俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章17 狭間の夜 ④

 

 しばしの時間。

 

 

 俺は希咲に送るためのスタンプを探し、その“しばし”が30分も過ぎていることに気が付いた。

 

 そこまできてようやく『自分は一体何をしているのだ』と我にかえった。

 

 

 スマホをテーブルに置き天井を見上げる。

 

 

 なんというザマだ。

 

 

 昨夜も同じようなことをここで考えていたような気がしたが、改善されるどころか悪化しているじゃないか。

 

 

 真面目にどうにかすることを考えるべきだとは思えども、どうにも疲労感が酷い。

 

 今夜のところはやることをやってしまって、もう寝よう。

 

 というか、俺は何をしていたんだったろうか。

 

 

 くそ、あの女。

 

 

 ダメだ。あの女をどうこうすることばかりに思考が向かう。

 

 俺がどうにかするべきなのは自分のことだ。

 

 

 俺が修正を図っているとまた地獄からの呼び声が鳴る。

 

 

『ぺぽ~ん』

 

 

 俺は恐る恐るテーブル上のそれに視線を遣る。

 

 

 嘘だろ。

 

 まだやるってのか……?

 

 

 しかし、呆けていても仕方がない。

 

 俺は意を決してスマホを視る。

 

 

 そのように警戒をしていたが実際は別の人間からのメッセージだった――なんていうことはなく、送り主はもちろん『@_nanamin_o^._.^o_773nnさん』だった。

 

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:わすれてた』

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:内ポケット』

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:制服の』

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちゃんと見て』

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そのまま洗濯しちゃダメ』

 

 

 内ポケット……?

 

 

 チラリと床に落ちた制服に眼を遣る。

 

 

 そういえば制服のポケットの中身を片付けているところをこいつに邪魔されたんだったと思い出す。

 

 

 ポケットがなんだというんだ。

 

 

 慎重に左側の内ポケットに手を入れるが、空だ。

 

 こちらは先程中身を全て取り出していた。

 

 

 では逆側かと、右側のポケットを探る。手には紙の感触。

 

 

 取り出して視ると、まとめて二つ折りにされた何枚かの紙幣だった。やけに皺になっている。

 

 あちこちのポケットに適当に札を突っこんでいるのは別にいつものことだ。これがなんだというんだ。

 

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:返したからね』

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちゃんとしまっときなさいよね』

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:でも財布は別に買わなくていいから』

 

 

 返した……? と記録を探ると「あぁ」と腑に落ちる。

 

 

 正門前であいつに渡した金か。

 

 そういえば渡した後にあいつがそれをどうしたのかを全く気にしていなかったな。

 

 

 そんなことよりも――

 

 

「…………」

 

 

 何故これが俺の制服の上着に入っている?

 

 

 金の行方や処遇を気にしてはいなかったが、あいつから返してもらった記憶も記録もない。

 

 

 ということは希咲がこれを俺の懐に忍ばせたことになる。

 

 俺に全く気付かせずに。

 

 

 そんなことが可能なのか? と謂えば、まぁ可能なのだろう。

 

 

 なにもこの金のことだけではない。

 

 

 これ以外にも、俺の手からスマホを掠め取ったりもしていた。

 

 

 それと――

 

 

 チラリとテーブル上に視線を向ける。

 

 

 コーヒーの空き缶の飲み口に挿さったボールペン。

 

 

 これを押し付けられた時も、胸ポケットに入れられるのを俺はまったく気付くことが出来なかった。

 

 

 ジッと、ボールペンを視ると、リボンのように巻きつけられたヘアゴムが花のようにも見えた。

 

 

 魔法少女ほどのインパクトはないが、希咲 七海――彼女にも不可解で不可思議な部分がいくつかある。

 

 

 確かに常識はずれなスピードもそうだが、だが、速いというだけでここまで悟らせないことが可能なのか?

