俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章16 出会いは突然⁉ ➀

――記録を切る。

 

 

 今日ここまでに起こったことを洗ってみたが、それで何かが変わるということもなく、当然起こってしまった事実は変えられない。

 

 

 なので、変わらず俺は人気のない路地裏に立っており、手の中には希咲に押し付けられたボールペンが握られており、そして頭上からはピンクと白の横縞模様のおぱんつに包まれた尻が降ってくる。

 

 

 起こってしまった出来事はなかったことには出来ず、確定された事実は覆らない。

 

 

 であるなら、それならそれでと割り切って、今からするべきことをするだけだ。

 

 

 ボールペンの握りを調整し目標となる尻を睨みつけ照準をつける。

 

 

 問題はこちらの攻撃が通じるかだ。

 

 

 俺の知っている――というか、それはアニメ作品なのだが――魔法少女はミサイルの直撃を受けても『わぁ~ビックリしたぁ』だの『あ~ん、いったぁ~い』だので済ませるような化け物だ。

 

 現実と創作は違うなどとは言うが、その創作の中の存在がこうして現実に現れている以上、同程度の性能を持っていると想定するべきだろう。

 

 

 皮膚を破ることは困難。

 

 で、あるなら初めから穴の空いている箇所を狙う。

 

 それが出来なければ俺の敗けだろう。

 

 そして恐らくそれは死を意味する。

 

 

 次に考慮するのは相手の攻撃性能。

 

 

 先程ネズミの化け物を始末したピンク色の光の弾。

 

 

 恐らく魔法なのだろう、あのサイズの獣を一撃で滅ぼすほどの威力。

 

 

 普通の動物と同じに考えるべきではないのかもしれんが、少なくともあのネズミが俺のような人間よりも脆いということはまずないだろう。

 

 

 弾の速度は大したことがなかったように見えるが、楽観視はするべきではない。

 

 もらったら終わり。

 

 そう考えるべきだろう。

 

 

 やはり奴に攻撃の手番を回さずに先制攻撃で仕留める他ないな。

 

 

 俺の筋力と技術が、奴の括約筋を上回ることが出来るか。

 

 そういう勝負になる。

 

 

 

(それにしても――)

 

 

 頭上から降りてくる推定魔法少女を視る。

 

 

 どういう原理で飛行しているのか知らんが――まぁ、これも魔法なのだろうが――やたらとゆっくりと下降しながら、右にフラフラ、左にフラフラと、不安定極まりない挙動を見せている。

 

 わざわざこのような動きをする必要性はどのような場面においてもないはずだ。

 

 

(魔法の行使に不慣れなのか……?)

 

 

 これだけで判断をするべきではないのだろうが、もしもそうであるのならば、それは付け入る隙となり、俺の勝率を1%程度は引き上げてくれるかもしれない。

 

 もちろんそれは、この見ている者を不安にさせ苛立たせるような挙動が擬態ではないということが前提となるが、もしもこの推定魔法少女の正体が俺の思っているとおりの存在なら、今しがたの考察は間違ってはいないという風に考えられる。

 

 

 だからといってやることが変わるわけではない。

 

 

 起こってしまったことは変えられない。

 

 事実は変えられない。

 

 

 だが、一部消してしまうことは出来る。

 

 

 先程のネズミが死骸を残さず消えてしまったように、周囲の破壊跡が跡形もなく消えてしまったように。

 

 

 この推定魔法少女をこの場で殺害して、誰にも気づかれずに死体を処理してこの路地裏を出てしまえば――

 

 

 そうすれば、ここでの出来事はなかったことにすることができる。

 

 

 そして俺は明日の朝も『俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出会わない』と、そう嘯いてまた一日を始めることが可能となる。

 

 

 

(攻撃可能距離まであと3秒――)

 

 

 ドッドッドッ――と頭蓋の中で跳ね返りまくる心音を加速させ全身に力を行き渡らせる。

 

 

 奴が俺に気付いている様子はない。

 

 勿論気が付いていて、その上で実力差からとるに足らないと、そのように捨て置かれている可能性もある。

 

