俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章35 fatal error ➁

 

「うん、わかったぁ。急いで帰るねっ」

 

 

 相手からの言葉を待ってからスマホの画面上で指を横にスワイプして通話を切る。

 

 

「ママさん、なんて?」

 

 

 いそいそとスクールバッグにスマホを仕舞っていると、パートナー兼家族兼友達の黒猫が声を掛けてくる。

 

 水無瀬 愛苗(みなせ まな)は足元の方へを目線を向けた。

 

 

「急がなくていいから車に気を付けてゆっくり帰っておいでーって。あとね、マヨネーズ買ってきてって」

 

「こないだ買ったばっかじゃなかったッスか?」

 

「えっとね……、前のはメロちゃんが冷蔵庫開けて全部チュッチュしちゃったから……」

 

「あぁっ! そういえばそうッスね! ジブンたまにマヨをチュッチュしたい衝動を抑えきれなくなるッス! ニンゲンはなんて恐ろしいモノを生み出してしまったんスか……」

 

「あんまりいっぱいチュッチュしたらネコさんにもよくないと思うの。帰ったらネコさん用のチュッチュあげるね?」

 

「うぇ~いっ! やったッス!」

 

 

 少し前まで戦場であった中美景公園からの帰り道。

 

 二人は美景川沿いの土手のふもとの国道沿いの歩道を並んで歩いている。

 

 この川の向こう岸の新興住宅地内にある『amore fiore』という花屋が彼女らの自宅となるため、現在はそこを目指している。

 

 

「マヨ買うだけなら橋の向こうのコンビニでいいッスね」

 

「うん、通り道だね」

 

「へへっ、ちょうどよかったッス。あのコンビニに棲みついてる野良猫から今月分のミカジメ料をまだ貰ってなかったッス。ついでに回収するッス」

 

「みかじめ……?」

 

「うむッス。たまに他の野良がナワバリ荒らしに来た時に助けてやってるッス。その代わり定期的に上納品を納めさせてるって仕組みッス。要はサブスクッスね!」

 

「わぁ。ネコさんもサブスクするんだぁ」

 

「ネコさんといえど、時代の流れには逆らえないッス」

 

 

 なんでもない話をしながら帰路に着く。

 

 

 メロは隣を歩くパートナーの少女をチラリと横目で見上げ、別の話題を振る。

 

 ゆらりと黒いしっぽが揺れた。

 

 

「そういえば、今日のマナはスゴかったッスね! プリメロみたいでカッコよかったッス! ゴミクズーのヤツをチンチンにしてやったッス!」

 

「うん……でも……」

 

 

 実際に今日の水無瀬は大活躍だった。

 

 今までにないほどに力が湧いて、今までは出来なかったことが出来るようになった。これまでの彼女の魔法少女キャリアの中でのベストバウトであったことは間違いがない。

 

 しかし、当の本人はどこか浮かない様子でそっと地面に目線を落とした。

 

 

「……あんまり嬉しそうじゃないッスね? 少年のことっスか?」

 

「うん……」

 

 

 水無瀬は別れ際の弥堂 優輝(びとう ゆうき)の様子が気に掛かっていた。自身の挙げた戦果や魔法の上達に対する歓びなど何処かへかき消えてしまうほどに。

 

 

「私、なにかヒドイこと言っちゃったみたいで……」

 

「気にすることねえッスよ」

 

「でも……、明日ごめんなさいしなきゃ……」

 

「……そういうんじゃねえと思うッスよ」

 

「えっ?」

 

 

 地面から横に視線を動かして水無瀬はメロの顔を見る。

 

 メロはそれに少し遅れて水無瀬と目を合わせ、それから言葉を続けた。

 

 ゆらりとしっぽがゆれる。

 

 

「……アイツ、あんなんだけど、それでもやっぱ普通のニンゲンッスからね。魔法とかゴミクズーとかわけわかんねえもんとは距離を置きたくなるもんッスよ」

 

「そう、なのかな……? 私は初めてメロちゃんと会った時とか、初めて魔法を使えた時とか、すごい素敵だなって思ったけど……」

 

「んーー、そッスね……、でもそれはマナが『使える側』だからッスよ」

 

「つかえるがわ?」

 

 

「うむッス」と力強く頷きつつメロは説明をする。

 

 しっぽがゆらゆらと揺れる。

 

 

「例えばッスけど、目の前にいるニンゲンが銃を持ってたら怖くないッスか?」

 

「それは……、うん……、たぶん、こわい」

 

「そッスよね。でもマナは持ってない。相手には自分を殺せる手段があるけど、自分にはない。それってメチャクチャ怖いことっス。仲のいい友達同士でも少しはそんな恐怖感があると思うッスよ」

 

「そう……なのかな……? でも私は誰も殺さないよ? ななみちゃんだって、弥堂くんだって……」

 

