俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章41 侵された憐み ②

 

『中美景新橋』

 

 

 橋の入り口のコンクリで出来た欄干に打ち付けられた表札の文字を無感情に見る。

 

 

 信号待ちをしていた交差点より進路を変えてからいくらも時間はかからずにここまで辿り着いた。

 

 

 橋の入り口で足を止めた弥堂 優輝は右から左へと目線を流し周囲を視る。

 

 

 薄く唇に隙間を作りフッと息を吸い込む。

 

 

 ドクンと――

 

 

 心臓に火が入った。

 

 

 耳の奥で鳴り響くドドドッという音を無視して眼に力を入れる。

 

 

 蒼銀の炎が瞳孔の奥より滲み出て瞳に膜を張る。

 

 

 その右眼で橋の入り口の一点に視線を刺すと弥堂は歩き出す。

 

 

 視点を固定させたまま首の後ろへ手を回して留め具を外し、Yシャツの中から逆さに吊るされた十字架を一息に引き抜いた。

 

 

 歩調を乱すことなく進みながら数珠のような鎖を握る。

 

 

 そして橋の中へと踏み入る瞬間、手を伸ばし目の前の空間に十字架を差し出す。

 

 

 鎖に吊るされた逆さ十字、その十字架にさらに吊るされた赤黒いティアドロップの石。

 

 その血の泪の中で蒼い炎がゆらめく。

 

 

 橋と道との境目となる空間にその石が触れると、バチィッと派手な音を立てて十字架を握る弥堂の手に確かな手応えが返ってくる。

 

 それと同時に空間が千切れ、人間一人が入れるくらいの裂け目が生まれた。

 

 

 弥堂は迷わずその裂け目に這入り込む。

 

 

 弥堂が橋の中に入るとすぐに、空間に出来た裂け目は閉じて元通り何もなくなる。

 

 外から橋の中を覗けばそこには誰もいない。

 

 弥堂の姿もない。

 

 

 

 結界の入り口を破壊し中へ侵入した弥堂は、心臓のアイドリングは維持したまま橋の上を進んでいく。

 

 

 目的のものを捜そうと考えて、すぐにそうするまでもないことに気が付く。

 

 

 声が聴こえる――

 

 

 そう遠くない場所から――

 

 

――橋の下だ。

 

 

 欄干へ近づき川を覗くと現在地のほぼ真下に人影があった。

 

 

 水無瀬 愛苗とネコ妖精に悪の幹部。

 

 

 そして見覚えのない女子生徒のようなナニカ。

 

 

 既に戦闘下にあるようだが、水無瀬は魔法少女に変身していない。

 

 

 そこまでの状況を確認し、次に見慣れない女生徒を視ようとする。

 

 

 しかし、その前にその女生徒が水無瀬へ向かって走り出した。

 

 

 特に何も考えず、弥堂は橋から飛び降りた。

 

 

 ほんの1秒あるかないか、その程度の時間を落下してから、水無瀬に飛び掛かった女生徒の上へ着地をする。

 

 

 一切の落下エネルギーを殺さずむしろ増幅させながら、その女の身体を川底へと叩きつける。

 

 接地した瞬間、まず左足で首の裏を押し首の骨を折り、次に右足で背骨を破壊する。

 

 

 だが――

 

 

(――っ?)

 

 

 足から伝わってくる手応えは物足りなく、憶えのないものだった。

 

 

 どうやらコレは人間ではないようだ。

 

 

 顏にかかる水飛沫を無視しながら眼を見開き続け、足の下のソイツをよく視る。

 

 

 そして、もう一度左足で首を踏み躙り感触を確かめてから右足を引っ掛けてゴミクズーの躰を浮かせるとその腹に渾身の蹴りを突きこむ。

 

 

 人体のように見えるソレは冗談のように川面を跳ねて吹き飛んだ。

 

 

 川の水を撒き散らして倒れる敵から意識を離さずに、チラリと背後の水無瀬へ眼を遣る。

 

 

 弥堂が飛び降りてきたことで空中へ噴き上がった川の水が水無瀬に降り注いでいた。

 

