俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章19 starting the blooming! ③

 

「なぁ。オマエ好きな子とかいるのか?」

 

「恥ずかしがることないッスよ。ほらほらぁ、言っちゃいなよぉーッス」

 

 

 周囲からは物が壊れる破滅的な音が響いている。

 

 

「人を好きになることは恥ずかしいことじゃねえだろ。そういうのよくねえぜ。胸を張れよニンゲン」

 

「あっ……、もしかしてぇ~、少年って童貞ッスか? んもぉ~ぅ、それこそ恥ずかしがらないでいいッスよ? ジブン的に童貞はポイント高いッス」

 

「なんだよ、オマエ童貞なのかよ。じゃあ溜まってんだろ? 近頃の男子高校生はどんなのでヌくんだ? なぁ、教えてくれよ」

 

「それはジブンも興味あるッスね。少年、最近ヌイたのはいつッスか?」

 

 

 そんな中で弥堂は、ネコ妖精と悪の幹部の2体の人外から執拗なセクハラを受けていた。

 

 

 余りにお遊戯会的な空気に嫌気がさしてもう暫く前に弥堂は思考を放棄していたのだが、全ての会話を聞き流しているのにも拘わらず人外どもはお構いなしで、ベラベラと引っ切り無しに話しかけ続けてくる。

 

 

 そうしていると一際大きな破砕音が鳴った。

 

 

「ギィっ⁉ ギィィィィっ!」

 

 

 ハッと正気にかえった弥堂がそちらに眼を向けると、ビルの壁面がほぼ倒壊し、ゴミクズーは頭上から降り注ぐその破片に飲まれた。

 

 化けネズミは瓦礫の下で必死に這い出ようと藻掻く。

 

 しかしそれは叶わず、無慈悲な光が落ちる。

 

 

「いまっ! Seminare(セミナーレ)っ!」

 

 

 身動きのとれない的を目掛けて放たれた光球は瓦礫を粉砕しながら進み、ついにネズミに直撃した。

 

 昨日と同様、魔法攻撃を受けたゴミクズーは崩れるようにして塵となった。

 

 

(ようやく終わったか……)

 

 

 一体何発撃ったんだと記録を探る。

 

 白目を剥いて現実逃避をしていても、その間も周囲の光景を視界に入れてさえいればその映像は記憶に記録される。

 

 

 それを数えてみると水無瀬が魔法を放ったのは合計で47発だ。

 

 そんじょそこらのSSRよりも当たらない攻撃で、闇の秘密結社から街の平和を守っている魔法少女という存在に弥堂は戦慄した。

 

 

 なにはともあれ、一応は敵の片割れを処理出来たのだ。それ自体は何も問題はない。

 

 そうなると次は――と、隣に眼を向けると、さっきまでネコ妖精と下らない世間話をしていた悪の幹部が居なくなっていた。

 

 

「バッ、バカなあぁぁーーーっ! ゴミクズーがやられただとぉっ⁉」

 

 

 声のした方向を視るといつの間にかボラフは所定の位置へ戻って、わざとらしく狼狽したフリをしていた。

 

 

 ヤツが移動したことに全く気付かなかったことから、態度は巫山戯ていて真剣味はないがそのスペックの高さが窺い知れる。

 

 

「くそっ! 仕方ねえ、今日のところはこれで――って、うおぉっ⁉」

 

 

 何やら捨て台詞を吐こうとしていたボラフの足元に光球が着弾する。

 

 

「あ、危ねえなっ! なにすんだ!」

 

「弥堂くんに悪口言って泣かせたこと許せませんっ! お仕置きです!」

 

「ちょ――っ⁉ うおっ⁉ やめ、まてっ! オマエのそれどこに飛ぶかわかんねえから避けづらいんだよ!」

 

 

 言葉通りヨタヨタと不細工なステップ踏んで回避をするボラフへ向けて、水無瀬は次々と魔法を放ち路面を抉っていく。

 

 

(まだ撃てるのか)

 

 

 その光景を眺めながら弥堂は感心する。

 

 

 命中率はゴミカスだが、あれだけ外してもまだまだ魔法を撃てるようだ。彼女の表情には苦は視えない。

 

