やがて、ぽつぽつと居合わせた者たちもそれぞれの帰路へと着きだす。口々に別れの言葉を投げ合いながら、或いは連れ立って歩き出す。
多くの者が水無瀬へと別れの言葉を告げていた。その殆どの者が山下君同様に「ありがとうございます」と礼を口にし、そしてさらにその中の何割かの人間は金を渡してきたが、水無瀬はその全てを固辞した。
「じゃあ代わりに水無瀬ちゃんにはこのアメちゃんをあげよう。舐めると甘いぞー」
「わぁ、ありがとうございますっ」
「んじゃ、またお姉ちゃんと遊ぼうねー、ばいばーい」
「あ、はい。さようならー……おねえちゃん?」
終始何もわからずじまいな水無瀬は驚いたり、困惑したり、喜んだり、また首をかしげたりと忙しない。
一方で、基本的に殆どの者に無視され避けられていた弥堂だったが、何人かの生徒からは「チョーシのんなよ?」「いずれ決着をつける」「てめぇも帰り道にはせいぜい気をつけな」などの温かいお言葉を頂いていた。そして彼はそんな言葉をかけてくれた気のいい生徒たち一人一人の顏を記憶の中にしっかりと記録をした。
「そういえば弥堂くん、結局木登りして何してたの? おさんぽ?」
「どんなルートだよ」
うっかりらしくもなくツッコんでしまった自分を恥じるように弥堂は咳払いをすると答え直す。
「調査だ。仕事だ」
全く答えになっていないのだが、水無瀬は特に疑問を持たず「そっかぁ、ちょーさかぁ」と納得をした。
そう、調査と謂えばと、弥堂は先程タスクに加えたクラスメイトへの聴取への件で水無瀬に尋ねる。
「水無瀬、訊きたいことがある」
問われた水無瀬はきょとんと目を丸くし、言われた内容を飲み込むとすぐにまた瞳をキラキラと嬉しそうに輝かせ、
「いいよ! 何でもきいてっ」
握った両の手を顏の下に構え、ふんっふんっと鼻息荒く自らの意気込みを強調した。弥堂はそんな彼女から目は離さずにさりげない動作で、制服の胸ポケットに忍ばせたボイスレコーダーのスイッチを悟られぬように『ON』にし、録音を開始した。
「生命を狙われる覚えはあるか?」
「あるわけないよ⁉」
確かに何でも聞いてとは言ったが想像だにしない方向性からの質問に、愛苗ちゃんはびっくり仰天し、おさげがみょーんっと跳ね上がった。
「そうか」
それに弥堂は特にどうということもなく、そうとだけ返した。
「あ、あの……弥堂くん。調査って風紀委員のだよね? 風紀委員って殺人事件とかもお仕事なの?」
さすがの水無瀬さんもあんまりな質問内容に怪訝に思い、弥堂に尋ねる。
「そうだ。必要があればな」
そんなわけはないが、弥堂は即答した。殺人事件は紛れもなく警察のお仕事である。
「で、でも殺人って……えっ⁉ まさか学校でそんな事件あったの⁉」
「ない。今はまだな。だから、そうはならぬようこうして調査を行っている」
自分が平和に過ごしている学園にまさかそんな危機が訪れようとしているとは、完全に想像の外だった水無瀬は茫然と「そ、そーなんだ……」と呟くと、すぐに気をとりなおし
「でっでもでも、普通の学校なのにそんな事件なんて……あっ!」
「む?」
「そんなことあるわけない」そう言おうとしていた水無瀬だが、何かに思い当たったのか、急にダラダラと汗を流し出し、キョロキョロと目を泳がせた。
当然そんな彼女の仕草を学園の治安維持の業務に忠実な弥堂が見逃すことはない。
「おい。貴様何を思い当たった? 話せ。隠すと為にならんぞ」
「かっ隠してないもんっ知らないもんっ」
ずいと詰め寄る弥堂に愛苗ちゃんはお顔を左右にぶんぶんっと振ることで潔白を訴えた。
ぺしぺしと自分の胸を叩く彼女のおさげを鬱陶しそうに払うと尋ねる。
「嘘を吐くな。風紀の拷問部屋に連れて行かれたいか?」
「ごーもんっ⁉」
