俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

129 / 141
1章16 出会いは突然⁉ ④

 

 とはいえ。

 

 

 3つ目か。

 

 

 実は俺の3つ目に訊きたかったことはもう訊けてしまっていた。

 

 

『地面や壁の破壊跡が跡形もなく消えたのはどういうことだ』

 

 

 それが3つ目にするつもりだった質問だ。

 

 

 だからもうこれで話を打ち切ってしまってもいいのだが――

 

 

「――そうだな。それではもっと実際的で直接的な話をしようか」

 

 

 ここまでの話を一旦整理する。

 

 

 この世界には“ゴミクズー”という化け物が存在をしており、それが人間を襲っている。そしてそれを倒す者として“魔法少女”というものが存在する。

 

 

 では、これが現実的な問題として社会にとって脅威なのかというと、然程大きなことではないと俺は考える。

 

 

 何故かというと、これまでに“ゴミクズー”が絡んでいると思われるような事件などは、少なくとも俺の知っている範囲では見たことも聞いたこともないからだ。

 

 

 今日視たあのネズミの化け物。

 

 

 もしも普通の人間がアレに襲われたのなら、間違いなく殺されるだろう。そしてその死体は食い荒らされるはずだ。

 

 ただでさえ死体が珍しいこの国で、そんな損傷の仕方をした死体が発見されれば必ず大きな騒ぎになるはずである。

 

 

 一応この後調べてみるが、少なくとも記憶の限りではそんな事件がニュースになっているのを見た記録はない。

 

 

 それはつまり、情報統制でもして表沙汰になっていないか、そもそも事件が起こっていないかのどちらかになる。

 

 

 “ゴミクズー”とやらがいつから存在しているのかは知らんが、水無瀬は『小学生の時』と先程漏らした。

 

 

 それならここ数年に限定して考えてみる。

 

 

 もしも被害を秘匿している場合。

 

 

 その場合、変死体は見つからないかもしれないが、代わりに行方不明者が増えるはずだ。

 

 しかし、そういった話も特に聞かない。

 

 

 であるならば、そもそも事件が起こっていない可能性が高い。

 

 

 事件が起こっていないとは、そのままの意味で何も起こっていないということではなく、事件を事件だと、問題を問題だと気付かれていないという意味だ。

 

 

 どういうことかいうと、“魔法少女”の手によって全てが未然に防がれているという意味だ。

 

 

 しかし、それはないだろう。

 

 

 今日まで視てきた、そして今日知った水無瀬 愛苗を考えれば、こいつらにそんなことが出来るはずがない。

 

 こいつらの魔法少女としての腕前や“ゴミクズー”との戦力差については俺は寡聞にして知らないが、だがこいつらはポンコツだ。

 

 優秀であるはずがない。

 

 

 それらを加味して導き出される妥当な結論としては、『事件は起こっているが、そもそも発生件数が極端に少ない』、俺は現時点で本件をそのように評価した。

 

 

 あの“ゴミクズー”がこの街だけにいるとは考えづらい。仮に水無瀬が頗る優秀だったとしても日本中、或いは世界中をカバー出来るはずがない。

 

 そうすると見えてくるもう一つの考慮しなければならない可能性があるのだが、それは今はいいだろう。

 

 

 もしも“ゴミクズー”が人類にとって真に驚異的な存在であるのならば、とっくに騒ぎになっていなければおかしいのだ。

 

 暴漢や通り魔の方がよほど現実的で身近な脅威だろう。

 

 

 特定の個人が“ゴミクズー”に襲われる確率など交通事故に遭うくらいの確率だろうととりあえず考えておく。

 

 

 俺個人には遠い問題であり、クラスメイトである少女が魔法少女として戦っていたとしても、それは俺には実際のところ関係のない問題だと思える。

 

 

 水無瀬が化け物との戦いで生命を落とすことになっても、或いは誰だか知らない一般人が襲われて死ぬことになったとしても、それらは全て俺にとってはどうでもいいことだ。

 

 

 逆に。

 

 

 俺に、弥堂 優輝という存在にとって直接問題になるのは、“ゴミクズー”ではなく、むしろ“魔法少女”の方だ。

 

 

 

 それをこれから確かめる。

 

 

 

「水無瀬」

 

「うん、なぁに? 弥堂くん」

 

「お前らの目的はなんだ?」

 

「……? えと、街の平和を守ることだよ?」

 

「それは人間の社会に迷惑をかける“ゴミクズー”を駆除するという意味か?」

 

