俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章39 となりのひるごはん ④

 

 昼休み。

 

 

 午前中の授業が終了し、昼食の時間となる。

 

 弥堂 優輝(びとう ゆうき)が所属するこの2年B組も既に学食や購買に向かった者、昼食を共にする友人と合流する為に席を立つ者などで人が行き交い賑わっている。

 

 

 ただそれは一見すると――の話で、全ての者が喧騒の一部になっているわけではない。声の大きな者や動き回る者が目立つだけで、当然そうではない者たちもいる。

 

 

 それは弥堂 優輝であったり或いは――水無瀬 愛苗(みなせ まな)であったり、だ。

 

 

 

「水無瀬さん、一緒にお昼食べよ」

「愛苗っちは学食じゃないよね?」

 

「う、うん……、真帆ちゃん、ののかちゃん……」

 

 

 弥堂の隣の座席に座る水無瀬のもとに日下部さんと早乙女が近づいてきた。

 

 

(また好感度が下がった――いや、リセットされた……のか……?)

 

 

 便宜上この現象をそのように言語化することにし、弥堂は横目で彼女らの様子を視て目を細める。

 

 

「愛苗ちゃんはお弁当組よ。常識でしょう」

「普段から一緒にご飯食べてたわけでもないのに何を食べてるのか把握してるのは、常識的に考えてコワイよ、小夜子」

 

 

 野崎さんの言うことは尤もだ。普通ならばそうだろう。

 

 だが、彼女らは数日前にも水無瀬と昼食を共にしているし、それがなかったとしても水無瀬が弥堂に作ってきた弁当を渡す際にそれなりに目立っているのでその様子を目撃しているはずだ。

 

 だから水無瀬が弁当を持参していることを知っていたとしても別におかしくはないし、なんなら彼女達4人に関しては知らない方がおかしい。

 

 

 今回に限っては悪ふざけとはいえ舞鶴の言い分の方が正しいといえよう。

 

 

 実に野崎さんらしくない。

 

 

 らしからぬ論理破綻――というよりは、

 

 

(――情報の整合性がとれていない……?)

 

 

 弥堂からはそのように見えた。

 

 

 先週の金曜日に名前で呼び合うくらいには仲が良くなっていた水無瀬と彼女たち4人だが、それがなかったかのように昨日、そして今朝には希咲が水無瀬と彼女らの関係を取り持つ前の親交度にリセットされていた。

 

 それが今から約一時間前の休み時間に希咲から早乙女に電話がかかってきたら、今度はまた数日前の仲がいい時の状態――4月17日の金曜日あたりの状態に戻った。

 

 

 一体どういうことだとその後の授業中に原因について考えていたら、希咲の電話から約一時間ほど後の現在、好感度、友好度、関係値、そういったものに近い何かがまたリセットされ、まるで4月17日の金曜日あたりの状態にロールバックでもしたかのようだ。

 

 

 チラリと水無瀬が不安そうな視線を向けてくる。

 

 

 弥堂は黙って目を伏せた。

 

 

 縋られたところで答えられることがなにもない。

 

 

 依然として何が起きているのかはわからないままで、印象としては逆に状況が悪くなっているようにも感じられる。

 

 

 弥堂は席を立つ。

 

 

 これは水無瀬の問題であって自分の問題ではない。

 

 希咲から水無瀬のことを頼まれてはいるが、それは暴力沙汰に類するものに限ると認識している。

 

 

 水無瀬の周囲で何かが起こっているのは間違いがなさそうだが、現時点で自分が介入するような緊急性のある問題ではないと判断した。

 

 

 出来れば原因と、そもそも今なにが起こっているのかについて突き止めたいところではあるが、考えたり調査をすれば必ず謎が解けるというものでもない。

 

 現実の出来事には答えが用意されているとは限らないのだ。

 

 

 それならばいっそとっとと緊急性のある事態になってくれた方が自分としてもその現場に居る者を殴ればいいだけなので、その方が効率がいいし楽でいいと、そんな風に考えながら場を離れようとする。

