俺から向けられる視線から真剣味を感じ取ったのか、水無瀬はその場に一度しゃがんで抱いていた猫を地面に降ろして一度頭を撫でてやるとすぐに立ち上がり、姿勢を正してこちらを向いた。
その佇まいからは今しがたまでの慌ただしさは失せており、堂々とした雰囲気が感じられた。
ふん、やましいこと、咎められることなど何もないということか。
いいだろう。その余裕がどこまで保てるか試してやる。
訊きたいことの大枠はこいつらが勝手に喋っていた気もするが、補足情報として何を抑えておくべきか。
黙っていても仕方がないのでそれは喋りながら考えることとする。
「――そうだな。一応、念のために訊いておくが、お前ここで何をしている?」
水無瀬は俺の質問にすぐには答えず、余裕たっぷりに間を置いて――いや、待て。
よく視るまでもなく彼女は尋常でない量の汗を顏から流し、目を泳がせていた。
初手かよ。
ワンパンで沈んでんじゃねーよ。
あの余裕そうな態度はなんだったんだよ。
真面目に相対している俺が馬鹿を見ている状況ではあるが、挙動不審になりながら立ち尽くす彼女を見て、ある種の発見というか、感心をしたような心持ちにもなる。
水無瀬 愛苗。
彼女のこういった性質は知っていたつもりではあるが、実は俺にはこの手のタイプの人間への知見や免疫といったものが全くなかった。
なるほどな。
正直で嘘が吐けなく、そして嘘を吐かない人間は、答えられないことを訊かれると黙るのか。
少なくともここ5年かそれ以上の間、俺は嘘つきでない人間を一人も見たことがない。
こんな奴がこの世に実在すると思ってもいなかったので、興味深いとまでは言わないが、どこか新鮮な気分だ。
このまま彼女が音を上げて情報を吐くのが先か、それとも脱水症状でぶっ倒れるのが先かを見守っていてもいいのだが、それはあまりに時間効率が悪い。
普段の彼女、例えば今日の昼休みの女どもとの会話劇の中での様子から鑑みるに、水無瀬自身から俺が満足するような説明が出てくることを期待する方が無理がある。
仕方がない。
「――魔法少女」
ポツリと、俺の口から出たその単語に彼女らはあからさまに狼狽えた。
発汗が増え、目を泳がせる回数・速度も増す。
嘘を覚えろ、とまでは言わないが、隠すなり誤魔化すなりもう少しやりようはあるだろうが。というか、やろうと思ってもこんな怪しい態度はとれるものではないだろうに。
俺が呆れた眼を向けていると、彼女たちに動きが見える。
水無瀬の足元に立つ猫が爪とぎでもするように彼女の足に前足をつける。
その感触に気付いた水無瀬が目を向けると、猫は飼い主へと何やら目配せをする。
猫の分際でバチッバチッと器用にウィンクを送った。
そのアイコンタクトを受信した水無瀬は「うんうん」と頷き顔を上げる。
そして何やら決意を感じさせる表情で俺を見た。
眉を顰めた俺が「何のつもりだ」と問うよりも速く、彼女が動く。
「――ふ、フローラルメロディ! あなたのHeartをBurn Downっ!」
バッバっと、水無瀬にしては俊敏な動作でおかしなポーズを決め、彼女は唐突に高らかに名乗りをあげた。
これは恐らくアニメの『魔法少女プリティメロディ☆フローラルスパーク』の主人公こと『魔法少女フローラルメロディ』が、変身後に毎回行う名乗りとポーズだ。
俺が所属する部活動の活動に必要だからと上司である
わかってしまった自分を俺は強く恥じた。
こんな場所でこのような侮辱を受けるとは流石に予想していなかったため、唐突に自分は“プリメロ”であると言い出した頭の悪い同級生に無言で圧を与える報復行動にでる。
というか、これは本当に子供向けの作品なのか?