 

 だが、それでも俺が先手をとれることには変わりはない。

 

 

(一撃で仕留めてみせる)

 

 

 必殺の意思をこめて尻を視る。

 

 

 そこそこ健康的な丸い尻――だが筋量が足りない。

 

 

 魔法使いが肉体の鍛錬を怠るというのはよく聞く話だ。

 

 この程度の筋肉から生み出される括約筋の力などたかが知れている。

 

 

(魔法に感けてケツを鍛えなかったことを後悔しながら肛門から死ね――)

 

 

 ケツ穴があるであろうと予測される箇所に狙いを定めて、足の爪先の捻りから連動して得られる力を余すことなく右腕まで走らせ、ボールペンを握った手を撃ち出す。

 

 

 だが、そうしようとした動作の途中――

 

 

「――わっ……! わっ……! ひゃわわわ……っ⁉」

 

 

 突然ヤツが姿勢を崩す。

 

 

 地上への降下速度が急に上がり、俺の殺傷可能範囲(キリングゾーン)を掠めて前方へ落ちた。

 

 

 推定魔法少女はどうにかギリギリ両足で着地することには成功したが、そのままたたらを踏み『こいつ運動神経ないな』と一目でわかるような動きでバランスを取り戻そうと苦心している。

 

 

 しかしその努力も虚しく――

 

 

「ふぎゃっ」

 

 

 ベチャっと、そんな音が聴こえるような間抜けな転び方をした。

 

 

 膝を着いた状態で顔面を地面に押し付け、恐らくそうならない為に伸ばした手は地を空振って前方に伸ばしたままになっている。

 

 

 あまりにも無様な恰好に思わず俺も脱力しそうになるが、ちょうどヤツのケツがこっちに向けて突き出されていたので、とりあえずぶっ刺しておくかとそのケツを狙うことを思いつく。

 

 

 だが、ケツに近づく前に、それを阻止するように邪魔が入る。

 

 

 猫だ。

 

 

 魔法少女と一緒に浮遊していた猫が遅れてケツの上に着地をした。

 

 

「だっ、だだだ大丈夫ッスかぁー⁉ 顔面大根おろしになってないッスかぁー⁉」

 

 

(……猫が、喋った……?)

 

 

 俺からしてみれば在りえないことなのだが、その猫に心配された魔法少女は当たり前のことのように返事を返す。

 

 

「いっ――たくないけど、ビックリしたぁ……っ! 恐かったよぉ……っ!」

 

 

 少し幼さの残る甘ったるい声。

 

 

 そして、聞き覚えのある声。

 

 

 やはり何か魔法的な防御でも働いているのだろうか。

 

 然程の高さではなかったとはいえ、空中から急加速して地面に顔面を打ち付け、その後アスファルトの上を滑って皮膚を擦ったように視えた。

 

 だが、強がりや、心配させまいという配慮でもなく、彼女の様子からすると本当に『ビックリした』だけのことで済んだようだ。

 

 

 警戒度を跳ね上げる。

 

 

 いい加減俺の存在に気付いていないはずがないと思うが、彼女らのやりとりは続く。

 

 

「ジブンもビックリしたッスよぉ! いい加減飛行魔法に慣れるッス! このケツかぁ⁉ このケツが悪いのかぁーッス!」

 

「えへへ……うん、ヘタッピでゴメンね……って、ひゃわっ⁉ や、やめてよぅ。お尻ペチペチしないでぇ……っ!」

 

「それともオッパイかぁっ⁉ やっぱりデカチチが重いから前に倒れるんスかぁ⁉」

 

「オッパイは関係ないよぅ」

 

 

 ケツの上に座る猫と、その猫にしっぽで折檻される尻を見下ろしながら考える。

 

 

 あの猫も心配したようなことを言っていたが、あの様子からするとそこまで深刻には受け止めていなかったようだ。

 

 それはつまり、飛行中に地面に落下することも、それで無傷で済んでしまうことも、彼女らにとっては当たり前のことだということになる。

 

 

 人間の皮膚など脆い。

 