 

 

「あ、あの、弥堂くんっ」

 

 

 そうするとやはり呼び止められる。

 

 

 ここのところ、こうして他人に呼び止められることが増えたなとうんざりしながら弥堂は振り返る。

 

 

「なんだ、水無瀬」

 

「ごめんね、忙しいところ……」

 

 

 何故か申し訳なさそうにする水無瀬に、『用件を訊いているんだからそれを答えないことに申し訳なく思ってくれ』と弥堂は考えたが口には出さなかった。

 

 彼女の手に持っている物を見れば彼女の用件は一目瞭然だ。

 

 

「あのね、結局作ってきちゃったんだけど……」

 

「何が結局なのかは俺にはわからんが、用件はわかった。寄こせ」

 

 

 無駄な問答を省いてさっさと弁当を受け取る。

 

 ここ数日でこのやりとりがルーティンになったように感じられて、もはや無駄な抵抗をする気も失せていた。

 

 

「おぉ……、すっごいオレ様なんだよぉ」

 

「シチュエーションとしてはあるあるだけど、実際にはあんまり見ない光景だよね。手作り弁当あげるって」

 

 

 弥堂としては数回でもう飽き飽きしているこの工程を、彼女たち4人は物珍しい光景のように見ている。

 

 

「び、弥堂くん、あとね……?」

 

「……なんだ?」

 

「……ごめん。やっぱりなんでもない。口に合わないものとか入ってたら無理に食べなくていいからあとで教えてね」

 

「…………」

 

「弥堂くん……?」

 

 

 少し目を丸くして呆けていると水無瀬に怪訝そうに顏を覗かれる。

 

 

「……いや、なんでもない。わかった。じゃあな」

 

「うんっ。またあとでね」

 

 

 取り繕ってからこの場を辞する。

 

 

 てっきりまた『ここで一緒に食べようと』言われると思っていたので少々意外だったのだ。

 

 普段から彼女は何度断ってもまったく気にした様子もなく、無邪気にそう要求してくるからそれも込みでルーティンのように感じていた。

 

 

 ましてや、今日に関してはどこか周囲の様子がおかしく、そして水無瀬自身もそう感じていたようだったので、居心地の悪さから尚更ここに居るように要求されると考えていた。

 

 

 もしかしたら彼女も言葉を止める寸前までそのつもりだったのかもしれない。

 

 そんな様子がみてとれた。

 

 

 だが――

 

 

(――自分のためには要求をしないのか)

 

 

 水無瀬 愛苗という人物を表す特性の一つに加え、それについて考えようとして、そしてやめた。

 

 

 まるで今日初めて食卓を共にするような、そんな雰囲気が感じられる女たちの「次の移動教室一緒に行こうねー」という燥ぎ声を背にして、水無瀬から貰った弁当を手に教室の出口へ向かう。

 

 

「よぉ、イイご身分じゃあねえか? あ? クラスの女子に弁当作ってもらうとかよぉ」

 

「お、おい。鮫島、やめとけって……っ!」

 

 

 出口への道すがら教壇の近くを通りがかると、その場所にある自席に腰かけた鮫島君にイチャモンをつけられる。

 

 弥堂は特に相手にすることなく、通りすがりにチラリと横目を向けるだけに留めた。

 

 鮫島君もそれ以上は絡んでくることもなく、今度は仲間内で言い合いを始める。

 

 

「んだよ、須藤っ。止めんなよ」

 

「バッカおめぇ、ケンカ売ってどうすんだよ」

 

「あぁ? だってムカつくだろ? 水無瀬さんに弁当もらって希咲からは電話もらって。紅月じゃあるまいし何であのヤロウが……」

 

「オマエ……、希咲は諦めろって……」

 

「いいや。まだワンチャンあるね! つかよぉ、オメーもムカつくだろ? 小鳥遊ぃ?」

 

 

