俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章23 断頭台の下に咲く花 ➀

 警察署を出る。

 

 

 公園から美景警察署へと連行され時間はもう夕方。

 

 5.6時間ほど拘束をされたことになる。

 

 

 とはいえ、特になにか罪に問われたということもなく、軽く詰問をされてから説教をされ、その後は狭い部屋に数時間閉じ込められただけである。

 

 ひとつ問題があったとしたら、弥堂が軟禁された部屋の冷房を最低温度で稼働させられたことだ。

 

 

 現在は4月。

 

 

 こんな春先からクールビズに唾を吐くような設定温度の冷風を数時間に渡って浴びせ続けられたことになる。

 

 

 だが、これまで生きてきた中で多種多様な監禁・軟禁の数々を乗り越えてきた弥堂にとってはこの程度のことは何の痛痒にもならない。

 

 数日に渡って自由を奪われおしめを取り換えられる日々に比べれば出来事と呼べるものにすらならない。

 

 むしろ損害があったとしたら余りに無駄な時間が過ぎたということだけだ。

 

 

 時折りズッと鼻を啜りつつ自宅方面へと足を進めている。

 

 

 官憲から不当な拘束を受けたことにより大幅に変更することを余儀なくされた予定を見直す。

 

 

 まずは午前中のゴミ拾い。

 

 これの目的は学園の地域への貢献をアピールすることと、個人的な業績を稼ぐことの二つだ。

 

 前者はゴミ拾いが不充分だったどころか、衆人環視のもとでヤクザと一緒に警察に連行されるという事態に陥り、逆効果のアピールとなったと言わざるを得ない。

 

 後者に関しても、前者を失敗したことから予定していた評価を得ることは難しいだろう。これでは『にっこりシール』は貰えたとしても、いいところ1枚程度だ。現行の『よいこのスタンプカード』を埋めるのにはあと1枚足りないことになる。

 

 

 チッと舌打ちをして進路をショッピングモールの方へと変える。

 

 

 この後は新美景駅にあるキャバクラに行かねばならない。

 

 大事な取引の予定がある。

 

 

 内通者の話では19時には店に同伴出勤で入る手はずとなっているようだ。個室のVIP席を予約しているそうで、20時を過ぎるとやられちゃうかもしれないから出来ればその前に来てくれと要請をされている。

 

 弥堂としてはその現場に踏み込む方が都合がいいのだが、そこは妥協するしかないだろう。

 

 ダメ元で撮影をさせてくれないかと頼んでみたのだが、酷く怒られてしまった。あまり彼女の機嫌を損ねるともう協力してくれなくなるかもしれないので、ここはこちらが譲らざるをえない。

 

 今後の信頼関係の為にも約束の時間を守る必要がある。

 

 少なくともその姿勢は見せるべきだと弥堂は判断をした。

 

 

 もしかしたら、時間を守ろうとはしたがうっかり時間を間違えてしまったり、已むに已まれぬ事情があり遅れてしまうこともあるかもしれない。

 

 そういった仕方のない結果になることは可能性として常に存在するが、少なくとも約束を守ろうとしたという姿勢を演出することは大事だ。

 

 それならばきっと彼女ならば許してくれるだろうし、逆に言えば、許されるためにはそういった姿勢を見せておけばいいということになるし、最悪の場合は自分もやれることはやったのだから許すべきだと逆ギレをすることも出来る。

 

 

 お手本のようなクズ勘定をしつつ弥堂は自身の服装を見下ろす。

 

 

 本来であればゴミ拾いは昼過ぎには終わり、クリーニング屋で制服などを回収して一度自宅へ戻り、着替えをした後にキャバクラへ向かうつもりであった。

 

 

 しかし、現在の服装は学園指定のジャージだ。

 

 バッチリと『美景台学園高等学校』とプリントされている。

 

 いくらなんでもこの恰好でキャバクラに入店するわけにはいかない。

 

 そんなことがバレれば、停学は揉み消せたとしても『にっこりシール』を7枚は剥奪されてしまう。

 

 私服に着替えをするのはマストだ。

 

 

 時刻はもう18時を回っている。

 

 

 当初の予定通りにクリーニング屋に寄ってから家に帰り、着替えて駅前に向かったのでは間に合わなくなるかもしれない。

 

