俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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序章15 箱の中の猫 ①

 放課後の廊下。文化講堂から三方向へと道が別れる連絡通路にて希咲 七海(きさき ななみ)は、自分のせいで地獄に落とされたという白井 雅(しらい みやび)の事情を聞かされていた。

 

 

 

「えぇっとぉ、あなたの事情はわかったわ、白井 雅さん。その、とても痛ましい事件だったと思うし、同じ女として心から同情するわ。でも……あの……」

「なによ? はっきり言いなさいよ」

 

 言葉の通り希咲は心の底から同情をしていたが、どうしても一点だけ解せぬ箇所があり、しかしこの空気の中それを言い出すのはどうなのだろうと、気まずそうに切り出す。

 

「んとね、この流れでちょっと言いづらいんだけど、怒らないでね?」

「わかったから早く言いなさいよ、これ以上どう怒れというのよ」

「ん、ありがと。じゃ、じゃあね……ちょっと気になったことがあるからズバリ聞くけど……あのさ――あたし関係なくない?」

「は?」

「え?」

「希咲あなたね、これまでの私の話をどう聞いてたらそんな結論になるわけ? これ全部あなたのせいじゃない」

「なんで⁉」

 

 あまりに無茶苦茶な言い分に七海ちゃんはびっくり仰天してサイドアップの髪がぴゃーっと跳ね上がった。

 

「は? 何でも何もないでしょうが。いい? 私は黒パンツを晒したせいで怒られた。これが白でフルバックだったらそうはならなかった。これはいい?」

「う、うん」

「次。私が怒られたのは黒でさらにローライズのTバックだったから。校則では色の禁止はないけれど、あの女の価値観では黒もローライズもTバックもいやらしくて高校生にはふさわしくないからって理屈。これもいい?」

「えぇ、わかるわ」

「じゃあ、希咲。あなたはギャルよね?」

「え? まぁ、そんなつもりもないけど、一応ギャル系というか、そうなのかも」

「ほら、あなたのせいじゃない」

「なんでぇっ⁉⁉」

 

 異次元な論理展開に七海ちゃんのサイドの髪は再度跳ね上がった。

 

「はぁ? なんでこれでわからないわけ? あなた頭悪いわねぇ、これだからギャルは……男に抱かれることに脳のリソース全部回してるのかしら?」

「こ、こんのぉ……大人しく聞いてれば好き放題言ってくれやがって……」

 

 希咲は段々普通にムカついてきた。

 

「まぁ、いいわ。代表あと説明してあげて。私はもう疲れたわ」

「え⁉ ボク? ボクがやるの? ボクもうテンションだだ下がりなんだけど」

「そうよ。女性としての尊厳を踏みにじられて弱くてかわいそうな私が困っているのよ。さっさとしなさい、役目でしょ」

「ぐぬぬぬぬぬ……なんて都合のいい……でも――」

 

 法廷院は希咲へと向き直ると表情を改め、その目にまたギラついた光を灯し粘着いた視線を絡めてくる。

 

「――でも、そう言われちゃあ、ボクとしては前に出ざるを得ないねぇ、だってそうだろぉ? ボクは弱者の味方だからさ」

 

 法廷院 擁護(ほうていいん まもる)は不敵にそう言ってニヤァと哂う。しかし――

 

「…………」

 

 希咲はめんどくさそうに彼に視線を向けると特に何も言わなかった。

 

「え? あ、あの、希咲さん?」

「あによ?」

「えっと、ちょっとリアクション薄くないかな?」

「そう? そんなことないけど。あ、続き、早く、どうぞ、手短に」

「えぇ……」

 

 つい先刻まで異質に過ぎる彼と彼らに畏れを抱いていた希咲だったが、割と透けて見えてきた彼らの人間関係や個人個人の人間性にもうすっかり慣れてしまっていた。

 得体の知れないものは畏れる。だが、知ってみれば意外と大概何でもなかったりもする。

 

 

「なぁんか釈然としないけど、まぁいっかぁ。大分時間も過ぎちゃったしね」

「大概あんたのせいだけどね」

「んんっ。いいかい希咲さん。キミの疑問を晴らそうじゃあないか。『黒のローレグTバックはいやらしい』と『だからギャルが悪い』。おそらくキミの理解が追い付かないのはこの二つが繋がらないからじゃあないかなぁ?」

「そうね。さっぱり意味がわかんないわ」

「オッケー。いいだろう。じゃあその部分――あ、あの希咲さん? できればスマホはしまって頂いて真剣に聞いてもらえると……」

「ん? あぁ、だいじょぶだいじょぶ。メッセ一個返すだけだから。聞いてる聞いてるー。続けてー」

「ぐぐぐぐ……まぁいい。じゃあね、何でギャルのせいで黒のローレグTバックがいやらしくなるのかを説明しようじゃあないか」

「あーい、よろー。あ、一応だけどローレグとローライズは別物だからね? 今回のはローライズよ」

「えっ? そ、そうなんだ……ふ、ふぅーん……」

 

