俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

149 / 203
1章22 4月19日 ➂

 

 新たな人物の登場に小学生たちはお家に帰りたくなったが、知ってるお兄ちゃんが心配だったので我慢して声の方に目を向けた。

 

 

「アニキィッ!」

「アニフィィ!」

 

 

 リュージとヤスちゃんが歓喜の声とともに振り返ると柄シャツの上に白スーツを羽織った一人の男が居た。

 

 

 呼び声に応えてガバっと股を開き仰け反る程に胸を張りながら天を見上げると、プフーッと咥え煙草の隙間から煙を噴き上げる。

 

 

「オ~ゥ、オメェらぁ。往来でなァにをヤンヤヤンヤやってやがんだァ~? カタギに迷惑を――」

 

 

 言いながら顔を動かし睨み合う弥堂とヤスちゃんの姿を見つけ、ギンッと険しい眼差しを向けるとダッと走り出した。

 

 

「ゥオォラァッ! クラァッ! ボケェっ!」

 

 

 威勢のいい声を上げガッと胸倉を掴みあげると、走ってきた勢いそのままにバッと跳び上がる。1秒にも満たない滞空時間の中で上体を思い切り逸らして振りかぶると渾身の頭突きをお見舞いした――

 

 

――パチキだ。

 

 

 額に額を勢いよく打ち付けられプシっと血飛沫をあげながら地面に倒れる。

 

 兄貴はすかさず追撃をかけるため得意のストンピングを繰り出した。

 

 

 弥堂はその様子を醒めた様子で見下ろす。

 

 

「オラァ! ヤスぅ、コラァ! オドレなにガキ連れに絡んどんじゃあぁっ!」

 

 

 もんどりうって倒れたヤスちゃんに兄貴は容赦のない怒りを叫びながら蹴り続ける。

 

 

「今のご時世すぐにパクられっからカタギに喧嘩売るなって、オドレなんべん言わさすんじゃボケがァっ!」

 

 

「ウラァッ! ウラァッ! ウラァッ!」と威勢よく踏みつけ続けているとやがてヤスちゃんが丸まってプルプルとしてしまう。

 

 

「あっ、兄貴ぃっ! ど、どうかそのへんで……ヤスの前歯がなくなっちまう……」

 

 

 慌ててリュージが止めに入ると、ようやく兄貴はヤスちゃんから離れた。

 

 

「すまんのう、兄さん。ここはワシに免じてひとつ――」

 

 

 フゥーと息を吐き額の汗を拭いながら顔をこちらへ向ける兄貴と目が合うと、彼は驚いたように目を見開きプポっと咥え煙草を吐き出した。

 

 

「オドレェ! 狂犬じゃねえかテメェこの野郎っ!」

 

 

 即座に怒りを露わにして近寄ってくる兄貴には目もくれず、弥堂は地面に落ちた煙草をササッと拾ったヤスちゃんにピクっと瞼を動かした。

 

 

「オゥコラ狂犬の~。ワシらのシマで随分ハバきかせとるやんけワレェ~。若の兄弟分だか知らねえがのぅ、まだ正式に跡目を継いだわけでもねえ。ワシら全員が納得してると思うんじゃねぇぞ……オゥコラ、ワレきいとんのけ? ビビっとんのか」

 

 

 ウラァ、クラァと威嚇の鳴き声をあげつつ兄貴はスッと二本指を立てて手を横に出す。

 

 それに素早く反応をする者が二人。

 

 サササっと寄ってきたリュージが懐から煙草を取り出して兄貴へ差し出し、鼻血を垂らしたままのヤスちゃんがライターを構えて脇に控えた。

 

 滞りなく煙草に着火をすると二人の弟分は後ろに控え、兄貴は満足そうに煙を吐き出す。

 

 

 そうするとケホケホと咳きこむ声が漏れる。

 

 

 それに気付いた兄貴はハッとした顔になった。

 

 

