俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章17 狭間の夜 ➀

 シャワーを浴び終えてダイニングルームへ戻る。

 

 

 前髪をつたってポタポタと床に落ちる水滴を踏みつぶしながらダイニングテーブルへ近づいていく。

 

 

 椅子に座り一息を吐く。

 

 

 今日も今日とて長い一日だったと背もたれに体重を預け天井を見上げた。

 

 

 肉体的にはまったく疲労などないんだがなと自嘲する。

 

 

 

 あの後、水無瀬と別れた俺は路地裏を巡回し何組かの不良を殴ってから帰宅してきていた。

 

 一人だけ、誤って人相の悪いだけの一般人を殴ってしまったのだが、まぁ一人くらいなら誤差に過ぎない。問題はないだろう。

 

 誠心誠意の謝罪をするために後日職場と実家を訪ねさせていただく、手抜きなど一切しないと伝えたところ快く許してくれた。気のいい奴だった。

 

 

 それから家に帰り、義務感からコーヒーを煎れ一口飲んで残りを捨て、食事を摂りながら今日中にしなければならない連絡などを済ませ、そして今シャワーを済ませてきたところだ。

 

 

 4月17日 金曜日のもうすぐ21時になる。

 

 

 明日と明後日は学校は休みとなっており、ひとまずはこれで今週の仕事は一区切りとなる。

 

 

 とはいえ、俺自身が完全にオフになるわけではない。

 

 

 無意識に天井の汚れを数えて思考のリソースを減らされるので、首にかけていたバスタオルを自分の顏に被せ視界を塞ぐ。

 

 

 

 土日の予定を確認する。

 

 

 まず明日の土曜日。

 

 確定した予定はまだないが、先方が上手くやれば人に会いに行くことになる。

 

 朝からいつでも外出できるように備えておく必要があるだろう。

 

 あとは来週の活動のために街を廻りたい。街と言っても路地裏だが。

 

 地理の把握がまだ十分だとは言えないので、いざという時の逃走経路の準備なども含めて適当に目に付いた奴を殴りながら少し巡回をするか。

 

 

 次に日曜日。

 

 まず午前中は風紀委員会の仕事で町内のボランティア活動だ。

 

 しっかりと目立つ場所でこれ見よがしにゴミ拾いをし、自分たちは友好的で役に立つ集団であることを近隣の住民どもにアピールをして騙さなければならない。

 

 重要な任務だ。

 

 そして夜には大事な商談があるので新美景駅まで足を運ぶことになっている。アポは取っていないが先方の予定は内通者を通して予め掴んでいる。

 

 気を抜いてリラックスしているところを訪問して、事態を把握する前になし崩しに言質を録り、何が何でもこちらの要求を呑ませる。

 

 

 後は月曜日の朝に廻夜部長に提出するレポートと、来週中に提出しなければならない反省文の作成くらいだろうか。

 

 どちらもノートPCを使って作業をするつもりだったのだが、生憎そのノートPCは昨夜、希咲のせいで壊れてしまった。

 

 

 仕方ないので合間の時間でスマホを使って進めていくしかあるまい。

 

 

 来週中に提出をしなければならない反省文は既に4件ある。クソッタレめ。

 

 今週分に関してはY’sに代筆させることによってどうにか間に合わせることが出来た。

 

 もしも奴が書いたものが教師受けがいいのであれば、今後は全て奴にやらせるのもアリかもしれない。

 

 

 直近の予定に関してはこんなところだろうか。

 

 

 次はやり残しがないかを確認する為に今日のことを振り返る。

 

 

 長く感じる一日ではあったが特筆すべきような事柄は多くない。

 

 

 まず一つ目は、来週から始まる『放課後の道草なしキャンペーン! ~みんなまっすぐお家に帰ろうね!~』だ。

 

 二つ目は、我が校を含めた街のアウトローたちの勢力争い。

 

 そして三つ目は、これはあえて付け加えてやるなら程度のものだが、希咲とのいくつかの約束事だ。

 

 