 いくらか鍛えたとしても自分よりも硬い物で擦れば簡単に損傷する。

 

 普通であれば。

 

 

 すなわち、やはりこいつらは普通ではない存在であり、最早思考の中で当然のように魔法少女と呼称してしまっているが、いよいよそれも真実味を帯びてきたということになる。

 

 てゆーか、『魔法』って言ってたしな。

 

 

「しっかしアレッスねぇー! 大分魔法少女がイタについてきたッスね! “ゴミクズー”も一撃でブッ殺したっス!」

 

「うん。ちゃんと当たってよかったよぉ」

 

 

 魔法少女らしい。

 

 

「でも油断しちゃダメッスよ! “ゴミクズー”との戦いはまだまだ始まったばっかッスよ!」

 

「え? でも去年も『まだまだ始まったばかり』って言ってたよ?」

 

 

 少なくとも1年は活動をしているらしい。

 

 

「カァーーーっ! 口答えをするなーーッス! 初心を忘れるなってことッス! 女はいつだって“初めて”のフリをするッス! 特に男を替えたばっかの時は念入りにやるッス!」

 

「うん……? んと、よくわかんないけど、頑張るってことだよね? 私これからも頑張って“ゴミクズー”さんと戦うよ!」

 

 

 あの化け物は“ゴミクズー”というらしい。ふざけてるのか?

 

 

「コラーーっッス! 敵を“さん”付けするなーッス! ちゃんと、あのゴミクズぶっ殺してやるって言うッスよ!」

 

「ぶっ殺さないよ⁉ 怨みとか苦しみとかの悪い感情がカタチをもってモンスターになっちゃったのが“ゴミクズー”さんなんでしょ? 苦しんで暴れて物を壊しちゃったり、人を襲ったりしちゃうから、街のみんなに迷惑をかけないように浄化してあげてるんだよね?」

 

 

 “ゴミクズー”は悪感情が魔物化した存在らしい。人間社会で生まれた悪感情だからその報復として街を破壊したり、人間を襲ったりする。そういうモチベーションなのだろうか。

 

 そしてそれに対抗するのがこの魔法少女らしい。

 

 魔法少女がアレを滅ぼす行為のことを『浄化』と呼んでいるそうだ。

 

 

……というか、お前ら1年以上一緒に活動してるんだろ? とっくにそれは共通認識になってねえのか? 今更こんなとこで唐突に確認し合うことなのか? 誰に説明してんだよ? 俺か? やっぱり俺が居るのに気付いてんのか? ナメてんのかこいつら。

 

 

「うん……? まぁ、そッスね! 大体そんな感じッス! あくまで“キガイ”ッスよ! “キガイ”っ!」

 

「うん! とにかく私いっぱい頑張るねっ!」

 

「その意気ッス! さぁ、そしたら今日はもう帰るッスよ! もうすぐ晩御飯ッス! ジブン見たッス! ママさんが冷蔵庫にサーモン入れてたの。悪いけどジブン今夜はガチるッスよ!」

 

「今日はお魚かぁー」

 

 

 そのまま二人――正確には一人と一匹か――は少し上を見上げて黙る。

 

 俺の方からは死角になっていて見えないが、恐らく間の抜けた顔で今夜の晩飯のメニューでも想像しているのだろう。

 

 

 戦場では敵を仕留めた後は注意が必要になる。

 

 戦いが終わったと思って警戒を解いたら、伏兵や増援に不意を打たれてあっさりと殺される危険性があるからだ。

 

 

 それをなんだ、こいつらは。

 

 

 敵を仕留めてから碌に周囲も確認せずに、晩飯だと?

 

 サーモンがなんだというのだ。今から俺の手でお前らを刺身にしてやろうか?

 

 

 素人かよ。

 

 

……まぁ、素人、なのだろうな。

 

 

 真面目に気配を殺している俺の方が馬鹿々々しくなってくる。

 

 

 というか、本当に未だに背後の俺に気が付いていないのか?

 

 

 そんなことがあるのか?