「おぉー、ワリィワリィ。そういやガキがいたんだったな。カーッ、ったくよぉ、最近の世の中は極道だけじゃなく喫煙者にも冷たくってかなわねえや……」

 

 

 言いながら、今しがた火を点けたばかりの煙草を足元に落とし、靴の踵で踏み躙る。

 

 その足をどかすと、すかさずヤスちゃんが吸い殻を回収するためにしゃがみこむ。

 

 弥堂はそのヤスちゃんの脇腹に爪先を蹴り入れた。

 

 

「――クペッ⁉」

 

「「「「えぇーっ⁉」」」」

 

 

 パパやママから『恐い人だから近づいちゃダメよ』と教わっているヤクザのおじさんに対して、突然無言で蹴りを入れた知ってるお兄ちゃんの行動に、子供たちはびっくり仰天した。

 

 

 驚く子供たちや唖然とする極道たちを置き去りにそのまま爪先を何度も打ち込み、ヤスちゃんの横隔膜に負担をかける。

 

 数秒ほど経ってからハッとなると、慌ててリュージが止めに入る。

 

 

「お、おい! 何してんだテメェッ! やめろや、ヤスが紫になってんだろ!」

 

 

 弥堂を引き剥がそうと胸倉を掴むために手を伸ばすが、あっさりと空かされて逆にその腕をとられ捩じり上げられる。

 

 

「あいてえぇぇぇっ⁉」

 

 

 弥堂は簡単に無力化したリュージの懐から先程の煙草を箱ごと奪うと彼の足を払って地面に転がした。

 

 

「な、なんじゃあワレェ⁉ なにしとるかわかっとんのかぁ⁉」

 

 

「ゥラァッ」「クラァッ」と威嚇してくる兄貴に弥堂は冷徹な眼を向ける。

 

 

「ここを誰のナワバリだと思っている。俺に断りなくゴミ拾ってんじゃねえよクズが」

 

「兄ちゃん、なに言ってんの⁉」

 

「この公園に落ちているシケモクは全て俺の物だ。勝手に手を出すな」

 

「イ、イカレてんのか⁉ この狂犬野郎っ!」

 

 

 ズカズカと無防備に近づいていくと兄貴が漢らしい大振りパンチを繰り出してくるが、首を曲げるだけで躱し、スーツの袖口を掴むと足を引っ掛けて地に転がす。

 

 そしてすぐにマウントポジションをとると、先程奪った煙草を箱から中身を一纏めに取り出し兄貴の口に突っこんでそのまま抑えつける。

 

 

「というわけで、さっさと作れ。このシケモク製造機が」

 

 

 十数本の煙草を無理矢理咥えさせたまま鼻と口を抑え、もう片方の手で兄貴の首を絞める。

 

 

 彼の表情にチアノーゼの兆候が見られたタイミングで首を放し、同時にライターを着火して煙草に近づけた。

 

 

 窒息寸前まで追い込まれたために解放された気道から勢いよく酸素を取り込もうとすると全ての煙草に火が灯る。

 

 強制的に大量の煙を吸い込まされた形になり咽かえってしまうとボッと一瞬だけ激しく燃え上がった。

 

 

 弥堂に口元を抑えられたままなので十数本の煙草を無理矢理同時に吸わされた兄貴は顔を青褪めさせ、口、鼻、耳から煙を噴き出しながらグリンっと目玉を裏返らせた。

 

 

「あっ、兄貴ィッ!」

 

 

 慌ててリュージが駆け寄る。

 

 

「テッ、テメェッ! やめろ! 兄貴はなぁ、こないだ健康診断引っ掛かって医者に酒と煙草止められてんだ! 死んじまうだろっ!」

 

 

 懸命なヤクザの訴えを無視して、弥堂は兄貴の口からポロポロとこぼれた煙草を粛々と回収し携帯灰皿に収容していく。

 

 

「この野郎ッ! お前マジでうちと事を構える気か⁉ 兄貴やりやがってシャレじゃ済まねえぞ!」

 

