俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章20 腹ノ中ノ汚イモノ ④

 

 悪の幹部としてのポテンシャルを遺憾なく発揮して暫く走ると、路地裏の出口が見える。そこから出ればメインストリートとなる『はなまる通り』だ。

 

 

 走ってきた勢いそのままに人工的な光に満ちたその空間へ頭から飛び込んだ。

 

 跳びこみ前転をキメた後に殺しきれなかった勢いを減衰させる為に路面をさらに転がる。

 

 土曜日の夕方で多くの買い物客や通行人で賑わう通りでそのようなアクロバティックなプレイを披露すれば、当然のことながら接触事故は避けられない。

 

 

 ゴロゴロと転がるボラフに巻き込まれ、複数の人間が吹っ飛び転倒する。

 

 

 穏やかに賑わっていた繁華街は、闇の組織に所属する悪の幹部の登場により俄かに騒めき、そして徐々にそれが伝播していく。

 

 

 そんな戸惑う人々を尻目にボラフは片膝を立ててビタッと止まると、機敏に立ち上がり周囲への声掛けを始めた。

 

 

「すいませーんっ! 誰か……っ! 誰か助けてくださーいっ!」

 

 

 人々に助けを求める。

 

 

「どなたか助けを……、友達が……っ! ボクの友達がピンチなんです……っ!」

 

 

 酷く切実な様子で救助の必要性を訴えるが――

 

 

「きゃあぁぁーーーーーーーっ!」

「いやぁーー、変態よーーーっ!」

「変態だー! 変態がでたぞー!」

 

 

 フルフェイスのヘルメットを被った全身タイツの男――のように見える――の登場に人々はパニックとなった。

 

 騒然となった群衆は疎らに逃げ出していく。

 

 

「すいませーん! どなたか、水とタワシを下さいませんか⁉ スポンジでもいいんです! どなたか、お願いしますっ!」

 

「イヤァァーっ! マサルっ、マサルぅ……っ! 置いてかないでよおぉーっ!」

 

「雑巾かタオルのようなものでもいいんです……っ! オレが早く戻らないと……、このままじゃ……っ!」

 

「お、俺には帰る場所があるんだ……っ! こんなとこで死ねるかーーっ!」

 

「グハァーーーっ⁉」

 

 

 強い恐怖の中で立ち向かう勇気に目覚めた通行人の繰り出した拳が顔面に突き刺さり、ボラフは地面に倒れ込む。

 

 頬を抑えながら身体を起こし、すぐ近くに居た別の人間に取り縋る。

 

 

「こ、こいつをキレイにして持ち帰らなきゃなんねえんだ……っ! オレがやんねえとアイツらが……」

 

「うっ、うわあぁぁぁぁっ⁉ やめろっ! 触るなっ! 触るなあぁぁっ!」

 

 

 ボラフが差し出した血塗れのペンダントを目にしてパニックを起こした通行人の男は、必死にボラフを蹴りつけて離れようとする。

 

 

「あぐっ……⁉ ぐぅ……イテェ……あっ――⁉」

 

 

 地面に倒れ込んだ拍子に手から零れたペンダントが路面を滑った。

 

 

 ボラフはそれに飛びつくと己の身体を盾にして守るようにペンダントに覆い被さる。

 

 

 どうすれば――と焦燥に駆られ首を振って助けてくれそうな人を探す。

 

 

 すると、対面にボラフと同じように路上に座り込む女性を見つけた。

 

 

 自分の方に変態が吹き飛ばされてきたことで腰を抜かした買い物帰りのオバチャンだ。

 

 

 ガバっと開いた熟れた股の間から、むわっとしたベージュのババアパンツが垣間見える。

 

 ボラフの視線が釘付けとなった。

 

 

 樽のようなシルエットのオバチャンに性的関心を抱いたのではない。彼が視線を誘われたのはオバチャンの足元に転がった、スーパーのセール品と思われる大量の2ℓの水のペットボトルだ。

 

 

 オバチャンは頬を赤らめるとサッと内股に足を閉じスカートを押さえる。

 

 

 ボラフはその仕草が癇に障ったが、今はそれどころではないと、這いずるようにしてオバチャンに近づいていく。

 

