俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章15 舞い降りた幻想 ④

 

――あの後、

 

 

『今日も散々だった』と思いながら足を進めていると、気が付いたら目的地に設定していた新美景の駅前に辿り着いており、とりあえず適当な路地を曲がって路地裏に侵入しながら『どうして自分がこんな目に』と考えていると、その答えが出るよりも先に複数人の男たちに行く手を阻まれた。

 

 

「イギャアアァァァァ――っ⁉ イダイっ……、イダイィィィっ!」

 

 

 そして今、その内の一人の耳障りな悲鳴を聴きながら、『まぁ、この程度のことならいつものことか』と俺は納得を得ていた。

 

 

 

 ここいらをナワバリにして追い剥ぎのようなことを生業にしている連中だろう。

 

 路地裏に入って一つ目の角を曲がると待ち受けていた様に進路を塞いでおり、月並な台詞を吐いて恐喝をしてきたのだ。

 

 

 最後まで話を聞くのが面倒だったので、とりあえず一番手近な者の鼻と耳朶を繋ぐ、何のために装備しているのかわからない細い鎖を掴んで引き千切ってやったところだ。

 

 悲鳴をあげた男が上体を折って顔を両手で抑えて蹲るのを見て、奴の仲間たちが遅れて事態を呑み込み口汚い罵声を叫びながら殴りかかってくる。

 

 

 遅い。素人め。

 

 

 不格好に右を振り回しながら突っ込んできた男の腕を首を捻って潜り、合わせるだけの掌底を相手の顎に当てて叩き割る。

 

 

 先鋒があっさりと沈められたのを見て、次の男は思わず足を止める。

 

 その体重が乗った前足の膝を横から踏みつけ圧し折る。

 

 

 この連中に呼び止められたのと同時に、退路を塞ぐように背後から現れていた男が踵を返して逃げ出したのが視界の端に映ったが、あえて見逃すことにする。

 

 

 無事な敵はあと一人。

 

 

 あっという間に全滅した仲間たちに茫然としながら、緩慢な動きでズボンの後ろポケットへ手を回すのが視えた。

 

 

 最初から抜いておけ、間抜けが。

 

 

 無防備にガードを空けた腹に前蹴りを叩き込んでやるとあっさりと白目を剥いて倒れる。

 

 その身体の脇には玩具のようなチャチな折り畳みナイフが転がっている。

 

 

 そのナイフを爪先で奥へ蹴り飛ばしながら、未だに悲鳴をあげている最初に無力化した男の髪を掴んで無理矢理顔を上げさせた。

 

 

「おい」

 

「イダあぁぁぁぃい……っ! イデェよぉぉぉ……っ!」

 

「無視してんじゃねえよテメェ。殺されたいのか?」

 

「だっでぇぇぇ……だっでぇぇぇぇ……っ! 鼻がぁぁぁぁっ、オデの鼻と耳ぃぃ、とれちゃっだぁぁぁぁあっ!」

 

「とれてねえよ」

 

「だっでぇぇぇ。血ぃぃぃっ。血ぃいっぱいででるぅぅぅっ!」

 

「それは鼻水だ」

 

 

 自らの鼻を指差しながら出血を訴えてくるクズにそう言ってやると、男は手で確かめるように顔を触ってその手に付着したものを見る。

 

 

「やっぱり血ぃぃぃっ⁉ 血ぃ出てるぅぅぅっ⁉」

 

「そうか。それが出てるということはお前は生きているということだ。出なくなったら死ぬ。よかったな」

 

「デメェェェェっ! どこのモンじゃゴラァァァっ! オレにこんなことしてタダですむと思うなよ⁉」

 

「そうか。それは恐いな。で? 誰が俺をタダで済まさないんだ?」

 

「アァっ⁉ そんなの決まってんだろ! ここには俺の仲間ダヂが……」

 

 

 周囲に目を遣りながら息を巻く男の声が尻すぼみに消えていく。

 

 

「仲間? どこにいるんだ?」

 

「……嘘だろ…………一瞬で全員ヤったってのか……?」

 

「ようやく状況がわかったか。ところで、これからお前の鎖骨を圧し折ろうと考えているんだが問題ないな?」

 

「まままま、まってくれっ! やめてくれ! どうしてこんな……っ!」

 

「どうして?」

 

 

 打って変わって命乞いをする男を睨みつける。

 

 

「ケンカを売ってきたのはお前らの方だろう? 金を置いていけとか言ってなかったか?」

 

「ち、ちがうっ! あれは違うんだ……っ!」

 

「そうか。違うのか」

 