 こいつもボラフと同じく、ポンコツではあるがスペックだけは高いのだなと評価する。

 

 そして、慌てた様子で必死に回避にまわるくらいだから、悪の幹部にとっても魔法少女の魔法は脅威であるということなのだろう。

 

 

 弥堂が魔法少女とゴミクズーと悪の幹部の戦闘データを記録している間に、ボラフは追い詰められていき――

 

 

「ち、ちくしょーーーっ! 覚えてろよーーーっ!」

 

 

 今度こそ極めてテンプレな捨て台詞を叫びながら路地の奥へと背中を向けて走っていった。

 

 

 水無瀬もそれ以上は追うつもりはないようで、弥堂たちの居る方へ降りてくる。

 

 

 そして例によって飛行魔法の制御を誤り、バランスを崩して地面に落下した。

 

 

「ふぎゃっ――⁉」

 

 

(……追わないのではなく、追えないのか)

 

 

 墜落率100%を誇るようなフライト技術なら飛ばない方がマシなのではないかと、地面に貼り付く魔法少女を見下す。

 

 

「えへへ……、また転んじゃった」

 

 

 やはり変身をしている間はダメージを受けないようで、どこか痛めた様子もなく照れ臭そうに起き上がる。

 

 

「追わなくていいのか?」

 

「え? うん。ボラフさんも反省してると思うし」

 

「……ここで仕留めておくべきじゃないのか?」

 

「しとめる……?」

 

「いや、いい……忘れてくれ」

 

 

 聞いたことのない言葉を初めて聞いたかのように首を傾げてお目めをパチパチさせる彼女の顔を見て、弥堂は諦めた。

 

 

「あの、ごめんね? 私どんくさくって、言われたことすぐに理解できないこと多くて……。ちゃんとお話聞くからよかったら教えてくれる?」

 

「いや、いい。気にするな」

 

「えと……、弥堂くん、なんか怒ってる……?」

 

「怒っていない」

 

「マナ。先に変身解いたらどうッスか?」

 

「あ、そうだねメロちゃん」

 

 

 相棒に促され、昨日と同じように水無瀬がペンダント――今はステッキか――に何かを願うと光に包まれた後に魔法少女からいつもの姿に戻る。

 

 弥堂はその様子をじっと視ていた。

 

 

「弥堂くん、ごめんね。リュック持っててくれてありがとう」

 

「あぁ」

 

「Blue Wish仕舞わせてもらってもいい?」

 

「……あぁ」

 

 

『先にリュックを回収してから仕舞えよ』と言いたくなったが、彼女には悪気はないので今しばらく持っててやることにした。

 

 一つ我慢したせいか、もたもたとペンダントを首から外してリュックのチャックを開ける水無瀬につい小言を言いたくなる。

 

 

「……なんで最初から首にかけておかないんだ?」

 

「え?」

 

「その……なんだ。変身するためのペンダントのことだ。最初から着けておいた方が効率がいいだろう」

 

「え、でも……、派手なアクセサリー付けるのは校則違反だし……」

 

「……なんだと?」

 

「少年。オマエ風紀委員だろ? 休みの日でも高校生らしい服装をしましょうって生徒手帳に書いてあるじゃないッスか。ジブンも読んだッス」

 

「…………そうか」

 

 

 優先順位について言及したかったが、このコンビに通じるとは到底思えず弥堂は渋々納得することにした。

 

 

「だがそれなら、最初から変身しておけばいいのではないのか? 何故いちいち敵に遭遇してから目の前で無防備に変身をするんだ?」

 

「え? でも……私、魔法少女だし……」

 

「? ……? どういうことだ?」

 

「少年。オマエまだそんなこと言ってんスか? 魔法少女なんだから変身バンクは必須に決まってんじゃねえッスか」

 

「それに……、魔法少女の衣装って派手じゃない? やっぱり校則違反になっちゃうと思うの……」

 

「…………だが、初めから変身して家を出て、変身したまま帰宅すれば正体がバレるリスクも減るんじゃないのか? というか、そもそも何でお前ら当たり前みたいに敵に正体バレてんだよ。自宅を襲撃されたりしないのか?」

 

「え? なんで?」

 