 一つ目に関しては、これは風紀委員としての仕事となる。

 

 放課後に目的もなく街を徘徊する愚かな生徒どもをぶん殴って帰宅させるだけの簡単な仕事だ。

 

 しかし、これは建前のような名目であり、謂わば二つ目の仕事のためのアリバイのようなものだ。

 

 

 二つ目。

 

 これは一つ目の風紀委員の任務の裏で進める俺個人の用事のようなものだが、むしろこちらの方が重要であると云える。

 

 街のアウトローどもの勢力図や利権に介入するために、『放課後の寄り道なしキャンペーン』を風紀委員で決議されるように前々から工作をしてきたのだ。

 

……『寄り道』ではなく『道草』だったか?

 

 まぁ、どちらでもいい。

 

 

 この謀の協力者は自分のナワバリを拡げたいようだが、それは俺にとってはどうでもいい。

 

 俺の目的は街で出回り始めていると情報のあった『新種の薬物』、これの入手と製造法や仕入れルートの確保にある。

 

 その為に利用できるものは利用させてもらうつもりだが、それは相手も同じことだろう。

 

 協力者であっても決して味方などではない。

 

 

 最後に三つ目。

 

 希咲 七海との約束。

 

 あの女から3つの要求をされたが、これに関しては極力履行していくつもりだ。

 

 

 もちろん、約束をしたからには守る――といったつもりはサラサラなく、単にあの女には利用価値があるかもしれないので、その為に貸しを作るのが目的だ。

 

 

 昨日の段階では、適当にカモを釣るための餌にする程度のことしか考えていなかったが、もしかしたら街のバカどもとやり合う際にあの女を利用できるかもしれない。

 

 戦闘員として頭数にすることもできるが、恐らく他にもっと有用な使い途があると踏んでいる。

 

 

 彼女との約束も3つ。

 

 

 一、水無瀬の護衛。

 

 二、水無瀬を4月20日の月曜日は甘やかす。

 

 三、水無瀬の様子について希咲から聞かれたら報告をする。

 

 

 水無瀬のことばっかじゃねえか。あいつ気持ち悪ぃな。

 

 

 だが、まぁ、どれも大した内容じゃない。

 

 面倒なだけで難易度としては問題にはならないだろう。

 

 面倒なことが一番の問題だとは謂えるかもしれないが。

 

 

 

 こんなところだろうか。

 

 

 街でのことに関しては明日と明後日で準備をし、希咲とのことは月曜日からやればいい。

 

 どれも遂行する上では何も難しくはないだろう。

 

 希咲との約束事に関しては多少の我慢を強いられるだろうが、ストレスに耐えるのは得意な方だ。問題はない。

 

 

 

 しかし、あれだけの無駄な時間を割いてこれだけのことしかないのか。

 

 

 情けなくも思うが、だが、普通の生活などというのはこんなものだろう。

 

 

 

 他には何かなかっただろうか。

 

 

 思い出そうとすると頭に靄がかかったようにボーっとする。

 

 

 おかしいな。

 

 

 長い一日だった、とは感じたが、こんな時間に眠気に襲われるほど疲弊した自覚はなかった。

 

 

 これは衰えなのだろうか。

 

 

 ぬるま湯のような日常を送っているとこうまで緩むのか。

 

 

 こんな調子なら何か失念していたとしても不思議ではない。

 

 

 

 見落としなどないとは思うが、念のため記録を探ることにする。

 

 

 顔を覆うタオルの下で眼を閉じる。

 

 

 

 時間はそうはかからなかった。

 

 

 

 2秒。

 

 

 

 それだけの時間で事足りた。

 

 

 

 俺は反射的に強く眼を見開き、思わずガバっと身を起こした。

 

 

 それに伴い顔に被せていたタオルが床に落ちたが、そんなことはどうでもいい。

 

 

 

 なにが『他には何かなかっただろうか』、だ。

 

 

 あっただろうが。

 

 

 むしろ一番大きな出来事が。

 

 

 

 魔法少女。

 

 

 

