俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章29 4月20日 ④

 

「よぉーーーしっ! 盛り上がってきたよぉーーっ! まなぴーっ!」

 

 

 昂りを抑えきれない様子の早乙女は、弥堂にプリンを奪われ再び餌付けされている水無瀬に声をかける。

 

 

「なぁに? ののかちゃん……、あむっ」

 

 

 お口をむぐむぐしながら水無瀬さんはお返事をする。

 

 

「ぴーすをっ! ぴーすをお願いします! カメラにむかって!」

 

「え? ぴーす……?」

 

 

 首を傾げながらも素直なよい子である愛苗ちゃんは言われたとおりにピースを向ける。

 

 

「両手でっ! 両手でおねがいしますっ!」

 

「両手……? こう……?」

 

「そうっ! いいっ! いいよぉ~っ! ぴぃ~す、ぴぃ~っすって!」

 

「……? ぴぃ~す、ぴぃ~っすっ」

 

「ひゅぅ~っ!」

 

 

 神対応のファンサをしてくれる水無瀬さんに早乙女のテンションは鰻登りだ。

 

 しかし、一気に絵面の犯罪性が増し教室内に騒めきの声が連鎖していく。

 

 

「はぁ~い、まなぴぃ~っ。まなぴぃは今ぁ~、なにをぉ、してるのかなぁ~?」

 

「え? えっとね、私、今ね、弥堂くんに抱っこされてるのっ」

 

「ちがうっ! 語尾を伸ばして! いちいち伸ばして! もっとIQをさげてっ! あと一人称は『まな』ね? まなはぁ~……って感じで、最後は『まぁ~っす』って。さんはいっ」

 

「えっ……? えっ? えっと……、ま、まなはぁ~、いまぁ~? びとうくんにぃ、だっこされて、まぁ~っす……?」

 

「おぉっ! いいっ! よくなったよ! もっと! もっとバカっぽく! 自分を捨てて魂を開放しよう!」

 

 

 演出からの演技指導に適格に演者が応えることによって現場の空気はあったまっていく。ただしそれとは逆に日下部さんの顔色はサァーっと青褪めていった。

 

 

「……あぁ……っ! おしいっ! 筋はいい! 筋はいいんだよ! でももうちょっと……、えぇい、まだるっこしぃ! 委員長っ、カメラおねがいっ!」

 

 

 もう少しで思ったようなクオリティの作品になるのにと、やきもきした早乙女は寝ぼけ眼でぼーっと立つ野崎さんにカメラを任せて自ら現場入りし出演をすることに決めた。

 

 

 手近な机で紙にバババっと勢いよく文章を書き込みカンペを作成する。それを水無瀬の机の上に広げた。

 

 機敏に主演の二人に近寄るとそれぞれに耳打ちをして個別に演技指導をする。何事かを囁かれた水無瀬さんのお目めはグルグルと回り、弥堂は白目を剥いた。

 

 

 そして早乙女はキビキビとした動作で主演女優の髪型を整えつつも適度に乱れさせ、唇の端に横髪を一筋咥えさせる。

 さらに主演男優のネクタイを緩めYシャツのボタンを上から4つほど外して胸元を大胆に開けさせ、イイ感じにチャラくスタイリングする。

 

 それからカメラマンに目配せをすると、野崎さんは何故かコクリと頷いた。

 

 

 続いて早乙女が日下部さんに目を向けると彼女はビクっと肩を跳ねさせる。

 

 

「ほら、なにしてるのマホマホっ! 早くこっち来て! ののかの逆サイドに立って!」

 

「い、いやよっ! なんで私が……っ!」

 

「なにノリ悪いこと言ってんの! マホマホがちゃんとやらないと終わらないよ? ほら、みんな待ってるから」

 

「えっ? いや、なに言って……」

 

「はやくっ! 先生来ちゃうよ! このままじゃマホマホのせいでみんな怒られちゃうよっ!」

 

「え……? えぇ……?」

 

 

 意味不明な同調圧力をかけられ、日下部さんは不満げに首を傾げながらも弥堂の隣に立つ。

 

 一般的なJKである彼女は『みんなが』と言われると逆らえなくなるのだ。

 

 

「よぉっし、それじゃさっきのとこから撮り直すよー? マホマホは適当にまなぴーの肩でも抱きながらドヤ顔しててー」

 

