バフっと布を叩く音とともにマットレスが沈み込み、ベッドスプリングの軋む音が鳴る。
薄暗い室内に白い靄が浮かび上がった。
「わぷっ――⁉ ちょっと! まだ掃除してないんだからやめてよっ!」
「見慣れぬベッドがあればダイブするのが礼儀かなと思いまして」
「そんな礼儀はねぇっつーの。むしろお行儀悪いでしょ。起きなさい」
言いながらカーテンを開き、窓を開け放つ。
外から挿しこんでくる光に反射して、舞い上がった埃がキラキラと輝く。
その輝きに
「ちょっと、みらいっ」
「やーですー。七海ちゃんに引っ張りまわされて疲れました。このまま寝ます」
「誰が引っ張りまわしたってのよ。真っ直ぐここまで歩いてきたでしょ」
「わたしはお嬢様だから普段歩かないんですぅー。七海ちゃんに歩かされて疲れたんですぅー」
「あたしが悪いみたいに言うなっ。つか、あんたいつも徒歩でガッコ通ってるでしょうが」
「ぶーっ。正論で論破するなんて七海ちゃんったら大人げないです」
うつ伏せでベッドに寝転がったまま腰を左右に動かし、
「こぉらっ! お尻振るんじゃないの! つか、あんたいつまでお尻出してんのよ」
「ひゃんっ、七海ちゃんのえっちぃ~」
自分に反抗的なお尻を希咲がぺちぺちっと叩くと、白ビキニから脇にこぼれただらしのない尻肉が震える。
折檻をされてきゃーきゃーと悲鳴をあげる望莱だが、希咲から死角になっている彼女の表情は実に楽しそうでまるで反省の色はない。
そういった彼女の性質を正確に理解している希咲はため息をひとつ漏らすとお尻を叩くのをやめ、ジト目になって彼女を見遣る。
「もぉ~、七海ちゃんったらそんなに熱心な目でわたしのお尻を――」
「――あんたまたお尻太ったんじゃない?」
「がーーんっ⁉ それは普通にショックです!」
思わずガバっと身を起こした手のかかる妹分にフフッと笑みを漏らし――
「ほらっ、お掃除始めるわよっ」
パンパンっと手を叩きみらいを促す。
「七海ちゃん。埃がたつのでパンパンしないでください」
「あんた、なまいき」
――すぐにジト目に戻る。
「もうっ、あたし掃除道具取ってくるからあんたはお布団剥がしといてね」
これ以上取り合っていてもキリがないので踵を返し、「はぁ~い」という気の抜けた返事を背後にしながら部屋を出る。
希咲の背中を見守った望莱はそのまま数秒ぼけーっとしてからノロノロと動き出す。
自分が乗っているベッドの布団とシーツを適当に掴むと、ベッドからズリ落ちるようにしてズルズルと床に降りて、その自分の体重を利用して適当に布団を剥がす。
床にペタンとお尻を着けたままベッドの上を見ると布団もシーツも半分も剝がれていない。
望莱はふにゃっと眉を下げて、グイグイと布団を引っ張る。
しかし、彼女の身体能力はクソザコなので布団はちっとも剥がれない。
みらいさんの心は折れた。
パッと手に持った布団から手を放すと、床の上を四つん這いで移動し、先程ベッドにダイブする際にその辺に放り出したバッグの方へ這う。
バッグに手を突っ込みガサガサと中を探るが目的の感触は得られず、焦れた彼女は中身をポイポイと適当に外に放り出す。
右手で投げた化粧ポーチがテレビ台の上の花瓶に直撃し、花瓶が床に落ちてガチャンと割れる。
左手で投げたマイ枕がスタンドライトに当たり、倒れたライトがローテーブルの上の物を薙ぎ倒した。
ようやく目当てのスマホを探し当てた彼女は自分が齎した被害には目もくれずにペタペタと画面を操作する。
まず通知を確認し、それからアプリを立ち上げた。
数秒ほどしてからスマホから大音量が流れる。
『魔法少女プリティメロディ☆ドキドキお~るすたぁ~ずっ!』
「――なにしてんだコラ」
不意に背後から声をかけられ、顔が天井を向くように首を曲げながらそちらを確認すると、両手にお掃除道具を持った希咲がすぐ近くで半眼で見下ろしていた。
自分でもちょっとびっくりするくらいの低い声を出してしまった希咲は「んんっ」と喉を鳴らして体裁を繕う。
望莱はその隙にハイパーローアングルで希咲のショートパンツの隙間からパンチラを狙う。すると先程も見たミントブルーの水着がチラ見えして、希咲から死角になる位置でグッと拳を握って喜びを表現した。
「あんた、なにしてるわけ?」
「スマホゲーです」
「なんで?」
「スタミナが全回復しましたので」
「だから?」
「イベント周らなきゃって」
「あたし、お布団剥がせって言ったわよね?」
「剥がしました」
疚しいことなど何もないといった態度で、キリッとした目で見上げてくる彼女を胡乱な瞳で見下ろし、それから希咲はベッドの方へ目線を動かす。
みらいさんも首を動かしそれに目線を追従させた。