「え? うん……、駆除じゃなくて浄化だけど……。でも、そうだよ」

 

「そうか。では、人間の社会に迷惑をかける人間は駆除しないのか?」

 

「えっ……?」

 

 

 何を聞かれているかわからない。そんな顔をする水無瀬をよく視て、さらに訊いていく。

 

 

「なにかおかしなことを訊いたか? 社会に迷惑をかける人間などいくらでもいるだろう? そいつらは放っておいていいのか? と訊いたんだ」

 

「そ、それは……」

 

「ここに来るまでも見かけなかったか? ガラの悪いヤツらを。あいつらはこのあたりをナワバリにして、徒党を組んで一般人を囲み恐喝をし暴力を奮い金を奪って女を攫っているような連中だ。こいつらもゴミクズだろう?」

 

「で、でも、それはお巡りさんたちのお仕事だし、私が勝手に何かしちゃうのは……」

 

「そうだな。それは正しい判断だ。俺もそうするべきだと思うぞ。では、お前はこれまでに人間に向けて魔法を撃ったことはあるか?」

 

「な、ないよ! そんなのあるわけ、ない、です……」

 

「そうか。それは――」

 

 

 ドッドッドッ――と耳の奥で鳴る心臓の音を眼球の中へ押し込むつもりで眼を強め、彼女と目を合わせる。

 

 目の前に立つ少女の裡に居るはずの水無瀬 愛苗をその眼窩から覗き視る。

 

 

「――それは立派だな」

 

 

 それは同時に水無瀬からも同様に俺を覗き見ることが出来ることになる。

 

 彼女は俺を見て息を呑んだ。

 

 

「それはこれからも変わらないか?」

 

「……もちろん、だよ……? 魔法は人を守るために……」

 

「そうか」

 

「ニンゲン……オマエ急になにを――」

 

 

 猫の言葉には答えずただ一瞥をくれてやる。

 

 

 猫は全身の毛を逆立て水無瀬の足元でその身を縮めた。

 

 

「では、水無瀬。例えば。これはあくまで例えば、の話だが――」

 

「あ……、え……?」

 

「――今からお前たちが家に帰ろうとしたとする。ここからは道が4つあるが、それは別にどれでもいい。そうだな、では、その道にしようか」

 

 

 この広場から広がる4つの路地の内の一つを指で指し示すが、彼女たちはそれを見ようともしない。

 

 驚き怯み竦んだように俺から視線を離せないまま立ち尽くしていた。

 

 彼女の瞳に写った俺はいつも通りの俺と変わらずに俺には視える。

 

 

「お前たちがそこの路地に入ると人間がゴミクズーに襲われていた。その場合お前は、どうする?」

 

「それは、もちろん……助けるよっ。助けます……っ!」

 

「そうか。じゃあ、人間に襲われていたら?」

 

「えっ?」

 

「お前たちがそこの路地に入ると人間が人間に襲われていた。さぁ――」

 

 

 水無瀬へ向ける視線を強める。

 

 

「――どうする?」

 

 

 彼女は酷く戸惑っている様子だ。

 

 

「どうした? 答えないのか?」

 

 

 彼女は答えない。

 

 実際の状況を想像しているのか、この場の雰囲気にか、それとも俺にか、それはわからないが恐れ慄いている。

 

 

「警察に通報するか? それもいいだろう。正しい選択だ。だが、それでは間に合わない場合はどうする? 今、まさに、人間が殺されようとしていたら?」

 

 

 水無瀬は答えない。

 

 

「お前の手の中にはそれをどうにかする力が――魔法がある。さぁ、どうする?」

 

 

 答えない。答えられない。

 

 

 それは問いに対する答えが解らなくて答えられないのか、単純に答えたくなくて答えないのか、或いは恐怖に身を竦んで言われたことの意味すら考えられていないのか。

 

 それも俺にはわからないし、そしてどうでもいい。

 

 

 彼女がどう思い、どう考え、どう行動するのかを知りたくて訊いているわけではないからだ。

 

 彼女が何を思い、何を考え、何をするかなどに興味はなく、至極どうでもいい。

 

 

 ただ、ストレスを与え、追い詰め、傷つけて、その存在が揺らがないかを確かめるためにこうしている。

 

 

 ハッハッ――と浅く、彼女の唇の隙間から息が漏れる音がする。

 

 

 だから、俺は構わずに続ける。

 

 