 よりにもよってこんなイカレた出来事を忘れているとは。

 

 

 というか、忘れるか? 普通。

 

 

 確かにあの路地裏での水無瀬たちとのやりとりの怠さを考えれば、脳が覚えていることを拒否するようになるのも無理はないかもしれないが。

 

 

 これはいよいよ俺もヤキが回ったかと、思わず口角が上がる。

 

 

 

 まぁ、しかし、自嘲をしていても時間の無駄だ。

 

 

 思い出したことについて考える。

 

 

 

 魔法少女、水無瀬 愛苗。

 

 

 

 この二つの単語だけで自分の正気を疑いたくなるが、しかし実際に現実に遭遇をしてしまってはそれを事実として受け入れる他ない。

 

 

 不可思議な現象であり、それとの出会いは荒唐無稽なものではあるが、それが存在することの意味合い自体は至ってシンプルだ。

 

 

 “ゴミクズー”というふざけた名前の化け物がいる。

 

 魔法少女はそれを倒すための者だ。

 

 

 たったそれだけだ。

 

 

 しかしそれは、あくまで奴らからヒアリングをした内容が真実であることと、奴らが正しく事実を認識していることが前提となる。

 

 それに関しては現時点で俺に確かめることは出来ないし、それを確かめなければならないような事態には陥りたくない。

 

 

 魔法少女や“ゴミクズー”、それに“闇の秘密結社”とか言ったか、それらに対する俺の基本スタンスは不干渉だ。

 

 出来ればそれを貫き通したい。

 

 

 魔法少女絡みの一連のものは、その存在自体はシンプルではあるが、そこに俺の事情が絡むとそうではなくなる。

 

 そのため、水無瀬と取り引きを交わしてまで互いに不干渉でいることを約束し、約束させた。

 

 彼女にはその自覚はなく、その意味もわかっていないだろうが。

 

 

 

 水無瀬 愛苗。

 

 彼女を追い詰めてみた一幕だが、あれは別に戯れに思い付きで少女を虐めてみたくなったわけではなく、一応明確な目的はある。

 

 

 一つは、彼女の存在の揺らぎを視ること。

 

 精神的に追い込まれた時にその精神性がブレることはないか、またその存在自体が揺らぐことはないか、それを試してみたかった。

 

 結果としては、彼女の精神を弱らせることは出来たが、しかしその一方で存在自体が揺らめくことはなかった。

 

 

 それは俺としては見込み違いの現象であり、ということは魔法少女とは俺が思っているようなものではなく、完全に理解不能で不可思議極まるモノということがわかった。

 

 要はわからないことがわかったということか。

 

 

 もう一つの目的は、彼女とした取り引きのとおり、お互いに相手の事情には首を突っこまないと不可侵と不干渉を誓わせることだった。

 

 これに関しては水無瀬がどういう行動に出るかはわからなかったので、上手く約束を取り付けることが出来ればツイている、そんな程度にしか考えていなかったが、結果的には“いい方”に転がってきた。

 

 

 もちろん、俺にとって“いい方”だ。

 

 

 何故こんな約束を成立させたかというと、それは来週からの俺の活動にとって魔法少女という存在が邪魔でしかないからだ。

 

 

 放課後に寄り道をしている美景台学園の生徒を取り締まる風紀委員としての仕事。これに関しては別にいい。

 

 しかしその真の目的は、街に居るアウトローどもと揉めることにある。

 

 そしてその結果、“新種のクスリ”とやらのルートや製法を抑えることが俺の勝利条件だ。

 

 

 今日の昼休みに提供された情報では、そこいらで売られているようなことになっていたが、言うほど世に出回っているわけではない。

 

 

 俺の方でも事前に情報は掴んでいたが、未だ実物にまでは辿り着いていない。

 

 

 外人街の連中は狡猾だ。どうやって売る相手を選定しているのかはわからんが、簡単には尻尾を掴めないだろう。

 

 そして奴らは用心深い。こちらから向こうのシマに乗り込んで行っても、力づくで手に入れることは困難だと考えている。

 

