俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章42 bud brave ③

 

 男を引き回しながら水上を疾走するゴミクズーをボラフは目を細めて見る。

 

 

「馴染んできたか」

 

 

 アスに渡された薬品を使用したのだが、あれはゴミクズーの存在の器を無理矢理拡げて、誰のものでもない魔力を注ぎ込んで強引に隙間を埋めて存在の格を上げるというものだ。

 

 無茶苦茶なことで有り得ないことなのだが、あれを作ったアスの親が類を見ない天才で、ボラフには理屈はさっぱりわからないが、実際にこうして実現してしまっている。

 

 

 当然このような反則(チート)を『世界』が許しはしないので、どこかで帳尻を合わせるためのデメリットが遠からず起こるだろう。

 

 

 魔法少女が相手ならばともかく、本来ただの人間を相手にするのにここまでする必要などはない。

 

 

 だが――

 

 

 アイヴィ=ミザリィの髪に拘束され川面を跳ねながら転がる弥堂を睨む。

 

 

 あの男はどこかおかしい。

 

 

 魔法少女や自分たちのように強い魔力があるわけでもない。

 

 ボラフ自身実際に戦りあったが、自分たちの存在を脅かすような強さは感じない。

 

 ゴミクズーの1匹すら仕留められない雑魚だ。

 

 

 しかし、それでもあの男は局所的には自分たちと渡り合ってみせるし、何より彼ら普通の人間にとっては異次元といえるような戦いに数回巻き込まれてもここまで生き残っている。

 

 明らかに自分の分を越えた状況に居るというのに奴はカケラも動揺しない。

 

 

 普通の人間が自分たちと遭遇したり、ゴミクズーに襲われなどしたら、これまでに見たケースでは全ての人間がパニックを起こし怯えた。

 

 だが、あの男には一切の情動がない。

 

 明らかに異常だ。

 

 

(……どうでもいいか)

 

 

 異常ではあっても、どうせここで散る生命だ。

 

 死んでしまえば関係ない。

 

 

 アイヴィ=ミザリィは成長しパワーアップした魔法少女の為に用意したモノだ。たかが人間相手に後れをとることはない。

 

 

 こうなっては彼女が呆けていてくれているのは好都合だった。

 

 横目でチラリと見遣って、ボラフはそう思う。

 

 

 

「弥堂くん……、そんな……」

 

 

 水無瀬は状況に愕然としている。

 

 

 普段教室で席を隣にするクラスメイトの男の子が、ゴミクズーに捕まって乱暴なことをされている。

 

 その光景に頭が真っ白になった。

 

 

 紛れもなくこれは――

 

 

「――私の、せいだ……」

 

 

 本来はあそこの場所には自分がいなければならない。

 

 ゴミクズーと戦うのも、ゴミクズーから攻撃を受けるのも自分でなければいけなかったのだ。

 

 これは明らかに水無瀬の過失だ。

 

 

 人間の姿、凄惨な傷跡。

 

 怯えて躊躇っている自分の代わりに彼が戦ってくれた。

 

 戦わせてしまった。

 

 

 そんなこと本当は絶対にダメなことなのに。

 

 あってはいけない、許されてはいけないことなのに。

 

 

「た、助けなきゃ……っ!」

 

 

 手の中の変身ペンダントを握る力が増す。

 

 

 戦いたいとは願えない。

 

 戦いたくないと願っている。

 

 

 でもそれ以上に――

 

 

――友達を守りたい。

 

 

 Blue Wishに光が灯る。

 

 

 これならいけると確信を感じとり魔法の言葉をもう一度口にしようとしたその時。

 

 

 ゴミクズーに引き摺られていた弥堂が空を飛んだ。

 

 

「――えっ⁉」

 

 

 驚いた水無瀬は口に出そうとしていた呪文を失ってしまった。

 

 

 

 

「――ぐっ……ぅっ!」

 

 

 自分を拘束する髪を握る手に力をこめると思わず呻きが漏れる。

 

 

 板なしで水上スキーをしているかのような速度で川の上を引き摺られている。

 

 

 何度も水面に身体をぶつけて跳ねられながら弥堂はリカバリーを試みる。

 

 ある程度の水深があるルートで助かった。浅瀬でこんなことをされればただでは済まないだろう。

 

 

 水を口に入れないよう注意しながら息を吸い込む。

 

 

 ドクン――と、心臓に火を入れた。

 

 

 ドドドド――と耳奥で鳴る音を聴きながら腕に力を廻す。

 

 

 グッと、思い切り髪を引っ張る。

 

 

 しかし、先を走るアイヴィ=ミザリィはビクともしない。

 

 力づくで引き倒そうとしてみたが、さすがにそんな簡単な方法では現状を打破することは難しそうだった。

 

 

 腕に集中させた力を全身へ廻らせる。

 

 

 左腕を引く髪をしっかりと握り直し、右肩を何度も水面にぶつけながら前方を睨みタイミングを測る。

 

 そして再度髪を強く引く。

 