「想像しづらいか? じゃあケースを変えよう。今、お前の目の前で俺が暴漢に襲われているとする」

「その場合、お前はどうする?」

「どうした? 俺を助けてくれないのか?」

「魔法を撃つだけだぞ?」

「俺を見殺しにするのか?」

「暴漢を殺すか、俺を殺すか」

「お前は選べる側だ」

「さぁ、どうするんだ?」

 

 

 彼女が息を呑み込む音にヒュッとした音が混ざり始めた。

 

 だから、俺は構わずに続ける。

 

 

「もっと実感が湧きやすいように訊いてやろうか」

「今、お前の目の前で、希咲 七海が殺されそうになっていたとする」

 

「――なな、み、ちゃ……」

 

 

 水無瀬の目がより大きく見開かれた。

 

 

「希咲を殺そうとしているのは、俺だ」

 

「え――?」

 

 

 左手の中指と人差し指を伸ばして揃えて他の指は握る。

 

 その手を水無瀬の目線の高さまで上げて彼女によく見せてやる。

 

 

「この手はナイフだ。お前の友達を殺すナイフだ」

 

 

 右腕を動かす。

 

 ここに来る前に学園の正門前で腕の中に抱いた希咲の身体がスッポリ納まるスペースを俺の身体との間に空けて、架空の希咲 七海を右腕で抱く。

 

 

「この腕の中には彼女が居る」

 

 

 水無瀬によく見えるように、ゆっくりと左手のナイフを右腕で抱く希咲の首筋まで持っていく。

 

 

 水無瀬の口からは声にもならないような意味を持たない音だけが漏れている。

 

 しかし、彼女の目玉は俺の手のナイフを追って動いた。

 

 

「今、希咲の首筋に刃を当てている」

「これを彼女の皮膚に少しだけ押し付けて引くと彼女の首が切れる」

「彼女の細い首の、薄い皮膚が破れて、肉が裂け、その肉の割れ目からは血管が覗く。重要な血管が破かれてしまったら、そこからは大量の血液が漏れ出る」

「首の血管――頸動脈だ。わかるか? 脳に血や酸素を送っている重要な血管らしい。それを切ると人間は血がいっぱい出て死んでしまうんだ」

「5分ほどで死に至るらしい。救助が間に合ったとしても後遺症が残ることもあるらしいぞ」

 

「あ……、や……、ななみちゃ…………」

 

「そうだ。七海ちゃんだ。もちろん七海ちゃんも首を切られたら血がいっぱい出て死んでしまう」

 

「やだ……、そんなの……」

 

「そうか。そうだろうな。だが、ダメだ」

 

「え……?」

 

「俺は今から七海ちゃんを殺す。お前の目の前で。お前の大事な友達の七海ちゃんを。殺してやる」

「10カウントだ」

「10カウント後に希咲の首に当てたナイフを引く」

「そうしたらどうなる? もう説明したな?」

「七海ちゃんは死ぬ」

「七海ちゃんの身体から血がいっぱい溢れ出して、俺の足元からお前の立っている場所まで、一面の血の池が出来るだろう」

「その池が出来る頃には彼女はもう彼女ではなくなっている」

「ただの死骸だ」

 

 

 水無瀬はギュッと胸を抑える。

 

 痛みで堪らずといったように、左胸を抑えた。

 

 

「ま、まって。びとうくん……」

 

「待たない。だが、オマエも好きにすればいいだろう?」

 

「えっ……?」

 

「俺を止めたいのなら、言葉よりももっと確実な手段が、お前にはあるだろう?」

 

「あっ……、でも……っ!」

 

「どうするかはお前が決めろ」

「お前は俺を止めることも出来るし、何もしないことも出来る」

「俺を殺すことも出来るし、希咲を見殺しにすることも出来る」

「お前は誰でも殺すことが出来るし誰も殺さないことも出来る」

「好きにすればいいし好きにすることがお前には許されている」

「『世界』がお前に許している」

「さぁ」

「いくぞ」

 

 

 尚も何かを言いかける水無瀬を無視してカウントを開始する。

 

 

「10――」

 心が、気持ちが、大きく揺らぐ。

「…………9――」

 水無瀬の手は抑えていた胸から離れ、

「………………8――」

 その胸の前に垂らされたペンダントへ伸び、

「……………………7――」

 青い宝石のような石に触れる。

「…………………………6――」

 やがてその石を握り、

「………………………………5――」

 その手には力がこめられ、

「……………………………………4――」

 両の目をギュッと強く閉じた。

「…………………………………………3――」

 彼女は顔を上げ、

「………………………………………………2――」

 そして開いたその瞳を俺へ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――シ、シードリング ザ スター………………れっ…………と……? はれっ……?」

