体育館裏。
穏やかな春のよく晴れた青い空の下――
正確には――
手に持ったスマホのディスプレイに映った女性が着用していると思われる下着の画像を見ている。
――だ。
先程の
かなり被写体に近い距離で撮ったのか。
それとも遠くから撮影したものをズームしたのかはわからない。
だが、下半身の下着部分にかなり寄っている画像だ。
画面には――
捲れた学園指定の女子制服の青のチェックスカート。
そのスカートの中から地面へと伸びていると思われる左足の太腿。
膝を上げていると思われる右足の内腿。
それから股間部分を覆う下着。
――これらが映っていた。
弥堂としては、仕事に関連した内容のメールを開封したつもりだった。
なので、画像を開いた時は少々驚いた。
だがそれよりも疑問の方が勝る。
(何故下着――いや、『おぱんつ』が……?)
弥堂は、所属する部活動の上司である
妙齢の女性が身につける下着については、『おぱんつ』と『おブラ』と呼称するように義務付けられていた。
素っ気なく『下着』と呼ぶのは余りにも敬意が足りない。
なので感謝と尊重と親しみも込めてそう呼ぶようにと、強く言い付けられていた。
弥堂としては、道具は所詮道具でしかなく、肌着の呼び方などどうでもいいのだが。
しかし気になるのは、何故そのおぱんつの画像が仕事の連絡で自分に送られてきたのかだ。
先ほど、弥堂はまず情報収集担当の部員であるY’sに『不良生徒』に関するデータを集めるようにと要請をした。
そうしたら、Y’sからは報酬として『使用済みの靴下』を要求された。
弥堂は渋々その要求を飲み、これを受諾する代わりに『仕事の成果に色をつけろ』と要求した。
奴は『よろこんで』と快諾し、交渉は成立した。
その結果としてすぐに送られてきたのが、この『おぱんつ』画像である。
一連の狂った流れに、『色』ってそういう意味じゃねえんだよ、と言いたくもなる。
おまけに不可解な点もある。
まず、要求した成果が送られてくるにしては速すぎる。
要請をしてから数秒だ。
するとこれは予め準備されていた画像データであり、そうであるのならば別件だろう。
これまでを考えると。
Y’sが――意味のわからない奴ではあるが――意味のない情報を寄こしたことは一度もない。
先程対話をした印象では、相当に巫山戯た人格ではあるようだ。
しかしとはいえ、あの廻夜が集めたメンバーだ。
『仕事』を知らせる暗号文入りの連絡で、悪戯と混同するようなことはしないだろう。
ならば別の案件で必要な情報――
もしくはこれから必要になる可能性の高い情報――
――ということになる。
だが――
(これが必要になる事件とはなんだ……?)
むしろどう見ても盗撮にしか見えない。
そしてその画像が弥堂の手元にあることこそが事件だとしか考えられない。
だが、まさか奴が自分をハメる算段な訳でもあるまい。
弥堂はこの“おぱんつ”には何か意味があると思い、眼を細める。
そして、一点の
そのおぱんつは薄い青――もしくは緑のどちらにも視える。
そんなどちらとも定義しづらい色の布地で出来ており、中央に黄色いリボンが飾られていた。
その両サイドには黄色の花が、スカートの影になっていて見えない部分もあるが、おそらく2つずつ刺繍されている。
身体の側面を覆う部分の布地は薄いピンク色になっており、少々凝った意匠のように弥堂には感じられた。
しかしそもそも、おぱんつの意匠の基準に関する造詣は深くはないので、弥堂には判断しづらい所でもある。
スカートは間違いなく学園指定の女子制服のプリーツスカートだ。
3種類ある配色の内の、青色のチェック柄。
右足の膝を上げたことにより、スカート内部のおぱんつが露呈したものと推測される。
相当にカメラの性能がいいのか――
右足の内腿には薄く青い血管が何本か走っている――そんなとことまで映っていた。
直立状態の僅かに映った左足の太腿と右の内腿。
そこから推測するに、細い足。
だが極端に肉付きが悪いわけではない。
健康的な印象を損なわない程度に白い肌で日焼け跡はなく。
また目立った傷やシミなどもない。
端的に言えば綺麗な足だと思われる。
――と。
真剣におぱんつを考察してみたものの。
これだけではこのおぱんつの主はわからない。
それにやはりそもそもの問題として、これを弥堂に送ってきた意図も掴めなかった。
(盗撮事件が起きているからそれを解決しろということか? む……? )
そう考えたところで、弥堂は画像がもう一枚あることに気が付く。
すぐにそちらを開くと、1枚目の画像はズームしたものだったのだろう――
表示された2枚目の画像は、先のものよりももっと引いた位置で撮影された画像だった。