『お前の心臓を焼き尽くす』とは、あまりに物騒すぎやしないのだろうか。
だが待てよと、軽率に判断を下そうとする自分を諫める。
例えばナマハゲという妖怪がいる。
地方の伝承のようなものにあるあまりに有名な存在なので、今いちいち記録を取り出して思い出したりはしないが、要は『泣き止まねえと殺すぞ』と煩い子供を脅すために作られた神だ。
ナマハゲに限らず地方にはそれぞれ育児や教育、また人々への戒めのためにこのような伝承が存在したりする。
つまり、『お前の心臓を焼き尽くす』とは、『口で言ってる内に従わねえと殺すぞ』と相手に警告するための文言なのだろう。
それを現代的かつ子供向けにいくらかマイルドにした結果、『あなたのHeartをBurn Downっ!』と伝承することになったのだろう。
『泣ぐ子はいねぇが』と大体同じ意味ということか。
そう考えると、人をバカにしたような間抜けでコミカルなポーズも、パチッとかましてくるウィンクも、そこはかとなく脅迫感を減少させているような気がするし、英語が混じっているのでなんかグローバルな感じもして今の時代に沿っているような気がする。
街で迷惑をかけてはいけないと子供に教えたいが、知性も品性も未だ人間に達していない獣に等しいガキどもに言って聞かせたところで無駄だ。
野良犬に吠えるなと話しかけても無駄なのと同じように。
だから、その生命を質にとって「つべこべ言わずに言うとおりにしないと殺すぞ」と脅す教育方法であり、また『好き放題にナメたマネをすると殺されても仕方ない』といった人々への戒めでもあるのだろう。
結果的に他人に迷惑をかけない大人が完成すれば過程がどうあれ一緒だからな。
なるほど、効率的だと感心する。
泣ぐ子はナマハゲに殺され、そして街で悪さをする子は魔法少女に殺される。
つまり、魔法少女とはナマハゲ、ということになる。
「――ナマハゲ……」
「えっ……?」
考え過ぎたせいか、無意識に口から出ていたようだ。
「失敬。独り言だ」
プリメロポーズのまま「なまはげ……?」と首を傾げる少女へ体裁を繕う。
……なんでこんなバカな恰好してるガキに俺が体裁を繕わねばならんのだ。
「えと……弥堂くん白目になってたけど大丈夫……?」
「うるさい黙れ」
険を強めてジロリと視線を遣ると、ようやく水無瀬はプリメロポーズをやめてシュンと肩を縮めた。
そのまま身体の前で手を組みもじもじと足を擦り合わせる。その頬は若干紅潮しているように見えた。
彼女の足元に眼を向けると、黒猫も見ていられないとばかりに前足で顔を覆っている。
どうやらこいつらにも恥ずかしいことをしているという認識はあるようで、木や石に話しかけるよりは難易度が低いことがわかり、俺は少し安堵した。
てゆーか、今のはなんだったんだ。
いくらなんでも、俺が言った『魔法少女』が前フリだと勘違いしたわけではないだろう。
あれで誤魔化せるとでも思ったのか。どれだけ俺をナメているんだ。
ダメだ、この件は流そう。
このことについて深く考えると、また過去の屈辱リストから強烈なものを引っ張り出してこなければ俺はうっかりこいつを殺してしまうかもしれない。
出来れば口数多く喋りたくはないが、彼女に任せていると碌に欲しい情報が得られないので、俺の方から訊いていかねばならない。
しかし、希咲といい、こいつといい、何故こうも俺の効率を妨げるのだ。
二人ともにそういう人間なのか、それともどちらかが悪影響を及ぼしている為に二人ともにグズグズとするのか。
どちらかが居なくなればもう片方はまともになり、スッキリと話が進むようになるのではないかという可能性に思い当たる。
いよいよとなれば――そんな状況がくるのかは不明だが――どちらかを消す必要性が出てくるかもしれない。それまでにどちらが不要なのかを決めておく必要があるなと、そんなことを考えながら水無瀬への詰問を再開する。
「――魔法少女」
先程と同じ言葉を口に出すと、彼女らも先程と同じように肩を跳ねさせる。
「水無瀬 愛苗。貴様は魔法少女だな? 間違いないか?」
なんだよこの質問。自分の口から出た言葉だとは俄かには信じたくない。
「えっと……あの、その…………」
「『YES』か『NO』で答えろ」