「う、うん……、うん? ねぇ、これやっぱりおかしく――」

 

 

 渋々指示に従いながらも日下部さんがまだ何かを言っていたが、早乙女は無視して自分も水無瀬の肩に肘をのせ、カメラに向かってドヤ顔をキメる。

 

 

「いぇ~いっ! 七海ちゃぁ~ん、みってるぅ~~っ⁉」

 

 

 画面の向こうの希咲さんへ向かってやけに鼻につく口調とテンションで呼びかけると、早乙女はジッと弥堂を見る。

 

 

「…………うぇ~い……」

 

 

 白目のまま弥堂が指示通りの台詞を熟すと早乙女は満足げに頷く。

 

 本当はテンションと棒読み具合に不満があったが、これ以上グイグイいくと自分がリアルにダブルピースさせられそうだったので、彼女は忖度をした。

 

 なので彼女は何をしても許してくれそうな方へ続きを振る。

 

 

「ねぇねぇ、まなぴぃーっ? まなぴぃーはぁ、いまぁ、なにをしてるのかなぁ~~っ⁉」

 

「え、えっとぉ~……、まなはぁ~、いまぁ~、びとぉくんにぃ~、だっこされちゃってまぁ~っす」

 

 

 お目めをグルグルさせながらも、よい子の愛苗ちゃんはだぶるぴーすをキメてお友達のお願いをきいた。

 

 

「わぁ~っ! ホントだぁーっ! ズップシだっこされちゃってるねぇ~? でもぉ~、まなぴぃホントにそれだけぇ~?」

 

「え、えっとぉ~、あのね? ななみちゃん……、ごめんね……? ほんとはぁ~抱っこだけじゃなくってぇ……、さっきぃ、びとぉくんにぃ~、プリンを~、『あーん』されちゃいましたぁ~」

 

「えぇーっ⁉ プリンを……っ⁉ いいのぉ~? まなぴぃ~? それって浮気になっちゃわなぁい?」

 

「え、えっとぉ……、ほんとはダメだけどぉ~、ダメなんだけどぉ……、でもぉ、プリンが甘くてぇ~、おいしいからぁ~……、まなぁ、がまんできなかったのぉ……」

 

「そうだったんだぁ~! でもぉ、しかたないよねぇ?」

 

「う、うん……、だってぇ、ななみちゃんがぁ、まなのこと置いてぇ、他の女の子とバカンスに行っちゃうからぁ~……これはしかたないのぉ……」

 

「うわー、ひどい彼氏だねぇ~?」

 

「そ、そうなのぉ……、ななみちゃんが悪いんだからね……? ななみちゃんがまなのこと寂しくさせるから…………、あのね、ののかちゃん? ななみちゃんは悪くないと思うの」

 

「しっ! まなぴぃ、カメラ回ってるから! 今は演技に集中してっ!」

 

 

 途中で素に戻った水無瀬さんが至極当然のことを主張したが、演出家兼ディレクターに叱られて「ご、ごめんなさいっ」と謝ることになった。

 

 

「ちょ、ちょっとののか! アンタ悪ノリしすぎよ!」

 

「シャラップだよ! マホマホ! 撮影中はお静かにっ」

 

 

 そろそろ本気でまずいと判断した日下部さんが早乙女を注意をするが聞く耳を持ってもらえなかった。

 

 動画に映ることを恥ずかしがってか、日下部さんの目元を手で隠しながらもじもじする仕草のせいで、よりイカガワシさが増しているのだが本人に自覚はない。

 

 

「もうっ! ……ねぇ弥堂君? いいの? 好き放題させて。七海が帰ってきたら大変なことに……」

 

「……うぇ~い……」

 

「弥堂君っ⁉」

 

 

 恐る恐る弥堂に進言をしたが、本人はこの状況を乗り切るために著しく自身の知能を低下させていたので、白目の陰気なパリピに成り下がっていた。

 

 その間も撮影は進行している。

 

 

「ねぇねぇ、七海ちゃ~ん? いまぁどんな気持ちぃ~? ショックぅ~? もしかしたら七海ちゃんがぁ、まだ信じてないかもしれないからぁ~、これからぁ、『いいもの』を~、見せてあげるねぇ~?」

 

「や、やだぁ~……」

 