 

 

 

 何かを叫ぼうとしていた水無瀬の声は萎んでいって尻切れする。

 

 

 何が何だか、訳がわからないと、茫然とした目を俺へ向けている。

 

 

 俺はというと、カウントは2で止めており、そのまま黙って彼女を視ている。

 

 

 丸い彼女の目に写った自分を見ながら、両腕を拡げて何も持っていないということを水無瀬へ強調してやった。

 

 

「冗談だ」

 

「え……?」

 

「冗談だと言ったんだ」

 

「じょーだん……」

 

 

 無意識に力が抜けたのか、彼女の手から零れ落ちたペンダントトップが胸の前で揺れる。

 

 

 彼女のその存在は揺らがず、そして彼女の瞳に写る俺の顏も変わり映えなく。

 

 

 それらを眼にし、視ながら、放心したように立ち尽くす彼女へ向けていた圧を完全に解いた。

 

 

「じょ、じょうだん、って…………全然笑えねぇッスよ……」

 

「そうか。それは悪かったな。許せ」

 

 

 毛をまだ逆立てたまま、結局一連の中で一切動こうともしなかった猫がようやく口に出した言葉に、俺は心にもない謝罪を返した。

 

 

「訊きたいことはもう訊けた。じゃあな」

 

 

 俺は踵を返す。

 

 

「あ、うん……。ばいばい、気を付けてね……」

 

 

 未だ茫然としたまま譫言のように挨拶をする水無瀬の声を背に俺は歩きだす。

 

 

 確認したいことも確認は出来た。

 

 ここにも、こいつらにも、もう用はない。

 

 4つある路地の中から適当なものを選んでそちらへ進む。

 

 

 この路地に入って来た時には、とうとう俺も運が尽きたかと思い、それなら死んでも仕方がないかと考えた。

 

 しかし、この場に潜んでいた最も脅威となりうる存在が常軌を逸したポンコツだったため、結局は何事もなく、事無きを得た。

 

 

 それはつまり運がよかったということになり、それならば俺には生き残る資格があったということになる。

 

 

 そして、それは言い換えれば――

 

 

 

「待たんかいこのボケェェェェェェーーッス!」

 

 

 

 足を止める。

 

 

「なんだ?」

 

 

 畜生風情の分際で人間様の行動を妨げてきた身の程知らずへ向きなおる。

 

 

「なんだ? じゃねーーッスよ! クサレニンゲンがっ! なに帰ろうとしてんスか⁉」

 

「ここにはもう用はないからだが?」

 

「オマエになくてもこっちにはあるんスよ! このやろー、突然あたおかムーブ始めたと思ったら、やりたい放題やって帰るだと⁉ アレか⁉ 飽きたのか⁉ 飽きちゃったのかーッス!」

 

「飽きたというか…………まぁ、そうだな。お前らはもう用済みだ」

 

「なんてことを言うんスか! オマエには人の心はないんスか!」

 

「お前にもないだろうが」

 

「うるさーーーいっ! ヘリクツこねるなーーッス! どんだけジコチューなんッスか! 自分ばっか色々聞いてきてその態度は人としてないッスよ!」

 

 

 何故猫のフリをした変な生き物に人の道を問われねばならんのか。

 

 

「チッ、うるせえな。色々聞いた結果、特にお前らに興味はなくなった。だからもう帰る。それだけのことだろうが」

 

「な、なんてワガママなヤツなんッスか……。オマエ、大丈夫っスか? ちゃんと学園生活送れてるんっすか……?」

 

 

 怒り心頭といった風に憤りをぶつけてきていた猫が突然同情するように、心配をするように、こちらの顔色を窺いながらそんなことを聞いてくる。

 

 

 畜生ごときに学園生活を心配され、俺は強い屈辱を感じた。

 

 

「メロちゃんメロちゃん」

 

 

 俺が頭の中で、小動物を20秒以内に殺害する方法をいくつか思い浮かべようとしていると、遅れて再起動した水無瀬が自身のペットへ声をかけた。

 

 

「ん? どしたんスか、マナ?」

 

「あのね? メロちゃんまた弥堂くんのことニンゲンって呼んでるよ? ダメだよ、なおさなきゃ」

 

「え? そこッスか? てか、この流れでジブンが注意を受けるんスか?」

 

 

 猫は人前で飼い主から躾をうけ愕然としている。

 

 俺よりもその『前頭前野お花満開娘』の学園生活を心配してやれ。

 

 

「ま、まぁいいッス……、じゃあ少年、帰る前にオマエに言っとくことがあるッス」

 

「待て」

 

 

 思わず相手の言葉を止める。

 

 

「……その少年というのはまさか俺のことか?」

 

「え? そッスけど?」

 

 

 衝撃を受ける。

 

 

 まさかこの四つ足の毛だるま、俺よりも精神が成熟しているつもりなのか……?