またおかしな真似ごとをされる前に追い込んでおく。
彼女は言葉に詰まり視線を飼い猫の方に逃がすが、猫は沈痛そうな面持ちで目を逸らした。
なんで猫が沈痛そうな面持ちを出来るんだ? こいつの表情筋はどうなってんだ。気持ち悪ぃな。
記憶の中に猫の表情筋についての記録がないかと俺が考えている内に観念をしたのか、水無瀬はおずおずと目を上げる。
「あの……はい。私は魔法少女です……」
「いい歳こいて何言ってんだ」と、反射的に彼女の頭を引っ叩きそうになったが、そもそもそう答えるのがわかっている上で質問をしたのは俺だったと寸でで留まる。
「そうか。では、質問を戻そう。水無瀬。お前はこんな場所で何をしている?」
「うっ――⁉ えっと……それは……」
またも彼女は口ごもる。そしてそれもわかっていたことだ。
「言い辛いのなら俺が代わりに言ってやろう。お前は魔法少女で、“ゴミクズー”と呼ばれる化け物と戦っている。“ゴミクズー”は悪感情が魔物となって暴れまわり人間社会に被害を齎すものだ。そしてお前らはその被害を防ぐために戦っている。その活動は年単位に及ぶ長期的なものである」
「「なななななんでそれをーーっ⁉」」
ボンクラコンビは声と動作を合わせてびっくり仰天した。
「どうした? どこか間違っている所があったら指摘しろ」
「え、えっと……えっと……」
水無瀬はしどろもどろになるが――
「クッ、下がるッス、マナ!」
「メロちゃん⁉」
飼い猫が彼女の前に進み出て警告を発する。
「普通のニンゲンはそんなこと知らねーはずッス! こいつきっと“ゴミクズー”の手下ッスよ!」
「えっ? “ゴミクズー”さんに手下っているの?」
「えっ? いや、知らねえッスけど?」
「えっ? じゃあ、なんで手下って言ったの……?」
「えっ? いや、なんか……雰囲気で……?」
猫の癖に雰囲気で喋んじゃねーよ。
向きあって首を傾げ合う彼女らが脱線をする前に話の主導権を奪い返す。
「特に反論はないようだから、先程の件は真実であると認めたと、とりあえずはそう見做した上でさらに質問をさせてもらおう。いいな?」
「えと、その……はい……」
「質問はとりあえず3つだ。一つ目は、ちょうど今話に上がったな。組織のことについて訊かせてもらおう」
「組織……?」
「そうだ。“ゴミクズー”とはなんだ?」
「えっと、悪い感情がカタチを――」
「――そうじゃない。あれらは自然発生する災害のようなものなのか? それとも何者かが意図的に生みだして何かしらの目的のもとに仕掛けてくるものなのか? どっちだ?」
「えーーっと…………どうなんだろう……?」
なんで知らねえんだよ。お前は何と戦ってるんだ。
「あの、弥堂くんゴメンね。質問にまだ答えれてないんだけど、私も訊きたいことがあって……」
「なんだ?」
「弥堂くんは“ゴミクズー”さんを知ってるの……?」
「さっき見た」
「え?」
「デカいネズミの化け物だ。お前がさっき殺害した」
「サツガイっ⁉」
何故か水無瀬は大袈裟に驚く。
「サ、サツガイなんてしてないよ! あれは浄化したの!」
「……浄化か」
「うん。そうだよ。苦しんでる悪い心や気持ちを魔法でスッキリさせてあげるの!」
「…………」
水無瀬の顔を視る。
眼球の動き、発汗、表情筋の緊張具合、唇の滑らかさや口内の唾液の分泌量。
外から視てわかる限りのそれらの情報を取り入れる。
恐らくこいつは真実を言っている。
自分が真実だと思っていることを俺に話している。
「そうか。興味深い話だが、その件は今はいい。俺のした質問に答えろ」
「あ、うん。ゴメンね。ありがとう」
「……マナぁ。こいつ超ジコチューじゃないッスか? なんかエラそーだし。アレッスか? オレサマってヤツッスか?」
「え? そんなことないよ? 弥堂くんはいつも自分がお話するより人のお話をたくさん聞いてくれてちゃんとよく考えてくれる優しい子だよっ。私のお話も最後までゆっくり聞いてくれるの!」
俺は戦慄する。
普段の俺と言えば喋る必要がなければ口を開かず、答える必要性を感じなければ誰に何を言われようと無視をする。
こいつまさか、俺の口数が少なかったり無視したりしてるのを、トロくさい自分が話し終えるまで待っていてくれているとでも解釈してたのか?
