俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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序章13 弱さと書かれた免罪符 ②

 

『過保護』。

 

 自分でも十二分に自覚はある。自身の親友に対して。水無瀬 愛苗(みなせ まな)に対して希咲 七海は過保護だ。目の前のこの神経を逆撫でする男の言ったとおりに、守っても守っても足りないくらいの想いで。

 

 だから。

 

『過保護』な自分は法廷院の言う、希咲 七海が過保護になっているという対象がもしも水無瀬 愛苗のことを示唆しているのであれば、彼女に対して彼らが悪意を持っているのか、もしくは何か行動を起こすつもりがあるのか、それを確かめずにはもはやこの場を一歩も動くわけにはいかないし、彼らを動かすわけにもいかない。

 

 

「許されたいってんなら、無理やりがイヤだってんなら、ちゃんと答えることね。女一人が相手だからってナメんじゃないわよ」

 

「おぉ、これは怖い。怖いから弱いボクは言われたとおりに喋ってしまおうじゃないか。喋るとも。でもさ、希咲 七海さん――」

 

「なによ?」

 

「キミ、ホントに出来るのかい? 無理やりなんて。おっと、キミにその実力があるのか?って聞いてんじゃあないぜぇ? このボクら相手にそんな『ひどいこと』を、キミには出来るのかなぁ?」

 

「…………」

 

 

 言葉に詰まる。

 

 

 そう、先に挙げた希咲が感じている『やりづらさ』がまさにそれであった。

 

 

 いつものような不良連中を相手にしている場合、このような言葉の応酬はそう長くは続かず、もっと早い段階で短気な相手が実力行使をしてきて、それをハイキック一発で沈める。いつもであれば、それでもうとっくに終わっている。

 

 

 だが、この連中は毛色が違う。

 

 間違いなくこちらにとって害となる行為をされているのだが、かと言って暴力に訴えてくるわけではない。

 

 自分から暴力を仕掛けることを、希咲は自分自身に絶対的なタブーとして禁じているわけではないのだが、ただこの連中相手にそれを――というと、何というか、そう。

 

――憚れる、のだ。

 

 

 取り囲んでわけのわからないことを言ってくるだけで、襲いかかってくるわけではない。こちらから仕掛けるにも、いつもの不良連中と違って彼らは弱そうだ。もっと言ってしまえば普通の生徒の中でも、さらに暴力などとは無縁な弱そうな部類に見える。弱すぎる。

 気の弱そうな太った男。陰気そうな普通の男。大人しそうな地味な女子生徒。まして先程から話している法廷院と名乗った彼は車椅子だ。

 

 憚れる。こういう彼らに、こんな彼らに暴力を振るうのは憚れる。『やってはいけない』と、そう思ってしまう。感じてしまう。

 

 これが希咲が踏み出せない要因であり、先程法廷院が指摘した『キミにやれるのか?』という言葉の指す意味なのだろう。そうであるなら正しく――

 

(――やりづらいっ)

 

 表情には出さぬように歯を噛み締めると、その血色のよい唇の形が僅かに歪んだ。

 

 

 チラリと車椅子の後ろに居る男に目を遣る。

 彼らの中では一人だけ異質で、体格もよく雰囲気もある、おそらく何かしら『やってる』男。

 

(こいつを用心棒みたいにしてて、その後ろに隠れてイキってんのかと思ったけど……)

 

 むしろその男は車椅子に座った法廷院 擁護(ほうていいん まもる)の背後で黙して動かない。

 

(いっそ、そいつをけしかけてくれた方が楽なのに――だけど……)

 

 

 いくらやりづらくても、いくら憚れても。

 水無瀬 愛苗(みなせ まな)に危険が及ぶのならば、その可能性があるのならば――

 

 それが必要なことで、自分に出来ることであるのならば――

 

 

(あたしはどんなことでもやってや――)

「――悪かったよ」

 

 

 思考を切られる。

 

 ある種の覚悟を決めようと、行動に踏み出そうとしたところで、結論を下そうとする直前に切られた。

 

 

「いや、希咲 七海(きさき ななみ)さん。悪かったよ。ボクの悪い癖だ。調子にのった。余計なことを言った。すまなかった、許して欲しい」

 

 

 それは。その謝罪の言葉は先程のような揶揄するような口調でもなく、また恐れ媚び諂うようなものでもなく、本当に心からの謝罪のように聞こえた。そう感じた自分に違和感しかなかったが、だが希咲はそのように感じた。

 

 

「いや、ね。今回は違うんだ。ボクたちはキミにだけ会いにきた。キミ自身に用があるんだよ。キミが思い浮かべたその人は一切関係ないし、その人に何かしようなんて心づもりはこれっぽっちもないよ。どうか信じてほしい」

 

「…………」

 

