俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章26 Void Pleasure ④

 

 数十の卓がセットされた広い店内をバニーさんに手を引かれながら弥堂は進む。

 

 それなりの客が入っているようで活気は悪くない。

 

 

 店内は喧しいトランスミュージックが流れていて耳障りな電子音が喧騒を助長させている。ボリュームがかなり大きく客たちやキャストたちの会話の内容はほとんど聴き取れない。

 

 

「マキさん、手を離してくれ。客どもの視線が集まってる」

 

「えー? なぁにー? 聴こえなーい」

 

「嘘つくな。アンタ普段案内でこんなことしねえだろ。目立つからやめろ」

 

「いいじゃん、べつにー」

 

「仕事しづらくなるぞ」

 

「ワタシべつに客とらないから関係ないしー?」

 

「……階段までだぞ」

 

「はぁーい」

 

 

 そうしている間にフロア中央にある上階に繋がる階段が近くなる。

 

 

 この店の3階と4階は吹き抜けになっており、3階は一般席、4階は半個室のVIPシートとなっている。

 

 そして4階と5階の間はしっかりと天井と床で隔絶されており、5階はお忍びでも使える本当の意味でのVIP用の個室となっている。

 

 この五月ビルの3・4・5階の3フロアが『Club Void Pleasure』の領土ということになる。

 

 弥堂が用があるのは5階だ。

 

 

「もう離せ」

 

「えー? いいじゃーん。このまま行こうよー」

 

「危ないだろ」

 

「なーに? 恐いの? キミ運動神経いいからダイジョーブっしょ」

 

「俺じゃなくてキミだ。そんなに高いヒール履いてるんだから危ないだろ」

 

「えー。ダイジョブだよー。慣れてるしぃー」

 

「うるさい。つべこべ抜かすとケツに指突っこむぞ」

 

「わわわわっ……⁉ ワタシそっちはNGだからっ!」

 

「さっさと行け」

 

「はーい」

 

 

 弥堂に叱られるとバニーさんは大して名残惜しさも見せずにパっと手を離す。そして階段を昇り始めた。

 

 弥堂は後を追い彼女の後ろ姿をジッと視た。

 

 

 彼女の言葉どおり特に危なげなく階段を歩いている。

 

 腰上まで伸びる網タイツに包まれた両の足が軽やかに踊る。

 

 健康的な程よい太さの足の上をバックシームが奔り、足の動きに合わせて歪む直線がむっちりとした肉の中の大腿骨や脛骨のラインを想像させた。

 

 

 足元のハイヒールから上に伸び、足首、脹脛、膝裏、太腿、そして臀部の総てを覆うその網タイツは、上にいくに連れて露出する白の面積の大きな網目が増えていく。

 

 

 弥堂が注視するのは色香に湾曲した白い平行四辺形ではなく、その網で覆ったものの中心部である尻肉の谷間から拡がっていく歪んだ黒布の底辺なき三角形だ。

 

 45度~60度の間で数値が揺れ動く艶めいたその鋭角が創り出す面で踊り、バニーさんの歩くリズムに合わせてフリフリと揺れるまんまるな白いうさシッポを警戒心たっぷりに鋭く睨んだ。

 

 

 弥堂はうさシッポには火傷を負った記憶がある。

 

 

 この街に来る前に数年ほど過ごしていた地域では、こことは生活習慣も様式もまるで違ったのだが、何故だかバニーガールの文化はあった。

 

 今よりはまだ弥堂にも人の心が残っていた頃、天真爛漫にぴょんぴょんして無垢に誘ってくるうさぎさんにフラフラと着いて行ったところ、酷いハニートラップに掛かったことがあったのだ。

 

 どうもうさシッポに爆発物が仕掛けられていたらしく、魅惑の60度上でフリフリと揺れるうさシッポが突如白滅し、目の前で女を爆裂四散させた。

 

 