 

「オ、オバチャン……、たのむっ、その水をオレに――」

 

「――ギャアアァァァっ! 犯されるうぅぅぅっ!」

 

「――ゴペッ⁉」

 

 

 ボラフの懇願の声は聞き入れてはもらえず、オバチャンは2ℓのペットボトルよりも逞しい腕をブンっとぶん回し、ボラフの顎をカチ上げた。

 

 

 悪の怪人の身体がふわっと宙に浮く。

 

 

「あらやだ! あらやだ! あらやだよーーーっ!」

 

 

 オバチャンは両手それぞれに中身入りのペットボトルを鷲掴みにすると、それを次々とこん棒のようにブン回し、落下してくる悪の怪人に空中コンボを叩き込んだ。

 

 

「ゴハァーーーっ⁉」

 

 

 派手にぶっ飛んだボラフが地面に落下する頃には、オバチャンは落とした私物を全て完璧に拾いあげた上で、「あらやだよーーーっ!」と走り去っていた。

 

 

 ゴシャァっと真っ黒ボディがアスファルトに叩きつけられる。

 

 

「ク、クソ……っ!」

 

 

 痛みよりもむしろ惨めさが勝った。

 

 

「なんでだ……、なんでなんだよぉ……っ!」

 

 

 そしてそれよりも強い怒りが沸き上がる。

 

 

「オレが……、オレが怪人だからダメだってのか……っ⁉ ちょっとオマエらニンゲンに迷惑をかけてるだけだろぉっ⁉」

 

 

 周囲に叫ぶも誰もボラフと目を合わせようとはしない。

 

 

 逃げ惑う者以外に周囲に留まる者もいるが、彼らは須らく遠巻きに恐怖と侮蔑の目を向けてくるだけだ。誰も悪の怪人などに同情なんてしない。

 

 

「オ、オマエらだって……! 他の動物にたくさん迷惑をかけてるじゃないか……っ! 同じニンゲンしか助けないってのかよ……⁉ そんなの……、そんなのってないぜ……っ!」

 

 

 群衆を見渡し、強く訴えるが誰一人にすら響かない。

 

 

 震える手で路面を掻きながら拳を握りしめるとベリっと爪が剥がれる。でもすぐに生えた。

 

 

「クソ……、クソ……っ! ニンゲンめ……っ! ニックキニンゲン……っ! オロカナニンゲンドモメェェェ……ッ‼‼」

 

 

 よろめきながら立ち上がり顏を上げると、その目の色が変わる。

 

 眼球が黒く染まり中心に赤い光が灯る。

 

 

 その光の名は怒り――ではない。

 

 

 ニンゲンどもを見渡す。

 

 

 彼らの表情が表すのは恐怖、侮蔑、嫌悪――そういった負の感情がこの場に渦巻いている。

 

 

 確かに怒りはある。

 

 自分勝手な人間という種族に対する憤りは間違いなくこの胸の中に在る。

 

 

 だがそれ以上に、現在自分に向けられている不特定多数のニンゲンの負の感情が、怒りよりも遥かに強い原動力となった。

 

 

『今、確かに、自分はニンゲンに迷惑をかけている』

 

 

 その事実が何よりも悪の幹部ボラフを昂らせた。

 

 

 ザっと足を滑らせ肩幅に開き爪先は若干外に向ける。

 

 両手を頭の後ろで組み、膝を開いて腰を半ばまで落とす。

 

 そして、悪の幹部としてのポテンシャルの総てを注ぎ込んだ、キレのいい腰振りを有象無象のニンゲンどもへ見せつけてやる。

 

 

「Foooooooooooooッ‼‼」

 

「ギャーーーーーーッ⁉」

「イヤァーーーーーッ⁉」

 

 

 カクカクカク――と高速で繰り出されるその腰使いの強靭さから、絶対に越えることの出来ない種族間の圧倒的な差を感じとり、脆弱な人間たちは瞬時に阿鼻叫喚の地獄へと叩き落された。

 

 

「いやーーーーー!」

「オーーーケィッ!」

 

「たすけてーーー!」

「イェアッ!」

 

「だれかーーーー!」

「アォッ!」

 

