「――ん……んぅ…………」
「マ、マナっ! よかった……目を覚ましたんスね……!」
小さく呻いて
「……あれ……? わたし……?」
「つ、疲れてたんッス! マナは疲れてうっかり寝ちゃったんスよ!」
「つかれ……? あれ? そうだっけ……? そんなことないような……」
「いーや、あるッス! 魔力切れッス! いっぱい魔法使って魔力切れしちゃったんスよ!」
「そっかぁ……魔力切れかぁ……。メロちゃんずっと着いててくれたんだね? ゴメンね……?」
「な、なぁにっ、気にすることないッス! 魔力切れなら仕方ねぇーッス!」
水無瀬に気を失う前後の記憶があやふやな様子が見受けられ、メロはワンチャンに賭けて誤魔化しにいった。
お助けマスコットであるネコ妖精的には、自分の主にはトラウマ級の衝撃体験など出来れば忘れて欲しかったからだ。
しかし――
「……あれっ? でも……あっ――そうだ! ゴミクズーさんは⁉ 弥堂くんが……っ!」
「――えっ⁉ あっ、いや……、それは、その……大丈夫ッス!」
「えっ? だいじょうぶ……?」
「だだだだだいじょうぶッス! その、けっこう大丈夫っス!」
「そっかぁ……、だいじょうぶなんだね……」
意識の覚醒に伴い次第に記憶が鮮明になっていく水無瀬の認識の整合がとれるのを少しでも遅らせようとゴリ押しで悪足掻きをする。
メロは自分でもさすがにこれはどうかと思ったが、素直なよいこの愛苗ちゃん相手ならそれでも大丈夫そうだった。
「さ、さぁ……、そろそろ帰るッスよ。もうすぐ晩ごはんの時間ッス。朝にママさんがお花に水やりしながら『今夜はカレー♪』って口ずさんでたッス。悪いけどジブン今夜はガチらせてもらうッスよ」
「え? でも……、メロちゃんはネコさんだし、あんまり刺激の強いものをガチるのは……」
「あっ、えっと、だいじょうぶッス! 安心するッス! ちゃんとカレー抜きのカレーライスにしてもらうッス!」
「あ、そっか。カレーを抜けばいいのか。それなら安心だね! さすがメロちゃん、お利口さんだね!」
「――それはただの米だろうが。お前ら本気で言ってんのか?」
「――え?」
間に挟まれた声の方を見てみると、この魔法少女の活動の現場に巻き込んでしまった同級生の
路上に座り込んで何かしらの作業に没頭していた弥堂だったが、あまりに気の抜ける会話が聴こえてきた為に、つい手を止めて口を挟んでしまったのだ。
「あ、あわわわわわ……っ!」
「あ、弥堂くん。こんばんは。あのね? ちゃんとお肉とかも洗ってからメロちゃんにあげるから大丈夫なんだよ?」
「……だったらカレー鍋を経由する必要ないだろ。そのままくれてやれよ。生肉のままで十分だろ、そいつみたいなもん」
「なんだとーーッス! 誰がみたいなもんッスか! ちゃんとネコさんの健康にも気を遣えーッス! ポークカレーだったらどうしてくれんスか! ジブンどうなっちゃうんスか⁉」
「知るか」
大声で抗議するメロに迷惑そうな顔を見せると、彼はまた振り向いて元通り何かしらの作業を再開した。
「ところで弥堂くん。何して――」
「――ニャアァァーーーーッス!」
自身と彼との間の宙に浮くメロを右から迂回して弥堂の方を覗き込もうとすると、大慌てな様相でメロが視界に割り込んでくる。
「えっと、弥堂くんが何してるのかなーって――」
「――フニャアァーーーーッス!」
少しだけ怪訝そうにしながら今度は左側に身体を傾けて向こうを覗こうとすると、またもメロが素早く視界を塞いでくる。
ダラダラと顔面の毛皮から汗を流す彼女のことを、水無瀬はぱちぱちと瞬きをして見る。
「メロちゃん、どうしたの?」
「こ、これは――ッスッスディフェンスッス!」
「え?」
「しょ、勝負ッス、マナっ! 1ON1で
「えっ? えっ?」
「さぁこいッス! カンタンにジブンを抜けると思うなよッス!」
「え、えっと……、じゃあ、いくね……?」
戸惑いつつも水無瀬は『遊んでアピール』をする飼い猫と遊んであげることにしたようだった。
メロが塞ぐ方の逆をとりにいこうとする。
すると――
「ッス! ッス! ッス! ッス! ディーフェン! ディーフェンっ! ッス! ッス! ッス! ッス! ディーフェン! ディーフェンっ!」