ベッドは空き巣に荒らされた後のような様相だ。
希咲は無言のまま室内を見回す。
こちらはもう強盗に襲われた後のような有様だ。
みらいさんも首をグリングリンさせてそれに追従しようとしたが、バランスを崩し後ろにひっくり返る。
身体能力がクソザコの彼女の腹筋と背筋はあってないようなものなので、姿勢を保てなくなったのだ。
仕方なく希咲は自身のふとももで彼女の頭を受け止めて支えてやり、そのままグイグイと前に進んで彼女を座らせてやった。
「ありがとうございます」
「……ほんっと、あんたって子は」
ぺたんと元の姿勢に戻りぱちぱちと瞬きをしてからニッコリ笑顔でお礼を言う彼女に、希咲は疲れたように溜め息を吐く。
「ほんのちょっと目を離しただけで、どうしてここまでハチャメチャにできるわけ……?」
「で、でも……、スタミナ消化しないと自然回復溢れちゃいますし……」
「ゲームやろうとして何で部屋が壊れるのよ……、つか、そんなのちょっとくらいいいじゃん」
「いいえ。しっかり効率よくプレイしなければわたしの気が済みません」
「その意識の高さをリアルに向けてくんない?」
呆れたように言う希咲の顔を見て、『効率』という単語を出した時に彼女の眉がピクっと反応したのを、望莱は目敏く見抜いた。
「七海ちゃん。今の時代、ゲームは最早リアルと地続きです。つまりゲームの効率はリアルの効率」
「いみわかんない」
「逆もまた然りで、リアルの効率もまたゲームの効率に直結します」
「あんた適当にそれっぽいこと言おうとする癖やめなさいよ」
「そんなことはありません。今どきはリアルマネーをぶちこめば高効率で攻略を進められるゲームは珍しくありません。つまり、効率よくお金を稼げる人が効率よくゲームでも勝利できるのです」
「……効率効率、うっさいわね。ゲームなんかにバッカみたい」
「えー? 別に『効率』なんて普通によく使う言葉じゃないですかー? それとも七海ちゃんは『効率』になにかイヤな思い出でも?」
コテンとあざとく首を傾げて希咲を煽りながら、ムっとした彼女の顔を見て望莱はほっこりする。
「……べつにっ。なんもないけどっ?」
「そうですか。あと、ゲームなんかって言っちゃダメですよ? 真剣にゲームに取り組んでる人はいっぱいいるんです」
「うっ⁉ そ、それは確かに言い過ぎたわ……、ごめん」
「気をつけてください? いい歳こいてゲームごときに目の色変えてのめり込んでる大人たちは、わたしにとってはいい養分なんです」
「……は?」
僅か数秒もかからずに矛盾するようなことを言った望莱の言葉に希咲は眉を寄せる。
「あんた、言ってることヘンくない?」
「そうですか?」
「そうよ」
「でも、毎月の安月給の中から必死に遣り繰りして遊んでる底辺労働者たちが、わたしのような社会に出たこともない小娘に札束でブン殴られて発狂している様を見るのが、わたし大好きなんです」
「あ、あんたってば……」
望莱は両手を組み合わせると夢見る少女のように宙空を見上げ、表情をうっとりさせる。
「毎日毎日、大した能力もないクソ上司に怒鳴られながら必死に我慢をしてやりたくもない仕事に従事される方々が必死に考えた編成を、パパに貰ったお金で蹂躙する。それがわたしの生きがいなんです」
「サ、サイテー……」
「わたしはなんの努力もしてないのに、ただお金持ちの家に生まれただけなのに……。あぁ、人生ってたのしいです……」
「……どうしてこんなダメな子になっちゃったんだろ」
希咲はガックシ肩を落として目を覆い、これまで幼馴染として彼女と過ごしてきた日々の中で、どこかで更生させられるタイミングがあったのではないかと振り返り後悔をする。
「……とりあえず片付けが先ね。ほら、動きなさいっ」
「任せてくださいっ!」
割れた花瓶の方へ向かいながら、いい返事をした望莱の方を見ると、彼女はパパパっと素早くスマホを操作している。
希咲は一度ジトっとした目を向けるが、すぐに諦める。
パパパっと割れ物をほうきとチリトリで回収し、倒れたスタンドを戻して雑巾で手早くローテーブルを拭いて、床に落ちていた物を並べ直す。
そして剥がれかけのシーツを引っ張り上げて、その上に座って遊んでいるみらいさんを引っ繰り返した。
しかし、彼女は悲鳴をあげることもなく床をゴロゴロと転がり、そのまま何事もなかったように床に寝そべったままゲームを続けた。
希咲はムっとするとズカズカと近寄っていき彼女の横にしゃがみこんで、ペシンと強めにお尻を引っ叩いた。
「もぉーっ! いい加減ちゃんとやってよ!」
「あいたぁーっ」
先程より力をこめたおかげか、今度は望莱の手が止まる。
