俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

13 / 749
序章08 ➀ 『嘘と誠実の硬貨』

 2年B組教室。

 

 

 希咲 七海(きさき ななみ)は手に持ったレモンティーのパックジュースのストローを咥え、気のない様子で『じゅじゅぅ~』と中身を啜った。

 

 口に咥えた半透明の管の中をレモンイエローの液体がゆっくりと昇っていく。

 

 

 少々行儀が悪いとは自分でも思うが、昼休みの残り時間と飲み物の残量の調整のためだ。

 

 パックから中身の飲料をゆっくりと吸い上げ、自身の正面に胡乱な目を向けながらちびちびと飲んでいく。

 

 レモン風味はあるものの、紅茶感はお粗末で。

 

 口の中に寂しさを覚えさせられた。

 

 

 このパックジュースは学園に設置されている飲み物の自販機で販売しているものだ。

 

 価格は100円と大変お求めやすく。それには大変お世話になっているのだが。

 

 その代償に、レモン的な味は気持ちだけ感じられるものの紅茶の風味は皆無で。

 

 レモンティーな気分だけは辛うじて味わえる――そんな程度の商品となっていた。

 

 

 同じ自販機のラインナップには、値段は倍の200円で、しっかりとレモンティーになっている商品もある。

 

 だが、希咲はコストパフォーマンスを重視し、こちらの安い物を常飲していた。

 

 シュガーレスだけが唯一の女子的救いである。

 

 

 そんなことよりもと――

 

 希咲は、挙動不審にもたもたと自作の弁当を箸で弄る目の前の親友について考える。

 

 

 教室の机を向かい合わせに並べて、一緒に食事を摂っている――のだが。

 

 昼休みが開始して大分経ち、残り時間をそろそろ意識しなければならない頃だというのに。

 

 向いの彼女――水無瀬 愛苗(みなせ まな)は未だ食事を続けていた。

 

 

 食事を終えるどころか。

 

 先程から百面相をしながら、箸で弁当箱の中の自作したおかずを持ち上げては戻すという、そんな奇行を繰り返している。

 

 

 希咲自身はとうに食事を終えていて。

 

 5分ほど前には今朝に自作してきたサンドウィッチの最後の一切れを食べ終わってしまったものだから。

 

 こうして食事を共にしていたパートナーである彼女を、飲み物の残量を気にしながら眺めることになっていた。

 

 

(――しっかし。よりによって弥堂ねぇ……)

 

 

 気だるげな視線の先の水無瀬は、自作弁当の出来栄えが気になって仕方がない様子だ。

 

 箸で持ったものを口には入れずに。

 

 から揚げを摘まんでは様々な角度から眺め元に戻し。

 

 卵焼きを持ち上げては様々な角度から眺め戻し。

 

 そして現在プチトマトを持ち上げて様々な角度から眺めようとして――

 

 ツルっと箸から滑り落とし取り乱しそうになりつつも、プチトマトさんが自力で白米の上に着地をキメて無事に生還をし、どうにか事無きを得てホッと胸を撫で下ろしたところである。

 

 

(プチトマトの出来はあんた関係ないでしょーが)

 

 そんな彼女の様子に、希咲は思わず苦笑いが漏れる。

 

 

 状況としては――

 

 自分の親友である水無瀬 愛苗が、クラスメイトの弥堂 優輝(びとう ゆうき)の為に弁当を作ってきて。

 

 そして現在校内のどこかで彼がそれを食している。

 

 そのため、彼女は自分の作ってきた弁当が彼の口に合うかどうかが気がかりで、一向に自分の食事が進まない。

 

――というわけだ。

 

 

 左手で頬杖をついた希咲は、右の頬に垂れて来た毛束を指でクルクルと回す。

 

 

(う~~ん……)

 

 心中で唸りながら思いを巡らせてみる。

 

 

 青春真っ盛りの現役JKがクラスの男の子に手ずからお弁当を作ってきてあげる。

 

 

 どう考えてもこれは『そういうこと』なんだろう。

 

 

 なにせ、希咲は一年生の時から水無瀬とは友達で。

 

 彼女から何かにつけて『弥堂くん』『弥堂くん』と聞かされているし。

 

 お弁当を作ってあげたいけど料理をしたことがないからって、彼女がお母さんに教わりながら数ヶ月も練習をしてきたことも知っている。

 