 咄嗟に身を躱したものの、圧し折れて砕けた女の腰骨だか仙骨だかわからない無数の破片がしこたま腹に刺さり重傷を負うこととなったのだ。

 

 傷が近すぎて応急で縫うことも出来ず、面倒だからと自作の焼きゴテで腹の傷を適当に焼いて止血したところ、雑菌でも入ったのか火傷がひどく炎症を起こし生死の境を彷徨うことになった。

 

 

 そういった非人道的な罠や単純に食事に毒を盛られるなど様々なハニートラップを幾度も仕掛けられては、その悉くに引っ掛かりつつもどうにか生き延びてきてしまった弥堂は、愛想よく近づいてくる女――特にメイドさんとバニーさん――は一切信用しないことに決めている。

 

 

 多感な思春期にそういった女の相手ばかりをするハメになり、その結果、愛想のいい女は蹴り転がし踏みつけ唾を吐き掛け、自分は頭がいいと勘違いしている仏頂面で生意気な女は引っ叩いて脅して言うことを聞かせる――それこそが異性とのコミュニケーションスキルの最高到達点であると真理に至った。

 

 

 最も効率がいいのは疑わしさが垣間見えるよりも先に殺してしまうことだ。

 

 その場合は秘匿性が問題となる。

 

 

(ここでは証拠が残る)

 

 

 決してうさシッポを視界から外さずに油断なく素早く左右に目線を振った。

 

 いざとなれば階下へ身を投げるしかないと考えていると頭上から声を掛けられる。

 

 

「ねぇー、めっちゃお尻見てくるし。なに? コーフンしちゃった?」

 

「気のせいだ」

 

「否定すんならケツから目ぇ離せよ。顏見ろし」

 

「黙れ。歩け。妙な動きは見せるなよ」

 

「もぉー、しょーがないなぁー。サービスだかんね?」

 

 

 そう言って前を向き直したバニーさんは有言実行でプリプリと弥堂の眼前のお尻を振る。

 

 弥堂は反射的に階段の手摺を跳び越え宙に身を投げ出しそうになったが、かろうじて自制することに成功した。

 

 握った木製の手摺が指の形に凹む。

 

 

 再び歩き出そうとするとバニーさんが立ち止まっていることに気が付く。

 

 彼女は手摺をジッと見てから弥堂の顏を見てニコッと笑った。

 

 そのまま無言で階段を昇っていく。

 

 

(しまった。借りを作った)

 

 

 チッと舌を打ち陰鬱な気分を紛らわせてから後に続き、再び厳しい眼差しでうさシッポを監視する。

 

 

 3階フロアの客席から二人の姿を見ると、汚ねえジャージ姿の怪しい男がバニーさんのお尻を嗅ぎながらVIP席にエスコートされていく図にしか見えず客席は俄かに騒めいた。

 

 

「はいっ、とーちゃくっ、と……」

 

 

 バニーさんは最後の一段を軽やかに跳び越えると宙で身を返しこちらを向いて着地する。

 

 

「はいっ」

 

 

 そして右の掌を上に向けて弥堂へ伸ばす。

 

 

 弥堂はその手を無視して彼女を追い越し4階へと踏み入った。

 

 

「もぉー、いじわるぅーっ! ――って、うわわわ……っ⁉」

 

 

 その愛想のない男の背中へ文句を投げかけようと振り返ると、勢いをつけすぎたのかバニーさんは大きく体勢を崩す。

 

 

 このまま階下まで転げ落ちれば運が良くて重傷、ほとんどの場合は死ぬだろう。営業中の店内で人死にが出れば大騒ぎだ。

 

 そうなれば弥堂がここに来た目的が果たせない。

 

 

 仕方ないと溜め息を吐き、彼女へ近寄り左手を伸ばす。

 

 

 右足で爪先立ちになり必死に両腕と宙に浮いた左足を振ってバランスを取り戻そうとするバニーさんの右手を掴む。

 

