俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章36 4月21日 ②

 

 白い砂浜に足を落とす。

 

 

 風に波打つカーテンのようなそれは実際には白に近い灰色で、そのグレーの幕に体重を預けると足は沈みこみ、細かな砂粒が足とサンダルとの間に侵入してきて、これらは一つのものではないのだとわかる。

 

 

 普段SNSでよく見る、まるで芸術作品のように一枚の絵として綺麗に撮られた写真も、思い切り拡大して寄ってみれば粗くてギザギザとした色の汚い粒しか見えなくなり、遠目に見て美しいと感じるものも実体は所詮それらの集合体でしかないのだと知っている。

 

 

 目の前に広がるある程度整備された砂浜を見渡して、「これもそれと同じなのかしら」と思い浮かべ苦笑いをする。

 

 

 果てしない空色の下、碧い海、白い砂浜、自然の蒼。

 

 

 この環境下でそんな身も蓋もなく夢もないことを考えるのは、決して自分が醒めていてつまらない女だからではなく、足の親指と人差し指の間に這入りこんだ砂粒から伝わる熱が足りないせいだからだと言い訳をする。

 

 

 砂浜から感じる温度は人肌以下で、それもそのはず、時節はまだ4月。

 

 南国でもあるまいし、今時分はわざわざ学校を休んでまでこんな場所へ来るような季節ではないのだ。

 

 

 不意に海からの風が強くなる。

 

 

 その風は肌寒いというほどでもないが、決して清涼さを齎してくれるものでもなく、真っ先に浮かんだのは「髪型崩れる!」だった。

 

 そんな淡泊で即物的な考えに、まるでアイツみたいだとこのような風景に最も似つかわしくない男の顏が浮かぶ。

 

 

 自分はあのバカとは違うと目を逸らすために視線を上げ、「もっとやる気だしなさいよ」と天上で胡坐をかく呑気な太陽を、希咲 七海(きさき ななみ)はジトっとした目で睨みつけた。

 

 

 そんな彼女の心情さえ知らなければ、青く広がる空の下、碧い海の緩やかな波に撫でられる白い砂浜で、海の向こうから届く風に靡きそうになる髪をおさえて立つその姿を遠巻きに写せば、周囲の風景に負けない輝きを持つ彼女の美しさは正しく絵になっていた。

 

 

 そんな絵画を鑑賞しながらトロピカルグラスを揺らして微笑むのは紅月 望莱(あかつき みらい)だ。

 

 

 しかし、彼女は遠目から上澄みの綺麗さだけを見ているのではない。

 

 希咲とは小学校に上がる前からの幼馴染である彼女は、今この場で希咲が何を考えているかを正確に理解しており、理解した上で、そんな希咲にほっこりとしていた。

 

 

 ビーチチェアの上で優雅に足を組みながらそんな屈折した友愛を茹で上げていると、いつの間にか太陽に向いていたはずのジト目が自分の方に向いていることに気が付いた。

 

 

「あによ」

 

 

 その声には答えず、咎めるように歪められる瞼の上で震えた彼女の睫毛を見つめニッコリと笑う。

 

 すると、希咲はムっとした顔を見せ、若干肩を怒らせながら近づいてくる。

 

 

 人の足跡のないなだらかな砂浜の曲面を素足で穿つ。

 

 

 マイクロミニのデニムのショートパンツからは、ほぼ全てと謂っていい脚線が露わになっている。

 

 彼女が細長い脚を乱暴に動かすたびに、短いデニムの裾からはその脚の付け根が見え隠れする。

 

 望莱は余裕たっぷりの姿勢で彼女が自分の元に辿り着くのを待ちながら、ねっとりとした視線をそこに固定した。

 

 

 やがて、ビーチパラソルでは防ぎ切れていなかった光量がさらに落ちる。

 

 すぐ間近で立ち止まった希咲が腰を折って太陽を遮っていた。

 

 

「どうしたんですか? 七海ちゃん」

 

「あんた、あたし見て笑ってたでしょ?」

 

「えー?」

 

 

 今現在、自分の身体が彼女の影に覆われているという事実に内心興奮してきたみらいさんだったが、ニッコリとした笑顔を維持して誤魔化しながらわざとらしく首を傾げる。

 

 

「別にいいじゃないですか。幼馴染同士だし、女の子同士だし」

 

「どうせまたロクでもないこと考えてたんでしょ」

 

「もうやだ、七海ちゃんったら。疑り深いのはメンヘラの始まりですよ?」

 

「うっさい。ダレがメンヘラか!」

 

 

 望莱は自身に向けられる疑惑の眼差しに笑顔で嘘を返した。

 

 

「てかさ――」

 

「――はい?」

 

 

 希咲から向けられる目が疑惑から呆れたようなものに変わり、それに合わせて声音も同様のものに変化する。

 

 

「あんた、なんてカッコしてんのよ……」

 

「恰好? なにかおかしいですか……?」

 

 