 いざとなればそうすることもあるだろうが、それをした場合はまず間違いなく俺はこの街には居られなくなる。奴らだけではなく警察まで敵に回すことになってしまうだろう。

 

 今のところは現在通っている学園を卒業して、『高校卒業』の資格を手に入れるつもりなので、それはかなり優先順位の低い手段となる。

 

 

 ではどうするかと考えたのが、こちら側にまで奴らの販路を拡げさせることだ。

 

 

 現在、新美景駅の北側と南側で別々の勢力が棲み別けている状態になっている。

 

 

 北側は外人街と呼ばれるスラムで、南側の主に今日訪れた路地裏などは街の不良どものナワバリになっている。

 

 

 現状この二つの勢力は仲がいいわけではないが、表立って対立しているわけでもない。そういった関係になっている。

 

 

 今俺が考えなければならない勢力はとりあえず4つだ。

 

 

 外人街、路地裏のギャング、佐城派、地回りのヤクザ。

 

 

 

 まず外人街。

 

 俺の目的のクスリを持っている連中で当面のターゲットとも謂える。

 

 今のところ積極的にナワバリの外に出てきてはいないが、反面外から奴らのナワバリを侵しにいくのはそれなりに困難な存在。

 

 

 次に路地裏のギャング。

 

 南口の路地裏を占拠している主に地元の不良たちで構成されている連中。高校を卒業後もしくは中退後に行き場がなく路地裏に行き着いた、そんな輩が多い。恐らく数としては一番多いが頭の悪い者も多く、戦闘の実力もピンキリだ。

 

 必然的に構成員は美景市内の各学校のOBが多いので、在校時のコネクションは生きており、彼らの後輩となる現役の各学校の不良生徒の多くはこいつらの一派だと考えてもいい。

 

 

 もちろんそれは俺が所属する美景台学園も例外ではない。

 

 それが佐城派となる。

 

 

 現在美景台学園の三年生となる佐城という男を筆頭にした不良グループだ。グループというよりも最早一味、一党と謂ってもいいかもしれない。それくらいの規模だ。

 

 美景台学園内の不良の勢力は現在二分されていて、実質佐城派は学園の半分を支配しているとも謂える。あくまで不良たちの界隈での話だが。

 

 

 佐城派は一応は街のギャング共の傘下ということにはなる。

 

 だが、今日提供された情報では、その関係性はあまり良好ではないようだ。

 

 

 佐城派の連中は学園内でもハバをきかせてきており、他の派閥の不良だけではなく一般生徒までも取り込もうとしており、そいつらを使って麻薬を買わせて売らせて、女生徒に売春をさせたりもしているようだ。

 

 

 昼に電話で話した男が懸念しているのが、佐城派が勢力を増し、学園内でこういった犯罪行為が増加することのようだ。

 

 

 そしてその男の所属する勢力が地元のヤクザということになる。

 

 

 しかし、こいつらは先述の3つの勢力に比べると劣勢と言っていい。

 

 

 本来であれば佐城派のような不良や街に居る不良どもも、地元のヤクザの下につくのが慣習のようなものであったのだが、近年の暴力団に対する規制の強化の影響もあってその支配力、実効力、影響力を失った形になる。

 

 街の不良どもは所謂“半グレ”と呼ばれる者たちになり、管理されない悪としてそれぞれが好き勝手に悪さを働くようになった。

 

 

 路地裏のギャングと一括りにはしているが、もちろん連中は一枚岩などではなく、細かく派閥やグループが別れておりそれぞれが別々の後ろ盾を持っているケースもある。そのため内部抗争も多い。

 

 佐城が上と揉めたというのもその一部だろう。

 

 今のところそのギャング一派内では大きく争ってはいないようで、一応は互助関係のような契約を取り決めてはいるようだ。

 

 

 そして管理されない悪は当然いつまでも管理されずにいられるわけがない。しかし、そいつらを管理するのは法や正義などではなく、別のもっと大きな悪だ。

 

