俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章40 生徒会 ②

 

 意識が浮上し薄目を開けると、眼に映ったのはそれなりに見たことのある床だった。

 

 

 周囲の話し声を耳で拾いながら状況を把握していくと現在位置に見当がつく。手足を僅かに動かしてみると自由がきかない。どうやら拘束されているようだ。

 

 

 目線を床と平行方向にして自分が転がされている部屋の中を視認すると、見当をつけたとおりの場所のようだ。

 

 

「――ん。お嬢様。“ふーきいん”が起きた」

 

 

 どうやら意識の覚醒を気取られていたようだったので弥堂は縄で簀巻きにされた身体を起こして床に座った。

 

 

 視線を部屋の奥に遣る。

 

 

 そこはこの部屋の主が居る場所。高級感のある事務机が置かれている。

 

 その机と弥堂との間は薄いヴェールのような間仕切りカーテンで隔てられていた。

 

 

 半透明の幕の向こうに座るのは一人の少女。

 

 長い黒髪で少し前髪が目にかかる。フラットな表情からは彼女の真意は何も汲めない。

 

 

 貴き血を静かにその身の内で巡らすその止ん事無き生命体は、ここに置かれているどんな調度品よりも静謐さと荘厳さをこの部屋に齎していた。

 

 

 彼女は真っ直ぐこちらに視線を向けながらも弥堂を見てはいない。

 

 そしてその目をそっと伏せた。

 

 

 以前――弥堂がこの街に来る前のことだ――に、弥堂の雇い主のような存在であった女もこうだった。

 

 高貴なる血筋の者は下賤の者に直接姿を見せず、そして直接見ず。

 

 

 このようなパーテーションごしでさえ視点を合わせることは許されない。

 

 

(ふん、小娘が)

 

 

 そう毒づいた相手は目の前の彼女ではなく、記憶の中にいる以前の雇い主だ。

 

 だが心中で身分の高い者を嘲ったところで、弥堂が下賤な存在であることは変わりはない。

 

 そして実際彼女が高貴な存在であるという事実も、弥堂のような人間から見てさえ感じ取れるほどに紛れもないものであった。

 

 

「ご無沙汰しております、会長閣下。このような姿で失礼致します」

 

 

 そう言って弥堂は片膝をつこうとしたが、本当にこのような姿――簀巻きにされている――だったので上手く身動きがとれず、仕方なく両膝をついて首を垂れた。

 

 その敬意を向ける相手こそが、この学園の生徒会長――郭宮 京子(くるわみや みやこ)だ。

 

 

 彼女は私立美景台学園高等学校の生徒会長であり、同時にこの学園の所有者・経営者という立場でもある。

 

 

 生まれ持った血。

 

 

 たったそれだけの違いで同じ場所に居ながら、彼女は名実伴った支配者として玉座に君臨し、そして弥堂はその前にまるで死刑を言い渡される直前の罪人のように跪いている。

 

 

 だが――

 

 

 高貴なる血だろうが、下賤な血だろうが、どんな血であろうとそれを内包する人体から全体量の30~40%ほどが流出すれば死に至る。彼女の体格なら1.5ℓほどだろうか。

 

 たったそれだけのことで高貴な彼女も下賤な弥堂と同じように死ぬ。

 

 

 所詮は人間ごときの中での身分の違いなどその程度のことでしかない。

 

 

 そんなことを考えながら、弥堂も偉大なる生徒会長閣下の御尊顔を直視せぬように視点を下げた。

 

 

 この生徒会室――正確には生徒会長室――で弥堂が彼女に謁見する時には、いつもこのような形式になっている。

 

 この部屋以外では普通に一般生徒の一員として学園生活を送っている彼女に、このような形で礼を尽くすようにと命令されたわけではないのだが、以前の雇い主に高貴なる者への礼節を流血を伴って叩き込まれた弥堂はその時の経験から自然とこのように応対していた。

 

 

 郭宮会長との接し方は最初はこうではなかったのだがいつの間にか、気が付いたらこうなっていた。

 

 

 昇降口棟の2階にあるこの部屋は図面上は『生徒会長室』という名で登録されている。

 

 元々は生徒会長のための個人執務室だったのだが、委員会棟にある本当の『生徒会室』は生徒会のメンバーが誰も来なくなった為に使われなくなり、実質彼女一人となった生徒会の運営はこの『生徒会長室』で事足りるので、現在は便宜上ここが生徒会室だと多くの者に認識されている。

 

 

 何故生徒会メンバーが生徒会に居つかなくなったのかというと、『民主的』だの『生徒ファースト』だのと訳のわからない世迷言をぬかす輩が多かったので、以前に弥堂が『この学園と生徒は誰の持ち物なのか』をわからせるために大規模な粛清を行ったことが原因だ。