「ヘンタイよー!」

「カモッ!」

 

「おまわりさーん!」

「パーリナイッ!」

 

 

 蜘蛛の子を散らしたように方々へ逃げ出す人々を追いかけ至近距離で腰を揺すり、己の圧倒的な雄度を見せつけてやる。

 

 

「HEY HEY! よう、ネエちゃん! オメェのヘナチョコ彼氏じゃあ届かねぇ場所まで届かせてやろうかァー⁉ 天国を見せてヤルぜェッ⁉」

「イヤァァーッ⁉ タっくーん! タっくぅーんっ!」

 

「オラオラッ! もっと速く走れよ、このフニャチン豚野郎ッ! プリプリケツ振りやがってブチこんで欲しいのかァッ⁉ アァン⁉」

「うわぁーーっ! 助けてっ! 助けて代表ぉーーっ!」

 

 

 はなまる通りからは急速に人気が減っていく。

 

 

「Foooooooッ!」

 

 

 右手は頭の後ろに置き、左手は股間の前でグッパグッパしながらボラフはその場でカクカクと腰を振り、次なるエモノを求める。

 

 

 すると、他の人間に見捨てられ逃げ遅れたのだろう、杖をついてヨボヨボと歩く腰の曲がった老婆を見つける。

 

 

「ヘイヘーイ! よう、ババア! そんなに急いでドコにいくんダァーイっ⁉」

 

「あぁ……、じいさん……、じいさん……っ!」

 

「オイオーイ、ツレねえじゃねえかババアよー。ちょっとオレの腰使いを見ていけヨォーーッ! 半世紀ぶりの女の悦びを味わわせてヤルぜェーーッ⁉」

 

「すまないね、じいさん……わしゃぁ操を立てきれなんだ…………。今日わしもそっちへ逝くよ……」

 

「Foooooooooooーーーッ‼‼」

 

 

 ボラフは老婆の周囲をカニ歩きで一頻り周ってウザ絡みすると、魂の叫びをあげて今日イチの腰振りを見せつける。

 

 そして、辞世を受け入れようとする老婆の手をやんわりと取り、ゆっくり丁寧に歩行の補助をしながらバス通りへと誘い行先を聞き出すと、他の乗客に頭を下げながらバスの座席に座らせた後に見送る。

 

 

「オーケィ、ババアッ! ダンシトゥザナイッ!」

 

 

 走り去るバスの窓から手を振る老婆へ最高の腰振りを返し、多くの人間に多大な迷惑をかけてやったことから得られた超絶した愉悦に身を任せた。

 

 魂に満ちていく充足感に背骨を震わせ、己はやりきったと満足し額の汗を拭う。

 

 

 そしてハッとする。

 

 

「しまった! こんなことしてる場合じゃねえっ!」

 

 

 怪人ダッシュではなまる通りに戻るが、メインストリートは紺色の制服を着た複数のニンゲンどもが徘徊していた。

 

 

「クッ……! ニンゲンどもめ、オマワリを呼びやがったな……っ! 卑怯者どもめ。だが、こいつはマズイぜ……」

 

 

 悪の幹部は決して警察とは相容れない。

 

 ボラフは路地の角に肩をつけ通りを覗き込みながら冷たい汗を流した。

 

 

「ここはもうダメだ」

 

 

 殺気だった警官たちに見つからぬようそっと離れる。

 

 

 助けてくれる人を探さなければならないのに、人気のない方へ逃げなければならない。

 

 その矛盾がボラフを酷く焦らせる。

 

 

 しばらく走ると寂れた裏路地で一軒の店を見つける。

 

 薄暗い路地でこじんまりとした外観の入り口にぼんやりとした灯りが浮いており、『OPEN』と書かれた看板を照らしている。

 

 

 こんな場所に店を出して客が来るものなのかと疑問が浮かぶが、余計なことを考えている暇はないと、ボラフは店の扉を押した。

 

 

 建付けの悪い扉を開けるとカランカランとベルが鳴り、もわっと籠った空気と煙草の匂いが顏に纏わりついてくる。

 

 

「あ、あの……、すいません……」

 

 

