俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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序章12 梔子の花 ③

 

「――いいか、 今日のところはここまでにしておいてやるが、まだ貴様の容疑は完全に晴れたわけじゃない。我々はいつでもどこでも貴様を監視しているぞ」

「えぇ……まだ信じてくれないのぉ……」

 

 困った時のゴリ押しでとりあえず強気な姿勢だけ見せて警告してくる弥堂に、水無瀬は情けなくふにゃっと眉を下げた。だが、すぐに表情を改めると弥堂の手をとりぎゅっと握る。

 

 彼の顔を見上げ彼の目をまっすぐに見つめて言う。

 

「あのね、びっくりしてなんかちょっと変な態度しちゃったけど、私はほんとに悪いことはしてないし、他の人に狙われてたりもしてない、だいじょうぶだよ。ほんとにほんとだから。ね? 信じて?」

 

 弥堂はそう言った彼女を見つめる。

 

 目線は揺れず、発汗も認められず、妙な仕草もない。

 

 

「いいだろう。とりあえずは信じておいてやる。自分の言葉が真実となるかどうかは今後の貴様の心がけ次第だということを忘れるなよ」 

「もーー、がんこだなぁ」

 

 そう言って水無瀬は苦笑いをした。

 

 

「ではお前はもう用済みだ。行っていいぞ。さっさと帰れ」

「ひどいっ‼」

 

 やんわりと水無瀬の手を解きつつ人間味のかけらもない言葉をかけてくる弥堂にショックを受ける。しかしそんなことを言われても、どんなことをされても、彼女は何も変わらない。

 

「捜査への協力は感謝してやる。ご苦労だったな」

「うん。えへへ。だいじょうぶだよ。弥堂くんといっぱいお話出来て楽しかったし」

 

 変わらず楽しそうに笑う。

 

「ほう、それはこの程度の尋問などお遊びのようなものだと、そういう意味か?」

「ちがうよっ! 弥堂くんのこといっぱい知れてうれしかったの!」

 

『じんもんはもうやだよぅ』と眉をふにゃっとさせる彼女を見て、先程自分が思考していたことを反芻する。

 

 

 水無瀬 愛苗を視て、彼女の奥底を覗いて、彼女を――その根源を知る。

 それは弥堂には出来なかった。視えなかったし、何もわからなかった。ただ、彼女が他の何とも違うモノだと、ただそれだけがわかった。

 

 そして弥堂が彼女を目に映しているのなら、その時は同時に彼女も弥堂を目に映す。

 自分には彼女はわからなかった。だが彼女は弥堂を見て弥堂がわかったのだろうか。知ったと言った。

 

 当然、弥堂の思考など知る由もない水無瀬が同じ意味で言っているわけがないのだが、そんなことはわかりきっていることで、聞くまでも考えるまでもないことなのだが、弥堂は彼にしては珍しいことに戯れに聞いてみたくなった。

 

「何を知った?」

「え?」

 

 端的すぎる質問に水無瀬は一瞬きょとんとするが、すぐに嬉しそうに目を輝かせる。

 

「えっとね。お仕事にまじめなとこと。あとはぁ……ちょっといじわるなとこっ」

 

 胸の高さまで上げた手で、指を二本折り、そう言って彼女は笑った。

 

「そうか……」

 

 全くを以て弥堂が知りたかった答えでも期待したようなものでもなかったが、

 

(――だが、)

 

「――正解だ。よくわかったじゃないか」

 

「えへへー。でしょー? 私すぅぱぁーー! ……ん? スーパーってなんだっけ……?」

 

 弥堂は笑わなかった。だが、特に不快にもならなかった。

 

 

「それじゃ弥堂くんまたねっ、さようなら」

 

 ぺこりとおじぎをして水無瀬は正門へと歩き出した。弥堂は先と同様、自らの職務を遂行する為に彼女の背中へと声をかける。

 

「水無瀬、帰り道には気を付けることだな」

 

 きょとんと目を丸くしたまま振り返った彼女はすぐに満面の笑みを浮かべ

 

「うんっ、弥堂くんも委員会がんばってね。ばいばいっ」

 

 手を振って嬉しそうに瞳を輝かせまた笑った。

 

 また一段と彼女の存在が、存在する力が増したような気がした。そう視えた。

 

 

 不器用なスキップでもするようなそんな足取りで帰っていく彼女の背中をそれ以上はもう視るのをやめた。

 

 弥堂は振り返り校舎へと歩いていく。

 

 

 歩きながら、考える。

 

 水無瀬 愛苗について――

 

 彼女の証言内容について考える。

 