「そ、そうなんだ……! だから、な……? カンベンしてくれよ」

 

「許して欲しいのか?」

 

「……えっ?」

 

「許して欲しいのか、と訊いている」

 

 

 ふと、これまでに何度こいつらみたいな連中と、このようなやりとりをしただろうかと思いつく。

 

 全ては記憶の中に記録されているので、やろうと思えば一つ一つの出来事を掘り起こして数えることも出来るのだが、そんなことをしても意味はないので考えを振り払う。

 

 うんざりするほど繰り返していようが、必要があるのならば俺はこれからも何度でも繰り返すからだ。

 

 

「ゆ、許してぇ……っ! 許してくれぇ!」

 

「そうか。じゃあ、許してやる」

 

「えっ……? あっ……、えっ?」

 

 

 ルビアに習ったチンピラを痛めつける時の作法のようなものの一つだが、俺自身としてはどんな意味があるのかということは実はよくわかっていない。だが一定の再現性と効果があるのも事実だ。

 

 そして今目の前にいるこいつも、これまでの大多数と大体同じ反応をしている。

 

 

「許してやると言ったんだ。不服なのか?」

 

「いっ、いや、そんな……とんでもねぇ……っ!」

 

 

 しかし、どうせ追加で痛めつけるのならば最初に全部やってしまった方が効率がいいように俺には思えるが、そういう問題でもないのだろう。

 

 

 そういえば、別の話だが、エルフィーネから拷問のやり方を教わった際に、初っ端で生存を諦めてしまうような大怪我をさせてはいけないと習った。

 

 

「どうだ? 俺は優しいだろう?」

 

「……あ、あぁ……っ」

 

 

 対象に生還の希望を抱かせたまま、情報が出てこなくなるまで少しずつ人間としての機能を奪っていけと言われた。

 

 

「笑ってんじゃねえよクズ」

 

「ウボェェっ……⁉ ヴェェェっ! ウゲェェェっ!」

 

 

 それも加味して考えれば、やはり手順というものは大事で、最初に総ての結果を持ってきてはいけないということなのだろうなと考えた。

 

 

「……ん?」

 

 

 思考を切って足元を見れば会話をしていたはずの男が悶えている。

 

 

 いかんな。

 

 

 こういった場面でまで集中力が散漫になっている。

 

 

 いくら実力差があろうと、こういった油断一つであっさりと殺されてしまうこともある。

 

 ここのところ何度もそうしているように、気を引き締めねばとは思うが、結局のところそうしてまで達成しなければならないような目的がもうないので、きっとどうにも変わないのだろう。

 

 

 それに、死んではいけない理由も特にないので別に構わないか。

 

 

 そんなことを考えつつ、そういえばこの男に追撃は与えただろうかと目線を宙空に遣る。

 

 

 ルーティンのように流れで対応してしまったのでそのあたりが定かではない。

 

 それに鼻血が溢れて顔を抑えていたので、こいつが笑っていたかどうかもちゃんと見ていなかった。

 

 

 記憶を探れば確認は出来るが、その工程すら面倒なので念の為蹴っておくかと、悶絶する男のケツに一発ぶちこんでやるとエビ反りになって地を転がった。

 

 

 運がなくて可哀想な奴だと思うが、まだ気絶してもらうわけにはいかない。

 

 

 俺の用件はここからだ。

 

 

 複数の男の呻き声や泣き声が響く路地裏を見渡し、どいつでもよかったのだが一番近くに落ちていたので、今しがた蹴った男の髪を掴んで顔を上げさせる。

 

 

「ヤベデっ……! もうヤベデくだざい……っ!」

 

「ふざけるな。俺の用件は済んでいない」

 

「よっ、用件……っ?」

 

 

 涙を流して懇願する汚い顏に近づきしっかり目を合わせて視線で拘束する。

 

 

「そうだ。用もないのにお前のようなゴキブリしかいない汚い場所に来ると思うのか?」

 

「グッ……! じゃ、じゃあ、オレ達に何の……?」

 

 

 歯を噛み締めながらも男は下手に出る。ここで激昂しない程度の知能はあるようだ。

 

 まぁ、最終的には同じ結果になるのだが。

 

 とっとと過程を消化してその結果へ辿り着くことにしよう。

 

 

「おい、お前ら。誰に断ってここでデカいツラしてる?」

 

「はっ……? え? いや、ここはオレたちの……」

 

「ここは佐城さんのシマだ。お前らギャング気取りのゴキブリはとっとと出ていくか、さもなくばショバ代を払え。そうすれば存在することは目溢ししてやる」

 