 そうして彼女を4階のフロアへ引き戻してやった。

 

 

「えへへー、ありがとーっ。じゃあいこっか?」

 

 

 九死に一生を得たはずのバニーさんはあっけらかんとして、弥堂の手が離れる前に素早く掴み直し、そのまま手を引いて何事もなかったかのように歩き出した。

 

 握られた手にギュッギュッと二回ほど力をこめられてようやく気付く。

 

 

「……騙したな」

 

「えー? なぁに? きこえなーい」

 

「嘘つけ。ここは静かだろ」

 

 

 3階フロアの喧騒は遠く、ここでは落ち着いたジャズミュージックが流れている。

 

 

「だーいじょぶだって。ほら? ここは半個室だし。見えない見えない」

 

「……好きにしてくれ」

 

 

 4階のVIPシートはパーテーションで各席が仕切られ、通路や他の席とは視覚的にはそれぞれが隔れている。

 

 確かに問題にはならなそうだし、それなら面倒だからもういいかと彼女の好きにさせることにした。

 

 

 歩き出した弥堂の諦めを敏感に察知すると、バニーさんは繋いだ手の指を絡めて恋人繋ぎを仕掛けてくる。

 

 

 もう二度と罠に掛かるかと考えた矢先になんてザマだと自嘲した。

 

 

 八つ当たりとして少し力を入れて手を握り返してやると、こちらを流し見る彼女の瞳が少し熱っぽくなる。どうやら勘違いをさせてしまったようだ。

 

 

(しまった……)

 

 

 思わず空いている右手を額に遣りそうになったが、それは自重した。

 

 

 並んで歩き、4階フロアの奥を目指す。

 

 

「ねぇー? 最近楽しい?」

 

「あぁ」

 

「普段どこで遊んでんのー? 全然街で見ないんだけどー」

 

「そのへんだ」

 

「今度遊びいこーよー。またオゴってあげるからさー」

 

「そのうちな」

 

「いつヒマなのー?」

 

「3年後だ」

 

「それ遊ぶ気ないやつじゃんっ」

 

「そんなことはない。俺もキミと遊びたいと思っていたところだ」

 

「キャハハ、ウケるー。この子ウソしか言わない」

 

 

 スッと身を寄せてきて客席に聴こえないようにと、肩が触れる距離で声を潜めてくる彼女のお喋りに適当に付き合う。

 

 近い距離で耳を震わせるクスクスとした笑い声を聴き流す。

 

 

 他愛のない話をしながら4階フロアを通り抜ける。

 

 奥の目立たない場所に防火扉があった。

 

 関係者以外立ち入り禁止と書かれたその扉を開けると薄暗い通路に出る。

 

 

 背後で扉の閉まる音がし辺りがさらに暗くなると、スルっと腕を絡められる。

 

 

「ねー、お店で会うとなんか冷たくない?」

 

「そんなことはない」

 

「あるよーっ。前遊んだ時はもっと優しかったー!」

 

「気のせいだ」

 

「サービスが足りないのかなー? ほれっ、おっぱいだぞー? うりうりうり……っ」

 

「ガキじゃないんだ。そんなことをしても期待には応えられない」

 

「オマエ高校生だろ。もっと反応しろよ……、あっ、階段だから気を付けてね」

 

「それを言うなら離れてくれ」

 

 

 腕に胸をグイグイ押し付けてくるバニーさんに辟易しながら5階への階段を上がる。

 

 

「うぅ……、やっぱり一度抱いた女はもう用ナシなのね……、それともお小遣いをあげないと構ってくれないのかしら……? ワタシ弄ばれたんだわ……トホホ……」

 

「事実を捻じ曲げるな。キミが俺を弄びたいんだろ」

 

 

 訂正を要求しつつ、実際に「トホホ」とか聞いたのは初めてだなと考え、記憶の中に該当するものはないか片手間に探す。

 

 ヒールが階段を打つ音が密閉された通路に反響している。

 