 そう言って味方に引き入れようと鮫島君が水を向けたのは、去年ワンチャンあると思って希咲 七海に告って玉砕した雰囲気イケメンの小鳥遊君だ。

 

 

「カンベンしてくれよ、鮫島。俺は別に不良とかじゃないんだ。アレにケンカ売ろうなんて思えねえよ……」

 

「なに日和ってんだよ。水無瀬さんの手作り弁当とかオメェ許せねえだろ」

 

「いや、そりゃムカつくっちゃムカつくけど、それくらいで弥堂とケンカするとかワリに合わなすぎだろ」

 

「カァーっ、ダッセェな。昨日は『俺の愛苗ー』とか言ってたのに、そんなもんなのかよ」

 

「は? なんだそれ?」

 

 

 身に覚えがないこと言われたかのような反応をした小鳥遊君の素っ頓狂な声が聴こえ、弥堂はちょうど教室のドアの敷居を越えようとしていた足を止めた。

 

 

「なんだそれって……、オマエが昨日言ってたんじゃねえか」

 

「はぁ? そうだったっけか……?」

 

「そうだったっけかって……、オマエ水無瀬さんが好きなんだろ?」

 

「なんだよそれ? なんでそんな話になってんだ? 確かに可愛いと言ったことはあるとは思うけどよ、そこまでは言ってねえよ。やめろよお前ら、そういうの決めつけて言いふらしたりすんなよ?」

 

「あれー? そうだっけかー? 言ってたよなぁ? 須藤」

 

「あー……、うん? どうだっけか……? 言ってたような言ってないような……」

 

「そう言われるとオレも自信なくなってきたな」

 

「な? だから言ってねえんだって」

 

「おぉ。オレの早とちりだったみてぇだ。悪かったな」

 

「まぁ、気にすんなよ。そういうことだから弥堂にケンカ売ったり――ヒッ⁉」

 

 

 言いながらふと教室の出入口の方へ目線を向けた小鳥遊君が固まる。

 

 教室から出ずにそこに立ち止まったままの弥堂が自分を見ていたからだ。

 

 

「おぉ……、スゲェ見てるぞアイツ」

 

「な……、なんで……、なんでアイツ俺を見てんだ……っ⁉ 俺なにも言ってねえのに……、こえぇよ……」

 

「あーあ、小鳥遊オメェ終わったな」

 

「アイツにケンカ売ったのお前だろ⁉」

 

「まぁ、任せとけよ。ヤロウがやるってんならオレが代わってやっからよ」

 

「鮫島ぁ、オメェやめとけって……」

 

「須藤よぉ、オメェもこないだのオレのタイマン見たろ? 仕上がってきてんだよ。左が。今ならやれる気がするんだ」

 

「オマエ、先週もローが仕上がったっつって絞めオトされてたじゃねえか……。あんま言ってっとそろそろアイツ……、って、あれ? 居ねえ?」

 

「あ?」

 

「た、助かったぁ……」

 

 

 須藤君が教室の出口の方へ目を向けるとそこにはもう弥堂は居なかった。小鳥遊君が安堵の息を漏らす。

 

 彼らも彼らですぐに他のことに興味を移し、仲間内でまた馬鹿話を始めた。

 

 

 

 

 

 体育館裏に訪れる。

 

 

 教室を出た後に用事を済ませた弥堂はここ最近では毎回昼休みを消化するのに使っているこの場所に昼食の処理をしに来ていた。

 

 

 水無瀬から渡された弁当袋を片手に周囲に眼を配る。

 

 前回と前々回はこの場所で生ゴミ処理機である白猫と遭遇したが、今日は居るだろうかと探しているとガサガサと茂みが揺れる音がする。

 

 

 そちらへ眼を向けると探していたものと同じ形をした白猫が植え込みから出てきてチョコンとお座りをした。

 

 

 前回はその植え込みの後ろにある木に蹴りを入れたら枝の上から落ちてきて、ひどく怯えた様子を見せていたが、今日はそういった様子は見られない。

 