「さ、佐城だと……? テッ、テメェっダイコーか! 佐城んとこのモンかよ⁉ こんなことしてタダで済むと――」

 

「――タダで済まさねえって言ってんのは俺だよ。マヌケが」

 

「ち、ちくしょう……っ! なんで……、なんでこんなことに……っ」

 

「なんで? 簡単なことだ――」

 

 

 掴んだ髪を引っ張ってしっかりと俺の眼を見えるように男の頭を調節し、逆の手で拳を握る。

 

 

「――運がなかったのさ」

 

「ギャヒィェっ⁉」

 

 

 必要なことは言ったので男を昏倒させる。

 

 

「おい。とっととこいつを連れて消えろ。お前らの飼い主に伝えるといい。ここらは外人街の領地になり、そしてそれを管理するのは佐城さんだとな」

 

 

 残った連中にデマを吹き込んで追い払う。

 

 

 奴らはヨタヨタとしながら呪いの言葉を吐いて逃げて行った。

 

 

 とりあえず、ここでのタスクは終了だ。

 

 

 こうして適当な奴の名前を出しながら目に付いた全ての勢力の連中を片っ端から殴っていく。

 

 それにより各勢力は疑心暗鬼になり、あちこちで小競り合いが起きるだろう。元々仲がいいわけではない連中だ。そうなるのは容易に想像が出来る。

 

 俺の正体に気付かれる前に、どこの勢力とどこの勢力が出会っても抗争が起きるくらいの地獄が出来上がればまぁ上々といったところだろう。

 

 

 こんな嘘はすぐにバレるだろうが、しかしだからといって、それまでの間に自分が殴られたことを奴らは忘れない。

 

 怨恨はいつまでも燻り各勢力の関係性は必ず悪化するだろう。

 

 

 その後のことはそれから考えればいい。

 

 

 どうにかして例の新種のクスリとやらの出所と、出来ればその製法にまで辿り着きたい。

 

 それまでせいぜい不安定なこの街の路地裏の情勢を利用させてもらうこととしよう。

 

 

 

 さて、これからどうするかと辺りを見渡す。

 

 

 引き返して別の路地裏に入ってもいいし、このまま進んでもいい。

 

 

 ここらの路地裏ならどこに入ってもさっきの連中のようなギャングどもに会えるだろう。奴らはこの辺をナワバリにして、各所に10人以下で組ませたチームをうろつかせている。

 

 

 この美景市の街では様々な理由があり大体15年ほど前から、ここらの闇社会を仕切っていた地回りのヤクザの力が落ちていっている。

 

 暴力団に対する取り締まりを強化したことが最も大きな要因だが、奴らの影響力が削がれるに連れて別の勢力が幅を利かせるようになった。

 

 

 その一つが不法入国者や不法滞在者などが多くを占める、この駅の反対側の北口の奥をスラム化して根城にしている外人街の連中であり、もう一つがさっきの連中のような昔のままだったらそのままヤクザの手下になっていたはずの不良のまま大人になっちまって行き場を失くした所謂半グレどもだ。

 

 

 悪を一つ消したところで別の悪がそこに住み着くだけだ。

 

 

 人間が一定数いればそこには必ず犯罪がある。

 

 

 それを解決しようとは全く思わないし、何なら俺自身はある程度は必要だとも考えている。

 

 それを誰かと議論するつもりもなければ、その命題に対する答えにも興味はない。

 

 ただ、そこにあるのなら利用させてもらうし、必要性があればいくらか滅ぼすことも時にはあるだろう。

 

 

 

 路地裏の奥へ眼を遣る。

 

 

 後にして考えてみればきっとここからの選択が誤りであったのかもしれない。

 

 

 昨日新美景駅の南口の繁華街の路地裏の入り口を視て、酷く空気が汚れていると感じた。

 

 

 今居る場所の奥はさらに汚く視える。

 

 

 引き返してもいいし、奥に進んでもいい。

 

 

 この時点で俺に未来を予測することは出来ないし、結果はどっちに転がる可能性もあっただろう。

 

 

 だから、結論としてはただ運が悪かっただけのことであり、そしてだからこそ救いようがない。

 

 さらに言うのならば、だからこそ俺という――弥堂 優輝という人間に非常に相応しいと云える。

 

 

 俺は路地の奥へと進むことを選択した。

 

 

 

 この新美景は治安が悪いと有名だ。

 

 

 先に述べた理由から一般的にもそう知れ渡っている。

 

 

 だが、俺に謂わせれば、かつて俺が過ごしていた場所に比べれば遥かにマシと謂えるだろう。

 

 