『生命を狙われる覚えはあるか?』

 

 この質問に対してあからさまに怪しい態度。しかし先程の彼女の言葉。

 

『あのね、びっくりしてなんかちょっと変な態度しちゃったけど、私はほんとに悪いことはしてないし、他の人に狙われてたりもしてない、だいじょうぶだよ。ほんとにほんとだから。ね? 信じて?』

 

 これは、おそらく本当だろう。真実を語った。と、思う。

 彼女は嘘を吐かない。まだ嘘を覚えてはいない。騙ってはいない。

 

 

 普通に考えて。

 

 この平和な日本のどこにでもあるような普通の学校の普通の女子高校生が狙われることなどあるか。そんな理由があるか。

 

 まぁ、ないだろう。

 

 ゼロではないだろうが、もっと突発的で衝動的な性犯罪などであればいくらでもあるだろうが、専門的な知識・技術が必要となる学園の警備ドローンのハック。或いは特殊な入手ルートが必要になるような狙撃銃もしくは高額な高性能望遠カメラ。または、現在の弥堂には見当もついていないようなもっと別の他の方法。

 いずれにしても簡単に思いつきで用意できる手段で撮影されたような写真画像ではない。

 

 無数にいる普通の女子高校生の中から、そんなものを用意してまで狙われるような特定の一個人に当選する確率とはどれほどのものだろう。

 

 故に――普通に考えて、普通の学校の普通の女子高校生がそんなものに狙われることはない。絶対にゼロではなくとも、そう考える必要などない。弥堂もそう考える。

 

 ならば――水無瀬 愛苗が語った言葉は真実だ。弥堂もそう考えている。

 

 だから――ただの女子高校生である水無瀬 愛苗が狙われているなどということはありえない。そんな理由などどこにも存在しない。

 

 

 しかしそれに関しては、弥堂 優輝はまったくそうとは考えていなかった。

 

 

 

 校舎へと歩く。人通りの疎らになった桜並木を、下校する生徒たちの流れとは逆に歩いていく。すれ違い続けながら進む、或いは戻る。

 

 無機質な建造物に無数に取り付けられた窓が、そんな彼らをずっと見つめていた。

 

 

 果たして、どちらが窓の内側で、どちらが外側なのだろうか。

 

 

 

 歩きながら思考を切り替える。

 

 現在の手持ちの情報ではこれ以上はこの事件について考えても今は無駄であろう。次の職務へととりかかる。

 

 この並木道に歩いている生徒たちの疎らになった数から鑑みて、部活動や委員会などに所属していない、放課後に活動予定のない生徒達の大部分はもう帰路についたことだろう。ここからは用もないのに校舎に残っているグズどもを見つけ出し、叩き出してとっとと帰宅させるのが風紀委員である弥堂の仕事だ。

 

 

『風紀の狂犬』

 

 美景台学園高校で多くの者に恐れられる風紀委員 弥堂 優輝(びとう ゆうき)の通称だ。弥堂自身もそう呼ばれていることは知っている。誉れのある名ではなく、悪感情をふんだんに込められた蔑称であることも知っている。それについては特にどうでもいいと思っているが、ただ一点。

 

 犬ではあるが狂ってなどいない。

 やれと言われたことをやる。職務に忠実な犬だ。正常で優秀な犬である。

 

 弥堂はそんな自分を誇りに思うことなどはないが、しかし自分をそう呼ぶ者を負け犬だと嘲っていた。

 

 そして校舎へと足を踏み入れる。負け犬狩りに狂犬が放たれた。

 

 

 

 弥堂 優輝が『職務』を行うと、世間一般から『ちょっとだけ』ズレた彼が『仕事』をすると、大抵誰かしらが酷い目にあう。本日の放課後だけで見ても――

 

 先程とそして今から彼に蹴り飛ばされ帰宅を促される誰でもない一般生徒さんのように。

 彼に脅迫され怯え切っていた山下君のように。

 彼にわけのわからない『じんもん』をされた水無瀬 愛苗(みなせ まな)のように。

 

 しかし、本日一番ひどい目にあったのは、その内の誰でもなく、下着を写真画像に残された挙句に、自らの与り知らぬ時に与り知らぬ場所で、映像情報はないにせよ、水無瀬の拙い言葉からではあるが、下着の詳細どころか裸体の詳細までをも、弥堂を含めた不特定多数の誰かもわからない男の子たちに知られてしまった、希咲 七海(きさき ななみ)であろう。

 

 彼女がぶっちぎりで本日の被害者No.1である。

 

 

 しかし、そんな彼女の――希咲 七海の本日最大の受難はこれで終わりではない。

 

