俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章39 となりのひるごはん ⑤

 

 水無瀬は校舎裏を進んでいく。

 

 

 やはり何か――もしくは誰かを捜しているのか、辺りをキョロキョロとしながらゆっくりとした歩調で歩いている。

 

 

 時折、犬や猫のように鼻をクンクンと鳴らしては首を傾げている。

 

 

 この一帯は不良生徒たちの溜まり場になっており、そこらの物陰は彼らの喫煙所のようなものだ。

 

 

 弥堂が以前に一時的に世話になっていた保護者のような女であるルビア=レッドルーツが喫煙愛好家だった。

 

 その彼女と同じ部屋に居ることの多かった弥堂は煙草の臭いにはもう慣れ切ってしまっているので、ここらへんで臭う程度の煙草の臭いなど気に留まるほどのものでもない。

 

 

 しかし現在のこの国では煙草というものは結構な嫌われモノのようで、喫煙をしない人間の方が多いと感じられる程度には『嫌い』だと言葉にしやすく『好き』だとは声に出しづらい環境のようだ。

 

 だから水無瀬の両親も煙草を吸わないのであれば、彼女の年頃ではあまり馴染みのない臭いで気になるのかもしれない。

 

 

 よく謂えば純粋無垢、悪く謂えば幼稚で子供っぽい。

 

 そんなイメージの水無瀬 愛苗という少女にはそもそも煙草というものも、こういった薄暗い場所も全く似付かわしくないように感じられるので、自然とそう思えた。

 

 

 反対に派手な見た目をしていて口も悪く、弥堂から見れば性格も悪い希咲 七海ならこういった場所も、なんならタバコを吸っていても似合うかもしれない。

 

 

(いや)

 

 

 そう思ってすぐに考えを否定する。

 

 どちらかというと彼女は、喫煙者に『クサイ』だの『カラダに悪い』だのと口煩く文句を言っているのが一番お似合いだと評価を変える。

 

 

 そんな風に多少気を散らしても問題ない程度には水無瀬の尾行はイージーだった。

 

 

 やたらと周囲を見廻しているわりには、自分が通り過ぎた後の背後にはまったく気を払っている様子がない。

 

 一応彼女からの視線が通らないように身を隠しながら後を尾けているのだが、そんなことをしなくても彼女ならば気が付かないかもしれない。

 

 

(前例もあることだしな)

 

 

 と、魔法少女姿の彼女に初遭遇した時のことを思い出していると、ふと水無瀬が立ち止まる。

 

 

 ちょうど校舎の壁が切れる地点でその角を曲がると裏路地のようになっている場所だ。

 

 彼女はソロォーっと路地の中を覗き込んで奥の方を気にしているようだ。

 

 

 奇しくも――否、必然か。

 

 

 その路地の奥は昨日の昼休みに結音と寝室が溜まり場にしていた場所であった。

 

 

 ギャルなどという種族はどうでもいいことに無駄な時間を消費して、やかましいだけでどうでもいいことばかりを喋っているどうしようもない種族だと、弥堂はそのように考えていたがなかなかどうして。

 

 

 話が早いじゃないかと全身に火を入れる。

 

 

 自分のすべきことは多くない。

 

 

 このまま水無瀬を行かせて実害が出る前に乱入し場を制圧する。

 

 

 たったそれだけだ。

 

 

 それだけで、希咲との約束を果たせるし、今日教室で起きていた訳のわからない事態ももしかしたら終わるかもしれない。

 

 

 実に効率がいい。

 

 

 逸る気持ちを抑制しながら弥堂は路地を覗く水無瀬の背へ鋭い視線を向けた。

 

 

 しかし――

 

 

「…………」

 

 

 何秒か待っても彼女は一向に進もうとはせずに弥堂は眉を顰めることとなった。

 

 

 一体何をしていると焦れて不審に思っていると、水無瀬がまた「フンフン」と鼻を動かす。

 

 

「弥堂くん……?」

 

「――っ⁉」

 

 

 まさか気付かれるとは思っていなかった弥堂は驚く。

 

 

 咄嗟に身を隠そうとするよりも先に、別の方向を見ながら弥堂の名前を呟いた彼女がこちらを向き、そして目が合った。

 

 

「あっ! やっぱり弥堂くんだった!」

 

「…………」

 

 

 弥堂の姿を確かめた水無瀬はニコッと笑顔を見せる。

 

 

 尾行をされていたことを何とも思っていないのか、それともそこまでは気付いていないのか。

 

 彼女なら気付いていたとしても何も気にしないだろうなと考え、見つかったのなら仕方ないと水無瀬へ近づいていく。

 

 

「……どうして気付いた?」

 

「え? えっと……、におい……?」

 

 

 そう言って彼女はまた鼻を鳴らす。

 

 

「一応身体は毎日洗っているんだが、そんなに特徴的な体臭をしているのか?」

 

「うんとね、そういうニオイじゃないんだけど……、なんか弥堂くんがいるなぁって空気……? じゃないかぁ……。なんて言ったらいいかわかんないんだけど、なんかそこはかとなくそういう感じが漂ってきて……?」

 

「なるほどな」

 

 

 何を言っているのかまるでわからなかったが、素直に自分の手落ちを認めたくなかったので、『動物みたいなヤツだな』と心中で彼女を蔑むことにした。

 

 

「弥堂くんこんなところでどうしたの? 奇遇だね」

 

「本当に奇遇なことならいいな」

 

「えっ?」

 

「お前こそこんなところでどうした? 普段はここまで来ることなどないだろう」

 

「うん、そうなんだけど……」

 

「キミは野崎さんたちと昼食を摂ってお喋りをしていたはずだし、この後は移動教室だ。そこまで連れだって行く約束をしていたはずだ」

 