 メインストリートからこうして路地裏に入っても、すぐに大人・子供入り混じった物乞いに囲まれ財布をスラれることもない。

 

 

 そこから一つ角を曲がっても、そこにはすでに抜刀済みの武装したチンピラの集団が待ち受けていたりもしない。

 

 ここにはさっきの奴らのように、敵と戦闘状態に入ってから慌ててエモノを取り出すようなマヌケばっかりだ。

 

 

 さらにもう一つ角を曲がっても路上に座り込んだり横たわったりしている麻薬中毒者や餓死寸前の者も一人もいない。

 

 ここまで奥に歩いて来ても死体の一つも見かけはしない。

 

 

 この街はとても綺麗だ。

 

 

 足を止めて道の奥を、路地裏に入ってから3番目となる角を視る。

 

 

 この奥は一層と汚れている。

 

 そしてそれに懐かしさすら感じる。

 

 

 だが、この奥に進んだところできっと何もないのだろう。

 

 

 

 水無瀬 愛苗に一層干渉され、希咲 七海に頻繁に絡まれるようになり、どうしてこうなったと嘆いてみたとしても、それは所詮日常の延長であり範疇だ。

 

 

 ここでの日常であり、かつての日常ではない。

 

 

 そう安易に考えて不用心に足を進める。

 

 

 ある程度歩を進め曲がり角に近づくと、頬と耳の付け根あたりにピリッと微弱な静電気のようなものが走ったような感覚がした。

 

 

 

 いつだったか。

 

 6年前だか7年前だったか。

 

 あの時もこうして暢気にアホ面下げて道を歩いていて、不意に闇の中へ引きずり込まれたというのに。

 

 

『世界』の路地裏、ヒトの闇の中へ。

 

 

 まったくを以て学習をしない。

 

 

 そのように反省をするのはこの時よりもう少し後なのだが、この時点での俺は曲がり角に近づくに連れて大きくなる異変の気配に気をとられていた。

 

 

 それでも足を止めなかったのは、ガキのように日々に退屈していて刺激でも求めていたか、それとも別のなにかを求めていたのだとは決して認めたくはないが、しかし後から何を思おうが起こった事実は変えられない。

 

 

 

 最初に異変を伝えてきたのは音だ。

 

 

 音というか声。

 

 

 人間の話し声ではなくナニカの鳴き声。

 

 

 甲高く、ガラスを擦った時のような不快で耳障りな鳴き声。

 

 

 それとともに何かが破砕するような破壊の音に、重量のあるものが駆けまわっているような振動。

 

 

 

 距離が縮まるに連れて大きくなる異音とともに、ドッドッドッドッ――とこの胸に納まった心臓の音が頭蓋骨の中で反響していく。

 

 眼球の裏側に鈍痛を感じながら、それを無視して角を曲がった。

 

 

 そこはちょっとした広場のようになっていた。

 

 

 無計画に無秩序に適当に建てたようにしか思えない4つの雑居ビルの壁で描かれた、不格好で歪なひし形のような場所。

 

 

 広場とは言ったが、そこまで面積があるわけでもない。

 

 

 そこの入り口に立つ俺からは全体が十分に見渡せる。

 

 

 しかし俺はその全体を俯瞰することはなく、その中の一点を凝視していた。

 

 

 

 一瞬、思考を失う。

 

 

 

 俺がこの広場に入ると同時くらいだろうか。

 

 広場の中央付近の上空から何かが落下してきて、それは地を滑って向こうのビルの壁に激突をした。

 

 

 そいつに視線を奪われる。

 

 

 それは獣。

 

 

 四つ足でほぼ全身に毛の生えた――体長1m前後だろうか――かなりサイズのある大型犬よりも大きな獣。

 

 

 ギィギィと耳障りな声を鳴らしている。

 

 

 先程からの異音はこいつのものだったのだろう。

 

 

 しかし、俺が瞠目しているのは、その大きな獣は犬などではなく、サイズを考慮しなければどう見てもドブネズミにしか見えなかったからだ。

 

 

 ネズミにしか見えないがネズミには有りえない大きさ。

 

 

 珍種や変異種などではなく、誰が見ても一瞬で理解出来るほどの純粋な異質。

 

 

 この空間において圧倒的な存在感を放ちながらも、何故か生命力を感じさせない歪さ。

 

 

 その姿を目にした者に、この世にいてはいけない生物だと直感的に悟らせる異様さと悍ましさ。

 

 

 血走った目玉、歯の隙間から零れる涎。

 

 完全に興奮状態だ。

 

 

 本来であればとっとと逃げるなり身を隠すなりするべきなのだろうが、間抜けにもヤツに見惚れたように棒立ちで俺は突っ立っていた。

 

