは別のことよ」

 

 

 頼む側の希咲としても断られるのは予想どおりだったので、用意していた回答を展開していく。

 

 

「あんたにお願いしたいのは、普通にクラスでひとりぼっちにさせないであげて――とかじゃなくってさ、もっとあんた向きの話よ」

 

「俺向き……だと?」

 

「そ」

 

 

 訝しがる弥堂に人差し指を立てた手を見せながら理解を促していく。

 

 

「その……なんていうか、さ。あたし、ちょっと一部の子たちに恨まれてて。もしかしたら、あたしが居ない間にそいつらが愛苗にチョッカイかけてくるかもしんなくって……」

 

「護衛でもしろと言うのか」

 

「そういう言い方すると大袈裟だけど。まぁ、そういうことね」

 

「……それは依頼か? それとも取引か?」

 

「どっちでもないわ。ただの報告よ」

 

「報告?」

 

「そ」

 

 

 恐らく彼女の想定どおりに話が進んでいるのだろう。少しトクイげな様子で堂々と喋るその顔を目を細めて視る。

 

 

「あんた風紀委員でしょ? 一般生徒が危険な目にあうかもしれない可能性があるって、今、あたしが、あんたに、報告したの。それを無視してもしも校内で事件が起きたらそれはあんたの責任よね?」

 

「……お前、性格悪いな」

 

「ホメ言葉として受け取っておくわ。まぁ……ちょっとイジワルな言い方しちゃったけど、普通にお願いしたいの。不良の男子とか嗾けてくるかもしんないし。あたしのせいなんだけど、さ」

 

「……仮に俺がそれを受けたとしても、だが、いいのか?」

 

「ん? なにが?」

 

 

 ここからの弥堂の問いは想定外なのか、キョトンと猫目を丸くさせる。

 

 

「昨日。お前は色々と俺のやり方が気に食わなくて文句を言っていただろう。仮に俺がお前の代わりに敵を撃退したとして、それでまた『やりすぎ』だなんだと後からクレームを付けられるのは御免だぞ」

 

「ぷっ。なにそれ。自分で言う? ちゃんと自覚あったんだ。うける」

 

「おい」

 

 

 悪戯げにクスクスと笑う希咲へ咎めるような眼を向ける。

 

 

「あはは、ゴメンゴメンて。そんなの気にしなくていいのに……てか、さ――」

 

「うん?」

 

 

 一拍置いて楽し気に笑っていた彼女はストンと表情をフラットに落とした。

 

 

「むしろ『やりすぎ』なさいよ、手を抜こうとすんじゃないわよ、きっちり地獄を見せてやりなさいよ、そんなの当たり前じゃない」

 

「…………お、おう」

 

 

 普段色鮮やかな宝石のような彼女の瞳から一切の光沢が失せて、平淡に早口にそう伝えられ、弥堂は無意識に後退りそうになったのを自覚した。

 

 そのまま光のない瞳でジッと見てくる希咲に最大限の警戒をしていると、彼女は元の表情に戻る。

 

 

「まぁ、さ。四六時中張り付いてろなんて、そこまで言わないからさ。そういうことがあるかもって心に留めておいて、もしいざそうなったら、その時は風紀委員として出来る限りのことをしてくれればいいからさ……ね? ダメ……?」

 

 

 つい数秒前とは打って変わって、じっと真摯に上目を向けてくる彼女の姿に、もしもここだけを見ていれば、それだけで言うことを聞いてしまう男もいるのだろうなと、見当違いな感想を抱きつつ嘆息する。

 

 

「……よく言う。俺が断れないような話の仕方を用意してきておいて」

 

「ふふっ。あたしも中々やるでしょ?」

 

「うるさい。少しは殊勝にしたらどうだ」

 

「して欲しい?」

 

「結構だ」

 

「そ? それじゃ頼むわね」

 

「あくまでも風紀委員としての範囲ならな」

 

「それで結構よ。ありがと」

 

 

 そう礼を告げて微笑む今の彼女の表情は、先程の様に揶揄うような表情ではなく、言葉どおりの真摯なものであった

 

 その笑顔を見て『本当に嫌な女だ』と弥堂は思った。

 

 

「だが、後で文句を言われても敵わんから最初に言っておくが――」

 

「ん? なぁに?」

 

「護衛に関しても人選ミスかもしれんぞ」

 

「? どゆこと?」

 

 

 コテンと首を傾げる彼女へ、一応仕事のようなものを受ける上でのせめてもの誠意で言ってやる。

 

 

「俺は戦闘に関してはある程度プロフェッショナルだとは言えるが、こと『護衛』となると決して専門とは言えん。そこらへんの素人よりは多少はマシかもしれんがな」

 

「そなの?」

 

「あぁ。どちらかというと、護衛を雇っているような連中を襲撃する方が専門だったと謂えるかもしれんな」

 

「は? あんたマジでなにやってきたわけ?」

 

「それに答えるつもりはない」

 

 

 希咲から向けられる胡乱な瞳に毅然とした態度で突っぱねる。

 

 

「もちろん、たかだか不良生徒相手に後れをとることはそうそうないだろうが。しかし100%の成果は約束できん。俺に頼むのならそれは頭の隅に入れておけ」

 

「……こんにゃろ。予防線貼りやがったな? あんたマジでヤなヤツっ!」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

 

 先程とは立場が変わって、今度は弥堂が希咲へ、先に彼女が言った言葉をシレっと言ってやった。

 

 

「この条件以外では呑むつもりはない。それで二つ目は?」

 

「……まぁ、いいわ。んじゃ次はね――」

 

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