俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章36 4月21日 ①

 生まれ落ちたことは過失で――

 

 

 

 死んでいないことは悪徳で――

 

 

 

 ならば、それに値する罰は――

 

 

 

 

 

「――みんなぁ、おはようっ!」

 

 

 

「おはよう、水無瀬さん」

 

「愛苗っちはろぉー!」

 

「おはよう水無瀬さん」

 

「おはよぉーっす!」

 

「うーい、水無瀬さんはよーっす」

 

「おはよー! 水無瀬ちゃん」

 

「おはよう」

 

「おはよう。愛苗ちゃん」

 

「愛苗ちゃんおはよう」

 

「おはよう」

 

「うーっす」

 

「おはよー」

 

「やぁ、水無瀬くん!」

 

 

 

 

 考え事をしていたら、喧しい挨拶の連鎖が響き弥堂は顔を上げる。

 

 

 4月21日の火曜日、今は朝のHR開始前の時間だ。

 

 

 恥ずかしいことに周囲への注意が散漫になるほどに考え込んでいたようだが、今しがたの騒ぎはどうせいつもの水無瀬のご登場とクラスメイトたちの歓迎の挨拶のはずだ。

 

 

 ゆっくりと目玉を回して周囲の顏を見ながら、今度は首を動かし教室後方へ視線を移動させる。

 

 そこでは、結音 樹里と寝室 香奈が他所には目もくれず談笑をしている。

 

 

「…………」

 

 

 それを目を細めて視ていると、隣で人が立ち止まる気配がする。

 

 当然、自席まで移動してきた水無瀬 愛苗(みなせ まな)だ。

 

 

 どうせいつもの挨拶だろうと彼女へ眼を遣る。

 

 

 しかし、常日常能天気そうにしている水無瀬は何やら気まずげにモジモジとしていた。

 

 

「び、弥堂くん……、おはようっ」

 

「ん……? あぁ」

 

 

 甘やかしDAYは昨日だけで終わったので無視してやろうと思っていたのだが、彼女らしからぬ態度に怪訝に思い、つい返事をしてしまう。

 

 

「あの……っ! 昨日は、ごめんね……?」

 

「……なんのことだ?」

 

 

 特別惚けたわけでもなく、本当に何のことに謝罪をされているのかわからなかった為、普通に問い返してしまう。

 

 というか――

 

 

(――どれのことだ?)

 

 

 謝られる覚えがいくつかあったので、彼女の答えを待つ間に候補を脳裡に並べ立てていく。

 

 

「えっとね……、その、いろいろ……っ! だから、いっぱいごめんねっ!」

 

 

 だが、抽象的すぎてまるで要領を得ない答えとともに彼女はペコリと頭を下げる。

 

 

「……あぁ、気にするな」

 

「えへへ、ありがとう」

 

 

 彼女から詳細に事の次第を聞き出すのは大変骨が折れることを、弥堂はこれまでの関わりでよく理解していたので面倒になり、結局は適当に流した。

 

 

 そんなことよりも――

 

 

「――気付いてないのか?」

 

「えっ?」

 

 

 コテンと首を傾げる彼女の顔を視て、「あぁ、まぁそうだろうな」と勝手に自分の中で納得をする。

 

 

「いや、なんでもない。それより早く授業の準備をした方がいい」

 

「あっ、そうだねっ。ありがとうっ」

 

 

 なので、体よく彼女を追い払うがやはりそんなこちらの皮肉や悪意に気付かない鈍感な様を確認し、「やはりそうか」と納得をする。

 

 

 他人のことよりも自分のことだと水無瀬から意識を切り離して、情報の処理にリソースを割く。

 

 どう受け止めてどうするべきか。

 

 その判断をし直すことの必要性を測りながら弥堂は机から教材を取り出し始める。

 

 

 手を動かしつつ、希咲への報告は早まったかと考えていると、昨日と同じ様に水無瀬の周りに女どもが集まってくる。

 

 

「おはよー、水無瀬さん」

「今日は早かったね、愛苗っち」

 

 