 

 ――これから始まるのだ。

 

 

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「なんなわけ? あんたたち」

 

 希咲 七海は行く手を遮るように立つ複数の人間と対峙していた。

 

 

「何? 今、『何』と聞いたのかい? まったくキミは無知だなぁ」

 

「はぁ?」

 

 集団の中の一人の男――車椅子に座った男がまるで揶揄するように口を開くと、それに合わせて周囲の者たちがクスクスと笑い出した。

 

 希咲は苛立ちを隠そうともせずその視線に載せる険を強める。

 

「まぁいいさ、無知は罪じゃないし恥でもない。なぜなら無知は弱さだからね。弱さは許されなきゃならない、守られなきゃならない。弱いキミを守れない社会が悪いのさ。そうだろぉ?」

 

「あのさあんた、あたしの言ったこと聞いてた? 答える気ないってこと?」

 

「まさか! まさかまさかまさか――そんなわけがぁないじゃあないか。ボクはキミの味方だよ? ボクは全ての弱者の味方なんだ。無知で弱いキミにモノを教えてあげて救ってあげる。ボクは人格者だからね、そのために来たんだあ」

 

 希咲は正面に立ちふさがる者たちに注意は向けたまま、周囲の他の通路に目を配る。するとスッ、スッと背後や脇の道を塞ぐように別の者が現れる。完全に包囲されているようだ。

 

「ハハハッ――キミは注意力が足りないね。危機感も足りない。でもね、キミはぁ悪くないよ? それも全て弱さだからね。弱いか弱いかわいそぉぉなキミは許されるのさ。許されなきゃぁいけない。救われなきゃいけない。だってそうだろぉ? 弱いのが悪いだなんてそんなの――『ひどいこと』じゃあないか」

 

「何が言いたいのかよくわかんないんだけど、つまりケンカ売ってるってことでいいのかしら?」

 

 希咲は壁側に背を向けるようにしてなるべく広く視界を作りながら再び車椅子の男に目を向けた。

 

「ケンカ? おいおいおいおいやめてくれよ野蛮だなぁ。暴力なんて最低だよ。だってそうだろぉ? 力の強い者だけが勝てるだなんて、我を通せるだなんてそんなの、『不公平』じゃあないか」

 

 周囲の者から同調するように声が上がる。希咲は眉を顰めた。

 

「まぁいい。まぁいいよ。まぁいいさ。口が滑ってしまうことは誰にでもある。ボクは寛容だからね。こんなことでキミが『差別主義者』だぁなんて、そんなことはまったくこれっぽっちも思わないさ、ボクはね? だってそうだろぉ? 気が短いのも、言葉を選べないのも、それもまた全部弱さだからね。ボクはキミを許そうじゃあないか」

 

 じりっと、意図せず希咲の足が後方へ僅かに下がる。

 

「さぁて。ボク達が『何』か。だったね。答えようじゃあないか。親切にも教えて差し上げようじゃあないか。御覧のとおりここに居るのはみぃんなボクの『同志たち』――仲間さ。この場に於いてキミだけがボクたちが『何』なのかを知らない。同じ知識を与えられていない。そんなの『平等』じゃあない。そうだろぉ?」

 

 クスクス……クスクス……という哂い声に混じり『平等』『公平』『差別』そういった言葉が聞こえてくる。希咲はいつの間にか自分がこの場の雰囲気に、彼らに呑まれていることに気付いた。今度は自らの意志で後退った。

 

 

「平等はボクが最も愛するものの一つだからね。だから一人だけ知らない、一人だけ無知なキミに教えて差しあげてこの世界を均すのさ。平等に公平に差別なく均等に、ね。その為に総ての弱きを許して優遇しよう。総ての強きから搾取して配当しよう。キミの無知も迂闊も短慮も、全てのキミの弱さは許されなきゃあならない。ボクの弱さも許されなきゃあならない。だってそうだろぉ?――」

 

 その男は希咲を見てニヤァっと哂った。

 

「――弱さは免罪符だからね」

 

 下がる希咲の足が壁に当たった。圧倒されていた、気圧されていた。

 この場の雰囲気の異様に。この男の威容に。

 

「それでは遅れ馳せながら名乗らせて戴こう。こんにちは。初めまして。ご機嫌如何かなぁ、同志よ。ボクたちは――」

 

 その男は、車椅子に座ったその男は名乗った。

 

「――ボクたちは『弱者の剣(ナイーヴ・ナーシング)』だ――」

 

 玉座に君臨する王の様に、そう高らかに名を告げた。

 

 

 

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