俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章40 生徒会 ⑥

 息を切らしながら橋の袂に着く。

 

 

 コンクリートの欄干には『中美景新橋』と記されている。

 

 

 水無瀬が立つ場所はこの街に古くからある住宅街で美景台学園もこちら側にある。この橋を渡って向こう岸に行くと水無瀬や希咲の自宅がある15年ほど前から拡がってきている新興住宅街だ。

 

 

 女子高生が一人と黒猫が一匹。

 

 並び立って視線だけ先行させて橋を渡らせる。

 

 

 

「……なにも居ないッスね」

 

「う~ん……、でもまだ声は聴こえてる」

 

「……ジブンにはなにも……、マナ、やっぱり気のせいッスよ。あっちに戻ろうッス」

 

「……ごめんね、メロちゃん。どうしても気になるの……、ずっと痛いって泣いてる」

 

「――あっ、マナっ……!」

 

 

 言い終わるよりも早く水無瀬は歩き出し橋の中へ踏み入った。

 

 彼女という人物にしてはあまり見ることのない性急な仕草だ。

 

 

 メロは瞼を歪めてから一度俯き、諦めたように後を追う。

 

 

 橋の上は人っ子一人いない。

 

 

 元々交通量が少ない橋で、深夜にもなれば人影を見ることの方が珍しい。

 

 噂では自殺スポットの一つとも謂われていて、以上の事柄を複合すると、仮に夜中にこの橋の上で誰かに遭遇した場合、少なくない人数が幽霊との邂逅を想像してしまう。

 

 

「……マ、マナ……? 今からでも引き返そうッス。こっち行ったらもう家に帰るしかなくなっちゃうッスよ?」

 

「うん。もし誰も居なかったらこのまま今日はお家に帰ろう。でも――居る。絶対」

 

「…………」

 

 

 そこまで長い橋ではない。

 

 現在地から橋の終着点までは見通せている。

 

 橋の上には彼女ら以外の姿は何一つない。

 

 

 しかし、メロは反論をしなかった。

 

 

 少しの間、無言の時が続き、そして徐に水無瀬が立ち止まる。

 

 

 言葉のない重みに耐えていた時間だったので、メロの体感ではいつの間にか橋の半ば程にまで来ていた。

 

 

 クンクンと水無瀬が鼻を鳴らす。

 

 

「――このあたり」

 

 

 しかし周囲にはなにもない。

 

 一目見ればそれがわかる辺りを水無瀬は見廻す。

 

 

「――っ」

 

 

 メロは俯いたままなにも喋らず、しかし何かを言おうと顏を上げるとその目線の高さになにかを捉える。

 

 

 思わず息を呑んでしまい、そしてそのことで水無瀬も気が付き、メロの視線の先に自身の視線も送った。

 

 

「あれって……――靴……?」

 

 

 二人の視線の交差点にあるのは水無瀬の言うとおり靴だ。

 

 

 彼女と同じ年代の女の子が履いてそうな制服用の黒いローファー。

 

 

 右足用と左足用の一組。

 

 

 それが――それだけがあった。

 

 

 誰も居ない橋の上、欄干沿いに揃えて置かれていた。

 

 

 

 その異質な寂寥感に水無瀬は不思議そうにまつげを瞬かせ、メロは瞼を歪めた。

 

 

「どうしてこんなとこに靴だけ……? 誰か忘れちゃったのかな?」

 

 

 大した警戒心もなく水無瀬はその革靴に近づいていく。

 

 するとメロが一気に顔色を変えた。

 

 

「マナッ! 近づいちゃダメだ!」

 

「えっ……? ――っ⁉」

 

 

 焦りを含んだメロの大きな声に呼び止められ振り返ると、その時足元に違和感を感じる。

 

 

 視線を自身の足元へと下げると、シュルリと黒い蔓のようなものが足首に巻き付いていた。

 

 

 それは橋の上に放置されていたローファーの内の右足用の靴の中から伸びる女の髪のような質感の長い黒髪だった。

 

 

「な、なにこれ……って、ひゃぁぁーーっ⁉」

 

 

