俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章26 Void Pleasure ➁

 

 弥堂は彼らが消えたその地点をまだ油断なく視続ける。

 

 

「い、いみわかんねえッス……、なんでジブンら助かったんスか……? 少年、オマエ色々スゲェッスね。頭おかしいッスけど……」

 

 

 いまだ生存した実感の薄いメロは茫然と呟きを漏らしながらフラフラと近づいてくる。

 

 

 彼女が足元に来たところでようやく弥堂は水無瀬の首から凶器を離し、地面へ放り捨てた。

 

 

「あっ……! そうだ、マナぁーっ!」

 

 

 メロは宙へ浮かび上がり彼女の無事を確かめようと顔を覗き込む。

 

 

「あぁ……、なんてひどい………。こんな数日に渡って複数人にマワされた後みたいな目になっちまって……」

 

「…………」

 

「オイ、テメェー! なに他人事みたいなツラしてんスか⁉ オマエがやったんだろッス! 一体どこ見て…………ハハァーン」

 

 

 他所を視る弥堂の視線を追うとその先はギロチン=リリィが生えていた場所だ。そこに在るものを見つけたメロはイヤらしい笑みを浮かべる。

 

 

「カァーッ! たくっ、このエロガキはよぉー。しょうがねぇなーッス!」

 

 

 なにやら管を巻きながら彼女はそこへ寄っていき、地面に付着していたギロチン=リリィの体液だと思われる白濁液を肉球で拾い上げる。

 

 そうしてウキウキとしながら軽い足取りで戻って来た。

 

 

「わぁーってるッス。みなまで言うなッス。でもちょっとだけッスよ? かぶれちゃうかもしんないッスからね。ジブンがチャチャッと顔に塗ってやるからすぐに撮影するんスよ? 早めに拭き取りたいッスからね。そんであとでedgeで写真を送ってくれッス……」

 

 

 言いながらメロは白濁液を光のない瞳で佇む水無瀬の顏へと近付けていく。

 

 

 弥堂は溜息を吐くと無言でドスケベ妖精を叩き落した。

 

 

「フギャニャッス⁉」

 

「余計な真似をするな。もうここから出るぞ。そいつを元に戻す」

 

「あいてて……ッス……。もとにって、これちゃんと戻るんスか? カウンセリングとかいらないんスか?」

 

 

 起き上がりながら疑問を呈するメロを無視して、弥堂は水無瀬の正面にまわり彼女の顔を覗く。

 

 首から提げたネックレスをまた外そうとして、やめる。

 

 面倒だったのだ。

 

 

「おい、水無瀬。またパチンとするからもう戻れ。それでいいな?」

 

「それでいいなってなんスか! そんなテキトーなので戻るわけ――」

 

 

 ニャーニャー喚く煩いネコを無視して弥堂はスリーカウントを開始する。雰囲気だけでもそれっぽくしようと思ったからだ。

 

 そして水無瀬の目の前で指をパチンとすると――

 

 

「――はっ⁉ 私はいったいなにを……っ⁉」

 

「ウソでしょおぉーーーッス⁉」

 

 

 周囲でボカンボカン爆発が起きていてもビクともしなかった愛苗ちゃんがあっさりと覚醒し、ネコ妖精はびっくり仰天した。

 

 

「よし戻ったな。ご苦労」

 

「マナぁーーっ! よかったッス! ジブンこんなのママさんにどう説明すればいいかと……」

 

「あ……、メロちゃん、弥堂くん。私、今まで――って、ちちちち血ぃーーっ⁉」

 

 

 記憶の整合性がとれず混乱しながら弥堂の顔を見上げた水無瀬は血塗れのクラスメイトの姿に驚く。

 

 

「あっ……! そういえば! 流血が似合い過ぎてて全然違和感なかったッスけど、そういえばケガしてたッスね。大丈夫ッスか? 少年」

 

「問題ない。いいから結界を解け。俺は忙しいんだ」

 

「え……? でも、すごい痛そうだし……」

 

「うるさい、さっさとしろ。オラ、早く」

 

「はははははいっ! Blue Wish おねがいっ!」

 

 

 言いながらパンパンと大きな音で手を打ち鳴らして急かすと水無瀬はピョンコと跳び上がり勢いに流されて変身と結界を解除する。

 

 

 パラパラとパズルが崩れるように世界が捲れていきやがて光が瞬くと、そこはいつものショッピングモールの風景に変わっていた。

 

 

 弥堂は周囲に眼を遣る。

 

 黒焦げになっていた車も、火の海になっていた駐車場も、彫刻刀で刳り貫いたように破壊されていた建物も何事もなかったようで、やがて弥堂たちの周りにも人通りが戻っていく。

 

 

 弥堂はスマホを取り出し時刻を確認する。

 

 

「びっ、弥堂くん! 今救急車呼ぶねっ!」

 

「やめろ。それよりも、結界の中とここでは時差などはないのか? このスマホの時計はそのままで合っているのか?」

 

「えっ……? えと、今まで時間がズレたりとかそういうことはなかったと思うから大丈夫かなって……」

 

「……そうか。チッ、時間がないな」

 

「じゃあ弥堂くん。一緒に病院に――」

 

「――行かない。この程度の負傷は問題ない。ほっとけ」

 

「ほ、ほんとに……? あっ! そういえばゴミクズー……ギロチン=リリィさんは⁉」

 

「大丈夫だ。お前が倒した。それで力を使い果たしたお前は気絶していた。そういう感じだ」

 

「えっ、えっ……? そういう感じなの……?」

 

「そういう感じだ」

 

「そっかぁ……」

 

「くっ、くぅぅぅぅ……、我がパートナーながらチョロすぎるッス……。カワイイけども」

 