 

 

 これは驚いた。

 

 

 もしかしたら屈辱ランキングの上位に食い込むかもしれない。

 

 

「あ、メロちゃん。私から言うね?」

 

「ん? そッスか? がんばってお話するんスよ」

 

「うん。ありがとう」

 

 

 俺がランキング更新の妥当性について考えている間に話は進んでいく。

 

 

「あのね、弥堂くん。実はお願いがあるの」

 

「…………」

 

「弥堂くん?」

 

「……問題ない。続けろ」

 

「うん、えっとね、今日のことなんだけど……出来たら内緒にして欲しいの……」

 

「…………お前もか」

 

「えっ?」

 

「なんでもない。続けろ」

 

「うん、ありがとう」

 

 

 否が応にも昨日の希咲との出来事が想起されひどく億劫になる。

 

 

「あのね? 私、魔法少女じゃない?」

 

「……俺に聞かれてもな」

 

「だからね、内緒にしなきゃいけないの」

 

「何故だ?」

 

「えっ? 魔法少女だからだよ?」

 

「なんで魔法少女だと魔法少女であることを秘密にしなければならないんだ?」

 

「えっ? ……そういえば…………なんでなのかな?」

 

「…………俺に聞かれてもな」

 

 

 自分で必要性を訴えて嘆願してきた癖に、首を傾げてその根拠を考えるバカに俺は半眼を向ける。

 

 

 ここに来てから考えるのは何度目かわからんが、こいつ本当に大丈夫か?

 

 街の平和を守るといった風なことを言っていたが、自分で自分が何をしているのか正確に理解していないのでないか?

 

 まぁ、理解していないのだろうな。

 

 

「ねぇねぇ、メロちゃん。なんで内緒にしなきゃいけないのかな?」

 

「えっ? だって、魔法少女だからじゃないッスか?」

 

「あ、そっか。やっぱりそうだよね」

 

「……お前ら馬鹿だろ」

 

 

 あまりにゆるすぎる会話に思わず余計な口を挟んでしまった。

 

 

「誰がバカっスか! 失礼なヤツッスね。女の子がお願いしてるんだから男は黙って言うことを聞いていればいいんッスよ!」

 

「女の子とはいい身分だな」

 

「そうッス、いい身分なんッス。特にJKはこの世のヒエラルキーの頂点に位置するッス。それに比べてお前ら男はゴミッス。例外はイケメンや金持ちッス。それなら話は別ッス」

 

「随分と俗世的な妖精もいたものだな」

 

「確かにジブンはネコ妖精ッスが、その前に一人の女子ッス。そして一匹のメスッス。本能が求めてるんス。有名インフルエンサーとベンチャー社長を」

 

「……そうか」

 

「オマエ、顔はまぁまぁ悪くないッスが、それを台無しにしてなお追加請求されるくらい頭のおかしさと陰気さが滲みだして人相悪すぎッス。おまけに身分もただの男子高校生とかいう経済力もない底辺ッス。つまりゴミッス」

 

「それは悪かったな」

 

「しかし、ジブンも鬼じゃないッス。そんなオマエらモブ男にも評価している部分があるッス。それが何か聞きたいスか?」

 

「結構だ」

 

「ハァーーーーっ! 仕方ないッスねぇ! そこまで言われたら教えてやるッスよ!」

 

「いらねえっつってんだろ」

 

「それはズバリ――竿ッス! オマエらの下腹部に生えたソレだけはジブン高く評価してるッス。竿はいい……なにせ女の子をより可愛く、よりエロく飾り立ててくれるッス」

 

 

 なに言ってんだこいつ。

 

 

「猫に小判。美少女に竿ッス。これが鉄板ッス。マストアイテムッス」

 

「それじゃ持ってても意味がないってことにならんのか?」

 

「カァーーーーっ! うるせーッス! ダメな? オマエほんとダメなッス! 脳で考えるなッス。子宮で考えろッス」

 