「そんなわけないじゃないッスか。自宅はプライベートだし、それはプライバシーの侵害になるッスよ」

 

 

(ダメだ……っ、同じ言語で会話している気にならない……っ)

 

 

 コミュニケーションの難易度に絶望的な気分になるが、それ以上にあまりに戦いをナメているぽんこつコンビに苛立ちが加速する。

 

 そして一つ疑問が浮かぶ。

 

 

「……お前らもしかしてあのボラフって奴とは友達で、実はただ遊んでいるだけなのか?」

 

「ううん、違うよ。でも……、私はおともだちになれたらいいなぁって……。そうしたら街の人に迷惑かけるのやめてくれるかもしれないし」

 

「はぁ? なに言ってんスかオマエ。これは戦いなんスよ。甘い考えは捨てるッス」

 

 

 弥堂は思わず手が出そうになったが拳を強く握りギリギリ堪える。

 

 

「……わかった。校則とプライバシーを守りながら街も守っていることは、とりあえずわかった。受け入れよう。だが、それなら公序良俗にも配慮するべきじゃないか?」

 

「こうじょ……?」

「りょうじょく……ッス?」

 

「『りょうぞく』だ。それでは逆の意味になるだろうが、ケダモノめ」

 

「なんスか? ジブンはネコさんなんスからあんま難しいこと言わねーで欲しいッス」

 

「要は街中で裸になるな、と言っているんだ」

 

「……? でも、メロちゃんはネコさんだし。お洋服着せるのもカワイイと思うけど、無理やり着せるのは可哀想かなって……」

 

「お前のことを言っているんだ」

 

「へ? 私……?」

 

 

 水無瀬はぱちぱちとお目めを瞬かせてから、両腕を広げて身体をクリンクリン捻りながら自身の身なりをチェックする。

 

 

「ちゃんとお洋服着てるよ? あ、そうだ! ねぇねぇ弥堂くん! 聞いて聞いてっ、このスカートね、七海ちゃんが選んでくれたんだよ? 先週一緒にお買い物に行ってね――」

 

「――わかった。それは実に興味深い話だ。ぜひ今度時間のある時にゆっくりと聞かせてもらおう。だが、今は俺の話を聞いて欲しい。いいな?」

 

「うんっ、いいよー! 私も弥堂くんのお話聞きたいっ!」

 

「うむ。では何故お前は変身する時にいちいち服を脱ぐんだ? 裸にならないと魔法少女にはなれないのか?」

 

「え? 裸? なってないよ?」

 

「なってただろうが」

 

「でもでもっ。ピカーってなってシュルシュルってなるから大丈夫なんだよ? 一瞬だけだし」

 

「……思い切り視えていたがな」

 

「えぇっ⁉」

 

 

 クラスで隣の席の男の子に『キミの着替えを見た』と堂々と告白をされ、びっくり仰天した愛苗ちゃんのおさげがみょーんっと跳ね上がる。

 

 動揺してオロオロとした彼女は相棒のネコの方を見た。

 

 ネコ妖精は沈痛そうに首を振る。

 

 

「なんか、そいつ見えるらしいんスよ。圧倒的な性欲で魔法のガードを突破してくるんス」

 

「人聞きの悪いことを言うな。勝手に見せてきたんだろうが」

 

「えぇぇぇっ⁉ み、見えちゃったんだ……、あの、ごめんなさい……、お恥ずかしいものを……」

 

「ほう」

 

 

 顔を赤らめながらも申し訳なさそうにペコリと頭を下げる水無瀬に、思わず感心の声を漏らす。

 

 

「なんの感心っスか。このドスケベめ! おっぱいか⁉ マナのおっぱいに感服したんスか⁉」

 

「そんなわけがないだろう。同じ女子高生で友達同士でも、希咲とは随分と違うんだなと思っただけだ」

 

「やっぱりおっぱいじゃねえッスか! 確かに同い歳でも大分サイズが違うッスが、ナナミはあれがカワイイんスよ! どっちだ⁉ オマエはおっぱい派か⁉ それともちっぱい派かーーッス⁉」

 

「大きさの話じゃない。反応の話をしているんだ」

 