 

 

 何か秘密、トリック、そんなようなものがある気がする。

 

 

 しかし、それが何なのかは思いつきもしない。

 

 

 一体どうやって――と考えを巡らせようとすると、彼女からのメッセージが増える。

 

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:教えたげない』

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ひみつ』

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:今『どうやって⁉』って考えたでしょ?』

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ふふーん』

 

 

 ムカつくなこいつ。

 

 

 だが、わざわざ『教えない』などと言ってくるということは、教えない限りわからないと、その秘匿性に一定の自信があるということだろう。

 

 

 単純に手品のタネを隠しておきたいのか、それともその情報自体が彼女自身のなにかルーツのようなものに繋がるからなのか。

 

 

「ふむ……」

 

 

 ルーツ。出自か。

 

 

 そういえばと一つ思い当たる。

 

 

 俺が以前に過ごしていた地域にはスラムがあった。

 

 

 そこで育った者たちはスリの技術を習得していることが多かった。

 

 もちろんその技術の習熟度には差はあれど。

 

 

 もしかしたら、こうして見せびらかすように技術を行使してくるくせに、そのタネを徹底して明かそうとしないのは、自分がスラム出身であることを隠したいのかもしれない。

 

 

 それならそれで、こちらも構わない。

 

 

 俺としてもあの女を強請れるネタが一つ増えたことになるのは悪くない。

 

 直接の詮索はしないでおいてやろう。

 

 いつか彼女を脅迫するその時までは。

 

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:んじゃ』

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そゆことで』

 

 

 ふん、せいぜい今のうちに余裕ぶっていればいい。

 

 今日掛けさせられた手間は後々その身体を使って返してもらう。

 

 

 俺がそのようにほくそ笑んでいると、さらにメッセージが来る。

 

 ほんとしつけーな。

 

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あと』

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ぶすじゃないから』

 

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:おわり』

 

 

 知ってるよ。

 

 

 うんざりとするが、しかし、ようやくこれで終わりだ。

 

 これ以上の手間を取らされなくて済む。

 

 

 待てよ。

 

 手間?

 

 

 ここまで、こうして終わったと油断していた所を何度も引っ張り回されてきた。

 

 その時の状況を精査してみると、最後に俺から何か返事をしなかったことが気に食わないといった風に思われる。

 

 

 そうすると、これも何かしら返事をした方がいいのか?

 

 面倒だが、また戻ってこられる方が困る。

 

 

 どうするかと考えてみるが、別にあの女に言いたいことも言わなくてはならないことも特にないから、ここで言うべき適切なメッセージが思いつかない。

 

 

 厳密にいえば、あいつに言いたい罵詈雑言ならいくらでもあるが、ここでそれを言うのは素人のすることだ。

 

 俺は違う。

 

 

 だが、本当に面倒な女だ。

 

 昔に貴族の女を騙して炭鉱の権利書をまきあげる任務についたことがあったが、あの時よりも数倍ストレスが溜まる。

 

 ワガママお嬢様よりめんどくせーとか相当だぞ、あいつ。

 

 

 泣いて縋りつく貴族の女を踏みつけながら奴隷商人の差し出す契約書に印鑑を押した場面を思い出したところで、現状の問題を解決するアイデアに繋がる。

 

 

 印鑑。

 

 ハンコ。

 

 スタンプか。

 

 

 先程何故こんな無駄な時間をと嘆いたが、買ってしまったチャット用のスタンプの使い道が見つかった。

 

 

 なるほどな。

 

 

 スタンプなど何に使うのかと疑問視していたが、こういう時に使うのか。

 

 話を聞いている風で、返事をした風に勘違いできるし、させられるな。

 

 

 このような現代の人々のコミュニケーション方法には眉を顰めるが、しかしまともに相手をするつもりがない時に適当にやりすごすのには非常に便利そうだ。

 

 それなら俺も使える物は使わせてもらうこととしよう。

 

 

 俺は納得をし、先程購入したばかりのスタンプを表示させ送信をする。

 

 

 そして送信をした瞬間に、『しまった』と大きな失敗をしたことに気が付いた。

 