 肌を滑って巻き付きながら上に登ってくるソレに対する生理的な嫌悪感を自覚するよりも先に、急にグイと強く足を引っ張られ水無瀬は尻もちをついた。

 

 

 そしてそのまま髪が伸びてくる先――持ち主のいない靴の方へと引き摺られる。

 

 

「マ、マナっ……!」

 

 

 慌ててメロが取りつくが、水無瀬を引っ張る髪の力は存外に強く、また小動物である彼女の体重はあまりに軽く、水無瀬もろともズリズリと靴の方へ引き寄せられていく。

 

 

「コ、コイツッ……! マナを放せッス……っ!」

 

 

 水無瀬を奪い合う綱引きをすることには早々に見切りをつけ、彼女の足首に絡む異髪に挑み爪と牙をもって引き千切ろうとする。

 

 しかし一本一本はとても細やかなその髪は見た目以上に頑強で文字通り歯が立たない。

 

 

「あわわわ……っ⁉ これってまさか――」

 

「――ゴミクズーッス! マナっ、はやく変身を――」

 

 

 パートナーに戦闘準備を促され急いで胸元のペンダントに手を伸ばすが、それよりも早くこれまで動きのなかった左足用の靴の中からも髪が伸びてきてメロの前で止まった。

 

 

「ヘ……? って――へぶぅっ⁉」

 

 

 蛇のように鎌首をもたげてメロの顔を覗きこんだ異髪は素早く動いてペシペシっとネコ妖精に往復ビンタを食らわせた。

 

 

「メ、メロちゃんっ……⁉」

 

 

 そのショックでメロは振り落とされてしまう。

 

 水無瀬を引き寄せるのを邪魔する者はいなくなった。

 

 

 いっしょうけんめい地面に手をついて抵抗をする水無瀬だが、彼女での腕力ではまったく敵わず、やがて左右一組の靴の前まで辿り着いてしまう。

 

 

 水無瀬の足首に巻き付いていた髪は器用に動くと、水無瀬の足に嵌っていた彼女のローファーを脱がせ、靴下に包まれただけの足を露出させた。

 

 

「えっ……? えっ……?」

 

 

 水無瀬が戸惑っている内に髪が伸びている靴の中へ彼女の両足を引きずり込む。

 

 

 水無瀬の足が靴の中に納まると同時に革靴は収縮し、まるで誂えたかのようにピッタリと彼女の足にフィットすると、再びシュルシュルと髪が足首に巻き付き抜け出せないように固定した。

 

 そして彼女を立ち上がらせると勢いよく走りだす。

 

 

「ひぃゃぁぁーーーーーっ⁉」

 

 

 悲鳴をあげる水無瀬に構わず靴はビョンっと高く跳び上がり橋の左側の欄干に着地をすると、そのまま新興住宅街の方へ向けて彼女の左右の足を無理矢理動かして走っていった。

 

 

「マッ、マナァーーーっ!」

 

 

 走り去ると言えばいいのか、連れ去られると言えばいいのか。

 

 そんなパートナーの後ろ姿に多分に焦燥を含んだ叫びをあげ、メロは無力な前足を水無瀬の背中へ伸ばした。

 

 

 遠ざかる彼女の姿とともにフェードアウトするようにボリュームが下がっていく。やがて彼女の声が一瞬消えると、すぐに今度はフェードインするように徐々にまた声が近づいてくる。

 

 

 向こうへ消えていった彼女は何故か反対側の欄干の上を猛烈なスピードで走って戻って来た。

 

 

 足を無理矢理動かされることで水無瀬の身体能力を遥かに超えた速度を出させられている。

 

 彼女はお目めをグルグルさせるばかりでまるで状況に対応出来ていなかった。

 

 

 胸元の変身ペンダントを使うことなどまるで頭から消失してしまっている。

 

 

 ともすると悪ふざけのようにも見える光景だが、ゴミクズーとは人間に災いを齎す害ある存在。

 

 

 やがて地面に這いつくばるメロのところまで戻ってきた。

 

 

 そして先程よりも高く跳び上がると水無瀬の頭を下にして橋の下へと落下していった。

 

 

「マナァーーーーっ!」

 

 

 人気のない橋の上でメロの叫びが響き渡った。

 

 

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