 よって予定を変更し、このままMIKAGEモールのクリーニング屋へ向かい、そのショッピングモールで適当な洋服を購入し着替え、それから駅前へ向かうことにした。

 

 荷物はコインロッカーにでも突っ込んでおけばいいだろう。

 

 

 失くしても困る物は『カイカン熟女クラブ 初回指名料無料優待券』と『熟れ熟れEカップ 朝比奈さん 29歳の写真』の二つくらいだ。

 

 シケモクは全て警察に押収されてしまったが、この二つだけはどうにか取り戻すことに成功した。

 

 留置された最初の3時間程度は防寒着を着用した警察官からの取り調べをただ無視していただけの時間だったが、残りの数時間はこの二つを返せとゴネ続けるのに浪費した時間だ。

 

 

 未成年者として戸籍に登録されている高校生の弥堂に風俗店の優待券を渡すことは、警察としては職務倫理上通常は絶対に出来ないことだ。

 

 しかし、根気強く粘り『もう帰れ』と言われても頑なに居座って文句を言い続けることで、最終的には『内緒だぞ』とこれらを返してくれた。

 

 何故か憐憫の眼差しを向けられながら1本の栄養ドリンクとともに渡されたことは酷く屈辱的であるような気がしたが、成果は得られたので気のせいだと思うことにした。

 

 

 公権力に対する憎しみの火種を魂に灯しているとふいに違和感が生じる。

 

 

 足を止め眉を顰めて周囲を視る。

 

 

 現在歩いている場所はお馴染みの学園から駅まで伸びている国道だ。

 

 目的地であるMIKAGEモールもこの国道に面しており、現在地はそのショッピングモールの屋外駐車場の正面入り口に近い大きな交差点だ。

 

 

 普段から人通りも車通りも多い地帯であり、日曜日である今日のこの時間帯は車の出入りが増え特にそれらが顕著になるはずだ。

 

 

 なのに――

 

 

 目を細めて交差点を睨む。

 

 

 MIKAGEモールの正面入り口に面する国道を避けるように全ての車が交差点を曲がっていく。

 

 モールの前を通る逆の車線からこちらへ走ってくる車も1台もない。

 

 

 これは明らかに不自然だ。

 

 

 通りの先を視ても別に工事をしているわけでも封鎖をしているわけでもない。ショッピングモールも営業をしている様子だし、ここから見える駐車場の中は車も停まっているし人も歩いている。

 

 だが、その人間たちの中で買い物が終わった風でこれから帰るのだろうと見える買い物袋を持った者たちも国道側へは出てこない。

 

 車道の車の通りだけでなく、脇の歩道に歩いている人影も一切ない。

 

 

 この国道は美景市内の真ん中を東西に横断する大きな通りで、どの時間帯であろうと、ショッピングモールの賑わいに関係なく交通が途絶えることは通常ない。

 

 

 つまり、ありえない現象が目の前で起こっているということになる。

 

 

 ありえないことが起こっているのならば、必ずその原因となるものがある。

 

 

 その原因として心当たるものを思い浮かべながら弥堂は横断歩道を渡り、他の人々の流れから外れてショッピングモール沿いの国道へ侵入する。

 

 ピリっと首筋に刺すような乾いた感覚を覚えた。

 

 

 正面入り口の方へ近づいていく。

 

 

 車の走る音、人々の話し声、それらの人為的な環境音がいつもよりも遠くに聴こえるのは流石に気のせいだろう。

 

 

 国道へ向けて口を開けるMIKAGEモールの入り口。

 

 そこにある横断歩道の端に置かれた空き瓶を視ながら、胸の前で揺れる逆十字のペンダントを指先でひと撫でする。

 

 

 コッコッコッ――と淀みのない一定の歩調で通り抜け、ショッピングモールの敷地内へと足を踏み入れた。

 

 

 バチッと先程感じたものよりも大きく何かが弾けたような錯覚を覚える。

 

 

 一瞬だけ視界が歪み、次に開ける。

 

 

 駐車場の敷地に足を踏み入れただけのはずなのに、まるで暗いトンネルの中から外へ出た時のような開放感と眩さを感じる。

 

 

 何かを通り抜けたような感覚の後にそこで眼に飛び込んできたのは――

 

 

 

「ひやあぁぁーーーーーっ⁉ はなしてぇーーーっ!」

 