「まぁ、実際そうかもしんねえッスね。だけど、TVとかでよくあるじゃないッスか。仲のいい夫婦だったのにどっちかがどっちかを殺しちまったりって」

 

「それは、そうかもしれないけど……」

 

「マナとナナミはラブラブッスからね。二人は大丈夫だと思うッスよ。でも少年は、あのニンゲンは多分そうは考えねえッス」

 

「そう、なの……?」

 

 

 縋るように向けられる瞳から逃れるように、視線を前方へ向けてしっぽを揺らす。

 

 声音と歩調が変わらぬようにメロは意識する。

 

 

「……アイツ。たぶん日常的に生命のやりとりしてたッス。ジブンも元野良ッスから、ちょっとわかるッス」

 

「えっ? 弥堂くんも野良さんなの……?」

 

「プフーッス! そうッス! アイツは野良ニンゲンッス! ウシャシャシャシャーッス!」

 

 

 殊更大袈裟に吹き出してみせ、一頻り笑ってから軽い雰囲気を維持する。

 

 

「……まぁ、兵隊なのか犯罪者なのかまではわかんねえッス。ジブンはネコさんっスから。そんなヤツだから、ていうか、そういうヤツだからこそ警戒しちまうんだと思うッス。危険に鼻がきかねえと生きてらんねえッスからね」

 

「私、キケンじゃないのに……」

 

 

 ショボンと肩を落とす彼女の姿をチラリと横目で見遣りしっぽを揺らす。

 

 

「マナが、ってより魔法が危険だって思っちまうんスよ。自分には使えない、よくわからないスゴイ力だから」

 

「そう、なのかな……。魔法はこわくないのに……」

 

「マナは、ほら、魔法と出会ったのは子供の時だったッスから。特殊な状況だったってのもあるッスけど、やっぱ抵抗感よりも憧れの方が強くて、それに子供だから素直に受け入れやすかったんだと思うッスよ」

 

「こども……」

 

「大人になるとそうもいかねえじゃねえッスか? 真っ先にまず自分の安全を考えちまうし。ニンゲンは特にそうッスよね」

 

「そうなの?」

 

「ジブン、マナのとこに来てからニンゲンをよく観察してたッスけど、多分他の動物より自我が強いからだと思うッス。種より群れよりまず自分。特に長く生きれば生きるほどに自分への執着が強くなっていくッス。知らんけど」

 

「じぶんにしゅうちゃく……」

 

「もう高校生っスから。動物だったら十分に大人ッス。自分を守るために未知を警戒して恐れるのは別におかしなことじゃねえッス」

 

「そんなの、さみしいな……」

 

 

 落ち込むパトーナーの姿にチクリと胸が痛むが、明るい調子を変えずにしっぽを揺らす。

 

 

「……ニンゲンって、自分と違うモンを恐がったり、気持ち悪ぃって思って、そんで追い出そうとするじゃねえッスか。あんまり深入りしねえ方がいいッス」

 

「……弥堂くんもそうなのかな?」

 

「それはわかんねえッス。でも、あいつやたら『関わるな』的なこと言ってたじゃねえッスか。あんまグイグイいくと引かれちまうッスよ」

 

「うん、きをつける……」

 

「っても、これに関しては別にアイツは悪かねえッス。普通の大人のニンゲンならそれが普通ッス」

 

「……そっかぁ。オトナ、なんだね……。高校生は。私もオトナ……」

 

 

 いつの間にか、向こう岸へ渡る為の橋の手前まで辿り着いていた。

 

 水無瀬は立ち止まり、空を見上げる。

 

 大分陽は落ちて夕暮れは夜へと変わろうとしていた。

 

 

「……早いもんッスね」

 

「……そうだね……、えへへ……」

 

 

 どこか照れ臭くなりずっと一緒に育ってきたネコ妖精に苦笑いを向ける。

 

 そして橋を渡るため、歩き出した。

 

 

「……私ね、ちょっと浮かれてたかもしれない」

 

「そッスか?」

 

「うん。魔法も魔法少女も秘密にしなきゃいけなくて。でも、弥堂くんが知ってくれたから……。魔法のこと、私のことが話せるのが嬉しくて……。たぶん調子にのっちゃってた」

 

「……気持ちはわかるッスけど、でも、もしもそういう相手が欲しいなら、その相手はナナミにしとくといいッス。ナナミならマナのことどんなことでも多分受け入れてくれるし、マナのこと傷つけないッス」

 

「そうかも……、でも、ううん。だから、やっぱりダメだよ。巻き込んじゃダメなんだ。ななみちゃんは優しいから、絶対私のこと助けようとしてくれる。でも、それは本当は危ないんだ……」

 

「マナ……」

 

「弥堂くんだって本当はそうだった。多分たまたまだったんだ……。たまたま弥堂くんが強くて運動が得意だったから大丈夫だっただけで、本当なら大ケガさせちゃってたかもしれない……、ううん、実際ケガさせちゃった」

 