「わぁ、すごいっ! メロちゃんがいっぱいいるみたい!」
残像を残すような速度で水無瀬の視界に身体を伸ばしてブロックをする。
水無瀬の目にはそれがネコさんの壁に見えた。
やがて体力を使い果たしゼェーゼェーと息を荒げるメロの肉球から滴る汁を、ポッケから取り出したハンカチで水無瀬が拭いてあげていると――
「おい、お前らさっきから何遊んでんだ」
「こっち向くんじゃあねえよおぉぉぉッバカやろうがあぁッ!」
ネコごときに怒鳴られて弥堂は不快げに眉を歪める。
「なに気分害してんだテメーッ! さっきからジブンがどんだけ苦労して隠してっと思ってんだボケがッ! 少しは空気を読まんかいぃっ!」
「あ? ネコの分際であまりナメた口をきくなよ。躾をされたいか?」
「――あっ⁉」
弥堂が立ち上がり二人の方へ歩き出そうとしたことで、水無瀬の目から隠されていたモノが白日の下に晒された。
「あっ……、あっ……、そんな……ネズミさん……」
彼女は息を呑む。
「なにしてくれとんじゃボケェーーッス!」
「なにだと? お前らのためにペンダントを取り返した上に時間稼ぎまでしてやってたんだろうが」
「そうだったーーッ! けどっ! コンプラを! コンプラを守って欲しいッス!」
「コンプラ……? 意味のわからんことを言うな。ここは戦場だぞ」
言い合いをする弥堂とメロを他所に、水無瀬はペタンと地面にヘタリこむと――
「ひぐっ……、うぇぇ……、うわぁぁぁぁーーんっ!」
――ギャン泣きをした。
「あっ、あぁ、マナっ! ちくしょう……っ! かわいそうに……っ!」
「おい、うるせえぞ。さっさとしろ」
「このど畜生がよおぉっ! オマエふざけんなよ! こんなグロ死体、完全に18禁だろうがっ! エグイもんをウチのマナに見せんじゃねぇッスよ! オマエこれ淫行だからな! 条例にひっかかるッスよ!」
「死体? 死んでねえぞ」
不可解そうに首を傾げると、弥堂はネズミさんの惨殺死体だと思われるものに爪先を蹴り入れる。
すると短く細い声で呻き、ゴミクズーは僅かに身動ぎをした。
それを見た愛苗ちゃんはさらに大きな声で泣く。
「う、うぇぇぇ……、グロすぎッス……。ジブンも毛玉吐きそうっス……」
「よくわからんがこいつがあるのが問題なら、魔法を撃ち込んで消しちまえばいいだろ。とっととこの生ゴミ処分しろ」
「ギャアァァァーッ⁉ 痛い痛い痛いッスー! やめろーっ!」
言いながら弥堂がネズミの頭蓋骨から生えた鉄筋に足を乗せてゴリゴリと踏み躙ると、メロは体感幻覚に似た痛みを感じて頭を抱えた。
「チクショー……、このクソニンゲンめ。やりたい放題してくれやがって……、もう許せねえッス!」
「ほう」
「所詮は高校生のガキ。多少燥いでるくらいなら見逃してやろうと思ったッスけど、マナを泣かしたのは完全にライン越えッス!」
「そうか」
「毎日水無瀬家の押入れの襖を引っ掻いて研いでる、この自慢の爪でズタズタに引き裂いてやるッス!」
「お前、本当に何の躾もされてないのか?」
「ククク……ジブンのことより自分のことを心配するんスね」
「……結局誰を心配すればいいんだ?」
「いい加減にその減らない口を閉じろ、ニンゲン。崇高なるネコ妖精のこのワレが矮小なるキサマをシツケてくれるわ」
「そうか。やる気なら余計な口をきかずにとっとと向かってこい。お前の全身の骨を粉々にしてそこのネズミの腹の中に詰めてやる」
「フン……」
崇高なるネコ妖精は頭を低くしてお尻を少し持ち上げて構える。
前足で地面を均すようにフミフミしながら若干後退すると、全身の毛をぶわっと逆立たせてプシッと粗相をした。
「ビビってんじゃねえか」
「チッ、チチチチビってねぇーしッ⁉」
口ぶりとは裏腹にプルプルと震えるメロを、弥堂はつまらなそうに見下した。
「まぁいい。お前はいちいち煩くて生意気だ。ついでにここで躾てやる」
「グッ、ウゥ……」
メロは気圧され後退る。
すると尻尾が何かに触れたことにより、後退する足が止まる。
自分の後ろには泣いている友人がいることを思い出した。
その彼女の後ろへと隠れるか、それとも前に出るか。
その判断に逡巡している間に目の前の男がこちらへ近づこうと一歩を踏み出した。