 

 ゴリ押しで水無瀬を納得させた弥堂はすぐに歩き出す。

 

 向かった先はショッピングモールの出口だ。

 

 

「び、弥堂くんっ! どこに行くの⁉」

 

「用事がある。もう行く」

 

「あ、うん……、でもクリーニング屋さん行くんだよね? そっちは出口だよ?」

 

「時間がないからもういい。じゃあな」

 

「あ、あれだけクリーニングに拘ってたくせにそんなあっさり……、やっぱこいつおかしいッスよ。一体どこに行くんスか?」

 

「キャバクラだ」

 

「はぁっ⁉」

 

「きゃばくら……?」

 

 

 学校ジャージを身に纏い顏には血痕が。

 

 確実に入店を拒否されるであろう状況でも、何を差し置いてでもキャバクラへ向かう。

 

 コテンと首を傾げるパートナーの横で、そんな弥堂の漢っぷりにメロは恐れ入ったように呻く。

 

 

「弥堂くんっ!」

 

「待つッス、マナ。引き留めちゃダメッス。行かせてやれッス……」

 

 

 尚も取り縋ろうとする水無瀬をメロは訳知り顔で止める。

 

 

「メ、メロちゃん……、でも……」

 

「男には行かねばならぬ時があるんス。ヤツにとっては今がその時なんス……」

 

「そ、そうなの……? わかったよ。でもちょっとだけ――弥堂くん待ってぇ!」

 

 

 少し声を張り上げると弥堂は立ち止まり振り向く。迷惑そうに顔を顰めながら。

 

 

「なんだ」

 

「えっと、邪魔してゴメンね? 少しだけ」

 

「なんだ」

 

「あのね? 明日……、学校来るよね……?」

 

「学校……? 生きてたらな」

 

「えっ⁉ やっぱり傷が――」

 

「――問題ないと言っただろう。だから明日も学校に行くという意味だ」

 

「あ、そっかぁ。よかった」

 

「だったら最初からそう言えッス。めんどくせぇ男ッスね」

 

「うるさい黙れ。それでなんだ? 何かあるのか?」

 

 

 いちいちチャチャを入れてくる目障りなネコを黙らせ水無瀬の顏を視る。

 

 

「あ、ううん。なんでもない……、でも、えへへ……おたのしみにっ」

 

 

 はにかんだように笑い答えを濁す彼女へ怪訝な眼を向ける。

 

 

 曖昧な答えを嫌う弥堂だが、今は時間がない。

 

 仕方ないので流すことにした。

 

 

「もういいか?」

 

「あ、うん。ありがとうっ」

 

「じゃあな」

 

「うんっ。ばいばいっ弥堂くん」

 

 

 弥堂は再び歩き出す。

 

 

 一瞬フラつきそうになるのを意志の力で無理矢理抑え込む。

 

 また病院だなんだと騒がれては面倒だからだ。

 

 

 ダメージを負いすぎた。

 

 

 局面だけを見るのなら、格上の敵と遭遇しこちらに有利な条件を取り決めた上で戦いを終わらせたと見ることも出来る。

 

 

 しかし、弥堂の役目は闇の組織と戦うことでも、ゴミクズーを駆除することでも、魔法少女を手伝うことでもない。

 

 本来の自分の目的は何も果たせてはいない。

 

 

 ゴミ拾いによる地域への貢献アピールは警察に連行されることで失敗し、クリーニング屋に行くという私用ですら失敗した。

 

 次をしくじれば今日は何一つ成果をあげられなかったことになる。

 

 歯を噛み締めて地面を踏む。

 

 

 己の無能さが嫌になりそうになるが、しかし失敗塗れの弥堂の人生ではこんなことはよくある。

 

 

 だが、昨日そうであったからといって今日や明日もそうであることが許されるわけではない。

 

 

 次は失敗は許されない。

 

 

 時間を使い怪我を負い、コストを支払って何一つ得られていない。

 

 

 神は無駄を許しはしない。

 

 

 弥堂自身に信心は欠片もないが、彼の師である女はそうではない。

 

 

 彼女が信じる神が許してくれないということは彼女も許してくれないということだ。

 

 

 だから、次をしくじることはエルフィーネが許してくれない。

 

 

 昔の女を思い出しながら弥堂はショッピングモールの敷地から足を踏みだし、決意強く地面を押し出して目的地へと進む。

 

 

 一路、キャバクラへ――

 

 

 

 なにか大きな意志を秘めて歩いていく男の背中を見ながら少女とネコは立っていた。

 

 

「行っちゃったッスねー……」

 

「うん、行っちゃったねぇ」

 

「マナも早く用事済ませた方がいいッスよ。もう晩御飯の時間になっちゃってるッス」

 

「あっ、そうだね。急がなきゃ」

 

 

 メロは水無瀬の背中を昇っていくと彼女の背負ったリュックサックの中に入り込み、顔だけを外に出してグテッとする。

 

 

「ジブンはこうしてぬいぐるみのフリをしてるッスから、なにかあったら話しかけてくれッス」

 

「うん、ありがとう」

 

「ジブンちゃんとリサーチしといたッス。男モンは3階っス。20時には閉まるから急ぐッス」

 

「わわわっ……! たいへんだぁー」

 

 

 パタパタと水無瀬は駆けていく。

 

 彼女も彼女なりのミッションを遂げるためショッピングモールの中へ入っていった。

 

 

 弥堂や彼女達の居なくなった駐車場からは他の人々も消えていく。

 

 とうに夕食時になっている夕暮れの下で次々と車が国道へ出ていく。

 

 

 人気の減ったモール入り口の交差点で、挿されていた花の亡くなった空き瓶がコロコロと転がった。

 

 

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