 キョロキョロと店内を見渡しながら遠慮がちに声をかけると、バーカウンターの中でワイングラスを磨く男と目が合った。彼が店主のようだ。

 

 

 店主の男はグラスを磨く手は止めずジロリと片目だけを入店してきたボラフに向けた。

 

 鋭い眼光を放つその右目に射抜かれボラフは委縮した。

 

 

 ワイングラスと布を持つその腕は筋骨隆々で逞しく、ぶ厚い胸板を納めきれないワイシャツとベストはボタンがはち切れんばかりにピッチピチだ。

 

 カウンターで作業をしながら火の点いた煙草を咥え、傍らには口の開いたワインボトルが置いてあり、さらにその横には大きなサバイバルナイフが突き立っている。

 

 

 しかし、それ以上に目を引くのは顏の大きな傷だ。

 

 左目には眼帯。

 

 その眼帯に収まりきれない大きな古傷が顔を縦に走っている。

 

 

「…………いらっしゃい」

 

 

 男は口髭の隙間から「フーーッ」と長く煙草の煙を吐き出すと、愛想の欠片もない低い声音でボラフにそれだけを言って黙る。

 

 

 まるで戦場帰りの軍人のような屈強な雰囲気に気圧され、ボラフは次の言葉が出てこない。

 

 

 気まずげに入り口に立ったままモジモジとし、店内に目を泳がせる。

 

 

 すると、店主には失礼だが意外と他にも数名の客がいるようだった。

 

 

 カウンター席の端に座る豪奢な紅いドレスに身を包む女。

 しかしよく見れば派手に着飾っているものの髪は乱雑で、伸ばしっぱなしのような前髪の隙間から覗く顔はすっぴんだ。腫れあがった瞼に包まれた瞳は虚ろなまま、水煙草を吸い続けている。

 

 気味の悪さを感じて他所へ目を向ければ、ブランデーを注いだロックグラスに顔を近づけ、琥珀色に写った自分の目を見て薄ら笑いを浮かべ続けている男。

 

 他のテーブル席には、呪詛のようなものを呟きながら落花生の殻を剥き続けている男がいた。

 

 

(ヤ、ヤベェとこ来ちまったーーーっ!)

 

 

 すぐに店を出るべきかと判断し足を動かそうとするが――

 

 

「――座んなよ。お客さん」

 

 

 その前に髭面のマッスルマスターに声をかけられる。

 

 

 しかし、機を逸したことで諦めがつきここで用を済ませることを決める。

 

 

「あ、あの……オレ……、実は客じゃなくって……」

 

「……?」

 

 

 しどろもどろに事情を説明しようとすると、マスターは怪訝そうに顔を向けた。

 

 その拍子に口に咥えていた煙草から灰が崩れ、手に持って磨いていたワイングラスの中にボトリと落ちる。

 

 

「――あっ……⁉」

 

「…………」

 

 

 ボラフは気まずから続きを喋ることを憚られ口を噤み、マスターは無言のままただジッと灰の落ちたグラスに目を遣った。

 

 そして徐にグラスを持ち上げ、それを投げた。

 

 

 ヒュンっと風を切って飛んだワイングラスは壁にぶつかり、乾いた音を立てて粉々になった。

 

 

「ヒッ――⁉」

 

 

 息を呑んだボラフがグラスの破片が落ちた場所を見れば、床には多くの食器類の破片が散らばっている。

 

 どうやらこの店ではこれが食器類を処分する際の基本スキームのようだ。

 

 

 硬直する悪の幹部を尻目にマスターは何事もなかったかのように、別のグラスを取ると布で磨き始めた。

 

 

「……客じゃないってんなら、一体うちの店に何の用なんだい?」

 

 

 再び声をかけられビクっと肩を揺らす。

 

 

 気分を害したかのようにジロリと細められた隻眼と目が合い、ダラダラと汗を流す。

 

 しかし、ずっとこうしていても仕方がないので、意を決して正直に事情を説明することにした。

 

 

「じ、実はよ。こいつを洗わせて欲しいんだ……」

 

 

 両手に乗せた血塗れのペンダントをマスターに見えやすいように差し出す。

 

 

 それを見たマスターの眉が歪められ一層表情が険しくなったように見えた。

 

