俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章31 風紀委員会 ⑤

 

「五清さん。あまり大きな声を出さないでください」

 

 

 五清 潔は生粋の風紀委員である。

 

 

 父は警察官、母は裁判官。

 

 正義と規律の家で生まれ育った彼女は純血の風紀委員と謂える。

 

 

 小学校・中学校と当然のように風紀委員として、学校内の平和と安全を守りみんなが快適に暮らせるようにと頑張ってきた。

 

 魂の設計図にそう書き込まれているかのように、風紀委員であることが身体と魂に馴染んでいる。

 

 

 野崎 楓が学級委員の中の学級委員であるように、五清 潔もまた風紀委員の中の風紀委員であるということになる。

 

 そんな風紀委員としてのエリート街道を歩んでいた彼女は、高校に入学後も当然のことのように風紀委員に立候補をし選出された。

 

 

 これからの3年間もしっかりと真面目に勤め上げようと、そうすることで輝かしく素晴らしい高校生活をみんなと送れるはずだと、彼女はそう考え意気込んでいた。

 

 各クラスから選出された風紀委員の寄り合いとなる風紀委員会の、自身初となるその会議に参加するまでは。

 

 

 そこに待ち受けていたのが、この世の巨悪とさえ思えてしまうほどのクズどもである。

 

 

 五清は筧を睨みつけた。

 

 

 最初はまだよかった。

 

 お子様風紀委員長には面食らったが、しかし彼女は別に悪人ではない。むしろとってもいい子だ。

 

 

 おかしくなり始めたのは、2・3ヶ月が過ぎた頃。

 

 突然それまで書記を務めていた上級生がよくわからない理由で失脚したのだ。その跡を継いだのが筧 惣十郎という、当時の五清と同じく一年生の男子である。

 

 そこからの崩壊は早かった。

 

 

 天才児のはずの委員長は日増しに年相応を下回る勢いでアホの子になっていき、元々役職に就いていた先輩たちは、『これからは若い力と風を積極的に取り入れてフレッシュな改革が必要だから』だのと、よくわからないフワフワした理由で委員長以外の役職者が次々とその座を退かされた。

 

 そして風紀委員会は筧に乗っ取られた。

 

 

 空いたポストには当時の一年生から選出されるということだったので、死ぬ気で頑張ってどうにか副委員長の座だけは自分が押さえることが出来た。

 

 

 そして崩壊と腐敗は、去年の秋ごろに一人の男が中途で風紀委員会に入ってきたことで決定的なものとなった。

 

 

 続いて、五清は弥堂を睨みつける。

 

 

 それまでは訳のわからない理屈を用いて風紀委員の影響力を多少増した程度だったが、この弥堂 優輝が風紀委員となったことで、強力な武力までをも所有してしまったのだ。

 

 

 そうなってからは早かった。

 

 不良生徒だけではなく一般生徒にまで暴力を背景に横暴に振舞い、従わない者には意味不明な懲罰を課す。

 

 今では風紀委員といえば、学園内でもトップクラスの素行の悪さに加え、街でも名の知れているような不良グループと並んで『イカレている集団』という評価になってしまっている。

 

 一般生徒から、まるで弾圧をしている軍隊へ向けるような目で見られてしまうなんてことは、五清のこれまでの人生で経験のなかったことで思わず吐きそうになった。

 

 

 極めつけは真偽の怪しい罪状を持って片っ端から色んな部活に殴り込みにいって、そのほとんどを廃部に追い込んでしまったことだ。

 

 確かに部活動を建前に不良の溜まり場になっていたのは確かだし、割り振られた予算の使い方に疑問があったのも確かだ。

 

 

 結果的には不正を正したと謂えなくもないが、だからって『でっちあげ』のような真似をするのは如何なものかと五清は心を痛めていた。

 

 

 さらに、今季増額した風紀委員会の予算の一部は、廃部に追い込んだ部活にいくはずだった予算の浮いた分が回ってきているのではという話を聞いた時には思わず吐いた。

 

 