 

 それが外人街だ。

 

 早い話、こいつらは海外マフィアだ。

 

 日本国内に拠点を作るために、出稼ぎや留学、海外企業や外国人労働者の誘致などを利用して入国し、そのまま失踪をして既に現地に潜んでいた仲間に迎え入れられ、陰でひっそりとこの国に張る根を増やし伸ばしていっている。

 

 

 そしてヤクザの管理を離れた半グレたちは海外のマフィアに取り込まれつつある。

 

 

 それは恐らく美景市だけのことでなく他の街でも同じような状況なのだろうが、この街に関しては運が悪いと謂えばいいのだろうか、15年ほど前に一度大きな災害により街ごと滅んでいる。

 

 文字通りの意味で壊滅状態になった街が復興をした結果が現在の俺達が住んでいる美景市ということになる。

 

 

 表の社会が復興するのと同様、裏の社会も復興を図っていたのだが、そこに全国的な暴力団に対する規制の強化が重なり、現在ではひっそりと存続をするので精一杯といった状況だ。

 

 

 そこで空白となった街の裏を仕切る席に余所者が座ったことになる。

 

 

 支配者が誰なのかが決定的になったとまではいかないが、少なくとも元々そこの座に居たヤクザたちでないことだけは確かだ。

 

 

 俺とはもう馴染みとなりつつあるあの男は、きっと最終的な目標としては再びこの街の裏社会のトップに返り咲くことを目指しているのかもしれないが、現実的な思考をする彼は現状としては各勢力のバランスをとることに注力しているようだ。

 

 

 どこかが抜き出ることやどこかが滅ぶようなことにはならぬように、現状よりも大きくは良くも悪くもならないように努めているように見受けられる。

 

 その中で自身の勢力を強めていく方針なのだろう。

 

 

 街の裏に関しては大雑把にはこのような事情になっている。

 

 

 そして、その全てが俺には関係がない。

 

 

 このような情勢の中での現段階での俺の狙いは、各勢力を争わせることとなる。

 

 そうすると恐らく外人街が優勢となり、他の勢力は弱体化することになるだろうと予測している。

 

 その結果何が起こるかというと、他のワルどもは外人街の傘下となり、奴らの仕事をやらされることとなる。

 

 

 他の弊害が多く起こるだろうがその中の一つとして、例のクスリがこちら側に流れてこないかと期待している。

 

 

 スラムに潜入して売人を探して潰して元を辿っていくよりも、奴らの下請けにされた地元のギャングどもから現品を奪い取る方が簡単だしリスクも少ない。

 

 

 

 そして、ここまできてようやく何故魔法少女が邪魔になるのかという話に繋がる。

 

 

 俺の希望としては人間と人間が争っていてもらわなければ困るのだ。

 

 

 人間と魔法少女、或いは人間と“ゴミクズー”、こういった争い関係が起こるのは俺の目的の障害となる。

 

 

 もしも水無瀬が、その魔法の力で以て悪い化け物だけでなく、悪い人間にまで攻撃を仕掛けたら。

 

 

 魔法少女の実力が実際のところどの程度のものかは予測の範囲を過ぎないが、まず普通の人間が束になっても敵うようなものではないだろう。

 

 もしも彼女が正義感のままに街にいる悪を一掃するようなことをしてしまえば、俺にとって非常に都合が悪いことになる。

 

 

 その為に『人間には手を出すな』という約束をさせ、また実際に彼女が人間同士の争いや犯罪現場に遭遇した場合、どういった行動に出るのかを予測するために、ああやって追い詰めてみたのだ。

 

 

 その結果だが、とりあえずは特に問題はなさそうだと判断をした。

 

 

 悪事や犯罪になどまったく免疫のなさそうな少女で、正義感も強そうではある。

 

 だが、彼女は思考の瞬発力がない。致命的に遅い。

 

 

 もしも、魔法少女である彼女がそういった現場に遭遇をしたら、恐らく最終的には魔法を使って事態の解決をしようとするだろう。

 

 