「そんなことはどうでもいい。それよりもまだ持っているだろ。出せ」

 

「や、やめろ……っ! 脱がせるな……やめろって……いっ、いやあぁぁぁ!」

 

 

 嫌がるヤクザに慈悲はかけずに淡々と身包みを剥ぐ。

 

 

「おい。さっさとこれを全部吸え」

 

「そのまま持ってけばいいだろ⁉ なんでいちいち俺の肺を経由するんだよ! お前マジでイカレてんのか⁉ コエェよ!」

 

 

 ペリペリと新品の煙草のパッケージを包むビニール剥いて、20本まとめてリュージの口に無理矢理捻じ込もうとしていると、ガッと何者かが弥堂の腰に取りついた。

 

 

「ダメだよ! お兄さん!」

 

「む。美彩(みいろ)か。後で遊んでやるからあっち行ってろ」

 

「おじちゃんをイジメないで! かわいそうだよ!」

 

 

 お腹に抱き着いてくる小学生女子を説得していると、リュージが拘束を逃れる。

 

 すぐに彼を捕えようとするが、その前に間に立ち塞がる者たちがいた。

 

 

「兄ちゃん、もうやめろよ!」

「ひどいことはしないでくださいっ!」

「お、おじちゃんにげてーっ!」

 

 

 弥堂とヤクザとの間に腕をめいっぱいに伸ばしたショタの壁が出来あがる。

 

 

「お、おめぇら……」

 

 

 子供たちに優しくされたヤクザ者はジィ~ンと胸に何かが染み入った。

 

 

「おい、お前ら邪魔だ。ガキは引っ込んでいろ」

 

 

 ショタとロリを掻き分けながらヤクザを殴ろうとしていると――

 

 

 

――ピピィ~ッ! と、大きな笛の音が鳴る。

 

 

 音がしたのはまたも公園の入り口の方だ。

 

 

 全員がそちらに顔を向けると――

 

 

 

「う~ぃ、全員動くなよぉ~」

 

 

 新たに二人組の男が現れる。

 

 

 次から次へと登場する知らない大人たちに、この場で一番常識を持っている小学生たちは白目になった。

 

 

 

「よぉ~し。大人しくしとけよ~」

 

 

 そう言って全体に目を配らせたのは40歳前後のトレンチコートを着た男だ。

 

 

「警察だっ!」

 

 

 もう一人の20代半ばから後半くらいの男が、制服の上着から取り出した手帳を見せつけてくる。

 

 

「悪そうなヤツがいっぱいいるじゃねえか……こりゃ大漁だ。なぁ、青柴ぁ?」

 

「はいっ! ヤマさんっ!」

 

 

 新たに現れた二人組は警官のようだ。公園にいる誰かが騒ぎを見て通報したのかもしれない。

 

 

「たすけてお巡りさんっ!」

 

 

 ダッと駆け出したリュージは青柴と呼ばれた若い制服警官の足に縋りつく。

 

 

「む? どうしました?」

 

「じ、実は――」

 

 

 事情を説明するために顔を上げようとするとリュージは自分が取り縋っている相手の足に違和感を覚える。

 

 

「ん?」と眉を寄せ目線を上下に振ると、青柴と呼ばれた若い警官の服装は上は警察の制服で、下は青のケミカルウォッシュだった。

 

 

「ダッ、ダダダダダダセェッ⁉」

 

 

 真面目に職務に就くべきはずである警官のあまりに歌舞いたファッションセンスにスジモンはびっくり仰天した。

 

 青柴巡査はそのリアクションに対して「む」と不服そうに眉を寄せ、訓練された動作でカチリとリュージの手首に手錠をはめた。

 

 

1103(ひとひとまるさん)、逮捕」

 

「なんでだよっ⁉」

 

「本官にはいつか『ジーパン刑事』と呼ばれたいという夢がある。今はまだ半人前だから半分私服で半分制服だ。それを馬鹿にしたのは公務執行妨害にあたる。ですよね! ヤマさんっ!」