 

 こんな所にこんなモノが居るのかと、意外というか、感心したというか、どう表現していいかわからない感情の処理に手間取っていた。

 

 

 

 ギョロリとヤツの目玉がこっちを向く。

 

 

 完全に目が合った。

 

 

 こんな所にボーっと突っ立っている脆弱な人間など、ヤツにしてみれば割のいいエモノ以外の何物でもないだろうが、特にこちらに襲いかかってくるようなことはなかった。

 

 

 異質な獣の目玉が俺よりも上にずれて上空を向く。

 

 

 俺がヤツに夢中になっていたように、ヤツもまた何かに夢中のようだ。

 

 

 他にも何か異質な存在がいるのかと、ヤツの視線を追って俺も上空へ眼を向けた。

 

 

 しかし、そこに居る者を視界に捉えるよりも速く、空から光が堕ちる。

 

 

 光といってもそれは光弾。

 

 

 サッカーボールほどの大きさだろうか。

 

 ピンク色の球体がネズミ目掛けて落ちてきた。

 

 

 それはネズミの立つ地面の手前に着弾し、アスファルトの地面を弾けさせごく小規模なクレーターを生み出しつつ、衝撃で破片ごとヤツをビルの壁に叩きつけた。

 

 

 そのショックとダメージからヤツが立ち直るよりも速く二の矢が迫り、今度は獣の身に直撃した。

 

 

 ガラスを擦り合わせたような不愉快な断末魔をあげ、ソレはあっさりと絶命した。

 

 

 乾いた泥人形が崩れるように細かくバラバラになりながらネズミは砂に還っていく。

 

 その砂のような粒は空気に溶けるように消えていき地に積もるようなことはない。

 

 

 どう見ても尋常な現象ではなかった。

 

 

 そうして、ネズミの化け物だったモノはその存在が(ほど)けて無に帰した。

 

 

 ヤツが居た場所にはその存在の、魂の欠片すら残っているようには視えず、ただピンク色の光弾により抉れた地面と、砕けたビルのコンクリの壁が残っているだけだ。

 

 

 その現場を凝視していると、信じられないようなことが起こる。

 

 

 スマホでもPCでもTVでも、何でもいいが、映し出されていた映像が次の映像に切り替わったかのように、パっと今しがた俺が視界に捉えていた破壊跡が綺麗さっぱり消え失せた。

 

 

 地面も壁も元通りに戻っている。

 

 

 まるでこの場には何も居なかったかのように、何事もなかったかのように。

 

 

 なかったことにされた。

 

 

 

 在ったはずのモノがなくなる、あるはずのない出来事。

 

 

 そんなよくわからないことが目の前で起こった。

 

 

 俺はもう一度上空に視線を動かした。

 

 

 先程は視ることの叶わなかった、恐らくこの現象を起こしたと思われる存在がそこに居るはずだと。

 

 

 

 そこに居たのは、空中に立つように浮かんでいたのは少女だった。

 

 

 俺のほぼ頭上、そこにこちらに背を向けて立っている。

 

 

 背というか尻か。

 

 

 地面に立つ俺から見れば下から覗く恰好になるので、角度的にまともに視認出来たのはヒラヒラとした短いスカートの中のピンクと白の縞々おぱんつだ。

 

 空飛ぶ尻という在りえない存在がそこに居た。

 

 

 ここでもおぱんつが俺の前に立ち塞がるのかと場違いな感想が浮かびうんざりとするが、これも希咲のせいだと脳内でここには居ない彼女に責任を擦り付け、改めて頭上をよく視る。

 

 

 

 無秩序に建てられた4つのビルの隙間から覗く空。

 

 

 歪な四角形で切り取られたその空は、まるでヒトの魂を閉じ込めた牢獄に空いた眼窩の窓から覗く外の『世界』のようだった。

 

 

 そこに舞い降りたその少女は、惨めに収監された俺という罪人を救いに来た――のではないのだろう。

 

 

 きっと、俺という罪人を断罪しに訪れた天使なのだと、直感的にそう思ってしまった。

 

 

 そいつを睨みつけてみれば、それはただの錯覚だとすぐにわかる。

 

 

 彼女の姿恰好から見覚えのあるものを連想させられる。

 

 

 あのネズミが何で、この少女が何なのか、確定的な事実は何一つわからない。

 

 

 一つだけわかることは、退屈で代り映えのない日常は今この瞬間に終わったのだということだけだ。

 

 

 だが、それでも、これが意味のあることなのかは、それもまだ俺にはわからない。

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