 気のない希咲の態度に消沈しかけた法廷院だったが、突如として明かされた、女の子の口から語られる女の子の下着の細やかな分類についての知識を得て、興味のないフリをしつつも興奮を禁じ得なく、内心彼のテンションはうなぎ登りだ。

 返信が終わったのかスマホを仕舞った希咲がこちらをジトっと見ているのに気づき、法廷院は滾る内なる己を戒めて説明を続ける。

 

「実はね、これはとある有識者に教わった理論でね。あ、その有識者ってのはボクの友人なんだけど、とても博識な男でね。このボクも一目置いているのさ」

「へー、あんたそんなんで友達とか普通にいるんだ」

 

 法廷院は聞こえなかったフリをした。

 

「んんっ、その彼がね言ったのさ。ギャルは基本的に黒のローレグ――「ローライズ」――あ、うん。そのローライズのTバックを穿いているってね。あいつらなんかいやらしいから黒でローレ、ライズでTバックだってね。そして男の前でガニ股でスクワットをするってね。彼は信頼できる男だ。彼の言うことは間違いないよ。つまり、黒のローレッグイズTバックにいやらしいイメージがあるのはキミたちいやらしいギャルが好んで着用するからってことさ。だってそうだろぉ? ガニ股スクワットだなんてそんなの『えっちすぎる』じゃあないかぁ」

「あんたもそいつも頭おかしいんじゃないの」

 

 思っていた以上にイカれた『りろん』とやらを披露されて希咲は疲労感に押し潰されそうになる。『ローレッグイズTバック』にもツッコみたかったがもう気力が湧かなかった。

 

 しかし、法廷院は勢いを止めずに畳みかけてくる。

 

「おいおいおいおい、頭おかしいだなんて、なんて『ひどいこと』を言うんだ。傷ついてしまったらどうするんだい? 自殺してしまったらどうするんだい? だってそうだろぉ? 憲法により『思想の自由』は誰にだって保障されているはずなんだぁ」

 

「そうだ、そうだ」とここに来てずっと大人しくしていた『自由の剣(ナイーヴ・ナーシング)』の面々が同調の声を上げる。

 

 すっかり脱力して油断していた希咲はその彼らの勢いに圧されてしまう。

 

「な、なによ。あんたたち急に――」

 

「さぁ、希咲さん。どうするんだい? かわいそうなかわいそうな白井さんは深く傷ついている。まさか自分は無関係だと? 彼女には泣き寝入りしろとでも言うのかい? それとも、地味でブスな女がイキって黒の――「代表」――え?」

 

 白井さんがじっと法廷院を見た。まばたきもせずじっと。

 目がマジだった。

 

「私、ブスではありません」

「あ、はい」

「あんた女の子にブスって言うのマジでやめなさいよ。白井さん普通にかわいいし、次言ったらぶん殴るわよ」

「はい、おっしゃるとおりです」

「認めましたね? 謝ってください」

「す、すみません」

「いい加減にしなさいよね」

「は、はい、ごめんなさい」

 

 女子二人に責められて、法廷院はしょんぼりした。彼の周りに集まった男子たちが小声で声をかける。

 

「代表。白井さんにブスって言うのやめてくださいよ!」

「そうですよ! 彼女のあの目マジでこわいんですよ!」

「い、いや、でもね? ボクだって別に本気で白井さんがブスだなんて思ってないけれども、こういうのはわざと大袈裟に表現を拡大して騒がないと効果がね……」

「回りまわって僕達に一番効きますからこのパターンはもうやめましょ? ね?」

「わ、わかったよぅ」

 

 仲間たちに説得され法廷院 擁護は考えを改めた。彼は周囲の意見を聞き入れることの出来るリーダーなのだ。

 

 

「んんっ、失礼したね。えーっとなんだっけ? ……そうそう! どう責任とるのさって話だ! さぁ! どうなんだい⁉ 希咲 七海さん‼」

 

 もう大分ぐだぐだだったが法廷院はとりあえず勢いでいった。

 

「どうするって言われても……でもさ、悲しいけど終わっちゃったものは仕方ないし、切り替えて次の恋を――「終わってないから」――え?」

 

「まだ……終わってないから」

 

 即死級の痴態を晒したが、この恋はまだ終わってはいないのだと白井さんは主張した。彼女の目はマジだった。

 

