俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章40 生徒会 ⑤

 

「今日はゴミクズーさんに会わないねー」

 

 

 放課後に町の中を徘徊しているのは水無瀬 愛苗(みなせ まな)だ。

 

 

 魔法少女である彼女はゴミクズーという異形を従え人々に迷惑をかけてくる悪の組織から町のみんなを守ることを使命としている。

 

 ちなみに誰にその使命を与えられたわけでもなければ、誰かに雇われて町の警邏や防衛を仕事としているわけでもなく、ある日偶然魔法少女の力を手に入れた時に自然とそう思い、そして今日この日までずっとそうしてきただけである。

 

 

「う~ん……、今日はニオイが見つからねーッスねー」

 

 

 クンクンと鼻を鳴らして答えたのは黒猫のメロだ。

 

 

 彼女は水無瀬に魔法少女となる力を与えてくれて、そしてずっと寄り添ってくれているパートナーだ。

 

 パっと見は普通の黒猫なのだが、やけに人間臭さを感じさせる表情と背中に浮かんだおもちゃのような羽が、マスコットキャラなのであるということを主張していた。

 

 

 パっと見は普通の黒猫でも一度見ればすぐに普通の生き物でないとわかる点はやはり背中の羽だ。

 

 羽と言っても身体から直接生えているわけではない。

 

 背中から少し離れた位置に子供のおもちゃのような羽が浮かんでいる。

 

 それが生き物のように――実際生き物なのだが――ふよふよと動き、それで空を飛んでしまうのはアニメや漫画ではお馴染みだが、現実に目にすると気味が悪いと感じる者も少なくはないだろう。

 

 

 そんな不思議動物が野良猫感覚でご近所を歩いていれば騒ぎになってもおかしくはないが、メロ本人曰く、一般人には羽などの普通の猫にはないものは見えないように魔法で誤魔化しているらしい。

 

 

 実際に今までがそれでなんの不都合も起きなかったのだが、先日初めて他人にバレてしまうという出来事があった。

 

 

 その他人というのはクラスメイトの弥堂 優輝だ。

 

 

 これまで水無瀬はメロの言う『一般人かそうでないか』という基準は『魔法を使えるか使えないか』という違いによって線が引かれていると何となくそう思い込んでしまっていたが、魔法が使えない弥堂にもどういうわけか普通にメロの羽が見えていたようだ。

 

 

(そういえばなんでなんだろう……?)

 

 

 物凄く今更だが、その点に疑問を感じてムムムっと唸って考える。

 

 

「……ここらでするのはイヌどものションベンのニオイばっかッスね」

 

 

 考えるが、土手沿いの雑草に顔を近付けてクンクンと鼻を鳴らすパートナーの言葉にすぐに気が逸れた。

 

 

 よいこの愛苗ちゃんはお友達のメロちゃんが何かお喋りしているのに、それを放っておいて自分の考え事に没頭するようなことはしない。

 

 マルチタスクが苦手な彼女はこうして何か気になることがあるとすぐに次のことに集中してしまい、こういったことの積み重ねで細かいことは気にしないポヤポヤ女子として日々完成していっている。

 

 

「いつもだったらメロちゃんすぐにヘンなニオイ見つけてくれるのにね」

 

「ヘンな……? あぁ、そうッス! あいつらイカくせーからすぐにわかるッス!」

 

「イカ……?」

 

 

 ポヤポヤ女子の水無瀬さんには細かいニュアンスが伝わらなかったようで、コテンと首を傾げている。

 

 

「フフフ……ッス。独特なニオイっスからね。マナにはちょっと早かったかもしれないッスね。逆に知ってたらジブン大層ショックを受けるッス」

 

「あ、でもでもっ、イカさんかどうかはわかんないけど私もね、なんかニオイ……? ちょっとわかるようになったかもしれないの」

 

「なんだとぉーーッス⁉」

 

 

 ニヒルな笑みを浮かべてみせたメロだったがその顔は一瞬で驚愕の色に染まった。

 

 

「マナが……、ウチのマナが……、ジブンの見てないところでオトコを知っただと……っ⁉」

 

「え? 男の子じゃなくってゴミクズーさんのお話だよ?」

 

 

 強烈な喪失の予感から膨れ上がる不安感にワナワナと震える小動物の様子に水無瀬はまたコテンと首を斜めに傾ける。

 

 

「まだちゃんとわかるわけじゃないんだけど……、なんかね、あっちの方からニオイがするような気がする」

 

 

 そう言って水無瀬が差し示した方に見えたのは橋だ。

 