 

 そしてこの度無事に仮免許を取得し、本日ついに決戦に挑むことも本人から聞いて知っていた。

 

 念のためにと、昨日は彼女の弁当を試食してあげてもいる。

 

 

 状況証拠だけを見るのならば――

 

 自分の親友『水無瀬 愛苗(みなせ まな)』は『弥堂 優輝(びとう ゆうき)』のことが好き。

 

 

 そうとしか考えられないのだが。

 

 希咲 七海(きさき ななみ)にはどうにも腑に落ちない思いがあった。

 

 

 何というか、そう――彼女から『恋心』のようなものが一切感じられないのだ。

 

 

(そういえば今まで“そういう”話をしたことなかったわねぇ……)

 

 

 手慰みに指に巻きつけていた髪を解放し、頬杖をやめる。

 

 パックジュースをまた手に持つと背もたれに寄りかかり、姿勢を変えた。

 

 スラリと――細く長いその右足を持ち上げ、左膝の上に置き足を組む。

 

 紙パックに刺さったストローを唇に当てながらより深く思案をした。

 

 

 年頃の女子高生にあるまじきとは自分でも思うのだが――

 

 希咲自身も、自分の身の上的なものや周辺の人間関係上、あまり自分自身に関する色恋沙汰の話を好まないところがある。

 

 そのため所謂『コイバナ』を、この親友と自他ともに認める水無瀬 愛苗ともしたことがなかった。

 

 

 実のところ、他人のコイバナは好物ではあるが自分のことは話したくない。

 

 そのため、他の女子がそういう話をしていても加わりづらいところがあるのだ。

 

 

 水無瀬をぼんやりと見つめながら、パックに残ったレモンティーを全て吸い上げ、そして考える。

 

 彼女は昼休みの残り時間にようやく気付いたのか、慌てて一所懸命にご飯を頬張っていた。かわいい。

 

 

 

 希咲から見て、水無瀬 愛苗はこういった仕草の一つ一つ――というかもう結論全部かわいい。

 

 ――のだが。

 

 

 良く言えば純真で無垢で初心で。

 

 ちょっと悪く言えば同じ年頃の他の少女達と比べても少し情緒が幼い。

 

 そんな風にも感じていた。

 

 

 この水無瀬から――

 

『誰々が好きでー』とか。

 

『昔の好きな人がー』とか。

 

『元カレがー』とか。

 

――なんて話はもちろん聞いたことがない。

 

 

 それどころか。

 

 そもそもそういった恋愛事情の存在なども、全くを以て想像がつかなかった。

 

 

(でもだからって、まさか初恋ってわけでもないだろうし……)

 

 

 自分も自分で他人様のことをどうこう言えるような『事情』でもないのだが。

 

「うーん……」と唸ってしまう。

 

 

 パックの中身は気付けばもうもうなくなってしまっていた。

 

 にも関わらず。

 

 思考に気をとられ、咥えたままになっていたストローの先端を、逡巡するように舌先で弄ぶ。

 

 

(一度そういう話もあたしからツッコんだ方がいいのかしらねぇ……)

 

 視線を宙に彷徨わせた。

 

 

(『親友』かぁ……)

 

 

 希咲 七海と水無瀬 愛苗。

 

 お互いにちょっとだけ『特殊』な身の上で。

 

 お互いにその『事情』を軽くは伝えあってはいる。

 

 軽く。浅く。

 

 

 だが、この先も『親友』として関係を続けていくのであれば、もう少し踏み込んでいきたい。

 

 そんな風にぼんやりと考えてはいた。

 

 

(いいきっかけではあるかもね。愛苗のこと知ってるつもりで、まだまだ全然知らないし)

 

 

 意外と聞いてみたら、先程想像もつかないと称した彼女の恋愛経験が割と豊富だった――なんてこともあるかもしれない。

 

 これまでに2、3人くらい男の子と付き合ったことがある――なんてことも。

 

 絶対にないとは言い切れない。

 

 

 そうだ。勝手なイメージで決めつけることはよくない。

 

 自分自身それで嫌というほど不快な思いをしてきているというのに。

 

 ちゃんと聞いて、ちゃんと知って。

 

 それからちゃんと親友をやろう。

 

 