ということは、冷たくあしらっても全くめげていないのではなく、ただ単に通じていなかっただけとでもいうのか?
バカな……。
思わず見たこともないような化け物に遭遇した驚愕を表情に出しそうになり、俺はギリギリのところで自制した。
こんな怪物から俺はまともに話を聞き出せるのか?
だが、やらねばならない。
悲壮感などはない。
そんな段階はとっくに通り過ぎている。
過去に済ませた覚悟は記録からいつでも取り出せる。
やると決めたことは必ずやる。
そのための手段は問わない。
俺は水無瀬 愛苗という強大な敵へ真っ直ぐに視線を射かけた。
「元の話に戻るぞ。もう一度訊くが、お前らには敵対する組織はいるのか?」
「そしき……?」
水無瀬は初めて聞いた単語を反芻する幼児のように首を傾げる。
俺は自分自身に『自分は迷子センターのスタッフである』と思い込ませることでこの局面を乗り切ることにした。
「……訊き方を変えようか。今まで魔法少女の活動をしていてあのネズミの化け物以外の敵を見たことはないか?」
「あっ、えっとね、あるよ! ネズミさんだけじゃなくって他の動物さんもいっぱいいるよ! ネズミさんと遭ったのは今日と昨日でまだ2回なの」
「……そうか」
そういうことが訊きたかったのではないが、それはそれで無駄な情報ではないな。
狙ったわけではないが、やはりそうかと、自分のしていた推測を裏付けることは出来た。
さて、どう訊いたものかと考える。こいつから知りたい情報を抜き出すにはもう少し工夫が必要そうだ。
「そうだな……では、水無瀬。動物以外は見たことはないか? 無機物などではなくもっと知性のある存在だ。例えば人間、もしくはそれに類似した存在だ。知らないおじさんとか恐いお兄さんが“ゴミクズー”と一緒にいたりしなかったか? 別に女でも構わんが」
「おじさん…………? あっ! あるよ!」
「なんだと?」
眼を細める。
「あのねっ、たまに“ゴミクズー”さんと一緒に悪の幹部さんが来てる時もあるの!」
「……? 悪の……?」
「かんぶっ!」
「なんだそれは?」
「えっとね、黒いの!」
「黒い……?」
「うんっ!」
水無瀬は身振り手振りを交えながら悪の幹部が黒いことを強調してくるが、俺はまるで理解が追い付かない。
衝動的にコミュニケーションを放棄したくなるがそうもいかないので、ここは辛抱強く聴取をしていかなければならない。
「……それは人間か? 黒いというのは肌の色のことか? それとも悪性の比喩表現か?」
「え? ううん、肌っていうか全部黒いの。頭までスッポリ全身タイツみたいな?」
「変態じゃねーか」
「変態さんじゃないよ! 見た目全身タイツっぽいだけでお洋服じゃないんだって言ってたよ。普通に全部真っ黒なの!」
「……それは人間なのか? いや、そもそもヒトガタなのか? それともそこの猫みたいに喋れる化け物なのか?」
「誰がバケモノかーーーッス!」
猫が憤慨しているが無視をする。
水無瀬からの聴取が難解すぎてとても余分に割けるリソースがない。
「たぶん? よくわかんないけど、私たちと一緒だよ。なんかね、“怪人”さんなんだって言ってたよ」
「……その“怪人”というのは、魔法少女のように人間が何かに変異したものか? それとも知性と人の形を持った“ゴミクズー”をそう呼ぶのか?」
「そういえば……どうなんだろ? わかんないや」
「……お前、今まで相対してきて何も気にならなかったのか?」
「え? うん。色んな人がいていいと思うし……」
ダメだ。同じ言語で会話をしている気がしない。
なんなんだこいつ。化け物を引き連れて社会に迷惑をかける全身タイツの変態が居ていいわけねえだろ。