 

 

 試しに路面を靴底で擦って音を鳴らしてみる。

 

 

 頭上に晩飯のイメージを浮かべていた彼女らは、ズリっという擦音にハッとなると、動きを揃えて右左、右左と首を振る。

 

 

「なんか音がしたような気がしたけど……」

 

「気がしただけなら気のせいッスよ! 疲れてるんス! 早く帰って餌食おうッス!」

 

 

 んなわけねえだろ。

 

 なんで背後を確認しねえんだよ。そこが一番危険だろうが。

 

 こいつら……。

 

 1年以上はやってきたようなことを言っていたが、こんなんでどうやって生き残ってきたんだ?

 

 それとも“ゴミクズー”と言ったか。あのネズミの化け物のようなモノは見掛け倒しで大した脅威ではないということなのか?

 

 

「さぁ! 人目がないうちに変身を解いておくッスよ!」

 

「うん、そうだねっ」

 

 

 パタパタと羽を動かしてケツの上から猫が宙に浮かぶと、魔法少女は立ち上がり胸に手を当てる。

 

 

「それじゃ――おねがいっ、『Blue Wish』……っ!」

 

 

 その祈りのような声と共に彼女の身体が光に包まれる。

 

 

 もしかしたら気分次第では幻想的な光景なのかもしれんが、今の俺には頭の悪いガキの身体がペカーっと光った間抜けな光景に見えた。

 

 

 彼女の姿が光のシルエットにしか見えなくなるほどの輝きはほぼ一瞬で瞬き、それが消えてなくなるとそこには姿を変えた彼女――すなわち確定自称魔法少女の正体が現れた。

 

 

 原色に近いような気色の悪いピンク色の髪は、一般的な日本人の範疇に納まる栗色に近いものに変わり、ツインテールだった髪型までもが違うものになっている。

 

 当然――と言ってもいいものかは迷うが――服装も白とピンクを基調としたフリフリヒラヒラとしたものから、普通に街を歩いていても誰も眉を顰めない一般的な服装――学生服に変わった。

 

 

 俺にとっては見慣れている制服。

 

 

(やはり――か)

 

 

 なんとなく彼女らのすぐ背後まで特に足音などにも気を配ることなく、普通に近づいてみる。

 

 それでも彼女らに俺に気付く様子はない。

 

 

「いいッスか? 口をスッパくしていつも言ってるッスけど、変身する時と解除する時は人目に気を付けるんスよ?」

 

「うん、わかってる……! 魔法少女は正体を知られちゃダメ、なんだよね?」

 

「そのとおりッス! これからも上手くやっていこうッス!」

 

「だいじょうぶっ。わかってるよ、メロちゃん!」

 

 

 お前ら今日までよくやってこれたな?

 

 

 それともわざとやってんのか?

 

 とっくに俺に気付いていておちょくってんのか?

 

 

 しかし、そうではないのだろう。

 

 

 魔法少女。

 

 

 その正体には見当がついていて、それが正しく彼女であるのなら、これがわざとなのではなく、ただ単純にボンクラなのは知っているので十分に納得が出来る。

 

 

 そして、いい加減このままこうしていても仕方ないので声をかけることにする。

 

 

 その正体を――

 

 

 その名を口にする。

 

 

「――水無瀬」

 

 

「――ひゃわーーーーーっ⁉」

「――ひゃにゃーーーーっ⁉」

 

 

 背後から声をかけると、一人と一匹は両手と両前足を上に伸ばし奇声をあげながら跳び上がった。

 

 そのまま水無瀬は粟を食ったようにアワアワ言いながらジタジタと奇っ怪な踊りをし、彼女の相棒の猫は水無瀬の顏の横でクルクルと空中を走り回る。

 

 

 驚きすぎだろと、思わず呆れた眼を向けそうになるがそれよりも、この期に及んでまだ背後を確認しようともしないヤツらの体たらくに俺は苛立つ。

 

 

 そうこうしていると、クルクル回る猫のしっぽが水無瀬の顔面を打った。

 

 

「ふにゃっ――⁉」

 

 