 

「そうだよ、もてあそばさささせろよー」

 

「『さ』が多いぞ。というか遊ぶ相手は選んだ方がいい」

 

「お? なんだなんだー? 『オレに構うとヤケドするぜ子猫ちゃん』的な? スカしやがってこいつめー」

 

「違う……、いやそうでもないか……。マキさん。キミはこの業界でずっとやっていくつもりはないのだろう?」

 

「え? まぁ……、確かにここのバイトも大学出たら終わりかなーって思ってるけど……、それがどうしたの?」

 

「キミはいずれ表に帰る人だし、帰れる人だ。しっかりと割り切って線引きをした方がいい。こちらでしか生きられないような者とは深く関わるべきじゃない」

 

「お? お? そういう手口かー? 『キケンだからオレとは距離を置いたほうがいい。だからオレはずっと一人でいいのさ、フッ……』みたいな! そうやって匂わせてワタシみたいな女を沼に落とすんだろ! ちくしょう! すきーっ!」

 

「……忠告はしたからな」

 

 

 グリグリと胸を擦り付けてくる女に軽蔑の眼を向けながら、そういえばこの手の『自分は上手くやれている』と勘違いをしている女が、本来こういった世界に居る必要がないのに怖いもの見たさでチョーシにのっている内に気が付いたら沼から足を引き抜けなくなってズルズルと身体を売り続けることになると、以前にルビアが言っていたなと思い出す。

 

 

 やがて階段の終わりが近づく。

 

 5階の通路を塞ぐ分厚い扉のドアノブに手を伸ばす。

 

 

「まぁ、たしかに? 最終的にはちゃんと普通の人と結婚して普通の主婦になろうと思ってるし子供も欲しいし? 期限決めてそれでちゃんとしないとなーって思ってるよ?」

 

「だったら――」

「だから――」

 

 

 言葉を被せられ、絡められていた腕を抜かれると代わりに首に両腕を絡められた。

 

 

「――だから、今のうちにめいっぱい遊ぶの。キミみたいなアブないオトコノコと遊べるのなんて今だけだから……」

 

「わからない女だな。危険の認識が甘い。怪我だけじゃ済まなくなるようなことに巻き込まれるぞ」

 

「そうかも。だから、キミがワタシにわからせて……? ヤケドしちゃうくらい、アツくして……?」

 

 

 首にしがみつきながら熱っぽい瞳で見上げてくる。

 

 その視線を受け流す。

 

 

「残念ながら俺は冷たい人間のようでな。キミもそう言ったろ? 熱くはならない」

 

「むー、これでも動じないとかー! オラァ、これでどうだー!」

 

 

 ヤケになったのか、力づくで身体を密着させてくる。高いヒールを履いて背伸びをした彼女に首に体重をかけられ、頭を下げさせられた。

 

 露出の多いバニー衣装から覗く白い柔らかみが、ジャージの向こうの硬い胸板に押し返されてグニグニとカタチを変える。

 

「ほれほれー。どうだー? バニーさんだぞー? ギュッとしちゃえー?」

 

「悪いが、俺はメイドさんが好きなんだ」

 

「お? 意外とそっち系なの? 仕方ないにゃぁ~、今度着てあげるね?」

 

「着たからってキミの誘いにはのらないぞ」

 

「ちぇー、今日はダメな日かー」

 

「OKな日があるみたいな言い方はよせ」

 

「う~ん……、学校とかでモテるようには見えないけど、なーんか手馴れてるよねー? キミー」

 

「そんなことはない」

 

「え? モテモテってこと? もしかして彼女できた? だから遊んでくんないの?」

 

「違う。モテないし慣れてもいない。こういうことに興味がないだけだ」

 

「ほぉー、キョーミがないときたか。へぇー」

 

「いくら頑張っても時間の無駄だ。諦めろ」

 

「こいつぅー、おねえさんを甘くみてるなー? そこまで言うなら考えがあるぞー? うりゃっ!」

 