 

 奴が見る前に削除をすればまだ――と急いで画面に指を伸ばすも、既に手遅れであった。

 

 

 尋常ではないスピードで次々と奴から怒りのメッセージとスタンプが送られてくる。

 

 

「おぉ……すげぇ……」

 

 

 それを見て思わず感嘆の声が漏れた。

 

 

 めちゃくちゃキレてんぞあいつ。

 

 

 感心してしまう。

 

 

 さすが『他人を激怒させるスタンプ』だ。

 

 7800円もしただけはある。

 

 やはり値段相応の効果はあるのだな。

 

 

 今回は購入しなかったが、さらに上のグレードに12800円の商品もあった。

 

 あれを送り付けてやったらこいつどうなっちまうんだ。

 

 

 少し興味がある。

 

 

 しかし――

 

 

 未だにチャットルームの強制縦スクロールが止まらない。

 

 

 つい現実逃避をしてしまったが、取り返しのつかないくらいに希咲を怒らせてしまったようだ。

 

 

 いいから早く寝ろよ。

 

 

 俺はそっとスマホをサイレントモードにしてテーブルに置いた。

 

 

 そしてその場を離れ寝室の入り口へ向かう。

 

 

 中に入り戸を閉める瞬間、テーブルに視線を遣る。

 

 

 暗い部屋の中、唯一の光源となるスマホの光が、武骨で無機質なテーブルフラワーをぼんやりと浮かび上がらせていた。黄色とピンクの花びらが闇を彩る。

 

 

 音を立てずに蓋をするように戸を閉める。

 

 

 いつも通りベッドの脇に座り込み適当に毛布だけを被る。

 

 

 昨夜といい今夜といい、希咲のせいで家での時間をめちゃくちゃにされた。

 

 

 本当はもっと考えておかねばならないことはある。

 

 

 希咲のこともそうだし、明日からの戦いのこともそうだ。

 

 そして魔法少女のこと。

 

 

 だが、今日はもういいだろう。

 

 

 今日偶然にも魔法少女などという非常識なものに出会ってしまったが、そう何度も偶然は起きないだろう。

 

 

 気を付けてさえいればもう魔法少女とは出会わない。

 

 

 右手の親指の腹に残った13回分の感触を思う。

 

 

 最後に誰かにそう言ったのはいつだったろうか。

 

 

 それを思い出そうと記録に触れようとしてやめる。

 

 

 意味がないからだ。

 

 

 どれだけ鮮明に記録していようとも過去は現実に再現はできない。

 

 

 気怠い思いの重さに身を任せ俺は眼を閉じる。

 

 

 今日のようなことは明日にはもう起きないし、もちろん魔法少女とも出会わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――こんな時には何と言うべきだったろうか。廻夜部長が何か言っていたような気がする。

 

 

「――あわっ、わっ、わわわわわっ!」

「――ぶっ、オェっ……、めっちゃ揺れるッス……っ!」

 

 

 そうだ。

 

『そう思っていた時期が俺にもありました』だ。

 

 

 

 4月18日 夕方前の時分。

 

 

 昨日も訪れた新美景駅南口の繁華街の路地裏。

 

 その奥の方の入り組んだ路地で、俺は水無瀬を肩に担いで走っていた。

 

 

「ふわあーーー、あ、いたっ……⁉ 舌かんだぁ……」

「くわれるーーーーっ! 終わりっス! ジブンらもう終わりッスーーー!」

 

 

 うるせえよお前ら。

 

 

 俺は米俵のように担いでいる左肩の上の水無瀬のケツを睨んでから、さらに首を回し背後を一瞥する。

 

 

 くそ、邪魔だな、こいつのケツ。

 

 

「おい少年! テメー! なにどさくさに紛れてマナのケツに頬ずりしてんッスか! どうなんスか⁉ 男子高生は女子高生のケツに頬ずりするとどんな感想を抱くんッスか! 訊かせてくれッス!」

 

 

 こいつまだ余裕があるな。

 