 

 彼女の前髪を伝って落ちる水滴と、彼女の頬を流れて落ちる水滴を視ながら眼を細める。

 

 

 いつも通りのぽへーっと口を開けたマヌケ顏だが、顔色が随分と悪いようで青褪めている。

 

 だが、特に外傷はないようだ。

 

 

 それだけを確認すると彼女から興味を失い、弥堂は再び前へ眼を向けるが、一応何か言っておくべきかと思いつく。

 

 

「何してんだお前ら」

 

 

 言ってから内心で舌を打つ。

 

 いつものように敵を前に呆けている姿を見れば『何もしていない』のは考えなくてもわかる。

 

 無駄なことを聞いたと自嘲すると――

 

 

「弥堂くんっ!」

 

 

 ただ名前を呼ぶだけの返答が聴こえる。

 

 それこそ見ればいちいち確認しなくてもわかるだろうと眉を寄せる。

 

 無駄な会話すら効率よく交わせないとは、どこまでも自分と彼女は噛み合わないなと苦笑いしそうになるのを自重した。

 

 

 

 改めてゴミクズーを視る。

 

 

 近隣のいくつかの高校の制服をあべこべに着こんでいるセンスのなさに目を瞑れば、パッと見のシルエットは普通の女子高生に見えなくもない。

 

 

 しかし――

 

 

 バシャッと音が鳴る。

 

 

 横倒れになっていた躰が、棒切れが倒れるのを逆再生させたような、人間としては不自然な動きで立ち上がった。

 

 弥堂に踏みぬかれてから折れ曲がったままの首が皮だけでぶら下がっているかのように傾いている。

 

 

 重力に引かれ片側の髪は川に浸かるまで垂れさがり、もう片側の髪は顔に覆い被さる。

 

 顏にかかる髪の束と束の隙間から覗く肌は焼け爛れている。

 

 髪を伝って落ちる水滴の中には赤黒く濁ったものと粘性を帯びたものが混じっている。

 

 

 目線はゴミクズーに固定したまま意識だけを少し水無瀬に戻す。

 

 

(こいつがやったのか?)

 

 

 確かに火傷を負わせることは体力と戦意を削ぐのに有効であり、さらに万が一取り逃がしたとしてもそのまま勝手に死んでくれる可能性もある効率のいい手段だ。

 

 

 しかし、それはないだろう。

 

 そもそも彼女は変身すらしていない。

 

 

 ゴミクズーの顏から垂れる傷口から漏れて糸を引く体液を視ながら、水無瀬に魔法で超高温の粘液を作らせてそれを広範囲にばら撒けば、集団を鎮圧するのにとても効率がいいなと思いつくが、それが可能だったとしても彼女はそんな手段を選べないだろうと考えを捨てる。

 

 例え変身済みで戦闘状態にあっても、彼女が敵にあのような傷を負わせることは考えづらい。

 

 

 ということは、元から『あぁ』だったということだ。

 

 

『あぁ』なって終わって、そして『あぁ』為った。

 

 

 眼を細める。

 

 

 酷い傷だ。

 

 擬態なのではなく本当に年頃の女だったのだとしたら、心身ともにさぞ苦しんだことだろう。

 

 

(厄介だな)

 

 

 瞼のない剥き出しの眼球を視つめ、それらの傷跡の背景を思い、そして確実にこの場で殺すことを弥堂は決める。

 

 

 そのためには――

 

 

「――変身しろ。水無瀬」

 

 

 最も手っ取り早いのは魔法少女に殺害させることだ。

 

 この場で一番効果的な兵器に準備をするよう促す。

 

 

 しかし――

 

 

「び、弥堂くん……」

 

 

 相変わらず彼女からはこちらの名前を呼ぶだけでまともな答えが返ってこない。

 

 

 弥堂は眉を歪めて彼女を視た。

 

 

 その弥堂の顏を水無瀬は縋るような目で見上げる。

 

 

「弥堂くん……、あのひと……にんげん……? ひとだよ……?」

 

