俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章38 THE DARK IN THE WALL ③

 

『3年4組壁尻会場』

 

 

 それは、みらいさんが中学校卒業の際の卒業式にて行われた、みらいさん主催の狂乱の宴だ。

 

 

 卒業式の壇上には、特設された壁に上半身が埋まった全クラスメイト(みらいさん除く)たちの尻が並べられ、会場となった体育館を阿鼻叫喚の地獄に叩き落した恐ろしい催し物だ。ちなみに参加者であるクラスメイトたちは誰一人として参加を了承どころか、開催することを通達されてすらいない。

 

 

 いつの間にか体育館の入り口と学校正門前に置かれたアーチに書かれていた『卒業式』の文字が『3年4組壁尻会場』に挿げ替えられており、中学の卒業式という一生に一度しかないはずの思い出となるべきイベントを、誰の心にもトラウマとして刻みつけた大事件である。

 

 

 当然大きな騒ぎとなり、学校の偉い人たちは上から数人ほど辞任することになり、紅月家お抱えの弁護士も弁護団を結成し出動する惨事となった。

 

 本来関係ないはずの一学年上の希咲さんの心にもトラウマとして残っているのは、みらいの父親に泣きつかれたが為に渋々折れて、各ご家庭への謝罪とあいさつ回りに同行したからである。

 

 さらにその場で相手方の関係者の顔を覚え、こういった公の場以外での大人だけでなく子供同士のトラブルが発生しないように目を光らせたり関係を調整したりするハメとなったのである。そしてそれはまだ終わっていない。

 

 

「彼ら彼女らには反省が必要だったんです。そしてこの世には壁尻以上の反省の儀式はありません」

 

「あんたが反省しなさいよっ! すっごく大変だったんだからねっ!」

 

「だってぇ、しょうがないじゃないですかぁ。普段陰口ばっかり言い合ってるくせに卒業式とかああいうイベントの時だけ仲良しムーブして、その場限りのお涙共有して順番にお気持ち述べるとか気持ち悪すぎて……、ちょっと地獄を見せてやろうと思っちゃったんです」

 

「思うなっ! 別にいーじゃない! 色々あったけど一緒で楽しかったねって言ってあげなさいよ」

 

「いいえ。そんなのはダメです。あの子たちが真の仲間となるには一度腹の内を曝け出し合う必要があるとわたしは考えました」

 

「それでなんでお尻出すことになんのよ!」

 

 

 知らない大人の人や年下の子たちに、自分とまったく関係ないことで頭を下げる理不尽さに泣きたくなった当時の怒りが蘇り、希咲は眉をナナメに吊り上げて望莱(みらい)を叱る。

 

 それに対して「ふぅ、やれやれ……」とイケボを出す彼女にカチンときて白ビキニのお尻をピシャリと叩く。

 

 

「あんっ、痛いです」

 

「うっさい」

 

「でも七海ちゃん、考えてみてもください」

 

「はぁ?」

 

「腹を割るとは言いましても本当に割るわけにはいかないじゃないですか? 卒業式で内臓が見えちゃったら大事件です」

 

「そうね。お尻が見えちゃっても大大事件だったもんねっ」

 

「えぇ、そのとおりです。さすが七海ちゃん」

 

「共感してねーよ。皮肉だおばか」

 

 

 したり顔で頷く望莱をジト目で見遣る。

 

 

「そこでお尻です」

 

「なんでそうなんのよ……」

 

「肛門です」

 

「…………」

 

「いいですか? お腹を割いて内側を見せるわけにはいかないので、お尻をくぱぁして肛門から腹の内を曝してもらおうというわけです。直腸というくらいですからね。お腹の中まで直通です。流石みらいちゃん、頭よすぎだと思いませんか?」

 

「頭おかしいと思う」

 

「盲点だったのは誰の賛同も得られなかったことです。いつの世も天才は弾圧され排斥されてしまうのですね。悲しいです」

 

「そうね。変態は石投げられても仕方ないと思う。その変態が身内だったことが、あたしマジで悲しい……」

 

 

 真面目に思い出したら本当に目尻に涙が浮かんできたので、希咲は頭を振って記憶と共に涙を振り払う。一応はもうほぼ全てが示談で収まりそうなのだ。終わったことなのだ。表向きは。

 

 

「……あれ? これって――」

 

「――ん?」

 

 

 その心情を汲んでのことかどうかは不明だが、望莱がスマホの画面を指差し話題を変える。

 

 

「この『m_sakuma』って3年の佐久間先輩ですか? あのエセお嬢様の」

 

「それで『そうそう、その先輩っ』って言ったらあたしまで悪口言ったことになんでしょ」

 

「ということは、お兄ちゃんの子種を欲しがるあの浅ましいメスブタで間違いないんですね」

 

「……そうだけど……、言い方っ……!」

 

 

 望莱は迷わずその名前をタップして希咲と佐久間先輩のメッセージの履歴を見る。

 