「そういやアイツ次の日になったら当たり前みたいに治ってたッスね。あれなんなんスか? ギャグ漫画みてえッス」

 

「えへへ。すごいよね」

 

「い、いや……、それで済ましていいんスか……? アイツあんなにボッコボコにされてたのに――」

 

「――えっ⁉ うそっ……、そんなにっ⁉」

 

「あっ、やべっ――い、いや、今のはジブンが盛ったッス! よく考えたらそこまでじゃなかったッス……!」

 

 

 メロは慌てて誤魔化しつつ、人間が「いやいや」と手を振るようにしっぽをブンブン横に振る。

 

 

「そ、そう……? 私、あの時の記憶がモヤモヤしてて……。なんで覚えてないんだろ……?」

 

「が、がんばりすぎたんスよ! 力を使い果たして寝ちゃったんス!」

 

「うぅ……、明日いろいろ弥堂くんにごめんなさいしなきゃ……」

 

「ま、まぁまぁ、それより今はナナミのことッスよ」

 

 

 どうにか誤魔化せたようで安堵する。

 

 

「ななみちゃんはきっと、私がおばけと戦ってるなんて知ったら助けにきてくれちゃう。ななみちゃんはスゴくてカッコいいから、魔法なんて使えなくてもピューッて飛んできて、えいってやっつけちゃうかもしれない。でも、やっぱり危ないから……」

 

「ナナミにケガさせたくねえッスしね……」

 

「うん。私が魔法少女してるのはみんなの笑顔と平和を守るためだもん。もちろん、ななみちゃんのことも、弥堂くんのことも……。それなのに私が守ってもらって、助けてもらって、二人が危ない目にあうなんて、そんなのおかしいよ。そんなのダメだもん……っ!」

 

 

 沈んでいた瞳に強い輝きが戻り、水無瀬は俯けていた顔を上げて前を向く。

 

 

「だから、私がちゃんとしなきゃ……っ! ちゃんと……、うん、大人にならなきゃ……っ!」

 

「マナ……、そッスね! つまり、がんばるってことッスね!」

 

「うんっ! いっぱいがんばるっ!」

 

 

 二人ともに笑顔になり、橋の上をルンルンと進む。

 

 

「ナナミは今頃どうしてるッスかねー」

 

「旅行楽しんでるといいねー」

 

「ふふーん、本当にいいんスか? 他の女と楽しみ過ぎてマナのこと忘れちゃってるかもしれないッスよ?」

 

「ふふふーん」

 

 

 目を細め小生意気に煽ってみせると、意外なことに水無瀬からも同じような仕草が返ってきた。

 

「おや?」と目を丸くしつつも、マネっ子愛苗ちゃんに内心萌えたメロはしっぽをピンッとさせた。

 

 

「あのね? それはだいじょうぶなんだよ? ななみちゃん、私のこと絶対忘れないって言ってたもん」

 

「おぉっと、すでに既読イベントだったッスか。ジブンとしたことが遅れをとったッス」

 

「きどく……?」

 

 

 他愛もない話をしながらちょうど橋の半分を通り過ぎる。

 

 

「なぁに、大したことじゃないッス。マナとナナミのカップリングは最強だってことッス…………、マナ? どうしたッスか?」

 

 

 中間点を通過して少ししたところでメロは立ち止まり不思議そうに水無瀬を見る。

 

 先に彼女が足を止めて振り返っていたからだ。

 

 

「……なんか、いま……、ヘンな感じがして……」

 

 

 クンクンと鼻を動かして水無瀬は首を傾げる。

 

 

「なんスか? イヌのうんこッスか? アイツら自分のうんこも隠せないクズッスからね」

 

「ううん。ワンちゃんじゃないんだけど……、う~ん……」

 

 

 自分でも何に違和感を感じたのかわからないようで、さらに首を大きく傾けてしまう。

 

 やがて――

 

 

「――わかんないや。えへへ。気のせいかもっ」

 

「まぁ、そういうこともあるッスよ。さ、買い物もしなきゃだし早く行こうッス」

 

「うん、そうだね」

 

「よぉ~し、こうなったら橋の向こうまで競争ッス! 本気になったネコ妖精の暴走り(ハシリ)を見せてやるッス!」

 

「えっ? えっ? ま、まってよメロちゃーーん……っ!」

 

 

 どうなったらなのかは全くを以て不明だったが、ダッと暴走りだしたネコさんを水無瀬は慌てて追いかけていった。

 

 

 彼女たちが走り去ったあと、先ほど水無瀬が見つめていたあたり。

 

 

 防護柵の陰になる場所には一組のスニーカーが。

 

 

 誰かが脱ぎ捨てたものなのか、その靴からは何か細長いモノが伸びている。

 

 

 遠目で見れば靴紐のように見えるそれは人間の髪の毛――黒髪だ。

 

 

 まるで蛙が舌を引っ込めるように、その髪の毛はシュルリと靴の中に戻っていった。

 

 

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