 今度は敵を引き寄せるのではなく、自身の身体を持ち上げるために。

 

 

 水上を跳ねながら強引に体勢を変え、靴底を水上スキーの板代わりにして川を滑る。

 

 踏み外さぬようにしながら沈まぬようにし、暴れる力を捻じ伏せようと試みた。

 

 

 体勢を整えながら力の支配権を奪い合う。

 

 

 前方をしっかりと視ると走っているコースに大きな柱がある。

 

 もうすぐ橋を潜りそうだ。

 

 

 弥堂はアクションを起こすことを決めた。

 

 

 足が川面に着く瞬間に髪を引き水を踏んで身体を前に押し出して水上を一歩進む。

 

 

 一歩、二歩、三歩――と繰り返すと僅かに自分を引くアイヴィ=ミザリィとの距離が縮み、ピンと伸びて張っていた腕に絡んだ髪に緩み撓みが出来た。

 

 

「――っ!」

 

 

 見開いた眼の中、瞳の奥に灯った小さな蒼い炎が弾ける。

 

 

 前に進むことを止め、僅かに膝を畳み足裏を水面に滑らせた。

 

 アイヴィ=ミザリィとの距離が元に戻ると、必然的に撓んだ髪もまた張り詰めることになる。

 

 

 一際強く髪に引き寄せられた。

 

 腕を引かれつんのめりそうになる上体にかかった力を弥堂は操る。

 

 

 髪が伸びきる寸前のタイミングでその髪を下に強く引く。同時に足裏で水を踏み、今度は前ではなく上へと進む。

 

 

 自分を引き摺るゴミクズーの力と速度を利用し、弥堂は一気に宙へと跳び上がった。

 

 

 その時ちょうど橋の下に入る。

 

 

 すぐ横には橋の支柱だ。

 

 

 弥堂は空中で身体を捩りながら髪を引く方向を変える。

 

 身体が横方向にずれた。

 

 

 川から垂直に立っている太い柱を、身体が地面と平行になった状態で踏む。

 

 

 右足から順に降りた。

 

 タッ、タッ、ダンッ――と足裏で“零衝”を放つ。

 

 

――成功。

 

 

(運がいいぜ)

 

 

 業を発動させると同時に“零衝”で得た力で髪を強く引き、さらにその力の方向を操るとボギンッと左肩が外れる音が聴こえた。

 

 しかし、その代償に莫大な推進力を得る。

 

 

 自身の身体を下へと射出する。

 

 

 狙いはアイヴィ=ミザリィだ。

 

 

 強烈な力で髪を引かれたゴミクズーは水上で僅かにたたらを踏むように速度を落としていた。

 

 それをほぼ真上から弥堂が急襲する。

 

 

 バシャァっと激しく水柱が立つ。

 

 

 華奢な女子高生の肩に手をかけながら彼女の躰の中心に膝を叩きつけて水上で組み伏せる。

 

 橋の下は他の場所よりも水深が深いようで諸共に水の中へ沈んだ。

 

 

 拘束の緩んだ髪から左腕を引き抜く。

 

 アイヴィ=ミザリィの暴走を止めてみせたわけだが、弥堂はそれほど良手だとは思っていなかった。下手をすれば悪手にもなる。

 

 

 どっちに転ぶかは運次第だが、あのまま引き摺り殺されるよりはマシだと弥堂は考え実行した。

 

 分は悪いと考えている。

 

 

 水を使って回復をしたり攻撃をしたり、この手の手合いは大抵の場合に於いて――

 

 

 そこまで考えたところで側頭部に強烈な打撃を受ける。

 

 水中で水の抵抗など一切受けていないかのように振り回したアイヴィ=ミザリィの棍棒のように束ねられた髪だ。

 

 

 脳が揺れ視界が明滅する。

 

 

 視界を失った一瞬の間、髪の毛に絡めとられた感触を全身に感じる。

 

 

 すぐに意識と視界が回復すると、濁った水の向こうで彼女が哂った。

 

 

「――ぐっ!」

 

 

 歯を食いしばって息が漏れそうになるのを防ぐ。

 

 

 川底へと2・3mほど引き摺り込まれた。

 

 

 全身に髪が絡み締め付けられる痛みが走り、急激な下方向への負荷が内臓と三半規管を襲う。

 

 

 思った通り、この手のタイプは水中でも何ら抵抗を受けないか、なんならパワーアップするようだ。

 

 

(なるほど。流石は廻夜部長だな)

 

 

 事前に彼に目を通しておくようにと渡された資料であるアニメ映像の通りだ。やはり彼の予測と備えは常人の域を遥かに超えている。

 

 とはいえ、そんな事前情報を持っていたとしても所詮常人以下の弥堂には有効な手立てはない。

 

 

 為すがままに水中を引き回されているとやがてアイヴィ=ミザリィに抱き着かれる。

 

 

 足を絡められ、ひどく興奮しているのか背中を手で忙しなく撫でまわされる。

 