 

「…………」

 

 

 四つ足を地面について打ち拉がれていたメロは表情を改めて水無瀬が指差す方へ視線を遣るとスッとその目を細めた。

 

 

 現在地は美景台学園にほど近い旧住宅街の国道だ。

 

 放課後になると彼女らは昨日二体のゴミクズーと戦闘になった学園近くの中美景公園付近にて捜索をしていた。取り逃したネコ型のゴミクズーを探す為である。

 

 

 いつもであれば『ニオイでゴミクズーを感知できる』という魔法少女のお助けマスコットらしいメロの特殊な能力のおかげで、わりと簡単にゴミクズーを発見できているのだが、結果として本日は空振りのようだった。

 

 あちこち探しても痕跡すら見つけられず、仕方なく捜索をしつつ自宅方面へ引き返して来ていたところである。

 

 

 水無瀬が指差している橋は学園の近くから美景川の向こう岸まで渡れるように設置されているもので、橋の向こうには水無瀬や希咲が住む新興住宅地がある。

 

 

「……あっちにはいないッスね……」

 

 

 何秒間か、水無瀬の指す橋を見てから目を逸らしメロは否定した。

 

 

「そっかぁ。じゃあ私の勘違いかも」

 

「悪いッスね。ゴミクズー見つけらんなくて」

 

「ううん。責めてなんかないよ? いつもメロちゃんのおかげで助かってるもんっ」

 

「へへっ、そッスか?」

 

「うんっ。メロちゃんはスゴイよ! だっていつもちょっとクンクンしたらまるで最初からどこに居るかわかってたみたいに簡単に見つけちゃうんだもん」

 

「フフフのフッス。なにせ我々ネコさんの嗅覚はニンゲンの数十万倍ッスからね」

 

「えぇっ⁉」

 

「ニンゲンが1だとしたらネコ妖精であるジブンのクンクン力は54万ッス」

 

「そんなに⁉ メ、メロちゃんスゴイっ!」

 

 

 想像を遥かに超えた彼我のクンクン力の差に愛苗ちゃんはびっくり仰天した。

 

 

「あ、いや、54万はテキトーに言ったッス。ジブンちょっとイキってしまったッス。申し訳ねぇッス」

 

「そうなんだね。イキちゃったんなら仕方ないよね」

 

「ヘヘヘ、我々ネコさんはすぐにイキっちゃう習性があるッスからね。許してほしいッス」

 

「うん、いいよー」

 

 

 二人ニッコリと顔を見合わせる。

 

 

「でも、お鼻がすごいネコさんがクンクンしてニオイしないなら居ないってことだよね。私は間違えちゃったみたい。ごめんね?」

 

「気にすることないッスよ。特にこの辺は近所の奥さま方がイヌッコロどもを散歩させる定番コースッスからね。色んなオスのニオイが混じってジブンもイライラするッス」

 

「ワンちゃんのニオイは私にはわからないけど……、メロちゃんはワンちゃんキライなの?」

 

「ジブンなにせネコさんっスからね。あいつらワン公どもはすぐにイキるからキライなんッス」

 

「そうなんだ」

 

 

 つい数秒前に、ネコさんにはすぐにイキる習性があると語っていた気がしたが、愛苗ちゃんは優しい子なので指摘をしなかった。

 

 

「なにがイヤって、ヤツらその辺にウンコとションベンしてそのままにして行きやがるっスからね。フツー砂かけて隠すだろっつー話っスよ。我々ネコさんには理解しがたいッスね」

 

「土手沿いってよく落ちてるよね」

 

「そうなんッスよ! マジムカつくッス!」

 

「踏んじゃったの?」

 

 

 地面にパフパフと肉球を叩きつけて憤慨するネコさんに水無瀬は痛ましそうな目を向けた。

 

 

「いや、そんなヘマはしないっスけど、でも……っ。目の前に落ちてると、本当に心の底からイヤなのに……、こんなのダメだってわかってるのに……っ! つい近づいてクンクンしちゃうんッス。ジブンそれが悔しくて悔しくて……っ!」

 

「た、タイヘンなんだね……、ネコさんも……」

 

「アイツら口を揃えて『ナワバリを主張するためだ』なんて言ってるッスけど、ジブンそれは建前だと思ってるんスよね」

 

「そうなの?」

 

「うむッス。あれは絶対性癖ッス。ヤツら自分の排泄器官からヒリ出したモノを見せつけてアヘってやがるんスよ。変態スカトロ種族なんッス!」

 

 