 マスターは短くなった煙草を指で挟み口から離すと、重そうに長く煙を吐き出す。

 

 

「……お客さん。アンタ、カタギかい……?」

 

「え……? カタギっつーか……怪人なんだけど……」

 

 

 ギロリと鋭い眼光を向けると手に持っていたグラスをカウンターに置き、その磨いたばかりのグラスの中に煙草を捨てる。

 

 そして傍らに置いてあったワインボトルを持つとそのグラスにワインを注いで消火をする。そのままボトルを口元に持っていき直飲みでゴッゴッと喉を鳴らしてからダンッと音を立ててカウンターにボトルを置いた。

 

 

「……なぁ、アンタ。うちは見てのとおり飲食店だ。信用問題ってモンがある。不衛生なのは困るぜ」

 

 

 チラリと――

 

 

 灰皿代わりに使われたワイングラス、直飲みしたワインボトル、そして適当に端っこに放り捨てられている食器の破片を順番に見たボラフだったが、衛生面に関して指摘をする勇気は出なかった。

 

 

「……そ、そうですよね……? ハハッ……アハハハ…………」

 

 

 そのため適当に愛想笑いでお茶を濁しこの場を辞そうとするが――

 

 

「――待ちな」

 

「ハ、ハイィッ⁉」

 

 

 ぶっきらぼうに呼び止められ、ビシッと気を付けの姿勢をとる。

 

 

 マスターはベストの胸ポケットから新しい煙草を取り出し、それに火を点けて煙を吐くと、親指で自身の背後を指す。

 

 

「店の裏にホース付きの水道がある」

 

「……えっ?」

 

「生ゴミのバケツを洗う用の物だがタワシも転がってる。好きに使いな」

 

「え……っ? あっ!」

 

 

 パァと顔を輝かせるボラフへ向かって、先程までグラス磨きに使っていた布を投げ渡す。

 

 

「……そのオモチャ。女の子の物だろう? そいつでキレイにしてやんな」

 

「マ、マスター!」

 

「血を拭いた汚ねえ布なんて店に持ってくんじゃねえぞ? それ持ってそのまま消えちまいな」

 

「あぁ……っ! ありがとうマスター!」

 

 

 ボラフは走り出しカランカランとベルを鳴らして扉の外へ出る。

 

 

 扉が閉まる直前、背後から「フン……」とぶっきらぼうに鼻を鳴らした音が聴こえた気がした。

 

 

 振り向かずに店の裏手へと走る。

 

 

 マスターの言葉通りホースとタワシが転がっていたので、急いで蛇口を回してジャブジャブとペンダントに水をかけて汚れを落とす。

 

 

 勢いよくかけすぎたのか顏に水が跳ねる。

 

 

 ポタポタとかかった水が手元に落ちていった。

 

 

「……ヘヘっ、ニンゲンもまだまだ捨てたもんじゃねえのかもな……」

 

 

 ズッと鼻を啜る。

 

 ポタポタと顔から落ちていく雫もまとめてホースで洗い流した。

 

 

 手早く変身ペンダントの汚れを落としてボラフは立ち上がる。

 

 大分時間を使ってしまった。早く現場に戻ってやらねば。

 

 

 蛇口を閉めて使用したホースを片付けようとすると、路肩に停めてある1台の車が目に止まる。

 

 

 エンジンは掛かっていないし外部のランプ等も消えている。

 

 

 しかしその車は不自然に上下にユッサユッサと揺れていた。

 

 

 僅かに開いたサイドガラスの隙間から息を殺した男女の息遣いが聴こえた。

 

 

 ニィ……ッとボラフの顏の3つの三日月が歪む。

 

 

 サッと素早く身を低くしてその車に近づくと、慎重な手つきで窓の隙間にホースを侵入させる。

 

 

 そして気配を殺したまま水道まで戻ると、ジャッと一気に蛇口を全開にしてダッと勢いよく駆け出した。

 

 

 背後から響く怒りと焦りの叫びを身に受け、愉悦が魂を満たしていく。

 

 

「ブハハハハハーッ!」

 

 

 今は振り向く時ではない。

 

 

 自分を待つ者たちの為に全力で走るのみだ。

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