 

 

――大きな蔦のようなもので逆さ吊りにされプラーンプラーンと揺らされる同級生の姿だった。

 

 

 不思議のトンネルを抜けた先には魔法少女がいました。

 

 

「…………」

 

 

 酷く億劫な気分を努めて押し殺し、逆さまになったことで捲れたフリフリミニスカートから顕わになった白とピンクの縞々おぱんつを弥堂は嫌そうに視る。

 

 

 巨大な植物。

 

 

 恐らくは花だろう。捥げかけた首のようにぶら下がるラッパ型の花。

 

 その白い花から緑色の茎が地面へと繋がっており、茎の周りには棘のような葉が纏わりついている。

 

 

(動物ではないがこれは――)

 

 

 恐らく植物のゴミクズーであろうと見当をつける。

 

 

 数枚の花弁で形成された花の部分がまるで頭部のように見える。花の中心の奥からは気味の悪い奇声が漏れ出ている。

 

 その花の上に乗って昨日も遭遇した悪の幹部がバカ笑いをしていた。

 

 

 経緯はわからないが、状況的に今日も水無瀬は大ピンチのようだ。

 

 

 はぁ、と音には出さずに溜め息を吐く。

 

 

(とんだ休日だな……)

 

 

 ゴミを拾えば警察とヤクザに邪魔をされ、キャバクラに行こうとすれば魔法少女と闇の組織に邪魔をされる。

 

 

 果たして今日の自分は運がいいのだろうか、それとも悪いのだろうか。

 

 

 それを確かめてみる為に弥堂は駐車場に落ちている車止め用の石を拾い上げ、ショッピングモールへの入店を妨げる障害物たち目掛けてそれを振りかぶった。

 

 

 ライナー性の軌道で勢いよく飛んだ石は、水無瀬の足を捕える触手のような蔦に直撃すると拘束が緩み解放される。

 

 

「わわわっ……⁉」

 

 

 慌てて飛行魔法を発動させると、ふよよっと何とか宙に留まることに成功し、水無瀬はふぅーと胸を撫でおろす。

 

 

 しかし、せっかく拘束を逃れたのに敵の目の前でそんな悠長なことをしていればどうなるか――

 

 

「――へ?」

 

 

 シュルシュル……と今度はお腹に蔦が巻き付いてくる。

 

 

「ふわっ⁉」

 

 

 それに気が付いた瞬間にはブオッと勢いよく引き上げられる。

 

 

 新たな敵性存在として弥堂を認識した花のゴミクズーは投擲武器として魔法少女を使用した。

 

 

「ぅきゃあぁーーっ⁉」

「ぅにゃあぁーーっ⁉」

 

 

 弥堂は自身に迫る物体をよく視て適切な対処をする。

 

 

 目を見開いて涙を溢しながら迫る水無瀬に先んじて飛んできた黒い物体を、軽く左の掌を触れさせるだけで軌道を逸らしてやり過ごしながら半身になる。

 

 続いて飛んできた水無瀬が、その自身の身体の側面に到達したタイミングで彼女の腰元の服を右手で掴み、そのエネルギーを受け流すために右足を軸にその場で数回ほど回転する。

 

 そうやって捉えた投擲物の勢いを殺し、再び化け物に身体を向けながら右手に持ったお荷物を地面に放り捨てた。

 

 

「ぷきゃ――っ⁉」

 

 

 粗雑に扱われべちゃっと地面に転んだ愛苗ちゃんは、ぐるぐるとおめめを回した後にハッとすると、自分を助けてくれた存在に目を向ける。

 

 

「――え、あ……っ⁉ 弥堂くんっ⁉」

 

「…………」

 

 

 名前を呼ばれた弥堂は何か返事をしようとは思ったのだが、「死ね」と「クズが」以外の言葉を思いつかなかったので、クラスメイトの女の子に気を遣い口を噤んだ。

 

 

「えへへ。こんにちは弥堂くん。こんなとこで会うなんて奇遇だねっ」

 

「……お前、意外と余裕あるんだな……」

 

 

 これは厭味ではなく本当に少しだけ感心したのだが、例え厭味だったとしても何でもポジティブに捉える水無瀬さんに通じないので同じことだった。

 

 