「カーーっ、ダメっスね。ニンゲン、オマエはダメな? オマエらの間で今流行ってんじゃねえッスか? “サベツ”はダメって。全身黒タイツの怪人にだって“ジンケン”はあるんスよ。マナぁー、こいつダメっス。ジェンダー感度低すぎの不感症野郎ッス。フニャチン〇ンポ野郎ッスよ」
うるせーんだよクソ猫が。ジェンダーは性別に関する言葉だろうが。猫の分際でどこで聞きかじってきたんだよ。人権は人間にしか与えられねえんだ。欲しければ税金を払え。よしんば人間同士で差別がなくなったとしても、怪人は一生怪人のままだし、お前らは一生愛玩動物のままだ、立場を弁えろ。
ボロカスに反論して生意気な猫を泣かすための言葉が脳内に溢れるがどうにか堪える。
質問はまだ一つ目の途中であり、あと二つも聞き出さなければならないからだ。
「……幹部ということは、その、なんだ。“怪人”……? とやらの部下やもっと上の黒幕のようなものもいるのか?」
「くろまく……うーーん、どうなんだろ……?」
興味ねえのかよ。もっと真剣に戦えよクソが。
「――あ、でもでもっ!」
「あ?」
何かに思い当たったように手を合わせる水無瀬へ全く期待感が持てないが、一応眼だけは向けてやる。
「なんか秘密結社って言ってたよ! “闇の秘密結社”って!」
「……なんだそれは?」
「よくわかんないんだけど、世界の環境を守るために人間に迷惑をかけるんだって」
「…………秘密結社の者が自分で自分たちは秘密結社だと言っていたのか?」
「え? うん、そうだよっ」
「………………そうか。それで? 具体的には? テロ行為か? 侵略戦争でも仕掛けてきているのか? 世界征服だとか何かわかりやすい目的を言っていなかったのか? どうなんだ?」
「えと、ゴメンね。わかんないや」
「……………………人間に迷惑をかけるとどう環境が守られるんだ?」
「あ、そういえばそうだよね。どうしてなんだろ……? 今度会ったら聞いといてあげるねっ!」
友達かよ。
俺はビルに切り取られた四角い灰色の空を見上げ、瞼の上から眼球を揉み解す。
人前でこのようなだらしのない真似をするべきではないが、仕方がなかった。
数秒、そうしてから眼を開ける。
そしておもむろに水無瀬の顔面を鷲掴みにした。
「バッチリ組織じゃねーか、この馬鹿野郎が」
「いたたたたっいたいっ――⁉」
「マ、マナーーーーっ⁉」
「最初の質問で答えられただろうが。なに今思い出してんだ。闇の秘密結社のことを忘れてんじゃねーよ」
「いたたたたたっ、ごめんなさーーーーーいっ!」
「や、やめろーッス! クソッ! このクソニンゲンっ! マナを放すッス!」
水無瀬の顔面を掴む手に猫が飛びついてガジガジと齧ってくる。
このような奇形生物は獣医に掛かることは出来ないだろう。恐らくなんの予防注射も打っていないだろうし、おかしな病気や寄生虫をもっている可能性がある。
痛くもなんともないが、俺は感染リスクを考慮して皮膚を破られる前に手を離した。
「ぅぅ……いたかったぁ……」
「だ、大丈夫っスか、マナ⁉ ギリギリって! ギリギリって音してたッス!」
しゃがみこんでコメカミを揉み解す水無瀬の傍に猫は駆け寄り、一言声をかけると俺の方へ向き直った。
「オマエっ! この野郎ッス!」
「なんだ」
「なんだじゃねーッス! よくもマナをイジメたなッス!」
「訊かれたことにとっとと答えないからこうなる。お前らはボンクラすぎだ」
「誰がボンクラかーッス! 一生懸命答えてたのにそんなヒドイこと言うなーッス!」
「一生懸命かどうかなどに価値はない。黙って結果を出せ。こちらが求めたものをすぐに差し出せ」
「なんて言い草ッスか! やっぱりこいつオレサマ系ッス! ちくしょう! 正直キライじゃねぇッス! でもマナをボンクラ呼ばわりするのは許さねぇッス!」
「ボンクラはお前もだよ」