 迫真の表情でメロが全世界のおイヌ様へのひどい悪評を叫ぶが、よい子の愛苗ちゃんは悪い言葉をあまり知らないのでコテンと首を傾げた。

 

 

「とろ……? マグロのお話なの?」

 

「いや……? ワン公の話っスよ? 正確には内臓を包む肉の話じゃなくって内臓から出てきた排泄物の話っスね」

 

「そうなんだ。あ、でもね? 今日の晩ごはんはお寿司だってお母さんが言ってたよ? トロもあるよきっと!」

 

「なんてこったッス……。悪いけどジブン今夜はガチらせてもらうッスね?」

 

「うんっ、いいよー。ワサビとってあげるね?」

 

「へへっ……、シャリも頼むッスよ」

 

「うん、食べてあげるー」

 

 

 首尾よく話が逸れていき元々の問題は何ひとつ解決していないにも関わらずなんとなく何かを共有した感じになって一件落着してしまう。

 

 

「ということで、橋のほうじゃなくてホームセンターの方に行ってみようッス。それでなにも見つからなかったら今日は諦めて帰ろうッス」

 

「う~ん……、そうだね……。昨日のネコさんどこに行っちゃったのかなぁ」

 

「少年のせいッスよ! あんなエグいラフプレーかまされたら、ジブンだったら2日は軒下にこもって出てこれなくなるッス!」

 

「やっぱり隠れちゃったのかなぁ……。放っておくわけにもいかないし、ネコさんが隠れそうなところって……」

 

 

 弥堂の残虐ファイトを思い出してプルプル震える小動物の横で水無瀬は「うんうん」唸りながら彼女なりの推理をする。

 

 

「まぁまぁ、考えるのは歩きながらでもできるッス。とりあえずホームセンターの方へ行こうッス」

 

「うん、そうだね」

 

 

 道端で考え込みそうになるのをメロに窘められて水無瀬は同意する。

 

 

「まだそんなに遅い時間じゃないッスけど、ゴミクズーがいないんならジブン早めに帰りたいッス」

 

「お寿司?」

 

「うむッス。晩ごはんまでにしっかりコンディション整えておきたいッス。出来ればアップする時間が欲しいッス」

 

「わぁ、今日はいつもよりガチるんだねっ」

 

「へへへっ、ジブンネコさんっスから……」

 

「私のねぎとろもメロちゃんにあげるね?」

 

「ネ、ネギはカンベンして欲しいッス……」

 

 

 ネコさんにとっては致死性の植物を想像しメロは怯えた。

 

 

「ま、まぁ、もう移動しようッス。ここはイヌっころどものションベン臭くてかなわねえッス」

 

「うんっ、わかったぁー」

 

 

 取り繕うように提案しながらメロはクンクンと鼻を鳴らす。

 

 それに頷きながら釣られ水無瀬もクンクンと鼻を鳴らした。

 

 

 そして――

 

 

「――っ!」

 

 

――固まる。

 

 

 グルっと首を回して一点をジッと見た。

 

 

「――マナ……?」

 

 

 踵を返して歩き出そうとしていたメロはすぐに彼女の様子に気が付き足を止めて振り返る。

 

 

 水無瀬が見つめているのはやはり橋だ。

 

 

「ど、どうしたんスかマナ? 早くあっちに行こ――」

 

「――ゴメンね、メロちゃん」

 

「――えっ?」

 

 

 移動を促そうとしたが、その言葉は途中で切られる。

 

 

 他人が喋っている途中で言葉を挟むのは水無瀬にしてはとても珍しい、普段はしないことだった。

 

 

「やっぱりあっちが気になるの」

 

「で、でも、橋には何も――」

 

「――うん。ゴミクズーさんは居ないかもしれない。でも、なにかある気がするの……」

 

「なにかって……」

 

「わかんない……、でも、呼んでる気がするの」

 

「あっ――マナっ⁉」

 

 

 橋の方を見つめたまま返答をしていた水無瀬がそこまでを答えると突然走り出す。

 

 メロは慌ててその後を追った。

 

 

 追ったが、鈍足の彼女を初速で追い抜いてしまい、メロは気まずさを感じつつも、水無瀬に悟られぬように速度を落として彼女に並走した。

 

 

「――マナっ、呼んでるって誰が……」

 

「わかんないっ。痛いって……、苦しいって……、誰か泣いてる! 行かなきゃ……っ!」

 

 

 水無瀬の言う呼び声とやらはメロには聴こえない。

 

 だが、ひどく焦った様子の彼女に何も言えなかった。

 

 

 二人は共に走っていく。

 

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