俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章37 reverse empathy ②

 

 弥堂は一つの仮説を立てる。

 

 

 水無瀬 愛苗が嫌われているのではなく、希咲 七海が嫌われているからだ、と。

 

 

 それが三つ目の可能性だ。

 

 

 希咲自身が危惧して対策したとおり、希咲のことを普段疎ましく思っている者が彼女が不在時に、希咲と親しい水無瀬に攻撃を仕掛ける。

 

 これがそのまま起こっているだけのことかもしれない。

 

 

 その為の対策として希咲は野崎さんたちに水無瀬のことを頼んだのだが、なんのことはない、その頼んだ相手も希咲を嫌っていただけのことだ。

 

 

 弥堂はこれが最も可能性が高いと踏んだ。

 

 

 何故なら――

 

 

(――あいつムカつくしな)

 

 

 煩くて鼻持ちならなくて生意気で、おまけにメンヘラでギャルだ。

 

 嫌われていても不思議ではない。

 

 

 自分がそうであるから他人もそうであるはずだ――というバイアスが思い切りかかっているがそのことに自覚はないので、これで間違いがないと弥堂は断定をした。

 

 

 結構な時間を思考に割いたのに何ら明確な答えが出なかったのでそろそろ面倒になってきており、とりあえず何でもいいから安易な答えを決めつけてしまおうという方向に流されつつある自覚も多少ある。

 

 

(少し、試してみるか)

 

 

 それで問題が起きることもあるが、その時はなかったことにしてしまえばいい。

 

 セーブデータを消すように『魂の設計図』を。

 

 

「おい、水無瀬」

 

「えっ?」

 

 

 弥堂は4人組の会話が途切れたタイミングを狙って水無瀬に声をかける。

 

 都合よく他の4人もこちらに注目してくれた。

 

 

「なぁに? 弥堂くん」

 

「お前希咲と連絡はつくか?」

 

「え? うん。出来るよ」

 

「頼む」

 

 

 いそいそとスマホを取り出す水無瀬におざなりに返事を返しながら、弥堂は4名の女子の顔色をさりげなく窺う。

 

 特に後ろめたいといったような表情への変化はなく、むしろこちらへ興味を示したような様子だ。

 

 

「えっと、学校中だからメッセでもいい?」

 

「ん? あぁ、ちょっと訊きたいことがあっただけだからそれで構わない。留守中に頼まれていた件でな――」

 

 

 教室全体に聴こえるようにわざと声を張り、そして素早く眼球を振る。特に怪しげな反応をする者もいない。

 

 

「そうだったんだね。ななみちゃんのID教えてあげようか?」

 

「結構だ」

 

「でも、それって私が代わりに聞いちゃってもだいじょうぶ?」

 

「ん? あぁ、構わない。むしろお前に深く関係することだからな」

 

 

 野崎さんたちの反応も変わらない。思ったような成果は得られず弥堂は眉を寄せる。

 

 

「わ。そうだったんだね。私知らなかったよ」

 

「だろうな」

 

「それで、ななみちゃんになんて言えばいい?」

 

「あ?」

 

 

 そこで弥堂は止まる。

 

 

 予定ではここまでに怪しげな態度をとった者をひっ捕らえて風紀の拷問部屋へ連行しているはずだったからだ。

 

 しかし、特に何かそれらしい反応をした者は一人もおらず、そして希咲に送るメッセージの内容など何も考えてはいなかった。

 

 

「やっぱりいい」と水無瀬に断りを入れようとして口を閉じる。

 

 

 揺さぶりをかけてみたが何も成果はない。

 

 もう少し踏み込んでみるかと考え直したからだ。

 

 

(さて、あの女になんと送るべきか……)

 

 

 いっそのこと『水無瀬がイジメられているんだがどうしたらいい?』とでっちあげてみるかと考えて、すぐに却下する。

 

 仮に表情を隠すのが上手い犯人だった場合、それで確保できなければ、ただ相手にこちらが気付いているという情報だけを与えることになる。

 

 

 犯人がどうとかという話ではなかったような気もするが、気がしただけなら気のせいだろうと適当に流す。

 

 

 事件が発生し現場に入ったら1分以内にはそこに居る者を殴るようにしているタイプの風紀委員である弥堂には、基本的に頭脳労働は向いていなかった。

 

 

 仕方ないので当たり障りのない質問だけ送ればいいかと投げやりに決める。

 

 

 女性にメッセージでする質問でよくある、ありきたりなものは何かなかったかと、女性とあまりメッセージを交換したことのない男は考える。

 

 

 自身の裡から生み出されないものは他人が与えてくれていることもある。

 

 

 知の象徴たる頼れる上司の廻夜部長がこういった件について何か言及していなかったかと記憶の中の記録を探す。

 

 

 何件か該当するものがあった。

 

 

「――弥堂くん……?」

 

「ん?」

 