 前足を伸ばしてお座りをし、こちらをジッと見ている。

 

 

 弥堂もその白猫をジッと視た。

 

 

 数秒ほど白猫と見つめ合ってから、自分へ向けられるまんまるな目から視線を逸らした。

 

 

 袋から弁当箱を取り出しながら歩く。

 

 

 弁当箱の蓋を開け、そして焼却炉の扉を開く。

 

 

 一度白いネコの方へ目線を遣る。

 

 

 まんまるな目が自分を見ている。

 

 

 無感情にその目を視返しながら焼却炉の中に手を突っこんで、炉の中で弁当箱を逆さまにして中身をぶちまけた。

 

 

 手の中の重さが失くなったことを感じ取り、炉の扉を閉めてこの場を立ち去る。

 

 

 背中に視線を感じながら校舎の方へと戻った。

 

 

 

 

 部室棟の近くまで来ると怪しい人影を発見した。

 

 

 ここいらは物陰になるような場所が多く、専ら不良たちの溜まり場に使われている。

 

 なので、ここいらに居る時点で既に怪しい人物である可能性が高いのだが、今回はそういった意味での怪しいではなく、この場に似つかわしくないといった意味での怪しい人物だった。

 

 

 その人物とは、水無瀬 愛苗だ。

 

 

 弥堂は腕時計に眼を落とし時間を確認する。

 

 昼休み終了まであと15分ほどだ。

 

 

 彼女は教室で野崎さんたち4人と昼食を摂っていたはずだが、弥堂が用事を済ませている間に食べ終わって後は各々自由時間といった運びになったのだろうか。

 

 

 風向きによってはタバコや別の匂いが漂ってくるようなこの場所では、彼女のような人物は一際浮いて見える。

 

 それだけでなく、視線の先に居る水無瀬が挙動不審なのも相まって殊更に違和感が生じている。

 

 

 彼女は何かを探しているのか周囲のあちこちに目線を移しながらフラフラと歩いていた。

 

 

 もしもわずかに何かのめぐり合わせが悪ければ、自分が焼却炉に彼女から貰った弁当を捨てている場面を見られたかもしれないなと想像し、しかしそれで肝を冷やすこともなく、むしろ手間が省けてそれもいいかもなと胸中で嘯いた。

 

 

 それはともかく――

 

 

(あいつ何してんだ……?)

 

 

 水無瀬の方にはこちらに気が付いている様子はなく、辺りをキョロキョロと見廻しながら時折り「フンフン」と動物が鼻を鳴らすような仕草を見せている。

 

 

 確かこの後の5時限目の授業は移動教室で、水無瀬は野崎さんたちと一緒にそこに向かう手はずにしようと話し合っていたはずだ。

 

 

 こんなところで、彼女一人で、一体どんな用事があるというのか――

 

 

 弥堂は可能性をいくつか想像し、サッと物陰に身を潜めて彼女を尾行することにした。

 

 

 ここいらは不良たちの溜まり場で、昨日も同じクラスの不良女子である結音 樹里(ゆいね じゅり)寝室 香奈(ねむろ かな)のギャルコンビと彼女らと懇意にある素行の悪い男子生徒たちが屯していた。

 

 

 水無瀬 愛苗に害を齎そうと密談していた人物たちのナワバリに、そのエモノが不審な様子で一人歩きしている。

 

 

 今日の教室では水無瀬を取り巻く環境に明らかに怪しい何かがあった。

 

 

 その原因と、実際に何が起きているのかということを考えたが弥堂にはその答えに辿り着くことは出来なかったが――

 

 

(――もう考える必要もなくなるかもな)

 

 

 問題に対する答えに必ず辿り着けるとは限らないが、稀に答えの方から勝手にこちらへ来てくれることもある。

 

 

 自分の得意とする状況になりそうだと心中でほくそ笑み、弥堂は意識を切り替えて水無瀬の背中に鋭い視線を向けると、「今日の自分は運がいいようだ」と胸中で嘯いた。

 

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