「――しょ~・おぉ~・ねぇ~・ん~……っ!」

 

 

 すると背後から地獄の底から這いずり出てきた死霊の嘆きのような声がした。

 

 

 少しだけ首を動かし横目でそちらを見遣ると、煤けたように薄汚れた汚い猫が居た。

 

 

「なんだ。お前も居たのか」

 

「居たのかじゃねぇーッス! 思い切りジブンのことペイってしたッスよね⁉ なんでジブンのことは助けてくんなかったんスか⁉」

 

 

 どうやら水無瀬より先に飛んできた黒い物体は、魔法少女のお助けキャラであるネコ妖精のメロのようだった。当然弥堂は確信犯である。

 

 

「すまんな。物の弾みだ。ワンチャンこれで死んでくれたらラッキーくらいの軽い気持ちだった。許せ」

 

「そう言われて許そうかって気になるヤツいるわけねーだろッス! せめて少しは悪いと思ってるフリをしてくれッス! 嘘でいいから!」

 

「もういいだろ。しつこいぞ」

 

 

 まだネコ擬きがなにかをニャーニャーと喚いていたが、弥堂は生産性のない生き物が嫌いなので無視をした。

 

 そうしてネコ妖精から目を逸らすとその飼い主と目が合う。

 

 ぱちぱちとまばたきをした水無瀬が疑問を口にした。

 

 

「弥堂くん、なんでここにいるの?」

 

「――あっ⁉ そういえばそうッス! なに当たり前みたいに結界突破してきてんだこのヤローッス!」

 

 

 コテンと首を傾げる水無瀬の言葉に、遅れて事実に気付いたメロも問い詰めてくる。

 

 

「何故もなにも――」

「――はうあッス⁉ ちょっと待つッス!」

 

 

 彼女らの疑問に答えようとしたが、人間の礼儀など知らないネコ畜生が自分から訊いてきたにも関わらずこちらの返答を遮り、ヨジヨジと水無瀬の足を昇っていくとどういうつもりか彼女のスカートの中に顔を突っこんだ。

 

 

「…………」

 

 

 スカートの中に上半身を潜らせて何やらモゾモゾと動く小動物に、様々な意味の軽蔑の眼差しを向けて待つ。

 

 

「ぷはぁーッス! これでよしッス!」

 

「……貴様、何のつもりだ?」

 

「それはこっちの台詞っス! オマエが乱暴に服を掴むからマナのパンツが派手にケツに食い込んじゃってただろッス!」

 

「おぱんつだと……?」

 

「そうッス! あ、マナ! ちゃんとジブンが直してやったからもう大丈夫ッスよ!」

 

「えへへ、ありがとう。メロちゃん」

 

「……戦闘中だぞ」

 

 

 二本の後ろ足で立ち誇らしげに胸を張るネコと、羞恥心などカケラも見せずに普通に感謝の言葉を述べる魔法少女に対して、弥堂は非常に理解し難い気持ちになる。

 

 

「戦闘中だからッスよ! うちのマナは天然ちゃんッスからね。こうやってジブンが直してやらないと、食い込んだパンツが気になって自分でスカートを捲ってパンツをずり下げてから穿き直したりしちゃうッスから!」

 

「そ、そんなことしないよぅ」

 

 

 アセアセと自己弁護する水無瀬だが、確かにこいつならやっても不思議はないと弥堂は納得してしまった。

 

 

「そんで? YOUは何しに結界へ?」

 

「…………」

 

 

 何やら腹の立つ口調で訊き直してくるネコにはすぐには答えず、弥堂はチラリと敵を確認する。

 

 

 昨日同様、何故かヤツらはこちらの隙をついて攻撃をしかけてくることもなく大人しく待っている。

 

 その際に花の上にいる悪の幹部ボラフと目が合ったが、ヤツはバッと目を逸らすとサササッと花びらの裏に身を隠した。

 

 

 とりあえず注意はしつつ気にはしないでネコに答えることにした。

 

 

「……俺はクリーニング屋に用があってここに来ただけだ。そうしたらお前らがここで迷惑行為を働いていた。それだけだ」

 

「だからどうやって結界の中に入ってきたのかって訊いてんスよ」

 

「知るか。普通にモールの敷地に入っただけだ。その結界とやらは本当に役に立っているのか?」

 