なにさりげなく自分を除外してんだ。
図々しい猫へ胡乱な瞳を向け説明してやる。
「そうは言うがな、俺は部の規定により『プリメロシリーズ』を一通り視聴していて魔法少女にはある程度の知見がある」
「こ、この見た目で魔法少女アニメを観ている……だとッス……? 正直キメェッス!」
「うるさい黙れ。それに登場していた魔法少女たちもどこか抜けたヤツが多かったが、お前らはそれよりも酷い」
「なんだとーーッス! ナメんじゃねぇーッス! そこまで言うんなら何がヒドイのか言ってみろッス!」
「うむ。俺はな、お前らがあのネズミにトドメを刺す直前あたりからこの場に居て、ずっとお前らの背後に立っていたのだが――」
「――んっ⁉ んんっ!」
「周囲の確認もせず注意力も集中力も散漫で、当然すぐ近くの俺に気付くこともなく。おまけに唐突に自分たちが何者でどういった敵といつから戦っているのかと、聞かれてもいないことをベラベラと喋り出し――」
「――ごっ、ゴフッス!」
「――終いには、俺の目の前で変身とやらを解除して正体まで晒す始末だ」
「おっ、おっ、おごごごごごッス……っ!」
ダウン寸前のボクサーのように四つ足をガクガクと震わせる猫にトドメをくれてやる。
「もう一度言うが、俺は色んな魔法少女を観てきて素人のような連中ばかりだと思っていたが、お前らはそれよりも数倍酷い。現れてものの数分であれだけの秘密事項を漏らすようなバカを俺はかつて見たことがない。よって、お前らはボンクラだ」
「ゴハァ――っッス⁉」
「メ、メロちゃぁーーーんっ⁉」
ゴシャァと猫は地面に崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「マ、マナ……すまねぇッス…………ジブン、返す言葉がねぇッス……っ!」
「いいの……、いいの……っ! 私が悪いの……っ! ゴメンね…………っ!」
今際の際を看取るように傍らに膝をつき涙する水無瀬を俺は冷めた眼で見下ろした。
「で、でも……ニンゲン……っ!」
「あ?」
まるで死の際に遺言を遺すような壮絶さを醸し出しながら猫は震える声で俺に呼びかける。当然雰囲気だけだ。
「でも、ボンクラはやめるッス……! せめてポンコツと言うッス……! そっちの方がカワイイッス……っ!」
「……お前らがそれでいいなら俺はどっちでも構わんが……」
他に言うことなかったのかよ。
「まぁいい、では2つ目の質問だ」
「あ、うん。なぁに? 弥堂く――」
「――ちょっと待つッス!」
尋問を続けようとしたが答えようとする水無瀬を遮り猫が口を挟む。そのまま息を引き取っていればいいものを。
「なんだ」
「お前ばっか聞いてくるなッス! こっちにも質問させるッス! オマエ絶対自分だけ出したらさっさと寝ちまうか、女の子がシャワー浴びてる間に金だけ置いて勝手に帰るタイプだろッス!」
「なにを言ってるかわからんが、ダメだ。」
「はぁーっ⁉ なんてワガママなやつッスか! 末っ子か⁉」
「長男だが」
「うるさい口答えするなッス! オマエばっかずりぃーぞッ! マナっ! こんなヤツ絶対やめた方がいいッスよ! こいつ絶対、これから彼女とご飯だって時に特にヤりたいわけでもないのに何となくでクチでさせて、こっちが歯磨いてる間に一人で飯食って、そのまま風呂入って結局指一本触れもせずに寝ちまうタイプのクズ彼氏になるッスよ! ジブンにはわかるッス!」
「えっと……? ゴメンね、早くてよく聴き取れなかったんだけど、ご飯? メロちゃんお腹すいたの?」
「お腹もすいたッス!」
「えへへ、お腹すいたねー。今晩はサーモンなんだって」
「マジッスか⁉ へへっ、悪いけどジブン今夜はガチるッスよ?」
その話はさっきしただろうが。
こいつら本気でアホなのか?