「他の部屋もやんなきゃなんだから、こっちの効率も考えてよ!」
「でも七海ちゃん。わたしはお嬢様ですから、お掃除の効率を出すためにはメイドさんを雇って代わりにやってもらうのが定石です」
「どこにメイドがいるってのよ。つか、あんたん家、別にメイドさんなんかいないじゃん」
「失礼な。23代目お手伝いさんの横手さんがいますよ。何故かすぐに代替わりしちゃうんですよね……、何故でしょう」
「あんたが定期的に嫌がらせしに行くからでしょっ」
「んま、心外です。わたしはただ楽しくやっていこうとしているだけなのに。ひとつ問題なのは、楽しいのはわたしだけって所ですが」
「大問題ね」
「まぁ、でも、この部屋の惨状を見てもらったからわかるとおり、やはり適材適所というものがあります。ということで七海ちゃん。よろしくお願いします」
「あんた、あたしをお手伝いさんにしようっての?」
「わたしの夢は七海ちゃんを専属のメイドさんとして雇うことです。わたしのお世話だけをして、わたしの為だけにごはんを作ってください。そして毎日セクハラをします。年俸は5億ほど払います。うちの父が」
「高過ぎでしょ⁉」
「んもぅ、お給料が安いならともかく、高くて文句を言うなんて七海ちゃんはワガママさんです」
「こ、こいつ……」
ワナワナと震える希咲に気づかないフリをして望莱は「んっんっ」と喉を調節して――
「ふぅ、やれやれ……」
――イケボを作った。
スマホを置き立ち上がると余裕たっぷりの表情で希咲の前に立つ。
手に持っていたシーツを床に下ろして、希咲は腕組みをして不機嫌そうに彼女を見返す。
「あによ」
「まったく困ったメイドだぜ」
「はぁ?」
眉を吊り上げる彼女に手を伸ばして、目線を無理矢理合わさせるために人差し指でクイっと希咲の顎を上げさせる。
しかし、身長162cmの希咲に対して、高身長のイケメンではないみらいさんの身長は155cmしかないので目線は完璧にズレた。
それでも気にせずに、目線を下にジロリと向けてくる希咲にみらいさんは渾身のドヤ顔を放った。
「いいからよ。今夜自分が抱かれるベッドを、自分の手でキレイに整えなって言ってんだよ」
「バカじゃないの」
「ふみゃっ」
オレ様ムーブをする彼女には付き合わず希咲は望莱の鼻を摘まんでおかしな寸劇を強制終了させる。
「ななみひゃん、いひゃいれふ」
「うっさい」
「のひがわふいれふ」
「いいからおかたづけするのれふ」
イケボモードが解除され鼻づまり声になった彼女をちょっと真似しながらパッと手を放してやる。
「うぅ、ひどいです」
「あんたの方がヒドイでしょ。いい加減進めるわよ」
望莱を急かしながらベッドシーツを拾いなおす。
「でもぉ、現代人は定期的にスマホを触らないと病気になるってアメリカの大学で論文が出てます」
「しょーもないウソつくな。んなわけねーだろ」
「でもでもぉ、七海ちゃんのスマホもなんか通知鳴ってましたよ?」
「えっ? うそっ」
パッと拾いなおしたシーツを床に放る。
そして素早く自分のバッグに取りつくとサッとスマホを取り出す。
「なんだろ。愛苗からメッセかなぁ?」
「どうでしょう?」
ウキウキとロックを解除する彼女の様子を望莱はニッコリと見守る。
「ん? あれ? 通知ないじゃん」
「えー? そうですかー?」
白々しい返事をする望莱へ懐疑的な目を向けながら、念のためメッセンジャーアプリのedgeを立ち上げて確認をする。
「……なんもきてないしっ。あんたね、しょーもないウソつくなって言ったばっかじゃん」
「えー?」
呆れた声で望莱に侮蔑の視線を投げつつ、スマホをシーツを剥がしたベッドへポイっと投げる。
すると――
「――すきありっ!」
「あっ⁉」
望莱が素早くスマホに飛びついてベッドにダイブする。
バフっと再び舞い上がる埃を目に映しながら、希咲は「しまった!」と焦りを浮かべる。
うっかり画面オフをせずに放り投げてしまったので、ロックを解除されたままのスマホが望莱の手に渡ってしまったからだ。
「むふふー。さぁて、久しぶりに七海ちゃんのスマホチェックしますよー」
「やめてよっ!」
「怪しい男や女の影がないか、みらいちゃんに見せてみなさい」
「んなもんないっつーの! ちょっと! ひとのスマホチェックとかシュミ悪すぎっ!」
先週学園の正門前でクラスメイトの男子のスマホチェックをした希咲さんは、自身のスマホを弄る幼馴染にプライベートの大切さを説きながら飛び掛かる。
すると、ベッドにうつ伏せになる望莱の上に覆いかぶさる格好となった。
個人所有の無人島に建てられたコテージの寝室内で、二人の女子高生がキャーキャーと絡まる。