 ぺしっと間の抜けた音から大した威力ではないと傍から見ている俺にもわかるが、痛みよりも驚きが勝ったのだろう、水無瀬はバランスを崩して前のめりに転んだ。

 

 べちゃっ、ふぎゃっ、と先程の焼き増しの光景を見せられた。

 

 

 なんで前に倒れるんだよ。

 

 前方から顔を打たれて驚いたなら、尻もちをつくか背後に倒れるならまだしもわかるが、やはり猫が言っていたように乳が重いせいで重心が前に傾いているのだろうか。

 

 そういやこいつ猫背だしなと、そんな余計な思考はすぐに消える。

 

 

 先程同様、路地裏の汚いアスファルトに顔面を押し付け、後方へ尻を突き上げるような姿勢をとる彼女の制服スカートが捲れ上がる。

 

 

 露わになったのは青と白の縞々のおぱんつに包まれたケツだ。

 

 

 俺は戯言のような思考を打ち切り、眼を細めて尖らせた視線をそのケツに突き刺す。

 

 

(……どういうことだ?)

 

 

 俺が目の前で転んだクラスメイトを放置して浮かび上がった疑問に考えを巡らせている内に、猫が慌てて救出に向かった。

 

 

「マ、マナぁーーっ! だ、大丈夫っスか⁉」

 

「う、うえぇ……鼻すりむいたぁ……。いたいよぅ……」

 

 

 情けない声のわりにすぐに体を起こした彼女は、擦りむいて赤くなった鼻の頭を指差して飼い猫に強調する。

 

 猫は労わるようにその傷を舐めた。

 

 

「カワイソウに……イタイのイタイのペロペローッス!」

 

「わぁ。メロちゃん、くすぐっ――たくないっ⁉ いたいっ! ザラザラするっ!」

 

「ヘヘっ。ジブン、ネコッスから」

 

「にゃー?」

 

「ニャニャニャーッス!」

 

 

 皮膚が破けて出血するようなことはなく、軽い打ち身程度で赤くなっていただけのようだ。

 

 負傷をすることになった一連の出来事のことはもう忘れているのか、彼女たちは向かい合って首を左右に振ってリズムを合わせながら「ニャンニャン」言い合っている。

 

 俺は水無瀬の後ろ頭を引っ叩いた。

 

 

「おい、水無瀬」

 

「――あいたぁーーっ⁉」

 

 

 ここまで至ってようやく彼女は頭を抑えながら振り向いた。

 

 

「弥堂くん、なんでぶつのぉ……って! びっ、びびびびびびとーくん⁉ なんでぇっ⁉」

 

「…………」

 

 

 いつものように彼女を無視するつもりはなかったのだが、何を答えるべきか、何から答えるべきかわからず、すぐには言葉が出てこなかった。

 

 こいつのらのボンクラ加減に引きずり込まれているようでとても不快だとも感じ、真面目に考えるのが面倒くさくなってとりあえず無言で水無瀬を視た。

 

 

「び、びとーくん、なんで……っ、いつからここに――って、どっ、どどどどどどうしよう、メロちゃん⁉」

 

「お、落ち着くッスよ、マナっ! まだ慌てるような時間じゃねぇーッス! まだ……きっとまだワンチャンあるッスよ! だから――はぅあっッス⁉」

 

 

 水無瀬を宥めようとしていた黒猫だが、俺がジーっと自分を視ていることに気付くとハッとなる。

 

 そして目線を左右に泳がせ顏から汗をダラダラと流し始める。

 

 

 なんでだよ。

 

 お前らの汗腺は肉球にしかねえだろうが。

 

 

 しかしよく視てみると、ヤツの手から汁が零れるようにボトボトと液体が漏れている。

 

 あれは汗なのか……? 気持ち悪ぃなこいつ。

 

 

 俺が心中で自分とは違う別の生物を蔑んでいると、やがて猫はなにやら必死な様子で飼い主と思われる水無瀬へ何かを訴えだした。

 

 

「ニャニャっ! ニャニャニャっニャニャニャっニャニャニャスッスニャ!(マナっ! ここは上手く誤魔化すッスよ!)」

 