「ったりめぇッス! ちゃんと空間が隔離されてるはずだし、そもそも人払いの魔法も効いてて結界との境目までも近付けないはずッス! 空気読めよテメー」

 

「…………」

 

「あんぎゃーッス⁉」

 

 

 生意気な口をきく畜生の顔面を鷲掴みにしながら考える。

 

 

 確かに車も人も、ここの入り口を避けるようにして道を逸れて進んでいた。

 

 モールの外側から中を見た時には何も異常がなかった。こんな数mの大きさの不気味な花を見落とすはずがない。

 

 それが足を踏み入れた途端にこの有様で、外から見ていた時に敷地内に居た人も車もこの結果とやらの内部には見る限り存在しない。

 

 こいつらの魔法のことは弥堂にはわからないが、理屈で考えるのならば、つまりは空間の隔離とやらも正常に作動していたということになる。

 

 

(俺だけが例外ということになるのか……?)

 

 

 もしくは、何らかの条件を満たした者――或いは条件に満たない者だけが隔離と人払いの効果を無効化する。

 

 そういうことになるのだろうか。

 

 

(だが――)

 

 

 ジロリと手の中の小動物の頭部を見遣る。

 

 

(こいつらは無能だ)

 

 

 それも度し難いほどの。

 

 

 それも加味すると、彼女らの言うことをまんま受け入れるわけにもいかない。

 

 

(とはいえ、こうしてここに来てしまった以上はどうでもいいか。今は)

 

 

 手の力を緩めて、改めて巨大な花のゴミクズーを視る。

 

 

「こいつは厄介なのか?」

 

「ヤベーッス! こいつデケーッスから!」

「そうなの! すっごくおっきいの!」

 

 

 敵の戦力評価を訊くとぽんこつコンビが口々にそう訴えてくる。

 

 なんとも力の抜けそうな言い分だが――

 

 

「――まぁ、確かにな……」

 

 

 あながち的外れな感想でもない。

 

 単純に大きいということはそのまま優位になりやすい。

 

 

 どう殺すかと考えながらゴミクズーに視線を向けていると――

 

 

「――なっ、なななななに見てやがんだこの野郎っ!」

 

 

 花びらの隙間からデキの悪いラクガキのような顔を出してボラフが威嚇してきた。

 

 

「こちらとしても別に見たいツラでもないんだがな」

 

「だっ、だったらとっとと失せろよ! なんで入ってくんだよ! オレだってテメーのツラなんざ見たくねえんだよっ!」

 

「だったらその不細工な目玉を抉り出したらどうだ? 自己解決できる程度の問題の解消をいちいち他人に要求してくるな。何故他人の効率を下げる? 今すぐに死ね。存在するだけで他人にコストを強いる役立たずのクズが」

 

「なんてヒデェこと言うんだ、この野郎! それを言うんならオマエが自分の目ん玉とれよ!」

 

「断る。代わりにもう二度と見ることのないようここでお前を殺す」

 

「ち、ちくしょうっ! 猟奇的なことばっか言いやがって! 会話になんねぇ……、おいっ、メロゥ!」

 

「あん?」

 

 

 やはり人間は世界で一番コミュニケーションをとるのが難しい生物であると判断したボラフはネコ妖精に呼びかけた。

 

 

「オマエなんでまたこいつを連れてきてんだよ!」

 

「そういうわけじゃねぇんスけどね。呼んでねーのに勝手に来たんスよ、コイツ」

 

「ちゃんと結界張ってんのかよ⁉」

 

「やってるッスよ。なんかコイツ入ってきちゃうんスよ」

 

「――待て」

 

 

 聞き捨てならないことを聞いて弥堂は口を挟む。

 

 

「なんスか? 安心するッスよ。ちゃんと少年も混ぜてもらえるようにジブンが言ってやるッスから」

 

「違う。そもそもヤツらとは元の世界で遭遇したのか?」

 

「あン? そッスよ。えーと、便宜上『現実世界』って言うッスけど、そこであのアホがあのデッケェの出しやがって、そんで慌ててマナが結界に閉じ込めたんス」

 

「……ここで待ち合わせでもしてたのか? たまたまお前らがここに来た時にヤツが現れてその現実世界とやらでバケモノを出したのか?」

 

「だからそうだって言ってるじゃねぇッスか。今日はマナがここで買い物を――」

 