 だが、その判断を下されるのは本当にギリギリのところまで遅らされることだろう。

 

 そして、少なくとも最初の一回目は必ず手遅れになる。

 

 

 今日の経験からそのように俺には視えた。

 

 

 その一回目を経て以降に彼女がどうなるかは今はわからないが、その判断はその時にすればいいだろう。

 

 もしも取り返しのつかないようなモノに為るのであれば、始末をする必要も出てくるかもしれない。

 

 

 出来ればそれまでに一度、魔法少女の戦闘の様子を観察しておきたいところではあるが、それは機会があればでいいだろう。

 

 

 今日は何故俺に突破することが出来たのかわからないが、奴らの言う結界というものの詳細がわからない以上、迂闊に近づくのはリスクが高い。

 

 

 よって、当面は不干渉、ということになる。

 

 

 こちらがヤツらの領域に近づかないのも重要だが、あちらをこっちの領域に近付けさせないことも重要だ。

 

 

 仕事をする際にはより注意が必要となるだろう。

 

 

 元は月曜から街で大暴れしてやるつもりだったのだが、そのあたりの計画は修正する必要がある。

 

 もしかしたら進行に遅れが生じるかもしれない。

 

 

 おのれ、魔法少女め……。

 

 

 

 

 それはともかく。

 

 

 魔法少女への憎しみを募らせていても仕方ない。

 

 

 当面は彼女は俺の敵ではないし、俺は“ゴミクズー”ではないので俺も彼女の敵にはならない。少なくとも当面は。

 

 

 俺は俺で自分の部屋のゴミクズを片付けねばならない。

 

 明日は燃えるゴミの回収日であり、Y’sから言われたように今夜のうちに部屋の中からゴミを出しておくべきだろう。

 

 もしかしたら早朝から急に出かけることになる可能性もある。

 

 今のうちに済ませておこう。

 

 

 俺は立ち上がり部屋の隅に適当に置いてあるゴミ袋へ近づく。

 

 

 一応中身を確かめる為に袋の口を拡げて覗き見る。

 

 

 まず真っ先に目に付くのは昨日希咲のせいで壊れたノートPCだ。

 

 

「ふむ……」

 

 

 少し考える。

 

 

 明日は燃えるゴミの日だ。

 

 

 燃えるか、燃えないか。

 

 

 それをどう判断するべきだろうか。これは中々に難しい問題である。

 

 

 何故なら燃えるか燃えないかとは、燃やせるか燃やせないかということであり、そして燃やすという現象を起こすことが可能か不可能かは俺の問題ではないからだ。

 

 

 つまり、俺が考えることではないと判断をし、そのままゴミ袋の中に入れておく。

 

 

 燃やせるかどうかは俺ではなく業者の火力の問題だ。

 

 燃やせない物を入れられたくないのであれば、何でも燃やせるように火力を上げる企業努力をするべきだ。

 

 

 何が分別だ。甘えるな素人め。

 

 

 俺は心中でゴミの廃棄業者と大家に悪態をつきながらキッチンへ向かう。

 

 

 そして、先程コーヒーを煎れるために沸かしたお湯の残りを温め直そうと、コンロのスイッチを入れヤカンを再度火にかける。

 

 

 それからダイニングテーブルに戻り床に落ちていた使用済みのバスタオルを拾い上げ、今度は壁際に向かう。

 

 壁に吊るしたハンガーにバスタオルを掛けようとして手が止まる。

 

 

 ハンガーには先客がいた。

 

 

 シャワーに行く時に床に脱ぎ捨てていた制服のスラックスを、元々バスタオルを掛けるために壁に吊っていたハンガーに掛けてしまっていたのだった。

 

 

 ハンガーに掛けることが出来るのはどちらか一方のみ。

 

 

 さて、どうするか。

 

 

 少し考えてひとつ思いつく。

 

 

 クリーニングから返ってきた制服にハンガーが付いているはずだ。それを使えばいい。

 

 

 寝室に置いてあるクリーニング済みのそれを取りにいこうと足を踏み出そうとしたところで、いや待てよと、止まる。

 

 

 クリーニング済みの制服から引き抜いたハンガーにバスタオルを掛けたらクリーニング済みの制服はどうなる?