 

 茫然と呟かれる彼女の言葉に弥堂はさらに怪訝そうな顔をする。

 

 

「それがどうした?」

 

「えっ?」

 

 

 ここに至ってもまるで噛み合わないが、しかし弥堂はいくらか察した。

 

 

「やはりコイツらがナニか、知らないで戦ってきたようだな」

 

「ど、どういうこと……?」

 

 

 目を見開く彼女の問いに肩を竦め前を向く。

 

 

「どうもこうもない。見たままだろ」

 

「だって……、あのひと、ゴミクズーさん……、なのに、なんで、ひと――」

 

「――今まで」

 

「――えっ?」

 

「今まで、見たことがなかったのか?」

 

「今まで……ない……、はじめて……」

 

「ネズミ、鳥、猫……、花もあったか。俺が関わっただけの間に見たモノだが、全て生き物の形をしている」

 

「まさか……っ」

 

「何故人間だけは、ないと思える?」

 

「そんな――っ⁉」

 

 

 やはりこれまでそのモノの成り立ちなど考えたこともなかったのだろう。

 

 

 人間だけは特別。人間だけは例外だと。

 

 

 無意識の内にそう思い込んでいたのかもしれない。

 

 

 別にそれは彼女が傲慢なわけではない。

 

 人間とはそういう風に出来ている。

 

 もしもそれが傲慢なのだとしたら、人間の存在や成り立ちそのものが傲慢なのだ。

 

 

 つまりその場合、それは『世界』がそういう風に人間をデザインしていることになるので、別に人間は悪くない。

 

 

 しかし、水無瀬は酷くショックを受けたようで言葉を失った。

 

 

「随分とワケ知りじゃあねえか?」

 

 

 彼女の代わり――というつもりはないだろうが、ボラフが弥堂に水を向ける。

 

 その声には非難、苛立ち、侮蔑、そういった色が隠されてはいない。

 

 

「別に。何も知らないな」

 

「フカシこくんじゃあねえよ、このクソ野郎っ……!」

 

「嘘ではない。ゴミクズーが『ナニ』か? お前が『ナニ』か? 俺はそれを知ってはいない」

 

(ただ、わかるだけだ)

 

 

 心中で呟いた補足の言葉はボラフには当然伝わらない。

 

 しかし、挑発をされていることだけは伝わったようでギリっと歯を鳴らした。

 

 

 激昂し肺を膨らませ口を開けようとしたところで彼は自制し、深く息を吐き出した。

 

 

「……まぁいい」

 

「あぁ」

 

「そんなことはどうでもいいな?」

 

「そのとおりだ」

 

「一応聞いておいてやるぜ。何しに来た?」

 

「見てのとおりだ。うちの生徒を確保しに来た」

 

「……今日は隠さねえんだな?」

 

「これまでも隠してなどいない」

 

「へぇ?」

 

「状況も、都合も、気分も。寝て起きれば簡単に変わる」

 

「そうかよ……」

 

 

 川の中に足を浸け、対峙する。

 

 

「もう一度だけ言うぜ? これが最後だ」

 

「そうか」

 

「失せな」

 

「断る」

 

 

 ボラフの三日月型の瞼の中の怪しい赤い光と、弥堂の瞳に佩びた蒼銀の光が、それぞれの視線にのってぶつかり合う。

 

 

「……こっからはもうシャレじゃ済まねえぞ?」

 

「今までは冗談でやっていたのか?」

 

「減らず口をきくな」

 

「随分と余裕がないな。改心して真面目に働くことにしたようだが、上司にこっぴどく叱られでもしたか?」

 

「そのとおりだよっ……! 余裕……? あるわけねえだろっ……! ウエからやれと言われた……っ! もう誤魔化せねえ、止められねえ……! やるしかねえ……っ!」

 

「それはいい心がけだな」

 

 

 追い詰められた様子で怒りを吐き出すボラフに比べて、弥堂は一切揺らがない。

 

 

「くだらねえ正義感や友情でここに立ってんなら、そんなモン捨てちまいな! これ以上続けるんなら生命まで賭けてもらうぜっ!」

 