もちろん健全な青少年を育成するべく設立された当学園にそのような不健全な施設は存在しないのだが、風紀委員にはいくつかある生徒指導室の内の1室を使用する権限が与えられており、たまに取り調べとも言えないような、簡単な生徒への聞き取りなどを行う際にそこを使用することがある。弥堂の中ではその部屋は拷問部屋ということになっているようで、割と頻繁にその部屋を彼は使用するのだが、その時そこで何が行われているかは……。
「早めに喋った方が楽だぞ」
「ほんとに! ほんとに知らないのっ! 信じてっ。ごーもんしないでっ!」
わりと物騒な単語が飛んでいるが、彼女の口から出ると何処か緊迫感に欠けた。
「そうか。だがお前は俺にそれを信じさせる為に自らの潔白を証明しなければならない――そうだな?」
「そうですっ」
「何も知らない――であればこれから俺がする質問に答えることには何も問題はないはずだ。答えられるな?」
「られますっ」
変わらず挙動不審ではあるが、今はしっかりと弥堂の目を見て水無瀬は答える。
弥堂はふんっと鼻を鳴らすと、水無瀬の両肩を掴み屈みこんで無遠慮に彼女の顏を下から覗き込むと尋問を開始した。
「もう一度同じ質問をしよう。水無瀬。お前は生命を狙われる覚えはあるか?」
「なななななっないもんっ」
一瞬でまた彼女の目が泳いだ。
「…………」
怪しすぎる。
弥堂は
――希咲の手前で無防備にカメラへと後頭部を晒した水無瀬 愛苗が一緒に写ってもいるのだ。
胡乱な目で自分を見つめる弥堂の懐疑的な視線にハッと気が付くと、愛苗ちゃんはぎゅっとおめめを瞑って、お顔の前で両手を交差させてバッテンした。ないもんのポーズだ。
「…………」
まぁ、いい。尋問はまだ始まったばかりだと弥堂は一旦流した。
「では、質問を変えよう。水無瀬、お前は誰かを殺害する予定はあるか?」
「私ようぎしゃ⁉」
びっくりして目を見開いた愛苗ちゃんではあるが、すぐに「そんなのあるわけありません」とお顔をぶんぶん振って否定した。弥堂の頬をおさげがバシーンバシーンっと叩いた。
「……では、日頃から殺したいと常々思っている奴はいるか?」
「いるわけないですっ!」
おさげが弥堂の頬を打った。
「…………水無瀬、お前自身に生命を狙われる覚えは?」
「ななななないもんっないもんないもんっ」
愛苗ちゃんはおめめをぎゅっと瞑ってお顔をぶんぶんした。ぱしーんぱしーんぱしーんと三度肉を打つ音がした。
弥堂は額に青筋を浮かべながらも、ぐっと色々なものを飲み込むことに成功した。
「……では水無瀬、お前は誰かを殺害する予定はあるか?」
「またおんなじしつもんっ⁉」
チッと舌を打つと弥堂は一旦追及を止めた。
このままYESと言うまで延々と同じ質問を繰り返すつもりだったが、また新たに下校の為に通りすがった生徒たちの注目を集め出している。
「ねぇ、あれ何やってんの? キスしてんの?」
「え? おっぱい? 胸に顔つっこんでない?」
そんな声が聞こえてくる。このまま立ち止まられてはまた面倒が起きる。
弥堂は水無瀬から顏を離した。しかし肩は掴んだままで決して逃がしはしない。
「では、違う質問をしようか。水無瀬、貴様ハッキング技術は堪能か?」
「たんのーじゃないよぅ」
じーっと水無瀬を見つめる。
「ほんとだもんっ! 私スマホもあんまり上手く使えなくて、時々ななみちゃんにやってもらうこととかあるし……」
「ふん、いいだろう。では次だ。水無瀬よ、貴様女生徒のおぱんつに並々ならぬ関心はあるか?」
「おぱんつ⁉」
愛苗ちゃんはびっくりの連続に若干息切れしてきた。
「ないよっ、あるわけないですっ!」
「それは本当か?」
「ほんとだもんっ」
「ならば男子生徒の下着には関心があるのか?」
「なんのしつもんなのっ⁉」