 希咲に指摘され、望莱は不思議そうに自身の姿を見下ろす。

 

 

 そこそこ広く綺麗なビーチにビーチパラソルを立て、その下にセットしたビーチチェアに凭れかかる彼女の服装は白いビキニの水着で、その手にはトロピカルグラスに盛り付けられたフレッシュジュースがある。

 

 場所柄だけを考えるのであれば特におかしなこともなく、むしろ相応しい恰好と謂えなくもない。ただ――

 

 

「まだ、4月なんだけど……?」

 

 

――季節感だけがスッポリ抜け落ちていた。

 

 

 

 現在彼女たちは学校から許可を得て休みを取り、この後にくるゴールデンウィークと合わせて長期の休暇に入っている。

 

 その期間を利用してこの場所に来ていた。

 

 

 しかし、ここはビーチはあれど別に南国でもなんでもなく、東京湾から秘密の方向に内緒の距離を進んだ場所にある紅月家所有の無人島だ。

 

 

 厳密にいえば本当の所有者は違うのだが、やんごとない事情から一応表向きは現在の管理責任者は紅月家ということにされており、日本地図にも世界地図にもその存在が記されていない非常に如何わしい島である。

 

 1平方キロメートル以上あるらしいこの島が公式には存在しないことになっていることに深い闇を感じ、希咲は投げやりに「あははー」と笑う。

 

 

 それを不思議そうに見てくる望莱の視線に気づき、頭を振って話題を戻す。

 

 

「あんた実はちょっと寒いでしょ? 鳥肌たってるし」

 

「そうなんですよね。困ったものです……」

 

 

 望莱は頬に手をあて悩まし気に溜め息を吐く。

 

 

「なにを他人事みたいに。あんたのことでしょ。なんか羽織りなさいよ」

 

「せっかくビーチに来たから気分だけでもと思いまして」

 

「あんたそんなアクティブな子だったっけ? アウトドアきらいじゃん」

 

「む。まるでわたしがヒキコモリかのように。確かに家と学校の往復とコンビニに行く以外では全く外出をしませんが、それでもわたしはセレブ。気持ちだけはパリピなんです」

 

「セレブでもパリピでも風邪ひく時はひくかんね。ほら、これ着なさい」

 

「ありがとうございます。実はさっきからお腹が冷えてきてキュルルルっていってます」

 

 

 希咲はその辺りにこれ見よがしに置かれていたセレブガウンを拾ってやり彼女に手渡す。

 

 望莱はトロピカルジュースをサイドテーブルに置いてガウンを受け取り、雪山で遭難する人が毛布を被るようにガウンを肩から掛けて丸くなった。

 

 希咲は胡乱な瞳を向ける。

 

 

「身体を張ってまでふざけるんじゃないの。なにがあんたにそこまでさせるのよ」

 

「なにって……強いて言うなら七海ちゃん、ですかね……?」

 

「へ? あたし……?」

 

 

 顎に人差し指をあて「んー?」と考えてから望莱が出してきた答えに希咲は目を丸くする。

 

 

「七海ちゃん――っ!」

 

「な、なによっ……?」

 

 

 それまで貼り付けていた笑顔をキリっとさせて、突然望莱から真剣に咎めるような目を向けられると、希咲は僅かにたじろいだ。

 

 

「どうして水着じゃないんですかっ!」

 

「は?」

 

 

 しかし、すぐに眉を顰めることになる。

 

 

「どうして海に来てるのに水着じゃないんですかっ!」

 

「どうしてって……、あんた今それを身をもって知ったんじゃないの……?」

 

「口答えをするなーーっ!」

 

「わっ――⁉」

 

 

 極めて正論を述べただけなのに理不尽にも年下に怒鳴られて七海ちゃんはびっくりした。

 

 本日の七海さんは、いつもは後ろ髪を残して横髪だけで作っているサイドテールを後ろ髪も纏めて括っており、うなじを露わにしたマリンルックモードだ。

 

 限定増量したサイドテールをぴょこんっと跳ね上げる。

 

 

「な、なんなのよっ⁉ いきなりおっきぃ声ださないでっ!」

 

「七海ちゃんがダルイこと言うからいけないんです」

 

「はぁ? いっつもダル絡みしてくんのはあんたでしょ?」

 

「健気に懐いてくる妹分になんて言い草ですか」

 

「あんたのどこが健気なのよ! いつもそうやってヘンなこと言ってすぐふざけるじゃん!」

 

「ふざけてなんかいません。わたしは大真面目です」

 

 

 望莱はテーブルからトロピカルジュースを取りクネクネしたストローで一口吸ってから、希咲へと真剣な眼差しを向けた。

 

 

「海では水着。なにもおかしなことではないでしょう?」

 

「いや、だから季節感がおかしいんだってば」

 

「このままじゃ、わたしが水着着てたらワンチャン七海ちゃんも水着になってくれるかなって頑張ってたのが馬鹿みたいじゃないですか」

 

