俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章26 Void Pleasure ➂

 

 新美景駅北口歓楽街。

 

 

 駅のロータリーから伸びているメインストリートは、この街で働く者たちにはキャッチ通りとも呼ばれている。

 

 その呼び名の通り夜となったこの時間帯は、このキャッチ通りでは飲み屋や風俗店のキャッチが精力的に動いている。

 

 

 この街に遊びに来たものの、特別目当ての店を決めてこなかった客たちは自分からここの客引きに捕まりに行く。

 

 その客たちを各店のキャッチや何店舗かの店と契約しているフリーのキャッチが奪い合う構図だ。

 

 

 そして首尾よく交渉成立させた客を該当の店へと連れて行く。

 

 

 今も1組の飲み客と話をつけた男が先導して案内を始めた。

 

 利用するのはキャバクラのようだ。

 

 

 ここの歓楽街はキャバクラや風俗を好む者たち、さらにその業界で働く者たちの間では最近有名になってきており、市外や県外から遊びに来る者も多い。

 

 そしてそれに伴い、日本各地の有名店を擁する経営グループたちがこの地にも店舗展開をしようと参入してきた。

 

 彼らが元々もっているケツモチと、この街を牛耳る外人街のバックについている海外マフィアとの間で、珍しくはない程度にいざこざを起こしながらも一応表向きは歓楽街として栄えていっている。

 

 

 その結果として元々この地を本拠地として営業をしていた地元の者たちは、他所から来た巨大な資本と暴力に追いやられることとなった。

 

 

 このメイン通りに面するような立地のいい場所に出店しているのはほとんどが外来の店舗だ。

 

 

 今しがたキャッチの男に着いていった客たちも、一際開けた場所に建つ一際大きなキャバクラビルへと案内され中へ入っていった。

 

 

 そのビルの前を通り、さらに二棟ほど別のビルを過ぎると一つの路地がある。

 

 極端に狭くはないが短い路地だ。

 

 

 この路地に電灯はなく、入口からはメイン通りからの光が入り込み、短い道路の出口は向こう側からの光で照らされている。

 

 そのため、この路地の中間点を少しだけ過ぎた辺りは一際暗くなる。

 

 暖簾をくぐるようにその一瞬の暗がりを抜けると、表よりはいくらか古い雰囲気のビルが並ぶ裏路地だ。

 

 

 裏路地に入っていくらか進むと、この中では大きくてネオンの目立つビルが見える。

 

 

 その一つのビルの前に電飾看板が4つほど置かれており、数人の黒服の男たちいた。

 

 4店舗ほどが入っているキャバクラビルのようだ。

 

 

 その内の一つの看板に寄りかかって煙草を咥えながらスマホを弄っている金髪の男がいる。

 

 男は応募するつもりのない求人情報を見ながら気怠げに煙を吐き出す。

 

 すると、間接視野で他の店のフロントたちが動いたのが見えた。

 

 どうやらこのビルに客が来たようだ。

 

 

 本来であれば男も彼らに加わり、もしもこの来客がフリー客であれば我先にと営業をかけ自身の所属する店に引き込むか、もしくは自分の店の客なのであれば他店に奪われないようにしっかりとガードする必要がある。

 

 しかし、このビル内では店同士が比較的仲が良いので、お互いの客には手を出さないという暗黙のような取り決めがある。

 

 

 客と他店のスタッフたちは立ち止まって会話をしているようだ。

 

 

(――てことはフリーか……。あぁ~、オレも行かなきゃだけど、やる気でねー……)

 

 

 俄かに、聴こえてくるフロントたちの声が営業トークのトーンではなく、どこか殺気だったものに変わる。

 

 

(あん? まさか引っ張り合いでもしてんのか? まぁ……でも、ウチはダイジョブか……)

 

 

 たまに働き始めて間もない者がミスをしたり、尖っているつもりの勘違い野郎が暗黙の了解を破ることはあるが、男の所属する店の客に手を出されることは比較的少ない。

 

 彼の働く店では頭のおかしいバウンサーを飼っていることが割と知られているからだ。

 

 あのイカレた用心棒が営業中の店内にカチコミに来ることを考えれば、たった一組の客を引っ張ることなど全く割に合おうはずがない。

 