 

 すると突然長考に入った自分を訝しんだのか、水無瀬に顔を覗かれる。他の4人も不思議そうにこちらを見ていた。

 

 

「あぁ、すまない。そうだな。『キミ、どこ住み?』とでも送ってくれ」

 

「え?」

 

 

 何件かある候補のうちどれを選ぶかを吟味している時間はないと、とりあえず適当に選んだら水無瀬は目を丸くし、早乙女と舞鶴は吹き出した。

 

 

「えっとね、ななみちゃんのお家は橋の向こうの住宅地だよ。住所が知りたいの? あ、もしかしてお手紙書くの?」

 

「んなわけねえだろ」

 

 

 水無瀬に否定の言葉を吐き掛けつつ、失敗したと悟る。

 

 

 このままでは希咲に何か送らずとも水無瀬が希咲の住所を言ってしまいそうだし、適当に合わせていたら本当にあの女に手紙を書くハメになってしまいそうだ。

 

 

「住所やIDは個人情報だぞ。友人とはいえ簡単に女性のそういった情報を、クラスメイトとはいえ男に教えるべきではない。気をつけろ」

 

「えっ? えっと……、その、ご、ごめんね……?」

 

 

 正論ではあるのだが、とっても理不尽な怒られ方をされる。しかし、愛苗ちゃんはとってもいい子なのでゴメンなさいをした。

 

 

「あの女の個人情報を受け取ることがどれだけ俺のデメリットになるかよく考えろ」

 

「女子のedge IDもらえてデメリットって考える男子もいるんだ……」

 

「多分今のセリフが一番七海を怒らせるわね」

 

 

 そして外野から日下部さんと舞鶴の正論ツッコミが入ったが、弥堂はとっても悪い子なので聴こえていないフリをした。

 

 

「ふふふ。愛苗っち。弥堂くんは恥ずかしくて本当に聞きたいことを言えないんだよ」

 

「ののかちゃん?」

 

 

 無駄な時間をかけ過ぎたのか、早乙女が乱入してくる。

 

 彼女の顔を見れば一発でわかるとおり、悪ふざけする気まんまんである。

 

 

「ののかが教えてあげるよ。弥堂くんが本当に七海ちゃんに聞きたいことを」

 

「わぁ、ありがとう、ののかちゃんっ」

 

「こう打つといいよ。『ねぇねぇ、今どんなパンツ穿いてるの?』って」

 

「うんっ、わかったよ!」

 

「ちょ、ちょっと二人ともっ!」

 

 

 見兼ねた日下部さんが止めに入った。

 

 

「ののか、アンタまた悪ノリして!」

 

「そんなことないよ! 弥堂くんは絶対に七海ちゃんのパンツに並々ならぬ関心を抱いているはずだよ!」

 

「そんなわけないでしょ! 水無瀬さんもやめといた方がいいよ!」

 

「え? でも、こないだ弥堂くん、すっごいななみちゃんのパンツのこと知りたがってたし……」

 

「マジなの⁉ ね、ねぇ、弥堂君……? 違うんならちゃんと止めた方がいいよ?」

 

「ん? あぁ、そうだな……」

 

 

 適当に相槌を打ちながら、先程浮かべた候補の中からどれを選ぶべきかもう一度考える。

 

 しかし――

 

 

(――そんなバカな……⁉ いや、しかし……)

 

 

 俄かに信じ難い事実に行き当たり瞠目する。

 

 突然クワっと目を見開いた、希咲 七海のパンツに並々ならぬ関心を抱いている疑いのある男に日下部さんはビクっと身を引いた。

 

 

 弥堂は決して違わない自身の記憶と決して間違わない廻夜部長の言葉を信じることにし、素早く決断を下して口を開く。

 

 

「――いや、構わない。そのように送ってくれ」

 

「えぇっ⁉」

 

 

 まさかの発言に日下部さんはびっくり仰天しドン引きする。

 

 

「え、えっと、弥堂君……? そのようにってどのように……?」

 

「早乙女が言ったとおりだ。希咲に『ねぇねぇ、今どんなパンツ穿いてるの?』と送れ」

 

「本気なのっ⁉」

 

 

 日下部さんだけでなくこのやり取りを見ていた教室内の生徒たちもどよめく。

 

 

(む――?)

 

 

 ざわつく周囲の様子に弥堂は訝しむ。

 

 

(どういうことだ……?)