 希咲は気まずくて目線を彷徨わせながら「だって……でも……」と彼女のために精一杯言葉を選ぼうとしたが、結局適切な表現を見つけることが出来ずにお口をもにょもにょさせて、やがてただ彼女へと痛ましい目を向けた。

 

「そんな目で見るんじゃないわよおおっ! 見下さないでっ!」

「ご、ごめんなさい……」

「ふん。自分が男であれば相手は誰でもいいからって他の女まで同じだと思わないでちょうだい。私は一途なの。こんなことくらいで気持ちを変えたりなんかしないわ」

「だから別にあたしそんな遊んでなんか――」

「言い訳なんて聞きたくないわ! どうせ毎晩別の男の上でスクワットしているのでしょう! このセックスアスリートめ!」

「そんなアホいるわけないでしょうが! ……誰がアスリートよ。くっそこの女ぁ……」

 

 白井への同情で下手に出ていたが、あんまりな濡れ衣にいい加減怒りの方が勝ってきた。

 

「私は一つも諦めてなんかいない。むしろもうこれ以下はないと思ってある意味開き直れたわ。今も毎朝彼へとアピールをし続けているもの」

「白井さんメンタルどうなってるの? アスリートなの? そこは素直に尊敬するわ」

「これは戦いなのよ。私はね、失ってしまった自分自身の名誉を取り戻すために、この生命をかけて彼へと自分がちょっと地味めだけど清楚で可憐な普通の女子であると証明しなければならない……でもね、それにはとてもお金がかかるの……そう、私の地獄は今もまだ続いているのよ」

「は? お金? え、えと……白井さん一体何してるわけ?」

 

 また突然話が飛躍して希咲は嫌な予感がしたが聞かないわけにもいかなかった。

 

「ふっ、よくぞ聞いてくれたわね。私は黒のローライズTバックを穿いているところを彼に見られてしまった。そしてあのババアの洗脳教育により『黒パンツだからいやらしい女である』とレッテルを貼られてしまった。そうよね?」

「え、えと、まぁ、うん」

「だからね、あの惨劇の日の翌日から……毎朝彼の前でわざと転んで純白の清純な下着に包まれた清楚なお尻を彼に見せつけることで私のイメージの回復を図っているのよ! あの日はたまたま黒だっただけで、基本は毎日白しか穿かない清廉潔白な女であると証明し続けているの‼」

「頭おかしいんじゃないの?」

「あなたにはわからないでしょうね! 私の苦しみなんて!」

「うん、ごめん。なんでその結論に辿り着いたのかさっぱりわかんないわ」

「だからあなたは淫乱なのよ!」

「淫乱はおめーだろーが」

 

 この騒ぎが終わったらID交換して友達になろうと思っていたが、希咲は考えを改めた。

 

「てか、さ。なんでそれでお金がかかるわけ?」

「私だって女なのよ!」

「はぁ……」

 

 何を訊いても異次元な答えしか返ってこないこの連中から早く解放されたいと、希咲は心からそう願った。

 

「私にだって見栄はあるの……毎日毎日パンツを見せていけば白パンツのバリエーションなんてすぐに尽きるわ。彼だって何週間も何ヶ月もに渡って毎日パンツを見せられればそのうち覚えてしまって『あ、このパンツ前に見たな。最近もう見たことあるやつしか穿いてないけどこの女パンツのローテ回転早くね? スタメン弱すぎ』って飽きられてしまうかもしれないじゃない! だから私はバイト漬けの日々よ。常に新たな白パンツを用意するためにね。私の家の家庭環境ではバイトの許可が学園から降りないから、内緒でパンツ買う為にバイトをしてるの!」

「なんか目的変わってきてない?」

「そ、それに――どうせなら彼の目を飽きさせずに楽しませてあげたいしぃ、もしかしたら彼が私のお尻にムラムラきちゃったりとかして、そうしたらワンチャンあるかもしれないじゃない……」

 

 急にもじもじして本音を吐露し始めた白井さんを尻目に希咲は「ねぇ」と、西野へと声をかける。

 

 まさか自分に直接声がかかるとは思っていなかった西野君はビクっとすると「……な、なんですか?」と激しく視線を彷徨わせながら挙動不審に自分の肘から肩にかけて擦り上げた。

 

「あんたがさっき言ってた『男に媚びるしか能のないクソビッチ』ってこういうのを言うんじゃないの?」

 

 ジト目でそう言う希咲さんはビッチ呼ばわりされたことをしっかりと根に持っていたのだ。

 

 西野君はギクっとするとしばし反論の言葉を探したが、

 

「…………ぼ、僕の口からはなんとも……」

 

 西野君は仲間のことを慮り明言を避けた。

 

 