 ピクっと手を止める。

 

 

 目玉だけを左に動かし、水無瀬へ声をかけてきた二人を視る。

 

 

 早乙女(さおとめ) ののか、日下部 真帆(くさかべまほ)の二名だ。

 

 

 水無瀬は少し戸惑ったような様子を見せてから二人へ挨拶を返した。

 

 どうやら彼女も自分と同じ違和感を感じたようだ。

 

 

 1限目の数学の小テストの予習としてカンニングペーパーを作りつつ、様子を見守る。

 

 

 彼女らの会話は表面上は昨日と同じ他愛のないものだ。

 

 気さくにやりとりをしている、ように見える。

 

 だが、そのやりとりには弥堂でも気付くほどに、どこかぎこちなさがあった。

 

 

「真帆ちゃん。こないだ教えてもらったLayla(レイラ)さんの曲聴いたよっ。あのね? とっても――」

 

「――あれっ? どの曲だったっけ? ごめん、水無瀬さん。自分で薦めといてちょっとド忘れしちゃった」

 

 

 日下部とも――

 

 

「ののかちゃん。はなまる通りにね、ゲロモンの屋台出てるんだって! よかったら一緒に――」

 

「――ゲロモンだとぉ⁉ もしかして愛苗っちもゲロモン好きなの?」

 

「え? う、うん……、こないだ――」

 

「――なんだよぉっ! 早く言ってくれよぅ。みんなゲロモンのことキモいって言って共感してくれなかったのに、こんなところに同志がいるとは!」

 

「う、うん……、私も、好きなんだ……。ね、ねぇ、ののかちゃん?」

 

「お? なんだー、愛苗っち?」

 

「あの、私のこと……、その、呼び方……」

 

「お?」

 

「……ううん。ごめんね? なんでもない……」

 

 

 早乙女とも――

 

 

 どこか会話がぎこちなく、どこか噛み合っていない。

 

 

 彼女たちに何か悪意的な、或いは攻撃的な雰囲気があるわけでもない。

 

 だが、違和感が確かにある。

 

 

 そしてその違和感は弥堂や水無瀬だけでなく、彼女ら二人も感じているようだった。

 

 

 水無瀬が『真帆ちゃん』、『ののかちゃん』と名前を呼び掛けると、彼女らが返答をするまでに1秒にも満たないほんの僅かな間がある。

 

 

 昨日の昼休みに水無瀬に名前を呼ばれた結音が見せたような不快感ではなく、どこかむず痒さのような掴みかねるような手応えのなさが垣間見える。

 

 

 再度、結音の方へ視線だけを向ける。

 

 

 いつも通り、教室の窓際の最後方にある結音の席に寝室が来ていて二人で談笑をしている。

 

 彼女らにはこちらに視線どころか意識すら向けている様子はない。

 

 

 例えば、自分たちが手を下した何かの効果を確かめるような、そんな雰囲気は一切ない。

 

 

 だからといって、この場で何か確定的な判断を下せるわけでもないが、彼女らが何かをしたようには思えないのも事実だ。

 

 

(少し、試してみるか)

 

 

 弥堂は作業をする手を止め身体ごと向きを変えて日下部へ視線を向ける。誰がどう見ても、見ているとわかるようにジッと彼女を見つめた。

 

 当然そんな露骨なことをされれば本人もすぐに気が付く。

 

 

「? なぁに、弥堂君? って、挨拶してなかったね。おはよう」

 

「……あぁ。おはよう、日下部さん」

 

 

 抑揚のない声で挨拶を返し、尚も彼女を視続ける。

 

 

「えっ? え……? な、なぁに? 私なんか変?」

 

 

 その視線に居心地の悪さを感じた彼女は、慌てて自分の服装をチェックする。

 

 

「ふふふー、マホマホ覚悟を決めるんだよ」

 

「え? どういう意味?」

 

「ののかにはわかるよ。弥堂くんはきっと『この女そろそろ抱き時だな』って考えてるに違いないよ!」

 

「アンタまたそんないい加減なこと……」

 