 そんなわけで、エリート風紀委員の五清 潔にとって、この弥堂 優輝と筧 惣十郎という男たちは、不倶戴天の敵なのであった。

 

 

「……大きい声を出させてるのは、アナタたちでしょう……っ⁉」

 

 

 罪を憎んで人を憎まず。

 

 そう両親に教わって育ってきた彼女は生まれて初めて人間に対して抱いたかもしれない敵意をのせて、二人のクズ男へ視線を向ける。

 

 

「はて、そんなこと頼みましたっけ……? まぁ、いいです。では、話は終わりですね?」

 

「終わってないわよ!」

 

「……まだなにかあるんですか?」

 

「まだも何も、今までの話が何も解決してないじゃない」

 

「解決はしているのですよ。そもそも決定事項ですからね? どうして決議の場で異議を唱えずに、いつもいつも後になってから文句をつけるんですか? みんなも迷惑してますよ」

 

「どうして、ですって……っ⁉ どの口がっ!」

 

 

 バンっと強く机を叩く。

 

 どうやら感情が昂るとそうしてしまう癖があるようだ。ここ1年ほどで出来た癖だ。

 

 

「道草の規制に関する決議をとる会議の日……っ! 会議室へ向かう私の前で堂々と校則違反をしてはこれ見よがしに逃げていく連中が次から次へと現れたわ……! 会議が終わるまでの間ずっとね……!」

 

「それはそれは、取り締まりご苦労さまでした。ですが、時間は時間、決定は決定、ですので……」

 

「絶対にアナタたちの差し金でしょっ⁉ 昇降口の階段で堂々とスカートの中を盗撮しようとしてたヤツは弥堂に脅されたって言ってたわよっ!」

 

「それは酷い言い掛かりだ。ねえ? 弥堂君?」

 

「心が痛むな」

 

「ほら、かわいそうに。ね? 委員長?」

 

「びとぅー、落ち込むな? ノエルのお菓子いっこあげるから。な?」

 

「恐縮です」

 

「あぁ、ノエたんはなんて優しいんでしょうか!」

 

「うんっ、ノエルは天才だからな! 頭の悪いヤツらの面倒を見るギムがあるんだ!」

 

「さすがです、委員長っ! では、この流れで今週の『がんばり考課』に移りましょうかね。みなさん『よいこのスタンプカード』を出して――」

 

「――だから勝手に終わらせようとするんじゃないわよ!」

 

 

 バンバンっと机を叩いて五清さんは怒り狂う。いつもこうやって都合の悪い話を幼女のほっこりパワーで誤魔化されるのだ。

 

 

「何を言われようと一度決定したことは覆りません。もう生徒会や先生方の許可も下りています。それを今更『やっぱりやめまぁ~す』なんてことは無理ですよ。わかりますよね?」

 

「……そうね。わかったわ」

 

「……?」

 

 

 ここに来て突然聞き分けのよくなった五清に筧は眉を顰める。

 

 

「わかったわ。そこに関しては私も理解をして譲ります。ですが、その代わり私の要望も聞いてもらいます」

 

「……とりあえず聞きましょうか」

 

「私にも街に出る許可をください」

 

「なんですって?」

 

 

 筧の反応から、彼の予想外のところを突くことが出来たと手応えを感じる。

 

 

「弥堂だけが特別だなんておかしいわ。それに、彼一人じゃ範囲が広すぎて手が回らないのも事実でしょう?」

 

「……何が狙いです?」

 

「フン、面の皮が剥がれかけてるわよ。私の狙いはいつだって同じよ。罪もない一般生徒を守ることよ」

 

「それは学園内でやってください。今回は学園の外は弥堂君に任せればいい。分業するだけのことじゃないですか」

 

「そういうのいらないのよ。どうせそいつを街に放ってまた好き放題に何か悪ささせるんでしょ⁉ そうはさせないわ!」

 

「そんなバカな。僕たちは風紀委員ですよ? そんなことをするわけがない」

 

「だったら私が同行しても問題はないはずよ」

 

「やれやれ……、五清さん。アナタは本当に困った人だ……」

 

 