「反応っ⁉ 感度ッスか? 確かに感度は重要――待つッス。オマエ、ナナミの感度を知ってるんスか? あれ? てことはマナも? マ、マナっ! 学校で乳揉まれたりしてるんスか⁉ なんでジブンも呼んでくれないんスか⁉」

 

「んと、学校ではあんまりないかなぁ? いつもはお風呂でだよ?」

 

「お風呂っ⁉ そ、そんな……っ! 最近の学校はお風呂の授業があるんスか⁉ そんなの私立ドスケベ学園じゃないッスか!」

 

「え? お風呂はお泊り会の時だよ?」

 

「これは惜しいことをしたッス……、今度ジブンも学校に潜入せねばッス……」

 

 

 目を血走らせて興奮した発情ネコには水無瀬の訂正は聴こえていなかった。

 

 

「くぅぅっ! このエロガキめ! 知ったな! マナのお乳を知ったな! 大きさ、形、柔らかさに留まらず乳輪の全容まで知ってしまったな!」

 

「近寄るな。鬱陶しい」

 

「ちなみにナナミのはどうだったんスか? ジブンそこまでは見たことないんス。どうせ比べたんだろ? このゲス野郎めッス! 言えっ! ナナミの乳輪がどうだったか言えーッス!」

 

「知るか」

 

「も、もったいぶらないで教えてくれよぉ……。なぁなぁ、クラスの女子の乳輪を知ってしまうと男子高生はどんな感じになるんスか? それも二人もッスよ? 少年はどっちの乳輪が好みなんスか?」

 

「そんなこと考えたこともないが、乳輪はデカければデカいほどいいと聞いたな」

 

「デカっ⁉ そんな……、ナナミのやつお乳は慎ましいのに乳輪はデカいだなんて…………。ちくしょうっ! そんなのドスケベすぎるじゃねえッスか! やっべぇ、興奮してきたッス! 色はっ⁉ 色はどうだったんスか⁉」

 

「知るわけねえだろ」

 

「メロちゃん。七海ちゃんのは別におっきくないよ? 私よりちっちゃくてキレイだからいいなぁーっていつも見せて貰ってるの」

 

「……お前ら会話をしてくれないか」

 

 

 弥堂は軌道修正を申し出たが、興奮した獣の昂りは止まる様子が見えなかった。

 

 

「それにしても。まさかジブンの知らないところでマナのお乳がいいように弄りまわされていただなんて……、一生の不覚……っ! ネコ妖精失格ッス!」

 

「いいように……? よくわかんないけど、私が触らせてもらう方が多いよ? 七海ちゃん可愛いからついぎゅぅーってしたくなっちゃうんだけど、あんまりしすぎると七海ちゃん真っ赤になってシュンってなっちゃうの。それも可愛いんだけどお風呂だからのぼせちゃうといけないかなって」

 

 

 弥堂はギョッとして水無瀬を見る。

 

 飼い猫を止めるはずの飼い主が何気なくとんでもないことをぶちまけてきたそのズレっぷりに、これはいよいよ収拾不可能になるのではと危惧する。

 

 

「おい、少年っ! Bまでは許してやるッス! でも本番はまだマナには早いッス! そこはきちんと節度を守れよッス!」

 

「私のも触っていいよーって七海ちゃんに言うんだけどね? やっぱり七海ちゃんシュンってなっちゃって。それがすっごく可愛いからね、七海ちゃん見てるうちに私ものぼせてきてポーってなっちゃうの。それでなんだかよくわかんなくなってきて――」

 

「――聞いてるんスか? マナはジブンが毎日地道にセクハラをしてじっくり育ててるんス! それをポッと出のオマエのような馬の骨が簡単にしっぽりデキると思うなよッス! でも万が一至す場合には是非ジブンにも見学を――」

 

「――おい水無瀬。ボーっとしてるな。こいつをなんとかしろ。纏わりついて来て鬱陶しい」

 

「――へ? あ、ごめんねっ。メロちゃんたまにこうなっちゃうの」

 

「……お前も大概だぞ」

 

「ハッ――⁉ まさかっ⁉ もうすでに貫通済みという可能性も⁉ これはいけないッス!」

 

 

 犬の様に息の荒くなったネコ妖精を水無瀬が抱っこして回収するが、一度興奮したケダモノはそれではおさまらない。

 