決断を下す速度に決定的な差がある。
それでもまだ、メロは決断をすることが出来ずに弥堂の二歩目の足が路面を踏むのをただ見つめ――
「――そこまでだぁーーーっ!」
背後から弥堂ではない男の声が突如響き、そして一つの人影が宙を舞った。
「アンッ! ドゥッ! トロワァーーーッ‼‼」
大きくステップを踏み高く跳び上がる。
伸身宙返りをするように上体から下半身までピンとキレイに体を伸ばし宙空で頭を下にすると、天地反転のままギュルルルッと高速で横回転をする。
そしてド派手にギュルンギュルンしながら弥堂と水無瀬たちとの中間点に降り立ち、見事な着地をしてみせた。
「待たせたナァーッ! もう大丈夫だぜッ!」
バッとヒーローポーズをキメてみせたのは、この場より離脱していた悪の幹部ボラフだ。
「ボッ、ボラフゥーーッ!」
「よく頑張ったな、メロゥ。後はこのオレに任せときな」
ボラフはメロを下がらせ、そして油断なく弥堂へと警戒の目を向けながら自身も背後で座り込む水無瀬へと近づく。
弥堂はそれらの一連のことを酷く醒めた瞳で見ていた。
「フィオーレ立つんだ。泣いてんじゃねえよ。オマエは正義の魔法少女だろ?」
「ボラフさん……、でもっ、でもっ……、ネズミさんが……っ!」
へたり込む彼女へ手を差し伸べるも、水無瀬はポロポロと涙を溢すばかりだ。
「いいから立て」
ボラフは水無瀬の手を掴み、半ば強引に彼女を立ち上がらせた。
「さぁ、これを」
「これ、は……」
そして彼女へ魔法少女の変身アイテムであるペンダントを渡そうとする。
しかし水無瀬は先程までの血に塗れたペンダントの絵が強烈に印象に残ったままのようで、受け取る手を伸ばすことを躊躇う。
「大丈夫だ。こいつは穢れてなんかいねえぜ」
ボラフは彼女を安心させる為に、自身の掌を開いてその上にのせたペンダントをよく見せてやった。
「――あっ。キレイに……っ! ボラフさんっ!」
「気にするな。オレはするべきことをしただけだ。だから今度はオマエがやるべきことをやれ」
「だけど……っ! 私の魔法じゃ傷を治したりは……」
迷いを見せる少女を説得するため、悪の幹部は腰を折ってしっかりと彼女と目を合わせる。
「わかってる。だけど、オマエにはまだ出来ることがあるはずだ」
「まだ……出来ること……?」
「そうだ。それが何かわかるか?」
「わたし……はっ――⁉ そんな、弥堂くんと戦うなんてできません……っ!」
「違う。オマエは魔法少女。ニンゲンをシバいたりはしない」
「で、でも……それじゃあ……?」
自身のやるべきこと。
それが何なのかということについて理解が追い付かず、そのことに焦りが募り彼女は不安を表情に滲ませる。
「オマエのするべきことは何も変わっていない。魔法少女はゴミクズーをやっつける。オマエがするべきことはそれだろ?」
「そんな――っ⁉ だって……っ!」
「聞け。いいか……? 残念だがアイツはもう助からない。だが同時に死ぬことも出来ないんだ」
「えっ……?」
「ゴミクズーは簡単には滅びない。このままじゃアイツはもうしばらくの時間を苦しみ続けなければならない。だからフィオーレ――」
「――そんな……っ! まさか……っ⁉」
「わかってくれフィオーレ。これが戦う者の宿命であり、そして責任なんだ……」
「そんなこと……っ! できません……っ! 私、そんなことできませんっ!」
「頼む、フィオーレ。オマエも本当はわかってるんだろ? アイツがもうどうしようもないってこと……」
「そんな……」と茫然としながら水無瀬はネズミのゴミクズーへ視線を移す。
ボーっと宙空を見上げながら自分は関係ないとばかりにやる気なさそうに立つ男の足元に横たわった、見るも無惨な生命の成れの果てに目を覆いたくなる。
しかし、逃げてはいけないと、その残り火のような生命を強く思った。
「お願いだ……、アイツを……、オレの仲間をどうか楽にしてやってくれ。頼むよ、ステラ・フィオーレ。これはオマエにしか出来ないことなんだ……」
「ボラフさん……、だけど……、わたし…………――はっ⁉」
なおも躊躇いを見せる水無瀬だったが、そこでハッと気付く。