「あ、うん。化学実験室一緒に行こうって約束したの」

 

「そんなキミがこんな薄汚い場所に一人で来ているのには理由がある。誰かに呼ばれたからだ。そうだな?」

 

「そうなのっ。弥堂くんよく知ってるね。すごいねっ」

 

 

 言質をとりながら状況の主導権を握っていく。

 

 

 こうなった以上は彼女に同行して現場に入るしかないと判断したからだ。

 

 水無瀬を囮として先行させクズどもが犯行に及んだところで一網打尽にする予定だったが、それを成立させるには水無瀬にも弥堂がここにいることを知られてはいけないし、また自分が囮であるいう自覚を持たせてもいけない。

 

 彼女の性格や能力を考えれば、演技が出来るとは思えないからだ。

 

 

 ならば、いっそ護衛として着いていく方がマシだろうと判断をした。

 

 

 出来ればこの場はやり過ごして後日また別の機会を待った方が確実なのだが、それは面倒なのでもう適当にイチャモンつけて2~3人骨折させてやれば大体OKだろうという雑な決断だ。

 

 

 状況が開始した時には色々なことをきちんと考えはするが、状況が複雑化しそうだったり、さらに長引きそうだったりすると、すぐに面倒になって力づくで終わらせようとする癖が弥堂にはあった。

 

 

「結音と寝室か? この奥にいるんだな?」

 

「えっ? そうなの?」

 

「……なんだと?」

 

 

 急に会話が噛み合わなくなり弥堂は眉を寄せる。

 

 

「あいつらに呼び出されてここに来たんじゃないのか?」

 

「……? ちがうよ?」

 

「……じゃあ誰に呼び出された?」

 

「それがね、わかんないの……」

 

「…………」

 

 

 何を言ってるんだこいつはと胡乱な瞳を向けると、愛苗ちゃんはいっしょうけんめい身振り手振りを添えて説明を開始した。

 

 

「あのね、みんなとお昼食べてたらね、変なニオイがしたの。なんかすごく困ってるというか、苦しいというか、よくわかんないけどそういうニオイがして。それでね? 私タイヘンだぁーって思って。みんなに後で戻ってくるねって言って捜しにきたのっ」

 

「……そのニオイというのはさっき俺に気付いた時のようなことか?」

 

「うんっ。なんかイタイよぉーって泣いてるみたいで、助けてあげなきゃって思ったの!」

 

「イタイのはお前だ」

 

 

 意味不明な供述をする電波女に侮蔑の視線を投げかけたが、そのニオイは伝わらなかったらしく水無瀬は不思議そうに首を傾げる。

 

 弥堂は急激にやる気を失った。

 

 

「それで? そこの角の向こうを覗いてたのはなんだったんだ」

 

「かど……? あっ! そうだった! あのね弥堂くん、タイヘンなのっ!」

 

「お前はいつも大変だな」

 

「あっちでね、誰かケンカしてるみたいで……」

 

「ケンカだと?」

 

 

 そう言ってまた路地の中を覗き込む彼女に合わせて弥堂も一応見るだけは見てみることにする。

 

 前述のとおりここいらは不良の溜まり場だ。ケンカなど別に珍しいことではない。

 

 

 それに不良同士の対立ではどちらかが勝っても別に負けた方が被害者になるわけではない。

 

 風紀委員の弥堂としては被害者がいなければ加害者を脅して金を巻き上げることが出来ないので、この件にあまり興味を持てなかったのだ。

 

 

「あのね、ケンカっていうかもしかしたらなんだけど、イジメかもしれなくって……」

 

「なんだと。見せてみろ」

 

 

 そうであれば話は別だと、腰を曲げて恐る恐る覗く水無瀬の上から路地の中へ視線を投じた。

 

 

 すると、ガタイのいい数名の男子生徒が一人の人物を包囲するように集まっていた。

 

 

「この学園のひと、みんないい人ばっかりだしイジメとかそんなことないって思ったんだけど、でもなんかすごくピリピリしてて……、私ひとりでどうしようってアワアワしてたんだけど、弥堂くんが来てくれてよかったよ」

 

「そうか。よくやった。お前はもう用済みだ。教室に帰っていいぞ」

 

 

 血も涙もないことを言いながら速やかに水無瀬を排除しようとするが、彼女は路地の中の出来事が気になってしょうがないようで聴こえていなかった。

 

 

「あのおっきぃ人たちがね、たまに『おらぁ!』とかって言っててコワイ感じなのっ」

 

 

 そして弥堂も弥堂で彼女から興味を失くし、あとは自分の眼で見て判断すればいいと現場を観察する。

 

 

 暫定ではあるが犯人グループは4人だ。

 

 

 背が高く、筋量もある。

 

 そんな屈強な男子生徒が4名で1人の生徒を取り囲んでいる。

 

 

 筋肉の輪の中心にいるのも男子生徒だ。

 

 

 ただし、制服を見て判断しなければならない程に華奢な体躯をしている。

 

 野卑で粗暴な男たちに囲まれ、その痩せた身体をさらに縮こまらせて酷く怯えた様子だ。

 

 今も男たちの一人が威嚇の鳴き声をあげて地面を踏み鳴らしたことで、ビクっと肩を揺らした。可哀想に、震えあがってしまって逃げようにも身体が動かないのだろう。

 

 

「……あれは、見た顔だな。ラグビー部の連中か……」

 

 

 見覚えのある顔を記憶の中の記録と照らし合わせて身元を確認する。

 

 そして暫定被害者の方を確認するためにその顔を注視すると――

 

 

「……あれは――っ⁉」

 

 

 弥堂は驚きに眼を見開いた。

 

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