「え? なぁに? メロちゃん、ネコさんごっこは後にしようよ。今は弥堂くんに見つかっちゃって大変なんだよ?」

 

 

 水無瀬の言うことは尤もなのだろうが、そもそも俺の目の前で相談すんじゃねえよ。

 

 

「ニャニャニャーっ! ニャニャン、ニャニャッスニャニャ! ニャニャッニャンニャっニャニャニャニャっニャベーッス!(だからーっ! ジブン、ネコッスから! 喋ってんのバレたらニャベーッス!)」

 

「ニャベーの?」

 

「ニャベーんス!」

 

「そっか、うん。わかったよ!」

 

「わかってくれたッスか!」

 

 

 どう意思の疎通が出来たのかは俺にはわからんが、彼女たちの間では何かしらの折り合いがついたらしい。

 

「うんうん」と頷いて納得の姿勢を見せた水無瀬は、改めて俺の方へ顔を向けてしっかりと目を合わせてくる。

 

 

「あのね、弥堂くん。これはニャベーの!」

「アホーーーーッス⁉」

 

「…………そうか。それは、ニャベーな……」

 

 

 重苦しい気分でどうにか言葉を返した。

 

 

「アホっ! アホっ! マナのアホーッス!」

 

「いたっ、いたいよメロちゃん! しっぽでペチペチしないでーっ!」

 

 

 この頃には俺はもう声をかけたことを後悔していた。

 

 自業自得といえばそうなのかもしれんが。

 

 

 運がいいか悪いかという問題以前に、こんな所に這入って来たのも、こいつらを無視して立ち去らなかったのも全て自分自身の過失だ。

 

 それを認めて受け入れるにはもうあと何年か歳を重ねる必要がありそうではあるが、だが実際のところ見てしまった以上放置をすることも出来ない。

 

 

 じゃあ知らなければよかったのかというと、そういう話でもない。

 

 

 俺自身が今日学園でクズどもに伝えたように『知らないこと、気付かないことは罪』だ。

 

 

 スパイの身とは謂え、風紀委員として活動をしている以上は『知らない』では済まない。

 

 

『学園の生徒』の中に『魔法少女』がいて、それが『外部勢力』と『対立』をしていて、放課後に『戦闘行為を含んだ活動』をしている。そしてその正体は『水無瀬 愛苗』である。

 

 これらは俺にとって非常に有益な情報であり、知らないことが不利益になる情報だ。

 

 

 なのに、それらを得たことに一切の高揚はなく、さらに詳しく聴取をすることに酷く億劫な気分になる。

 

 俺と同じ『世界』の住人だとはとても考えらないような振舞いをする目の前の一人と一匹から話を聞き出すのには、とても我慢を強いられるのだろうし、どうせまともな返答などでてこないだろうという諦めもある。

 

 出来ればこのまま来た道を戻って速やかに帰宅したい。

 

 

 だが、そういうわけにもいかない。

 

 

 まだ確定情報ではないが、ヤツらの口ぶりから考察をすると、今回の戦闘は偶発的に起こった遭遇戦などではなく、例のネズミ――“ゴミクズー”と言ったか?――ああいった化け物が複数存在しており、そして彼女らはそれを捜索し、殺してまわっている。

 

 そのように考えるのが妥当だ。

 

 

 サバイバル部部員としての俺。

 

 風紀委員としての俺。

 

 そしてただの俺。

 

 

 複数の立場の弥堂 優輝にとって『魔法少女・水無瀬 愛苗』の存在は不利益になる可能性がある。

 

 唯一、水無瀬 愛苗のクラスメイトとしての弥堂 優輝にとっては、どうでもよく、関係のないことであるが、多数決で詳細を把握する方向に決議される。

 

 

……なにが『魔法少女・水無瀬 愛苗』だ。

 

 なんなんだこの頭の悪い字面は。

 

 ナメやがってクソが。

 

 

 非常に面倒ではあるが、しかし俺の気分などどうでもいい。

 

 何を感じて、何を考えて、何を思っていようとも、それらとは別にやるべきことはやらなければならない。

 