 それには当然、自分のことももっと話さなければならない。

 

 それは少しだけ憂鬱で。

 

 いつも胸に刺さったままの小さな棘のようなものが、鈍い痺れに似た幻痛を伝えてくるようだった。

 

 

 でも大丈夫。きっと『上手く』やってみせる。

 

 

 そう自嘲してから、希咲は「うんうん」と自分を鼓舞するように頷く。

 

 すると、口に咥えたままの空の紙パックもそれに合わせて動いたのが視界に映った。

 

 

「おっと、これはさすがに行儀わるすぎ」と改める。

 

 反射的に、組んでいた足を揃えて座り直し、寄りかかっていた背もたれから身体を起こした。

 

 そうすると、口に咥えていたストローから空の紙パックが抜けて落下する。

 

 希咲は危なげなくそれを片手で掴み取った。

 

 

 それから視線を上げると、首を傾げた水無瀬がこちらにまん丸な目を向けていた。

 

 

 きっと『うんうん』唸っている自分に気付いて不思議に思ったのだろう。

 

 一連の自分の不作法を見られた後ろめたさもあり、希咲は「なぁに?」と苦笑いを浮かべながら声をかけた。

 

 

 水無瀬は首を傾げたままじーっと希咲を見つめ――てから、何かを思いついたようだ。

 

 

 その目を“ぱちくり”と一つ大きく瞬きさせる。

 

 漫画でよくある閃きの電球代わりか――

 

 水無瀬の頭の上にお花がピコンっと生える――そんな様を希咲は幻視した。

 

 

 水無瀬は箸で掴んでいた一口サイズの卵焼きを希咲の口元へと差し出す。

 

 それを受けて、今度は希咲がその形のよい猫目を丸くさせた。

 

 

 希咲はすぐに優し気に目を細め、微笑む。

 

 

 そして、少しだけ顔を左に傾け、右手で耳に掛けるように横髪を押さえる。

 

 

 口を開いて。

 

 差し出された卵焼きを口腔内に含み、舌の上にのせてからその唇を緩く閉じる。

 

 合図を送るように軽く歯をあてると、薄い桜色の箸が唇の間をゆっくりと滑り引き抜かれた。

 

 

 じっくりと丁寧に咀嚼をする。

 

 すると、作り手本人そのもののような優しい甘さが――

 

 舌の上から、口の中から身体中に拡がるようで。

 

 

 それは麻酔がかかっていくよう。

 

 

 先程感じた憂鬱を――

 

 胸に刺さった棘から染み出る鈍い痛みと痺れを――

 

 甘く優しく溶かしてくれた――ような気がした。

 

 

 錯誤的な惜しみを感じながら麻酔薬のような甘さを嚥下する。

 

 こちらの表情を窺うように向けられている少しの不安を孕んだ丸い瞳を、希咲は見つめ返した。

 

 

 自分に出せる一番の優しい声――

 

 それを精一杯心掛けながら、声帯を操り、舌を操り、言葉をのせる。

 

 

「――ん。美味しいわよ。ありがと」

 

 

 目の前の少し幼いその面差しが満面の喜色を咲かせた。

 

 それを見て、優しさを返すことに成功できたのだと安堵する。

 

 

 それだけで彼女が――

 

 水無瀬 愛苗が自分にとって――

 

 

 希咲 七海にとって大事な友達で。

 

 自分は彼女のことが好きなんだと。

 

 そう確認できた気がした。

 

 

 心に誓う。

 

 

(この子は絶対に――あたしが守る)

 

 

 にへらと笑っていた水無瀬――

 

 だが時間がないことをすぐに思い出したようだ。

 

 

 彼女がまた慌てて食事に戻るのを見守ってから、希咲は窓の外に目を向ける。

 

 

 よく晴れた日の春の空。

 

『あいつ』が持って行ったお弁当袋と同じ色の青い空。

 

 その空に願う。

 

 

 今頃この空の下で――

 

 あのお弁当袋の眼つきの悪い犬のアップリケの様に座り込んでいるあいつが――

 

――今の自分と同じ様な気持ちでいて欲しいと。

 

 

 この優しい甘さが――

 

 あの気難しい鉄面皮に麻酔をかけて――

 

――同じように溶き解してくれていればいいなと。

 

 

 そうであって欲しいと――希咲 七海は願った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。