 

 これではクリーニング済みの制服を掛けておく物がなくなり、床に放っておくしかなくなってしまう。

 

 

 なんということか。

 

 

 これでは結局のところ、常にハンガーは一つ足りない状態のままになってしまうではないか。

 

 

 これはどうしたものかと壁に掛かった使用済みの制服ズボンを睨む。

 

 

 答えはすぐに出る。

 

 

 手に持ったクリーニング済みの制服を壁に掛ける。

 

 そしてその隣の元々壁に掛かっていたスラックスをハンガーから抜き取り、バスタオルと一緒に掴んでゴミ袋の方へ向かう。

 

 

 口を開いたままの袋の中に使用済みの制服とタオルを突っ込む。

 

 

 これで無事に解決だ。

 

 

 俺は満足げに壁に掛かったクリーニング済みの制服と隣の空きハンガーを眺めた。

 

 

 よくよく考えれば、着終わった物をいちいちクリーニングに出すのも面倒だな。回収にも行かねばならないし。

 

 これからは使い終わったらすぐに捨ててしまうか。

 

 

 タオルも制服も新品を大量に買っておけばいい。

 

 

 金ならあるし、その方が効率がいい気がしてきた。

 

 

 こうすれば常に空いているハンガーを確保しておける。

 

 

 何かが間違っているような気もしたが、俺が何かを間違えることなど別に珍しいことでもない。気にするだけ時間の無駄だろう。

 

 

 そうしているとお湯が沸いたことを報せるヤカンの笛が鳴る。

 

 

 俺は右足を床から離し膝の高さまで上げてから踵を強く床に叩き落した。

 

 

 二度三度と大きく音を鳴らしながら床を踏みつけていると、階下から床に転がり落ちるような音がし、続けて慌ただしく駆けていく足音が聴こえた。

 

 

 俺は床を踏みつけるのを止め、けたたましく鳴るヤカンを熱し続ける火を消しに行く。

 

 そしてお湯を噴き溢すヤカンを手に持ちながら先程までゴミを詰め込んでいた袋を拾い上げ、それからベランダへ向かう。

 

 

 カラカラと鳴るガラス戸の音を置いてベランダの下を覗く。

 

 

 アパートの302号室である俺の部屋の外というか下にはゴミ捨て場がある。

 

 

 カラス避けのネットの掛かったそのゴミ捨て場を無感情に見下ろしていると、そこに一人の男が走ってきた。

 

 余程慌てているのか片足しかサンダルを履いていない。

 

 

 その男はゴミ捨て場に着くとすぐにネットを取り外し、3階から見下ろす俺の方へ身体を向けペコペコと頭を下げてきた。

 

 

 その挨拶への返礼というわけでもないが、俺は階下の男へ向かって手に持っていたゴミ袋を放り投げた。

 

 

 ガシャーンという破滅的な音と、それに少し遅れて「ヒィィィっ⁉」 という情けない男の悲鳴が夜空に響く。

 

 

 男は尻もちをつきながら自身の身体の脇に落ちたゴミ袋を茫然と見ていたが、俺が無言で見下ろし続けていることに気が付くと慌てて立ち上がり、ゴミ袋をゴミ捨て場へ収容した。

 

 

 この男は同じアパートの住人でありネット係でもある、202号室の小沼さんだ。

 

 

 小沼さんはととも神経質な人のようで、他人の出す生活音などに酷くストレスを感じるらしい。

 

 

 俺がまだこのアパートに越してきたばかりの頃、ちょうど今くらいの時間に突然俺の部屋へ彼がやってきて、足音がどうだの騒音がどうだのとクレームをつけてきたのだ。

 

 俺としては正直なところ、こういった集合住宅での暮らしに慣れているわけでもなかったこともあって、彼が何を言っているのかがすぐには理解できずに対応に困ったので、とりあえず彼を部屋に引きずり込み手足を拘束して軽く拷問にかけてやった。