「おい――」

 

 

 グイっと引っ張られ身体の向きを変えられたと思えば、今度はすぐに押されて5階通路へのドアに背中を付けられる。

 

 

「――離さないでね?」

 

 

 そして彼女は弥堂の首に手をかけたままその身を後ろに倒し、階下へ身を投げた。

 

 

「――っ⁉」

 

 

 反射的に後ろ手でドアノブを握りもう片方の手を壁につけて身体を持っていかれないようにする。

 

 そして首に力をこめて彼女の体重を重力と奪い合う。

 

 

「さっすがオットコノコー! 力あるねー!」

 

「……兎はもっと臆病な動物のはずなんだがな」

 

「ふふーん。発情したうさぎさんはとってもアグレッシブなんだぞー」

 

 

 かなり危険な行動をした彼女だが悪びれた様子はまったくない。

 

 

「落ちたら死ぬぞ」

 

「そうだねー。だからちゃんとワタシを抱き寄せて」

 

「…………」

 

「それとも――ワタシと一緒に落ちてくれる……?」

 

 

 器用に瞳を潤ませて視線で熱を伝えてくる彼女に溜め息を返した。

 

 無言で彼女の腰に手をまわして一息で引き寄せる。

 

 

「わわっ……!」

 

 

 口だけ驚いたような声を発しつつも、バニーさんは抜け目なく勢いを利用して身体を押し付けてきた。

 

 

「えへへー、正攻法がダメだったので病み系で攻めてみましたー。好き?」

 

「最低だ」

 

「えー? じゃあ、おしおきしちゃう?」

 

「そうだな」

 

 

 グイっと強く腰を引き寄せて、ドアノブから離した手も彼女へ回す。

 

 太ももの裏から尻へと指先だけでツっと撫で上げる。

 

 

「あん……っ、その気になっちゃったの? やだー、こんなとこで困っちゃうーっ」

 

 

 口ぶりとは裏腹に期待を込めて見つめてくるその瞳を冷たく見下ろし、彼女の尻を撫でていた手でガッとうさシッポを掴む。

 

 そして容赦なくそれを捥ぎ取った。

 

 

「あーーーっ⁉」

 

 

 用済みになった煩い女を脇に置いて、手に掴んだうさシッポをジッとよく視る。どうやら危険な物は仕込まれていないようだ。

 

 

「なんばすっとかー⁉」

 

 

 ペイっと放り捨てたうさシッポを持ち主が追いかけていく。そしてそれを拾ってくると猛烈な抗議をしてきた。

 

 

「なんてヒドイことするの! 壊れちゃったじゃーん!」

 

「安全上必要なことだったんだ」

 

「もーっ! また意味わかんないこと言ってー! どうすんのよこれぇ……」

 

「どうでもいいだろ。もういくぞ」

 

「やだーっ!」

 

 

 子供のようにダダをこねた元バニーさんが弥堂の進路を塞ぐようにドアにへばりつく。

 

 

「おい、邪魔だ」

 

「こんなみすぼらしいカッコじゃ恥ずかしくてフロア歩けない!」

 

「シッポがとれただけだろ」

 

「耳とシッポがあってバニーさん! どちらかでも欠けたらワタシはその瞬間ただのハイレグねえちゃんになっちゃうの!」

 

「もっと他の所に拘って仕事しろよ」

 

 

 弥堂は目の前に突き出された尻に胡乱な瞳を向けた。

 

 

「直してー! 直してくんなきゃやだー!」

 

「自分でやれ。もういい。ここからは一人で行くから部屋番を教えろ」

 

「直してくれるまで絶対言わないもん! やだやだやだー!」

 

 

 徹底抗戦の意思を表すべく元バニーさんはシッポの無くなったお尻をブンブン振って弥堂を威嚇する。

 

 

「直すたってどうやればいいんだ?」

 

「はい、これ。これで留めて。とりあえず応急で」

 