 そう言って、車椅子の上で頭を下げるその男に希咲はまた先程とは別のやりづらさを感じる。

 

(本当のことを言ってるようには感じる。感じてしまう……だけど、だからって『はい、そうですか』ってわけにもいかない……ホント『ヤなヤツ』ね、こいつ……)

 

 

「じゃあ結局なんなわけ? 気付いてる? 最初の質問に戻ってるの」

 

「おやぁ? それにはきっちりお答えしたと思ったんだがねぇ」

 

 元の態度に戻りまた口元にニヤついた笑みを張り付けて喋る法廷院に苛立ちが募る。

 

「あの、さ。あんたコミュ障? 『なんなの』って聞いたけど別にあんた達が『何か』とか、あんたの名前が『何か』とか訊いてんじゃないの。『何か用? 用がないなら邪魔だからどけ』っつってんのよ。そんなのも汲み取れないから会話能力が低いって言ってんの。ねぇ――あんた達モテないでしょ」

 

「おぉっとぉ、これは辛辣だねぇ。でもねぇ事実でも言ってい――「――うるせぇんだよクソビッチが」――おやぁ?」

 

 

 ハンっと鼻を鳴らして嘲る希咲に法廷院が言葉を返す途中で、ぼそっと呟きが漏れるように言葉が挿しこまれる。

 

「は?」

 

 自分に投げかけられたであろう罵り言葉を聞き咎め、希咲はその声の方へと攻撃的な視線を向ける。

 

 視線の先は図書館へと続く通路、その道を阻んでいた普通そうに見える陰気な男から聴こえた声だった。その男子生徒は自身の右手で左腕の肘から肩までを擦るようにしながら、落ち着きなく手を動かし、視線は希咲とは合わせずに俯き加減にギョロギョロと泳がせる。

 挙動不審で怯えるような態度でいながら、しかしその口からはボソボソと言葉が漏れ続けている。

 

「――うるさいんだよ、低能のくせに、ギャルなんてどうせ目立つだけで男に媚びるだけで何にもできないくせに、ちょっと見た目がよくてちょっと周りからちやほやされてるからって勘違いして調子にのりやがって、どうせみんなお前の身体目当てなだけなのにそんなこともわからないで気分よく持ち上げられてるだけのクソビッチが、若くてかわいいだけのお前の長所なんて時間とともに全て失われるんだ、その時になって後悔するがいいさ、その点僕は違う、人生という長期に渡るプロジェクトをマクロな視点で見下ろせる僕は、ミクロ視点でしか生きられない刹那的なお前らとは違うんだ、今に見てろ、今に見てろ、資金を集めて投資して金を増やすんだ、やがては企業してシンガポールに移住して誰にも国家にすら囚われずに完全なる自由な存在になるんだ、その時になって泣きついてきたって僕は絶対にお前らを許さ――」

 

「あのさ、キョロキョロしながらボソボソ言ってないでこっち見て喋ったら? そういうとこがモテないって言ってん――」

 

「――哂うなあぁぁぁっ‼ 僕を哂うなっ! ちくしょう! バカのくせに! ギャルのくせに偉そうに見下して僕を哂うな‼」

 

 再度、鼻で嘲笑ってやろうとしたところで突如その男子生徒が大声を上げる。血走った目を向けてきて、会ったことも話したこともない男が憎しみをぶつけてくる。

 

 

「な、なによ突然。勝手に人のこと決めつけてわけわかんないこ――」

 

 言葉は最後まで続けられず、今度はバリボリ、バリボリと右側――体育館へと続く通路の方から聞こえてくる異音に止められる。

 

 そちらに視線が吸い寄せられる。

 

 

 視線を変えた先の体育館への進路を阻んでいたのは気の弱そうな太った男子生徒だ。彼もまた様子が豹変している。

 

 どこから取り出したのかはわからないが、片手で複数のスナック菓子の袋を抱え、もう片方の手をその袋に突っ込み、掌いっぱいに鷲掴みしたスナックを一心不乱に貪り続けている。

 荒い息、血走った目、そこから流れる涙。

 

 悍ましかった。

 

 

 希咲 七海は異様に過ぎる彼らを、その様子を悍ましいと思った。

 

「な……なんなの……あんたたち……」

 

 

 その言葉に彼らは答えない。

 答えず菓子を口いっぱいに頬張り、噛み砕き、飲み込み続ける。

 先の陰気な男はもうこちらを見ていない。視線を忙しなく彷徨わせ手の爪を噛んでいる。

 

「おやおや、これはすまないねぇ。ボクの同志たちが失礼をしたよ。どうか彼らの不作法を許してあげてほしい」

 

 その言葉には答えず、希咲は再び口を開いた車椅子の男――法廷院へと目線を戻す。

 