「まなぴぃ、まなぴぃ~? まなぴぃはこれからぁ、なにをされちゃうのかなぁ~?」

 

「え、えっとぉ~、まなはぁ、これからぁ~……、カメラの前でぇ、もう一回びとぉくんにぃ~『あーん』されちゃいまぁ~っす」

 

「えぇっ⁉ なにを⁉ なにを『あーん』されちゃうのぉ~⁉」

 

「あ、あの、プリンを……」

 

「えーっ! プリンをっ⁉ でもでもまなぴぃっ? これ、生だよぉ? 白くてぷるぷるの生プリンだけどぉいいのぉ~?」

 

「だ、だってぇ~、あまくてぇ、ぷるぷるしててぇ、生プリンおいしいんだもぉん……」

 

「そっかぁ~、じゃあ仕方ないよねぇ? ククク……、七海ちゃんはそこで一部始終をよく見て自分の無力さを噛み締めるといいよぉ~っ! ほらまなぴぃ、言ってやって!」

 

「え、えっとぉ……、ななみちゃぁん、よぉく……見ててね……? 今からぁ、まながぁ、浮気生ぷりんでぇ、浮気生あーんされてぇ、美味しくなっちゃうとこぉ~……」

 

「さぁ、男優さん! お願いしますっ!」

 

「……うぇ~い……」

 

 

 台詞が一つしかない主演男優は演出兼ディレクター兼監督の指示に従い、プリンをスプーンで掬う。

 

 

 安っぽい透明なスプーンの上にのせられた、生クリームと練乳たっぷりの白くてぷるぷるな生プリンが水無瀬の唇の隙間へと近づいていく。

 

 

 上唇と下唇との間にできた割れ目にそれの先端が押し入ろうと――

 

 

「――のぉ~、のぉ~、かぁ~~……っ!」

 

 

 ちょうど水無瀬がパクっとスプーンを咥えたのと同時に、横合いからニュッと伸びてきた手が早乙女の顔面をガッと鷲掴みにした。

 

 

「いたいいたいいたいっ! ツメがぁ……っ!」

 

「解釈違いは許さないと言ったでしょう……っ! NTRレですって……? 死にたいのか?」

 

 

 闇堕ちをしたような表情で、学年トップクラスの成績を誇る舞鶴さんはNTRはナシであると、その聡明な頭脳から弾き出された解を意見表明した。

 

 白くてぷるぷるな生プリンをむぐむぐしながら水無瀬は二人をとりなそうとする。

 

 

「さ、小夜子ちゃん……っ! ののかちゃんが可哀想だよ? 離してあげてー」

 

 

 舞鶴はニッコリと水無瀬に微笑みかけると手の力を強めた。

 

 

「ぎゃあぁぁぁーーーっ⁉」

 

「な、なんでぇっ⁉」

 

 

 びっくり仰天する水無瀬さんの耳にボソっと呟くような声が聴こえた。

 

 

「…………おねえちゃん……」

 

「え?」

 

 

 声の主は舞鶴だ。その顔を見上げてみても彼女はただ微笑むばかり。

 

 

「……お、おねえちゃん……? やめてあげて?」

 

「ふふふ、わかったわ」

 

 

 早乙女の顏からパっと手を離した舞鶴はクルっと水無瀬の方を向く。

 

 そして徐に彼女を抱きしめた。

 

 

「大丈夫よ、愛苗ちゃん。お姉ちゃんが守ってあげる」

 

「え、えっと……? ありがとう……?」

 

「一緒の大学に行きましょうね。新歓コンパだろうと合宿だろうと、お姉ちゃんが必ずテニスサークルから守ってみせるわ……っ!」

 

「てにす……?」

 

 

 抱きしめられながら首を傾げる彼女の口はまだモゴモゴしている。お腹いっぱいで中々飲み込めないのだ。

 

 

「小夜子って東大志望じゃなかったっけ……?」

 

「東大……? そんなものもうどうでもいいわ。私は愛苗ちゃんと同じ大学に行くのよ」

 

「えぇ……」

 

 

 日下部さんが友人にドン引きしつつも、進路は真面目に考えた方がいいと説得をしようとすると時計塔の鐘が大音量で鳴る。

 

 始業の時間だ。

 

 

 この鐘がなっている間はうるさ過ぎて会話などまともに出来たものではないので、日下部さんは仕方なく言葉を飲み込み、代わりに溜息を一つ吐いた。

 