矢継ぎ早に繰り出される自分の理解の及ばない質問の数々におめめがぐるぐるしてきた。
「ないっ。そんなのだめだもんっ」
「ほう。では神に誓えるか?」
「神さま⁉ ――ち、誓えます!」
「では誓え」
「えっ⁉ え、えっと……かみさまっ、私はぱんつにかんしんありませんっ!」
「いいだろう」
弥堂は尋問対象が目を回し息切れをして疲弊してきている様子を確認して、頃合いかと少し踏み込んでみることを決めた。
水無瀬の肩を放し手を後ろに組むと、代わりに彼女の周りをぐるぐると歩く。わざとらしく虚空を見上げながら質問をした。
「では、水無瀬。これは仮に、そうあくまで仮にの話だ。その対象が不特定多数の誰かではなく――特定の一個人……そうだな。例えば。あくまで例えばの話だぞ? その対象が
「なんでななみちゃん⁉」
「む? 貴様即答出来ないのか? 何かやましいことがあるのか? どうなんだ?」
「どうってどういうことなのぉ⁉」
「ほう。口答えをするか。随分と強気な態度だな」
弥堂は水無瀬の正面に来たところで歩くのをやめた。
「もう一度訊くぞ
「ないよおおおっ‼」
弥堂は彼女の目を視る。その言葉に嘘がないか判断する為に、彼女の様子に不審がないか一点の瑕疵すら見逃さぬよう注視する。
水無瀬は目を回し、汗をダラダラ流し、手は忙しなく奇怪な踊りをするように動かし続けている。
不審な点しかなく逆に判断を下し難かった。
判断が難しかったので弥堂はとりあえず視線を強めて水無瀬を視た。困った時のゴリ押しだ。
水無瀬はわたわた動かしていた手を顏の前で交差させるとバッテンした。ないもんのポーズだ。そして彼女なりに視線を強めて、無実を主張するつもりで、むむむっと弥堂を見返す。
数秒そのまま視線を交わし合うと、ふんっと鼻を鳴らし弥堂の方から目線を切った。
「……では訊き方を変えようか……」
「ま、まだ続くのぉ……?」
愛苗ちゃんは眉毛を情けなくふにゃっとさせて疲労を訴えた。ちょっとおめめがうるうるし始めた。
「なぁに、ほんの少しだ。キミがあとちょっと、ほんの少しだけ、協力的になってくれさえすればすぐに終わる。無事に解放すると約束しよう」
「私ちゃんと答えてるのにー……うぅ……」
弥堂は被疑者の背中を優しく撫でてやることで、当方は人権というものに最大限のリスペクトを抱いているということを示唆した。
そして彼女の背中から手を離し改めて訊く。
「では、水無瀬 愛苗。キミは先程、希咲 七海のおぱんつには関心がないと、そう言ったな? 間違いないか?」
「なっ、ないですっ」
「よろしい。毛ほども興味はないと?」
「けほどもきょーみないですっ……ん? あれ?」
弥堂はじっと彼女を見つめながら続ける。
「では、そうだな。希咲のおぱんつを、例えば写真に収めたいと、そう思ったことは?」
「ななななないよ! そんなことしないもんっ」
「そうか。立派だな。では、そんなものには関心がないと? 希咲 七海のおぱんつには米つぶ一粒程度の価値も感じていないと、そう言う訳だな?」
「えっ? えっ? あれっ? なんかどう答えてもカドがたつ⁉」
「おい、どうなんだ?」
「だって…… でもっ、でもっ……価値がないとかそんなことないもんっ」
弥堂はスッと表情を落とした。元々無表情なのだが表情を落としたつもりで一度間を空けた。
「ほう……ついにボロを出したな。水無瀬 愛苗」
「なんで⁉ でもでも! あのね? ななみちゃんいっつもね、すっごくかわいいパンツ穿いてるんだよ?」
「いつもだと? それは毎日という意味か? 貴様日常的に希咲のおぱんつを確認する習慣があるのか? どうなんだ?」
「えっと……必ず毎日じゃないけど……ほら、体育の着替えの時とか普通に目に入るし、あとね、一緒におトイレ行った時とかに下着のお話したりすることあって、その時にちょっとみせっこしたり……」