「持ってないんだが?」

 

「確かにそうかもしれねえッス。でも、オマエには竿があるだろ?ッス。言い訳ばっかり並べ立ててる暇があるなら、竿を並べ立てろッス! ちょっと微妙なレベルの女でも顏の横に竿を並べておいたら『あれ? この女ちょっとよくね?』って気分になるだろッス! そういうことッス。わかるッスね?」

 

「いや?」

 

「ということで、オマエはもっと自分の竿に自信を持つといいッスよ! でも調子にのっちゃダメッス。あくまでも竿役のモブとしてなら見所もあるって話ッス。AVでいうなら汁男優ッスね! ネームド男優になるならまずは有名インフルエンサーかベンチャー社長になることッス。話はそれからッス」

 

 

 こいつの言っていることが全く理解できないが、ネコ妖精とやらの間では有名インフルエンサーやベンチャー社長よりもポルノ男優の方が格上なのだろうか。

 

 特に答えを必要としない疑問だし、どうせ人外の考えることなど聞いても共感できようはずがないので捨て置く。

 

 

「ということで少年! 自分が汁男優であることをしっかりと自覚して出直してくるといいッス!」

 

「……よくわからんが、帰っていいってことだな?」

 

「うむッス! ジブンの伝えたいことは以上っス」

 

「そうか、じゃあな」

 

「あっ、で、でもぉ~――」

 

 

 踵を返そうとすると、ヤツは突然声音を変えて猫撫で声を発する。

 

 

「――でもぉ~、もしぃ~、少年が有名インフルかベンチャー社長になったらぁ~……、どうしてもって言うならぁ、ご飯とカラオケくらいならぁ? 一緒に行ってあげてもいいかなぁ~って……?」

 

 

 クソ猫は後ろ足だけで立つと、腹の前で前足を絡めてモジモジと身を捩らせる気持ちの悪い動作をした。

 

 頬の毛皮を紅く染め、声音どころか口調までもガラっと変えてくる。

 

 

……どうやって毛皮を紅潮させているんだ? 気持ち悪ぃなこいつ。

 

 

「あ、あとぉ~……、もしぃ、少年がタワマンに住んでたらぁ~、すっ、少しだけなら? お家に遊びに行ってあげてもいいかなぁ……とか? で、でもお茶するだけだからねっ! そんなに軽い女じゃないんだから勘違いしないでよねっ! だけどパーティには気軽に呼んでよね! いつでもスケジュール空けるんだからね!」

 

 

 魔法少女活動のスケジュールをいかがわしいパーティのために空けるんじゃねえよ。真面目に仕事しろ。

 

 

 しかし、妙に鼻につく言動をする。

 

 

 何故こんなにもこいつの言葉に腹が立つのかと考えてみると、以前に廻夜部長が仰っていた、『こういう女はクソだ』という話の中に似たような特徴を持つ女がいたなと思い出す。

 

 

 その時に彼がこういう奴のことをなんと呼んでいたかと記録を探ってみるとすぐに該当する記憶に行き着く。

 

 

 そうだ。

 

 こいつは――『港区女子』だ。

 

 

 非常に尖った思想の持ち主たちのようで、一部には年収1000万円以下の男は人間ではないとまで人目を憚らずに豪語する者もいるほど、極めて狭窄的な差別思想と選民思想に染まっているらしい。

 

 またこういった輩は多義的に宗派が枝分かれをして多様的に繁殖をして社会に潜り込んでいるらしく、近似的な存在の一つとして『パパ活女子』という者もいるらしい。

 

 そしていずれにしても彼の者たちが年齢を経て孤独を拗らせると、やがては『婚活BBA』という存在に進化するらしい。

 

 

 そういった内容のことを部長が拳を振り上げ唾を飛ばしながら熱く語ってくれたのだが、俺には少々難しい話で、完璧な理解には程遠いのかもしれないが、まぁ、要はモグリの売春婦のことなのだろうと理解をした。

 

 一点だけ気になったのは、その時の彼の手に握られていたスマホの画面に何故か港区の不動産情報が表示されていたことだが、しかし、まぁ、まさかタワマンの値段を調べていたわけではあるまい。

 

 恐らく偶然のことだろう。

 

 

 しかし、この猫が港区女子であるのなら、何かしらの制裁を加えるべきかもしれない。

 

 廻夜部長は感情を露わにして港区女子を敵視していた。

 

 もしかしたらサバイバル部にとって邪魔になる存在なのかもしれない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。