 

 鐘が鳴り終わると同時に教室の戸が開く。

 

 

 入室してきたのは担任の木ノ下 遥香だ。

 

 HRをするために教室に入ってきた彼女は弥堂の周辺の光景が目に入るとギョッとする。

 

 

 膝の上には水無瀬が、足元には顔面を押さえて蹲る早乙女が。

 

 週の初っ端のHRから、いきなり自身に大きな試練が課されたことを察した若い担任教師の胃がキリキリと痛んだ。

 

 

「び、弥堂君……。その、どういうつもりですか……?」

 

 

 その問いに弥堂は眉を寄せる。

 

 

「質問の意図がわかりかねますね。もっと具体的に訊いてもらえませんか」

 

「先生もそうしたかったんですが、どう言語化すればいいのかわかりませんでした……っ!」

 

 

 自分の意見も満足に自分で言葉に出来ない無能な大人を心中で見下し、弥堂は彼女から興味を失い仕事の続きをする。

 

 

「ちょ、ちょっと! なにしてるんですか⁉」

 

 

 何事もなかったかのようにスプーンでプリンを掬い、水無瀬の口元へ持っていく弥堂を咎める。

 

 この美景台学園では基本的に校内での菓子類の飲食は禁止だ。

 

 それを教師である自分の目の前で、さらにHRが開始しているにも関わらず堂々と行われ、酷く屈辱を感じた。

 

 

 心折れかけの新米担任教師の彼女だが、その程度のプライドはまだ残っていた。

 

 

「こいつを甘やかす仕事をしています」

 

「はっ……? あっ……? えっ……?」

 

「だから、こいつを甘やかす仕事だ」

 

「えぇと……、甘やかすとは膝にのせてプリンを食べさせることで、それを仕事としてやっていると……?」

 

「他にどう聞こえるんだ」

 

 

 教師である自分に対してかなり失礼な物言いだが、それよりも弥堂の返答が理解不能すぎて木ノ下には気にならなかった。

 

 

「……ですが、お菓子は禁止です」

 

「そうですね。ですが先生。お菓子とは娯楽目的で食する物がお菓子として分類されます」

 

「え……?」

 

 

 数秒考えて自分なりに正論を言ったつもりだったが、それにもすかさず答えが返ってくる。

 言われた内容は意味不明だったが、彼があまりに自信満々に堂々と話すので木ノ下先生は不安になった。

 

 

「これは学業のためのプリンなのでお菓子には分類されません」

 

「あの……、ごめんなさい弥堂君。先生恥ずかしながら学業のためのプリンというものを初めて聞きました。なんですか、それは……?」

 

「ふん」

 

 

 万が一本当に存在している可能性も考慮して木ノ下先生は一応下手に出たが、強気な生徒は露骨に鼻を鳴らし侮蔑の視線を送ってくる。

 

 木ノ下先生の涙腺がゆるんだ。

 

 

「糖分には脳の働きをよくする効果があります。それはご存じで?」

 

「え、えぇ、まぁ……」

 

「つまり、授業を受ける前に糖分をしっかりと補給しておけば頭の回転が早くなり、勉強が効率化されるというわけです」

 

「えぇ……?」

 

「要するに、頭の悪い者は糖分でも摂っておけば多少は頭が回るようになってマシになるんじゃないか、ということですね」

 

「あの……、それは遠回しに水無瀬さんの頭が悪いって言ってます?」

 

「それは先生の受け取り方次第ですね」

 

「言っておきますが、水無瀬さんは別に成績悪くないですからね?」

 

「そうですか。では引き続き成績を向上させましょう」

 

 

 ぞんざいに先生との会話を打ち切って弥堂は再び水無瀬の口にスプーンを近づける。

 

 しかし、水無瀬さんはイヤイヤをした。

 

 

「どうした?」

 

「あのね? もうお腹いっぱいなの……」

 

「そうか」

 

「というか、今更なんだけど、こんなにいっぱいお菓子もらっちゃって悪いよぅ」

 

「気にするな。経費で落ちる」

 

「そうなんだ。でも、ごめんね? お昼にちゃんと残り食べるから……」

 

「それは不衛生だな……いや、待て――」

 

 

 水無瀬に答えながら弥堂の目線はヨロヨロと起き上がった早乙女に向けられた。

 