このまま放っておくと話が脱線するので、仕方ないのでヤツの話を聞いてやることにする。
「おい、余計な口をきくな。訊きたいことがあるのならさっさと言え」
「ハッ――⁉ そういえばそうだったッス!」
猫は前足で涎を拭き取り俺を見上げる。
「ニンゲン。オマエ、なんでそんなに色々聞いてくる? なにが目的ッスか?」
「聞かれて困ることでもあるのか? それは知られると都合の悪くなるようなことをしている、ということか?」
「調子にのるなよ、ニンゲン。オマエ生意気だな」
「メ、メロちゃん……?」
小さく唸り声をあげる。
自分のペットのそんな姿を見たことがなかったのか、飼い猫の変貌した様子に戸惑い水無瀬は遠慮がちに声をかけた。
「マナは離れてるッス」
「どうしたの……? 怒ってるの? メロちゃん……っ⁉」
「魔法少女の正体は知られてはいけない。でも、知られてしまった。それならどうするか……」
「ほう。どうするというんだ?」
言いながら左足を退いて半身になり、敵へと晒す面を縮める。
「ククク……愚かなニンゲンめ……。好奇心に負けたか? 見てしまったとしてもすぐに引き返せばよかったものを。欲をかいてこんな場所までおめおめと踏み込んでくるから破滅することになる」
「回りくどいな。はっきりと言えばどうだ?」
猫はその問いには答えなかった。
人間がニヤリと嘲笑ったかのように、ウィスカーパッドを持ち上げる。
歯を剥き、顕わになり、見せつけられる牙がヤツの意思を示唆する。
「その目玉。気に入らねぇッスねぇ。この爪で引き裂いてやる」
起こってしまった出来事は変えられない。
確定された事実は変えられない。
この路地裏での出来事を目撃して、彼女らに声をかける前に俺自身が考えたことだ。
さらに、こうも考えた。
変えられはしないが、一部なかったことには出来る、と。
そしてそれは同時に、俺がそうすることを出来るのならば、俺以外の他の者にも同じことが出来るということも意味する。
「オマエには消えてもらうっ!」
ザッザっと、左右に細かくステップを踏み、狩りをする獣として『世界』から能えられた
――その寸前。
パァンっと――
ヤツが前足で地を踏み、後ろ足で地を蹴る。
その瞬間を視切り、四つの足を踏み切る寸前に手を叩き大きな音を鳴らす。
「――ふにゃっ⁉」
移動から行動と思考が切り替わり、脳が次の行動である攻撃の命令を身体各所へ送るその隙間に別の新しい情報を押し付け、増やされた選択肢の中からの意思決定を強要してやる。
駆け出す動作と踏みとどまる動作が重なり、中途半端に跳び上がった猫は空中で大きく姿勢を崩した。
その首根っこを悠々と掴みとる。
「にゃー」
プランと身体を揺らしわざとらしく鳴く猫を持ち上げ目線を合わせる。
「俺の目玉をどうするって?」
「ジ、ジブン実はツンデレなんッス! 目と目で恋する瞬間ってあるよねってのをそう表現してみました!」
フンと鼻を鳴らし、水無瀬の方を見る。
「2つ目の質問はこいつだ」
「こいつ……?」
察しの悪い彼女の理解を進めるために、首裏の皮を摘まんだままソイツを彼女の眼前へ突き出す。
「こいつは『ナニ』だ?」
身体を伸ばしてプラプラと揺れる猫のカタチをしたモノは「にゃー」とひとつ鳴いた。