 

「そうだなぁ~。他人の夢を笑う奴はクズだ。クズは逮捕しといた方が世の中の為になるし、俺らの成績にもなる」

 

「さぁ、立て。詳しい話は署の方で訊かせてもらうからな」

 

「なぁに。カツ丼くらいは頼んでやるさ。もちろんキミの自腹だがね」

 

「クソッタレ! あ、兄貴ィッ! 兄貴たすけてぇ!」

 

 

 官憲の横暴な振舞いに堪らず兄貴に助けを求めると、ちょうどフラフラと兄貴が立ち上がったところだった。

 

 

「ゥオゥラァッ! サツがなにしに来たんじゃあ⁉ お呼びでねえんじゃボキャァッ!」

 

「巡回中じゃオラァッ! こっちは街の平和守ってんだよクソがァッ!」

 

 

 大声で威嚇をする兄貴にトレンチコートの警官も負けじとガラの悪い声を返す。

 

 

「なぁにが巡回じゃあ! お散歩してりゃあ銭が入ってくるたぁ、オマワリさんはエエご身分じゃのおぉ? ワシらの税金返さんかいっ! えぇ、おい、山元よぉ~?」

 

「ぬかせや極道モンがよぉ。キレイな金で税金払えるようになってから出直してきなぁ。それが出来ねえんならブタ箱にぶちこんで更生させてやるぜぇ~?」

 

「令状見せんかいボケェ! オドレはマル暴ちゃうやろが! 勝手にワシの身柄持ってけるもんならやってみぃやぁっ!」

 

「なぁにが令状だバカタレがぁ。周り見てみろ。こんな所でカタギと揉めて騒ぎ起こしやがって。普通に現行犯じゃアホンダラァ~」

 

「アァッ⁉」

 

 

 自身が山元と呼んだ警官から指摘され周囲に目を遣ると野次馬が集まっていた。言われたとおり騒ぎになってしまったのだろう。

 

 チッ舌を打ち声量を抑える。

 

 

「ハッ、確かにちょいとデカイ声で喋り過ぎたかのぉ? えろぉスンマヘン。で? そんでなんの現行犯だって? 声が五月蠅いっちゅーだけでワッパはやりすぎちゃいまっかぁ?」

 

「ハン。スットボケんなや間抜け面がぁ~。カタギと喧嘩して言い逃れできっかよぉ。暴行に傷害じゃあ~。どうせ脅迫もやっとんのだろ」

 

「ひでぇ言いがかりだぜぇ。被害者はワシらじゃあ。のぅ、ヤス?」

 

「ヒェイッ! アニフィッ!」

 

 

 顔面血塗れのヤスちゃんがザザッと警官の前に立ち塞がる。

 

 

「なにが被害者だ。見え透いた言い逃れを――」

 

「――なんビャあ、マッポフォラァっ! アニフィフヘヘフっヘんならフォヘギャヒャッヒャヤぁっ!」

 

 

 閑散とした前歯の隙間から山元への威嚇の言葉を鳴らすと、スッと寄ってきた青柴巡査がヤスちゃんの手にカチリとワッパをかけた。

 

 

1107(ひとひとまるなな)、逮捕」

 

「ピャアアァァァァァァッ⁉」

 

 

 自身の手を見下ろしヤスちゃんはビックリ仰天する。

 

 

「お前、そのツラはヤクやってるだろ? 覚悟しろよ」

 

「ア、アニフィッ! アニフィ……ッ!」

 

「ヤ、ヤスゥゥゥーーッ!」

 

 

 鉄の鎖に引かれながら、青くなったかつては眉毛があった跡をふにゃっと下げて助けを求める弟分に兄貴は手を伸ばすがその手は届かない。

 

 

「ほれ、おめぇも来い。情けでワッパは勘弁してやる」

 