 

 おかげで会長閣下の鶴の一声を学園全体へ通すために色んな意味で風通しがよくなったが、そういえば弥堂と会長との間にカーテンが引かれるようになったのもこの時期辺りからだったなと思い出す。

 

 

「構いません。面をあげて下さい」

 

 

 その声を発したのは郭宮会長ではない。

 

 

 彼女の脇に控えるメイド姿の女性だ。

 

 

 この女性は御影。

 

 御影という苗字で、名はない。

 

 

 京都の旧家である郭宮家の守護の役を古くから担っているのが御影家であり、御影の当主となった瞬間に名は失われ、当主は御影そのものとなる。

 

 

 20代後半ほどの年齢の今代の御影は、郭宮の今代の当主である京子が幼少の頃より彼女に付き従っている。この学園においては御影は理事長の役職に就いているが、本人は自分はメイド長であると言い張っていた。

 

 学園の実際のオーナーは郭宮 京子なのだが、彼女が在学の間は御影が便宜上の最高責任者ということに表向きはなっている。

 

 

「うちの子たちが乱暴な真似をしてすみません」

 

 

 開口一番に丁寧に腰を折って頭を下げられる。

 

 チラリと御影の後ろに眼を遣ると、赤青のちびメイドが立っている。

 

 

 赤髪の“まきえ”は蔑むような目を向けてきており、青髪の“うきこ”は何故かうっとりとしたような目を向けてきている。

 

 

「ですが、何度お呼びしてもなかなか来ていただけなかったものですから。もしかしたらここの場所を忘れてしまって案内が必要なのではと思いまして」

 

 

 連日にわたる呼び出しを無視していた件だろう。

 

 チクリと釘を刺すように皮肉を言われる。

 

 

 すると郭宮会長が御影理事長の方へ目線を遣る。

 

 

 会長は弥堂に負けず劣らずの無表情で、仕切りの布がなくとも何を考えているのかはその顔からは読み取るのが難しい。

 

 しかし、今の彼女の視線にはどこか咎めるような雰囲気が感じられた。

 

 

 ジッと見つめてくる会長の顔を理事長もジッと見る。

 

 数秒彼女らは見つめ合って、やがて理事長が目を逸らし弥堂へ向き直った。

 

 

「ふふふ、冗談です。久しぶりですね弥堂さん。お元気でしたか?」

 

 

 メイド女の険が緩むのと同時に場の空気も弛緩する。

 

 

「そうだな。お前の部下に二階の窓から突き落とされるまでは元気だったぞ」

 

 

 最高権力者が自分の味方っぽい雰囲気だったので、弥堂はここぞとばかりに皮肉を返し、さらに教室の窓を破壊したのは自分ではないと暗に仄めかした。

 

 

「それに、俺を呼んでいた? それは全く知らなかったな」

 

「んなっ――⁉」

 

 

 そして呼び出しに応じなかったのは伝言係から聞いていなかったためであると虚偽の主張をすると、その伝言係であった“まきえ”が目を剥いた。

 

 

「てっ、テメェっ! “ふーきいん”このヤロウっ! なにウソついてんだよ! オレ何回も言ったじゃねーか!」

 

「そうだったのか? それは汲み取ってやれなくて悪かったな。だが、俺にわかるように伝えられなかったお前も悪い。コミュニケーションは難しいな。今回のことを教訓にして次に活かせよ」

 

「こここここのクソやろうっ……! メイド長っ! こいつウソつきだぜ! オレ言ったもんっ!」

 

 

 簀巻きにされながら偉そうに踏ん反り返る男を指差して必死に“まきえ”が言い付けてくるが、メイド長であり理事長でもある御影はいつものこととばかりに溜息を吐いた。

 

 特に強く弥堂を咎めるつもりはないようで、そしてそれがわかっているからこそ弥堂の態度もこのようなナメきったものになっている。

 

 

「それで? こんな真似までして一体俺に何の用だ? 知っていると思うが俺は忙しいんだ」

 

「この状況でよくそんな態度とれるなテメェ! メイド長こいつナマイキだぜ!」

 

「少し黙っていなさい、“まきえ”。話が進みません」

 

 

 間違っていることはなにも言っていないのだが、興奮しすぎた“まきえ”はメイド長に窘められ、悔しそうに口を閉じた。

 

 

「用件は2つです。聞きたいことと、お願いしたいことがあります」

 

「聞きたいことの方だけ聞こう」

 

「いえ、両方言います。まず聞きたいことですが、先日の『裁判所』の件なんですが……」

 

「あぁ。教師どもが渋って抵抗しているらしいな。とっとと圧力をかけて黙らせろ」

 

「……いえ、そうではなく」

 

 