「とにかく、希咲。あなたが、あなた達が好んで黒のローライズTバックを着用して、軽率にガニ股スクワットなんてするものだから、同じ女だからってだけで、私までいやらしい目で見られているの。たまたま黒のローライズTバックを穿いていただけなのに。私とっても傷ついたわ」

 

「そういうことさ、希咲さん。キミが、キミたちギャルという強者がね、好き勝手に振舞っているその足元では、か弱い民衆が理不尽な重税を課されて苦しんでいるんだよ。これは『搾取』だぜぇ。そうだろぉ?」

 

 白井、法廷院に追従するように西野と本田も希咲を責め立てる声を出す。

 

「そ、そんなこと言われたって……ギャルがいつもそれ穿いてるってあんた達が勝手に決めつけてるだけじゃない。てか、あたし別にギャルじゃないし」

「口では何とでも言えるねぇ。でもね、こっちはしっかり情報ソースを提示しただろぉ? 決めつけだなんて『ひどい』ぜぇ。だってそうだろぉ? 何せ『専門家がそう分析したんだ』、間違いなんてあるはずがないじゃあないかぁ」

「何よ、専門家って。バッカじゃないの? どこのどいつよ、そいつ」

「おっとぉ。それは軽々しくは明かせないよぉ。ボクは個人情報の扱いには特別厳しい男なんだ。だってそうだろぉ? 勝手に喋ったら『プライバシーの侵害』じゃあないかぁ」

「だったらそんなの言ったもん勝ちじゃない!」

 

 狂信的な『弱さ』への信仰を掲げて不条理に断罪を迫る集団に、希咲はまた畏れを抱きつつあった。同じ言語で話しているはずなのに会話が全く成立しない。同じ人間、同じ生物に見えるのにその思考に理念に全く理解が及ばない。

 

 しかし、勢いに飲まれるわけにはいかない。正しいのは間違いなく自分のはずなのだ。何か言い返さなきゃと、焦燥に駆られ彼らに言葉を投げ返す。

 

「で、でもだからって、あたしがそんなの穿いてるなんて、あたしがあんた達の言う変な女だってそんな証拠もないじゃないっ」

「へぇ? じゃあキミは黒のローライズTバックなんてそんな物は所有してはいないと、そんないやらしい女ではないと、そう主張するんだね?」

「そ、そうよ! あたし別に遊んでる女じゃないしっ」

「――嘘ね」

「え?」

 

 法廷院との問答に白井が口を挟む。希咲の主張に異議を唱えた。

 

「嘘つくんじゃないわよ、このアバズレが。あなたさっき自分で言ったじゃない。黒のローライズTバックを持ってるって。しかも便利で重宝してるみたいに言ってたじゃない」

 

 先程の白井との話の中で確かに希咲はそのように言っていた。そう証言してしまっていた。

 まさか、あんなアホみたいな話の中で自分を嵌める為にこんな罠を張っていたのか――希咲は裏切られたような気分になって白井を見た。

 

「そ――それは……確かに持ってはいるけど、でもっ――「――謝りなさいよ」――えっ?」

「嘘をついたでしょ? いけないことよね? 謝りなさいよ」

「う、嘘って……そんなの……でも……」

「嘘をついたら、ごめんなさい。小学生でも出来るわ。あなたそんなこともできないの?」

 

 白井を援護するように彼女の仲間たちからも「そうだ」「あやまれ」と次々に希咲を責め立てる言葉が飛ぶ。

 

 

 納得など出来なかった。

 

 確かに嘘を吐いたことになるのかもしれない。だけど、男の子との会話の中で自分がどんな下着を持っているかなんて、そんな事実を細やかに明かす必要なんてないと思っていた。しかし、同性である白井との会話では女の子同士だしという気持ちもあって、普通に気兼ねなくそれを話してしまっていた。

 

 先程の法廷院とのやりとりだって別に彼を騙そうとして、言いくるめようとして本当のことを言わなかったわけではない。だが、自分の口から出た言葉は相手によって相違してしまっていて、証言に矛盾が生じてしまっていて。

 

 嘘を吐いた。そこの部分だけを、事実だけを切り取ってしまえばそうなのかもしれない。

 

 だが、希咲は認めたくなくて、到底納得など出来ようはずもない。しかし――

 

 

「――ごめんなさい……」

 

 大きな、はっきりとした声ではなかった。しかし、彼女は、希咲 七海は確かに自分のその口で、その言葉を、「ごめんなさい」と、そう言ってしまった。

 

 納得もしていないし、今でも自分は間違っていないと思っている。しかし、場の空気に、雰囲気に、この場に居る自分以外の全ての人間から「お前が間違っている」と、そう責め立てられる情勢に、希咲は屈してしまったのだ。

 

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