 水無瀬の腕の中でジタジタするとスルっと腕を抜けて水無瀬の股間周辺をうろうろしながら鼻をフンフン鳴らす。

 

 

「この匂いは――っ⁉ これは処女っ! ふぅ……、やれやれジブンの与り知らぬところで散らされているかと肉球から変な汁が出るとこだったッス……」

 

「メロちゃんよしよし。よくわかんないけど大丈夫だよ?」

 

「んなぁ~ごッス。へへっ、すまねえッスなマナ。心配かけたッス」

 

「ううん。大丈夫だよ」

 

「さぁて、少年。実は折り入って相談があるんスが……、ちとこっちへ……」

 

「……なんだ」

 

 

 落ち着きを取り戻したネコは弥堂を角の方へ誘う。水無瀬がぽへーっと見守る中で、弥堂は顔を顰めながら一応着いていった。

 

 

「へへっ、そんな嫌そうな顔すんなッスよ。少年を男と見込んで大事な頼みがあるんス」

 

「……一応聞くだけは聞いてやる」

 

「これはッスね、もしもの話なんスが。あくまでもしもッスよ?」

 

「うるさい。さっさと言え」

 

「うむッス。もしも、少年がマナと至す機会があったらなんスけど……」

 

「至す? なんの話だ?」

 

「そんなのコレに決まってんだろ! 童貞かよッス!」

 

 

 自身のしっぽで輪を作り、その中心を前足でズポズポしてみせる下品なネコに弥堂は軽蔑の眼差しを向けた。

 

 

「もしも、そんな機会があったらッスね。是非とも映像に残して頂きたいと、ジブンはそう願っているのです」

 

「……なんだと?」

 

「だからぁ。ハ〇撮りッスよ、ハ〇撮り。どうかその時は撮影して頂いてですね、そのデータを何卒ジブンに……」

 

「お前はイカレてるのか?」

 

「至って正気ッス! 至って本気で至して欲しいと、そう考えてるッス! 出来れば生放送して欲しいッスが、マナの気持ちも考えるとそこまでの贅沢は言えねえッス。動画データで我慢するッス!」

 

「水無瀬の気持ちを考えるならお前は今すぐ自害するべきだ。というか、そんな機会はない。俺におかしな期待をするな」

 

「まぁまぁ、そう言わずに……」

 

 

 呆れた声で断る弥堂に対して、メロは卑屈な笑みを浮かべると何やらゴソゴソと毛皮を漁りだした。

 

 

「ここはひとつ、どうかこれで。ひとつ、どうか……」

 

「なんだこれは?」

 

 

 まるで役人に賄賂を渡す小悪党のような仕草で自分の手に何かを握らせてきたネコに不快そうに眉を歪める。

 

 

「まぁまぁまぁ。まずはブツを見てみてくだせぇッス。もしも気に入ってもらえたならその時はどうぞよしなに……うぇっへっへっへ」

 

「? 一体何を…………なんだこれは?」

 

 

 手を開いて渡された物を見るとそこにあったのは、ミミズのような大きさの先端が尖った紐状に見える物体だったが、どこかナマモノ臭がする。

 

 

「へへ、トカゲの尻尾っス! さっきここに来る前に、その辺をチョロチョロしてやがったから摑まえて千切ってやったッス! 獲れたてフレッシュなトカゲの尻尾っス!」

 

 

 無邪気に残酷な本能を持つ狩猟生物の貢物に、ビキっと口の端が吊ったことを弥堂は自覚した。

 

 

 すぐさまネコの首根っこを摑まえてその口に獲れたてフレッシュなゴミを捻じ込んでやった。

 

 

「ぶふぉぉっ⁉ いひゃまひおっ⁉」

 

 

 何やらもごもごと言っているが無視をして辺りを見回すと足元にゴミ箱が転がっていることに気付く。

 

 即断即決で手に持った小動物を叩き込み蓋を閉じる。

 

 

 ガンガンと中で暴れる音が聴こえるが一切無視をして、昨日と同様に路地の奥目掛けて、より多くの苦痛を与えるためにゴミ箱の下側からインフロント気味に叩いて浮き球を送り込んだ。

 