 当然のことのように要求をしてくる弥堂に、メイド長は自身の眉間に指をあて頭痛を堪える。

 

 

「……何度も言いましたが無理です。わかるでしょう? 学校で裁判は、マズイです」

 

「それは聞いたが俺も言ったはずだ。これは正当な手順に則った要求であると」

 

「ですから我々も話と書類を通すところまでは協力すると約束をしました。最終的に決済がとれなければ諦めてくださいとも言いましたよね?」

 

「あぁ。だが、まだ諦める段階にはない。やれることを全てやってからだ、諦めるのは」

 

「その台詞だけ聞けばカッコいいんですけどね。ですが、教師陣と保護者方の理解を得られないものは……」

 

「理解とはしてもらうものではなく、させるものだ。つべこべ抜かしてないでとっとと雇用関係上の立場を盾に脅迫をしろ」

 

「弥堂さん。今はもうそんな時代ではないんです……、炎上してしまいます。それにこの業界は深刻な人手不足でして、無茶なことをしてしまえばみんな転職してしまいますし、誰も来てくれなくなってしまいます」

 

「だからいつも言っているだろ。雇用契約に違約金の条項を加えろと。転職だろうが退職だろうが、契約期間満了前にここを去る場合には違約金を支払わねばならないようにすればいい。法で縛って多額の金を請求して生活を脅かしてやれば労働者は途端に素直になる」

 

「そんなところで誰が働きたがるんですかっ」

 

「だから今居る連中の契約をそう変えてやればいい。俺に一任しろ。必ず契約書にサインを書かせてやる。どんな手段を使ってでもな」

 

「やめてください! ただでさえウチの学園は精神を病んで休む教員が毎年いますし、ヘッドハンティングの誘いが増えているらしいんです! 人が減ってしまいます」

 

「好都合じゃないか。もしも相手方の会社だか学校だかが代わりに違約金を払ってくれるのなら喜んで売り払ってしまえばいい。そしてその金でまた人を買えばいい」

 

「……弥堂さん。私は教員ではありませんが教育機関を運営する者として、今から生徒である貴方に大事なことを教えます。いいですか? 人間とは、買うものでは、ないんです」

 

 

 この私立美景台学園の理事長として御影は当学園は人権というものを非常に重んじる機関であるという旨を主張したが、弥堂は経営者のくせにこんな簡単な金勘定も出来ない女のことを所詮は代理かと心中で蔑んだ。

 

 

「とにかく、無理なものは無理です。素人が勝手に他人を有罪か無罪か決めるなど、外に知られたらとんでもないことになります」

 

「罪を問うことになど興味はない。罪を罪だと決め、罪人に罪人だと烙印を押せる機能が必要なんだ。今の内に用意しておかないと後悔することになるぞ」

 

「外聞が悪すぎます。ただでさえ多いクレームの数が跳ね上がってしまいます。将来のための勉強に、ということでしたら同好会などで遣る分には構いませんが、学園の公式な機関として設立するのはマズすぎます。マスゴミが押し寄せてきます」

 

「そうか。わかった」

 

 

 あくまで頑なな姿勢を崩さないメイド長の回答に、弥堂は一旦諦めることとした。半分は言質をとったようなものなので、ここはこちらが譲歩したという実績を作ることの方が得をすると判断したからだ。

 

 

「聞きたいことはそれだけか? 俺の方はもう用はなくなったからこれを解け」

 

「いえ、今の話を前提にしてもらった上で次が聞きたいことの本題となります」

 

「そうか。解け」

 

「では本題に入ります――」

 

 

 自身を拘束する縄からの解放を要求したが全て無視される。

 

 どうやら解放した途端に逃げられると考えているようで、見方を変えると絶対に逃がしたくないような話をするつもりでここへ連行したようだ。

 

 

「……そんなに警戒しないでください。むしろ身を構えたくなっているのはこちらの方です」

 

「そうは言ってもな。このような不当な扱いを受けて警戒しないわけがないだろう」

 

「だって解いたら絶対逃げますよね?」

 

「そんなわけがないだろう。会長閣下の御前でそのような無礼な行いをするわけがない」

 

 

 弥堂は虎の威を借りようと生徒会長の方へ目を向ける。

 

 所詮このメイド女は雇われだ。会長が「解け」と言えば従わざるをえない。

 

 

「閣下。この女に縄を解くように言って下さいませんか? 俺は閣下の忠実な犬です」

 

 

 誰が聞いても信用するはずがない弥堂の言葉に反応をして、ここまで黙って下々の者たちの話を聞くだけであった郭宮会長が動く。

 

 

 伏せていた目線を上げて弥堂の方を見る。

 

 

 無表情と無表情が薄いカーテンごしに見つめ合う。

 

 

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