こちらにはしっかりと人物の全体像までフレームに収まっている。
そしてそこに映っていたのは――
――
画像の中には希咲 七海と。
カメラ側から見て希咲の手前にこちらに背を向けて座っている
この二人が映っていた。
「ふむ……」
弥堂は指で自身の顎先を撫でる。
希咲は座席に座った水無瀬の正面に立ち、こちら――つまりカメラ側を向いて右膝を上げている。
彼女の右手は胸の高さで空中にある何かを掴んでいるようだ。
左手は水無瀬の影になっていて定かではないが、恐らく彼女の髪を掴んでいるように見える。
おそらくこれは今朝のHR終了後から一限目が始まるまでの間の一幕だ。
弥堂はこの時この現場のすぐ隣――
すなわち、この画像の希咲の背後にいたことになる。
撮影当時の現場の状況は見えてきた。
だがその場合問題になるのは、カメラの位置だ。
2年B組の教室は2階。
そしてカメラの角度的に被写体の上の位置でも下の位置でもなく、ほぼ正面から撮影をしている。
背中が映っている水無瀬の座席は一番窓際であり、彼女の背後は屋外だ。
故にこれは外から撮影した写真ということになる。
しかし――
(学園の外壁の外からここまでを撮影するのは不可能……)
現場検証をするまでは断言できないが、敷地外の建物からこの教室までの距離はかなりある。
その距離を撮影できる望遠レンズがあったとしても、そこまでに遮蔽物が何もないわけではない。
教室の窓の外に並んでいる木の上からという線もある。
だが窓のすぐ傍には弥堂も居た。
万一木の上に誰かが居たとして、それに気付かない程に腑抜けたつもりも油断していたつもりもない。
これを撮影出来た可能性があるとしたら一つだけ。
学園敷地内の安全監視のために運用している『半自立型ドローン』だ。
これの撮影機能を利用すればこの写真の撮影は不可能ではない。
しかし――
このドローンは監視カメラのようなもので、これを管理しているのは学園が雇用している専属のセキュリティスタッフだ。
外部への委託で警備会社から出向して来ている者達ではなく、学園のオーナーである理事長が専属の警備員として直接雇用しているかなりのプロフェッショナル集団だ。
考えられるのは、その『警備部』がこの撮影システムを悪用しているか――
もしくは、その警備部と学園の一部の職員しか閲覧が出来ない撮影データに不正にアクセスをして、この画像を抜き取ったか。
そんなスキルを持った奴がこんなくだらない画像を抜き取る理由はわからない。
だが、技術をひけらかしたい愉快犯という可能性もゼロではない。
それが出来そうな心当たりといえば、これを弥堂に送り付けてきたY’s。
ヤツ自身が弥堂の知る限りでは最有力候補だ。
しかし、ヤツがそれをする意味もまったくもってない。
仮にY'sが撮影データを抜きだすのなら――
希咲の意味もなくカラフルなおぱんつの画像などではなく。
他部の生徒のいじめや喫煙などの不祥事の現場写真であろう。
そしてここまでの推察はあくまで、これを撮影した犯人の目的が『盗撮』であることが前提となる。
ドローンの利用ではなく、もしも学園敷地内外問わず遠距離から望遠カメラでこれの撮影が物理的に可能であったと仮定して。
この瞬間を撮影するには余りにも偶然に頼りすぎている。
希咲がこの時間この位置に立ち、足を上げて――
本来は衆目に晒すものではないのにも関わらずやたらと主張の強いおぱんつを晒したのは――
――ただの偶然だ。
そして、これの撮影を実現するには、この場所にカメラをずっと向けている必要がある。
そうでなければ、これは実質不可能であると謂える。
だとすれば。
ここを張っていた目的として推測されるのは、このアングルのフレーム内に収まる誰かの監視。
もしくは――
(――狙撃)
しかし。
それが目的だったとして。
こんな画像が流出している理由もわからない。
考えられるとすれば脅迫だろうか。
「ふむ……」
現時点で考えられることには手詰まりを感じ、弥堂は一度思考を切った。
Y’sにこれの意図を問うメールはもうすでに返信済み。
だが、先程のやりとりの時の返信速度が嘘だったかのように音沙汰がなかった。
もしも狙撃だった場合、弥堂には銃火器の運用に関する専門的な知識はない。
業腹ではあるが、あのいけ好かない警備部へ報告・相談をするべきだろう。
いずれにせよ。
現状で出来るのはY’sからの連絡を待つことと、その間に現場の検証だ。
弥堂は、この『希咲七海おぱんつ撮影事件』をレベル4案件と設定した。
最後の画像付きメールだけを残してそれ以外のメールは完全に削除をする。
その作業の際にディスプレイ上部の時計が眼に入った。