 筧の野暮ったい黒縁眼鏡の奥がギラリと光る。しかし五清さんも一歩も退かない。

 

 

 これまでは不良生徒や校則違反者から一般生徒を守るという使命感で風紀委員をやってきた彼女は、今や風紀委員から一般生徒を守る風紀委員の使命に燃えるようになっていた。

 

 

「そうは言いましても、実際アナタに現場で何ができるんです? ここは専門家の意見を伺いましょう。弥堂君、お願いします」

 

「はっ」

 

 

 キビキビとした動作で弥堂は立ち上がる。

 

 

「率直に申し上げて無理でしょう。理由はいくつかあります」

 

「聞きましょう」

 

「まず単純に彼女ではフィジカルが不足しています。野外活動には耐えられないでしょう」

 

「どうしてよ! 普通に街に出て声掛けするだけなのに、どれだけ身体能力が要求されるのよ!」

 

「そして次に――五清、お前に聞くが」

 

「なによっ!」

 

「街に出て不意に腹に銃弾を撃ち込まれた時の対策はしているか?」

 

「してるわけないでしょっ⁉」

 

「では、突然背中を刃物で刺された時の訓練は?」

 

「どこで受けるのよ、そんな訓練!」

 

 

 ほぼ即答で「No」と怒鳴り返してくる女に弥堂は呆れて嘆息する。

 

 

「話になりませんね。その程度では街では生き残れない」

 

「そんなわけないでしょう! ここは日本よっ!」

 

 

 肩を竦め、相手を見限った弥堂は発言をやめて着席をして口を閉ざした。

 

 

「聞いてのとおりです。五清さん。諦めなさい。実力不足です」

 

「普段から暮してる街を歩くだけのことに、なんの実力が必要だって言うのよっ!」

 

「これはアナタの安全のためを思っての判断です。素人の出る幕はありません。ここはプロに任せましょう」

 

「ふざけるのもいい加減にしてっ!」

 

 

 怒り心頭の様子の五清を不安げに見つめながら、ノエル委員長が口を開く。

 

 

「そ、そーじゅーろー? なんでいすみを仲間外れにするんだ……? 可哀そうだから仲間に入れてやろうよ? いすみはコワイけどとってもマジメだぞ……?」

 

 

 心の底から五清を慮っての発言だったが、五清さんの口の端はビキッと吊り上がった。

 

 

「委員長。これはですね、五清さんが危険な目にあわないようにと、弥堂君が心配しての判断なんです」

 

「なーんだ、そうだったのか! イジメかと思ってドキドキしちゃったぞ! びとぅーはやさしいもんな!」

 

「恐縮です」

 

「まぁ、そういうわけです、五清さん。他の方も特に反対はしていないことですし、どうか今回は聞き分けてください。どうしても納得がいかないのなら、弥堂君の言った必須訓練を受けてから、また別の機会にでも志願してください……、フフフ……、ククッ…………、フハハハハハハハっ!」

 

「……あ、あのっ。私も……反対です……っ」

 

 

 堪え切れずといった風に筧が高笑いをあげていると、そんな控えめな声があがる。発言をしたのはオドオドとした様子の女生徒だ。

 

 筧の高笑いが止まりその目が細められる。

 

 

(――きたっ!)

 

 

 それとは正反対に五清さんはほくそ笑んだ。

 

 

 さらに続いて――

 

 

「――あのっ! ボクもっ! ボクも反対です!」

「私もっ!」

「もう他の生徒に人殺しを見るような目を向けられるのはイヤなんだっ……!」

「私も……っ! プライベートな話題の時に自然と友達からハブられるのはもう耐えられないの……っ!」

 

 

 続々と反対の意を唱える言葉が上がる。

 

 

 この者たちはわずかに残った一般的な常識と倫理観を持った委員たちだ。

 

 気が強い性質の者たちではないので普段は筧や弥堂に消極的に迎合している。

 

 

 その彼らや彼女らを根気強く説得し、会議の場で自分に合わせて声を上げてもらえるように準備をしていたのだ。

 