 

「見ても面白いことないわよ?」

 

「ですね。だからこそチェックです。わたしとしては、わたしの見ていないところであの女が七海ちゃんにナメた口をきいていたらムカムカーなので」

 

「あたしとしては、あんたが何故かあたしを守ってる立場のつもりなのがムカムカーのムカよ」

 

「わ。このブス、こんなにわかりやすく七海ちゃんに持ち上げられて完全にチョーシこいてます」

 

「陰口ばっか言ってんのあんたじゃない」

 

「大丈夫です。こないだ面と向かって言ってやりました。豚には豚しか産めないし死んでも豚肉にしかならないと。でも、死んでお兄ちゃんの肉と一緒にグチャグチャに混ぜればハンバーグにはなるので、調理してやるから死ねと」

 

「やめてよっ⁉ だから先輩あんなにキレてたんだ……、てか、それって子供作ることの暗喩かなんかなの? どっちにしてもキモいけど……」

 

「んまっ、子作りだなんて七海ちゃんはえっちです!」

 

「なんでそーなんだよっ」

 

「ぁいたっ」

 

 

 ズビシっと彼女の頭に手刀を落として黙らせる。

 

 

「まぁ、あまりウザイようなら言ってください。実はこの人社長令嬢だってイキってますけど、佐久間さんの会社ってウチの下請けなんですよね。いつでも佐久間パパに圧力をかけますよ? 紅月コーポレーションの権力で!」

 

「やめたげなさいよ……。佐久間パパがかわいそうでしょ」

 

「成金の娘風情が七海ちゃんにイキってくるのはムカつきます。まぁ、厳密に言うとウチも成金ですが」

 

 

 親の権力と財力でイキるみらいさんだったが、彼女の家である紅月家は京都に古くからある名家の一つである。

 

 ただし、美景市を中心に有名な紅月コーポレーションを親会社とする紅月グループは彼女の父親が一代にして築いたものである。

 

 長男であるにも関わらず早くから見込み無しの烙印を押され跡継ぎを外された彼女の父が紅月本家を出奔後に、実家では必要とされなかった商才を発揮したことになる。

 

 

 しかし、そうしたらそうしたで今度は、紅月家の者が経営する以上はその会社も紅月家の一部であるとの主張のもと、本家からバチボコに圧力をかけられることとなった。

 

 彼らの要求を要約すると、『お前の会社と財産を差し出せ』である。

 

 

 そういうわけで、せっかく自分を蔑ろにする実家から解放され、子供の老後の心配もないくらいの財を築いたにも関わらず、望莱の父は毎日汗と涙と胃液を流しつつ各方面の顔色を窺いながら働いている。

 

 そしてそんな父の苦労を知った上で、長女のみらいさんはお父さんのお金で作られた別荘の内装を特に理由もなくぶっ壊しているのであった。

 

 

「んもう、七海ちゃんはわがままです。圧力がダメならもうわたしに出来ることは壁尻しか……」

 

「するなっ。あれはもう二度とやんないでよね」

 

「だってぇ……」

 

「もぅっ、しょうがないわね……」

 

 

 ふにゃっと眉を下げる望莱の情けない顏を見て、希咲も嘆息する。

 

 

 この人をおちょくるのが大好きな困った妹分は基本的に愉快犯なのだが、他人が希咲に害を為そうとすると途端に攻撃的になるのだ。

 

 複雑な事情があるのだが、中学の卒業式の件もそれに該当する。

 

 

 当時望莱が所属していた3年4組にはとても目立った不良女子がいた。彼女は一年前まで同じ中学校に在籍していたみらいの兄である聖人のことが好きである。

 

 そしてその不良少女の兄は割と有名な不良男子だ。そしてその不良兄は希咲のことが好きで、既にフラレ済みである。

 

 その不良兄妹プレゼンツで中学卒業を機に紅月 聖人と付き合っていると噂の希咲 七海をどうこうしてやろうという企てをしているのを望莱が察知し、適切に対処したのだ。

 

 

 クラスメイトの内、幾名かの男女は実際にそのイベントに参加予定だったので有罪、また幾名かの男女はこの企てを知っていたのにみらいに教えなかったので有罪であると望莱は考えた。

 

 そして残りの無関係な者たちは、動機の特定をさせない、或いは遅らせる為に無差別にジェノサイドすることとし、当時通っていた中学校で3年間学年1位の成績を維持した類稀なる頭脳を最大限に発揮した結果、3年4組壁尻会場が設営される運びとなった。

 

 

 希咲は複雑な想いを抱く。

 

 

 実際に彼らの凶行を許してしまえば、ほぼ間違いなく自分はとても酷いことになっていたので、望莱に守られたことは間違いがない。

 

 ただ、その方法があまりにも常識外れでハチャメチャなものだったので、自分や他の大人も多大な迷惑を被ったことも間違いがない。というか、もしかしたら直接襲撃を受けるよりもヒドイことになったかもしれない。