「ついでだし紹介しようかぁ。彼――そこでポテチョを食べてるふくよかな彼は本田君だぁ。彼は過食症でね。強いストレスを受けると食べずにはいられなくなるんだ。とても繊細で弱いんだよぉ。だから許してほしい。だってそうだろぉ? 彼は『かわいそう』じゃないかぁ」

 

 広げた掌を向けて紹介された本田へとチラリと目だけを向けた。

 

「そして、そっちの彼は西野君だ。彼は頭のいい男でねぇ。しかもそんな自分に胡坐をかくことなく常にアンテナを張って様々なものから知識を取り入れようと努力している立派な人なんだぁ。自己啓発本とかいっぱい読んでるんだ。すごいだろぉ? でもね、かわいそうなことにそんな彼も人から理解されづらくてね。ある日クラスの心ない連中に――あ、所謂カースト上位? とかって連中さぁ。読んでる本を取り上げられてね、クラス中で笑いものにされたそうだよ。それ以来こんな調子になっちゃってさ。笑われることが我慢ならないんだぁ。心が痛まないかい? ボクは自分のことのように痛いし、怒りに震えて涙が止まらないよぉ。だから彼の暴言を許してあげてくれ。彼は許されるべきだ。だってそうだろぉ? 彼はとぉっても『つらい経験』をしたんだから」

 

 紹介された西野はやはりこちらには目を向けず爪を噛んだまま譫言のように恨み言を漏らしている。

 

 希咲も彼から目を背けた。何が起爆スイッチになるかわからないような地雷原に踏み込みたくなかったからである。

 

 

「……それで? だから結局なんなわけ? あんたたちがつらい思いしてかわいそうだったとして、それであたしに何の用なの? あんたたちのそれはあたしのせいじゃないでしょっ」

 

「おいおい、自分のせいじゃない。だから彼らが傷ついていようが自分には関係ない。まさかそぉんな『ひどいこと』を言うのかい?」

 

「そこまで言ってないでしょ! だけど――「なぁ~んてねっ」――は?」

 

「冗談だよ。いやあながち冗談でもないんだけれど、でも今回はそうだね。キミの言う通りだ。それで納得をしようじゃないか。涙を飲もうじゃあないかぁ」

 

「……だったら……じゃあ、一体なんだってのよっ!」

 

 短絡的な人間は嫌いだった。だが、かと言ってそれとは真逆でもここまで迂遠な人間も初めてだった。気が付いたらもはや苛立ちも怒りも隠そうともすることが出来なくなっていた。

 

「ククク……そう、そこの本田君も西野君もキミに何かされた被害者なんかじゃあない。縁も所縁もない赤の他人さぁ。もちろん後ろの高杉君もこのボクもね。まぁ、ボクなんかは今は他人だけどキミとは同志になれると思ってはいるんだがね。だってそうだろぉ? 弱者と弱者はわかりあえるんだぁ。弱いか弱い希咲 七海さぁん」

 

「お断りよ! でも、じゃあ、おかしいじゃない。それだったらあたしに用なんかないはずでしょ!」

 

「おいおいおいおい、ひどいなぁ。この場にはもう一人いるだろぉ? 無視するなんてそんなの『ひどい』じゃあないかぁ。だってそうだろぉ? それは『いじめ』だぜぇ?」

 

「もう一人……」

 

「そう。さっきも言ったけど、ボクはキミとは同志になれると思ってるんだぁ。でもね希咲さん。ボクの同志がね、言うんだぁ。キミは疑わしいって」

 

「なによ、疑わしいって」

 

「いやね、希咲さん。希咲 七海さん。キミがね、弱者ではないんじゃないかって、同志が――『彼女』が言うんだ。キミは持ってる者なんじゃないかって。それというのもね、希咲さん」

 

 そう言って法廷院はカクンと首を横に大きく傾けた。

 

 首を大袈裟に傾げたまま、そのギラついた目でこちらの顏を覗き込むようにして睨めあげてくる。

 

 

「ねぇ、希咲さん。キミってかわいいよね?」

 

「は?」

 

「でもそれってさ、強いってことなんじゃあないのかな?」

 

「あんた何を言って――」

 

「続きは彼女の口から語ってもらおうかぁ。本人の、被害者の口から直接ね。ねぇ、同志――白井さん?」

 

「はい」

 

 

 返事をして、これまで一切喋らず横に控えていた女子生徒が歩み出る。

 

 大人しそうな子、地味な子、目立たなそうな女の子。希咲はやはりこの女生徒にも見覚えがなかった。

 

 

 白井と呼ばれたその女は車椅子の、法廷院の前に立ち希咲と対峙する。

 

 

「希咲 七海。あなたを絶対に許さない――」

 

 

 彼女は希咲 七海にそう宣戦布告した。

 

 

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