 

 黙らせてやりたいところだが、こいつの優先順位は高くない。

 

 今もっとも注意を向けなければならないのは、背後から俺達を追いかけてくる化け物だ。

 

 

 昨日と同じネズミ。

 

 

 四つ足で地を蹴るそいつの目は血走っており、ひどく興奮しているようだ。

 

 完全に俺達を獲物として見ているこいつは例の“ゴミクズー”だ。

 

 

 昨日魔法少女である水無瀬が仕留めたネズミの化け物と一見同じに見えるが、恐らくこれは同種族の別個体だろう。

 

 

 その水無瀬はというと、いつも通りの姿で俺に担がれて運ばれている。

 

 こいつもペットのネコ妖精とやらも粟を食ったように叫ぶばかりでまるで戦おうとする様子がない。

 

 

 ついこいつらを持って現場から逃走を始めてしまったが、うるさいので置いてくればよかったと後悔している。

 

 

 役立たずめ。

 

 

 とりあえず、俺は腹いせに水無瀬のケツをパシンと引っ叩いた。

 

 

「あいたぁーーーーっ⁉ な、なんでお尻ぶつのぉ⁉」

 

「お前らうるせえんだよ」

 

「ご、ごめんなさーーーい!」

 

 

 現在の彼女は腹部を俺の肩に載せて担がれており、顏は俺の背中側を向いている為、必然的に尻が前――つまり進行方向に向いている。

 

 

「コラーーーーーっ! このエロガキャァーーーッス! またJKのケツ触りやがったなーーーッス! こんなに立派なお乳があるのにケツか! 少年はケツに夢中なんッスか! そっちが性癖なんッスか!」

 

 

 さっきから煩いこの猫は魔法少女のマスコットを名乗るネコ妖精などというイカれた存在だ。

 

 こいつは現在水無瀬のケツにしがみついており、俺が猛スピードで走っているため風で捲りあがりそうになる彼女のスカートを全身で抑えながら股の間にぶら下がっている。

 

 

 水無瀬の私服スカートの生地に食い込ませている爪を外してやろうかと眼を向けたところで一つ思いついたことがあり、俺は水無瀬のスカート捲って中を視た。

 

 

「ふむ…………白か……」

 

 

 今日は綿製の無地の白いおぱんつを穿いていた。

 

 

「こっ、ここここのやろーーーっ! なに当然の権利かのようにJKのスカート捲ってんだ! でも、どんな状況でもその性の衝動に忠実な漢らしいところ、正直ジブンはキライじゃないッスよ!」

 

 

 さて、そろそろこの状況をどうにかするかと考えるとまず思いつくのは、この自己主張の激しいマスコットを飢えた化け物の前に放り投げて、こいつが喰われてる間に逃げおおせることだが。

 

 それをやってしまうと水無瀬家へ賠償金を支払う羽目になるかもしれない。

 

 

 一応選択肢の一つとして保留をしておくが、あまり悠長にしているといつかは追い付かれて皆殺しにされるだろう。

 

 

 “ゴミクズー”。

 

 

 人知の及ばない化け物。

 

 

 当然、ただの人間である俺よりも走るのが速ければ、体力もあるのだろう。

 

 

 このままではジリ貧だ。

 

 

 

 そもそも。

 

 

 その化け物をどうにかするはずの魔法少女は、何故か変身もせずに俺に担がれてキャーキャー叫んでおり。

 

 こいつらとは関わらないように注意すると決めた俺が、何故こいつらと一緒に化け物と逃げているのか。

 

 

 我ながら嘆かわしくなる。

 

 

 確かこういった時にも、言うべきお決まりの台詞があったはずだ。

 

 廻夜部長はなんと言っていただろうか。

 

 

 それを思い出す為にも、芸がなく非常に恥ずかしいことだが、昨日と同様に何が原因でこのような状況になったのかを、本日4月18日の最初から思い出してみる。

 

 

 あぁ、そうか。

 

 

『どうしてこうなった』だ。

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