「……安全ピンか」

 

 

 諦めて要求をのむことにすると、まるで用意してたかのように後ろ手で安全ピンを渡してくる。

 

 銀色に光る小さなそのバトンを受けとった弥堂は続けて彼女の手から乱暴にシッポを毟り取る。

 

 

「あっ! ちゃんと丁寧に扱ってよ! 着ける位置にも拘ってね!」

 

「うるせえ。いいから黙って、そこのドアに手を付けてケツをこっちに向けろ」

 

「はぁーい」

 

「こんなチャチな針で刺さるのか?」

 

「あんっ……! やだ……、そんなにがっしり腰掴まれるとドキドキしちゃう……、力強い……っ」

 

「余計な口をきくな」

 

「うん……、声でないように頑張るね……?」

 

 

 なに言ってんだこいつ?と侮蔑の眼を投げながら弥堂は階段を二段ほど降りて高さを調節する。

 

 

「あ……! そのまんま刺しちゃダメだよ? ワタシの肌にも網タイツにもキズつけないでね?」

 

「俺に細かいことを期待するな。神にでも祈ってろ」

 

「なにそれ。カンタンだから。ほら、そこ……、スーツの横からこうやって指入れて持ち上げて?」

 

「……こうか?」

 

「うん、そう……ひゃんっ⁉ ちょっとヒヤっとしたー。えへへ、バニースーツって意外と蒸れるのよね」

 

「どうでもいい。で?」

 

「うん、そのまま奥まで入れて……、そうそう。タイツとスーツの間に隙間つくってぇ……、こうすればデキるでしょ……?」

 

「……ほら、済んだぞ」

 

「あぁん、もう? はやいよぉ……」

 

「早くて何が悪い。オラ、終わりだ」

 

「やんっ」

 

 

 ピシャっとバニー尻を打って事の終わりを示唆する。

 

 ぴょんっと跳び上がったバニーさんは左右から振り返り自分のお尻を覗き込んで出来栄えをチェックする。

 

 

「うーん。よく見えないなー。ね? ズレてないかチェックして?」

 

「大丈夫だ」

 

「まだ見てないじゃん! ほらほらーよく見てー。お尻だぞー?」

 

 

 目の前でフリフリと揺れるうさシッポを無感情に眺めてチェックをしたフリをする。

 

 

「大丈夫だ」

 

「あ、そう? へへー。じゃあー、はいっ……!」

 

 

 ぽふっと突き出された尻の谷間に鼻先を食われる。そのまま小刻みに左右に振られると頬骨が柔肉に食い込んだ。

 

 

「サービスだよっ!」

 

 

 パっと離れた彼女はこちらへ振り向きバチンっとあざといウィンクを送ってくる。

 

 

「……気は済んだか?」

 

「えぇーっ! なぁにそのリアクションの薄さ! せっかくお尻触らしてあげたのにー」

 

「お前がケツで俺に触ったんだろ」

 

「あー! そういうこと言うんだー。言い触らしちゃおっかなー。お触り禁止のバニーさんのお尻揉んだーって」

 

 

 自身の肩を抱きながらうさシッポをフリフリしてこれ見よがしに被害者面するバニーさんに、弥堂もこれ見よがしに舌を打つ。

 

 この後の仕事の為にと、弥堂にしては大分我慢した方だがそろそろ面倒になってきたようだ。

 

 

 ゴソゴソと懐を探りながらバニーさんに近寄り、大きく開いた彼女の胸元にグイっと万札を捻じ込んだ。

 

 

 バニーさんは不思議そうに自身の胸の谷間を見下ろしてぱちぱちと瞬きをすると、今度はポーズ付きでバチコンと会心のウィンクをキメる。

 

 

「まいどっ!」

 

 

 金銭での解決を選んだ男はそれには何も返さず、無言で彼女をどかしてドアノブを操作し、今度こそ5階のフロアへと這入った。

 

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