「山元ぉ……テメェ……っ」

 

「皐月のおやっさん具合悪いんだろ? あまり心労をかけるもんじゃあねえぜ」

 

「チッ、それを言われちゃあ敵わねえな。ええわ、連れてけや」

 

「なに。ちょっと派出所で茶でも飲んでけ。ちゃんと帰してやる」

 

 

 観念をした兄貴は警官の方へ近づいていく。

 

 

「ほんなことよりヤマさんよぉ。アンタ巡査長だろ? 刑事(デカ)でもねえのに勝手に私服着てええんかよ?」

 

「心はいつでも刑事なんだよ。テメーの仕事着はテメーで決める。それが男ってもんよ」

 

「そんなことだから出世できねえんだよ」

 

「お前に言われたかねえや。それにな、着たくても制服がねえんだ」

 

「アン?」

 

「ちょっとこれ着て俺を厳しく取り調べてくれってよ、カミさんに強要したらバラバラに裁断されちまってよ」

 

「アンタ馬鹿なんじゃねえのか?」

 

「こっぴどく叱れちまったよ。しっかり調べてもらおうってよ、ケツ穴にUSBメモリ隠しといたんだが、それ突っこんだまま2時間正座よ。ありゃあナカナカだったぜぇ~」

 

「そんなことだからしょっちゅう実家に帰られんだよ。女にはナメられたらシメェだ。逆にケツにUSB突っこんでやれよ」

 

 

 どうも顔見知りの様子の警官とヤクザは世間話のように最低の会話をし、折り合いをつけたようだ。

 

 

 大人しくなったヤクザたちを青柴巡査に任せ、山元巡査長は弥堂と子供たちの方へ近づいてくる。

 

 

「お兄さんたち災難だったねぇ~。コワイおじさんたちはお巡りさんらが――」

 

 

 にこやかに話しながら途中で弥堂の顔を見て表情を変える。

 

 

「お前この野郎。狂犬じゃあねえか。なんだよ、お前と揉めてたのか? 話が変わってくるじゃねえか」

 

「兄ちゃんはなんでヤクザにもお巡りさんにも『狂犬』なんて呼ばれてるの? どうかしてるよ……」

 

 

 かけるから呆れたような悲しそうな瞳を向けられるが弥堂は無視した。

 

 

「ご苦労。こっちは特に問題はない。そいつらを連れてとっとと行っていいぞ」

 

「このガキ……、相変わらず大人にナメた口ききやがって……。気軽にスジモンと喧嘩すんなって言ってんだろ? お前が皐月組と仲いいのは知ってるが……」

 

「別に仲良くなどない。同じことを何度も言わせるな無能警官が」

 

「に、兄ちゃんっ! お巡りさんにそんなこと言っちゃダメだよ……っ!」

 

 

 大人に対する口のきき方をしらない高校生を小学生たちが慌てて窘める。

 

 

「ったく、クチの悪ぃガキだ。せっかくの休日に公園で中年ヤクザとデートたぁ悲しいねぇ。たまには若い女の子と遊んだらどうだ? 青春ってのは――」

 

 

 中年らしいおせっかいを口にしようとした山元巡査長だが、そこで視線が下がり弥堂の腰に抱き着きご満悦な顏の女児に気が付く。

 

 

 カチリと、静かな音が鳴った。

 

 

1114(ひとひとひとよん)、逮捕」

 

「「「えぇ~っ⁉」」」

 

 

 知ってるお兄さんの手首に銀色の手枷が嵌められる衝撃シーンを見てショタたちはびっくり仰天する。

 

 

「テメェ、この野郎。確かに若い女の子と遊べっつったけどなぁ。いくらなんでも若すぎるだろぉが。無茶しやがって……、なんだ? 股間の方まで狂犬なのかオメーは? あん?」

 

「何を言っているのかわからんが誤解だぞ」

 

 

 弥堂は自らの手首から伸びる鎖を無感情に見つめながら、とりあえず自分は悪くないということだけ主張した。

 