 

 そういった理由から対岸の火事だと無関心を決め込んでいると――

 

 

「おぉーいっ、ヴォイプレさーん! オタクの客だぜー!」

 

「あん?」

 

 

 不意にビジターの相手をしていた他店スタッフの一人に呼びかけられ、ようやく顔を上げる。

 

 

「そのカッコじゃ無理だっつってんのに、このニイさん聞かなくってよ……」

 

「はいはーい。ただいまー!」

 

 

 何度も口にした接客文句を反射的に出しながらスマホを仕舞う。

 

 

(ウチかよ……、やべっ……!)

 

 

 慌てて煙草を足元に捨て隠すように靴で踏み躙った。

 

 

「ど、どうもー。お待たせしました。ご指名はありま、す……か……」

 

 

 愛想笑いを浮かべながら寄りかかっていた看板から背を離そうとすると、その客の顏が目に入り思わず口にしていた定型文が止まる。

 

 

 そこに立っていたのは、先程頭に浮かべていた頭のおかしいバウンサーだった。

 

 

「チャチャチャーーッス! オツカレーッス! ビトーくんっ!」

 

 

 弥堂 優輝(びとう ゆうき)である。

 

 

 黒服がビシッと気を付けをしてガバっと腰を折って頭を下げると、彼が寄りかかっていた看板に書かれた店名が露わになる。

 

 

「話は聞いているな? マサル」

 

 

 弥堂はその『Void(ヴォイド) Pleasure(プレジャー)』と書かれた電飾看板をチラリと一度見てから、すぐに黒服へ用件を伝えた。

 

 

「あー、ハイハイ。聞いてるッスよー。ちょっと待って下さいねー。あー、マネージャー聞こえます? ビトーくんが来ました。通して大丈夫ッスか?」

 

 

 落ち着きのない男のようで、弥堂と話している間からもうインカムのマイクのボタンを押し、ほとんどシームレスに店内の上司に呼びかける。

 

 言い終わるとすぐにニカッと悪気のない笑顔を弥堂へ向けてきた。

 

 

「久しぶりー、ビトーくん。言ってた時間より遅かったッスね?」

 

「あぁ。少々トラブルに巻き込まれてな」

 

「マジかよ。ビトーくんしょっちゅうケンカしてるよな」

 

「そんなことはない。どうしてそう思う?」

 

「いや、だってよ、なんか恰好ボロボロじゃん?」

 

「あぁ。悪いな、こんな服装で」

 

「ホントは学校ジャージはマズイんだけどよ、ビトーくんならマネジャーも文句言わねえだろ……って、いや、そっちじゃなくてよ。なんか薄汚れてんじゃん。血もついてっし」

 

「気のせいだ。ちょっと汚れる作業をしていただけだ」

 

「なんだよ、汚れる作業って……。ビトーくんが言うと人間解体でもしてんじゃねえかってマジビビるわ」

 

「そのような事実はない」

 

「あーでも……、別に顏に傷とかねえし、ケンカじゃねえっぽいか。あー、そういや話変わるけどよ、オレさビトーくんに礼言わなきゃって……、おもっ……って……」

 

 

 電飾看板に照らされる弥堂の顔を検分するようにジッと見て無事を確認し、続けて上機嫌にお喋りをしようとしていた黒服は話の途中で片耳に手を当てて言葉尻を窄めていく。

 

 インカムで店内からの連絡が入ったのだろう。

 

 

「……オケ。準備出来たみてえだ。案内するぜ」

 

「わかった」

 

 

 彼に続いてビル内のエレベーターへと向かう。

 

 ビルの入り口には『五月(さつき)ビル』と書かれている。

 

 

「礼とはなんだ?」

 

「あん? あー、そうそう! オレよ、今月から主任に上がれたんだよ」

 

「へぇ。やるじゃないか」

 

「へっへっへっ、サンキュ。いやー苦労したぜ。オレらこの街でスカウトしづれえからよ、女入れらんなくってもう終わったーって思ってたぜ」

 

「……あぁ。ハーヴェストか」

 

「おぉ! あいつら外人バックにつけて何かとデカいツラしてオラついてくんだよ。オレらのケツモチがここに入れねえからってチョーシこきやがって……」

 