「生命? そんなものいちいち賭けても賭けなくても、どこでと決めて使っても使わなくても、何もしなくても勝手に減ってそのうち適当に無くなるものだろ。大仰だな。たかが生命にそんな価値はない」

 

「スカしてんじゃあねえよ。テメェ、マジでなにもんだ? 何故オレたちに敵対する?」

 

「風紀委員だ」

 

「あ?」

 

「当校では現在『放課後の道草は死ねキャンペーン』が実施されている。それを破る者は風紀委員会の取り締まり対象だ」

 

「テメェなに言って……」

 

「『魔法少女になって街の平和を守る』、そんな世迷言を抜かして放課後に道草をする非行女子高生をひっ捕らえる」

 

「私非行女子高生っ⁉」

 

 

 先程受けたショックから立ち直れぬまま、茫然としたままで弥堂とボラフのやりとりを水無瀬は聞いていた。

 しかし、生まれて初めて非行少女扱いをされたことで、愛苗ちゃんはびっくり仰天してチャームポイントのおさげがみょーんっと跳ね上がった。

 

 

「ふざけてんのか……、テメェ……っ!」

 

 

 弥堂は終始真面目に話しているのだが、ボラフとしては煙に巻かれているようにしか聞こえず激しい苛立ちを露わにする。

 

 それすらも弥堂はつまらさそうに視て、変わらない調子で続ける。

 

 

「ふざけてなどいない。それが風紀委員である俺の仕事だ」

 

「そうかよ……っ! その為に死んでも構わねえってことだな⁉」

 

「なにか勘違いをしているようだな」

 

 

 悪の幹部ボラフとゴミクズーという異形。

 

 その二つに普段の日常生活で眼にするものへ向けるものと変わらない眼を向ける。

 

 

「あ?」

 

「生殺与奪。その権利が自分にだけあると勘違いをしていないか?」

 

「アァっ⁉」

 

「殺すか殺さないか。見逃すか見逃さないか。それを決めるのはこちらも同じだ」

 

「ニンゲンごときがっ! ナメてんのかっ⁉ よく見ろよ! オレたちを! 勝てると思ってんのか⁉」

 

「関係ないな」

 

 

 両腕を拡げて人間とは違う、人間以上の存在である自分たちの有利性を誇示するボラフへ、弥堂はあくまで平淡に、変わらず揺らがず平坦な声で告げる。

 

 

「俺もお前と同じだ。上から新たに命令を受けた」

 

「なんだと」

 

「内容は『我が校の生徒を守れ』、そういうものだ。」

 

「だからどうした……っ⁉」

 

「守れということは我が校の生徒に危険を齎すものがいるということであり、そしてそれはつまり、その我が校の生徒に災いするものを皆殺しにしろという意味だ」

 

「テメェ……っ! やっぱりイカレてやがんのか……! この狂犬が……っ!」

 

「狂犬などではない。正常で優秀な犬だ。やれと言われたことをやり、殺れと言われたものを殺る。ただその為だけの装置だ」

 

「そうかよ!」

 

「俺もお前と同じように殺すか殺さないかを選び、殺すか殺さないかを決めることが出来る。そして俺はお前らを殺すと決めた」

 

「だから出来んのかよっ! ニンゲンにっ! こないだボコってやったの忘れたのか⁉」

 

「お前らがナニモノだろうと関係ない。化け物だったとしても、人間だったとしても、敵でさえあれば殺すし、命令されれば殺す。必ず殺す」

 

「やってみろやクズがぁっ!」

 

 

 怒り吠えるボラフの叫びに同調してゴミクズーの乱れ髪がざわざわとわななき拡がる。

 

 

「あのガキを殺せっ! アイヴィ=ミザリィーッ!」

 

 

 この場の主人公となるべき魔法少女の水無瀬はまだ状況に適応できていない。

 

 彼女がこれまで経験してこなかった、経験せずに済んでいた本当に奪い合い殺し合う、真の戦いが幕を開ける。

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