 

「――いたた……、でも、うふふふぅ……、これをバッチリ編集して……」

 

「――おい早乙女。ちょっとこっちに来い」

 

「え? なに? 弥堂く――むぐぅっ⁉」

 

 

 野崎さんに預けていたスマホを回収している早乙女に声をかけ、彼女がノコノコと近寄ってきた瞬間顔面をガッと掴む。

 

 そして親指と人差し指で早乙女の頬を挟んで無理矢理口をあけさせ、その口にプリンの容器をガッと捻じ込んだ。

 

 

「――いひゃまふぃおっ⁉」

 

 

 よくわからない奇声をあげる彼女を無視して、シームレスに容器の底に付いているツメを折り、白くてぷるぷるの生プリンを喉奥に直接流し込んだ。

 

 

「んーーっ⁉ んぅーーーーっ!」

 

「駄目だ。全部飲み込め。零すなよ」

 

 

 ジロリと冷酷な眼を見上げながら、早乙女は「んくっ……んくっ……」と喉を鳴らす。

 

 弥堂が手を離すと彼女は口をあけて空っぽになった咥内を見せてくる。

 

 

「けほっ……けほ、うえぇ~、あまぁ~い……」

 

「なんの真似だ?」

 

「えっ? 一応礼儀として見せた方がいいかなって?」

 

「……?」

 

「はいはい。席に着くよー」

 

 

 意味が分からないと弥堂は怪訝な顔をするが、日下部さんが早乙女の首根っこを掴んで回収していってしまったので、その真意について詳細に説明されることはなかった。意味はこれからもわからないままである。

 

 

「さ、早乙女さんっ! 大丈夫ですかっ⁉」

 

「あー、だいじょうぶです。この子は糖分入れた方がいいんで。少しはマシになったと思います」

「ちょっとマホマホっ? それはののかがバカだって言われてるように誤解されちゃうよ?」

「誤解じゃないし。直でバカだって言ってるのよ」

「ひどいよ!」

「あ、先生。今日の騒ぎは7割この子のせいです」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 あまり事態を理解出来ていなかったが、日下部さんのやたらとやさぐれた態度の圧に負け、木ノ下先生はそれ以上の追及ができなかった。

 

 

 ズルズルと引きずられる早乙女の口の端には、白くてぷるぷるの欠片がこびり付いている。

 

 それを見た何名かの男子生徒が両手を綺麗に両膝の上に揃えつつも、着席しながら不自然に前傾姿勢となった。

 

 

 ようやく全ての生徒が席に着いた形になるが、木ノ下先生としてはもう一つ問題が残っている。

 

 チラリと弥堂の膝の上にのった水無瀬へ視線を向ける。

 

 

 正直もう触れたくはないが、教師としてそうもいかないと逡巡していると――

 

 

「遥香ちゃん、もういいだろ」

「おぉ、全部ツッコんでたらキリねえよ」

 

 

 鮫島くんと須藤くんから声をかけられる。

 

 

「いちいち付き合ってたら身がもたねえって」

「そうそう。今週始まったばっかだぜ? ボチボチやってこうって」

 

「うぅ……そうでしょうか……?」

 

「あぁ。遥香ちゃんは頑張ってるって」

「また一限目のセンセ来ちまうぜ?」

 

「そう、ですね…………でも、うぅ……」

 

 

 不良の男子生徒にメンタルケアをされた若い教師は迷う。

 

 すると――

 

 

「起立っ!」

 

「えっ⁉」

 

 

 ガタタっと教室中の生徒が立ち上がる。

 

 号令をかけたのは目の下に大きな隈を作った学級委員の野崎さんだ。

 

 

「気をつけ! 礼っ!」

 

『おはようございますっ!』

 

 

 木ノ下の意志を他所に、一週間の始まりを告げる朝の挨拶がされてしまった。

 

 

「…………」

 

 

 木ノ下はオロオロとしながら生徒さんたちの顔を見回し、そしてその視線は水無瀬をお姫様抱っこする弥堂のところで止まった。

 

 

「…………おはよう、ございます……」

 

「着席っ!」

 

 

 教師が空気を読むと同時に再びガタタっと音を立てて生徒たちは着席した。

 

 

 こうして今週も地獄のような空気で2年B組の一週間は開始された。

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