 

 

 あくまで俺の主観だが、突然会ったこともない人間に部屋を訪問され文句を言われるレベルの音を立てていたつもりはなかったので、彼はクレームを付けに来たという体で部屋に上がり込み、盗聴器か何かをしかけるか、それとも直接俺を狙いに来た工作員か刺客の類だと思ったのだ。

 

 

 結果的にそれは違ったのだが。

 

 

 手の指を1本圧し折ってやっただけで音をあげた小沼さんが涙ながらに誠心誠意の謝罪をし命乞いをしてきたので、俺も2本目の指を圧し折ってやってから快く許してやることにした。

 

 

 そして、その日あったことを決して口外しないことと、俺が合図をしたら30秒以内にゴミ捨て場のネットを外すこと、さらに俺の許可なく引っ越しをしないことを条件に彼を解放してやった。

 

 もしも破れば彼の職場と実家に丁寧に挨拶をしに行くと伝えてやると、彼は喜んでそれらの条件を受け入れた。

 

 

 小沼さんとのそんな経緯を思い出しながら、俺は彼が再びカラス避けのネットを掛ける姿をジッと見張る。

 

 しっかりとネットを戻さないと、カラスを親の仇のように憎む大家さんに怒られるからだ。

 

 

 ここに越してきた時にすぐに思ったことが、ベランダの下にゴミ捨て場があるのなら部屋からゴミ袋を投げ捨てることが出来れば、わざわざ階下まで運ぶことなく効率的にゴミの処理が出来るなということだった。

 

 しかし、ゴミ捨て場にはネットが掛かっており、そのネットの中にゴミ袋を捨てないと大家さんに怒られるというジレンマがあった。

 

 

 そんな中での小沼さんとの出会いは俺にとって非常に都合のいいものであり、彼とはもう1年ほどの付き合いになるが、この間彼はとてもよく働いてくれている。

 

 

 しかし――

 

 

 俺は手に持ったヤカンを持ち上げ傾けると、ネットを戻し終えてこちらへまた卑屈にペコペコとする頭を下げる小沼さん目掛け、沸騰して間もないお湯を地上3階から注ぎかけた。

 

 

 言葉にならない叫びが上がる。

 

 

 千切れた蚯蚓のように地面をのた打ち回る小沼さんを醒めた眼で見下ろす。

 

 その動きがちょっと面白くて癇に障ったので空になったヤカンを彼の身体の脇に投げつけてやった。

 

 

 

――しかし。

 

 人間とは良くも悪くも慣れる生き物だ。

 

 

 小沼さんは非常に従順に己の仕事に従事してくれているが、それで甘い顏をすればすぐにナメられることになる。

 

 

 だからこうして定期的に力関係を理解させてやる為に躾をする必要がある。

 

 

 これがご近所様との人間関係を円滑にするための努力だ。

 

 

 この努力を怠れば水無瀬のところのクソ猫のように、ナメた態度をとってくるようになる。

 

 

 その証拠に小沼さんも二か月に一回ほどのペースで、もう引っ越しをさせてくれと要求をしてくる。

 

 

 なんでも、他人の生活音が過剰に気になる彼は少しの音でも敏感に反応してしまうので、俺がさっきやったゴミ捨ての合図とそうでない音の区別がつかない時があるのだそうだ。

 

 

 実際に階下に住む彼が突然バタバタと部屋から走って出ていく音を階上から感知することもあるので、恐らく嘘ではないのだろう。

 

 昨夜も希咲のせいでノートPCが壊れてしまった際に、彼が走り出す音が聴こえていた。

 

 

 しかし、そんなことは関係ない。

 

 

 俺は踵を返し部屋の中へ戻ると後ろ手でカラス戸を閉める。

 

 

 せっかく手に入れた便利なネット係を簡単に解放するつもりはない。

 

 

 シャッと小気味のいいカーテンレールの音を立てて幕を引く。

 

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