すっかりとおぱんつに気をとられてしまったが、その間に昼休みの残り時間は大分少なくなってきている。
弥堂は水無瀬から渡された弁当の存在を思い出す。
ここで『仕事』は打ち切ることにして、そちらの処理にとりかかることにした。
手に丸めて持っていた、“Enegy Bite”の空の包みをポリ袋の中へと捨てる。
そしてその袋の隣に置いていた、水無瀬から渡されたファンシーな青色の弁当袋――
その縛り口の紐を緩め、中から弁当箱を取り出した。
出てきた弁当箱はシンプルなアルミ製のもの。
弥堂はそのことに安堵した。
弁当箱まで外袋のように、やたらと幼稚なものであったのなら堪ったものではない。
時間もないのでとっとと解体にかかる。
箱の上にゴムで固定されていた保冷剤を退けて、箱の両脇の留め金を外す。
そこで弥堂は眼を細め、少し慎重に弁当箱の蓋を持ち上げた。
蓋は特に問題なく外れ、その中身が露わになる。
内容物へと眼を向ける。
特に変哲もない弁当であるように視えた。
あの言動が幼くそそっかしいところのある水無瀬 愛苗のイメージからすると、非情に無難で卒のない出来栄えに視える。
最悪食べ物の形状を保ってすらいない物体が出てきてもおかしくはない――
そう構えていた弥堂からすると少々拍子抜けとも思えた。
奇を衒ったようなものではなく、シンプルな弁当。
仕切りで2つにわけられ、片側にはおかずが綺麗に詰められている。
登校時に走ってきたという割には配置が崩れているようなこともなかった。
『練習をした』という言葉通りなのだろう。
彼女の母親がレクチャーした通りに、真剣に作ってきたようだ。
おかずは一度熱した根野菜とブロッコリーに、プチトマトを並べたサラダと鶏のからあげ。
半分にカットされて並べられたハンバーグに黄色い卵焼き。
定番とも謂える無難なラインナップだ。
それはいいのだが、問題はおかずと仕切りで分けられた隣の米だ。
白米の上にやたらとカラフルな何かが数種類振りかけられており、キャラクターの絵柄がデザインされていた。
弁当袋のアップリケと同じ、眼つきの悪いデフォルメされた犬。
その隣に桜のような花が描かれている。
それに加え、先は無視したが、おかずの肉には小さなフラッグの付いた串が何本か刺してあり、やたらと賑やかになっていた。
(あいつは一体俺を何だと思っているのだ……)
弥堂は少々頭痛を覚えそうになりながら――『犬が好きなのか?』と、水無瀬に関するどうでもいい情報を更新する。
弁当袋に同梱されていた箸箱から箸を取り出し、右手で持った。
もう一度眼を細め、弁当の中身を一つ一つ視遣ってから、箸をハンバーグへと持っていく。
すでにカットされていたそれをさらに二つに割る。
箸で持ち上げ肉の断面を視てから、そのハンバーグを箱の中へと戻した。
次に箸を米の上に描かれた犬の口に突き入れ、敷き詰められた米ごと掬う。
それを自身の口元へは持って行かずに、掻き混ぜるように、ひっくり返すようにして。
それから弁当箱に戻した。
数度――
何ヶ所かに同じ作業を行ってから、箸を揃えて指で挟む。
空いた右手で先程使用したポリ袋を手元に引き寄せた。
左手に持った弁当箱を袋の口の上に持っていき、その弁当箱の上下を裏返した。
綺麗に敷き詰められていたおかずと、丁寧に描かれていた絵柄が袋の中へ落ちていく。
先に捨てていた栄養バランス食品のゴミの上へ――
から揚げが――
ハンバーグが――
桜が散り――
米が、野菜が、そして卵焼きが――
ぼとぼとと零れ落ちていって等しくゴミになった。
再び箸を手に持つと、次は箱の底に残った米粒をゴミ袋の中へ落としていく。
その作業が完了したら弥堂は立ち上がる。
すぐ近くにある水道へと歩き出した。
弁当箱の中身を水道で軽く濯ぎ、また元の位置に戻ってくる。
座りはせず、ゴミ袋の中からゴミと一緒に落ちた仕切り板と、旗のついた串を箸で掴み回収した。
それらを弁当箱の中へと戻す。
箸を箸箱に戻し、弁当箱にも蓋をして、元通りに弁当袋の中へ仕舞った。
ゴミ袋の口を持ち手部分で縛り、封をする。
そうしながら焼却炉へと歩いていく。
扉が開けっ放しになっていた炉の口からゴミ袋を放り入れそのまま扉を閉めた。
他人が目の届かない場所で作ったものなど口に入れる気にはならない。
飲みかけの水のペットボトルと弁当袋を回収し、教室へと戻るため弥堂はこの場を立ち去る。
炉の中で――
少女によって生み出され男によって打ち捨てられた想いが――
無情に閉ざされていく扉の隙間に、自分を見向きもしてくれなかった色のない横顔と――
容赦なく狭まっていく光の帯を見ていた。
その身が焼かれ燃やし尽くされるまでもう二度と何も見ることはない。