 あくまでも合法的に平和的な手段で民主的に委員会の内部を正そうと、まじめな五清さんはまっすぐに頑張っていた。

 

 

 悪の幹部たちへ不退転の覚悟を向ける。

 

 

「……アナタたち、どういうつもりですか……?」

 

 

 微笑みを浮かべながら静かに問う筧の目は笑っていない。

 

 五清派の委員たちは途端に勢いを失う。

 

 

「恫喝はやめなさい。きちんとルールに則って論理的に正しさを決めるべきよ」

 

「恫喝? いつ僕がそんなことを? でっちあげはやめて下さい。論理的な正しさが聞いて呆れる。ねぇ? 弥堂君?」

 

「心が痛むな」

 

「どの口が……っ!」

 

 

 あくまで余裕の態度を崩さない彼らに歯噛みをするが、彼女にとってもここが勝負所だ。引き下がるわけにはいかない。

 

 

「生徒を過剰に弾圧するアナタたちのやり方に反対する者は私ひとりだけじゃないわ。これだけの人数が納得をしていないのに強行なんて許されるわけがないでしょう」

 

「……ひとりじゃない、ねぇ……」

 

 

 つまらなさそうな顔をしながら、筧は反対派の顔を順に見回す。反乱分子の顔を覚えるためだ。

 

 

「本当にアナタたちそれぞれ考えたことなんですか? 五清さんに言わされてませんか?」

 

「失礼なことを言わないで。これが本来の一般常識よ」

 

「ククク……、わかってませんねぇ……」

 

「……なにを」

 

 

 不気味に笑う筧に怪訝な顔を向ける。

 

 

「『無理矢理言わされた。本意ではない』、今ならそういうことにしてあげますと、僕はそう言っているんですよ?」

 

 

 筧のその言葉に俄かにざわつく。

 

 

 反対派の者たちは不安そうにお互いの顔色を伺った。

 

 

 誰かが裏切るのでは。

 

 そしてそれを疑う者ばかりではなく、誰かが先陣を切ってくれればその後追いが出来るのにと、不意にそう考えてしまった者もいる。

 

 所詮は意志弱き者たちだ。

 

 

「筧っ! アナタ……、卑怯者っ!」

 

「フフフ……、なんのことでしょうね。では、こうしましょう」

 

「……?」

 

「今この場で僅かな言葉で説明しただけで僕たちの真意をわかってもらうのは難しいでしょう。なので、きっちりみっちりとソレを伝えるために特別な研修を設けます」

 

「研修……、ですって?」

 

 

 場に不穏な空気が立ち込める。

 

 

「えぇ。研修です。インストラクターは弥堂君にお願いしましょう。風紀委員に相応しいタフさとは何なのか、それを身体で理解してもらいましょう。安心して下さい。置いて行かれる者が出ないよう、彼がマンツーマンで指導を行います。ねぇ? 弥堂君?」

 

「その通りだ。安心しろ。研修の合格率は100%だ。出来るか死ぬか、だからな。不合格者は出ない構造になっている。お前らのようなグズでも一端の死兵に仕上げてやる」

 

 

 これまで言葉少なに座っていた男に鋭い眼光を向けられ、その目つきが到底人に安心を齎すような類のものではなかったため、反対派の者たちは震え上がった。

 

 

 そして――

 

 

「――あ、あのっ、僕は大丈夫です! 十分わかってます!」

「私も……!」

「……すいません、五清さん……」

「いやっ……、いやぁ……っ! 妊娠はいやなのぉっ……!」

 

 

 彼らはあっさりと屈した。

 

 

 五清さんはゴーンっとショックを受ける。

 

 

 そしてガクッと首を垂れた。

 

 おかしい。正義は勝つってお父さんもお母さんも言ってたのにと、自己の根幹が大きく揺らぐ。

 

 今のご時世、こんな原始的な脅迫が罷り通るはずがないのにと、きっと自分に何かミスがあったのだと自己防衛本能から反省モードに入る。

 

 

 そうしている間に会議は決定が下され、今週も五清さんは敗北をした。

 

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