「わかってると思うが、モメるんなら外でモメろよ」

 

「わぁーってるよ。こないだ駅前でスカウトしてたら囲まれてよぉ。南口に誘い込んでボコってやっぜってダッシュしたらさ。なんか撒いちまってよ。オレの逃げ足さすがだわーって。そうそう逃げ足と言えばよ。こないだ変態に絡まれそうになって女置いて逃げたらフラれちまってさ――」

 

「――おい、昇格の話じゃなかったのか」

 

「――ん? あぁーっ、そういやそうだった。へへへ、悪いな」

 

「…………」

 

 

 弥堂の苦手なタイプの女のように話がとっ散らかる彼のお喋りにうんざりとした心持ちになったところで、エレベーターの前に到着する。

 

 マサルは上階を示すボタンを押したところで人懐っこい顏をまた向けてきた。

 

 

「いやよ。ほら、スカウトきちぃって言ったじゃん?」

 

「言ったな」

 

「だからよ、こないだビトーくんに教えてもらったヤツ試してみたんよ」

 

「……俺が?」

 

「あぁ。ほら、マッチングアプリで女引っ掛けて付き合ったフリして働かせちまえってヤツ」

 

「……あぁ、そういえばそんな話もしたな」

 

「あれで見事によ、一発目で一人入店させられたんだよ! マジサンキュな」

 

「そうか。そいつは運がよかったな」

 

 

 適当に返事をしながら目線を上に向けて、エレベーターの現在位置を見る。

 

 しばらく7階のままで停まっていたエレベーターがようやく下に向けて動き出した。

 

 

「いやぁー。マジあれのおかげだわ。今度メシおごるよ」

 

「それには及ばない。というか、一人入れただけでノルマを達成できたのなら元々近いところまで数字を出せてたんじゃないのか? 別に俺の功績ではないだろ」

 

「あん? いやー全然よ。一人入ったから、こりゃイケるってよ。その後も同じことやって気合で7人入れたんよ」

 

「……なんだと?」

 

 

 訊き咎めた弥堂がピクっと眉を跳ねさせたところで『チーン』と音が鳴る。

 エレベーターが到着したことの報せだ。

 

 

 中から程よく酔って上機嫌な様子の中年男が降りてくる。

 

 擦れ違いざまに、ここまで待たされた腹いせに彼の腿に膝を入れて蹴り転がす。

 

 そのままエレベーターに乗り込む。

 

 

 マサルは腿を抑えてゴロゴロと悶絶する男を一度真顔でジッと見てから、何故か「へへっ」と照れ臭そうに笑みを浮かべて一緒に乗り込んできた。

 

 

 マサルが3階のボタンを押して扉が閉まるのを待ってから再び彼に話しかける。

 

 

「……大丈夫なのか?」

 

「あん? ヘーキ、ヘーキ。今日は日曜だしよ、この時間になったらもう指名しかどうせ来ねえからちょっとくれぇフロント空けたってダイジョーブだぜ」

 

「そうじゃない。スカウトの話だ。やるなら一人だけにしろと言っただろ? 後で絶対にバレてモメるぞ」

 

「あー……、まぁ大丈夫っしょ。みんな優しい子だし。オレよ、泣いたフリと土下座したフリは得意なんだ。多分許してもらえるよ」

 

「……土下座したフリはもう土下座してるだろ」

 

「ん……? ビトーくんたまに難しいこと言うよな。でもまぁ、これで給料も上がったしやっと風紀の罰金払い終わりそうだぜ」

 

「…………」

 

 

 近い将来、その罰金は何倍にも膨れ上がるだろうことを彼に報せようかと思ったが、そうするとこのマサルという男は飛んでしまいそうなので、万年人手不足に悩むマネージャーのことを慮り弥堂は口を閉ざした。

 

 

 エレベーターが3階に到着する。

 

 

 開いた扉を手で押さえるマサルの前を通ってフロアに出る。

 

 

「じゃーな、ビトーくん。今度一緒にナンパしような!」

 

「しねえよ」

 

「あ、ビトーくんナンパとかダメな人? んじゃヤリたくなったら女まわすからいつでもメッセくれよな! 7人もいっからさ……あれ、8人だっけか?」

 