「いい加減なんかじゃないよ! なにを隠そう、ののかは昨日すでに抱かれちまったかんな! それも廊下なんかで!」

 

「は? えっ……?」

 

「通りすがりの人々にパンツ見られまくりだったかんな! ちくしょう! 安売りしてなかったのに、このヤロウ! 責任とれ!」

 

「こ、こらっ! やめなさい!」

 

 

 喋っている途中で、昨日の自分の扱いについての憤りが蘇ってきたのか、早乙女は弥堂の胸倉を掴んでユサユサと揺する。

 

 日下部はそれを慌てて止めに入り、彼女を引き剥がす。

 

 

「ご、ごめんね弥堂君。あーあ、もう、制服シワクチャに……」

 

「いや、別に構わない。それよりも日下部さん――」

 

 

 早乙女にメチャクチャにされた襟を直しながら、弥堂は日下部に問いかける。

 

 

「――キミは俺を恐がっていなかったか?」

 

「え?」

 

 

 問われた日下部は目を丸くする。

 

 そして、何か恥じ入るような、照れくさそうな仕草でクスクスと笑う。

 

 

「……うん。ごめんね。でも、なんていうか失礼な言い方になっちゃうかもしれないけど、ちょっと慣れたというか……」

 

「実はこの人超面白くなーい?って昨日マホマホと喋ってたんだよ!」

 

「こ、こら、ののか! その言い方は感じ悪く聞こえるでしょ! ご、ごめんね弥堂君っ。別にバカにしたわけじゃないの」

 

「構わない」

 

 

 どうも自分に対しての反応は変わらないようだ。

 

 

 変わらないというより、正確に言うのならば続いている。

 

 

 昨日までの関係性が蓄積されていて、そして今日という日が正確に昨日からの続きになっている。

 

 

 一方で――

 

 

「ののかっ。アンタそんな風にベタベタすんのやめなよっ」

 

「え? なんで……って、あ、そうか!」

 

 

 少し声を潜めた日下部に注意をされ、早乙女はハッとする。

 

 そして二人でソローっと水無瀬の方を見た。

 

 

「み、水無瀬さんゴメンね? この子ちょっとバカで。でもそういうのじゃないから……」

 

「てかてか、平然としてるよ? 愛苗っちってばもしかしてNTRオッケー女子だったの?」

 

 

 水無瀬に対しては蓄積されたものがないように、どこか焼き増しのようなやり取りが見受けられる。

 

 

 一瞬だけ逡巡した後、水無瀬はニッコリと笑顔を作って彼女らに言葉を返す。

 

 

「NTR知ってるよ! 流行ってるんだってね」

 

「お? おぉ……? 愛苗っちってば意外とNTRに造詣が深い……? あ、あの、もしかしてそういうご経験がおありで?」

 

 

 どこか恐れ入ったように畏まった早乙女に水無瀬は能天気に返す。

 

 

「うんっ。一昨日したよ? NTRっ! タヌキさんで!」

 

「どういうことぉっ⁉」

 

 

 己の持つ価値観では測ることが出来ないような特殊な性癖に遭遇し、早乙女は頭を抱えてプルプルと震える。

 

 

「――の~の~かぁ~……っ!」

 

 

 そこへヌッと手が伸びてきて、ギュッと早乙女のほっぺたを抓り上げた。

 

 

「――いひゃいひゃいひゃいひゃいっ⁉」

 

「穢れた欲望を愛苗ちゃんに教えるなと言っただろうが……っ!」

 

「爪はやめへーーーっ!」

 

 

 無慈悲に早乙女の頬肉に爪を食い込ませるのはもちろん舞鶴 小夜子(まいつるさよこ)だ。

 

 

「おはよう弥堂君」

 

 

 毎日のように見る乱痴気騒ぎに軽蔑の目を向けていると、いつの間にか近くに寄ってきていた学級委員の野崎 楓(のざきかえで)に声をかけられる。

 

 

「あぁ。おはよう野崎さん」

 

「ごめんね? 真帆ちゃんたちに少しだけ弥堂君のこと話しちゃった」

 