グッタリと横たわっていたネズミさんがノソリと首を動かした。
そしてジッと自分のことを見つめてくる。まるで救いを求めるように。
「ネ、ネズミさん……」
ネズミさんはコクリと頷いた。
「わたし……、私……っ! やります……っ!」
「マナァ……っ!」
「フィオーレ……っ!」
決意を浮かべた少女の面差しに人外2体はパァっと顔を輝かせた。
ちなみにこの時点で彼女はもう正常な判断能力が機能していなかった。
ネズミさんがこちらを見つめてきたと言ったが、その眼窩にはもう目玉は嵌っていなく、空洞となった虚ろな洞には無機質な赤黒い鉄筋が数本ぶっ刺さっていた。
そんな大変にショッキングな映像情報を送られてきた愛苗ちゃんブレインには『よいこフィルター』が設けられているため、強制的にセイフティロックが作動し、センシティブな現実への認識力に大幅な制限がかかってしまったのだ。
まんまるなお目めをぐるぐるしながら、愛苗ちゃんはお手てに持ったBlue Wishを構える。
「マナっ!」
「変身だっ!」
「いきますっ――
パシューっと光の柱を打ち上げて魔法少女に変身する凛々しくも健気な彼女の姿を、メロとボラフが拳を握りしめて見守る。
そしてそんな彼女らのことを弥堂は酷くつまらなさそうに待っていた。
「水のない世界に愛の花を咲かせましょう。魔法少女ステラ・フィオーレ! 泣いてる子にはいつだってこの手を差し伸べますっ!」
「それ毎回言わなきゃいけないのか?」
バシーンとポーズをキメた彼女へ弥堂はつい疑問を呈してしまったが、ワァーと湧き立つ人外どもの歓声にその声は掻き消されてしまった。
「さぁ、やるんだフィオーレ!」
「目にモノ見せてやるッスよ!」
「はいっ!」
「ふぃお~え がんばえ~」という声援を浴びながら、ステラ・フィオーレはビシッと魔法のステッキを弥堂へ向けて構える。
そしてすぐにハッとなる。
「――あっ! 弥堂くんを撃っちゃダメだ! 間違えちゃうとこだった……」
「てへへ」と気恥ずかしげにステッキを下ろす彼女の危険度を、弥堂は脳内で3段階上方修正した。
「うっ――⁉」
そして弥堂の足元の死骸一歩手前のゴミクズーに視線を合わせるとやはり尻込みしてしまう。
「うぅ……」
「マナっ! 勇気を出すんスよ!」
「ここでオマエがやらなきゃ、もっと多くのゴミクズーがコイツに苦しめられることになるぞっ!」
「えっ? そ、そうなんですか⁉」
「え? あぁ、そうだ」
「そうなの? 弥堂くん」
「あ? いや、どうだろうな」
「わかんないみたいです!」
「お? そうか? じゃあオレが言い過ぎたよ。ゴメンな」
「まぁ、誰でもそういうことあるッスからね。あんま気にすんなよ!」
「ちゃんと『ごめんね』してくれたから弥堂くんも許してあげようね!」
「……お前らさっさとしてくれないか? これ何の時間なんだよ」
雰囲気だけで成り立っていた逆境から奮い立つ熱血展開はボロが出始め、それに弥堂が疲れを滲ませて先を促すと彼女らは揃ってハッとなった。
「こーしちゃいられねえッスよ! マナっ!」
「おぉ! 一思いにトドメを刺してやってくれ!」
「で、でも……、こんなのやっぱりヘンだよ……っ! こんなのヒドすぎるよ!」
人為らざるモノどもが殺害を唆すが、若干正気に戻った愛苗ちゃんは戦いが内包する残酷さにプルプル怯え悲痛な叫びをあげる。
「どうでもいいからさっさとしろ。どっちみちこいつをぶっ殺す手はずだっただろうが」
そんな純真な少女の心情になど慮ることのない非道な男は、足元に転がる生ゴミ予備軍の首根っこを雑に掴むと、魔法の的にしやすいように彼女の方へ向けてやった。
「ひぅ……っ⁉」
「おい! テメェ! 汚ねぇモン見せるんじゃあねえよっ!」
「今ジブンらが一生懸命マナを説得しようとしてただろうがッス! 空気読めやこのボケェーッス!」
せっかく殺しやすいようにと気を遣ってやったのに自分勝手なクレームをつけてくる連中に弥堂は気分を害した。
しかし、所詮こいつらは人間ではないので、人の気遣いなどを察するような精神構造になっていないのは仕方のないことであると、劣った別の生物を心中で侮蔑するだけに留めた。
そしていい加減にこの状況を終わらせることを模索する。