 

「おい、お前ら。いい加減にしろよ」

 

 

 再度、俺に声をかけられたボンクラコンビはハッとする。

 

 

「ゴ、ゴメンね、弥堂くん。ほったらかしにしちゃって。さみしかったよね……?」

 

「わ、悪気はなかったんス。だから落ち込むなよッス。ほら、だいじょうぶっスか? 肉球揉むッスか?」

 

 

 ビキっと――口の端が吊ったのを自覚する。

 

 冷静であろうと努めながら、頬に肉球を圧し当ててくる猫へジロリと眼を向ける。

 

 

「ヒ――っ⁉」

 

 

 喋ってんじゃねえよテメェ。誤魔化すんじゃなかったのか? もう忘れたのかグズめ。

 

 

 そのような俺の思いが通じたのかは定かではないが、近い距離で眼が合った猫はプルプルと震えながら後退し、飼い主の胸の中へ逃げ込んでいった。

 

 

「わっ⁉ どうしたのメロちゃん⁉」

 

「恐かったッス! ジブン、めっちゃ恐かったッス!」

 

「恐くないよぉ。弥堂くんは優しい子だよ?」

 

「いーや、ジブンにはわかるッス! ありゃ確実に2.3人殺ってる目っス!」

 

「弥堂くんはそんなことしないよぅ」

 

「騙されちゃダメ――って、ちょっと待ったッス! 弥堂くん⁉ あれが弥堂くんッスか⁉」

 

「え? うん、そうだよ、同じクラスで隣の席の弥堂 優輝くんだよ」

 

「ニャんだとーーーッス⁉」

 

 

 水無瀬から俺を紹介された黒猫は何故か驚いた様子を見せる。

 

 

「どうかしたの? メロちゃん」

 

「どうもこうもねぇーッスよ! 弥堂くんは大人しい子って言ってたじゃねーッスか! 草食系は⁉ 可愛い系は⁉ どう見たってサイコ系じゃねぇーッスか!」

 

「メロちゃん! そんなこと言っちゃダメだよ! び、弥堂くんゴメンね? メロちゃんはネコさんだから間違えちゃったの……」

 

「ネコさんだからわかるッス! コイツは小動物とか虐待する系男子ッス! 絶対ショタの時に公園でアリの巣にションベンぶちこんだり、蝶の羽もいだり、クモの足を一本ずつ引き千切ったりとかしてたッス! そういうヤツッス!」

 

「メロちゃん! めっ!」

 

 

 水無瀬は飼い猫に強く注意を与え胸にギュッと抱く。すると猫の頭部は胸肉に埋め込まれとりあえず猫は黙った。

 

 

「あの、弥堂くん。メロちゃんがゴメンね?」

 

「どうでもいい。それよりも俺の話をさせてくれないか?」

 

「え? あ、うん。もちろんいいよ? どうぞ」

 

「あぁ。それでは――」

 

 

 ようやく切り出せると思ったが、水無瀬の胸に埋まったケダモノがなにやら藻掻いている。

 

 はぁ、と溜め息をひとつ。

 

 

「――その前に。放してやれ」

 

「え?」

 

「死ぬぞ。そいつ」

 

「しぬ……? って! あっ――⁉」

 

 

 下がった俺の目線を追って彼女は自分のペットだか相棒だかの容態に気付き、慌てて手を離す。

 

 

「ぷはぁっ――⁉ し、しぬかと思ったッス!」

 

「ゴメンね、メロちゃん!」

 

「なぁに、気にすることはねぇーッスよ。そのおっぱいの中で死ねるんならネコ冥利に尽きるってもんッス!」

 

「ねこみょーり……?」

 

 

 パンっと、手を叩く。

 

 また彼女らが何か始める前にこちらに注意を向けさせた。

 

 

 緊張感や危機感などまったく感じられない二組の目玉からの視線を受け止めて、俺までこいつらの雰囲気に当てられそうで、抵抗の意思を繋ぐために気怠さを溜め息にして吐きだす。

 

 

 さて、何から訊き出していくか。

 

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