 

「ギャアアァァァァァーッス!」

 

 

 少し色気をだしてカーブをかけようとしたが、球体ではないゴミ箱はそのせいでおかしな軌道を描き、横壁と地面にぶつかってガンガン跳ね返りながら消えていった。

 

 

「メ、メロちゃあぁーーーーんっ!」

 

 

 それを追いかけようとした水無瀬だが、走り出す寸前に腕から提げたリュックに気付き、弥堂の元へやってくる。

 

 

「あ、弥堂くんゴメンね。またちょっと持っててもらってもいい?」

 

 

 それを何となく流れで受け取ってしまった弥堂は、路地の奥へと走っていく水無瀬の背中を数秒眺めてからハッとなって手に持ったリュックを見る。

 

 

「……まさか戻ってくるまで待っていろということか?」

 

 

 もちろんあの彼女にそんな意向はないのだろうが、邪魔くさいネコを強制退場させて昨日のように帰ろうと画策したのに、余計に面倒なことになってしまったとうんざりとした心持ちになる。

 

 

『あいつ足が遅そうだし時間がかかりそうだな』と、いっそここにリュックを置いて帰ってしまおうかと考えていると、その予測は裏切られることになる。

 

 

「――ぃゃぁあああああーーーっ!」

 

 

 さっき路地の奥に走っていった水無瀬が、全力疾走でこちらへ向かってきている。

 

 酷く慌てた様子で何かから逃げているように見えた。

 

 

「ブハハハハハーっ! 逃げろ逃げろーっ! 愚かなニンゲンめぇーっ! ブハハハハハーっ!」

 

 

 彼女の背後を見てみると、先程逃走していったはずの悪の幹部ボラフが、どこから調達してきたのか新たなネズミのゴミクズーに跨って高笑いをしながら水無瀬を追い回していた。

 

 よく見ればネズミの足元には弥堂が蹴り飛ばしたゴミ箱があり、まるで玉乗りをするようにして中身入りのゴミ箱を回して走っている。

 

 

「とぅっ――!」

 

 

 いよいよ先頭を走る水無瀬が弥堂に迫ったところで、ボラフの声に合わせてネズミが跳躍し、頭上を飛び越えて進路の先へ着地をした。

 

 

 ネズミに蹴られたゴミ箱は加速し水無瀬に迫る。

 

 

 弥堂は仕方ないと溜め息を吐き、ちょうど間近に来た水無瀬の襟首を掴んでゴミ箱の進路から逸らし、ついでに中身入りのゴミ箱を外方へ蹴り飛ばした。

 

 ゴミ箱は壁に衝突して爆裂四散し、中から目を回した生ゴミが排出される。

 

 

「あ、ありがとう弥堂くん――メロちゃーん!」

 

 

 礼を述べてすぐに飼い猫の元へ駆け寄っていく水無瀬を尻目に、弥堂は舞い戻ってきた敵を視線で捉える。

 

 

「ブハハーっ! いつからゴミクズーは1体だと錯覚をしていたー!」

 

 

 新たな化けネズミの上で踏ん反り返るボラフから僅かに視線を逸らし水無瀬を見る。

 

 

「メロちゃん大丈夫っ?」

 

「ォ、オエェェェェッス……気持ち悪ぃッス。毛玉吐きそうっス」

 

 

 暢気に飼い猫の介抱をしている彼女に舌打ちをする。

 

 

「水無瀬」

 

「えっ? ――あぁっ⁉ そんな! ゴミクズーさんがもう一人っ⁉」

 

「……お前ら絶対遊んでいるだろう」

 

 

 逃走をしたはずの敵が新たな仲間を引き連れて再登場というピンチのはずだが、どうにも締まらない。

 

 

「ブハハハハっ! どうやらオマエもここまでのようだな! ステラ・フィオーレっ!」

 

「くぅっ! マナっ! こうなったらもう一度変身ッス!」

 

「うんっ! わかったよ、メロちゃん!」

 

 

 そして水無瀬は胸元に手を遣り、一戦目の焼き直しのようにハッとなるとこちらへ視線を向けてきた。

 

 

「……だから首から提げておけと言ったんだ」

 