「そんなこと考えてたのか、あんたってば……」

 

 

 疲労と呆れを滲ませながら肩を落とし、仕方ないと溜息を吐く。

 

 

「つか、着てるし」

 

「え?」

 

「だから水着。着てるし」

 

 

 ぱちぱちと瞬きをしたみらいは、腰に手を当てて立つ希咲の姿を足先から舐めるように目線を動かし睨め上げ、最終的に希咲の股間に戻しそこで固定する。

 

 

「半ズボンです」

 

「ショートパンツ」

 

 

 続いて希咲の胸元に視線を移す。

 

 

「ジャンパーです」

 

「ラッシュガード。女子力。どこに置いてきた」

 

 

 クイ気味に修正をくらった望莱は希咲の顔に視線を動かしジっと見ると、指を咥えて物欲しそうな顔をする。

 

 

「あによ」

 

「水着じゃないです」

 

「この下に着てるんだってば」

 

 

 そう言って希咲は開けっぱなしにしていたショートパンツのホックを左右それぞれ摘まんで僅かに広げてみせる。すると黄色い布地がチラ見えした。

 

 みらいさんは真顔でそれを凝視し、思わずトロピカルグラスを握る手にグッと力がこもる。しかし、彼女は身体能力クソザコなので特に何も起きなかった。

 

 みらいはジュースをさらに一口飲んで平静を装いつつ、今度は希咲の胸元を見る。

 

 

 胸の所だけをボタンで留め、さらに胸の下辺りを紐で結んでいる。

 

 他の部分は留めていないので海風に時折り靡き、胸の谷間とおへそがチラチラ見える。

 

 

 みらいさんは知っている。

 

 

 あの谷間は数々のツールとスキルによって作られたものであり、さらに胸の下で結んでいる紐も胸の立体感を強調して少しでも大きく見えるように小細工を施している彼女の涙ぐましい努力であることを知っている。

 

 

 ほっこりとした気持ちになったみらいさんはさりげない動作で羽織っていたガウンをはだける。

 

 そこから露わになるのは高校入学間もない身分でありながらD判定を叩き出したお胸だ。

 

 その胸の下に腕を差し入れてこれ見よがしに持ち上げてから離す。

 

 

 ぽよよんと揺れた白いビキニに包まれる胸肉を希咲がムッと睨む。

 

 その不機嫌顔を見てみらいさんは満足げに笑顔を浮かべた。

 

 

「じゃあ脱ぎましょう」

 

「イヤよ。『じゃあ』のいみわかんないし」

 

「脱ぎましょう」

 

「イ・ヤ。寒いし日焼けするし」

 

「日焼け止め塗ってあげます」

 

「もう塗ってる」

 

「日焼け止めの基本は二度塗りです。任せてください」

 

「それももうしてる」

 

「わかりました。とりあえず脱ぎましょう」

 

「なにがとりあえずか。絶対イヤよ」

 

「えー?」

 

「あたしたち遊びに来てるわけじゃないし、泳ぎもしないのになんでお尻出して歩かなきゃなんないのよ。バカみたいじゃない」

 

「それは泳ぎもしないのにお尻だしてるわたしがバカだってことですか!」

 

「だからバカみたいだから服着ろっつってんだろ!」

 

「やーだやだーっ! 七海ちゃんのお尻みーたーいーっ!」

 

「うっさい、おばかっ!」

 

 

 グネグネと身体を揺するみらいを叱りつけるが、彼女は駄々を捏ねる子供のようにズルズルと姿勢を崩し、ビーチチェアに寝そべる。

 

 希咲は呆れた目でそれを見る。

 

 

 しかし、それは望莱の擬態だった。

 

 

 望莱はさりげなくハイパーローアングルで希咲の股間を凝視する。

 

 

 希咲は脚が細くお尻も小さめだ。

 

 マイクロミニのショートデニムとはいえ、彼女の細さならそこに必ずズレが生まれる。一流のストライカーは決してそのスペースを見逃したりしない。

 

 

 ほぼ真下からショートパンツの裾の奥の足の付け根を覗くと、デニムとは違った種類のブルーが目に映る。

 

 

「えっ……?」

 

「ん?」

 

 

 望莱は困惑する。

 

 

 不思議そうに首をコテンとさせる希咲に構う余裕はなく、口元を手で押さえて入学試験第一位の頭脳をフル回転させて今しがた得た情報を精査する。

 

 

 先程おへその下に見えた希咲が着用しているビキニパンツと思われるものの色は黄色だった。

 

 しかし、今ショートパンツの裾から見えた股間部分の布地の色はこの海と似た色のブルーだった。

 

 

(――なんで……っ? なんで色が違うんです……? 一体どんなデザインの……)

 

 

 みらいさんは実物が見たくなりすぎて精神が不安定になった。

 

 

「――オマエらうるせえぞ」

 

 

 茂みを揺らす音ともに呆れたような男の声が挿し込まれた。

 

 

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