 

 

 でも、それが自分のためだと思うとあまり強くは言えない。

 

 

(ちゃんとさせなきゃなんだけど、困ったなぁ……)

 

 

 望莱の腰肉を指先でムニムニ弄りながら苦笑いを浮かべる。

 

 

 そこまで考えたところで、『あぁ、そうか』と思いつく。

 

 

(――なんかこういうとこ、アイツちょっとこの子に似てるかも……)

 

 

 さらに胸の裡が複雑にモヤモヤして、望莱の脇腹の肉を爪でイジイジする。

 

 

「――むむっ……⁉」

 

 

 そしてそのくすぐったさから敏感にみらいさんは何かを察知した。

 

 

「七海ちゃんが他の男のことを考えてますっ!」

 

「バカなこと言わないの」

 

「おにくらめぇっ」

 

「ヘンな声だすなっ」

 

 

 誤魔化すように脇腹を摘まむと望莱が悶えたので、彼女のお尻をぶって止めさせる。

 

 そして今度は、彼女の真っ黒な後ろ髪に指を絡める。

 

 

「ねぇ」

 

「なんですかぁ?」

 

 

 艶めいた黒髪を爪で梳くように撫でられ、みらいさんはご満悦の表情だ。

 

 

「高校では大人しくしててよ?」

 

「えー? してますよー?」

 

「まだひと月も経ってないでしょ」

 

「安心してください。わたし高校では病弱なお嬢様キャラで騙し切る予定です」

 

「なにそれ。あのさ――」

 

「はい?」

 

 

 望莱の髪を梳く手が止まりそうなったのを寸前で意識して身体に命令を送り、同じ動きを続けさせる。

 

 

「――あたし、今なら大抵のものには負けないから……。わかるでしょ? もう大丈夫だから……」

 

 

 背中の上からの希咲のその言葉を聞いて、望莱はニッコリと貼り付けていた笑顔の瞼と唇を緩める。

 

 

「えー? でもぉ、それってわたしも今ならもっと負けないってことにもなりますよねー?」

 

「もうっ……、あんたが余計コワイものナシになっちゃったから心配してんじゃん」

 

「わかってますよー、だいじょうぶです」

 

 

 スマホの画面に目線を向けながら望莱は続ける。

 

 

「お前は喋らなければ可愛いのになって真刀錵(まどか)ちゃんにも言われましたし」

 

「ぷっ、なにそれ」

 

「蛮くんにも、お前は喋ったり動いたりしなければ清楚系美少女でいけるのになって言われました」

 

「うける。でも……」

 

「えっ?」

 

 

 希咲の望莱の髪を梳いていた手が止まる。

 

 

「……でも、それって……、お人形さんみたいよね」

 

「…………」

 

 

 望莱はまた瞼と唇を緩めてから、ニッコリと笑みを貼り付ける。

 

 

「そうですよー」

 

「そうですよって、あんた……」

 

「初めて七海ちゃんと会った時くらいとか――」

 

「えっ?」

 

「――あの時期よくそう言われてました。『お人形さんみたいに可愛いね』って」

 

「…………」

 

 

 楽し気に肩を揺すりながらスマホを操作していた望莱だったが、返事が返ってこなくなったので背中の方に意識を向けようとすると――

 

 

「ぅぎゅっ――⁉」

 

 

――急激に体重をかけられ潰れた声が漏れる。

 

 

 そして同時に人の肌の温度が背中のほぼ全面で感じられるようになった。

 

 

「……どうしたんですかー?」

 

「……なにが?」

 

 

 答えをはぐらかしながら希咲は望莱の腋の下から手を挿し入れて彼女の身体の前面に腕を回す。

 

 その腕に力を入れてギュッと締めて、彼女の背中に自分の肌を押し付ける。

 

 

「これは抱きしめてるんですか? それとも、抱きついてるんですかー?」

 

「……なにが? この方がスマホ見やすいからしてるだけだしっ」

 

「そうなんですか?」

 

「そうよ。かんちがいしないで」

 

「はいはい。それじゃ一緒に見ましょうねー」

 

 

 再び肩の上に乗せられた彼女の顎と頬に戻ってきた髪の感触に望莱は唇を緩め、自身の身体にかかる彼女の重みを心地よく思う。

 

 

「七海ちゃんは悪い女ですねー」

 

「なんでよ。あんたの方が悪い子でしょ」

 

「そういうことじゃないんですけどね」

 

「じゃあ、どういう意味?」

 

「いえいえ、いいんです。わたし女の子でよかったなーって」

 

「いみわかんないっ」

 

「ふふふー」

 

 

 ニッコリ顏の望莱と、少し拗ねたような顔の希咲は、結局なかよく顔を並べて一緒にスマホを見る。

 

 掃除は一つも進まないまま時間は大分経過しており、正午まであと1時間ほどだ。

 

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