「――あわわっ! ダ、ダメだよメロちゃんっ! それは弥堂くんには内緒なの!」

 

「あ、そうだったッスね。ヤベーヤベー。てことで少年。これは少年には内緒だから、そこんとこ頼むッスよ?」

 

「…………」

 

 

 本来はツッコむべきなのだろうが、それよりも重要なことがあったので弥堂はスルーした。

 

 

「……騒ぎにはならなかったのか?」

 

「んとね。大変だったの! お買い物してた人たちがみんな『ギャー!』ってなっちゃって」

 

「それは問題なんじゃないのか?」

 

「そこはまぁ、大丈夫っス! 結界には認識阻害の効果もあるスからね。時間が経てば記憶も薄れていくッス」

 

「……随分と便利だな、結界とやらは」

 

「うむッス! なにせ結界っスからね!」

 

「うん! 結界だから大丈夫なの」

 

「……そうか」

 

 

 返事とは裏腹に弥堂は全く彼女らの言葉を信用していなかった。あまりに不自然すぎるからだ。

 

 出来れば徹底的に追及をして、この件についてじっくりと考えたいところではあるが、昨日同様に敵が目の前にいる以上やはり悠長にはしていられない。

 

 

「まぁ、そんなわけッスからボラフもあんまヤイノヤイノ言うなッス。どうせコイツ友達いねえだろうし、学校でも『オマエは来んな』とか『オマエは呼んでねぇ』とかしょっちゅう言われてるんスよ。カワイソウだから混ぜてやろうぜッス」

 

「む? そう言われるとヨエーな。しょうがねぇ。カワイソウだからニンゲン、少しだけならオマエもここに居ていいぜっ」

 

 

 人外どもに憐れみをかけられ弥堂の口の端が引き攣る。

 

 

「そ、そんなことないよっ!」

 

 

 ネコ妖精の頭蓋骨を握り潰したい衝動を解き放つ寸前で弁護の声がかかる。水無瀬さんだ。

 

 

「まだクラス替えしたばっかだからあんまり仲良くなれてないだけだもん! もうちょっとしたらみんなも弥堂くんとお友達になれるよ!」

 

「ということは現在は誰も仲良しじゃないんスね?」

 

「えっ⁉」

 

 

 信頼するパートナーからの核心をついたツッコミに愛苗ちゃんのツインテールがみょーんと跳ね上がった。

 

 

「え、えっと……ちがうのっ! 私が仲良しだもんっ!」

 

「仲良しじゃねーよ」

 

「でもマナは1年生の時からッスよね? 2年になってからはコイツ1人も友達出来てねえんスよね?」

 

「そんなことないもん! 野崎さんとか…………あ、でも野崎さんも1年生の時から同じクラスだし……えっと……、えっと……!」

 

「ほら。やっぱコイツぼっちじゃねッスか。思ってたよりもヒサンっぽくてジブン事実陳列罪で良心が痛んできたッス」

 

「あぅ……、あぅ……っ」

 

 

 友達が欲しいなどとはここ数年考えたことはないが、四足歩行ごときに同情されるのは弥堂としても酷く屈辱的だった。

 

 

「だ、大丈夫だからね! 弥堂くんっ!」

 

「あ?」

 

「私がちゃんとみんなに言ってあげるからね! 弥堂くんと仲良くしてあげてって!」

 

「絶対にやめろ」

 

「まずはね、七海ちゃんにお願いしてあげるね? 七海ちゃんはとってもやさしいから大丈夫だからね!」

 

「マジでやめろ」

 

「まずは一緒にお弁当食べようね? あとはぁ、えっと、お買い物も一緒に行こ? それからぁ……、あ、そうだ! 弥堂くんもお泊り会おいでっ! みんなで一緒に寝ようね!」

 

「それはジブンも大変興味深いッスね。要するに3Pってことッスよね? 少年はどっちに先にインサートするんスか? 出す時はどっちに出すんスか? ロリ巨乳とスレンダーギャルのどっちから自分の女にしちゃうんスか?」

 

「…………」

 

「アンギャーーッス⁉」

「ぅきゃーーーーっ⁉」

 

 

 口で言っても聞かないので彼女らの顔面をそれぞれ鷲掴みにして握力を以て黙らせた。

 

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