 火傷塗れの顏を首元に埋められた。

 

 

 動物が匂いを嗅ぎながら顔を擦り付けてくるように首筋を弄ばれる。

 

 もしも喰いちぎられればこの場で戦闘終了になるだろう。

 

 

 しかし、水の中なので感触は鈍いため定かではないが、ヤツは首を嘗め回しながらたまに甘噛みをしてくることしかしなかった。

 

 

 強い不快感はあるが、しかしその程度で顔色を変えることはない。

 

 

(獲物で遊んでいる内は三流だ。必ず殺してやる)

 

 

 自分の首に顔を埋める彼女の髪に頬ずりをするようにして弥堂も顔を寄せる。

 

 息が漏れないように注意しながら唇を開け舌を伸ばす。

 

 舌先で彼女の髪を掻き分けて、やがて露出した耳に唇を近付ける。

 

 

 そして一息にその耳を噛み千切った。

 

 

「イアァァァァーーーーッ⁉」

 

 

 水中なのに何故か通るアイヴィ=ミザリィの絶叫が響く。

 

 

 しかし、それで拘束が緩むことはなかった。

 

 よく見れば喰いちぎったつもりの彼女の耳も半分も千切れていない。

 

 弥堂は舌打ちをしそうになるのを自制した。

 

 

 顔面を鷲掴みにされる。

 

 化け物の両手の爪の何本かが首と顔に刺さり、憤怒に染まった瞳が至近で向けられている。

 

 

 反射的にその顔に唾を吐きかける――が、水中だったのでただ息が漏れただけだった。

 

 八つ当たりにアイヴィ=ミザリィの躰に膝を打ち付けてやる。

 

 しかし碌な威力を生み出せずビクともしない。

 

 

 目の前で彼女はガパッと大きく口を開く。

 

 

 頭から丸齧りにでもするつもりかと警戒すると、喉の奥から肉塊が伸びてきた。

 

 例によって舌先に顔面が浮かび上がってくる。

 

 

 火傷のない、綺麗な顏の少女。

 

 

 自分の顔を掴む彼女の両手にさらに力がこもったのを感じた時、こちらを見つける少女の顏が蕩けた笑みを浮かべた。

 

 

「――ぅむっ⁉」

 

 

 舌の顔面に唇をしゃぶられる。

 

 

 どういうつもりだと、混乱するよりも先に額を打ち付けて離そうとするが少しも通じない。

 

 

 限りなく人間の女に近い感触で、唇を啄まれ吸われる。

 

 吐き掛けられる吐息は泡となって顏を撫でていく。

 

 

 敵の意図はわからないが、とりあえず息が漏れないように歯を噛み締め唇を強く閉じた。

 

 

 固く閉じたその門を抉じ開けようと、弥堂の唇を上から覆い隙間に舌を挿し入れようとしてくる。吸いつきながら唇を激しく嘗め回される。

 

 

 それに抗おうとしていると首に髪が巻き付いて来て一気に締め上げられた。

 

 

「――ぅぐっ!」

 

 

 耐えようとしたが僅かに開いてしまった唇の隙間から舌先に侵入されてしまう。

 

 歯を歯茎を唇の裏を――首を絞められながら化け物の舌に愛撫される。

 

 

 歯を噛み締めてそれに耐えていると腰の後ろで絡められている彼女の足と、弥堂の顔を掴む両手にさらに力が加わったのを感じた。

 

 

 水中を滅茶苦茶な軌道で泳ぎ回られる。

 

 

 首と身体を絞められて口を塞がれた上に、脳や内臓にまで負荷をかけられる。

 

 

 弥堂はこのままではすぐに息がもたなくなると判断をした。

 

 

 閉じ切った前歯を開き、彼女の舌を受け入れる――のではなく、その舌を喰いちぎろうとする。

 

 

 その瞬間、すぐ間近の彼女の目が嬉しそうに細められた。

 

 

「――ぉごっ⁉」

 

 

 何が起きたと、そう思うよりも先に呼吸が止まり脳の機能が麻痺する。急速に視界も暗くなった。

 

 

 

 弥堂が口を開いた瞬間にアイヴィ=ミザリィが先程も見せた放水をしたのだ。

 

 

 喉奥に直接大量の体液を放射され、それは勢いよく食道を通って腹の中に流れ込んでいき、あっという間に胃の中を埋められた。

 

 即座に強制的に弥堂は溺れさせられた。

 

 

 意思や気合などとは関係なく全身から力が抜ける。

 

 瞳から光は消え、何も視えない。

 

 

 オーバーフローした胃から逆流してきた水が鼻から漏れていく。

 

 アイヴィ=ミザリィは愛おしそうにそれを舐めた。

 

 

 愛する男に捨てられ、愛する男を失い、自分自身も失った女はようやく取り戻したと笑った。

 

 手で、足で、髪で、自分の全てで愛を抱きしめながら暗い水の底へと沈んでいく。

 

 

 今度は絶対に離さないと深い闇へと諸共に還る。

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