「何故お前らは会うたびに身近な女を俺に抱かせようとするんだ。不要だ」

 

 

 尚も何かを言おうとするマサルを突き飛ばしてエレベーター内の奥に押しやると扉が閉まり下の階へ戻っていった。

 

 

「お待ちしてました。弥堂さん」

 

 

 エレベーターが閉じるタイミングを待っていたかのように声がかかる。

 

 弥堂が振り返ると細身のスーツを几帳面に着こなす眼鏡をかけた男が待っていた。

 

 男は弥堂に一礼をすると顔を上げてエレベーターの扉を睨む。

 

 

「……口の利き方がなっていないようですね」

 

「構わない。それより遅くなって悪かったな、黒瀬さん」

 

 

 黒瀬と呼ばれた男は顔を弥堂の方へ向けると表情を操作し柔らかなものに変える。

 

 

「いえ、それこそ構いませんよ。ただ……、その、少々不愉快なものをお見せすることになるかもしれませんが……」

 

「あぁ……、華蓮さんか。まぁ、土下座してるフリをすれば大丈夫だろう」

 

「フリでも土下座をすればそれはもう土下座なのでは……?」

 

 

 怪訝そうな顔をする黒瀬に近づきつつ懐から数cmほどの厚みのある封筒を取り出す。

 

 

「悪いがマネージャー。少し迷惑をかける」

 

「受け取れません。貴方には返しきれない恩がある」

 

「じゃあ華蓮さんを少し借りるかもしれんから彼女の売り上げにしといてくれ」

 

「…………わかりました。頂戴致します」

 

 

 黒瀬マネージャーは恭しく両手で封筒を受け取った。

 

 

「……きっと、こんなことより、メッセージ一つ送ってあげる方が遥かに喜びますよ?」

 

「参ったな。彼女はそんなことまでアンタに話すのか?」

 

「フフフ、いえ。見ていればわかります。それくらい機嫌がよくなります」

 

「聞かなかったことにするよ」

 

「はい。こちらも差し出がましいことを言いました」

 

 

 適当に肩を竦め合ってお互いになかったことにする。

 

 

「一応店に来なくなるようなことにはしない。個人的に取引をするだけだ」

 

「助かります。ですが、最悪、構いませんよ。確かに太客ですが替わりが効かないというほどではありません」

 

「わかった」

 

「それはそうと――」

 

 

 黒瀬は弥堂に近づき声を潜めて続きを口にする。

 

 

「――最近街の雰囲気がよくない。もしかしたらお願いをすることがあるかもしれません」

 

「わかった」

 

「これはその時に支払う貴方へのギャラの足しにさせてもらいましょうかね」

 

「それこそ受け取れない。彼女への借りはまだ返せてないんだ」

 

「その借りはきっと返せないままでいる方が貴方にとってはいいと思いますよ」

 

「……勘弁してくれ」

 

 

 罰が悪そうに眉を顰めると黒瀬は一歩下がって店内の方へ声をかける。

 

 

「マキさん。ご案内をお願いします」

 

「はいはーい! 一名様ご案内しまぁーす!」

 

 

 マネージャーの指示に応えて近づいて来たのはエスコート担当のバニーガール姿の女性だ。

 

 

「ユウキくん、ひっさしぶりー! 今日はワタシ指名?」

 

「悪いなマキさん、手間をかける」

 

「おいこら無視すんなし!」

 

「キミは接客はしないだろう?」

 

「そうだけどぉー、今夜はユウキくんだけトックッベッツッに――」

 

「――マキさん?」

 

「――はぁーいっ! ではご案内しまぁーす!」

 

 

 黒瀬から咎めるような声をかけられるとバニーさんは弥堂の手を両手でギュッと握ってから笑顔で下から顔を覗き込み、片手は繋いだままで残して先導を始める。

 

 

 店内に進んでいく二人の姿を見ながら、黒瀬は溜め息を吐く。

 

 自分でも口煩いと自覚があるほど接客態度について指導をしているのだが、どうしていつまで経っても成長しないスタッフばかりなのだろうと、頭痛を感じて眉間を揉みほぐした。

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