 

 

 先程希咲の名前を出して揺さぶりを仕掛けた時は何の反応もなかったのに、『希咲のパンツ』と発言した途端にこの変わりようはどうしたことかと考える。

 

 

「ほらぁ! ののかの言ったとおりじゃん! マホマホ!」

 

「バ、バカなこと言ってないでやめときなさいよ。絶対七海に怒られ――」

 

「――送ったよぉ」

 

「うそぉっ⁉」

 

 

 こちらが揉めている間に、水無瀬さんは文章を作成し送信してしまったようだ。

 

 マズイことになると日下部さんは顔を青褪めさせる。

 

 

「び、弥堂君っ。考え込んでないで七海が読む前に削除した方が――」

 

「――あ、返事きたよっ」

 

「速すぎるっ⁉」

 

 

 思わず「終わった」と日下部さんは目を覆った。

 

 

 希咲 七海はプロフェッショナルなJKであり、そして同時に愛苗ちゃんガチ勢でもある女の子だ。

 

 愛苗ちゃんからのメッセには最速でお返事をすることを徹底していた。

 

 

「ぷぷっ。七海ちゃん、なんて?」

 

「えっとね……」

 

 

 面白くて仕方がないといった風に笑いを堪える早乙女に問われ、水無瀬は自身のスマホの画面に表示された文面を確認する。

 

 

「――あのね弥堂くんっ。ななみちゃん今パンツ穿いてないんだって!」

 

『うえぇぇぇぇ――っ⁉』

 

 

 元気いっぱいに告げられた水無瀬の言葉に教室中がどよめいた。

 

 

 弥堂は眼を走らせる。

 

 

 そこら中が怪しい態度の者で溢れている。

 

 中にはパニックを起こしたかのように目を剥く者や、異常な興奮状態に陥ったかのように目を血走らせる者もいる始末だ。

 

 

 怪しい者が多すぎてこれでは絞り込めない。

 

 

 そのことに弥堂が舌を打つのとほぼ同時に、水無瀬のスマホが再び振動した。

 

 

「……あっ。写真がきたっ」

 

(――写真……?)

 

「わぁー、かわいーっ!」

 

 

 水無瀬の独り言に怪訝な眼を向けると彼女は感嘆したように声のトーンを上げる。

 

 

「ねぇねぇ、弥堂くんも見てー。ななみちゃんスッゴイかわいーよ?」

 

「……?」

 

 

 彼女が向けてくるスマホの画面を視ると、画面いっぱいに写されていたのは半裸状態の希咲 七海の写真だった。

 

 

「……これがどうした?」

 

「かわいーよね?」

 

「というか、何でこいつ脱いでるんだ?」

 

 

 弥堂のその言葉に再び周囲がどよめき、ギョッとした野崎さんと日下部さんが慌てて近寄ってきて、周りの視線を遮るような位置に立ちブロックを形成した。

 

 

「……? これは水着だよ?」

 

「……だからなんだ?」

 

「えっとね、水着だからオッケーっていつもななみちゃん言ってた」

 

「……?」

 

 

 弥堂と水無瀬が嚙み合わない会話をしていると、一体どういうことだと野崎さんと日下部さんも画面を覗いてきて、二人ともに得心がいったと納得をする。

 

 

「あぁ、脱いでるってそういう……」

 

「あはは……、水着着てるからパンツ穿いてないってことだったんだね……」

 

 

 顔を見合わせて苦笑いをする。

 

 

「こいつなんで水着なんて着てるんだ?」

 

「えっとね、これ去年買ったけど着る機会なかったから今年一回は着るんだーって言ってたよ」

 

「そうではなく。まだ4月だぞ? バカなんじゃねえかこいつ」

 

「ほら、海のあるとこに旅行するって言ってたし」

 

「あぁ、そうか。南国のリゾート地にでも行ってるのか」

 

 

『いいご身分だな』と写真画像を睨みつける。

 

 

 写真に写っている背景を見るに恐らくどこかの室内でスマホのカメラで自撮りをしているのだろう。

 

 

 カメラを持っているだろう手を上に伸ばしてその腕が見切れている。

 

 見下ろすようなアングルでなるべく全身を納めようとしているように見える。

 

 片目を上目遣いでカメラに視線を向け、もう一つの目で起用にパチンっとウィンクをし、空いている方の手でキャピっとピースをキメている。

 

 

「ななみちゃんのお腹シュってしててカッコいいよね」

 

「うわー、ほそー、きれー、うらやましい……」

 

「くぅ、ロリ系のののかには眩しいモデル体型なんだよっ!」

 

「そういえば希咲さんってモデルのバイトもしてるんだっけ」

 

「チラシで写真を見たことがあるわ。あら? この谷間……、あぁ、ふぅ~ん、なるほどね……」

 

 

 女どもが口々に希咲を褒めそやしたことで弥堂は気分を害する。

 

 どこか彼女を貶せる点はないかと写真をよく視る。

 

 しかし彼女の造形がいいのは事実で、すぐに貶めることが出来そうなのは彼女の人格くらいしか思いつかない。

 

 

 お前に頼まれたせいで自分は余計な頭脳労働をさせられているというのにナメてんのかと、弥堂の眼からは能天気そうに見える写真に映し出された希咲 七海の悪戯げな笑顔を睨みつけた。

 

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