 

「アン? 誤解だぁ?」

 

「そうだ。誤認逮捕は罪が重いぞ。お前のキャリアに傷がつく可能性が高い。俺は高校生だからな。仮に誤認逮捕だった場合、当然SNSでこのことを拡散するぞ。いかに自分が不当な扱いを受け傷ついたかと情感たっぷりに語るストーリーを添えてな。その場合世間はお前だけでなくお前の妻や子供にまで石を投げてくるだろう。そうなったらお前の妻は二度と実家から帰ってこなくなるだろうな。それはリスクに見合わないとは思わないか?」

 

「この野郎。躊躇なく警官を脅迫するんじゃあねえよ。んじゃ、こっちに訊いてみるか。お嬢ちゃん? このクズのお兄ちゃんとはどんな関係なんだい? 仲良しなのかな?」

 

「え? なかよしだよぉー? それよりおじさん。お兄さんを連れていっちゃうの? あのね、お兄さんとは“みー”のことイジメてくれるってお約束してるの。だから連れていかないで?」

 

「来いっ、この野郎」

 

 

 グイっと強く手錠を引かれる。

 

 

「貴様、後悔するぞ」

 

「うるせえんだよ。特殊性癖に特殊性癖を上塗りすんじゃねえよテメェ。必ず後悔させてやるからな」

 

「待て。証拠ならある」

 

「あぁ? 証拠だぁ?」

 

 

 肩眉を吊り上げる巡査長の前で弥堂は懐から一枚のカードを取り出し、それを見せる。

 

 目を細める中年警官の目に飛び込んできたのは――『カイカン熟女クラブ』の朝比奈さん29歳Eカップの写真だ。

 

 

「……これは?」

 

「見てわからんのか? 無能め」

 

「ちょいとおじさんには意味がわからねえなぁ」

 

「いいか? 俺は熟女好きだ。今度その女を指名する予定がある。つまり俺は幼児性愛者ではない。薄汚いペド野郎と一緒にするな」

 

「来いっ、この野郎」

 

 

 再び手錠を引かれ弥堂は連行されていく。

 

 

「お前、この人妻そこの子らの母親くらいじゃねえか。ワンチャンあるぞ? キワドイとこ攻めるんじゃあねえよ」

 

「意味がわからんな。俺を解放しないと後悔することになるぞ」

 

「うるせえよ。高校生のくせに人妻ヘルスだぁ~? ナメやがって……、署でたっぷり絞ってやっからな」

 

「断る。今日は予定があるんだ。お前と遊んでいる暇はない。それとその写真は返せ」

 

「必死かよ。どんだけ人妻好きなんだよ。いいからちょっと署でお茶していけ。ちゃんと帰してやっからよ」

 

 

「まってー。お兄さんっ! あくやくれーじょー約束だからねー!」

 

 

 ブチブチと言い合いながら二人はこの場を離れていく。その背中に少女の切実な願いの声がかけられた。

 

 

 知ってるお兄さんが目の前で逮捕されるという衝撃映像に、少年たちは茫然としていた。

 

 しばしの間、ヤクザと一纏めに連行される弥堂の後ろ姿を見守った後、やがて誰からともなく顔を見合わせると子供たちは大きくひとつ頷き合い、お昼ご飯を食べるためにお家へ帰る。

 

 

 世の中にはきっとどうにも出来ないことがあり、時にはそれらから目を背けることも必要なのだと、彼らはそれを今日学んだ。

 

 

 例え、自分の手の届かない外の世界で大変なことが起こっていたとしても、自分には目の前の『お昼までには帰ってきなさいね』というお母さんの言いつけの方が大事なのだ。

 

 人それぞれに出来ることと出来ないことがあり、同時にやるべきことがある。

 

 

 こうしてひとつ大人になった子供たちは公園を出ていった。

 

 

 その場には数本のシケモクと僅かな血痕だけが残された。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。