「えへへ。ごめんね弥堂くん。Blue Wishをとってもらってもいい?」

 

「おらよ」

 

 

 ぶっきらぼうな返事をして弥堂はリュックごと水無瀬の方へ下手で放ってやる。

 

 

 水無瀬は両腕を伸ばして放物線を描きながら落ちてくるリュックを見上げ、前へフラフラ、左右へヨタヨタと動き、後ろへワタワタしたところで予定調和のように踵を滑らしてバランスを崩す。

 

 背後へ倒れかける彼女の両腕をすり抜けて落ちてきたリュックサックが顔面に着地をし、そのショックで水無瀬はひっくり返った。

 

 

「ふびゃっ⁉」

 

「なんとぉーッス!」

 

 

 後頭部から路面に落ちそうになる水無瀬の頭とアスファルトの間にネコ妖精が身体を滑り込ませた。

 

 

「ぶにゃっ⁉」

 

 

 潰されながらも身を挺して飼い主を守り切ったが、元々チャックが完全に閉まっていなかったのか、落下のショックでリュックサックの中身がいくつか外に放り出される。

 

 その中でも肝心の物である変身ペンダントがツーっと路面を滑り化けネズミの前で止まった。

 

 

「ご、ごめんねっ、メロちゃん。だいじょうぶっ⁉」

 

「ジ、ジブンなら平気っス。それよりもBlue Wishが……」

 

 

 飼い猫の肉球の指し示す方へ目を遣ると、ゴミクズーは自身の眼前に現れた変な物を不思議そうに見て、鼻先で突きフンフンっと鼻息を漏らす。

 

 

 そしてパクっと口の中に入れて飲み込んだ。

 

 

「あぁーーーーーーーーっ⁉」

「にゃんだとぉーーーッス⁉」

 

「あ、こら、変な物を食べちゃいけません」

 

 

 揃って指を差し驚くぽんこつコンビの視線の先で、何故かボラフは「ペッしなさい! ペっ!」と化けネズミの頭を引っ叩いていた。

 

 

 ネズミは一切意に介さずどこか上機嫌そうにチチチっと喉を鳴らしてから水無瀬とメロに顔を向ける。

 

 

 その目の中に弥堂は赤い光を視た。

 

 

 駆けだす。

 

 

「へっ?」

「にゃ?」

 

 

 状況を呑み込めていない水無瀬を有無を言わせずに肩に担ぎ、続いてリュックとネコ妖精を乱暴に回収するとすぐに踵を返した。

 

 

 ゴシャァっと地面が抉れる音が後ろ髪に触れた気がする。しかし一切構わずに全力で走る。

 

 

「うおぉぉぉっ⁉ な、なんだ? オマエ急にどうした⁉」

 

 

 悪の幹部の慌てたような声を聞き流しながら、心臓に火を灯す。

 

 一瞬で全身の熱をレッドゾーンまで持っていき、路面を蹴るようにして踏み、反発で速度を叩き出す。

 

 

(だが――)

 

 

 チラリと背後を視る。

 

 

 スタートで多少の距離のアドバンテージは稼いだが、元のスペックが違う。

 

 

(――どこまで逃げられるか)

 

 

 耳元の耳障りな二つの悲鳴を意識の外に追いやる。

 

 

 とりあえずは走りながらでも打開策を見出すしかない。

 

 

 一瞬で一転してかなりの窮地に陥ったが、やれるだけのことはやるしかない。

 

 

 それをやり切ってなおどうしようもないのなら、それは運がなかったと諦めもつくだろう。

 

 

 スピードを殺さずに角を曲がる。

 

 ぶつかりそうになった壁を蹴り飛ばして無理矢理進路を補正した。

 

 

 肩に担いだ水無瀬のスカートが風に揺れて顔に掛かる。

 

 

 舌打ちをしながらそれをどかして腹いせに彼女の尻を引っ叩いてやった。

 

 

 こんなことを今考えても仕方がないが――

 

 

(――どうしてこうなった)

 

 

 思わず顏が天を仰ぎそうになるのを自制して、正面に視線を固定する。

 

 

 こうなった理由はわからずとも、化け物を殺すことは出来ずとも、足を動かすことは出来る。

 

 

 まだ死んでいないのだから。

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