話の内容がおかしな方角に向かい始めた。すでに周囲にちょっとした野次馬が先の弥堂の懸念通り集まっており、その中の男子生徒の幾人かは『みせっこ』のあたりで若干前かがみになった。
「……あとね、ななみちゃんスカート短いからちょっとした時に見えちゃったりするし……う~ん、あとはぁ……」
「それはこういうことか? おぱんつ自体は意匠が凝っていてそれなりに値が張るものではあるが、希咲が日常的に其処彼処で気安くおぱんつを見せて廻っているから、そんなものはわざわざ改まってありがたがるものではないと。見ようとしなくても勝手に見せてくるような安っぽいものに払う労力はないと。探さなくても道端にいくらでも生え散らかっている雑草のようなおぱんつであると。そういうことが言いたいのだな?」
「ちっ、ちがうよ! ななみちゃんそんなことしないもん! あと雑草じゃないもんっ」
自分の会話能力が拙いせいで親友のイメージにあらぬ傷をつけてはいけないと、水無瀬は強く否定をした。
「ほう、矛盾をしたな。貴様のさっきの証言と食い違うぞ。どういうことだ? 言え」
「だ、だってねだってね。私ね、ななみちゃんにいつも『男の子に簡単にパンツとか見せちゃダメよ』って言われてるもんっ」
「ふん……続けろ」
「え、えっと、あとね? 『知らないおじさんにお金あげるからパンツ見せて、とか、着いてきてって言われても絶対言うこと聞いちゃダメよ』って言われてるもんっ。――あ、そうだ!」
そう言って彼女は制服のポッケを探ると取り出したものを弥堂に見せた。
「……なんだこれは?」
「あのね、ネコさんブザーなの。ななみちゃんがくれたの。クリスマスにねプレゼント交換してね、私はお花のヘアピンあげたんだぁ、えへへ」
それは防犯ブザーであり、やたらとファンシーなデザインだった。彼女の説明どおり猫を模したもので、デフォルメされた『シャーっ』してるネコさんの顏が描かれた、本当に犯罪を防ぐつもりがあるのか疑いたくなるようなデザインであった。
しかし見た目とは裏腹に、これは持ち主である水無瀬も知らないことだが、この防犯ブザーは特注品でGPS機能と発信機能があり、ボタンを押した瞬間に本体が警報を鳴らすのは勿論のこと、さらにGPS機能から得た現在地情報を希咲のスマホに送信をしつつ、本体に隠された録音機能で現場の様子を記録し専用のサーバーに送り保管し続けるのだ。初回発信から以後5分毎にその位置を更新して送り続けるようになっている。メインの動力源となる通常の交換式電池とは別にソーラーバッテリーも搭載し、常に非常時用のエネルギーをストックし続け、初回発信から最低でも48時間は発信をし続けられるだけの性能を持った、希咲 七海が決して安くはない資金を投じて作らせた渾身の逸品である。
過保護な親猫からのしつけはきっちり行われているようだったが、それだけではなく防犯への意識が完璧で、ちょっと引くくらい完璧すぎて愛が重かった。ボタン一つ掛け違えればただのストーカーである。
「ふむ……まぁ、いいだろう。では、先程雑草おぱんつがかわいいと言ったな? 何がどうかわいいんだ? 言ってみろ」
弥堂は自身のスマホに収められた希咲のおぱんつ画像と水無瀬の証言に相違がないか、詳しく聴き取りをする。完全にアウトな聴取なのだが、お友達想いの愛苗ちゃんは自身の潔白の証明よりも、大切な親友のおぱんつの名誉の為にさらに爆弾を放り続ける。
セクハラ以外の何物でもない弥堂の質問ではあるが野次馬の皆さんも、水無瀬 愛苗の口から彼女の言葉で語られる希咲 七海のおぱんつに並々ならぬ関心があるのか、誰一人として止めに入らずに様子を見守っていた。
この私立美景台学園は、一般生徒と謂えどもその民度は割と最悪であった。