「俺の?」

 

 

 一体何の話だろうと怪訝な眼を向ける。

 

 

「うん。さっき話してたでしょ? 恐くないのかって」

 

「あぁ」

 

「誤解されることも多いけど弥堂君はとても凄いことをしたんだよって、昨日みんなに話したの。そういうのあまり好きじゃないだろうから、気を悪くしたらごめんなさい」

 

「……特に不都合がなければ問題ない」

 

「そっか。よかった」

 

 

 そう言ってはにかむ野崎さんの真っ直ぐな視線から目を逸らす。

 

 いい気はしないのは確かだが、彼女にはある程度好きにさせてやってもいいとも考えている。

 

 何故なら野崎さんは使える女だからだ。

 

 

「そういえば、その時にね、愛苗ちゃんと意気投合したんだ」

 

「…………へぇ。それは是非聞きたいな」

 

 

 下衆な打算を働かせていたら、続けて言われた野崎さんの言葉に違和感を覚える。

 

 

「うん。弥堂君はとっても真面目で一生懸命なんだって説明したんだけどね、それにすごく共感してもらえたの。ねっ? 愛苗ちゃん」

 

「え? う、うん。私も弥堂くんはいっぱい頑張ってると思うよっ」

 

「……そうか。よかったな」

 

 

 一瞬戸惑いつつも明るい声音で笑った水無瀬へ適当に言葉を返す。

 

 水無瀬にも野崎さんにも、どっちにも言ったとも捉えられる微妙な返事に二人とも首を傾げてしまう。

 

 

 そんな彼女らには構わずに弥堂は別の女に声をかける。

 

 

「舞鶴」

 

「これに懲りたらもう二度と――ん? 私かしら?」

 

「あぁ。取り込み中にすまないな。ちょっといいか?」

 

「えぇ、かまわないわ」

 

 

 涼しげな声で了承の意を伝え、舞鶴は床に早乙女を放り捨てる。

 

 床に崩れ落ち乱れた早乙女のスカートから一瞬ドギツイ光沢のある紫色の布地が顔を出すが、慣れた動作で素早く日下部さんがそれを隠した。

 

 

 その様子をジッと視てから弥堂は舞鶴に視線を戻す。

 

 

「なに一つ憚るものはないという堂々としたその姿勢は立派だけれど、せめて得したぜくらいのリアクションはしてあげたらどうかしら。一応礼儀として」

 

「ん? あぁ、大したことじゃない。気にするな」

 

「まぁ、大したものじゃないし気にすることでもないわね」

 

「扱いがヒドすぎるんだよ! せめて気にはかけてよ! ののかのパンツにリスペクトがなさすぎるよ!」

 

 

 憤慨する早乙女を無視して舞鶴に用件を伝える。

 

 

「こちらも大した用じゃないんだが。時に、舞鶴」

 

「なにかしら」

 

「昨日の水無瀬の餌が残っているんだが」

 

「――なんですって……⁉」

 

 

 クワッと目を見開く彼女の前に、駄菓子屋の10円ゼリーを10本ほど取り出す。

 

 

「――1本100円だ」

 

「――買うわ……っ!」

 

 

 パンッと弥堂の掌に千円札を叩きつけてゼリーを毟り取ると、彼女は喜び勇んで水無瀬の方へ向かった。

 

 

 遠慮する水無瀬の口にゼリーをグイグイ押し付ける彼女とその周囲の笑い声を遠くに見る。

 

 

(さて、これはどういうことなのか……)

 

 

 気のせいでは済ませられないほどに膨れ上がった違和感は異常を確信させる。

 

 しかし、その異常の正体が不透明すぎて薄ら寒さを覚えた。

 

 

 教室内の喧噪の総てまでもが何処かあべこべなように錯覚する。

 

 

 それが本当に錯覚であることを保障してくれるものなど何処にも存在しない。

 

 

 今、何が起こっているのか、それとも起こっていないのかについては何もわからないが、そのことだけは弥堂 優輝(びとう ゆうき)はよくわかっていた。

 

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